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あおい - 2018年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


体毛の指

  あおい

私の皮膚から色とりどりの体毛が生えていく
色とりどりの体毛は、私の体内で流れる熱い
赤い海を揺らして、大地を割って生まれてく
る。色とりどりの体毛がやがて一本一本の指
に変わり、その指たちの背中には目を持つよ
うになり、目は口の代わりになり、涙や笑い
や怒りを囁きあう。囁きはざわめきになり、
大きくなる。右の耳の皮膚が痒い。それは体
毛の指たちの、声の足跡が指圧になって、ぐ
ちゃぐちゃと耳のなかの皮膚を踏みにじって
いった痕が谺するからだろう。痛みは、ひと
すじの光のように、聴こえてくる夜をつらぬ
いていく。夜たちは皆、足を切られている。


実母

  あおい



私のなかに、
他者を投入する
投入された他者は
誤って毒の靴を履いた
白雪姫の実母のように
私の喉の奥でマイムを踊る

夜になると彼女は、
液体により人格を変える
何も食べるものがないと
部屋中を罵倒する
吐かれた唾は壁に貼りつき
ゴキブリが群がる

しがみついている今と
捨て去った筈の人生が
彼女のなかで撹拌される
罵倒は続く
夜が明けるまで

獣になった彼女の声が
月に向けられる

自分は何もかも
正しかったのだと

彼女の目から血が流れる
それを拭うものは
嗄れて腫れ上がった諸手しかない


机上

  あおい

                  

机の上に残されたものは
一枚の白い紙とペンだけになった。

その一瞬前には、
たくさんの唄や、
しなやかな左腕や、
どこまでも翼のように
軽い足があったはずなのに。

私から、
できるものを奪ったのは
あなたという私だ、
私というあなただ、

吹きすさぶ嵐が
窓硝子を砕いて
去っていったあとの
部屋の机に残された
一枚の紙とペンを握りしめて

私は書く
私の血を、
私の肉を、
私の骨を、

やがて雲が切れて
太陽が地に光の筋を降ろす
その時に握りしめた手のひらには
一握の光が握られている
私は手のひらを広げて放つ

今、
机の上に残されたものは
一枚の白い紙とペンだけがある。


誰もいなくなった。

  あおい

あなたのその
心を持たない目が
見つめる先は
虚像の悦びにくるまれた
未来という過去だ

あなたは気がついていない
死体を愛しているということを
抱き合った瞬間
それは死に変わったのだ
あなたの右手は冷たく鋭い爪が伸びている

その爪で、
生まれたばかりの
老いた男を
あたためながら殺した
男は安らかな顔で感じたばかりの生涯を終えた

あなたは友人がいなかった
なぜなら、
愛したものすべてを
殺してしまうから
あなたに殺された者たちに涙はなかった

それはあなたの
希望という過去だから
光よりも闇を愛しながら
あなたは過去を愛している
これからも愛し続けるのだろう

あなたから、誰もいなくなった。


わらいの口

  あおい

首筋がわらう、
背中がわらう、
指先がわらう、
わらいごえがうるさくて
今夜も眠れない

わらいごえから意識をずらすと
今度は空間がわらう
空間には顔のない顔がある
顔のない顔は目のない目を
口のない口を開いたり閉じたりしている

顔のない顔の
口のない口から
赤い舌が伸びる
赤い舌は地面を這って
自分と同じ息吹を探す

髪の毛がわらう、
身体中がわらう、
私のなかの世界のわらいが
ガラス窓を突き破って
いくつもの爪になって地に傷をつける

傷をつけられた地は
雨を滲ませるまもなく
からからとわらいだす
いつのまにか地は
わらいの口のなかにある

わらいの口は傷だらけで
赤い血を滴らせながら
自分の背中を這って歩く
わらいの口の足跡が残した
卵が孵化してわらいがうまれる


琥珀の湖

  あおい

握りしめたものは
ただの小さな石ころだった
けれど、石ころは
握りしめれば握りしめるほど
熱くて痛い
心臓のように鼓動している

石ころが握りしめた私の手のひらを
突き破って血を流し
血は私の足のすねを伝って
大地へと還っていく
私の血を吸いこんだ大地が
愛する人のもとへと続いている

その真実が
私の心を一つに束ねて
魂の焔を激しく燃え上がらせる
手のひらのなかの石ころの鼓動が
大きくなりやがてことばを持つ
石ころの声なきことばが
心の奥深くを貫いていく

