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无 - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全12作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


こわれた日

  

その日、
空がこわれた
その前から季節もこわれていた
いつの間にか人々もこわれていて
雨上がりの路面には
心のかけらが散乱していた
それなのに
誰もが見て見ぬふりをしていたのだ
雨上がりの路上に横たわる
子猫の死骸に対するように
見えないふり
聞こえないふり
そんな行為には
何の効力もないというのに

ずっと流れ続けていた音楽が
ついに終わりへ近づいて
すべての輪郭が崩れはじめる
永遠を構成する
「美しい細胞」であったはずの
わたしたちも崩れはじめる
こわれて燃えだした空を
みんながスマホで撮影している
だって頭がこわれているから

みんな腕を伸ばして
ぽかんと口を開けながら
こわれる世界をスマホで撮影している
焼け落ちていく空を
スマホ
スマホで
たくさんのスマホ、スマホ、スマホ……

撮影する母に抱かれた赤子や
幼い子どもたちや
機械が苦手な老人たちだけが
肉眼で見ていた
焼け落ちていく空を
肉眼
肉眼で
無力な肉眼、肉眼、肉眼……

最後の音がEコードで終わると
空の炎が人々へ燃え移った
スマホを通して見ている者も
肉眼で見ている者も
みんな平等に燃えている
人が、その歴史が
愛が、憎悪が
不安が、やすらぎが
あらゆる記憶と記録が
砂紋のような文明が

やがて炎は
人以外にも燃え移った
空を飛ぶ鳥も
水に潜む魚も
大地を駆ける獣も
始まりの記憶を持つ微生物も
みんな平等に燃え尽きていく

こわれた神様だけが
泣きながらそれを見ていた


愛こそはすべて

  

マリー
宇宙はね
魔法瓶

脳の上流
流行性
革命

勝利


忘却


語れ

モチーフの
透明性
その理由


のんちゃんの映画を観たんだ

  

のんちゃんの映画を観たんだ
アニメの主役を演じてたんだ
日本が戦争をしてた頃の物語で
マンガが原作らしいんだ
のんちゃんは昔は本名だったけど
大人の事情で今はのんちゃんなんだ

それはともかく
映画はとても面白かったんだ
笑って泣いて感動したんだけど
本当はちょっと怖かったんだ
みんな平和に暮らしていたのに
少しずつ戦争に慣れていくんだ
食べ物が配給になることにも
いつもお腹が空いていることにも
千人針や出征祝いや万歳三唱にも
防空壕を掘ったり疎開することにも
竹槍演習や防空訓練にも
毎晩のように続く空襲警報にも
やがて本当に飛んできた敵機にも
降り注ぐ爆弾や焼夷弾にも
知っている人が焼かれることにも
大切な家族の戦死公報にも
異常なことばかりなのに
それが日常になっていくんだ

そうして、すっかり戦争に慣れた頃に
最初は広島に、
続いて長崎に、
取り返しのつかない爆弾が落ちて
ようやく戦いが終わりになったんだ
みんな色々なものを失ったけど
もう空襲警報のサイレンは鳴らないんだ
最後に新しい希望が家にやってきて
物語は静かに幕を閉じたんだ

僕たちは満足して映画館を出たんだ
あまり、きれいではない空の下で
あまり、きれではない空気を
胸いっぱいに吸い込んだ時に
いきなり
みんなのスマホが鳴り出したんだ
それは僕たちの時代の空襲警報
どこかの国のミサイルが発射されて
もうすぐ僕たちの街に落ちるらしいんだ

のんちゃんの映画で終わった戦争が
のんちゃんのいる現代に蘇ったんだ
僕たちは防空壕の代わりに
地下鉄の駅を目指して走り始めた
何人かはスマホで空を撮影している
そんなことをしていたら死んじゃうよ
バラバラになった君たちの死体を
あとから僕たちが撮影しちゃうよ

だいじょうぶ、僕たちもすぐ戦争に慣れるさ
そして大切なものを次々に失いながら
取り返しのつかないことになる時を
ただ息を潜めて待ち続けるんだ
その後に平和はやって来るのかな
その時に僕は生きているのかな
僕はダメでも、のんちゃんだけは
今度も何とか生き残ってほしいな


むげんの

  

