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田中宏輔 - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


もうね、あなたね、現実の方が、あなたから逃げていくっていうのよ。

  田中宏輔



きょう

新しいディスクマンを買おうと思って

河原町に出たのだけれど

買わずに、

四条通りのほうのジュンク堂に寄って

まず自分の詩集がまだ置いてあるかどうか見た。

一階の奥の詩集のコーナーに行くと

いちばん目立つところに置いてあった。

まだ6冊あって

先週見たときと同じ数。



日知庵に行こうと思って

ツエッペリンの「聖なる館」を聴きながら

河原町通りを歩いていると

ふと

肩をさわる手があって

見ると

湊くんだった。

「これから日知庵に行くんだけど

 行く?」

って言ったら

「時間ありますから、行きましょう」

とのことで、ふたりで日知庵に。

そこでは二人とも生ビールに焼鳥のAコースのセット。



食べて

飲んで

「つぎ、大黒に行く?」

って言ったら

「時間ありますから」

とのことで

二人で大黒に。

「きょう、火がついた子どもってタイトルでミクシィに書いたよ」

「ぼくも、きょう、火のラクダって言葉を思いつきました」

「ラクダっていえば、砂漠ってイメージかな。

 で、宮殿ね。

 アラブのさ。

 あのタマネギみたいな頭の屋根の」

カウンター席の音楽の先生が、となりの男性客に

「明日は仕事なんですか?」

「運動会めぐりですよ」

これは日知庵での会話ね。

「やっぱりアラブですよね」

「ラクダって、火のイメージありますか?」

「あるよ。

 比

 ってさ。

 あ

 比べるほうの「比」だよ

 フタコブ突き出てる形してるじゃない?」

「あ
 
 なるほど」

「ね

 もう

 比なのよ」

「俳句に使おうと思ってるんですけど」

「俳句ね」

「3年前に愛媛の俳句の賞で最終選考にまで残ったんですけど

 またこんど出してみようかなって思ってるんですよ」

「愛媛って、俳句の王国じゃん」

「100句出すんですよ」

「ぼくなら無理だな

 で

 どんな俳句なの

 ここに書いてみて」



メモ帳を取り出す

「硬い鉛筆で描く嘴をもつものを」

「ええと

 これって

 イメージの入れ子状態じゃない?

 絵のなかに書いた絵のように

 嘴って

 見た嘴じゃなくて

 鉛筆で描いた嘴だし

 その鉛筆だって、頭のなかの鉛筆だし

 ぼくには

 イメージの入れ子状態だな」

「そうですね

 で

 これって

 を

 が多いというので削るほうがいいって言われるんですけど」

「さいしょの「を」を削れって言うんでしょ?」

「そうです、でも、ぼくは、散文性が出したかったので」

「そだよ。

 もう削る文学は、いいんじゃない?

 削る文学は、古いんじゃない?」

「ぼくも、散文性が出したかったので」

「でも、削った方がいいって言うひとの方が多いだろうけどね」

「ぼくもそう思います。

 でも

 それだから

 よけいに、目立つとも思うんですよ」

「そだよ。

 まず、目立たなきゃね。

 俳句って

 やってるひと多いから」

「三年前の最終選考にまでいったもの

 まだネットに残ってるんですよ。

 消して欲しいんですけど」

「そなんだ」

「賞金30万円なので

 今年も出そうかなって」

「それはいいんじゃない。

 もらえるものはもらったら。

 ぼくみたいに、ぜんぜん賞と縁のないことも

 なんか意義があるんだろうけどさ」

「城戸朱理が審査員のひとりなんですよ」

「なんで?

 あ

 パウンドの詩集

 城戸の訳のものだけは買わなかったわ

 あと、全部、そろえたけど」

「そんなに嫌いですか?」

「嫌い」

で、ここで日知庵はチェック。

大黒に移動。

日知庵から大黒に行く途中

たくさんの居酒屋や食べ物屋の前を通りながら

高瀬川を渡って、木屋町通りを歩きながら

「詩語ってさ。

 パウンドの詩にも

 ジェイムズ・メリルの詩にも感じないんだよね。

 なんで、日本の詩人の詩って、詩語に不注意なんやろか。

 このあいだもらった高橋睦郎の詩集なんて

 もう詩語のかたまりやった。

 ぜんぜんおもしろくないっつーの」

「ぼくにはおもしろかったですけどね」

「そうお?」

「おもしろかったですよ」

「でも、あれは生きてないよ。

 ライブじゃないっつーか。

 アライブじゃないっつーか。

 リアルじゃないっつーか。

 まっ

 少なくとも

 ぼくの人生の瞬間を、さらに生き生きとしたものにはしてくれなかったわ」

「よかったですけどね」

と、湊くんは繰り返し言ってた。

まっ、これは波長の違いかな。

俳句的な感性が、ぼくにはないからかもしれない。

高橋さんも俳句やってたしね〜。

ぼくに手ほどきしようかって

直接、高橋さんから言われたこともあるけど。

断ったけどね。

俳句なんて

ぼくには、ムリって感じなんだもん。

高度な俳句はね。

それに

じっさい、高橋さんに

ぼくが書いた俳句を、いくつか見てもらったんだけど

直してもらったものを見て、なんだかなあ、って思ったから。

たしかに、感心したものも1つあったんだけど

直されたものをいくつか見て

なんだかなあって思ったの。

まっ、はやい話が

古臭いっていう感じがしたのね。

それは、ぼくがいちばん避けてることなの。



話が、それちゃう。

どんどん、それていっちゃいそう。

戻すね。

大黒のある路地の手前に交番があって

その真横にある公衆トイレの前で

「このあいだ、ミクシィでさ。

 廿楽さんが、パウンドの「キャントーズ」のパロディーで

 「キャンディーズ」ってのを思いついたって書いてはってね。

 それ、おもしろそうと、ぼくも思ってね。

 すぐに書き込みしたのね。

 9人のミューズならず3人の歌姫による

 昭和の芸能史と政治・経済に

 廿楽さんの個人史を入れられたら

 きっとすごいおもしろいものになりますねって。

 ぼくなら大長篇詩にしちゃうな。

 キャンディーズの3人が突然、ミューズになって歌ったり

 アイドルの男の子がデウカリオンになったり

 アイドルの女の子がアンドロメダになったりするの」

「それは、もう、あつすけさんの詩ですよ」

「そだよね。

 おもしろそうなんだけど。

 それだけで

 何年もかかりそう」

というところで

大黒のある路地の前にきた。

廃校になった小学校の前にある路地の奥だ。

ふたりは狭い路地を通って大黒に入った。

「前にも、ここにきたよね?」

「いえ、はじめてですけど」

「えっ?

 そなの?

 ほんとに?」

「前に

 荒木くんとか

 関根くんとか

 魚人くんときたときに

 いっしょにきてない?」

「はじめてですよ」

「ええっ」

マスターが湊くんに店の名刺を渡す。

「はじめまして、大黒のみつはると言います」

「ぼく、シンちゃんに言われるんだよね。

 おれの知ってる人間のなかで

 もっとも観察力のない人間だって」

「そんなことないでしょう」

「言われたんだよねえ」

マスターが

「あつすけさんって、見てるとこと見てないとこの差が激しいから。

 好きなものしか見てないんだよねえ」

と言って、ぼくの顔をのぞきこむ。

「ねえねえ、このマスターって、荒木くんに似てない?」

「また言ってる」

とマスター

「似てないでしょう。

 あつすけさんのタイプってことでしょう。

 短髪で

 あごヒゲで

 体格がよくって

 ってことでしょ」

「そかな?」

マスターが

「日知庵は忙しかった?」

「知らない」

と、ぼくが言うと

湊くんが

「まあまあじゃないですか。

 満席になったときもありましたよ

 ずっと満席ってわけじゃなかったですけど」

「えっ、そなの?

 ぜんぜん見てなかった

 まわりなんか、ぜんぜん気にしてなかったしぃ」

マスターが

「ほら、やっぱり見たいとこしか見てないのよねえ」



「ふううん、かもね」

と言うぼく。

「The Wasteless Land.

 のIVって

 いままでで

 いちばん反響があったんだよね」

「ぼくはIIとIIIの方が好きですけど」

「そなの?」

「で

 IIIよりIIの方が好きですけど」

「そなの?

 山田亮太くんも

 メールに、そう書いてくれてた。

 II

 が好きなひとって

 ほとんどいないんだよね」

「ぼくと話が合いそう」

と、湊くん。

「合えばいいなあ」

と、ぼく。

ぼくみたいなマイナー・ポエットに目をとめてくれるひとなんて

ほとんどいないもんね。

これまた、日知庵での会話なんだけどね。

「このあいだ、河野聡子さんてひとから

 12月に出る「トルタ4号」って詩の同人誌の

 原稿依頼があってさ。

 山田亮太くんが参加してるグループのね。

 ひさしぶりに、●詩を書いちゃった。

 鳩が鳩を襲う

 猿が猿を狩るやつ。

 あの関東大震災と

 エイジくんとの雪合戦をからませたやつね。

 前にミクシィに書いてたでしょ?」

「見ましたよ」

「あれを手直しして、●詩にしたの。

 で

 アンケートもあってね。

 「現代詩の詩集で、あなたがいいと思うものを10冊あげてください」って。

 でね。

 ぼくって、詩は、古典的なものしか読んでなかったから

 あわてて、パウンドを揃えて買ったり

 ジョン・アッシュベリーを買ったりして

 それをアンケートの答えに入れておいたの。

 ジェイムズ・メリルといっしょにね。

 いまの現代詩って

 生きてる詩人では、どだろって思って

 このあいだ

 ネットで

 poetry magazine で検索したら

 知らない詩人の名前がいっぱいだったけど

 だれかいい詩人っているの?」

「パウンド以降、現代詩っていえるものは、ないですね。

 出てきてないですね」

「そなの。

 ぼくにはジェイムズ・メリルがすっごいよかったんだけど。

 ほんと、湊くんには、「ミラベルの数の書」をもらってよかった」

「あつすけさん、こんど、メリルの詩集をかしてくださいよ」

ぼくは、聞こえなかったふりをして

焼鳥の串に手をのばして、ひとかたまり食べて

ビールのジョッキグラスに口をつけた。

「ジョン・ダンの全詩集って読んだけど

 いいのは、みんな、岩波文庫に入ってるんだよね」

「そうですか」

「うん、訳者が同じなんだけど

 選択眼がすごいんだろね。

 いいのは、ぜんぶ、文庫に入ってて

 まあ、いいんだけどね。

 ジョン・ダンの詩がぜんぶ読めるっていうのは。

 でも

 エミリ・ディキンソンの詩集は

 あの岩波文庫のものは、ぜんぜんあかんかったわ」

「亀井さんは偉い学者なんですけどね。

 あの訳は直訳で

 よくなかったですね」

「でしょ?

 ぜんぜんよくなかった。

 新倉さんの訳とぜんぜん違ってた。

 「エミリ・ディキンソンの生涯」って本に入ってた引用された詩で

 ちょっと前に、ぼくはディキンソンの詩がいいなって思ったのだけれど 
 
 まあ、それまでにもアンソロジーで読んで

 自分の詩論にも引用してたりしてたんだけどね。

 このあいだ、それ読んで、あらためていいなって思ったの」

「あつすけさん、形而上詩って、どうなんですか?」

「あ

 ジョン・ダンね。

 シェイクスピアとだいたい同じ時代の詩人だったでしょ。

 あのころは、奇想っていうのが、あたりまえだったでしょ。

 それをエリオットが形而上的に思って

 形而上詩って言ったんじゃない?」

このときの湊くんの返事は忘れちゃった〜。

ごめんさい。

「だからみんな、形而上詩じゃない?

 ぼくのものも、そういうところあるでしょ?」

みたいなことを言った記憶があるんだけど

この言葉への返事も忘れちゃった〜。

ほんと、湊くん、ごめんなさい。

すべてのことをクリアに記憶できないなんて

ぼくって、頭、悪いのかも。

しゅん↓

って

嘘だよ。

謙遜だよ。

こんだけおぼえてるだけでも

えらいっしょ?

プフッ。

ってか

まだまだいっぱい

おぼえてること書くからね。

ここまでのところって

ほとんどのものが、日知庵での会話だった。

つぎのは、大黒での会話ね。

あっちこっちして

ごめんなさい。

ぼくって、しょっちゅう

あっちこっちするの、笑。

でね、

若い男の子の客が

「きょう10個の乳首を見たけど

 ひとつもタイプの乳首がなかったわ。

 もうデブも筋肉質もいなくって

 ガッカリだったわ」

現実逃避かしら、と店の男の子の言葉を聞いて

「現実の方が

 あなたから逃げていくってのはどう?」

と湊くんに言う。

ぼくはよく人の会話をひろって

その会話に出てきた言葉を

自分の会話に使う。

湊くんも、よくそういうことありますよって。



6,7行前に戻るね。

「あつすけさんが前にも言ってらした

 言葉を反対にするっていうやつですね」

「そう。

 数学者のヤコービの言葉ね」

マスターが

「なし食べる?」

「大好きなんですよ」

と、湊くん。

「食べようかな」

と、ぼく。

なしが出てくるまで5分くらい。

「なし、好きなんですよ」

「なんで?」

「水分が多いから」

「はっ? なに、それ?」

「水分が多いですからね」

「それって、おかしくない? 果物の好きな理由が水分が多いからって

 果物、みんなそうじゃない?」

「そうですか?」

「おかしいよ。

 甘いっていうのだったら、わかるけど。

 果物なんて、みんなほとんど水じゃん」

「でも

 水分が多いでしょ? たとえば、リンゴより」

「はっ? おかしくない?」

「そこまで言いますか?」

「言うよ、おかしい」

「でも、リンゴとは 歯ざわりも違いますし」

「たしかに、歯ざわりは違うね、リンゴと」

「水分も違うんじゃないですか」

「そかな」

「桃も水分が多いから好きなんですよ」

「はっ?」

と、ここでマスターにむかって、ぼくが

「このひとに、なしが好きな理由たずねてみて」



マスターがたずねると、またしても

「水分が多いから」

「おかしいでしょ?」

「たしかに、水分が多いって

 ねえ。

 果物、ぜんぶでしょ」

「でしょ?」

マスターのフォロー

「食感が違うってことかしら?」

「たぶんね

 でも

 水分が多いからってのは変だよね」

「みずみずしいってことじゃないですか?」

とマスター。

ぼくは、みずみずしいって

この日記を書くまで

「水々しい」だと思ってた。

「瑞々しい」なんだね。

忘れてた。

「みずみずしいと、水分があるというのは違うでしょ?」

「違いますか?」

「違うよ

 水分の多い岩石

 みずみずしい岩石

 違うじゃん?」

「いっしょでしょ」

「違うよ

 みずみずしいアイドル

 水分の多いアイドル

 違うじゃん」

「たしかに」

「でも

 水分の多いって言い方のほうがぴったしなことってあるかもしれないね」

「そうですね

 でも

 なんで、最初に岩石だったんですか?」

「岩には水がない

 エリオットの「荒地」だよ」

「ありましたね」

ここで、「荒地」の話を数十分。



痴呆詩人

詩人の分類

とかとか

どっち、どっち。

谷川俊太郎と吉増剛造だったら、どっちになりたい?

瀬尾育男と北川透だったら、どっちになりたい?

稲川と荒川だったら?

ヤだなあ、どっちでも。

だまってれば、ふつうのひと

だまってなければ、ふつうじゃないってことね。

現実のほうが、あなたから逃げていくっちゅうのよ。

きょう、乳首を10個も見たけど

ひとつもいいのがなかったわ。

10個の乳首が

あなたを吟味したって考えはしないのね。

あなたは。

10個の乳首が

あなたを吟味してたのよ。

後姿しか見てないけど

短髪のかわいい子かもしれない。

かわいくない子かもしれない。

どうでもいいけど。

シルヴィア・プラス

テッド・ヒューズ

エリオット

パウンド

アッシュベリー

ホイットマン

ジョン・ベリマン

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ

ジョン・ダン

シェイクスピイイイイイア

ヴァレリー

ジョイス

プルースト

とかの話をした。

「野生化してるんですよ

 オーストラリアのラクダって

 馬じゃ、あの大陸横断できなくて

 ラクダを連れてきたんですけど

 いまじゃ、オーストラリアから

 アラブに輸出してます」

「そだ。

 このあいだ

 2ちゃんねるでさ。

 外国の詩の雑誌にも投稿欄があるのかどうか、訊いてたひとがいたけど、

 外国の詩の雑誌も投稿欄って、あるの?」

「ないですよ」

「そなの?」

「ありませんねえ」

「そなんや。

 ぼくもネットで poetry magazine って言葉で検索して

 外国の詩の雑誌のところ見たけど

 直接、編集長に作品を出して

 載せてもらえるものかどうか判断されるって感じだったものね」

「そのとおりですよ。

 なんとか、かんとか(英語の単語だったの、忘れちゃった、掲載不可の返事)を

 作家の(詩人だったかも、これまた忘れた〜)

 だれだれが(これもね、ごめんなさい)

 机のところに

 目の前に並べて貼って、それで奮起して書いてたらしいですよ」

「へえ、ぼくなら、拒絶された手紙みたら

 書きたい気持ちなくなるけどねえ。

 奮起するひともいるんや」

そういえば、無名時代の作家や詩人の作品が

雑誌の編集長にひどい返事をもらったことを書いた本があったなあ。

ガートルード・スタインも、自分の文章をパロってた返事を書かれてて

返事のほうも、スタインの本文とおなじくらいおもしろかったなあ。

ただひとつの人生で

ただひとつの時間しかありません。

ですから云々

だったかなあ。

「ただひとつの」の連発だったかな。

そんな感じやったと思う。

「あつすけさんも送れますよ」

「えっ?」

「日本からでも送れるんですよ」

そういえば、西脇順三郎も、さいしょの詩が掲載されたのって

イギリスの詩の雑誌だったかなあ。

「朝にランニングしてるんですけど

 台風の翌朝

 鴨川の河川敷を走ってると

 ぬめって危険なので

 歩いていたら

 たくさんのザリガニが

 泥水から這い上がって

 それを自転車が轢いていくものだから

 前足のハサミのないものがつぶれたり

 うごめいていたり 

 それがびっしり河川敷に

 両方のハサミのないものもいて

 それは威嚇することなく

 泥の中に戻りましたね」

「ザリガニの死骸がびっしりの河川敷ね

 でも

 ザリガニって鴨川にもいるんや

 ふつうは池だよね」

「いると思わないでしょ?」

「そだね

 むかし

 恋人と雨の日に琵琶湖をドライブしてたら 

 ブチブチっていう音がして

 これ、なにって訊いたら

 カエルをタイヤが轢いてる音

 っていうから

 頭から血がすーっと抜けてく感じがした。

 わかる?

 頭から

 血が抜けてくんだよ

 すーって下にね」

湊くんと木屋町で別れて

阪急電車で11時40分発に乗って帰ってきちゃった。

もっと飲みたかったなあ。

ぼくのむかし書いた大長篇の●詩のタイトル

あの猿のおもちゃのパシャンパシャンの●詩ね。

北朝鮮民主主義人民共和国のレディたちの

黄色いスカートがパシャンパシャンの風で、つぎつぎまくれあがってくやつよ。

そのタイトルを「ジャンピング・ジャック・クラッシュ」にしようかなって言うと

湊くん

「それって

 飛び出すチンポコって意味ですよ」

とのこと

「なるほど

 ストーンズって

 エロイんやね。

 そのタイトルにするよ。

 かっわいい」

飛び出すチンポコ

あとで鳩バス。

コントロバス。

ここんとこ

パス、ね。

「まえにミクシィに書いてらっしゃいましたね」

「書いてたよ。

 これって、近鉄電車に乗ってたときに女子大生がしゃべってるの聞いて

 メモしたんだよね。

 ぜったい聞き間違いだろうけどさ。

 聞き間違いって、すっごくよくするんだよね。

 授業中でも、しょっちゅう」

「聞き間違いだけで詩を書いてもいいかもしれないですね」

「そうお?」

「おもしろそうじゃないですか」

「そかな」

「でも、ほんと

 喫茶店とか

 街ですれ違うひとの言葉とか

 なんだったって書くんだ。

 書いてからコラージュするの」

「ほとんどは捨ててらっしゃるんですよね」

「捨てるよ

 でも

 ブログに写してるから

 正確に言えば捨ててないかなあ。

 あとで使えるかもしれないじゃん。

 で

 じっさい使ってるしね」

「エリオットも

 会話を詩にいれたりしてますものね」

「そだよね。

 コラージュだよね。

 詩って」

で、エリオットの全集がいまヤフオクで20000円だとか

このあいだ、ヴァレリー全集がカイエ全集付で

全24巻で98000円で

買おうかどうか迷ったよ

でも、全集

どっちとも全部、図書館で読んでメモしたし

すでに、作品に引用してるし

買わなかったけど

とかとか

パウンドが手を入れたエリオットの「荒地」の

原稿の原著の写しを二人とも読んでいて



原稿の写しね

ファクシミリ・オブ・マーナスクリプト・オブ・ザ・ウエスト・ランド

だったかな。

ぼくも勉強してた時期があったのだ〜。

英語できないけどね。

楽しかったけどね。

じっさいに赤いインクの

朱が入ったものね

エリオットが be動詞 間違えてたとか

これって

ぼくたちが「てにをは」をまちがえるようなものでしょうとか

とかとか話して

飲みすぎぃ。

でも

頭はシャッキリ。

きのう、仕事で

すんごい理不尽なことがあって

これ

いまは書けないけど

湊くんに言って

ゲラゲラ笑っちゃった。

ゲラゲラ笑っちゃえ。

えっ?

「ジュンク堂でさ

 ことしの9月に出た

 ぼくの大好きなトマス・M・ディッシュっの

 「歌の翼に」を買おうと思ったんだけど

 これ、サンリオSF文庫のほうで読んでたし

 国書刊行会から出てた新しい訳のほう見たけど

 字がページの割と端っこまで印刷してあって

 レイアウトがあんまり美しくなかったから

 買わなかったんだけど

 まあ、この国書のSFシリーズ、ぜんぶ買ってるから

 気が変わったら買うかもしれないけど

 ちょっと最近、SFには辟易としていてね。

 買わなかった。

 あ

 このディッシュって

 去年自殺したけど

 どうやって自殺したのか憶えてないんだけど

 ディッシュも詩集を出してたんだよね。

 日本じゃ、ただのSF作家で

 詩集は翻訳されてないんだけど

 そういえば

 詩人って

 たくさん自殺してるよね。

 あの「橋」を書いたのは、だれだっけ?」

「ハート・クレインでしたか」

「そうそう。

 船から海に飛び込んだんだっけ?」

「でしたか」

「ジョン・ベリマンも入水自殺だよね」

「自殺しましたね」

「ジョン・ベリマンってさ。

 なんで入水自殺したの知ってるのかって言えば

 ディッシュの「ビジネスマン」ってタイトルの小説に

 顔から血を流してさ、片方の目の玉を飛び出させたまま

 ゴーストの姿で出てくるの。

 ダンテの「神曲」における、ウェルギリウスの役目をしてさ。

 主人公をサポートして天国に導こうとする者としてね。

 あ

 ツェランも入水だよね。

 シルヴィア・プラスはガス・オーブンに頭、突っこんで死んだけど」

「すごい死に方ですね」

「まあ、火をつけて死んだんじゃなくて

 一酸化炭素中毒だったんだろうけど

 それでも、すごいよね。

 もちろん、火をつけて死んでたら、もっとすごいけどね。

 いま、都市ガスは一酸化炭素入ってないから死ねないけど

 そういえば

 練炭自殺って何年か前、日本で流行ったね。

 ネットでいっしょに死ぬヤツ募ってさ。

 シルヴィア・プラスの夫の詩集、ジュンク堂にたくさん置いてあったよ」

「そうでしたか?」

「テッド・ヒューズの詩集

 何冊あったかな。

 4,5冊、あったんじゃない?

