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あやめ (あやめの花)

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夢の所有者

  あやめの花

まどろみをつたう繊細な低音
気の遠くなるような響きがふくすうの水辺のイメージをつくりだして
下降するように浮游する夢は裸足のまま水辺をめざす


自転車を漕いで商店街をわたる、そんな空耳をくりかえし聞いていた、聴覚がひろがり、あたまが空間と調和するゆうぐれ、調和しないあしもとのもっとも鈍い部分に指をさしいれて、めくりあげてみる、果実肉のかわをはぐように、原形などかえりみずめくる、(めくるめくかんらく、あらわになった裏面はめの高さよりも低いところで波うっている、規則的に、からだは規則的に破損するけれど、きれいな、水辺の草花がおりなす綿密な夢にあざむかれて、住宅地のまんまんなか、木造アパートメントの一室でひとり、瞳孔からあふれんばかりの光彩をこぼす


(ひたされている、半分に割れたからだが、みなもから垂直に伸びる茎を掴んでいた)
オブラートをかぶせかろうじて温もりを維持してる、衣服をまとうための体積は肌色の、なつかしい受話器を掴んで、読点をうつようにまるで脈絡のないことばをくちにする(楕円、手鏡、折り紙細工)水脈をまさぐるために、なんどもとなえて乾いた舌は、人影のない水辺のようだった、なみまに墜ちる鳥の影、風でさざめく草花が肌をすべり抵抗する、もう、それしか聞こえない《わたし》わたしはぬかるむ部屋に足跡をつけながら、囁くような、カーテンの衣擦れの、繰言を聞いていた


(水辺に、降りそぼる(風の、透きとおる(まどろみは、はだか


minus

  あやめの花

そうげんに建てた、しろい建造物の、風にはためく繊毛に、眩しさのあまり暗い、まなざしはからめとられ、規則ただしく、満ちる、けれど、喋らないでいる、全体図が、らせんをえがくように、いつしか、とうめいの層になって、うちがわから、消える、わたしは、模写していた、日記帳のさざめきから、よるの、台所のさざめきまで、網羅しておきたい、羽ばたくそぶりで、題名をあたえ、風をすく、草花には、柩がないから、ふしぎなことに、あいすることができない
あるいは、ポケットのなかの、貝がらとか、お家、のようなしろい化石から、猫をつれて、そうげんへ出かける、打ち捨てられた、日傘のしたの、蟻の葬列、それは、たちのぼる、あまい、梨の匂いにも似た、あまい、逃げ水の、その向こうにあるそうげんへ、つづいている


歳月

  あやめの花

くちばしからくちばしへ海は渡された
とおいむかし
雨にみまわれた海水浴場での
くちのなかをころがる飴玉、そして月光


わたしとあなたは似たなやみを抱えて
まったく異なったよろこびを
欲してる、くるぶしをつたう水滴が鴎のかたちを
していて、きれい、まるでゆれる光の、足跡


ゆめの切断面にふちゃくした毛髪が、だれの
からだからぬけ落ちたものか
わからず、手のひらで耳をおおうと
聞こえる波のおと、それから森のなか
うっかり捨ててしまったものへのしゅうちゃく
おろかな部分について語り合う、影と影と


砂のような質感のやさしさを、爪の三日月で
すりつぶす、あなたは、海老、と言った
わたしは、それをひていした
耳の、奥底をはうあたたかな水の表面が
迎えるようにほつれはじめて
さいげつ、というひびき、瞼の裏側ではじける


貝殻と骨と、空洞のようにつめたい海風について
あなたは、さよなら、と言った
わたしは、それをこうていした
白い泡と、騒がしい、波打ち際で手をすすぐ
すすいでもすすいでも、そこにある体臭
生まれてから今までの出来事を、匂わすような


危篤

  あやめ

抜きとったら残りませんか、はらわたいがいの装置として、背泳ぎをしながらわたしは、空を、それは細密な
犬歯でかみちぎる、気がとおくなるほどのへだたりは欠陥ではないのだと、そうやって窓辺をささえる模造の花が、白から青へ、青から紫へ、かくじつに褪せていく、半透明の容器のなかで
みみたぶが雲の裾とせっしょくしたときの、かすかな破裂音、おおくを否定してきたことをおもたくかんじた、その、ひだり斜めうえを滑空する鳥の、水をはじくあかるい尾羽、それになれなかった、そこを押しひろげた
あまりにきれいな切断面は欲しいならあげます、と手わたされた風船のように、おぼつかない幼児のあしどり、針でつつくと破れますか、やはり、騒がれることなく押し流されて、用水路にはたいりょうの花びらが、朝にかぶせる白布のように


たなびいている
束ねた髪が、水をおおくふくんだ風にひっぱられて、おもたい、脳のなかをふく風は、やわらかで
錆びついた蛇口をひねる、鳥たちがいっせいに飛びたっていく、鈍いひかりを、それはたぶん、剥離、というものだったのだろうけれど、ふるいアルバムの写真のなか、人びととわたしが正面を向いて、なにかの装置のようにおさめられていた、あざやかな花畑を背景にして、まるで
果てしなくそそぎこまれている、そそぎこまれているという感覚も失うほどに、浮かぶことや沈むことばかりかんがえている、わたしの
こうなる以外になかった、空がゆらゆらと、色づいていくようすを眺めていた