そこでは夕焼けの空だけが美しかった。
溶鉱炉で鍛造されたばかりの金貨が、地平線から空へ向かって撒き散らされている。
その輝きは反対側の地平線へ近付くにつれて少しずつ穏やかな燠火へ変化し、ついには空の半分近くを覆う闇へと溶け込んでいく。
そんな空とは違い、夕闇に包まれた大地は一面が岩だらけでであった。わずかに惨めな形状の草が申しわけ程度に生えてはいたが、それは却って大地の不毛さを強調する役割しか果たしていなかった。
はるか遠くに見える山々も荒々しい岩で構成されていて、空を飛ぶ鳥も地を駆ける獣も見えない。川はその痕跡を残して干上がり、小さな虫すら飛んでいない。
そんな不毛の地の片隅に、テーブルのような形状の平らな巨岩があった。大きさは、ちょっとしたプールくらいあるだろう。その上で、燃え上がる空から飛び火したように真っ赤な炎がゆらめいていた。

焚き火の中で燃えているのは、木の枝ではなかった。大きな布の塊のようなものが、まるで油を吸っているかのように勢いよく燃え続けているのである。
そして、その火を囲むようにして短い腰布を付けただけの男たちが数人、無言で蹲っていた。
彼らは皆、身体を細かく震わせていた。暖かいのは火に面した部分だけで、氷点下に近い外気に触れている肌は冷え切っているのだ。
寒さに震える彼らをさらに苦しめているのが、飢えであった。極度の空腹のために胃が切り裂かれるような痛みが走り、彼らはときおり思い出したように獣のような唸り声を漏らした。
彼らの中でいちばん髪が長い男は、詩人であった。その右横にいる小柄な男は歌人だ。他の男たちも俳人や小説家や劇作家、それに画家や彫刻家や作曲家など、それぞれが芸術のために生きてきた人間ばかりだ。
だが今の彼らは壮絶なほど美しい黄昏の景色も目に入らず、ただただ飢えと寒さに責め苛まれ続けている。少なくとも今の彼らにとっては、芸術など何の意味もなかった。そんなものより暖かさと食い物だ。
それに、今の彼らは「かつで自分が何者であったのか」ということ自体を完全に忘れ果てていた。それどころか、すでに言葉すら口から出てこない有様であった。

そんな彼らの元へ、音もなく近付いてくる黒い影があった。
フードの付いた焦げ茶色のローブで全身を覆っているので、顔は見えない。だがローブの袖から突き出た腕を見ると、どうやら男であるらしい。
口ひげを生やした作曲家が、最初にローブの男に気付いた。彼は焚き火を挟んで、男と向かい合う位置に座っていたのだ。
作曲家の口が、悲鳴を上げるように大きく開かれた。その眼には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいる。
彼の様子に気付いた他の者たちも、フードの男を見た。すると彼らもまた恐ろしいものを見たように口から悲鳴を漏らし、その場から這い逃げようとした。だが、あまりの恐怖に身体が硬直して、動くことができないようだ。
やがてローブの男は、男たちのすぐそばまで来ると立ち止まった。すぐ近くで火が燃えているというのに、なぜかフードの中は光が届かないかのように真っ暗なままだった。顔が見えないどころか、そこに顔が存在しているのかどうかすら分からないほどだ。
ローブの男は、ゆっくりと左腕を上げた。そして無言のままで、人差し指を伸ばす。
彼が指差したのは、詩人だった。詩人は、いやいやをするようにかぶりを振りながら、両手を使って必死に後ずさろうとした。
だがローブの男は、意外な敏捷さで詩人に迫った。その右手には、いつの間にか大型のナイフが握られている。
詩人が何とか立ち上がったのと同時に、ローブの男のナイフが閃いた。
その場にいた者たちは、全員が動きを止めた。まるで各人が物言わぬ石像と化したかのように。焚き火の炎だけが、そんな彼らを嘲笑うかのようにゆらめき続けていた。
どれだけの時間が経ったのか。いや、実際にはほんの数秒のことだったのだろう。
詩人が、呪縛から解かれたように動いた。きびすを返して走り逃げようとする。
だが次の瞬間、彼の喉に一筋の赤い線が浮き上がった。そして走り出した途端に、その線がぱっくりと口を開けて多量の血が一気に噴き出した。他の男たちが悲鳴をあげる。
立ち止まった詩人は、目の前の夕空を見上げた。その顔には、もう恐怖の表情はない。いや、それどころか穏やかな笑みすら浮かんでいる。この時の彼は、寒さや飢えだけでなく、喉の傷の痛みすら感じていなかった。黄金色の空に向かって両手を広げた彼は、そのまま朽ち木のようにゆっくりと前のめりに倒れた。
ローブの男は詩人に近付くと、その両足を掴んで持ち上げた。すでに息絶えた彼の喉の傷から、再び血が流れ出す。
やがて放血を終えルと、ローブの男は再びナイフを手にした。詩人の身体を岩の上に横たえると、手際よくその身体を処理しはじめる。
その様子を見守る他の男たちの顔からは、徐々に恐怖の色が消えていった。それどころか、いつしか獲物を前にした獣のような表情になっていった。

