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如月 - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


12月の雨

  如月

どんぐりたちが
屋根を踏み鳴らす遊びをやめたのは
いつだったか

秋の荷物が届かないまま
木々が、ほの暗い空へと
細い腕を伸ばしている

 *

街はいつの間にか
切り絵のような
会釈で溢れ返っている

おはようございます
 おはようございます

そうやって
いくつもの切り絵が
切り立ったビルの窓に
貼り付いていく

 *

12月の雨が、
降ることを止めようとしないから
秋の荷物は置き去りにされている
もう届く事はないだろう

冬の言葉を知らないまま
雨に触れる指先は
初雪の夢を見ている

伸ばした腕の先には
空、ばかりが続いて

 *

街はいつでも
いつの間にか
いくつもの
切り絵でいっぱいだ

お疲れ様です
 お疲れ様でした

そう言って
いつの間にか
私の切り絵が街の片隅に
貼り付けられていた

剥がれる事も
剥がされる事も、
ないだろう

 *

母の手の温度で
染み渡っていく夕日の中
はたはたと舞うコウモリを
追わなくなったのは
いつかの夏、の事

12月の雨が止む頃には
春の歌は歌えない

子供の頃の折り紙が
続いていく、空を
舞っていく
追いかけなくなったのは


春に流れる

  如月


草の香りを織り込んだ風が
優しく空を広げていく

あたたかくつもる雪の
内側から開く胎児の呼吸

どこまでも昇る手に
さしのべられた太陽が遥か

 *

水がすくわれていた
どこからか流れついた水が
泥まみれで遊ぶ子供らに

紫外線を照り返す川で
いくつもの
私たちがせせらいでいる

名前も知らない花
知らされる事もない花

すくわれなかった私の指先から
てんとう虫が飛び立とうとしている

 *

沈んでいく今日を
許していくような夕暮れに
溢れていた声が
いっせいに帰っていく

コンクリートに跳ね返された
声たちだけが
置き去りにされている

知られる事もなく
知らされる事もなく
そっと

 *

たんぽぽだけは
ちゃんと区別が出来る子供

流れていった水
すくわれなかった声
過去も、また現在も

風に吹かれて
羽ばたいていく
たんぽぽの種に憧れている子供

いつまでも
種だけを見つめ続けている
私たちが
風が無音として
響かせている空へ
ゆっくりと
いっせいに流されていく


五月 断片

  如月


 一

鎮痛剤が開かれるように
始まる
アルコールの切れ端で拭う空が
落ちている影の片隅に
染み渡っていく


 二

雀が声を忘れていく道
そっと、置かれた言葉で
みたされていく三半規管


 三

溶けようとする
水とオリーブオイル

乳化しきれないでいる僕らが
揺られながら、揺れながら
きめ細かく小さな
気泡を擦り合わせていく

茹で過ぎたパスタだけが
いつも密かに
片付けられている


 四

子供の笑顔に壁が震える
突き抜けるような空に
くたびれている鯉のぼり

新聞紙の兜の折り方を
思い出せないでいる指先


 五

女の前髪のように
しなやかな影が伸びていく
忘れていた声を拾う帰り道

連れて帰るものは
少ない方がいい、と
背を向ける

染まっていく今日を
結べずにいる前髪


 六

いつまでも子供と
膝をおる男

とめどなく
揺れる三半規管で
きめ細かく小さな
気泡を作りあげ
溶け込もうとする


 七

窓枠に切り取られた空
なぞる手のひらが
探している歌
遠い日の声


胎動

  如月

 
海が広がり続けている
 
その細い指先で
海と空の間に
白い境界線をなぞって
あなたの鎖骨から
ささやかに流れる
沈みかけた太陽の裏側で
まぶたをとじている
星たちの、
さらさらとした温度で泳ぐ
木々のざわめく音によく似ている
波の揺らぎの
やわらかな呼吸で
結ばれていた、
ものたちの声とともに
遠くの海で
いつかまた
いつまでも
あなたの中で
眠っていたいと
 
広がり続けている
 
 
 


カナブン

  如月

「あ、カナブンが死んでるね」

夏に冷たく落とされた、
ひだまりのとなりで
もう、動かなくなったカナブンを見つけて、
君があまりにも淋しそうに言うものだから
命には限りがあるもんさ、と
ありきたりな事を言うと
君は背中を丸くして、
動かなくなったカナブンを見つめていた

例えば、
この手を繋いだ先で
小さく笑う君がいて
その後ろには、
大きく突き抜ける空が広がって
木々がささやかに揺れていて
木の葉がくたびれて紅く燃やされ
季節にそっと背中をおされ、
僕らは長袖を着て
君と小さな手を繋ぐ

そうしているうちに、
いつのまにか
僕の背中は
小さく丸くなって
くたびれた僕も燃やされて、
長袖を着た君の、
手を繋いでいるその先で、
きっと、
新しく産まれた君が
大きく、
笑っているだろう

夕日はいつも傾いて
足音も立てずに去っていく、
無数の影の先端で
ぶらさがっている僕は君に

やっぱり、
ありきたりな事しか言えないものだから
君はまた
小さく背中を丸めて
もう、
動かなくなったカナブンを淋しそうに
見つめるのだろうね

文学極道

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