 奥さんがすごい死に方して

 どういう気持ちだったんだろ」

「伝記書いてましたね」

「黒人でしょ?」

「いえ、白人ですよ」

「えっ?

 黒人じゃなかった?」

「それ、ラングストン・ヒューズですよ」

「あ、そだ、そだ。

 恥ずかしい。

 ラングストン・ヒューズの詩集だ。

 たくさんおいてあったよ。

 でも、なんで黒人の詩人の詩集がたくさん置いてあったんやろか?」

「さあ」

「ヘミングウェイって詩人じゃないけど

 拳銃自殺でしょ。

 三島は切腹だし。

 いろんな自殺の仕方ってあるからね。

 アフリカや南米って

 自殺じゃないけど、たくさん詩人や作家が

 焼き殺されたり、首吊られたり、拷問されて死んでるし

 ソビエト時代のロシアでも獄死とか処刑って多かったし

 文化革命のときの中国もすごかったでしょ。

 いまの日本の詩人や作家って

 そういう危険な状態じゃないから

 ぼくもそうだけど

 生ぬるいよね。

 でも、個人の地獄があるからね」

「そうですね」

「みんな、自分の好みの地獄に住んでるしね。

 まあ、生ぬるいっちゅえば、生ぬるいし。

 最貧国の人から見れば

 どこが地獄じゃ〜

 って感じなんだろうけどね。

 そうそう、エリオットの「荒地」に

 タロットカードが出てくるでしょ。

 あれに溺死人って出てこない?」

「出てきましたか?」

「首吊り人もあったよね。

 あったと思うんだけどさ。

 あ

 溺死人のこと。

 ぼく、書いたことあるような記憶があってね。

 溺死人はあったよね。

 なかったかなあ」

「あったかもしれませんね」

「ジェイムズ・メリルは

 ウィジャ盤ね」

「あの詩の構造ってすごいですよね。

 ウィジャ盤を出せば

 なんでもありじゃないですか?

 なんでも出せる」

「そうそう。

 イーフレイムも

 最後の巻で

 ガブリエルだってわかるしね。

 すごい仕掛けだよね。

 ぼくもそんな仕掛けの詩集がつくりたいなあ。

 もう

 なんでもありなの」

「すでにやってるじゃないですか?」

「そだね。

 バロウズや

 ジェイムズ・メリルのおかげで

 もう

 なんだっていいんだ。

 なに書いたって詩になるんだって思わせられた。

 自由

 ってこと、教えられたよね。

 ●詩や

 こんどの新しい詩集も

 あんだけ好き勝手なことしてるけど

 もっと、もっと、自由に、好き勝手に書いてくつもり」

「「舞姫」は、どうなんですか?」

「あれ、だめ。

 設定が窮屈でさ。

 自由じゃないんだよね。

 だから、つぎの詩集は、新しい●詩の詩集かな。

 The Wasteless Land.III

 の

 ii

 ってことになると思うの。

 表紙の色は、やっぱり黄色かな?」

「ぼくには、わかりませんけど」

「まあね。

 書肆山田のほうで決めるのかなあ。

 ぼくかなあ。

 わからん。

 いまは、わからんけどね。

 でも

 V

 じゃないね」

「Vの詩集は

 ずっと出ないで

 断片だけが

 そこらじゅうに散らばって出てるっていうのもいいじゃないですか?」

「ほんとだね。

 すでに、半分以上は

 じっさい

 いろんなところに書いてるしね。

 あ

 偶然って、すごいよね。

 その舞姫の断片の一つに

 The Gates of Delirium。

 ってシリーズがあるんだけど

 そこで

 主人公の詩人の双子の兄が出てくるんだけど

 そのお兄さん

 顔

 緑色に塗って出てくるのね。

 エリオットって

 顔に緑色の化粧をしてたんだって」

「ほんとですか」

「そだよ。

 本で読んだ記憶があるもん。

 でね、

 それ

 エリオットが顔を緑色に塗ってたってことを本で読む前に

 書いてたの。

 自分の作品にね。

 主人公の双子の兄が

 贋詩人って名前で出てくるのだけれど

 顔を緑色に塗って出てくるの。

 しかも

 その緑色の顔は崩れかけていて

 ハリガネ虫のようなものが

 いっぱい這い出してくるの。

 その緑色の崩れた皮膚の下から

 その緑色の崩れた皮膚を食い破りながらね。

 エリオットって

 病気しているみたいに見られたいって思って

 顔を緑色に塗ってたんだって」

「どこまで緑だったんでしょう」

「マスクマンみたいなんじゃないことはたしかね」

「ジム・キャリーのですね」

「そうそう。あのマスクだと警察官に尋問されるんじゃない?」

「顔グロの男の子や女の子は尋問されなかったのかな?」

「されなかったでしょう」

「されたら、人権問題なのかな」

「かもしれませんね」

「ねえ。

 あ

 じゃあ、さあ

 全国指名手配の犯人が顔グロにしてたら

 警察官に捕まんないんじゃない?」

「それはないでしょう。

 目立ちますよ」

「そうかな」

「そうですよ」

「顔、わかんないはずなんだけど」

「いやあ。

 目立つでしょう」

「じゃあさ、手に

 なんか、ひらひらしたもの持って

 それ揺らしながら歩くってのは、どう?」

「目立つでしょう」

「なんで?

 手に目がいって

 顔、見ないんじゃない?」

「どんなヤツかなって思って

 顔、見るでしょう」

「そかな。

 そだね。

 顔、見るかなあ。

 うん。

 見るね」

ユリシーズがスカトロ文学であるとか

主人公が

スティーヴン・ディーダラス

じゃなくて

ブルーム何とかだったかな

湊くんは正確に言ってたんだけど

いまこれ書いてるぼくの記憶は不確かだけど

新聞の記事を読みながら

その下の缶詰肉の広告に目をうつして

うんこしてた話とか

お尻をたたいてもらうために女のところに寄る話だとか

ジェイムズ・メリルがめっちゃお金持ちで

お金の心配なんかなくて

男の恋人とギリシアに旅行に行ってたりとか

でも

上流階級のひとは上流階級のひとなりの悩みや苦労があるはずだねとかとか

そんな話や

パウンドの「ピサ詩篇」の話で

すごくお酒がおいしかった。

12月までに言語実験工房の会合を開くことにして

木屋町の阪急電鉄の駅に入るところで

バイバイした。

またね。

って言って。

「彼女がディズニーランドに行ってるんですよ」

「千葉の?」

「あつすけさんって、遊園地とか行きますか?」

「行ったことあるけど

 デートもしたし

 でも

 詩には

 書いたことないなあ」

もう

毎日が

ジェットコースター。

って、いっつも口にするのだけど。

「そうですね。

 よく口にされてますよね」

「もうね。

 ほんと

 毎日が

 アトラクションなんだよね」

自転車で轢き潰されたザリガニたち

ハサミのない両前足をあげて祈る

祈る形。

雨の日のヒキガエル。

ブチブチと

車に轢き潰される音。

ビールがおいしかった。

目を見開く音楽の先生。

マスターのみつはるくんの盛り上がった胸と肩と腕の肉。

帰るときに店の外まで見送ってくれたけど

ぼくは見送られるのが嫌いなんだよね。

短髪だらけのゲイ・スナック。

河原町ですれ違ったエイジくんに似た青年の顔が思い出された。

かわいかった。

最後に会った日の翌朝のコーヒーとトースト。

味はおぼえていない。

ふへふへ〜。

「そういえば

 いま、源氏物語をお風呂につかりながら読んでるじゃない?」

「そうですよね。

 つづいてますよね」

「そ。

 いま、しょの28かな。

 絵合(えあわせ)ってところね。

 源氏自身が自分の悲惨な状況にあった須磨での暮らしぶりを

 絵にしたんだけど

 それがみんなにいちばんいい絵だといわれるっちゅう場面ね。

 その

 須磨の源氏

 の状況

 もちろん

 「ピサ詩篇」のころのパウンドのほうが

 ずっと悲惨だったのだけれど

 偶然だよね。

 「ピサ詩篇」読んでたら

 違うわ。

 源氏物語を読んでたら

 「ピサ詩篇」を読んでて

 須磨の源氏

 って言葉が出てくるのって」

「偶然ですね」

「偶然こそ神って

 だれかが書いてたけどね」

「それもミクシィに書いてましたよね」

「書いたよ」

「いま

 お風呂場では

 絵合のつぎの「松風」

 読んでるんだけど

 源氏がさ。

 明石の君を京都に呼ぼうとして

 家、建てさせてるのね。

 これまで付き合った女たちを

 みんな、自分のそばに置いておきたいと思って」

「最低のヤツですね」

湊くんが笑った。

「そだよね。

 ま、

 置きたい気持ち、

 わからないまでもないけどね。

 でも

 ふつうは

 そんな余裕ないからね」

イスラム圏の国じゃ、

たくさん嫁さんを持てるんだろうけどね。

いや

日本でも

お金があったり

特別な魅力があったり

口がじょうずだったりしたら

たくさん恋人が持てるか。

いや

恋人じゃなくて

愛人かな。

わからん。

とかとか話してた。

しかし

ちかごろじゃ

セクフレちゅうものもあるみたいだし。

前に

ゲイのサイトで

「SF求む」

って書いてあって

へえ、ゲイ同士でSF小説でも読むのかしら?

と、マジに思ったことがあるけど

シンちゃんに、このこと言うと

「それ、セクフレ求むって読むんだよ」

って言われ

「なに、セクフレって?」

って訊くと

「「セックス・フレンド」って言って

 恋人のように情を交わすんじゃなくて

 ただ

 セックスだけが目的の付き合いをする相手を募集してるってことだよ」

と言われました。

はあ、そうですか。

恋人のほうがいいと思うんだけど。

ぼくには、セックスだけって

ちょっとなあ

さびしいなあ

って思った。

そんなんより

ひどい恋人がいるほうが

ずっとおもしろいし

楽しいし

ドキドキするのになあ

って思った。

そういえば

パウンドも

奥さんいるのに

愛人ともいっしょにいて

最期についてたのは

愛人のほうだったっけ。

まあ

奥さんは

パウンドがアメリカで倒れたときには

ヨーロッパにいて

しかも病気で動けなかったから

仕方なかったんやろうけど。

ああ

ぼくの最期は

どうなんやろ。

いまもひとりやけど

そんときもひとりやろか。

わからんけど。

湊くんの顔を見る。

湊くんは、いいなあ。

恋人がいて

仲良くやってるみたいだし。

じっさい、仲いいし。

とかとか思った。

笑ってる。

焼鳥がおいしい。

ビールがおいしい。

話も盛り上がってる。

「手羽のほう

 ぼくのね。

 レバー

 ぼく、食べられないから」

「そうでしたね」

あらたに、テーブルに置かれた6本の串。

間違うことはないだろうけど

間違われることはないだろうけれど。

意地汚いぼくは

さっさと手羽を自分の取り皿の上に置いて確保した。

さっさと

そう、

まるで

新しい恋人を

だれにも取られないように

自分の胸に抱き寄せる若い男のように。

だれも横取りしようなんてこと

思ってもいいひんっちゅうのに。

ってか、

下手な比喩、使ったね。

ごめりんこ。

っていうか

オジンだけどね。

わっしゃあなあ、

あなたの顔をさわらせてほしいわ。

破顔。

戦争を純粋に楽しむための再教育プログラム。

ぼくは

金魚に生まれ変わった扇風機になる。

狒狒、

非存在たることに気づく。

わっしゃあなあ、

湊くんとしゃべっていて

一度だけ

目を見てしゃべれないときがあったのね。

ジェイムズ・メリルの「サンドーヴァーの光・三部作+コーダ」を

原著で持ってるらしくて

そんなに分厚くないけどって話で

書肆山田の翻訳ってすごい分量じゃない?

それは、ぼくも持ってるんだけど

やっぱり、原著もほしいなあと思った。

いつか買おうっと。

で、書肆山田から出てる翻訳のもの

貸してもらえませんかって言われたの。

全4冊の分厚い本になるのだけれど

ぼく、本はあげられても、貸すことはできなくて

気持ち的にね。

むかしからなのだけれど

でね、

聞こえてないふりしたの。

それで

返事しないで

焼鳥に手をのばして

聞こえていないよって感じで

ビールを飲んで

違う話をしたのね。

ジョン・ダンの詩集について。

悪いことしたなあ。

ぼくってケチだなあ。

貧乏臭い。

ゲンナリ。

自己嫌悪になっちゃった。



話を戻すと

パウンドのキャントーズも全部入ってるやつ

「全部で117篇だったっけ?」

それもそんなに分厚くないし

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの「パターソン」も5巻だけど

そんなに分厚くないしって。



パターソンって未完だったんだ。

湊くんから教えてもらって

思い出した。

そだ、そだ、そんなこと書いてあったような気がする。

気がした。

そんで

原著なら、そんなに分厚くないって教えてもらって

あの訳本、すんごい分厚いんだもん

これまで原著を買おうとは思わなかったけど

ほしくなっちゃった。

パウンドの「キャントーズ」も

そんなに分厚くないって

手振りで、だいたいの厚さを教えてもらって

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの「パターソン」も

パウンドの「キャントーズ」も

原著ほしいなあ

って思った。

いつか買おうっと。

ほんとにね。

「縦書きと横書きでの違いもありますよ。

 横書きだと、かなり詰め込めるんですよ」

原著がなぜ

翻訳より分厚くないか

その理由ね。

それにしても

ケチ臭いぼくやわ〜

つくづく。

づつくく。

「秦なんとかって歌手

 下の名前を忘れちゃったけどさ

 いま流行ってるのかな。

 知らない?」

「知りませんねえ。

 わかりません」

「えいちゃん!

 秦なんとかっていう名前の歌手知らない?

 若い子で

 いま流行ってるみたいなの」

えいちゃんがカウンターの向こうから

「知ってますよ。

 秦(なんとか、かんとか、忘れちゃった)でしょ?」

「そ。

 それ。

 でもね。

 試聴サンプルで置いてあったから聴いたけど

 ダメだった。

 アレンジが完璧にしてあるの。

 芸術の持ってるエッジがないのね。

 芸術ってさ。

 欠けてるとこがあるんだよね。

 バランスというかさ。

 不均衡なところがあるんだよね。

 過剰な欠如もあるし

 でも

 欠如してるの。

 それがエッジなの。

 バランスね。

 アレンジが歌謡曲だった。

 完璧にしてあるの。

 歌謡曲のアレンジが。

 一般の人の耳には

 いいのかもしんないけど。

 ぼくには

 芸術じゃないものの持つ二流品の臭いがしたの。

 芸術じゃないわ。

 バランスの欠如がないのね。

 欠如がないって

 変な言い方かもしんないけど

 通じるよね。

 芸術のエッジは

 バランスの欠如がもたらしてるの。

 あ

 これ

 ジェイムズ・メリルの

 抒情性の配分のバランスとは違った話してるからね。

 バランスっていっても

 芸術としてのバランスの欠如とは違うからね。

 過剰性も欠如だしね。

 不均衡だけじゃなくてね」

「最近、論語を読んでるんですよ」

と湊くん。

「論語って、孔子だった?」

「そうですよ

 あの

 いずくんぞ

 なになに

 というところが繰り返し出てきて

 詩みたいなんですよ」

「リフレンはね。

 なんだって詩になっちゃうからね。

 あの「ピサ詩篇」の

 固有名詞

 わかんないけど

 音がきれい。

 何度も出てくる名前があるじゃない?

 それもリフレインだし

 あの「雨も「道」の一部」とかさ

 「風もまた「道」の一部/月は姉妹」とかさ

 最高だよね。

 こういった抒情のリフレインのパートも、めっちゃ抒情的だしね。

 でも

 同じ感情はつづかないのね。

 だから

 意味のないパートというか

 無機質な感じの固有名詞のパートとか

 政治や経済のパートと

 抒情のパートの配分が大事でね。

 ずっと抒情的だったら

 飽きるでしょ。

 ずっと無機的でもイヤんなるだろうけど

 でも、ジェイムズ・メリルは、すごいよね。

 そのバランスがバツグンなんだよね。

 楽々とやっちゃうじゃない?

 余裕があるのね。

 ある意味、パウンドには余裕がなかったじゃない?

 まあ、ほんとは、あるんだろうけれど。

 詩をつくるという時点でね。

 無意識にでもね。

 悲しみを書くことで

 悲しみから離れるからね。

 喜びになっちゃうからね。

 でも、あの歴史的な悲劇

 第二次世界大戦というあの悲劇と

 パウンド自体が招いた悲劇のせいで

 余裕がないように見えるよね。

 メリルは、その点

 歴史的な悲劇を被っていないということだけでもラッキーだし

 しかも
 
 お金持ちだったでしょ」

「そうですね。

 お金持ちですよね。

 恋人とギリシアにいて(なんとか、かんとか、ここ忘れちゃった)」 

「アッシュベリーって

 難解だって言われてるけど

 ぜんぜん難解じゃないよね」

「そうですよ。

 ぜんぜん難解じゃないですよ」

「抒情的だよね」

「そう思いますよ」

「大岡さんが学者と訳してるものは

 わかりにくかったけど。

 書肆山田から出てる「波ひとつ」は

 ぜんぜん難しくないし

 すごく抒情的で、よかったなあ」

「大岡さんと組まれた翻訳者の訳

 あれ

 間違って訳してますからね」

「そなの?」

「そうですよ。

 間違って訳してますからね。

 それは、難解になるでしょう。

 もとは、ぜんぜん難解じゃないものですよ。

 ぼくも

 アッシュベリーは抒情的だと思いますよ」

「そだよねえ。

 そうだよねえ。

 抒情的だよねえ」

「抒情的ですよね」

「きょうさ

 ブックオフも行ったんだけど

 そこでね。

 山羊座の運命

 誕生日別、山羊座の運命の本

 ってのがあってさ。

 あなたの晩年には

 あらゆる病気が待っているでしょう。

 って書いてあってね。

 びっくらこいちゃった。

 あらゆる病気よ

 あらゆる病気

 神経科

 通ってるけどね

 実母もキチガイだし

 そっち系は、すでにかかってるからね。

 そだ。

 神経痛

 関節炎

 そんなものにとくに気をつけるように書いてあった。

 まあ

 もう

 こうなったら

 あらゆる病気よ

 来い!

 って感じだけどね」

「そんなん書いてるの?」

と、大黒のマスター。

「そだよ。

 もう

 どんどん来なさいっつーの

 ひゃははははは」

「でも

 齢をとれば、だれでも、病気になるんじゃないですか?」

「ほんとや」

「こちら、はじめてですよね」

マスターが湊くんに向かって

でも、ぼくが口を挟んで

「ぼくは、さっき

 違うと思ったけど

 はじめてみたい。

 で

 このひと

 詩人

 翻訳家

 大学の先生

 で

 俳句も書いてるのね」

「翻訳って

 通訳もなさるのかしら?」

「通訳は(なんとか、かんとか、また、ここ忘れちゃった

 あ

 でも、さっきの「ここ」とは違うからね、笑)」

「同時通訳って難しいんでしょ?」

とマスター。

「そうですね。

 5年が限度でしょうかね」

ぼくはピンときた。

きたけど

「なんで?」

って、言葉が先に出た。

あらま

なんてこと

きっと、サービス精神旺盛な山羊座のせいね。

「日本語と語順が違うので

 ある程度

 先読みして

 通訳するので

 しんどいんですよ。

 相手が言い切ってないうちからはじめるので

 ものすごい負担がかかるんですよ」

「そだろうね」

マスターも、このあいだテレビでやってました、とのこと。

それで訊いたみたい。

「日本語同士で通訳してるひといるじゃない。

 横でしゃべってるひとの言葉をちょっと変えてしゃべるひと

 いない?」

「いますね」

「いるよね〜」

さあ、カードを取れ。

どのカードを取っても

おまえは死だ。

溺死人

焼死体

轢死

飛び降り

ばらばら死体

首吊り人

好きな死体を選べ。

子曰く

「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」

さあ、カードを取るがいい。

好きな死体を選べ。

あの子

オケ専ね。

死にかけのジジイがいいんだよね。

「棺おけのオケ?」

天空のごぼう抜き

空は点だった

「なに、クンクンしてんの?」

哲っちゃんが

ぼくの首にキスしたあと

首筋にクンクンしてるから訊いた。

「あつすけさんの匂いがする」

哲っちゃん

ツアー・コンダクターの仕事

どうしてもなりたくて

って

高校出たあと

ホテルの受付のバイトをしながら

自分で専門学校のお金を工面してた

哲っちゃん

「はじめての経験って

 いつ?」

「二十歳んとき

 高校のときのクラブの先輩にせまられて」

クラブはゲイにいちばん多いバレーボールじゃなくて

そのつぎに多いクラブやった。

水泳じゃないし、笑。

ラグビーね。

アメフトも多いらしいけれど。

ぼくが付き合ったのは

ラガーが多かった。

アメフトは一人だけ。

いま、どうしてるんだろうなあ。

超デブで、サディストだったけど、笑。



魚人くんも

アメフトだった。

恋人として付き合ってはいないけど、笑。

好きよ。

好きな死体を選べ。

「歯茎フェラね」

なんちゅう言葉?

笑った。

オケ専ね。

棺おけに片足突っこんでるジジイがいいのね。

あんがい、カッコかわいい子が多いんだよね。

オケ専って。

「死にかけのジジイ犯して

 心臓麻痺で殺そうってことかな?」

「どやろ」

とコーちゃん。

そか。

その手もあったか。

ぼくの肩に触れる手があった。

湊くんだった。

「これから日知庵に行くんだけど

 いっしょに行く?」

「いいですよ。

 時間ありますから」

さあ、カードをお取り。

好きな死体を選べ。

子曰く

「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」

「こちらはじめてですよね」

硬い鉛筆で描く嘴をもつものを

「果物のなかでは

 なしがいちばん好きなんですよ」

「なんで?」

「果物のなかで

 なしが、いちばん水分が多いですから」

「はっ?」

火のついた子どもが

石畳の上に腰かけている

コンクリートの階段に足を下ろしながら

夕暮れの薄紫色のなかで

「地方詩人じゃなくて

 頭がパーになったほうの

 痴呆ね

 どう?