一時間後、男たちはこんがりと焼けた骨付きの肉塊にかぶりついていた。肉を歯で噛みちぎるたびに、彼らは狼のような唸り声を漏らす。食欲という本能だけに支配された男たちは、虚空を睨みながら肉を食い続けた。
やがて彼らは満腹になり、無限に続くかと思われた飢えから解放された。しかし腹が満ちると、今度は理性の方が目を覚ました。彼らは自分たちの所業を冷静に認識し、分析して、その罪の深さに気付いた。そして今度は、激しい罪悪感から全身を震わせはじめたのである。
それだけではない。今の彼らは、言葉も取り戻していた。
「ああ、私は何ということを!」
「とんでもないことをしてしまった……」
「違うんだ!……私はただ……」
口々にそう叫んで狼狽えながら、いつしか彼らの目は薄暮の空に向けられていた。
空全体における夕映えと闇の比率は、なぜかローブの男が現れる前からまったく変化していなかった。
金色、オレンジ色、茜色、赤色……様々な色彩が絶妙なバランスでグラデーションを描く空を見つめる男たちの顔には、いつしか子どものように無邪気な笑顔が浮かんでいた。
「ああ、きれいだなあ」
「うん、とてもきれいだ」
「いいなあ……」
どこか懐かしい匂いのする夕暮れ時の空を見上げながら、男たちは口々にそうつぶやいた。やがて、彼らの目からは大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「俺は、この気持ちを誰かに伝えたくて作曲をはじめたんだ」
「ぼくもだよ。こういう感情を短歌に込めたかったんだ」
「ああ、いま絵筆があったらなあ!」
今や彼らは、完全に過去の記憶を取り戻していた。自分が今まで歩いてきた道と、その過程を。かつて自分が望んだもの、愛した人たち、たどり着きたかった場所、そのすべてを。
この一時だけ、彼らの心は平穏であった。すべてを赦され、すべてから解き放たれた気持ち。言い様のない至福感が、男たちの魂全体を包んでいるようであった。

だが次の瞬間、いきなり風が吹いた。
それは嵐のような突風だった。荒野の彼方から物凄い勢いでやってきて、一瞬で男たちをなぎ倒す。彼らは悲鳴を上げて両手で顔を覆い、胎児のように身を丸めて地面に転がった。
焚き火の炎も、あっという間に吹き消された。そして燃えていた布のようなものも、ボロボロに崩れて細かな灰となり、吹き去る風と共に彼方へと散っていった。
やがて、のろのろと身を起こした男たちの顔からは、先ほどまでの笑みが失われていた。それだけではない。やっと取り戻したはずの記憶や言葉も、再び彼らから奪い去られていた。
(サムイ……)
(ヒモジイ……)
男たちの頭の中には、そんな言葉しか残っていなかった。腰布だけの彼らは、再び厳しい寒さに身を震わせていた。
その時、それまで彫像のように立ち尽くしていたローブの男が、ゆっくりとフードを脱いだ。
その下から現れたのは、詩人の顔であった。詩人は、ローブ自体も脱ぎ捨てると、それを丸めて平たい岩の中央部に投げた。
すると布の塊となったローブに火が点き、たちまち激しく燃えはじめた。
それを見た男たちは、急いで火の周りに集まった。詩人も、彼らと共に火を囲んで座り込んだ。
だが、身体が暖かいのは火に面した部分だけで、氷点下に近い外気に触れている肌は冷え切っている。
虚ろな表情の男たちは、腹を抉るような空腹と寒さに苦しんでいた。もう、誰も美しい黄昏時の風景など見ていなかった。

そんな彼らの元へ、音もなく近付いてくる黒い影があった……。


マジック・バス

  

