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本田憲嵩 - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


星星

  本田憲嵩

過ぎていった季節を常夜灯のように思う
わたしは揺り椅子の二つの脚に停留の錨を下ろし
アンテナの代わりに
机のうえの海に花瓶と丈高い花を置いて
自分のなかの未知なる惑星を探りだす
(わたしは丈高い花がやがて丈高い女になることをはげしく夢見ている)
暦が痩せほそってゆくような
孤独という肌ざむさが
自分とぴったりと重なりながら椅子に座って
白いままの紙の上でその白い手を悴ませている

とおく
漁船のエンジン音が
氷づけになった星星を振動させている


夕暮れ

  本田憲嵩

夕暮れどき
一日の仕事を終え
石段を弾むようにかけおりて
家路へと急ぐ、うしろ髪を簡素にたばねた初老の少女
時刻を告げるためのモノラルのスピーカーが
懐かしい音楽の一節で
夕暮れのあたり一面をよりいっそう強く燃えたたせる
太陽は沈みながらも赤く膨張する
それはまるで、これからおとずれる夜に向けて人々の胸に
火を灯すために

だれもいない小径
注がれる赤い陽だまり
そこにいる筈だった
つないだ手と手、
視線はときおり
黄色い蝶のように移ろって、
きゅっ、と
そのやわらかな手をつかみ取った
太陽は沈みながらもさらに赤く膨張する
はげしさに、かがやく、それは命だろう


夕暮れ時に

  本田憲嵩

この夕暮れ時に、ひとときの安堵と寂しさとのあいだで、わたしの瞳の中を泳ぐ、俎板のう
えのかなしい子魚たち、時のながれをさかのぼるように、わたしの水面を掻きみだす、台所
に立つ萎んだ母の背中、澄んだ水道水のかぼそいせせらぎ、揺らめいてガスコンロの火さえ
も寂しげに、小さな四角い窓からは、まだ葉をつけていない冬の裸の老木、木はたとえ倒れ
ても春になれば葉をまた茂らせることができるのだと、信じたい、あるいは、西の窓から滲
む紅のまぶしさと温かさのように、包みこむことができるのなら、このような夕暮れ時に。


ダフネー

  本田憲嵩

   1

水のせせらぎのかぼそく落ちてゆく音の
さらさらとそよぐ 細い川が立っている
あるいは川面に映る 黒髪のなびく樹木の体幹
水面を揺らす風の冷ややかさでつるりと象られた
細ながい球根の輪郭だ
その黒い枝葉は 星の川で 夜の森の奥底へと接続されている
つやのある蟻のように瞳は円らで
まるで揺らめく水瑪瑙だ
そこにも小さな光の星が落ちている
川を下るように君という樹木を下ってゆく
苔生した
浅瀬のけぶる

   2

さらさらと
声の葉が いつまでもせせらぎ続けている
水のしずくのかぼそく落ちてゆく幹の
きらめく細い川が立っている


天体

  本田憲嵩


   ※

揺らめく瞳に湛えた
微笑みの奥から
さらに微笑みが湧き出ているかのような瞳
滾々とした
透明度の高いその水面の煌めきは
その青い瞳を通して視る世界に
含有されている
金色の星々を意味しているのか
いずれにせよ旺盛な好奇心によって翔びまわる
その青い水鳥は今
飾り窓の中に生えるドレスの樹木に憩う
その樹木に咲き誇っている
洋裁の赤い薔薇を煌かせている

   ※

その距離はほとんどない
対等という名の
おなじ高さにある
鼻の岸壁と鼻の岸壁
一つのレンズを通したように見つめ合う
青い瞳と黒い瞳
砂糖を塗したような覚束ない異国語と
練乳で精製された流暢な母国語が
蔓草のように絶妙に絡み合って
一つの渦巻く小銀河を形成してゆく
鏤められた小さな星星の花
その母音の豊富な微光
そのいくつもの煌めきと陶酔によって
天の川で膨張してゆく明日
乳製品の今日

   ※

強い香水のかおりがスパークする
昨日の情事を煌めく流星の速度で巡る
その頭髪の金星の強い反射率の残光に
かんきつ類が混じって拡がる鼻腔で摩耗してゆく
余韻のリラグゼーション
記憶の燃える小隕石が幾度となく観測される度に
スパーク・スパーク・スパーク!
そのたびに冷たく新発見される
二つの瞳の青い水星
不意にせまり来る
唇の薔薇のような炎星
そのように昨日の情事が次の情事に更新されるまで

   ※

ギリシャ風に白い天体が浮かび上がる
惑星の眠りから目醒めて
閉ざされた睫毛の黒雲が裂かれ
双子の青い衛星が鮮やかに観測される
その時を待つ
不意にレースのカーテンをひるがえして
朝の穏やかな気流が今
その長い睫毛を
吹き払うべき雲としてではなく
黄金の麦穂として
揺り籠のようにやさしく揺らしている
彼女の瞼の奥はもう一つともう一つ
それら青い星だけはでなく
今まさに窓の外で
黄金に輝く
あのひとつの太陽
陽が地平に沈み
やがてこの地球という惑星の約半分が
漆黒のネグリジェを纏うとき
彼女のもう一つの
もう一つの輝く眼は銀の月となる

文学極道

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