 痴呆詩人」

「音がいいですね」

「いいね。

 名前をあげていこうかな

 ひゃはははは」

さあ、カードを取るがいい。

おまえが選ぶカードは

すべて死だ。

好きな死体を選べ。

溺死人

焼死体

轢死

飛び降り

ばらばら死体

首吊り人

好きな死体を選べ。

「「舞姫」の設定ってさ。

 ぜんぜん違うものにしようと思うのね。

 パラレルワールドっていうのは同じなんだけど

 リゲル星人じゃなくて

 違う進化をした並行宇宙の地球で生まれた

 巨大なイソギンチャクでね」

「それじゃ、「舞姫」の設定じゃないですよね」

「そうそう、できないよね。

 「舞姫」の設定って

 すんごい窮屈なの。

 まず、SFって、ことで窮屈だし。

 設定が、ぼくにはチューむずかしいし。

 いやんなってるのね。

 放棄だな。

 いや

 放置かな。

 もう

 放置プレーしかないかも

 なんてね」

「首吊り人は

 首をくくられたほう?

 それとも、くくるほう?」

さあ、カードを取るがいい。

おまえの選ぶカードは

すべて死だ。

好きな死体を選べ。

「それって

 まんま

 はみ子じゃんか」

「あつすけさん

 はみ子じゃないですよ。

 リリックジャングルの、なんとか、かんとか〜」

「そなの?

 そだったの?

 そだったのね〜」

台風のつぎの日の朝

鴨川の河川敷には

自転車に轢き殺されたザリガニたちの死骸が

ブチブチと踏みつぶされていく琵琶湖のヒキガエルたち。

10個も乳首、見たけど

ひとつもええ乳首はなかったわ。

ちゃう、ちゃう。

ちゃうで。

きみのほうが

10個の乳首に吟味されてるんやで。

マスターがきいた

「哲っちゃんって

 ラグビーやってたの?」

「そだよ。

 高校のときだけどね。

 めっちゃカッコよかったけどね」

「写真はあるの?」

「あるよ」

「こんど見せて」

「いいよ。

 いっしょに詩の朗読会に行ったとき

 ちょっと、ぼくが哲っちゃんから離れて飲み物を頼んでたら

 知ってる詩人の女の子が

 いっしょにきたひと

 あつすけさんの恋人ですかってきくものだから

 そだよっていったら

 カッコいい

 って言ってたよ。

 まっ、

 カッコよかったけどね」

「ふううん」

「でもね。

 会うたびに

 カッコよさってなくなっていっちゃうんだよね。
 
 遠距離恋愛でさ。

 ぼくが和歌山のごぼうに行ったり

 哲っちゃんが京都の北山に来てくれたりしてたのね。

 でも、はじめて、ごぼうの彼の部屋に行ったとき

 びっくりしちゃった。

 名探偵コナン

 のDVDが部屋にそろえておいてあったの。

 しかも

 DVD

 それだけだったんだよね〜。

 なんだかね〜。

 で

 付き合ってるうちに

 カッコいい顔が

 だんだんバカっぽく見え出してね。

 いやになっちゃった」

さあ、カードを取るがいい。

どのカードを取っても

おまえは死だ。

溺死人

焼死体

轢死

飛び降り

ばらばら死体

首吊り人

好きな死体を選べ。

「哲っちゃんとは、どれぐらい付き合ってたの?」

「えいちゃんの前だよ。

 一年くらいじゃない」

「へえ」

「ハンバーグつくってくれたりしたけど。

 料理はめっちゃじょうずやったよ。

 でね。

 ハンバーグをおいしくするコツってなに? ってきいたら

 とにかくこねること、だって」

火のラクダ。

それ、俳句に使うのね。

感情の乱獲。

スワッピング

って

いまでも、はやってるのかしら?



スワッピングって言葉のことだけど、笑。



使ってるかどうかなんだけど。

「水分が多いでしょ。

 だから好きなんですよ」

「はっ?」

「なんで?」

「なんで

 なんでなの?」

子曰く

「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」

さあ、カードを取るがいい。

おまえが選ぶカードは

すべて死だ。

好きな死体を選べ。

* メールアドレスは非公開


点の、ゴボゴボ。

  田中宏輔



あたしんちの横断歩道では

いつも

ナオミが

間違った文法で

ごろごろ寝っころがっています。

まわりでは

あたしたちのことを

レズだとか

イモだとか

好き言ってます。

はっきりいって

まわりはクズです。

クズなので

どんなこと言われたって平気だけど

ナオミは傷つきやすいみたいで

しょっちゅう

病んでます。

あたしたちふたりだけが世界だと

世界はあたしたちでいっぱいなのだけれど

世界は

あたしたちでできているんじゃなかった

あたしは

自分が正しいと思ってるけれど

あたしの横で

いつか

車に轢かれるのを夢見ながら

幸せそうな顔で

寝っころがってるナオミのことを

すこし憎んだりもしています。

ジャガイモを選ばなければならなかったのに

トマト2個100円を選んでしまったのだった。

勘違いのアヒルだったってわけ?

静止画とまらない。

もはや、マッハの速さでも

よくわからない春巻きはあたたかい。

あたしんちの横断歩道で

いつか

あたしも

間違った文法で

ごろごろ寝っころがったりするんだろうか?



よい詩は、よい目をこしらえる。

よい詩は、よい耳をこしらえる。

よい詩は、よい口をこしらえる。



具体的なもので量るしかないだろう。

空間が

ギャッと叫んで

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

時間が

耳を澄まして

見ている。

出来事は

微動だにしない。

先週の日曜日

西大路御池のところにあるラーメン屋で

指から血が出た。

新聞紙を

ホッチキスというのかな

あの



の形の

鉄の

鉄かな

鉄の

ねじれた

ちぢんだ

ふくらんだ

もので

とめてあったのだけれど

はずれてて

はずれかけてて

だれかが



の形に

してて

指に鉄の針先が

皮膚から侵入して

血が

ドボドボと

ではないけど

チュン

って

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ

めっちゃ

痛かった。

ラーメン屋のオヤジが臭かったけれど

客が企画した計画の一部だった可能性もあるので

ラーメンを食べながら

指が痛かったのだ。

ふるえるラーメンを

ふるえる割り箸で

ふるえる歯で

噛み千切りながら

舞台の上にのぼった詩人のように

恥ずかしいのだった。

スキンを買っておかないといけないなって思って

いたのだけれど

ふるえる眉毛が

ふるえるラーメンの汁のうえで

何だって言った?

涙っていた。

タカヒロが半年振りにメールをくれた。

携帯を水に落としてって

水って

どこの水かな。

ぼくのふるえるラーメンの知るのなかだ

知ることと

汁粉は違う。

空間が

ギャッ

と叫んで

ぼくのラーメンの汁のなかで

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ

携帯にスキンを被せたら

よかったんだ

ボッキした携帯は

フッキして

二つに折れた



ぼくが23歳のとき

2歳したの子と付き合おうと思ったのだけれど

かわいい子だったけれど

彼のチンポコ

真ん中で

折れてて

「なんで、チンポコ折れてるの?」

「ボッキしたときに

 折ったら

 そのまま

 もとに戻らへんねん。」

空間が

ギャッって叫んで

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

その子は

恥ずかしいと思ったのか

ぼくとは

もう会わへんと言った。

「チンポコ折れてても

 関係ないで。

 顔がかわいいから

 いっしょにいてくれたらいいだけやで。」

ラーメン屋のオヤジの目つきが気持ち悪かった。

ぼくの指から

血が

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

その子のチンポコも

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

タカヒロの携帯も

スキンを被ったまま

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

指には

ホッチキスの針の先が侵入したままだった。

乳首が

はみだしてる。

乳首も

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

抜きどころやないですか。

30才くらいのときに

めずらしく

年上のガタイのいいひとに出会って

ラブホにつれていかれて

乳首をつままれた

というより

きつくひねられた。

乳首は

あとで

かさぶたができるくらい痛かった。

「気持ちよくなるから、ガマンしろよな。」

って言われたのだけれど

涙が出た。

痛かっただけや。

「ごめんなさい。

 痛いから、やめて。」

って、なんべん言っても

ギューってひねりつづけて

それでも

乳首は

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

タカヒロの携帯が

スキンを被ったまま

ラーメンの汁のなかにダイブ

ダイブ

ダイジョウブ

タカヒロ

高野川の

じゃなくて

野球青年のほう。

また同じ名前や。

同じ場所。

同じ時間。

同じ出来事。

ねじれて

ちぢんで

ふくらんだ。

気に入ったな

このフレーズ。

「おれ、付き合ってるヤツがいるねん。

 3人で付き合わへんか?」

このひと、バカ?

って思った。

考えられなかった。

歯科技工士で

体育会系のひとだった。

なんで

歯科技工士が

体育会系か

わからんけど

ぼくの乳首は

あの痛みを覚えてる。

ようやく

指からホッチキスの針を抜いて

タカヒロのボッキした携帯に被せるスキンを買いに

ラーメン屋を出て

自転車に乗って

スーパーのような薬局屋に向かった。

具体的なもので量るしかないだろう。



死んだ父親にまた脇をコチョコチョされて目が覚める。

部屋はいまのぼくの部屋と似てるが

微妙に違うような感じで

エクトプラズムが壁や天井を覆っている。

明かりをつけると消えた。



Between A and A 







のあいだに

はさまれたわたくし。







をつなぐ

わたくし

a(エイ)

n(エヌ)

d(ディー)

a は another の a

n は nought の n

d は discord の d

わたくしAは、もうひとつべつのAであり

わたくしAは、AではないAであり

わたくしAは、Aとは不一致のAである。

=(等号)

イコールではないわたくしは

あのはじだぶすこになあれ。

オケ専て、かわいそうやわあ。

ヨボ専て、どう?

ヨボヨボ歩くから?

そう。

じゃあ、

ヒョコ専とかさあ

ぺく専とかさあ

ぷぺこぽこぺこひけこぺこ専とかさあ

いくらでもあるじゃん。

だるじゅるげるぶべばべごお。

たすけて〜!

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

三代つづいて自転車なのよ。

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

そして、最期には、自転車になって終わるっていうわけやね。

わだば、自転車になるぅ〜!



きょう

烏丸御池の大垣書店で

外国文学の棚のところで

たくさんの翻訳本を手にとって

ペラペラしてたのだけれど

ふと、気配がして

前を見ると

本棚のところに

10センチくらいの大きさの小人がいた。

紺のスーツ姿で

白いカッターにネクタイをして

まんまサラリーマンって感じのメガネをした

さえない中年男で

お決まりの黒い革鞄まで手に持って

ぼくのことを見てたのね。

ひゃ〜、スゲー

って思ってたら

そいつが

怪獣映画で見たことがある

あの

ビルの窓から窓へと移動するような感じで

棚から棚へと

移動していったんだよ。

びっくらこいた〜。

本の背表紙に手をつきながら

そのダッサイ小人のおっさんは

本棚から本棚へと

移動していったんだ。

ぼくは、すぐに追いかけたよ。

でも、そいつ

すばしっこくてね。

見失わないように

目で追いかけながら

ぼくも

外国文学の棚を

アメリカからイギリスへ

イギリスからフランスへ

フランスからドイツへ

ドイツからその他の外国へと移動していったんだ。

そしたら、そいつの姿が一瞬消えて

裏を見たら

そいつ

日本文学から

日本古典

教育

哲学

宗教の棚へと

つぎつぎ移っていったんだ。

で、また姿が消えたと思ったら

そいつ

すっごいジャンプ力持っててさあ

向かい側の俳句・短歌・詩のところに跳んでさ。

ぼく、びっくらこいちゃったよ。

なんぼ、すごい、小人のおっさんなんじゃと。

小人の姿を追いかけて

大垣書店のなかを

あっちへ行ったり

こっちに戻ってきたり

あちこち、うろうろしてたら

ふと、気がついた。

ぼくのこと見てた

書店の店員のメガネをかけた若い男の子も

店のなかを

あっちへ行ったり

こっちに戻ったり

あちこち、うろうろしてたんだなって。



ぼくのこと、監視してたのかな。

ふへ〜。

まいりまちた〜。



a flower asks me why i have been there but i do not have an answer

a bird asks me why i have been there but i do not have an answer

my room asks me why i have been there but i do not have an answer

what i see asks me why i have been there but i do not have an answer

what i feel asks me why i have been there but i do not have an answer

what i smell asks me why i have been there but i do not have an answer

what i taste asks me why i have been there but i do not have an answer

what i touch asks me why i have been there but i do not have an answer



不幸の扉。

扉自体が不幸なのか

扉を開く者が不幸なのか

それは、

どっちでもいいんじゃない。

だって

入れ替わり立ち代わり

扉が人間になったり

人間が扉になったりしてるんだもん。

そうして

そのうちに

扉と人間の見分けもつかなくなって

たすけて〜!

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

三代つづいて自転車なのよ。

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

そして、最期には、自転車になって終わるっていうわけやね。

わだば、自転車になるぅ〜!



ユリイカの編集長が民主党の小沢で

詩はもう掲載しないという。

映像作品を掲載するという。

ページをめくると

枠のなかで

映像が流れている。

セイタカアワダチ草が風に揺れている。

電車が走っている。

阪急電車だった。

このあいだ見た景色の再現だった。

ぼくは詩の原稿を

編集長の小沢からつき返されて

とてもいやな思いをする。

とてもいやな思いをして目が覚めた。



全身すること。

10月の月末は学校が休みなので

ここでは

ハロウィンっていつあるんですか?

って

前からきいてた

隣の先生に

きょう

「11月10日みたいですよ」

と言われて

「そうですか、ありがとうございます」

と言って

机の引き出しをあけた。

「ぼくは、お菓子といっしょに

 これ、あげようと思っているんですよ」

すると

後ろにすわってられた先生が

その本のタイトルを見られて

「ええ、これですか?

 降伏の儀式とか

 死者の代弁者とか

 そのタイトルのものですか?」

と、おっしゃった。

常識をおもちで

個人的にもお話をさせてもらっている先生なので

不快な気分にさせてはならないと思って

「いや、やめます。

 持って帰ります。

 子どもたちには

 やっぱり、お菓子だけのほうがいいですね」

と言ったのだが

夕方

部屋に帰って

近くのスーパー「お多福」に寄って買ってきた

麒麟・淡麗<生>と

156円の唐揚げをたいらげて

そのまま眠ってしまったのだけれど



半分覚醒状態ね

それで

夢を見た。

自衛隊のジェット機が

ミサイルをぼくの部屋に打ち込んだよって

むかし勤めていた予備校の女の先生にそっくりな

女装の知り合いに

でも

そんな知り合い

じっさいにはいてないのだけれど

ああ

なんてへんな夢なの?

って思いながら

半分おきて

半分寝てる状態の夢だった。



ぼくは

なぜか一軒家に住んでいて

そこで空中に浮かんで

自分の部屋の屋根の上から

空を見ると

ジェット機が近づいてくるのが見えて

飛び起きたのだ。



学校での出来事を思い出したのだった。

こんなものは読ませちゃいけない。

というふうに子どもを育てるって、どういうことなんだろうって

でも、うちの学校には、ジュネ全集が置いてあるんだよね。

ロリポップ

ロリポップ

ロリ、ポップ!

日本では

いや

外国でもそうだな。

去年

オーストラリアの詩人が

この詩人は有名なんですか?

って

コーディネートしていた湊くんに

きいていたものね。

ぼくのこと。

湊くん、ちょっと困っていた。

京都にくる前に

東京で「名前の知られた詩人たち」に

会っていたからかもしれないけれど

しょうもないこときく詩人だなって思って

それで、ぼくのこころのなかでは

その外国人の詩人は二流以下の詩人になったのだった。

そりゃね

じっさい

名前が知られていないと

芸術家や詩人なんて

自称芸術家

自称詩人

なんてものだし

ぼくみたいな齢で詩を書いているなんてことは

ただ、笑いものになるだけだし

でも

でも

信念は持ってるつもりだけど

「そのタイトルのものですか?」

と、おっしゃった先生を傷つけたくなくて

言わないつもりだけど。

子どもが食べるものから

すべての毒を抜いて与えることは

毒そのものを与えることと

なんら変わらないのだよって。

ああ

この詩のタイトル

さいしょは

「全身すること。」

だったのだけれど

それって

さっき

飛び起きたときに

きょうの学校でのヒトコマを思い出して

「全身で、ぼくは詩人なのに」

「全身しなければならないのに」

といった言葉が頭に思い浮かんだので

そのままつけた。

でも、これはブログには貼り付けられないかも。

いいタイトルなんだけど。

その先生がごらんになったら

きっと傷ついちゃうだろうから。

ぼくは傷つけるつもりはぜんぜんなくって

ただ

芸術とか文学に関する思いが違うだけのことなのだけど

ひとって

自分の考えてることを

他人が「違うんじゃないですか?」

って言うのを耳にすると

まるで自分が否定されてるみたいに感じちゃうところがあるからね。

難しいわ。

どうでもいいひとには気をつかわないでいられるのだけど。

ふう。

ふふう。



疑似雨

雨に似せてつくられたもので

これによって

人々がカサを持って家を出るはめになるシロモノ。



このあいだ

彼女といっしょに映画館を食べて

食事を見に行った。



アメリカに原爆を落とさなければならないだろう。

アメリカに原爆を落とす。

アメリカに原爆を落とした。

アメリカに原爆を落とさなければならなかった。

まあ、どの表現でもいいのだけれど

日本が第二次世界大戦で

日本が、じゃないな

枢軸国側が勝つためには

アメリカに原爆を落とす必要がある。

ドイツの原爆開発を遅らせるために

アメリカの工作員たちが

ドイツに潜入して

東欧のどこか忘れたけれど

原爆開発に不可欠な重水素を

ドイツの研究所が手にいれられないように工作するところを

ホーガンのSF小説で読んだことがある。

アメリカからきた工作員たちが

つぎつぎとドイツの秘密警察に捕まるんだけど

その理由が

レストランでのナイフとフォークの使い方の違いだった。

アメリカ人とドイツ人では

ナイフとフォークの使い方が違っていたのだ。



ぼくの舞姫の設定では

ドイツ側に勝利させなければならないので

原爆開発に重要な役割をしたアインシュタインを

ドイツからアメリカに亡命させてはならない。

よって

ナチスによるユダヤ人迫害もなかったことにしなければならない。

かな。

うううううん。

やっぱり難しい。

けど、書いてみたい気もする。

きょう、烏丸御池の大垣書店で

ウンベルト・サバの詩集を手にとって

パラパラとページをめくっていた。

これまで、そんなに胸に響かなかったけれど

きょう読んでみたら

涙が落ちそうになって

「ああ、こころに原爆が」

と思ってしまった。

広島のひと、ごめんなさい。

長崎のひと、ごめんなさい。

かんにんしてください。

こんな表現は

とんでもないのやろうけれど

ほんまに、そう思うたんで

ほんまに、そう思ったことを

書いてます。



で、3000円だったのだけれど

消費税を入れると、3150円だったのだけれど

内容がよかったので

ぜんぜん高い感じはしなかった。

やっぱ、内容だよね。

雑誌のコーナーでもうろついて

いろいろ眺めて異端火傷

デザインとか

アートも



大学への数学も、笑。

言葉についての特集をしている大きい雑誌があって

海亀のことが写真つきで詳しく載っていた。

海亀は、ぼくも大好きで

陽の埋葬のモチーフに、いっぱい使うた。

海亀の一族。

海亀家の一族。

とか

頭に浮かんで、にやっとした。

帰りに

五条堀川のブックオフで

新倉俊一さんの「アメリカ詩入門」だったかな。

「アメリカ現代詩入門」だったかな。

定価2200円のものが

1150円で売っていた。

パラパラと読んでいたら

ジェイムズ・メリルの詩が載っていた。

やはりメリルの詩は、めっちゃ抒情的やった。

解説の最後のほうに引用してある詩の一節も、とても美しかった。

買おうかなって思って

もうすこしパラパラとめくると

赤いペンで、タイトルを囲い

その下に11月23日と書いてあった。

学生が使ったテキストやったんやね。

買うの、やめた。



帰りに

DVDのコーナーで

韓国ドラマのほうの「魔王」の



II

を手にとって眺めていた。

両方とも、7950円かな

7980円かな

そんな値段やったので

まだ買う気にならんかった。

まあ、そやけど、そのうちに。

安くなったらね。

ええドラマやったからね。

主人公のお姉ちゃんの出てくるシーンで

何度か泣いたもんなあ。

あの女優さん、あれでしか見たことないけど。

ジフンは捕まっちゃったね。

サバの詩集のカバー

さっそくつくらなきゃ。



善は急げ、悪はゆっくり。

どう急ぐのか

どうゆっくりするのかは

各自に任せられている。

善と

悪の双方に。



服役の記憶。

住んでいた近くのスーパー「大国屋」の



いまは

スーパー「お多福」と名前を替えているところでバイトしていた

リストカットの男の子のことを書いたせいで

10日間、冷蔵庫に服役させられた。

冷蔵庫の二段目の棚

袋詰めの「みそ」の横に

毛布をまとって、凍えていたのだった。

これは、なにかの間違い。

これは、なにかの間違い。

ぼくは、歯をガチガチいわせながら

凍えて、ブルブル震えていたのだった。

20代の半ばから

数年間

塾で講師をしていたのだけれど

27,8歳のときかな

ユリイカの投稿欄に載った「高野川」のページをコピーして

高校生の生徒たちに配ったら

ポイポイ

ゴミ箱に捨てられた。

冷蔵庫のなかだから

食べるものはいっぱいあった。

飲むものも入れておいてよかった。

ただ、明かりがついてなかったので

ぜんぶ手探りだったのだった。

立ち上がると

ケチャップのうえに倒れこんでしまって

トマトケチャップがギャッと叫び声をあげた。

ぼくは全身、ケチャップまみれになってしまった。

そのケチャップをなめながら

納豆のパックをあけて

納豆を一粒とった。

にゅちょっとねばって

ケチャップと納豆のねばりで

すごいことになった。

口を大きく開けて

フットボールぐらいの大きさの納豆にかじりついた。

ゴミ箱に捨てられた詩のことが

ずっとこころに残っていて

詩を子どもに見せるのが

とてもこわくなった。

それ以来

ひとに自分の詩は

ほとんど見せたことがない。

あのとき

子どものひとりが

自分の内臓を口から吐き出して

ベロンと裏返った。

ぼくも自分の真似をするのは大好きで

ボッキしたチンポコを握りながら

自分の肌を

つるんと脱いで脱皮した。

ああ、寒い、寒い。

こんなに寒いのにボッキするなんて

すごいだろ。

自己愛撫は得意なんだ。

いつも自分のことを慰めてるのさ。

痛々しいだろ?

生まれつきの才能なんだと思う。

でも、なんで、ぼくが冷蔵庫に入らなければならなかったのか。

どう考えても、わからない。

ああ、ねばねばも気持ちわるい。

飲み込んだ納豆も気持ち悪い。

こんなところにずっといたいっていう連中の気持ちがわからない。

でも、どうして缶詰まで、ぼくは冷蔵庫のなかにいれているんだろう?