人の歴史が終わったと噂される午後
1台のバスが牧草地を縫う道を走る
車内にはたっぷりと湯が満たされて
ぼくたちは長い旅の疲れを癒やす

おや、前方の薬湯に入っているのは
中学の時に同級生だったN美じゃないか
なぜか彼女だけは当時のままで
その白い肌にぼくの感情は乱された

番台のおばさんに教えられて
邪なぼくの視線に気付いたN美は
未成熟な裸身を隠そうともせずに
勢いよく湯船から立ちあがった
その両腕には着剣したAK-74
慣れた様子で銃口をぼくに向ける
彼女の背後には屈強な男たち
やはり全裸のままで武装している

男たちを従えてぼくに迫るN美
ぼくも仕方なくFA-MAS G1を構えると
N美の可愛い乳房の間に狙いをつけた
その時、いきなりバスが急停車して
ぼくたちはみんな湯の中に放り込まれた
窓の外を見ると無数の象たちが
バスの前方を右から左へ横断している
ぼくは思わず象の数を数えはじめた
最後の1頭が通過し終えた時
その数は実に999頭に達していた
そしてバスの左手前方にそびえ立つ
先のとがった塔の最上階の部分にも
もう1頭の象がいて地上を睥睨している

「そういえば今日は1年で一番昼が短い日ね」
いつの間にかぼくの横に立っていたN美が
さっきまでとは打って変わった笑顔で言う
気が付けば湯船には色鮮やかな柚子が浮かび
リウマチや神経痛などに悩む老人たちが
あらたにバスへ乗り込んできて湯に入る
ぼくとN美も再び熱い湯に肩までつかり
あの頃のことを懐かしく語り合うのだった


  

托卵によって
成長した、この星の
片隅の街で
そろそろ
何もかも
あきらめてしまえよと
誰かが
つぶやきながら
空に火を放つ時刻に
先を争って
エジソン電球を
買い求める主婦たちは
みんな鯨のヒゲで
駆動しているし
通り過ぎる
路面電車の窓には
異国のテロで死んだ
友の顔が
べったりと張りついていて
とても遠いところを
見つめているから
ぼくは
昆虫のように
落ち着かないのだ
と、狼の血が濃い犬が
テレビの中から囁く
ので
ビデオラックの
片隅に置かれた
艶やかな骨壺の中で
残り少なくなった
母の骨が
こらえきれずに
小さな、
くしゃみをした


流出

  

伝えたいことを見つける前に
言葉が流れ出てくる
やつらが「病気」と呼ぶ現象だ
心のバルブが壊れているらしい
よく晴れて風が強い日には
油断すると空へ落ちてしまう
そんな錯覚と同じだという
たいていの場合はその後で
あふれ出た無意味な言葉たちを
溜め息まじりに片付けることになる
あまりにも情けないから
何とか意味を見出そうとする
とまらない悪循環というわけだ
この薄い壁の向こうでは
多くの言葉が流通している
たとえば政治や差別や貧困といった
実にくだらないものから
愛や神様や戦争といった
本当にくだらないものまで
でもやつらは言うのだ
それらには価値があると
あるように思えると
では、なぜ「病気」と呼ぶのか
奴らの中では矛盾しないらしい
でも実際はどうなのだろう
意味があると思われた言葉が
実は空っぽなことも珍しくない
それもまた錯覚なのだろうか
もしかしたら言葉自体が
幽霊のようなものなのだろうか
結局はおれもやつらも
何一つ変えることができず
誰一人救えないというのに
今日もまたこんな風にして
世界中の「病気」なやつらの口から
情けなく、だらしなく、果てしなく、
言葉は流れ続けているのだ


ドイツ・イデオロギー

  

(詩人を拗らせると本当に厄介だね)

今年も夏の終わりと共に
夥しい数の天使の死骸が
色褪せた砂浜へ打ちあげられる
天使なので腐敗することはなく
少しずつ結晶化していくばかり
彼らの心臓はとても繊細で
細い管を挿して息を吹き込めば
びいどろのように寂しい音をたてる

 詩人になりたいなー
 なれないならニートでいいや
 自作の詩をYouTubeで朗読して
 食べていけたら最高なんだけどな
 ブコフのバイトも続かなかったし
 俺って本当にクズだよね
 死んだら地獄確定
 まー、どうせガキの頃から
 神様とは相性悪かったしー(鼻ほじ