何故、生きるのか
愛する人のために生きるのか
愛する人とはあなたのはずなのに
真実が掴めない
真実とは何か
抱きしめあったぬくもりのなかにある

そのわずかの真実を信じて
私は歩いていく
太陽が目覚め世界が輝く
その輝きこそがあなたの愛だと
あなたの琥珀の湖が
白い雪のような砂漠の上で教えている


耳のない空

  あおい



あなたは何かを叫びたい。
羽毛に覆われた、
皮膚のしたの空洞が、
伸縮を繰り返す。
そういえばもう何日も、
水面ににっくりと浮いた
皮膜を食べていない。
酸欠になりながら、
あなたは嘴を水のなかに
向けている。

*
向かう先はいつも同じだった。
同じ道、
同じ車、
同じ電車、
同じ箱、
そして同じ店、
ショーウィンドーに、
あなたの足の一部が売られている。
誰かがあなたの足に、
前歯を立てながら、
笑っている。
器になった大きな腹を撫でながら。

**
あなたは空を見上げる。
雪が空に舞い上がるように、
あなたの知っている耳たちが、
空高く舞い上がる。
あなたには耳がない。
生まれてからすぐに、
もぎとられてしまったから。
あなたは、
飛べない空を生きるいきもの。
けれど、
石のなかにはいない。

失われたものの数ほど、
あなたはますます鋭くひかる。


わらいの花

  あおい

手のひらに
わらいの花が
こぼれていく
風のなかへ
水のなかへ
地のなかへ
誰かのなかへ
ころころ、ころころ、
わらいの花が
私からあふれていって


気がつくと
私は地を耕している
枯れ草一面の荒れた畑を
同級生のあなたと一緒に
背が高くて広い背中のあなたが
ここにいのちを吹き込むぞ
とあっという間に畑を作ってしまった
私たちはそこにサツマイモの苗を植えた

**
月日が経って
サツマイモは日に日に大きく
実っていった
そのふくよかなふくらみは
いつか見たわらいの花のようだった
実ったサツマイモを二つに割って
彼は私に手渡してくれた
おまえに似ているよと言って

***
八百屋で売っていたサツマイモを
目にするたび
あの甘くて少し切ない思い出が蘇る
サツマイモを輪切りにして
はちみつとレモンで甘露煮をつくる
甘酸っぱい香りが鼻腔に広がる
私はやっぱり
わらいの花を咲かせてしまう

あの頃は、
涙などまだ1gも知らなくて


月の花

  あおい

月の花                  あおい満月

さまよえる森のなかに
一軒の古びた洋館を見
つけた洋館のなかには
まだうら若い娘がいた
娘は綺麗な白いドレス
を着て座っていた娘に
は両足がなかった娘の
からだは鎖でがんじが
らめになっていたけれ
ど娘は微笑んでいた自
分のなかには信じるも
のがあるから生きられ
るそのたったひとつの
思いを信じてするとあ
る晩のことだった一羽
の鴉が洋館の窓を突き
破り娘の元にやってき
た娘は黒いものが苦手
だったのではじめは鴉
を毛嫌いしたけれど夜
毎鴉は娘の元にやって
きた鴉は言ったなぜ僕
を毛嫌いするのかと鴉
は言った世の中は白い
ものがすべてではない
黒いもののなかにこそ
本当の白さがあるのだ
とだが娘はなかなか聞
き入れようとはしない
あろうことか娘は自分
の手の甲に止まった鴉
の頸を掴んでねじ伏せ
た鴉は息絶えたそのと
き娘ははじめて自分の
愚かさに気がついたそ
してみるみるうちに涙
がこぼれたその涙が鴉
のからだに落ちたその
瞬間鴉は美しい男性に
なり娘の手をとったす
ると娘のなかったはず
の足があった自分は歩
けるようになったのだ
娘は歓喜し男性に口づ
けをした二人は溶け合
い夜空を照らす月の花
になった花はいつまで
も暗い夜のなかで咲き
風に揺れていた風はあ
たたかく夜を染めた。

文学極道

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