お茶のペットボトルの栓をはずすのは、むずかしかった。

めっちゃ力がいった。

しかも飲むために

ぼくも、ふたのところに飛び降りて

ペットボトルを傾けなくちゃいけなかったのだ。

めんどくさかったし

めちゃくちゃしんどかった。

納豆のねばりで

つるっとすべって

頭からお茶をかぶってしまった。

そういえば

フトシくんは

ぼくが彼のマンションに遊びに行った夜に

「あっちゃんのお尻の穴が見たい」と言った。

ぼくははずかしくてダメだよと断ったのだけれど

あれは羞恥プレイやったんやろか。

「肛門見せてほしい」

だったかもしれない。

どっちだったかなあ。

「肛門見せてほしい」

ううううん。

「お尻の穴が見たい」というのは

ぼくの記憶の翻訳かな。

ぼくが20代の半ばころの思い出だから

記憶が、少しあいまいだ。

めんどくさい泥棒だ。

冷蔵庫にも心臓があって

つねにドクドク脈打っていた。

それとも、あれは

ぼく自身の鼓動だったのだろうか。

貧乏である。

日和見である。

ああ、こんなところで

ぼくは死んでしまうのか。

書いてはいけないことを書いてしまったからだろうか。

書いてはいけないことだったのだろうか。

ぼくは、見たこと

あったこと

事実をそのまま書いただけなのに。

ああ?

それにしても、寒かった。

冷たかった。

それでもなんとか冷蔵庫のなか

10日間の服役をすまして

出た。

肛門からも

うんちがつるんと出た。

ぼくの詩集には

序文も

後書きもない。

第一詩集は例外で

あれは

出版社にだまされた部分もあるから

ぼくのビブログラフィーからは外しておきたいくらいだ。

ピクルスを食べたあと

ピーナツバターをおなかいっぱい食べて

口のなかで

味覚が、すばらしい舞踏をしていた。

ピクルスっていえば

ぼくがはじめてピクルスを食べたのは

高校一年のときのことで

四条高倉のフジイ大丸の1階にできたマクドナルドだった。

そこで食べたハンバーガーに入ってたんだった。

変な味だなって思って

取り出して捨てたのだった。

それから何回か捨ててたんだけど

めんどくさくなったのかな。

捨てないで食べたのだ。

でも

最初は

やっぱり、あんまりおいしいとは思われなかった。

その味にだんだん慣れていくのだったけれど

味覚って、文化なんだね。

変化するんだね。

コーラも

小学校のときにはじめて飲んだときは

変な味だと思ったし

コーヒーなんて

中学に上がるまで飲ませられなかったから

はじめて飲んだときのこと

いまだにおぼえてる。

あまりにまずくて、シュガーをめちゃくちゃたくさんいれて飲んだのだ。

ブラックを飲んだのは

高校生になってからだった。

あれは子どもには、わかんない味なんじゃないかな。

ビールといっしょでね。

ビールも

二十歳を過ぎてから飲んだけど

最初はまずいと思った。

こんなもの

どこがいいんだろって思った。

そだ。

冷蔵庫のなかでも雨が降るのだということを知った。

まあ

霧のような細かい雨粒だけど。

毛布もびしょびしょになってしまって

よく風邪をひかなかったなあって思った。

睡眠薬をもって服役していなかったので

10日のあいだ

ずっと起きてたんだけど

冷蔵庫のなかでは

ときどきブーンって音がして

奥のほうに

明るい月が昇るようにして

光が放射する塊が出現して

そのなかから、ゴーストが現われた。

ゴーストは車に乗って現われることもあった。

何人ものゴーストたちがオープンカーに乗って

楽器を演奏しながら冷蔵庫の中を走り去ることもあった。

そんなとき

車のヘッドライトで

冷蔵庫の二段目のぼくのいる棚の惨状を目にすることができたのだった。

せめて、くちゃくちゃできるガムでも入れておけばよかった。

ガムさえあれば

気持ちも落ち着くし

自分のくちゃくちゃする音だったら

ぜんぜん平気だもんね。

ピー!

追いつかれそうになって

冷蔵庫の隅に隠れた。

乳状突起の痛みでひらかれた

意味のない「ひらがな」のこころと

股間にぶら下がった古いタイプの黒電話の受話器を通して

ぼくの冷蔵庫のなかの詩の朗読会に参加しませんか?

ぼくの詩を愛してやまない詩の愛読者に向けて

手紙を書いて

ぼくは冷蔵庫のなかから投函した。

かび臭い。

焼き払わなければならない。

めったにカーテンをあけることがなかった。

窓も。

とりつかれていたのだ。

今夜は月が出ない。

ぼくには罪はない。



あらゆる言葉には首がある。

音ではない。

音のない言葉はあるからね。

無音声言語って、数学記号では

集合の要素を書くときの縦の棒 | 

あらゆる言葉には首がある。

すべての言葉に首がある。

その首の後ろの皮をつかんで持ち上げてみせること。

まるで子猫のようにね。

言葉によっては

手が触れる前に、さっと逃げ去るものもあるし

喉のあたりをかるくさわってやったり

背中をやさしくなでてやると

言葉のほうから

こちらのほうに身を寄せるものもある。

まあ、しつけの問題ですけどね。

たすけて〜!

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

三代つづいて自転車なのよ。

だれか、ぼくの自転車、とめて〜!

そして、最期には、自転車になって終わるっていうわけやね。

わだば、自転車になるぅ〜!



自分のこころが、ある状態であるということを知るためには、

まず客観的に、こころがその状態であるということが

どういった事態であるのかを知る必要がある。

そして、もっとよく知るためには

こころが、その状態にないということが

どういった事態であるのかをも知っておく必要がある。



詩は、自分がどう書かれるのか

あらかじめ詩人より先に知っている。

なぜ書かれたのかは、作者も、詩も、だれも知らない。



不幸というものは、だれもが簡単に授かることのできるものだ。



時間や場所や出来事は同一を求める。

時間や場所や出来事は変化を求める。

時間や場所や出来事は合同を求める。

時間や場所や出来事は相似を求める。

それとも

同一が時間や場所や出来事を求めているのか。

変化が時間や場所や出来事を求めているのか。

合同が時間や場所や出来事を求めているのか。

相似が時間や場所や出来事を求めているのか。



人間というものは、いったん欲しくなると

とことん欲しくなるものだ。



人間は自分の皮膚の外で生きている。

人間は、ただ自分の皮膚の外でのみ生きているということを知ること。



このあいだ、すっごいエロイ夢を見た。

思い当たることなんて

なんにもないのに。

こころって、不思議。

高校時代の柔道部の先輩に

せまられたんだけど

その先輩は

じっさいにせまってきたほうの先輩じゃなくて

ぼくに

「手をもんでくれ」

と言って

手をもませただけの先輩だったんだよね。

まあ

それだけのほうが

妄想力をかきたてられたってことなのかもしれない。

めっちゃカッコいい先輩だったもん。

3年でキャプテンで

すぐにキャプテンをやめられて

つぎにキャプテンになった2年の先輩が

じっさいにせまってきた先輩で

いまから考えたら

すてきなひとだったなあ。

こたえちゃったらよかった。

社会の先生のデブにも

教員室に呼ばれて手を握られて

びっくりして逃げちゃったけど

いまから考えると

かわいいデブだったし。

もったいなかったなあ。



廊下に立たされる。

なんて経験は

いまの子たちには、ないんやろうなあ。

ぼくなんか

小学生のとき

ひとりが宿題を忘れたっていうので

もう一回同じ宿題を出すバカ教師がいて

「なんで? なんで?」

って言ったら

思いっきりビンタされて

耳がはれ上がった記憶があるけど

もちろん

ビンタなんて見たこともないんやろうなあ。

頭ぐりぐりとか

おでこガッツンとかもあった

廊下に立たされる。

なんて経験は、記憶のなかではないんやけど

立たされてもよかったかな。

そのときの気持ちとか

見たものとか

まあ

廊下そのものやろうけど、笑。

感じたことを思い出せるのになあって。

廊下に立たされる。

これって

どこが罰やったんやろうか。

教室のそとに行かされる。

いま

行かされる

って書いたけど

はじめは

「生かされる」やった。

共同体のそとに出されて

さびしい思いをしろってことなのかな。

共同体の外に出て

晴れ晴れとするようなぼくなんかだったら

罰にはならないなあ。

同じことがらで

ひとによって

罰になったり

うれしいことになったり

そか

いろんなことが

そなんや

罰も

さいしょは

変換が

「×」やった

しるしやね。

カインも

神さまに

しるしをつけられたけど

もしかしたら

うれしかったかもにょ

ひとにはない

しるしがあって。

でも

覚悟もいるんだよね

ひとと違うって

気持ちいいことなんだけど



両親が家に入れてくれない。

玄関から入ろうとしても

裏口から入ろうとしても

立ちふさがって

入れてくれようとしない。

ぼくは何度か

玄関と裏口を往復している。



あの隣の家の気の狂った花嫁の妄想でからっぽの頭を、

わたしの蹄が踏みつぶしたいって言っているわ。

はいと、いいえの前に、ダッチワイフ。

はいと、いいえの区別ができないのよ。

しょっちゅう、はいって言うべきときに、いいえと言うし

いいえと言うべきときに、はいって言っちゃうのよ。

まぎらわしいわ。

あの妄想でいっぱいの隣の家の嫁のからっぽの頭を踏みつぶしてやりたいわ。

蹄がうずうずしてるわ。

クロワッサンが好き。

とがりものつながりね。

「先生、だんだん身体が大きくなってる。

 太ってきたね」

太ったよ。

また90キロくらいになってるよ。

きのうも、えいちゃんに言われたよ。

また、はじめて会うたときみたいにデブるんかって。

きょうも、飲んで食べたわ



逆か

食べて飲んだわ

大きに

ありがとさん。

吹きこぼれている。

たくさん入れすぎやから。

フィーバーやね。

ぼく、パチンコせえへんし、わからん。

ライ麦パンのライが

歯のあいだにはさまって

ここちよい。

はさまるのは、ここちよい。

はさむのも、ここちよいけれど。

欲しい本が1冊。

このあいだまでジュンク堂にあったのに。

もう絶版。

しかも10000円近くになってるの。

なんでや!

ああ

あの妄想でいっぱいの隣の家の嫁のからっぽの頭を踏みつぶしてやりたいわ。

はさむのよ。

蹄と地面で。

グシャッて踏みつぶしてやるわ。

容赦なしよ。

ほら、はいと、いいえは?

はいはい、どうどうよ。

なんで同時に言えないのよ。

はい、いいえって言えばいいのよ。

そしたら

その空っぽの頭を踏んづけてやれるのに

キーッ!



点の父



点のおぞましさ



点のやさしさ



点のゴロツキ



点の誕生



点の歴史



点の死



点の点



点は点の上に点をつくり

点は点の下に点をつくり

点、点、点、、、、



はじめに点があった

点は点であった



よくわからない春巻きはあたたかい。

蒙古斑のように

肌の上でつるつるすべる

ツベルクリン

明石の源氏も

廊下に立たされて

ジャガイモを選ばなければならなかったのだ

教室は

先生の声に溺れて

じょじょに南下して行った。

台風のあとのきょうの京都は

午後は快晴だった

いつもそうしてくれる?

お百姓さんは困るかな、笑。

いつも思うんだけど

雲って

だれが持ってっちゃうんだろうなって

自転車で

空や建物の看板が映った水溜まりを

パシャンパシャンこわしながら

CDショップには

ノーナリーブズはなかった

通りのひなびたCDショップやったからね、笑。

こないだ

HMVには置いてあったな。

めっちゃオシャレやのにぃ。

でも最近のアルバムは買ってない。

ザックバランは

たしか木曜日にはライブをやってて

いまは知らないけど

ぼくが学生のときに

カルメン・マキがザックにきて

5Xのときのマキやから

ちょっとマキちゃん軌道修正してよ

って思ってたけど

ぼくがカルメン・マキの大ファンだって知ってた

ザックの店員の女の子が

ぼくに

とくべつに

0番のチケットをくれて



もちろん

買ったのだけれど、笑。

おぼえてる

この女の子の店員って

伝説があって

料理を

さっと置くから

あまりにも

はやく

さっと置くから

テーブルの上で

サラから

パイやピザが

すべって

ころんで

マキュロンちゃん



マキちゃんは

ライブのとき

「てめえら、もっとノレよ」

って叫んで

酒ビンの腹をもって

観客たちの頭に

お酒をぶっかけてたけど

あれ

透明なビンだったから

ジンだったのかなあ

それとも

グリーンだったかな

そら

マキちゃん

5Xはダメよ

いくらあこがれでも

やっぱり

OZよ

カルメン・マキ&OZ

もはや、マッハの速さでも

よくわからない春巻きはあたたかい。



ジャガイモを選ばなければならなかったのに。

トマトの傷んだものが

2個で100円だったから

トマトを選んだ。

ジャガイモを選ばなければならなかったのに。

痛んだトマトに齧りついて

ドボドボしるを落としたのだった。

もはや

ジャガイモを選ぶには遅く

痛んだトマトは

2個とも、ぼくの胃のなかにすべり落ちていったのだった。

廊下に立たされる。

阿部さんの詩集

パウンドの抒情や

ディラン・トマスの狂想を思い起こさせる。

ぼくに、言葉を吐き出させているのだ。

痛んだトマト2個100円が

どぼどぼ

ぼくを吐き出しているのだ。

阿部さんの詩集

パウンドの抒情や

ディラン・トマスの狂想を思い起こさせる。

知り合いたかった。

もっと若いときにね。

そしたら、ぼくの読むものも

ずっとマシなものになっていただろう。

SFはあかんわ〜。



でも

いまのぼくがいるのは

若いときに阿部さんと出会ってなかったからでもある。

廊下に立たされる。

ぼくのいとこの女の子は

いやもう40過ぎてるから

オバハンか

彼女は小学校の先生だったのだけれど

ある日

狂っちゃって

生徒の頭を

パンパンなぐり出しちゃって

精神病院に入院したのだけれど

治ったり

また病気になったり

いそがしい。

ギリギリのところに

人間って生かされているような気がする。

廊下に立たされる。

そんな記憶はなかったけれど

ジャガイモを選ばなければならなかったのに

痛んだトマト2個100円を買ったのだった。

そうだ

阿部さん

阿部さんの詩集を

ほかのひとが読んでいくってイベントなさったらどうでしょう。

阿部さんの声と

ほかのひとの声が混ざって

廊下に立たされる。

ジャガイモを選ばなければならなかったのに。

痛んだトマト2個100円を選んだのだった。

トマトの味とか

匂いって

どこか精子に似ているような気がする。

しいてあげるとすれば

じゃなくって

ちょくでね。

ジャガイモって

子どものときには

きらいだった。

カレーのなかのジャガイモが憎かった。

カレーは、ひたすらタマネギが好きだったのだ。

ジャガイモもタマネギも

ぼくと同性だけど

ぼくの口との相性は悪かった。

精子がとまらない。

静止画とまらない。

うん

手に本をもって

本は手をもって

動かしながら読んでもいいものなのだな。

動かされながら読んでもいいものなのだな。

トンカツ

買ってきて

パセリや

刻んだキャベツが

ちょこっとついてた

トンカツのおかず250円が

トマトでじゅくじゅくのぼくの口を

ご飯で一杯にしたのだけれど

ジャガイモを選ばなければならなかったのに。

葉っぱは人気がなかった。

学生時代によく行ったザックバランで

みんなが最後まで手をださなかったサラダは

ひとり変わり者の徳寺が

「葉っぱは、おれが食うたろか?」

いっしょに若狭に行ったなあ。

いっしょに風呂

はいって

何もなかったけど、笑。

ええヤツやった。

10人くらいで行ったけど

風呂は小さかったから2人ずつはいって

「あつすけと何もなかったん?」

って

あとで

卯本に言われても

笑ってた。

カラカラとよく笑う横断歩道。

ふだんからバカばっかり言ってるヤツだったから

大好きだった。

つねに安心しろ。

余所見しろ。

若狭には源氏も行ったっけ?

あれは明石だったっけ?

そだ

須磨だった

パウンドが書いてた

須磨の源氏って

廊下に立たされている。

本を手にすると

手が本になる

病気が流行っていませんか?

病気屋やってませんか?

精子がとまらない。

静止画とまらない。



指の関節が痛くなって

もう半年くらいかな

先のほうの関節だけど

第一関節って言うのかな

左手のね

そういえば

ぼくは

いつも左腕とか

左肩とかが痛いのだ。

40才を過ぎてからだけど

ジミーちゃんが

左は方向がいいから

左が痛いのはいいんだよって言ってたけれど

いくらいいって言っても

痛いのはイヤだ。

きょうは

王将でランチを食べた

とんこつラーメンと天津どん

その名前は

だれのサイズですか?

食べすぎだわ。

晩ご飯がトンカツなんですもの。

痛みが上陸してくるのは阻止できないようだ。

海岸線に

エムの

男の子と女の子たちが地雷になって

重なり合っている。

痛いのは確認。

爆発は自由意志。

砂浜から這い出てくる海亀の子らの

レクイエム

いたち?

たぬき?

なんだったっけ?

海亀の子らを食べにくる四ツ足の獣たちって。

卵のときにね。

それって

奇跡だわ!

奇跡だわ!

その名前は

だれのサイズですか?



じゃあ、また会おうねって言って

そのとおりになって

ヒロくんが

下鴨のぼくのアパートにきて



寝るときに

これって

渡されたのが

黄色いゴムみたいな

耳栓2個

「イビキすごいから耳栓してくれへんかったら

 寝れへんと思うし。」

ほんとにすごかったのだと思う。

当時のぼくは

いまと違って

すっと眠るタチだったのだけれど



セックスはタチではないのだけれど



寝てたら

ほんとにヒロくんのイビキで起きちゃって



じっさいに耳栓して寝ました。

なんでこんなこと思い出したんやろか。

20年ちかく前のことなのに

ヒロくんみたいに

まっすぐに愛してくれた子はいいひんかった

まあ

ちょっとSで

めちゃするとこもあったけど

もしも

もしも

もしも

いったい

ぼくたちは

どれぐらいの

もしもからできているのだろうか。

けさ

中学で

はじめてキッスした子の名字を思い出した。

詩を書きはじめて20年、笑

ずっと思いだせずにいた名前なのに



米倉って姓なんだけど

下の名前が

わからない

小学校から大学までの卒アルバム

ぜんぶ捨てたから

わからない

あだ名は

ジョンだった

これは

うちで飼ってた犬に似てたから

ぼくがそう呼んでたんだけど

チャウチャウ飼ってたんだけど

あと

時期は違うけど

ポインターや

ボクサーも飼ってたんだけど

ヤツはチャウチャウに似てた

米倉

ああ

下の名前は

いったい

いつ思いだすんやろうか

それとも

思いだせずに

いるんやろうか

エイジくんのこと

また書いた

2つ

でもまだまだ書くんやろうな

考えたら

ずっと

ぼくは恋のことを書いてた

「高野川」からはじまって

いや

ぼくの記憶のなかでは

「夏の思い出」がいちばん古いかな

きょう書いたエッセイは

もっと古い恋について書いた

ちょこっとだけど

2週間前には

ぜんぜんべつのこと書く予定やったけど

まあ

そんなもんか

さっき鏡を見たら

死んだ父親にますます似てきていて

ぞっとした

ノブユキのつぎに付き合ったのがヒロくんなんやけど

ノブユキは

このあいだまでマイミクやったんやけど

ぼくの日記

ぜんぜん見ないから

はずした

ヒロくんの名字

めずらしいから

ときどきネットで検索するけど

出てこない

エイジくんも出てこない

ノブユキの名前は

どこかの大学の先生と同じで

いかつい経歴だった

ノブちんも

いかつい経歴だった

日本の大学には受からなかったので

シアトルの大学に行ったのね

ぼくとノブちん

その時期に出会って

遠距離恋愛してたんだけど

そだ

ノブちんのこと

あんまり書いてないね

出会いとか

別れとか

ああ

まだまだ書くことがあるんやね

みんな

遠く離れてしまったけど



離れてしまったから

書けるんやけど。



ウィリアム・バロウズの「バロウズという名の男」という本を読んでいて

ダッチ・シュルツの最期の言葉が、つぎのようなものであることを知った。

「ハーモニーが欲しい、ハーモニーなんかいらない」

以前に、バロウズの「ダッチ・シュルツ 最期の言葉」を読んでいたのに

忘れていた。

ほんとうにそうだったか、本棚に手をのばせばわかるのだが

そうなのだろうと思って、手をのばさないでいる。


エイジくんが、下鴨のマンションに住んでたぼくの部屋で

ユリイカに載ってた、ぼくの詩の「みんな、きみのことが好きだった。」を読んで

その詩の最後の二行を、ぼくの目を見つめながらつぶやいたのが思い出された。

「もっとたくさん。/もうたくさん。」


意味のあいだで共振してるでしょ?

「みんな、きみのことが好きだった。」という詩集の

多くのものが、無意識の産物だった。

さまざまなものが結びつく。

結びついていく。



四条河原町で、歩く人の影を目で追いながら

なんてきれいなんやろうと思いながら

なんてきれいなんやろうと思っている自分がいるということと

なんてきれいなんやろうと思って歩いている人間って

いま、どれぐらいいるんやろうかなあって思った。

男の子も

女の子も

きれいな子はいっぱいて

通り過ぎに

目がいっぱい合ったけれど

もう

そんな顔は

すぐに忘れてしまって

知っている顔

付き合っていた顔だけが

思い出される。

たくさんがひとつに

ひとつがたくさんだったってことかな。

そうだ。

パウンドの「仮面」で

忘れられないかもしれない一行。

「きのうは、きょうよりもうつくしい」

「おれ
 
 北欧館で

 おれみたいにかわいい子、見たことないって言われた。」

「広島のゲイ・サウナで

 エイジくん、いつでも、ただでいいよ。

 だからいつでも来てね。

 って言われた。」

「コンビニで

 マンガ読んでたら

 いかついニイちゃんが寄ってきよったんや。

 レジから見えへんように

 ケツさわってきよってな。」

はあ、思い出します。

なんで、きみのことばかり思い出すんやろうか。

ぼくのことは思いだされてるのかどうか

ぜんぜん、わからへんけど。

さっきの記述

「きょうは、きのうほどうつくしくはない。」

パウンドの詩句で

うろおぼえでした。

正確に引用します。




このはかない世界から、いかに苦渋にみちて

愛が去り、愛のよろこびが欺かれていくことか。

苦しみに変わらないものは何ひとつなく、

すべての今日の日はその昨日ほどに意味をもたない。


           (「若きイギリス王のための哀歌」小野正和・岩原康夫訳)


HOUSES OF THE HOLY。

  田中宏輔




OVER THE HILLS AND FAR AWAY。





「なんていうの、名前?」

「なんで言わなあかんねん。」

「べつに、ほんとの名前でなくってもいいんだけど。」

「エイジ。」

「ふううん。」

「ほんまの名前や。」

「そうなんや。

 エイジかあ、

 えいちゃんて呼ぼうかな。」

「あかん。

 そう呼んでええのは

 おれが高校のときに付き合うとった彼女だけや。」

「はいはい、わかりました。

 めんどくさいなあ。」

「なんやて?」

「べつに。」

鳩が鳩を襲う。

鳩と鳩の喧嘩ってすごいんですよ。

相手が死ぬまで、くちばしの先で、つっつき合うんですよ。

血まみれの鳩が、血まみれの鳩をつっつきまわして

相手が動けなくなっても

その相手の鳩の顔をつっつきまわしてるのを

見たことがあるんですよ。

それって

ぼくが住んでた祇園の家の近所にあった

八坂神社の境内でですけどね。

鳩が鳩を襲う。

猿がべつの種類の猿を狩っている映像を

ニュース番組で見たこともあります。

自分たちより小型の猿たちを

おおぜいの猿たちが狩るんですよ。

追い込んで

追いつめて

おびえた小さな猿たちを

それとは種類の違う何頭もの大きな猿たちが

その手足をもぎとって

引きちぎって

つぎつぎと食べてるんですよ。

血まみれの猿たちは

もう

おおはしゃぎ

血まみれの手を振り上げては

ほうほっ!