(天使の魂を持つ子どもたちは)
(その清らかさゆえ)
(世界の密度に耐えきれず)
(再び天に還っていくのだ)
(遠眼鏡を逆さまにして)
(見つめる世界には音がない)

残暑が厳しい路上には
ころころ転がる蝉の死骸
魂の重さを差し引いても
あまりにも悲しいその軽さ
神様なんて人間の裏返し
それなら天使たちの瞳に
映っているのは何者か

 魔女が馬鹿笑いしながら
 山を駆け下りてきやがった
 頭が痛くて自殺してぇw
 ムカつくから親から盗んだ金で
 朝からファミレスでビールを呷り
 ソーセージを切り刻んで貪り食う
 きっと二時間後には全部吐いてる
 やっぱ無理だわこの人生ww
 何もかもが絶望的に遠すぎるwww

(仔牛とパセリのソーセージ)
(とても美味しいのだが)
(すぐに痛んでしまう)
(ところでそのソーセージ)
(本当に仔牛の肉なの?)

たいていの青春において
疾風怒濤の時代は短い
あらゆる座標での闘争に敗れ
消えていく無名の戦士たち
今日もまた夜が更ければ
どこかで一つの歌が終わる
新たに結晶化する天使
新たに転がる蝉の死骸
新たに切り刻まれるソーセージ
柳の木から落ちて死んだ
狂気の女を真似て漂う
哀れハンスの川流れ


ニーゼ

  

「ニーゼ」(パターン1)

おおニーゼ
君がいれば何でも買える
美味い酒
美味い食べ物
高級腕時計に高級車
自家用ジェットにクルーザー
広大な敷地の豪邸
いくつもの別荘
欲しいものは何でも買える
美女だって選り取り見取り
愛だって買い叩ける

おおニーゼ
君がいれば何でもできる
世界中どこにでも行けるよ
その気になれば宇宙から
地球を見下ろすことも
テレビ局のスポンサーになり
愚民共を洗脳することも
ニーゼがあれば可能になる
それだけじゃないんだぜ
この命を永遠にすることも
不可能なことじゃない
今は無理でも冷凍保存で
遠い未来に復活さ
ニーゼがあれば医学も科学も
SFの向こう側へ突き抜ける
地球より長生きして
やがて外宇宙へ出発だ
この宇宙が終わる時は
別の宇宙へジャンプするのさ
たくさんのニーゼがあれば
すべての夢が現実になる

おおニーゼ
君がいれば神にもなれる
ニーゼを空へ積み上げれば
天国の扉もノックできる
ニーゼで買えないものはない
え? 何だって?
死んだ命は買い戻せない?
どうせ命の値段なんて
下がり続ける一方じゃないか
死ななければ問題ないさ
そのためのニーゼなのさ

おおニーゼ
僕はニーゼを愛している
心の底から愛しているんだ
だけどニーゼは知らんぷり
僕のことなど見向きもしない
何て悲しい片思い
今日もカップ麺をすすりながら
安い酒をチビチビ飲みながら
三畳一間のボロアパートで
ハローワークのトイレで
競馬場の馬券売り場で
僕は君を恋い焦がれる
ニーゼ、ニーゼ、僕の女神よ
決して手に入ることのない
残酷すぎる万能の女神よ


「ニーゼ」(パターン2)

西行きのチケットを買って
旧式の列車に乗った
行き先は「ニーゼ」という小さな町
地図にも時刻表にも載っていない
そこに行けば死者と会えるという

 もう一度だけ顔が見たい 
 もう一度だけ話がしたい
 あの時のことを謝りたい
 旅立った理由が聞きたい

いつまでも日が沈まない荒野を
列車は蛇のように進んでいく
乗客の姿はまばらで
誰もが口をつぐんだままだ

どれだけの時が過ぎたのか
数分のようでもあり
数年のようでもある
やがて列車は小さな駅に着く
僕の他にも数人が降りたが
たちまち四方へ消えていった

僕はニーゼの町を歩き回り
彼のことを必死で探した
けれど噂とは違って
いくら探しても見つからない
ついに僕は諦めて駅に戻り
今度は東行きのチケットを買い
再び旧式の列車に乗った

駅を離れてすぐに
広い河にかかる鉄橋を渡った
窓からニーゼの方を見ると
河の土手に人影が見えた

(彼だ)