かのじょの肖像

  あやめ

とむらったり とむらわれたり
獲得したとしつきで
いびつなたかみから許そうとしている
けもののような草花をふみたおした
夏のふうけいをまいそうして
吸いこんでいく
ひるすぎまでの断水
まだ遠ざかっていたい




こうなる以外にも なりようはあったのだと
ゆめの不正な咬合でおもたくなったあたま
ひとつづきでとぎれることのない感官
どこまでもどこまでもつづく
貯水槽のとなりに放置されていた自転車の
あざやかなしょうめつの緒をゆわえて
ほら、
戸棚のなかで水菓子がだめになろうとしている
桶のなかで金魚がだめになろうとしている
ふたついじょうの
欠陥がある
いきをするよおにいきているので




(あ、)

あの 競泳者のような雲たちのながれ
ねむたくなるようなゆうなみ
ウールであまれた洋服をぬいでいく
あかるさや
くらさではかることを許された
幼児のころにめぐったはてしない時間
ひかりの環からはずれて
月のプロセスをあいするということ
それは
まぎれもない下降だった




夜、になってしまえば
うつくしいたてがみのシマウマを抱擁する
そういうゆめをはじく器官となって
色彩をともなったいらだちを
突き崩していく
爪のすきまに入りこんだ
繊維状の
ゆめの天体
蝉のはねよりもあわい
白線のうえを歩いていく
ここはまだ浅瀬
どこまでもどこまでもつづく


消灯、


なつやすみ

  あやめ


ゆめのなかをひらく水辺のような襖だ
その先も またその先にも
傾斜したふうけいが見える


ねむるようにひたされた草花はいくども
記憶をひきついでそこに生まれ


まぶたのなかをただよう暈が その色や質感が
ただひとりのものでないことに驚く


とぎれとぎれの冒険にうきあがる月のように
やみくもに たとえばきみとかわたしが
流れていくうえで
どこにも投函されない
などということがあるのだろうか


冬のあいだ

  あやめ


ふきぬけのなかで どれだけ剥がしても立ち現れなかった 水差しにまとわりついた影や 宝石をふくめて ひらいた風景はうしろへ うしろへ流れていく だから 椅子にすわる そして 椅子をたたむ 湾曲したこの体が 過去なのか それとも現在なのか いつまでも わからない



とじた窓のちかく たむろする草花を掻きわけ 到達した光の斑は あかるかったか それとも ふかくつめたかったか くらい部屋のなかでおもては 眩むほどゆたかに錯綜し はいり込んできては すりぬけていってしまう 風の やわらかな裾の 水をたたえた浴槽のような 窓にむかってのびる廊下のてまえ 貝殻めいた 階段めいた 動悸がする



しろい壁にかけられた1枚の絵の 脈絡もなく 水鳥たちが飛びかう 鳴きごえはあらかじめ 録音されたものだったのに うつくしく響いた くりかえしくりかえし ひんやりとした室内で やわらかな猫を抱くということは こういうことなのだと 凝固ではないえいえんの 耳のようにふくざつな草花は やはり くりかえし 風になぎ倒されて 比較的ゆっくりと 沈静していく


密告

  あやめ


これはなんだろう


つきうごかされてようやっとうごいている先端 というかんじ


蝿につきまとわれて


蝿をおいはらうしぐさをゆめの中でもくりかえしている
右手をひらひらさせて、関節を鳴らす、プール している
それは、死んでしまった野鳩の目目のようであるが 食器と食器のぶつかりあう音とはほど遠く まひるの浴室にひってきする静けさをたえまなく滴らせている、くぐもらせている 、から、だから とてもよかった
とても しろい貝の
臓物)とでもいうのだろうか
ひかりに透ける襞を反芻して、そして、長いあいだ密閉されていたため 窓をあけた瞬間 以外のものはみなふき飛ばされてしまった
水にまつわる名前の広場で
いたずらに耳をすまして
ひとかたまりになった感覚たちは
夢やうつつのなかへ投げ落とされる、器
動物の骨でできた器、そのように生きることを強く希望していた
記憶
とおいとおいむかし
遭遇した
赤ちゃんや、友人や、モニュメントなどは今
どこで どうしているのだろう


どうしているのだろう、考える
ここにアーカイブされている文書の、せつないほどひろい平原に浮かぶ、あの、遊覧船のような雲は透きとおる、習慣である、確実に流れていく存在、であるから
滞留している
また そのような場所の


とても長い廊下に佇んでいる
等間隔にならんだ窓はすべて開けはなたれていて、流れこんでくる
もの たちはしなやかな未成熟の月であったし、水際のカーテンでもあった
だから、今が夜であり あれからとてもながい月日が経過したのだと、気づくことができた
気づく ことができて
ここにいるような気がしない
それでいて確実にここにいる
わたしは いつもひとに優しくすることができなかった いつも
月のひかりで明るい
窓の外には、誰もいないなだらかな丘が続いている
性的な夢のように なんの脈絡もなく
始まりがあって、そしてとうとつに終わる
やわらかな、しろい、次の場所、になりながら
とうとつに 終わる。


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2016年(多分)に石川史夫さん主催の賞に投稿した詩を少しいじったものです。

文学極道

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