ほうほっ!

って叫びながら

足で地面を踏み鳴らすんですよ。

血走った目をギラギラと輝かせながら

目をせいいっぱいみひらきながら。

「こないだ言ってた

 よっくんって

 いくつぐらいの人なん?」

「50前や。」

「ゲイバーのマスターやったっけ?」

「ふつうのスナックや。」

「映画館で出会ったんやったね。」

「そや。

 新世界の国際地下シネマっちゅうとこや。

 たなやん、

 行ったことあるんか?」

「ないよ。」

「そうか。」

「付き合いは長かったの?」

「半年くらいかな。」

うううん。

ぼくには

それが長いのか、短いのか、ようわからんわ、笑。

「よっくんとの最後って

 どうやったん?」

「よっくんか?

 おれが

 よっくんの部屋で

 よっくんの仕事が終わるの待っとったんやけど

 ひとりで缶ビール飲んでたんや。

 何本飲んだか忘れたけど

 片付けるの忘れてたんや。

 そしたら

 それを怒りよってな。

 それで

 おれの写真ぜんぶアルバムから引き剥がして

 部屋出たんや。

 それが最後や。

 よっくん

 バイバイって言うてな。

 電車に乗ったんや。

 電車のなかでも

 おれといっしょに写ってる

 よっくんに

 バイバイ言うてな。

 写真

 ぜんぶ、やぶって捨てたった。

 でも

 おれ、

 電車のなかで泣いてた。」

「ふううん。

 なんやようわからんけど

 エイジくんと付き合うのは

 むずかしそうやな。」

「そうや。

 おれ、

 気まぐれやからな。」

「自分で言うんや。」

「おれ、

 よう、子どもみたいやって言われるねん。」

たしかに

でも

そんなこと

ニコニコして言うことじゃないと思った。

子どものときに

子どものようにふるまえなかったってことやね。

だから

いま

子どものようにあつかってほしいってことやったんやね。

きみは。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものように見られたかったってこと。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものようにあつかわれたかったってこと。

でも

ぼくには、わからなかった。

あのとき

ぼくには、わからんかったんや。

「おれ、

 家族のことが

 大好きなんや。」

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

「ふううん。

 お父さんって

 エイジくんと似てるの?」

「似てるみたいや

 とうちゃんの友だちが

 とうちゃんと

 おれが似てる言う言うて

 よろこんどった。

 いっしょにおれと酒飲むのもうれしいみたいや。」

鳩が鳩を襲う。

関東大震災の火のなかで

丘が燃えている。

木歩をかついで

エイジくんが火のなかを歩き去る。

凍れ!



ひと叫び。

火は凍りつき、

幾条もの火の氷柱が

地面に突き刺さり、

その氷柱の上を

小型の猿が飛んでいる。

小型の猿たちが飛んでいる。

氷の枝はポキポキ折れて

火の色に染まった氷柱のあいだを

小型の猿たちが落ちていく。

つぎつぎに落ちてくる。

大きい猿たちが、落ちた猿たちの手足を引きちぎる。

血まみれの手足が

燃え盛る火の氷柱のあいだで

ほおり投げられる。

ばらばらの手足が

弧を描いて

火の色の氷柱のあいだを飛んでいる。

大きい猿の手から手へと

血まみれの手足が

投げられては受け取られ

受け取られては投げ返される。

鴉も鳩を襲う。

ポオの大鴉は、ご存知ですか?

嵐の日だったかな。

たんに風の強い日の夜だったかな。

真夜中、夜に

青年のいる屋敷の

部屋の窓のところに

大鴉がきて

青年にささやくんですよ。

もはや、ない。

けっして、ない。

って。

青年が、その大鴉に

おまえはなにものか?

とか

なんのためにきたのか?

とか

いっぱい

いろんなことをたずねるんですけど

大鴉はつねに

ひとこと

もはや、ない。

けっして、ない。

って言うんですよ。

ポオって言えば

クロネコ

あっ、

こんなふうにカタカナで書くと

まるで宅急便みたい、笑。

燃え盛る火の氷柱のあいだを

木歩をかついで

丘をおりて行くエイジくん。

関東大震災の日。

丘は燃え上がり

空は火の色に染まり

地面は割れて

それは

地上のあらゆる喜びを悲しみに変える地獄だった。

それは

地上のあらゆる楽しみを苦しみに変える地獄だった。

そこらじゅう

いたるところで

獣たちは叫び

ひとびとは神の名を呼び

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈っていた、

踊っていた、

叫んでいた。

雪の日。

真夜中、夜に

エイジくんと

ふたりで雪合戦。

真夜中、夜に

ふたりっきりで

ぼくのアパートの下で

雪をまるめて。

預言者ダニエルが火のなかで微笑んでいる。

雪つぶて。

四つの獣の首がまわる。

火のなかで

車輪にくっついた獣の四つの首が回転している。

ぼくはバカバカしいなって思いながら

エイジくんに付き合って

アパートの下で、雪つぶてをつくっている。

預言者ダニエルは

ぼくの目を見据えながら

火のなかを歩いてくる。

ぼくのほうに近づいてくる。

猿が猿を食べる。

鳩が鳩を襲う。

「言うたやろ。

 おれ、

 気まぐれなんや。

 もう二度ときいひんで。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの手袋。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの帽子。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれのマフラー。」

たなやん。

おれの、

おれの、

おれの、

「なんや、それ。

 玄関のところに置いてたんや。

 毎日、なんか忘れていくんやな。」

預言者ダニエルは

火のなかを

ぼくのところにまで

まっすぐに歩いてくる。

凍れ!

火の丘よ!

凍らば

凍れ!

火の丘よ!

もはや、ない。

けっして、ない。

凍れ!

火の丘よ!

凍れ!

火の丘よ!








THE SONG REMAINS THE SAME。                         
                      




これはよかったことになるのかな、

それとも、よくなかったことになるのかな。

どだろ。

ぼくが

はじめて男の子にキッスされたのは。

中学校の一年生か二年生のときのことだった。

小学校時代からの友だちだった米倉と、

キャンプに行ったときのことだった。

さいしょは、べつべつの寝袋に入っていたのだけれど、

彼の寝袋はかなり大きめのものだったから、

大人用の寝袋だったのかな、

「いっしょに二人で寝えへんか?」

って言われて、

彼の言うとおりにしたときのことだった。

一度だけのキッス。



韓国では、ゲイのことを、二般と呼ぶらしい。

一般じゃないからってことなのだろうけれど、

なんか笑けるね。

日本じゃ言わないもんね。

もう、明らかに差別じゃん。

そういえば、

ぼくが子どものころには、

「オカマ」のほかにも、

「男女(おとこおんな)」とかっていう言い方もあった。

ぼくも言われたし、

そのときには傷ついたけどね。

まあ、

これなんかも、いまなら笑けるけども。



「それ、どこで買ってきたの?」

「高島屋。」

「えっ、高島屋にフンドシなんておいてあるの?」

エイジくんが笑った。

「たなやん、雪合戦しようや。」

「はあ? バッカじゃないの?」

「おれがバカやっちゅうことは、おれがいちばんよう知っとるわ。」

こんどは、ぼくのほうが笑った。

「なにがおもろいねん? ええから、雪合戦しようや。」

それからふたりは、部屋を出て、

真夜中に、雪つぶての応酬。

「おれが住んどるとこは教えたらへん。

 こられたら、こまるんや。

 たなやん、くるやろ?」

「行かないよ。」

「くるから、教えたらへんねん。」

「バッカじゃないの? 行かないって。」

「木歩っていう俳人に似てるね。」

ぼくは木歩の写っている写真を見せた。

句集についていたごく小さな写真だったけれど。

「たなやんの目から見たら、似てるっちゅうことやな。」

まあ、彼は貧しい俳人で、

きみみたいに、どでかい建設会社の社長のどら息子やないけどね。

「姉ちゃんがひとりいる。」

「似てたら、こわいけど。」

「似てへんわ。」

「やっぱり唇、分厚いの?」

「分厚ないわ。」

「ふううん。」

「そやけど、たなやん、

 おれのこの分厚い唇がセクシーや思てるんやろ?」

「はあ?」

「たなやんの目、おれの唇ばっかり見てるで。」

「そんなことないわ、あいかわらずナルシストやな。」

「ナルシストちゃうわ。」

「ぜったい、ナルシストだって。」

「おれの小学校のときのあだ名、クチビルおばけやったんや。」

「クチビルおバカじゃないの?」

にらみつけられた。

つかみ合いのケンカになった。

間違って、顔をけってしまった。

まあ、足があたったってくらいやったけど。

ふたりとも柔道していたので、技の掛け合いみたいになってね。

でも、本気でとっくみ合ってたから、

あんまり痛くなかったと思う。

案外、手を抜いたほうが痛いものだからね。

エイジくんが笑っていた。

けられて笑うって変なヤツだとそのときには思ったけれど、

いまだったら、わかるかな、その気持ち。

そのときのエイジくんの気持ち。

彼とも、キッスは一度だけやった。

しかも、サランラップを唇と唇のあいだにはさんでしたのだけれど。

なんちゅうキスやろか。

一年以上ものあいだ、

あれだけ毎日のように会ってたのにね。



どうして、

光は思い出すのだろう。

どうして、

光は忘れないのだろう。

光は、すべてを憶えている。

光は、なにひとつ忘れない。

なぜなら、光はけっして直進しないからである。



もしも、もしも、もしも……。

いったい、ぼくたちは、

どれくらいの数のもしもからできているのだろうか。

いまさら、どうしようもないことだけれど、

もしも、あのとき、ああしてなければ、

もしも、あのとき、こうしていたらって、

そんなことばかり考えてしまう。

ただ一度だけのキス。

ただ一度だけのキッス。

考えても仕方のないことばかり考えてしまう。



ぼくは言葉を書いた。

あなたは情景を思い浮かべた。

あなたに情景を思い浮かばせたのは、ぼくが書いた言葉だったのだろうか。

それとも、あなたのこころだったのだろうか。








DANCING DAYS。





休みの日だったので、

けさ、二度寝していたのだけれど、

ふと気がつくと、

死んだ父の部屋に、ぼくがいて、

目の見えない死んだ父が、

壁伝いに部屋から出て行こうとしているところだった。

死んだ父は、

壁に手をそわせながら、

ゆっくりと階段を上って屋上に出た。

祇園に住んでいたときのビルに近い建物だったけれど、

目にした外の風景は違ったものだった。

しかも、実景ではなく、

まるでポスターにある写真でも眺めたような感じの景色だった。

屋上が浅いプールになっていて、

そこに二頭のアザラシがいて、

目の見えない死んだ父が、

扉の内側から、生きた魚たちを投げ与えていた。

ぐいぐいと身をはねそらせながらも、

生きた魚たちは、

死んだ父の手のなかに現われては放り投げられ、

現われては放り投げられていった。

二頭のアザラシたちは、

くんずほぐれつ、もんどりうちながら、

つぎつぎと餌にパクついていった。

もうこの家はないのだから、

目の見えない父も死んでいるのだからって、

コンクリートのうえで血まみれになって騒いでいるアザラシたちを、

夢のなかから出してやらなきゃかわいそうだと思って、

ぼくは、自分が眠っている部屋の明かりをつけて、

目を完全に覚まそうとしたのだけれど、

死んだ父が、ぼくの肩をおさえて目覚めさそうとしなかった。

手元にあったリモコンもなくなっていた。

もう一度、起き上がろうとしたら、

また死んだ父が、ぼくの肩をおさえた。

そこで 声を張り上げたら、

ようやく目が覚めた。

リモコンも手元にあって、

部屋の明かりをつけた。

ひさびさに死んだ父の姿を見た。

しかし、なにか奇妙だった。

どこかおかしかった。

そうだ、しゅうし無音だったのだ。

死んだ父が階段を上るときにも、

二頭のアザラシたちがコンクリートのうえで餌を奪い合って暴れていたときにも、

いっさい音がしなかったのだ。

そういえば、

これまで、ぼくの見てきた夢には音がしていたのだろうか。

すぐには思い出せなかった。

もしかすると、

ずっとなかったのかもしれない。

内心の声はあったと思う。

映像らしきものを見て、

それについて思いをめぐらしたり

考えたりはしていたのだから。

ただし、それをつぶやくというのか、

声に出していたのかどうかというと、記憶にはない。

ただ、けさのように、

自分の叫び声で目が覚めるということは、

しばしばあったのだけれど。



なにが怖いって、

家族でそろって食べる食事の時間が、いちばん怖かった。

一日のうち、いちばん怖くて、いやな時間だった。

ほんのちょっとした粗相でも見逃されなかったのだ。

高校に入ると、柔道部に入った。

クラブが終わって、家に帰ると、

すでに、家族はみな、食事を済ませていた。

ぼくは、ひとりで晩ご飯を食べた。

そうして、中学校時代には怖くていやだった食事の時間が、

もう怖いこともなく、いやでもない時間になったのであった。


THE THINGS WE DO FOR LOVE。

  田中宏輔




文化の日で

休日やというのに

大学では授業があったみたいで

文化の日の前の日に集まりたいって連絡すると

つぎの日に授業がありますので

というので

じゃあ、授業が終わってから集まろうよ

とメールで連絡して

あらちゃんと、湊くんと3人での

言語実験工房のひさびさの会合。

3時半に

ぼくの部屋に。

ということで、まず3時40分くらいに、あらちゃんだけ到着。

手には

ビールや、お菓子や、パンを持って。

「湊くんは?」

「ああ、

 4時くらいになるって言うてはりました。」

「そっ、

 あっ、

 ぼく、なんも買ってないんよ。

「お多福」に行こうよ。」

「お多福」というのは、前まで「大国屋」という名前だったスーパーね。

名前だけ変えたの。

改装で1週間近く工事してたんだけど

見た目

ほとんど同じだし

働いてるひとたちもいっしょ。

ぼくに好意を持っている、みたいな女のひともいるし

メガネ女史と、ひそかに呼んでるんだけど

リスカの男の子

たぶん学生だと思うんだけど

二十歳くらいかな

短髪

あごひげ

がっちりの、かわいい青年



あらちゃんと買い物に出たんだけど

大国屋に



お多福に入る前に

その前を通り過ぎて

タバコの自販機のところまで行くと

湊くんが横断歩道を渡ってこちらにきたところだった。

鉢合わせっちゅうやつやね。



タバコを買って

3人でお多福へ。

「お疲れさま〜。

 休日でも大学って、授業してるんや。」

「ええ、

 年に、かならず15時間してくれって。

 このあいだの台風で

 一日つぶれたでしょう?

 土曜日にもやりましたよ。」

前の日に、あらちゃんから

「さいきんでは、休日でも授業があるんですよ。」

って聞いてたから

ほんと、びっくり。

学生もたいへんじゃない?

先生もたいへんだけどさ。



逆かな?

先生もたいへんじゃない?

学生もたいへんだけどさ。

いっしょかな、笑。

「ぼくは昼ごはん食べたから

 ふたりは、まず、お弁当でも買って、腹ごしらえでもしたら?」

ってことで

ふたりは弁当も買って。

それぞれ

飲みたいものや

食べたいお菓子を選んでレジへ。

ぼくは、ヱビスの黒ビール2本とお茶と

お菓子はなんだったっけ?

忘れた。

湊くんは、違うメーカーのビールと、お菓子。

あらちゃんは、ノンアルコールのビール持ってきてたから

なにも買わず。

さあ、きょうは、決めることが2つ。

そして、ひさびさの3人そろっての会合で

ぼくも少々、興奮ぎみ。

ブハー。

湊くんが

ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を持ってきていて

岩波文庫のね。

「あっ、ぼくも持ってるよ。」

と言って、部屋の岩波文庫のある棚を指差した。



しばらくのあいだ、『論理哲学論考』について話をした。

ぼくが

「ヴィトゲンシュタインって

 文学作品って、なに読んでたんだろ?」

と聞くと

「それはわかりません。」

湊くんが

坐ってるところから見える

部屋の本棚に置かれたSF文庫の表紙を見てから

「SFとか読んでましたかね?」

「当時はまだ、SFはなかったんじゃない?

 あ

 でも、ウエルズは読んでたかもしれないね。

 あれは、当時、みんなに読まれてたって書いてあったから。」

ほんとのことは、わかんないけどね〜。

湊くんが

台所の換気扇のところでタバコを吸っているあらちゃんに向かって



ぼくの部屋では禁煙なの。

本にタバコのヤニがついちゃうのがヤだから。

まっ

と言っても

部屋と台所はつづいてるんだけどね〜。

カーテンで仕切ってるだけで。

そのカーテンも半分開けてるし、笑。

換気扇だけが頼りね。

「荒木さん、日記も読んでるんですよね?」

あらちゃんが、タバコをフーと吐き出してから

「読んでますよ〜。」

「ヴィトゲンシュタインが、なに読んでたか書いてありましたか?」

「なに読んでたの?」

と、ぼくも追い討ち。

「さあ、わかりませんね〜。

 それは書いてありませんでしたね。

 まだぜんぶ読んでないんで

 もしかしたら、あとで出てくるかもしれませんけど。」

と、ぼくと湊くんの、ぼくたちふたりに向かって。

ぼくが

「なにも読まなかったのかもね。」

と言うと

「『論理哲学論考』でも、ラッセルとホワイトヘッドについてしか言及してませんからね。」

と湊くん。

このあと

さいきん、『論語』や荘子の本を読みはじめた湊くんの話を聞きながら

3人で

西洋と東洋の思想や哲学の話をしていた。

湊くんが

「ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』にも神が出てきますね。」

って



ほとんどすべての西洋の人間には、

あの「神概念」がどうしても抜けないらしくって

って言うから

ぼくが

「当時は仕方がないんじゃないの?」

と言うと

「いまもですよ。」

と湊くん、



つづけて

「ぼくたち、日本の詩人にとっては

 アッシュベリーの詩って、難解でもなんでもないじゃないですか?」

「そだよね〜。」

あらちゃんは、アッシュベリーはまだ読んでなかったのか

ここでは聞いてるだけ〜、笑。

「そだね〜。」

と、もう一度。

「でも、アメリカ人にとっては難解なんですよ。」

話の流れから言えば、当然、こうだわな。

「神概念が抜け落ちてるから?」

「そうです。

 だから

 日本の現代詩からすれば

 ふつうによくある抒情詩ですけど

 アメリカ人から見たら

 難解なんですよ。」

「神概念の欠如ねえ。

 もちろん、キリスト教の神概念だろうけど。

 それで

 日本人のぼくらには、よくわかって

 アメリカ人には、よくわからないんや。」

ふ〜ん。

なるほど〜

と、腑に落ちかのように

うなずいた。

ほんとは、それほど腑に落ちなかったのだけれど。

クリスチャンじゃないぼくだって

聖書には、ずいぶん影響されてるからね。

「いまでも、アメリカ人って、神概念に拘束されてるの?」

「そうですよ。」

「へえ〜。」

そうなのかな〜

学生時代に読んだ本では

ドイツでは教会離れが急速に進んでるって書いてあったんだけどなあ

って思った。



これって

さっき考えたことと矛盾するか、

でも、まあ、現実に

アメリカ人やオーストラリア人といった外国人と頻繁に会っている

湊くんの話だから、そうなんだろうね。

まあ、ぼくはキリスト教系の大学の付属高校に勤めてて

ネイティヴの先生も多いし

聖書の時間も授業にあって

また毎朝、チャペルで礼拝もあるし

特別に宗教の時間がもたれることもある学校なので

聖書が職員室のそこらじゅうの机の上にあるのがふつうの光景で

とくべつ、アメリカ人の先生たちがクリスチャンかどうか

また、クリスチャンでなくっても

聖書的な神概念に精神が拘束されているのかどうかなんて

とくに考えたこともなかったけれど

湊くんの話を聞いて、そうかもしれないなあ、と思った。

湊くんが

『論理哲学論考』を開いて見せてくれた。

これですけど

と言って

「われわれは事実の像をつくる。」

ってところを

指差して示してくれた。

イメージと像について話をしているときだった。

ヴィトゲンシュタインは

ドイツ語と英語で

イメージについて書いているけれど

ドイツ語では

イメージのニュアンスと、

じっさいに見えるものという意味の

両方の意味に使える単語 Bild を採用しているけれど

英語ではそれを picture と訳しているので



しかも

ヴィトゲンシュタイン自身が英訳にかかわっていたので

ヴィトゲンシュタインにおけるイメージは

picture だったわけで

って話のフリがあって



ぼくが

湊くんが見せてくれた言葉を見て

「事実は、われわれの像である。

 事実は、われわれの像をつくる。

 って、どう?」

と言うと

「ヴィトゲンシュタインも同じようなことを書いてますね。

 これ、書き換えが多いですから。」

と湊くん。

「そうやったかな。

 読んだの、ずいぶん前やから、わすれた〜。

 そいえば、パウンドも、詩論で

 イメージこそ大事で、って書いてたけど

 ヴィトちゃんも、イメージかあ。」



なんで

大学やめて

田舎で看護仕なんかしてたんだろうね。

またケンブリッジに戻りますけどね。

ラッセルが推薦してねえ。

とかとか

ヴィトゲンシュタインの話がしばらくつづいて

3人で盛り上がった。

ぼくが坐っていた右横に

ダンボール箱があって

それはこのあいだ、プロバイダーを替えたんだけど

モデムとかが入っていたヤツね

いまは古いほうのモデムなんかを入れて返送用の箱待ちぃ〜



その上に

いまお風呂場で読んでる『源氏物語』の「薄雲」のところがあって

これって

ホッチキスで読む分だけを、とめてあるやつなんだけど

それを渡して

ぼくがオレンジ色の蛍光ペンで印をつけたところを指差した。

「夢の渡りの浮橋か」(うち渡しつつ物をこそ思へ)

って、ところね。

「いいでしょ?

 このフレーズ。」

「これ、だれの訳ですか?」

「与謝野晶子。」

「これ、もと歌がありますね。」

「あるんじゃない?

 ぼくも似た表現、見た記憶があるもん。

 物をこそ思へ

 って、なんだか、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの言葉みたい。

 事物こそ、なんとか、かんとか〜だったっけ?