僕は窓を開けて身を乗り出し
大声で彼の名を呼んだ
小さくなっていく彼は
黙って手を振り続けている

 ああ、そういうことか
 まだ早いのか
 まだ残っているのか
 まだ終わらないのか

僕は彼の名を呼ぶのをやめて
遠ざかっていく影を見つめた
どこからか医者や看護師の声が
エコーを伴って聞こえてくる
いつかまたニーゼの町に来るまで
僕は呼吸しなければならないのだ


白夜

  

真夜中にキッチンへ旅立ち
冷蔵庫の国境を越える
食べ残しのパイを頬張り
白夜の道を歩いていく
そこかしこで若々しい暴力が
ボールのように弾んでいる

 聞く耳を持たない純粋さ)

道は続いていく
絶望的なほど遠くまで
どうして道など作ったのか
どうせ辿り着けないのに

(アスファ
(ルトの亀裂から
草が伸びて花を咲かせている)

私たちはずっと昔から
果たせないと分かっている約束に
「きぼう」などという
ふざけた名前を付けて
使えない遺伝子のように
子どもたちへ託してきた

(!
(みんな知っている
(それこそが
(不幸の種子である
ことを)

曇り空の下で
赤い色をした花だけが
世界からはみ出している
だから私は泣きながら
彼女を刈り取った

(大切なのは
(命じられる前に済ませること
(これで
(これからも続くだろう
道は)
白夜は)
うんざりするくらい)
(どこまでも
(いつまでも

涙が乾くまで
無色の空を見ている
鎌の刃に付いた血は
耐え難いほど
懐かしい香りがしている


ゆれる、かげ

  

黒い、鳥のような形をしたものが
空の中ほどで燃え盛っている
そういえば太陽はどこへ行った?
清冽な蒼ではなく
曇天の灰色でもなく
衰弱して色褪せた空で
黒い、鳥のような形をしたものだけが
青白い炎をあげている

ふと気がつけば
街は瓦礫の山に
僕たちは薄暗い影に
なってしまっていた

(何が起こったのだ?

   今さらそれを聞いて何になる?)

●お前たちが
●鼻で笑っていたことが
●現実になったのだ
●空想上のグロテスクな獣が
●いきなり目の前に現れて
●お前たちの喉を食い破ったのだ
●念のために言っておくが
●これは比喩だ

(では死んだのか
(僕たちは?

   だとしたら何だというのだ?)
   今までだって生きていたか?)

すべての問いかけは
虚しい答えに中和され
やがて僕たちは諦めた
それだけは許されていたから

●失われた
●元に戻った
●旅に出た
●帰ってきた

(どうでもいいね

   そうだ、どうでもいいのだ)

遠くで音楽が聞こえる、と
かつて誰かだった影が
僕の隣で囁いた
いったい誰だったのだろう
いや、それ以前に
僕は何者だったのだろう
そう思う頃には
もう音楽の意味を忘れていた

曖昧な影である僕たちは
埃のたちこめる瓦礫の山の
あちらこちらで揺れている
そうだ僕たちは
それ自体が墓標であり
次に訪れる者たちへの
教訓を秘めた道標であり
決して浄化されることのない
濁った大気の底で蠢く
新種の絶望生命体なのだ
そんな奇妙な確信が
それぞれの間を瞬時に伝い
世界中に林立する僕たちは
ひときわ激しく身をくねらせた


夢の人

  

世界が
存在のスープである以上
すべては
無の見ている夢にすぎないのです
青臭いですか?
その嗅覚は老いの証です
人は宇宙の膨張に合わせて
急速に真実から遠ざかっています
たとえば
忘れられない人は
今でも雨の中に立っています
明け方の夢で
それを見る私は
懐かしさに侵食されて
死体のように眠ります
あるいは私自身が
生きているという夢を見ている
青臭い死体なのかもしれません
教会の屋根の十字架は
高性能のアンテナです
だけど
誰も受信機を持っていません
大切なメッセージを
とらえることはできるのに
それを検波し
増幅する手段がないのです
ただ時折
午後の微睡みの中で
わずかに伝わってくる
哀しげな気配を
感じることがあります
それは降り続ける
雨の匂いに似ているけれど
わずかな違いがあるのです
そんなことを考えている間にも
今も降り続ける雨の中で
立ちつくしている人は
夢ですら届かない場所へと
遠ざかり続けているのです

文学極道

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