 具体的なものこそ、なんとか、かんとか〜だったっけ?

 パウンドも書いてたかな〜。」

「いや、よくありますよ。」

俳句や短歌にも詳しい湊くんだった。

「いま、うちのそばに

 夢の浮橋のあとがありますよ。」

「えっ?

 あっ、

 引っ越したんだっけ。

 いま、どこらへんに住んでるの?」

「東福寺のそばですよ。」

「橋があるの?」

「いえ、なにもありませんよ。

 なにもありません。

 よくある史跡ですよ。

 あったということだけがわかっている

 場所を示す立て札があるだけです。

 これが『源氏物語』で有名な浮橋で、

 とかという説明が書かれた立て札があるだけです。」

そいえば

アポリネールの

「ミラボー橋」も

詩はあんなに有名なのに

シャンソンにもあるらしいのだけれど

橋自体は

ちっぽけなものだって

どこかに書かれてるの読んだことがあるなあ。

夢の浮橋かあ。

夢に

なにを渡すのだろう。

夢から

なにを渡されるのだろう。



それとも

夢自体が

渡すものそのもの

橋なのかな。

夢の浮橋。

どこが、どこに通じてるんだろう。

どこと、どこがつながってるんだろう。

なにが、なにを渡すのだろう。

なにから、なにが渡されるのだろう。

なにを、なにに渡すのだろう。

物をこそ思え。

今回の言語実験工房で話し合わなければならないことは2つあって

1つは

関根くんをメンバーに迎えるかどうか。

もう1つは

今年の言語実験工房賞は、だれに?

さいしょのことは、関根くん自体が消極的なので

じゃあ、これからも言語実験工房は3人でやりつづけましょうということで

これは30秒くらいで決定。

言語実験工房賞も

まえに、湊くんと日知庵で飲んでたときに

話していた詩人の詩集に

とのことで、あらちゃんも同じ意見だったので

数十秒で話し終わった。

ひゃはは。

1分くらいで

会合の目的は果たして

ぼくたちは

お酒と、お菓子を、手に手にして

まだまだ

右に

左に

縦に

横に

縦、縦、前、横、横、後ろ、前、右、左、斜めに

話しつづけていたのであった。

前から、みんなで見ようねって話をしていた

ぼくがいま夢中に好きな

キングオブコメディのDVDを見ることになった。

ぼくの好きなコントをいくつか見たあとで

ドッキリっていうか

ドキュメントなのかなあ

盗み撮りで

2人が楽屋で

中華料理屋から出前をとって

ご飯を食べてるシーンがあって

コンビの相方のひとりが

もうひとりのほうの食べ物をねらって、とってばかりいるという

食い意地の汚さをメインに人間模様が浮かび上がるシロモノだったんだけど

ぼくが

「中学のとき、お弁当のおかず

 とってくヤツっていなかった?

 いたでしょう?」

と言うと

「いたいた。」

と、あらちゃん。

湊くんが

「ぼくは中学のとき、給食でしたから

 なかったですよ。」

「名古屋だったら

 うぃろうが出てきたりして。

 あ、

 湊くんってさあ、

 大阪だったよね。」

「そうですよ。

 ですから

 タコ焼き出てきたのかって

 よく言われます。

 出てきませんでしたけど。

 いまだったら出てくるかもしれませんけどねえ。」

「京都だったら

 おたべだよねえ。

 出てきてほしいなあ。

 おいしいもんね。」

ふたりも、好き好き、と。

「いろんな種類

 出てますよね。

 ぼくは、抹茶味が好きぃ。」

と、あらちゃん。

「カラフルなものがいっぱい出てるものね。」

黒胡麻かな。

真っ黒なものもあった。

ピンクや

黄色もあった。

なに味か、わかんないけど。



あらちゃんの好きなグリーンのもね。

それは、抹茶味か。

そいえば

一語が入ってるのもあったかなあ。



イチゴね、笑。

すると

湊くんが

「清水寺をのぼっていく道があるじゃないですか?

 あの細い狭い坂道

 あそこ通ると

 試食で

 お腹がいっぱいになります。」

「ししょく」って

すぐには、わからない、ぼくだった。

音になじみがなかったので。



「いろんな食べ物が試食できますよ。

 甘いものに飽きたら

 漬物の試食すれば味が変わりますからね。

 デート・コースには、うってつけですよ。」

このへんで、ようやく

「ししょく」の意味がわかったぼくだった。

このあいだ、文学極道に投稿した詩の

わかんないところを

湊くんに教えてもらった。

詩をプリントアウトしたものに

あらかじめ、赤いペンで

わからないところに矢印をしておいたのね。

チェックしてもらっているあいだ

DVD見てたぼくだけど。

ごめんちゃい。



つぎの点を、書き込んでもらった。

rejection slip

詩人

ジョン・ベリマン

レオポルド・ブルーム

rejection slip

ってのは

編集者が、作者に雑誌掲載できない原稿だっていう返事を書いたものね。

「スリップって、小さい紙ってことだっけ?」

「そうですよ」

詩人っていうのは

このあいだ文学極道に投稿した作品で

rejection slip

ってのを受け取っても

それを机の見えるところに貼って

執筆しつづけて

編集者に作品を送りつづけた作者のことだけど

ぼく

忘れてたからね〜。



それが

だれかってのも忘れてたんだけど

それは

ジョン・ベリマンだとのことでした。

湊くんが笑いながら

「だから、あとで

 ジョン・ベリマンの話になったんじゃないですか。」

ぼくも、自分で自分のこと笑っちゃった。

「そだったね。

 忘れてた〜。」

ぼくって

あの長篇詩『ブラッドストリート夫人賛歌』

何度も引用してるのにね。

ギャフンだわ。

レオポルド・ブルーム

ってのは

ジョイスの『ユリシーズ』の主人公の名前ね。

これも忘れてたのね。

「文学極道でさ、

 いま、ぼく、投稿してるじゃない?

 そこに粘着質のひとがいるんだけど。」

そう言うと

湊くんが

「見ましたよ。

 相手にしたら、いけませんよ。」

「うん。

 わかってるよ。

 相手にしてないよ。
 
 でも、なんだか、そのひとのことを考えてたら

 ぼくまで

 粘着質っぽく思えてきちゃってさあ。

 ぼくって、粘着質かなあ?」



台所に立って換気扇の下で、タバコを吹かしてた

あらちゃんに近づきながら、そうきいた。

ぼくも、タバコが吸いたくなったのだった。

「あつすけさん、

 粘着質と違いますよ。

 あつすけさんは

 スキゾでしょ。」

「スキゾって、なに?」



ぼくが言うと

湊くんが

「スキゾは分裂症型ってことですよ。」

って、



「粘着質のひとって

 見て

 すぐわかりますよ。」

って。

すると

あらちゃんも

「見たら

 わかります。」

とのこと。

「へえ〜

 そなの?」

「あつすけさんは、粘着質と違いますよ。」



湊くんまで

そう言ってくれたので、安心した。

ぼくは

いままで、ずっと

自分のことを、粘着質で

執念深い性質だと思ってきたから。

「実母がさ。

 精神病じゃない?

 精神分裂のほうの。

 いま統合失調症って言うみたいだけど。

 だから、遺伝してるのかな?」

ふたりの顔を見ながら

そう言ったら

湊くんが

「分裂症型と

 分裂病とは違いますからね。」

「えっ?

 あっ

 そうなんや。

 ああ

 そうやったね。

 症と病じゃ、違うもんね。

 よかった〜。」

と言いながら

ぼくの頭のなかでは

狂っている母親の姿が思い浮かんでいた。

話をしていると

突然

鳥になって、鳥の鳴く声で鳴き出したり

突然

狂ったように

いや、

狂ってるんだけど

狂ったように

ケタケタと

大声で笑い出したり

突然

物になったかのように無反応になったりする母親のことが

ぼくの頭のなかをよぎった。

ふたりは

そんな映像を頭に思い浮かべることもなかったと思う。

おそらくね。

っていうか

思い浮かべたら

おかしいね。

湊くんが

「ふたりとも

 そこに立ってたら

 ぼく、さびしいじゃないですか。

 ぼくも、そっち行こうかな?」

「いやいや

 そっち戻る、そっち戻る。」

ぼくは、あわてて

吸っていたタバコをもみ消して

パソコンの前の

自分の坐っていた場所に腰を下ろした。

「このつぎのやつ。

 だじゃれのVTRなんだけど

 ぼくって

 よく

 だじゃれ使うじゃない?

 齢いくと

 そうなるって言うけど

 さいきん、めっちゃ使ってるような気がするわ〜。」

リモコンで、スピーカーの音量をあげた。

キングオブコメディの今野くんが

「ダジャレンジャー」

って役で

まあ

マトリックスのエージェントのような服装で

サングラスは

はずしてね

出てくるVTRなんだけど

あらちゃんもタバコを吸い終わって

はじめに腰を下ろしてたところ

テーブルをはさんで

ぼくとは対面の場所に坐った。

湊くんは

パソコンの画面の正面

3人の位置は

ぼく

湊くん

あらちゃんの順に





西

うん?

そうだね。

3人の背中は

それぞれ

東向き

南向き

西向きだった。

湊くんが笑いながら

「やっぱり

 メリルは貸してもらえませんか?」

ぼくも笑いながら

「ごめんね〜。」

早朝の豆腐売りの

ファ〜フウ、ファ〜フウ

って音が

映像となって通り過ぎていったかのような錯覚がした。

音が

動く画像になって

目の前を通り過ぎてくような感じかな。

「ごめんね〜。」



もう一度

笑い顔をして

念を押しておく。

「やっぱ、ぼく

 けちなんだわ〜。」

すると

湊くんが

あらちゃんから返してもらった詩集を手にしながら

「ぼくは

 多少、傷んでても平気なんですけどね。」

すると

あらちゃんが、

遠慮がちに

自分のリュックからもう1冊

湊くんから借りていた本を返しながら

「これ、ごめんなさい。

 帯がちょっと破れました。」

あらちゃん

笑ってないし

でも

湊くんは

「大丈夫ですよ。

 ぜんぜん平気ですよ。

 そりゃ、さすがに

 めちゃくちゃ汚されてたら

 ううううん

 って思いますけど。」

笑いながら。

ぼくは、笑わなかった。

考え込んじゃった。

「ぼく、やっぱり

 けちなんやろか?」

「あつすけさんは

 とくべつ敏感なだけでしょ。」



湊くん

笑いながら。

ぼくは

笑えなかった。

神経質なんやろなあ。

おんなじ本を5冊も買って

付き合ってた恋人に

これ以上、おんなじ本を買うたら

別れるで

とまで言われたもんなあ。

『シティー5からの脱出』やったかな。

J・バリトン・ベイリーの。

あの表紙が、かわいいんやもん。

ちょっとでも

ええ状態のもんが欲しかっただけやのに。

ぼく

笑ってないし。

ぜんぜん

笑ってないし。

笑ったけど。

「北見工大の専任講師に応募してみたら

 って話がきましたけど、応募しませんでした。」

「へえ、

 ぼくやったら応募するわ〜。」

「あつすけさん、

 ぜったいあきませんよ。

 京都から出たことないから

 想像つかないんとちゃいます?」

「そうですよ。

 どんなところか

 ぜんぜんわかってないでしょう?」

「えっ?

 どこなの?」

「北海道の東のほうで、網走のすぐ西ですよ。」

「網走?

 だけど

 たしか、北川透って

 九州の田舎の大学じゃなかった?」

「そんなの比べものになりませんよ。

 冬なんて

 ふつうの寒さじゃないんですよ。

 ストーブ、ガンガンにつけてても寒いんですからね。」

「そっか。

 それって

 雪まみれってこと?

 部屋のなかまで〜?」

「セントラルヒーティングしたうえで

 ストーブ、ガンガンにつけてても

 寒いんですよ。

 ウェブで見たんですけれど

 特別な暖房がいるから

 地元の電器屋にご相談を

 なんて書いてありました。」

「それに

 こっちに戻ってくるのに

 5万円はかかるでしょう。」

「えっ?

 でも、専任だったら

 年収500万円とか、600万円はあるんじゃない?

 だったら

 100万円くらい

 旅費に使ったっていいんじゃない?」

「ありますかねえ。」

「あるよ、ぜったい。」

と、よく知らないくせに、ぼく。

「ありますよ。」

と、あらちゃんも。

あらちゃんが言うから、あると思った。

確信した。

「ううううん。」

湊くんが笑いながら。

「それに、学会とかあるやろうし。

 大学がいろいろお金出してくれるんじゃない?」

と、ぼく。

「いや〜、あつすけさん。

 最近、出ませんよ。」

とまた、あらちゃん。

「公立だから?

 ふうん。

 ぜんたいに不景気なのね〜」

「それに

 工大でしょう。

 専門が…」

「えっ?

 だって

 あのひと

 あの

 ほら

 言語実験工房に作品送ってきてくれたひと

 京都で会ったじゃない。

 あのひとって

 医学部じゃん。

 教えてるの。

 医学部出身じゃないけど。」

「高野さんですか?」

「そうそう。

 高野さん。」

「そういえば

 そうですねえ。

 あ

 2週間前に会いましたよ。

 同志社であった the Japan Writers Conference で。」

「それって、学会?」

「ええ。

 学会みたいなものですね。

 イベントって言ったほうが適切でしょうけれど。」

「ふうん。

 元気にしてはった?」

「元気でしたよ。」

元気なのか。

そだ。

キングオブコメディの「ダジャレンジャー」で

今野くんが

電器屋さんの店頭で

「デンキですか〜!」

って叫んでた。

アントニオ猪木のマネしながらね。

「でも

 北見工大って有名なんじゃない?

 北見工大付属って

 甲子園に出てない?」

「出てましたかね?」

「出てるかもしれませんねえ。」

ぼくら3人とも

野球には詳しくなかったのだった。

でも

「ぼくの耳が

 知ってるような気がする。

 音の記憶があるもん。

 北見工大付属って。」

どこかと間違ってる可能性はあるけどね〜、笑。

「でも、専任になったら

 書類がたいへんですよ。」

「そうなんや。」

「はんぱじゃないですよ。」

「そういえば

 日本って、アメリカとかと比べて

 会社で書かされる書類の数がぜんぜん違うって

 なんかで読んだ記憶があるなあ。」

「このあいだなんて

 研究室の安全確認の書類を書いてました。」

「えっ?

 そんなの事務員がすればいいんじゃないの?」

「研究室の配線とかのことで

 それは、ぼくたちがやらなきゃならないんです。」

「そうなんや。

 まあ、そうなるのかもしれないね。」

「授業計画書とかも書かなきゃなんないでしょ。」

「あっ、そうだよね。

 國文學の編集長やった牧野さんから

 授業計画書を見せてもらったことがある。

 いま

 大学で教えてはるのね。」

「とにかく書く書類が増えるってことですね。」

「日本人って

 不安なんだろうね。

 書類がないと。」

じゃあ。

一日じゅう

書類書いとけばいいじゃん

っとか思った。

一日じゅう

書いて

書いて

書きまくるのね。



たしかに安心するのかもしれない。

ぼくが詩を書くように

書いて

書いて

書きまくるのね。

いや

違うかな。

ぼくは

書いても

書いても

いくら書きまくっても

いつまでたっても

安心できない。

なんでなんやろ?

わからん。

フィリピン人のコメディアン greenpinoy の チューブで

One Year of Friendship!

ってタイトルのものがあって

それって

greenpinoy が

1年のあいだに

友だちたちといっしょに撮った写真を

スライドショーっぽく

画像をコマ送りしながら

スティーヴィー・ワンダーが参加して歌ってる

RENTの主題歌を流してるんだけど

そのRENTの歌って

1年という期間を

およそ、525600分と計算して

そこに、525000の瞬間の出来事があって

っていうふうに歌ってて

そこに

日没があり

そこに

愛があり

そこに

人生がある

とかとか言ってるのだけれど

ぼく

ふと思っちゃった。

1日のうちに

1年があるんじゃないのって。

1日のうちに1年があって

1時間のうちに10年があって

1分のうちに、生きているときのすべての時間があるんじゃないのって。

すると

やっぱり

ノーナ・リーヴスの西寺豪太ちゃんがブログに書いてたように

一瞬のなかに永遠があるんだよね。

豪太ちゃんは

「一瞬のなかにしか永遠なんてものはないのさ。」

だったかな。

いや

もっと短く

「一瞬のなかに永遠はある。」

だったかな。

そんなこと書いてたけど

ぼくも、そんな気がする。

気がした〜。

豪太ちゃんの言葉を見たときにね。

その言葉、見たの

ずいぶん前のことだけど。



そのときにも思ったの。

一瞬のなかにこそ、永遠というものがあり

なおかつ

永遠というものも、一瞬のものであるということを。

ひとまばたき。

「目を閉じて、目を開ける」

ただひとまばたきの

時間のあいだに

永遠があるのだということを。

アハッ。

じつは

さっきね。

「一瞬のなかにこそ、永遠はある。」って、書いたとき

キーを打ち間違えて

「一蹴のなかにこそ、永遠はある。」

ってしてたんだけど

一蹴

おもしろいから

そのままにしてやろうか

な〜んて

思っちゃった〜。

「ヴィトゲンシュタインって

 この『論理哲学論考』では

 よく「対象」っていう言葉を使ってますね。」

「ぼくなら「対象」と「観察者」をはっきり分けたりできないけど。」

「ヴィトゲンシュタインは、はっきりさせようとしています。」

「はっきり分けようとすると

 矛盾がでてくるんじゃない?

 分けられないでしょ?

 じっさい。」

「後期のヴィトゲンシュタインは、それを反省してますけどね。」

「言語ゲームですね。」

と、あらちゃん。

「とにかく

 『論考』では、はっきり分けて考えるようにしていますね。」

アリストテレスの二項対立みたいに

なんでも分けて考えるのね。

西洋人って。

いや、考えること is equal to 分けること

なのかな。

「ぼくなんか

 いつも

 なにか考えるときは

 考えてるものと

 その考えてる自分というものとは不可分だってこと

 考えちゃうんだよね〜。

 それに

 ときどき

 その考えてるものが

 自分のことを考えてる

 な〜んてことも考えちゃうしね〜。」

はっきり分けられないと

いつまでも

ぐずぐず食い下がるぼくであった。

「あなたの友だちの息は、とっても臭いです。」

Useful Japanese

って、英語のタイトルだった

greenpinoy のチューブを見た。

「わたしのおじさんは、ホモだと思います。」

これも面白かったなあ。

「あなたは中国人ですか?

 日本人ですか?

 それとも、韓国人ですか?

 どっち?」

ってのもあって。

「日本では

 2つのうちの1つを選ぶときにしか

 「どっち」って使わないよね?」

と言うと、

「英語では

 3つ以上のものから1つのものを選ぶときも

 2つのときからと同じで

 which ですよ。」

と湊くん。



このチューブを見たあとで

これ感動したんだよ

と言っておいて

トップの静止画像だけ

ちらっと

見せておいて

先に

この「日本語の勉強」ね、

Useful Japanese のチューブを見てもらって

あとから見た

「これ感動したんだよ

 『RENT』の主題歌ね。

 スティーヴィー・ワンダーが歌に参加してるけど

 スティーヴィー・ワンダーの詩なのかな?」



「ぼく、この単純な詩にめっちゃ感動したんだけど。」

って言って



「これ、

 似てる詩をゲーリー・スナイダーが書いてたよ。」

と言って

『ビート読本』を出して

スナイダーのところを捜したら

なかった。

そしたら

頭が

ピリピリと

頭の横のところが

ピリピリと

痛かった。

また記憶がまちがっていたのかって思って



本のどこかで引用してたはず

と思って捜しつづけたら

見つかった!

なにが?

ナナオササキの詩が。

ナナオササキの詩だったのだ。

「そんなこと、ぼくもありますよ。」

と湊くん。

フォローが絶妙、笑。



おとつい

日知庵に行ったあと

大黒に行ったら

マスターが

ぼくの耳のうしろから息を吹きかけるから

「やめてよ。

 感じやすいんだから。

 ぼく

 耳がいちばん感じるんだから。」

「あつすけさんって

 全身性感帯みたい。

 乳首も感じるの?」

そう言って、手をのばそうとするから

すかさず、ぼくは、両手で自分の胸をおさえた、笑。

「やめて!

 感じちゃうから。」

「感じれば、いいじゃない。」

「だめなの。

 いま、飲んでるでしょ。」

「まあね。

 あいかわらず、わがままね。」

「はっ?

 なに、それ?」

「まあ、まあ。

 いいわ。

 飲みなさい。」

なんか

憮然としちゃった。

かさぶたができるぐらい

ギュー

って

乳首をつままれた

いや

ひねられただな

記憶がよみがえっちゃって

一気に

ジョッキの生ビールをあおっちゃった。

「ぼくの乳首って小さいけど。」

と自分の胸を何度も手のひらでなでるマスター。

「あつすけさんの乳首って大きそうね。」

「おかわりぃ〜。」

「は〜い。

 あっちゃん

 ビール入りま〜す。」

バイトの男の子が伝票にチェック。

西寺豪太に似たガッチリデブのブスカワの子。

このあいだ

ノーナ・リーヴスの最新アルバム『GO』を大黒に持ってきて

かけてもらったときに



湊くんときたときね。

「きみってさあ。

 ブスカワじゃん?

 このボーカルの子に似てるよ。

 ぼくの目にはソックリ。」

湊くんが

カウンターの上でライナー・ノーツを拡げて見せてた

ぼくの手のひらの上の

西寺豪太の写真の顔をのぞき込んでから

顔を上げて、目の前に立ってたバイトの子の顔を見た。

「似てますね。」

「似てますか?」

と、そのバイトの子ものぞき込む。

「似てないことはないと思いますけど

 そんに似てますかね。」

「ブスカワなとこも

 いっしょじゃん。」

と、ぼく。

「ええっ?

 そんなん言われても。

 ブスカワですか?

 ぼく。」

「ハンサムじゃないね。

 男前でもないし。

 もちろん、カッコよくもないし。

 でも、いいじゃん。

 ブサイクでカワイイんだから。

 ぼくなんか

 愛嬌なくって

 ぜんぜん

 ひとに好かれないもん。

 ぼくも、ブサイクでカワイイ

 ブスカワに生まれたかったな。

 ブスカワだと

 ぜったい

 人生ちがってた〜。」

ここで、おとついに時間を戻す。

ぼくがひとりで飲みにきてたときにね。

「ぼくも、あんなジジイになりたい。」

映画のなかに出てきたチョー・ブサイクな白人のジジイを指差した。

「あれ、あのジジイね。」

「ぼくは、かわいいと思うけど」

「ぼくは、マスターとちがって

 年上はダメなの。」

「あの俳優さん、かわいいと思うけど。」

「ジジイじゃん。

 ぼくもジジイだけど。

 でも、あんなにブサイクなジジイになったら

 もう恋をしなくても、すむじゃん。

 期待しなくても、すむじゃん。

 はやく、あんな汚いジジイになりたいっ!」

「それって、きのうも話してたんだけど

 きのう

 お店が暇だったから

 みんなで、ラウンド1 に行ったのよ。

 そこで、そんな話が出たわ。

 むかしモテタひとって

 よくそんなこと言うわねって。」

「ふううん。」

「あつすけさん、

 年上とはないの?」

「あるよ。

 2、3人だけだけど。

 それに

 年上って言っても

 1つか2つくらい上だっただけだけどね。

 とにかく

 ぼくは

 ぼくより齢が上で

 ぼくよりバカなひとって

 大っ嫌いなの。

 ぼくより長く生きてて

 ぼくよりバカって

 考えられへんわ。」

「ぼくは、だらしない年上も好きだし

 しっかりした年下も好きよ。」

「じゃあ、ぼく、ぴったしじゃん。

 ぼく、だらしないよ。

 頼りないし

 貧乏だし

 部屋も汚いしぃ。」

横に立ってたマスターの分厚い胸に

頭をくっつけて甘える

ぼくぅ。

「部屋が汚いのは、いや〜ね。」

「えいちゃんも、よくそう言ってた。」

頭をマスターの胸から離した。

「片付けられないのね。」

「片付けるよ。

 ひとがくるときだけだけど。」

ほんと

そうなんだよね。

今回の言語実験工房の集まりでも

ぼくの部屋

掃除しはじめたのって

約束の時間の1時間くらい前からだもんね。

そいでもって

約束の時間ギリギリまで掃除してたもんね。

ぼくは

シャツの上に浮き出たマスターの乳首の形を見つめた。

ぼくの乳首

大きくないし。

「あっちゃん、

 アプリって知ってる?」

「知らない。」

「マイミクになったら

 教えてあげる。」

「ならない。」

「ほれほれ、この漢字読める?」

箇所

って漢字を、携帯で読ませようとするマスターに

「読めない。」

「あらあら、

 あっちゃん、

 詩を書いてるのに漢字が読めないのね。」

「漢字はパソコンが書くから

 ぼくが知らなくってもいいの。」

「まあ。

 あっちゃん、

 もっと漢字、知らなきゃ

 詩を書けないでしょ?」

「べつに。」

ぼくは

シャツの上に浮き出たマスターの乳首の形を見つめた。

ぼくの乳首

大きくないし。

ぜったい大きくないし。


CHANT OF THE EVER CIRCLING SKELETAL FAMILY。 

  田中宏輔





     点の誕生と成長、そして死の物語。



   点は点の上に点をつくり
   点は点の下に点をつくり
   点、点、点、、、、

   はじめに点があった
   点は点であった
   
 

ある日
王妃のところに
大点使ミカエルさまがお告げにこられました。
「あなたは点の御子を身ごもられましたよ。」
と。
王妃は
それまで不眠症で
ずっと夜も起きっぱなしで
ただ部屋を暗くさせて
目をつむって床についていたのでした。
暗い部屋で目をつむっていれば
寝ているときの半分くらいの休息にはなると
医学博士でもあり夫でもある王から言われていたのでした。
大点使ミカエルさまの姿はまぶしくて見えませんでしたが
お声だけは、はっきりと聞き取れたのでした。
王妃はすぐに
王の寝室に行き
王の部屋の扉をノックしました。
「わたしです、愛しいあなた。
 起きてください。
 いま、大点使ミカエルさまがいらっしゃって
 わたしに点の御子を授けたとおっしゃるの。」
「なんじゃと。」
王はそういうと布団を跳ね除け
扉を開けて妻である王妃の顔を見た。
王妃の顔は、窓から差し込む月の光にまぶしく輝いていました。
「点の御子じゃと。」
「点の御子だとおっしゃいましたわ。」
「点、点、点、……。」
「ええ、点、点、点と。」
「いったい、どのような子じゃろう?」
「わたしには、わかりませんわ。」
「では、待つのじゃ。
 点の御子が生まれてくるまで。」
そうして
王と王妃は
ひと月
ふた月
み月と
月を数え
日を数えて待っていたのでした。
ところが、いっこうに王妃のお腹はふくれてきません。
「どうしたものかのう。
 なぜ、そなたの腹はふくらまぬのじゃ?」
「わたしには、わかりませんわ。」
「なにしろ、点の御子じゃからのう、
 点のように小さいのかもしれんなあ。
 いや、そもそも、点には大きさがないのであった。
 それゆえ、まったく腹がふくらまないのかもしれんな。」
よ月
いつ月
む月たっても、いっこうに王妃の体型は変わらりませんでした。
ただし、不眠症であった王妃は
大点使ミカエルさまが姿を顕わされたつぎの日から
夜になると
ぐっすりと眠れるようになったのでした。
もう不眠症どころではありません。
ふつうのひとよりずっと多く眠るようになっていたのでした。
なな月
や月
ここのつの月が過ぎ
とうとう
と月目に入りました。
と月とう日目の夜
(TEN月TEN日目の夜)
月の光の明るい夜のことでした。
王妃の部屋から叫び声が聞こえてきました。
王は布団を跳ね除け
ベッドから飛び起き
自分の寝室から
王妃の寝室までダッシュしました。
「どうしたのじゃ?」
「あなた。
 ああ、愛しいお方。
 いま、生まれましたわ。
 わたしの子。
 点の御子が。」
王妃はカーテンをすっかり開けました。
窓から差し込む月の光の下で
ベッドの敷布団の上にあったのは
ただ
ひとこと
点としか言えない
点でした。
王の目と王妃の目が見つめ合いました。

     *

王と王妃は
点のために誕生の祝典をひらく。
点は祝福をもたらすもの。
点は祝福をもたらす。
王宮じゅうが
点の誕生を祝福して
お祭り騒ぎ。
点は祝福をもたらす。
国民は
王と
王妃とともに
祝典をあげる。

     *

点は、国家に興味がない。
点は、王にも興味がない。
点は、王妃にも興味がない。
だれが、どこで、なにをしているのか
だれが、どこで、なにをされているのか
点は、なにものにも、まったく興味を魅かれなかった。
王妃がひそかに主人である王の家来と密通していようと、していまいと
王が馬丁の男と禁じられた恋の行為をしていようと、していまいと
点には、まったく関心がなかった。
点にはできないことはなかった。
あらゆることが可能であるなら
そういった存在は
なにかを望むなどということがありえようか。
点には、あらゆることが可能であった。
点には、自身が点であることすらやめることができたのである。
また点であることをやめたあとに
点になって復帰することも可能であった。
なぜなら、点には時間が作用しないからである。
点は、あらゆる時間のはじまりにも、
あらゆる時間の終わりにも存在していたし、存在していなかった。
点は、あらゆる場所のはじまりにも、
あらゆる場所の終わりにも、存在していたし、存在していなかった。
点は、あらゆる出来事のはじまりにも、
あらゆる出来事の終わりにも、存在していたし、存在していなかった。
あらゆる時間と、あらゆる場所と、あらゆる出来事は、点だった。
点は、存在するものであり、存在しないものである。
点は、あらゆる存在するものでもあり、あらゆる存在しないものでもある。

     *

点は、国家に興味がない。
点は、王にも興味がない。
点は、王妃にも興味がない。
国家のほうが、点に興味を持っていた。
王のほうが、点に興味を持っていた。
王妃のほうが、点に興味を持っていた。
だれもが、いつ、どこでも、どんなときにも、点に興味を持っていた。
だれひとり、点に興味を失うことはなかった。
だれひとり、点に関心を払わないわけにはいかなかった。
その点が、点が点である所以であったのであろう。

     *

点は、王にも、王妃にも、ほかのだれにもできないことができた。
点は、本のなかの物語そのもののなかに入ることができたのであった。
点は、本のなかに描かれた草原で風の声に耳を傾けることもできたし
点は、王に反逆した臣下が捉えられて拷問されているときの悲鳴を聞くこともできたし
点は、さやと流れる川の水の音に耳を澄ますこともできた。
点は、嵐の夜の稲光を目にすることもできたし
点は、畑で働く農民の首に流れる汗に反射する太陽の光の粒に目をとめることもできたし
点は、終業間際の疲れた目をこする会計士の机の上に開かれた帳面の数字に目を落とすこともできた。
点は、氾濫して崩壊した川の濁流に巻き込まれることもできたし
点は、電話口でささやかれる恋人たちの温かい息のなかに入ることもできたし
点は、地球と月の重力がつり合ったラグランジュ点となることもできた。
ただひとつ、点にできなかったのは、音そのものになることだった。
ただひとつ、点にできなかったのは、光そのものになることだった。
ただひとつ、点にできなかったのは、熱やエネルギーや力そのものになることだった。

     *

点は、存在し、かつ、存在しないものである。
存在するものそのものではない。
存在しないものそのものでもない。
点は、物質でもなく、光でもなく、音でもなく、
エネルギーでもなく、力でもない。

あらゆる存在するものが点だった。
あらゆる存在しないものが点だった。
点は、あらゆる存在するものだった。
点は、あらゆる存在しないものだった。

さて
ここで
「あらゆる」という言葉が禁句であったことに思いを馳せよう。
「あらゆる」という時点で、(時と点で)
その書かれた文章は
メタ化された次元で無効となる恐れがあるからである。
間違い。
メタ化された次元から見ると無効となる恐れがあるからである。
(ほんとかな? 笑。)
上に書かれた文章には、穴が、ポコポコと、あいている。
それも、みな点だけれど。
点には大きさがないということは
いくらあいてても
あいてないのか?
笑けるわ。
ぼくは
笑わないけど。
点は、存在し、かつ、存在しないものである。

     *

点は、移動するのか?

点は、自身をも含むいかなる点に関しても対称な位置に座標をもつことができる。
点は、自身をも含むいかなる直線に関しても対称な位置に座標をもつことはできる。
点は、自身をも含むいかなる平面に関しても対称な位置に座標をもつことはできる。
3次元空間の自身を含む、いかなる位置にも転位可能である。

したがって、点は、この条件のもとでは
同時瞬間的に、あらゆる移動によって、点であることをやめることができる。
点であるかぎり、点であることをやめることができるのだ。

これが
点の第一の死の物語であり、
つぎの第二の生誕の物語である。

そのあいだの成長の物語を語り忘れていた。
この語り部の語りには、点のような穴がいっぱいあいている。
この語り部の語りは、点のような穴だけでできているのだった。

点は、移動するのか?

     *

点は
点の物語を語っている作者に不満を持った。
「点のような穴」

この物語を語っている作者は
第一巻の終わりに書いていたのだ。
点は
「ぼく、穴ちゃうし。
 穴が、ぼくともちゃうし。
 ぼく、なににも似てないし。
 なにも、ぼくには似てないし。」
とつぶやいた。

この物語を語っている作者の
頭のなかで。
「そや。
 きみは点やし
 その点で
 きみは
 なにものにも似てないし
 なにものも
 きみには似てへん。
 そやけど
 ふつうに使う比喩やろ?
 使うたら、あかんか?」
「あかん。
 点の名誉にかけても
 あかんわい!」
そか。
点の物語を語っている作者は
さっき
うれしいことがあったので
阪急西院駅のそばにある立ち飲み屋の
「印」に行くつもりだった。
パソコンのスイッチを切ろうとして
マウスに手をのばした。
「ちょっと待て。
 書き直さへんのか?
 さっきアップしたやつ。」
「ごめんちゃいね〜。
 これから、お酒を飲みに
 行ってきま〜ちゅ。」
と言って
この点の物語を語っている作者は
その顔に、いかにも意地悪そうな笑みを浮かべて
この外伝を書き終えたのでした。
ちゃんちゃん。
行ってきま〜ちゅ。

     *

場所が点を欲することがあっても
点が場所を欲することはない。
たとえ、場所が場所を欲することがあっても
点が点を欲することはない。
時間が点を欲することがあっても
点が時間を欲することはない。
たとえ、時間が時間を欲することがあっても
点が点を欲することはない。
出来事が点を欲することがあっても
点が出来事を欲することはない。
たとえ、出来事が出来事を欲することがあっても
点が点を欲することはない。

     *

点は裁かない。
点は殺さない。
点は愛さない。

点は真理でもなく
愛でもなく
道でもない。

しかし
裁くものは点であり
殺すものは点であり
愛するものは点である。

真理は点であり
愛は点であり
道は点である。

     *

点は、自分のことを
作者が、数学概念としての「点」と
横書きの文章に使われるピリオドとしての「点」を
ごちゃまぜにしていることに腹を立てていた。
まったく異なるものだからだ。
「なんで、ごちゃまぜにしてるねん?」
「ええやん。
 そのほうがおもろいねんから。
 あんまり、まじめに考えんでもええんちゃうかな?
 作者も遊んどるんやし
 あんたも遊んどき。」
「なんやて。
 遊ばれとる、わいの身になってみぃ、
 ごっつう気分わるいで!」
「わるいなあ。
 かんにんしてや。
 わるふざけがやめられへん作者なんや。
 ごめんやで。」
点は、目を点にして作者を睨みつけた。
まったく異なる意味概念のものでも
何度も比喩的に同じ詩のなかで扱われていると
やがて、その意味概念がごちゃまぜになってしまって
意味のうえで、明確な区別ができなくなっていくのであった。
「どついたろか
 思うたけど
 わいには、手があらへんし。」
「てん
 て
 てがあるのにね〜、笑。」
「笑。って書くな!
 なんやねん、それ?」
「直接話法に間接話法を取り入れてみたんや、笑。」
「ムカツク。」
「まあ、作者は死ぬまで
 あんたをはなさへんやろな。
 大事に思うてるんやで。」
「そしたら
 もうちょっとていねいに扱え!」
「了解、ラジャーです、笑。」

     *

フランシスコ・ザビエルも、その点について考えたことがある。
フッサールも、その点について考えたことがある。
カントも、その点について考えたことがある。
マキャベリも、その点について考えたことがある。
マーク・トウェインも、その点について考えたことがある。
J・S・バッハも、その点について考えたことがある。
イエス・キリストも、その点について考えたことがある。
ニュートンも、その点について考えたことがある。
コロンブスも、その点について考えたことがある。
ニーチェも、その点について考えたことがある。
シェイクスピアも、その点について考えたことがある。
仏陀も、その点について考えたことがある。
ダ・ヴィンチも、その点について考えたことがある。
ジョン・レノンも、その点について考えたことがある。
シーザーも、その点について考えたことがある。
ゲーテも、その点について考えたことがある。
肖像画に描かれた人物たちも、その点について考えたことがある。
文学作品に登場する架空の人物たちも、その点について考えたことがある。
神話や伝説上の人物たちも、その点について考えたことがある。
だれもが、一度は、その点について考えたことがある。
神も、悪魔も、天使や、聖人たちも、その点について考えたことがある。
点もまた、その点について考えたことがある。

     *

無数と無限は違うということを知っておかなければならない。
しかし、この違いを知ることはできないものである。
無数の点が集まって線ができるのでもなく
無数の点が集まって平面ができるのでもなく
無数の点が集まって空間ができるのでもないということを知ること。

しかし、線は無数の点からできているということ
平面は無数の点からできているということも
空間が無数の点からできているということも知らなければならない。

点と点のあいだの距離は無限である。
いかなる点のあいだにおいてもである。
それが同一の点においてもである。

点と点のあいだの距離はゼロである。
いかなる点のあいだにおいてもである。
それがどれほど遠くにある点においてもである。

     *

点は腐敗することもなく
侵食されることもなく
崩壊することもない。

     *

点にも感覚器官がある。
点にも
目があり
耳があり
舌があり
皮膚がある。

点にも
ときどき
突然死があり
癌もあり
交通事故死もある

点は
感じもし
考えもし
行動もする。

というより
感じるものは、すべて点であり
考えるものは、すべて点であり
行動するものは、すべて点である。

線や面や空間は
感じもしなければ
考えもしないし
行動もしない。

あらゆる線は、点に収縮し
あらゆる面は、点に収縮し
あらゆる空間は、点に収縮する。

点は線となって展開することもなく
面となって展開することもなく
空間となって展開することもない。

ただ点は点であるということにおいてのみ
線と面と空間は一致する。

     *

ある日
点が、王のお気に入りの奴隷の額に転移して離れなかった。
点は、奴隷の額の上から
奴隷が見ているものを見、
奴隷が聞いているものを聞き、
奴隷が嗅いでいるものを嗅ぎ、
奴隷が触れているものに触れていた。
点は、奴隷の額の上から
奴隷が感じたことを感じ、
奴隷が考えたことを考えてみた。
ある日
王は奴隷を縛り首にした。
その後
点は、さまざまのものの上に転移した。
転位するたびに
王は
着物を燃やし
壺を壊し
絵を破りすてた。
点は、さまざまな人間の額の上に転移した。
転位するたびに
王は
弟を殺し
妹を殺し
老父を殺し
妃を殺していった。
しかし
もともと額の上に
厚みのないほくろのある顔と見分けがつかなかったので
王は、額にほくろを持つ人間をつぎつぎに吊るし首にしていった。
ほくろには、厚みのある生きぼくろと、厚みのない死にぼくろがあったのだが
王は、とにかく、額にほくろのある人間をことごとく捕らえては殺していった。
宮殿のなかから、宮殿のそとから
つぎつぎとひとの姿が消えていった。
ある日
王が目覚めて
ひとりの奴隷が、湯を入れたたらいを持って
王の部屋に入ってきた。
その奴隷の叫び声とともに
湯の入った、たらいが、床の上に落ちる大きな音がした。

     *

点外
点内

     *
点も
虚無も
イメージにしかすぎない。

点より先に虚無が存在したのか?
虚無より先に点が存在したのか?

存在することも
存在しないことも
語に付与された意味概念によるのだから
概念規定の問題である。

であるのか?

点と虚無。

それはイメージにしかすぎない。
それに相当する現実の実体は存在しない。

しないのか?

脳髄は存在しないものを考えることができる。

ほんとうに?

脳髄は存在するものを考えることができる。

ほんとうに?





     胎児



   自分は姿を見せずにあらゆる生き物を知る、これぞ神の特権ではなかろうか?
           (ミシェル・トゥルニエ『メテオール(気象)』榊原晃三・南條郁子訳)

     

神の手にこねられる粘土のように
わたしをこねくりまわしているのは、だれなのか?

いったい、わたしを胎のなかで
数十世紀にもわたって、こねくりまわしているのは、だれなのか?

また、胎のなかで
数十世紀にもわたって、こねくりまわされているわたしは、だれなのか?

それは、わからない。
わたしは、人間ではないのかもしれない。

この胎は
人間のものではないのかもしれない。

しかし、この胎の持ち主は
自分のことを人間だと思っているようだ。

夫というものに、妻と呼ばれ
多くの他人からは、夫人と呼ばれ

親からは、娘と呼ばれ
子たちからは、母と呼ばれているのであった。

しかし、それもみな、言葉だ。
言葉とはなにか?

わたしは、知らない。
この胎の持ち主もよく知らないようだ。

詩人というものらしいこの胎の持ち主は
しじゅう、言葉について考えている。

まるきり言葉だけで考えていると考えているときもあるし
言葉以外のもので考えがまとまるときもあると思っているようだ。

この物語は
数十世紀を胎児の状態で過ごしつづけているわたしの物語であり

数十世紀にわたって、
わたしを胎内に宿しているものの物語であり

言葉と
神の物語である。

     *

時間とは、なにか?
時間とは、この胎の持ち主にとっては
なにかをすることのできるもののある尺度である。
なにかをすることについて考えるときに思い起こされる言葉である。
この胎の持ち主は、しじゅう、時間について考えている。
時間がない。
時間がある。
時間がより多くかかる。
時間が足りない。
時間がきた。
時間がまだある。
時間がたっぷりとある。
いったい、時間とは、なにか?
わたしは知らない。
この胎の持ち主も、時間そのものについて
しばしば思いをめぐらせる。
そして、なんなのだろう? と自問するのだ。
この胎の持ち主にも、わからないらしい。
それでも、時間がないと思い
時間があると思うのだ。
時間とは、なにか?
言葉にしかすぎないものなのではなかろうか?
言葉とは、なにか?
わからないのだけれど。

     *

わたしは、わたしが胎というもののなかにいることを
いつ知ったのか、語ることができない。
そして、わたしのいる場所が
ほんとうに、胎というものであるのかどうか確かめようもない。
そうして、そもそものところ
わたしが存在しているのかどうかさえ確かめようがないのだ。
そういえば、この胎の持ち主は、こんなことを考えたことがある。
意識とは、なにか?
それを意識が知ることはできない、と。
なぜなら、袋の中身が
袋の外から自分自身を眺めることができないからである、と。
しかし、この胎の持ち主は、ときおりこの考え方を自ら否定することがある。
袋の中身が、袋の外から自分自身を眺めることができないと考えることが
たんなる言葉で考えたものの限界であり
言葉そのものの限界にしかすぎないのだ、と。
そして、
言葉でないものについて、
この胎の持ち主は言葉によって考えようとする。
そうして、自分自身を、しじゅう痛めつけているのだ。
言葉とは、なにか?
それは、この胎の持ち主にも、わたしにはわからない。

     *

生きている人間のだれよりも多くのことを知っている
このわたしは、まだ生まれてもいない。
無数の声を聞くことができるわたしは
まだわたしの耳で声そのものを聞いたことがない。
無数のものを見ることができるわたしは
まだわたしの目そのもので、ものを見たことがない。
無数のものに触れてきたわたしなのだが
そのわたしに手があるのかどうかもわからない。
無数の場所に立ち、無数の街を、丘を、森を、海を見下ろし
無数の場所を歩き、走り跳び回ったわたしだが
そのわたしに足があるのかどうかもわからない。
無数の言葉が結ばれ、解かれる時と場所であるわたしだが
そのわたしが存在するのかどうかもわからない。
そもそも、存在というものそのものが
言葉にしかすぎないかもしれないのだが。
その言葉が、なにか?
それも、わたしにはわからないのだが。

     *

数学で扱う「点」とは
その言葉自体は定義できないものである。
他の定義された言葉から
準定義される言葉である。
たとえば線と線の交点のように。
しかし、その線がなにからできているのかを
想像することができるだろうか?

胎児もまた
父と母の交点であると考えることができる。
しかし、その父と、母が、
そもそものところ、なにからできているのかを
想像することができるだろうか?

無限後退していくしかないではないか?
あらゆることについて考えをめぐらせるときと同じように。

     *

この胎の持ち主は、ときどき酩酊する。
そして意識が朦朧としたときに
ときおり閃光のようなものが
その脳髄にきらめくことがあるようだ。
つねづね
意識は、意識そのものを知ることはできない、と。
なぜなら、袋の中身が、袋の外から袋を眺めることができないからであると
この胎の持ち主は考えていたのだけれど
いま床に就き、意識を失う瞬間に
このような考えが、この胎の持ち主の脳髄にひらめいたのである。
地球が丸いと知ったギリシア人がいたわ。
かのギリシア人は、はるか彼方の水平線の向こうから近づいてくる
船が、船の上の部分から徐々に姿を現わすのを見て、そう考えたのよ。
空の星の動きを見て、地球を中心に宇宙が回転しているのではなくて
太陽を中心にして、地球をふくめた諸惑星が回転しているのだと
考えたギリシア人もいたわ。
これらは、意識が、意識について
すべてではないけれど
ある程度の理解ができるということを示唆しているのではないかしら?
わからないわ。
ああ、眠い。
書き留めておかなくてもいいかしら?
忘れないわね。
忘れないわ。
そうしているうちに、この胎の持ち主の頭脳から
言葉と言葉を結びつけていた力がよわまって
つぎつぎと言葉が解けていき
この胎の持ち主は、意識を失ったのであった。

     *

わたしは、つねに逆さまになって考える。
頭が重すぎるのだろうか。
いや、身体のほうが軽すぎるのだ。
しかし、わたしは逆さまになっているというのに
なぜ母胎は逆さまにならないでいるのだろう。
なぜ、倒立して、腕で歩かないのだろうか。
わたしが逆さまになっているのが自然なことであるならば
母胎が逆さまになっていないことは不自然なことである。
違うだろうか。





     卵



ベーコンエッグは
フライパンを火にかけて
サラダオイルをひいて
ベーコンを2枚おいて
タマゴを2個 割り落として
ちょっとおいて
水を入れて
ふたをする
ジュージュー音がする
しばらくすると
火をとめて
ふたをとって
フライパンの中身を
ゴミバケツに捨てる

     *

自分を卵と勘違いした男の話

彼は冷蔵庫の扉を開けて卵を置く場所に
つぎつぎと自分を並べていった。

     *

卵かけご飯
卵かけ冷奴
卵かけバナナ
卵かけイチゴ
卵かけカキ氷
卵かけスイカ
卵かけルイ・ヴィトン
卵かけ自転車
卵かけベンツ
卵かけ駅ビル
玉子かけ宇宙

     *

この卵は
現在、使われておりません。

    *

波の手は
ひくたびに
白い泡の代わりに
白い卵を波打ち際においていく

波打ち際に
びっしりと立ち並んだ
白い卵たち

     *



終日
頭がぼんやりとして
何をしているのか記憶していないことがよくある
河原町で、ふと気がつくと
時計屋の飾り窓に置かれている時計の時間が
みんな違っていることを不思議に思っていた自分に
はっとしたことがある
このあいだ
丸善で
ふと気がつくと
一個の卵を
平積みの本の上に
上手に立てたところだった
ぼくは
それが転がり落ちて
床の上で
カシャンッって割れて
白身と黄身がぐちゃぐちゃになって
みんなが叫び声を上げるシーンを思い浮かべて
ゆっくりと
店のなかから出て行った

     *

みにくい卵の子は
ほんとにみにくかったから
親鳥は
そのみにくい卵があることに気づかなかった
みにくい卵の子は
かえらずに
くさっちゃった

     *

コツコツと
卵の殻を破って
コツコツという音が生まれた
コツコツという音は
元気よく
コツコツ
コツコツ
と鳴いた

     *

卵が、ときどき
殻の外に抜け出したり
また殻のなかに戻ったりしてるって
だれも知らない。

     *

卵に蝶がとまっていると、蝶卵か卵蝶なのか
それを頭にくっつけてる少女は、少女蝶卵か卵蝶少女なのか
その少女が自転車に乗っていると、自転車少女蝶卵か卵蝶少女自転車なのか
ふう、これぐらいで、やめとこ、笑。

     *

吉田くんのお父さんは、たしかにちょっとぼうっとした人だけど
吉田くんのお母さんは、しゃきしゃきとした、しっかりした人なのに
吉田くんちの隣の山本さんが一番下の子のノブユキくんを
吉田くんちの兄弟姉妹のなかに混ぜておいたら
吉田くんちのお父さんとお母さんは
自分のうちの子と間違えて育ててる
もう一ヶ月以上になると思うんだけど
吉田くんも自分に新しい弟ができて喜んでた
そういえば
ぼくんちの新しい妹も
いつごろからいるのか
わからない
ぼくのお父さんやお母さんにたずねても
わからないって言ってた

     *

一本の指が卵の周りをなぞって一周する
一台の飛行機が地球のまわりを一周する

     *

透明なプラスティックケースのなかに残された
最後の一個の卵が汗をびっしょりかいている
汗びっしょりになってがんばっているのだ
その卵は、ほかの卵がしたことがないことに
挑戦しようとしていたのだった
卵は、ぴょこんと
プラケースのなかから跳び出した
カシャッ

     *

湖の上には
卵が一つ浮かんでいる

卵は
自分と瓜二つの卵に見とれて
動けなくなっている

湖面は
卵の美しさに打ち震えている

一個なのに二個である

あらゆるものが
一つなのに二つである

湖面が分裂するたびに
卵の数が増殖していく

二個から四個に
四個から八個に
八個から十六個に

卵は
自分と瓜二つの卵に見とれて
動けなくなっている

無数の湖面が
卵の美しさに打ち震えている

どの湖の上にも
卵が一つ浮かんでいる

     *

卵病

コツコツと
頭のなかから
頭蓋骨をつつく音がした
コツコツ
コツコツ
ベリッ
頭のなかから
ひよこが出てきた
見ると
向かいの席に坐ってた人の頭の横からも
血まみれのひよこが
ひょこんと顔をのぞかせた
あちらこちらの席に坐ってる人たちの頭から
血まみれのひよこが
ひょこんと姿を現わして
つぎつぎと
電車の床の上におりたった

     *

卵をフライパンの上で割ったら
小人が落ちて
フライパンの上に尻餅をついて
「あちっ。」

     *

空の卵

卵を割ると
空がつるりんと
器のなかに落っこちた
白い雲が胎児のように
丸まって眠っていた
ぼくは
お箸を使って
くるくる回すと
雲はくるくる回って
風が吹いて
嵐になって
ゴロゴロ
ゴロゴロ
ピカッ 
ババーン
って
雷が落ちた
ぼくは
怖くなって
お箸をとめた

     *

パパ卵

卵を割ると
つるりんと
中身が
器のなかに落ちた
パパが
胎児のように
丸まって眠っていた
ぼくは
お箸を使って
くるくるかき回した
パパはくるくる回った

     *

ぼく卵

卵を割ると
つるりんと 中身が
器のなかに落ちた
ぼくはちょっとくらくらした
ぼくが胎児のように
丸まって眠っていた
ぼくは
お箸を使って
くるくるかき回した
ぼくはくるくる回った
ものすごいめまいがして
目を開けると
世界がくるくる回っていた

     *

空飛ぶ卵

本日の夕方4時過ぎに
空飛ぶ卵が、京都市の三条大橋の袂に出現したということです。
目撃者の主婦 児玉玉子さん(仮名:43歳)の話によりますと
スターバックスの窓側で、持ってこられたばかりの熱いコーヒーをすすっておられると
とつぜん目の前を、卵が一個、すーっと通り過ぎていったというのです。
驚いて、外に出て、卵が向かったほうに目をやると
その卵が急上昇してヒュ−ンと飛び去っていったというお話でした。
児玉さんのほかにも、大勢の目撃者が証言されておられます。
昨日から日本各地で空飛ぶ卵が目撃されておりますが
これは何かが起こる兆しなのでしょうか。
今晩8時より当局において特別番組『空飛ぶ卵の謎』を放映いたします。
みなさま、ぜひ当局の番組をごらんくださいませ。
スペシャルゲストに
UFO研究家の矢追純一さんと卵評論家の玉木玉夫さんをお呼びいたしております。

     *

卵の日

ある日
卵が空から落ちてきた
片づけるしりから
つぎつぎと卵が落ちてきた
町じゅう
卵で
ツルンツルン

     *

卵は来るよ

卵は来るよ
どこまでも
ぼくについて来るよ
いつまでも
ころんころん
ころがって
卵は来るよ
どこまでも
ぼくについて来るよ
いつまでも
ころんころん
ころがって

     *

二つの卵

二つの卵は
とても仲良し
いつもささやきあっている
二人だけの言葉で
二人だけに聞こえる声で

     *

ナタリーの卵

って、タイトルしか考えなかったのだけれど
なんか、タイトルだけで感じちゃうってのは
根がスケベだからカピラ

     *

ナタリーの卵
ナタリーに卵
ナタリーは卵
ナタリーを卵

     *

卵にしていいですか

     *

猟奇的な卵
溺れる卵
2001年卵の旅
酒と卵の日々
だれにでも卵がある
卵の惑星
ロミオと卵
失われた卵を求めて
行くたびに卵
果てしなき卵
見果てぬ卵
非卵の世界ええっ
卵生活
卵の夜明け
卵の国のアリス
荒れ狂う卵
卵応答なし
卵の海を越えて
宇宙卵
卵の儀式
燃える卵

     *

卵頭

指先で
コツコツすると
ピキキキキ
って

     *

きみもまだまだ卵だからなあ

     *

藪をつついて卵を出す
石の上にも卵
二階から卵
鬼の目にも卵
覆水卵に戻らず
胃のなかの卵

     *


まっ
いいか

卵は卵であり卵であり卵であり卵であり……

     *

霧卵

どんなんかな

     *



この卵か
あの卵かと
思案するけれど
根本的なことを言うと
なにも
卵でなくってもいいのよ
まあね
でも
卵って
なんだかかわいらしいじゃない?

腹筋ボコボコの卵

     *

顔面神経痛の卵
不眠症の卵
よくキレル卵
ホホホと笑う卵

卵って
書くと
みんな
だんだん
卵に見えてくる

     *

お客さん
セット料金 20卵でどうですか
いやあ 20卵はきついよ
じゃあ 15卵でどうですか
よし じゃあ15卵な
ううううん

     *
コツコツと
卵の殻を破って
卵が出てきた

     *

わたしは注意の上にも注意を重ねて玄関のドアをそっと開けた
道路に卵たちはいなかった
わたしは卵が飛んできてもその攻撃をかわすことができる
卵払い傘を左手に持ち
ドアノブから右手を静かにはなして外に出た
すると、隣の家の玄関先に潜んでいた一個の卵が
びゅんっと飛んできた
わたしは
さっと左手から右手に卵払い傘を持ち替えて
それを拡げた
卵は傘の表面をすべって転がり落ちた
わたしは
もうそれ以上
卵が近所にいないことを願って歩きはじめた
こんな緊張を強いられる日がもう何ヶ月もつづいている
あの日
そうだ
あの日から卵が人間に反逆しだしたのだ
それも、わたしのせいで
京都市中央研究所で
魂を物質に与える実験をしていたのだ
一個の卵を実験材料に決定したのは
わたしだったのだ
わたしは知らなかった
そんなことをいえば
だれも知らなかったし
予想すらできなかったのだ
一個の卵に魂を与えたら
その瞬間に世界中の卵が魂を得たのだ
いっせいに世界中にあるすべての卵に魂が宿るなんてことが
いったいだれに予想などできるだろうか
といって
わたしが責任を免れるわけではない
「これで進化論が実証されたぞ。」と
同僚の学者の一人が言っていたが
そんなことよりも
世界中の卵から魂を奪うにはどうしたらいいのか
わたしが考えなければならないことは
さしあたって、このことだけなのだ

     *

きのうは
ジミーちゃんと西院の立ち飲み屋に行った
串は、だいたいのものが80円だった
二人はえび、うずら、ソーセージを頼んだ
どれも80円だった
二人で食べるのに豚の生姜焼きとトマト・スライスを注文したのだが
豚肉はぺらぺらの肉じゃなかった
まるでくじらの肉のように分厚くて固かった
味はおいしかったのだけれど
そもそものところ
しょうゆと砂糖で甘辛くすると
そうそうまずい食べ物はつくれないはずなのであって
まあ、味はよかったのだ
二人はその立ち飲み屋に行く前に
西大路五条の角にある大國屋で
紙パックの日本酒を
バス停のベンチの上に坐りながら
チョコレートをあてにして飲んでいたのであるが
西院の立ち飲み屋では
二人とも生ビールを飲んでいた
にんにくいため
というのがあって
200円だったかな
どんなものか食べたことがなかったので
店員に言ったら
店員はにんにくをひと房取り出して
ようじで、ぶすぶすと穴をあけていき
それを油の中に入れて、そのまま揚げたのである
揚がったにんにくの房の上から塩と胡椒をふりかけると
二人の目の前にそれを置いたのであった
にんにくいためというので
にんにくの薄切りを炒めたものが出てくると思っていたのだが
出てきたそれもおいしかった
やわらかくて香ばしい白くてかわいいにんにくの身が
つるんと、房から、つぎつぎと出てきて
二人の口のなかに入っていったのであった
ぼくの横にいた青年は
背は低かったが
なかなかの好青年で
ぼくの身体に自分の尻の一部をくっつけてくれていて
ときどきそれを意識してしまって
顔を覗いたのだが
知らない顔で
以前に河原町のいつも行く居酒屋さんで
オーストラリア人の26歳のカメラマンの子が
ぼくのひざに自分のひざをぐいぐいとひっつけてきたことを
思い起こさせたのだけれど
あとでジミーちゃんにそう言うと
「あほちゃう? あんな立ち飲み屋で
 いっぱい人が並んでたら
 そら、身体もひっつくがな
 そんなんずっと意識しとったんかいな
 もう、あきれるわ。」
とのことでした

そのあと二人は自転車に乗って
四条大宮の立ち飲み屋「てら」に行ったのであった
そこは以前に
マイミクの詩人の方に連れて行っていただいたところだった

どこだったかなあ

ぼくがうろうろ探してると
ジミーちゃんが
ここ違うの?
と言って、すいすいと
建物の中を入っていくと
そこが「てら」なのであった
「なんで
 ぼくよりよくわかるの?」
って訊いたら
「表に看板で
 立ち飲み
 って書いてあったからね。」
とのことだった
うかつだった
おいしいなって思った「にくすい」がなかった
豚汁を食べた
サーモンの串揚げがおいしかった
生ビール

煮抜きを頼んだら
出てきた卵が爆発した
戦場だった
ジミー中尉の肩に腕を置いて
身体を傾けていた
左の脇腹を銃弾が貫通していた
わたしは痛みに耐え切れずうめき声を上げた
ジミー中尉はわたしの身体を建物の中にまでひきずっていくと
扉を静かに閉めた
部屋が一気に暗くなった
爆音も小さくなった
窓ガラスがはじけ飛んで
卵が部屋のなかで爆発した
時間爆弾だった
場所爆弾ともいい
出来事爆弾ともいうシロモノだった
ぼくは居酒屋のテーブルに肘をついて
シンちゃんの
話に耳を傾けていた
「この喉のところを通る泡っていうのかな。
 ビールが喉を通って胃に行くときに
 喉の上に押し上げる泡
 この泡のこと、わかる?」
「わかるよ
 ゲップじゃないんだよね。
 いや、ゲップかな。 
 まあ、言い方はゲップでよかったと思うんだけど
 それが喉を通るってこと。
 それを感じるってこと。
 それって大事なんだよね。
 そういうことに目をとめて
 こころをとめておくことができる人生って
 すっごい素敵じゃない?」
立ち飲み屋で、ジミーちゃんが
鞄をぼくに預けた
トイレに行くからと言う
ぼくは隣にいる若い男の唇の上のまばらなひげに目をとめた
ぼくはエリックのひざをさわりたかった
エリックはわざとひざを押しつけてきてるんだろうか
シンちゃんがビールのお代わりを頼んだ
ジミーちゃんがトイレから戻ってきた
エリックのひざがぼくのひざに押しつけられている
卵が爆発した
ジミー中尉は
負傷したわたしを部屋のなかに残して建物の外に出て行った
わたしは頭を上げる力もなくて
顔を横に向けた
小学生時代にぼくが好きだった友だちが
ひざをまげて坐ってぼくの顔を見てた
名前を忘れてしまった
なんて名前だったんだろう
ジミーちゃんに鞄を返して
ぼくはビールのお代わりを注文した
ジミーちゃんもビールのお代わりを注文した
脇腹が痛いので
見ると
血まみれだった
ジミーちゃんの顔を見たら
それは壁だった
わたしが最後に覚えているのは
名前を忘れた友だちが
わたしの顔をじっと眺めるようにして
見つめていたことだった

     *

教室に日光が入った
きつい日差しだったから
それまで暗かった教室の一部がきらきらと輝いた
もうお昼前なんだ
そう思って校庭を見た
卵の殻に
その輪郭にそって太陽光線が乱反射してまぶしかった
コの字型の校舎の真ん中に校庭があって
その校庭のなかに
卵があった
卵のした四分の一くらいの部分が
地面の下にうずまっていて
その上に四分の三の部分が出てたんだけど
卵が校庭に現われてからは
ぼくたちは体育の授業ぜんぶ
校舎のなかの体育館でしなければならなかった
終業ベルが鳴った
帰りに吉田くんの家に寄って宿題をする約束をした
吉田くんちには
このあいだ新しい男の子がきて
吉田くんが面倒を見てたんだけど
きょうは吉田くんのお母さんが
親戚の叔母さんのところに
その子を連れて行ってるので
ぼくといっしょに宿題ができるってことだった
吉田くんちに行くときに
通り道に卵があって
ぼくたちは横向きになって
道をふさいでる卵と
建物の隙間に
身体を潜り込ませるようにして
通らなければならなかった
そのとき
吉田くんが
ぼくにチュってしたから
ぼくはとても恥ずかしかった
それ以上にとてもうれしかったのだけれど
でもいつもそうなんだ
ふたりのあいだにそれ以上のことはなくて
しかも
そんなことがあったということさえ
なかったふりをしてた
ぼくたちは道に出ると
吉田くんちに向かって急いだ

     *

桜玉子

近所のスーパーでLサイズの桜玉子が安売りしてるから
買ったら
あのアコギな桜玉子やった
ちょっと赤い色の殻のやつやねんけど
それが透明の赤いパックに入れてあって
ちょっと赤いだけのくせして
だいぶん赤いように見えるようにしてあって
アコギというよりもエレキなことしよるなあって思って
Keffさん的に言うと
えらい「赤福」やなあってことなんやけど
それとも「不二家」かな

両方違うか

それでも安いから買ってしもた
さすがに白い殻の玉子を
あの透明の赤いパックに入れて
桜玉子のフリはさせてへんけど
桜玉子にも
ふつうの透明のパックに入れてもらえる権利はあって
権利を主張することは玉子としてあたりまえのことである
こう電話でジミーちゃんに言うと
ジミーちゃんに
玉子が権利を主張せえへんのがあたりまえやけどなって言われた
ふんっ

    *

視線爆弾
視線卵
声卵
時間卵
場所卵
出来事卵
偶然卵
必然卵
筋肉卵
心臓卵

     *

きみは卵だろう

バスを待っていたら
停留所で
知らないおじさんが ぼくにそう言ってきた
ママは、知らない人と口をきいてはいけないって
いつも言ってたから、ぼくは返事をしないで
ただ、知らないおじさんの顔を見つめた
きみは卵だろう
繰り返し、知らないおじさんが
ぼくにそう言って
ぼくの手をとった
ぼくの手には卵が握らされてた
きみは卵だろう
待っていたバスがきたので
ぼくはバスに乗った
知らないおじさんはバス停から
ぼくを見つめながら
手を振っていた
塾の近くにある停留所に着くまで
ぼくは卵を手に持っていた
卵は
なかから何かが
コツコツつついてた
鶏の卵にしては
へんな色だった
肌色に茶色がまざった
そうだ
まるで惑星の写真みたいだった
木星とか土星とか水星とか
どの惑星か忘れたけど
バスが急停車した
ぼくは思わず卵をぎゅっと握ってしまった
卵の殻のしたに小さな人間の姿が現われた
つぎの停留所が、ぼくの降りなければならない停留所だった
ぼくは
殻ごと
その小人を隣の座席の上に残して立ち上がった
その小人の顔は怖くて見なかった
きみは卵だろう
知らないおじさんの低い声が耳に残っていたから
降りる前に一度けつまずいた
バスが見えなくなってしまうまで
ぼくはバスを後ろから見てた

     *

約束の地

その土地は神が約束した豊かなる土地
地面からつぎつぎと卵が湧いて現われ
白身や黄身が岩間を流れ
樹木には卵がたわわに実って落ちる
約束の地

     *

創卵記

神は鳥や獣や魚たちの卵をつくった
神は人間の卵をつくった
卵は自分だけが番(つがい)でないのに
さびしい思いがした
そこで、神は卵を眠らせて
卵の殻の一部から
もう一つの卵をつくった
卵は目をさまして隣の卵を見てこう言った
「おお、これこそ卵の殻の殻。
 白身もあれば黄身もある。
 わたしから取ったものからつくったのだから 
 そら、わたしに似てるだろうさ。」
それで、卵はみんな卵となったのである

     *

十戒

一 わたしのほかに卵があってはならない。
二 あなたの卵、卵の名をみだりに唱えてはならない。
三 卵の日を心にとどめ、これを聖なる日としなさい。
四 あなたの卵を敬いなさい。
五 卵を用いて殺してはならない。
六 卵を用いて姦淫してはならない。
七 卵を盗んではならない。
八 隣の卵に関して詮索してはならない。
九 隣の卵を欲してはならない。
十 隣の卵のすることは隣の卵にまかせなさい。

     *

モーセ役の卵が、空中に浮かんだ卵の光を
見ないように両手で顔を覆ったら
映画に見入っていた観客の卵たちも
みんな顔を両手で覆った

      *

卵は
四角くなったり
三角になったり
いろいろ姿を変えてみた

卵は
男になったり
女になったり
いろいろ姿を変えてみた

卵は
霧になったり
砂漠になったり
いろいろ姿を変えてみた

     *

卵とハム
卵とチーズ
卵とパン
卵とミルク
卵と檻
卵と梯子
卵と自転車

     *

失卵園
卵曲
老人と卵
少年と卵
白卵
怒りの卵
卵の東
二卵物語
五里卵
千里の道も卵から
急がば卵
善は卵
卵は急げ
帯に短かし、たすきに卵
五十卵百卵
泣いた卵がすぐ笑う
けっこう毛だらけ灰卵
白雪姫と七つの卵
四つの卵
ジャニーズ卵
喉元過ぎれば卵忘れる
田中さん、最近、頭からよく卵抜けへんか? 

     *

ノルウェイの卵
星の玉子様
聖卵
老玉子
源氏物卵
我輩は卵である
デカタマゴ
徒然卵
御伽玉子

     *

11個ある!

ブラッドベリだけど
萩尾望都のマンガの背表紙を見て
思いついた。
ブックオフのマンガのコーナーを見ていて
知らない作者の名前ばかりなのでびっくりしていた
で、本のコーナーに行っても
日本人のところは、ほとんどわからず
まあ、いいかな
それでも
卵らないからね。

     *

卵を使った拷問の仕方を学習する

授業で習ったのだけれど
単純な道具で
十分な痛みと屈辱を与えることができるという話だった
卵を使ったさまざまな拷問の仕方が披露された
一番印象的だったのは
身体を動けないようにして
卵を額の前にずっと置いておくというものだった
額に十分近ければ
頭が痛くなるというもので
ぼくたち生徒たちは
じっさいに授業で
友だち同士で
額に卵を近づけて実験した
たしかに
頭が痛くなった
ただ
ぼくは先生に言わなかったんだけど
べつに卵でなくても
額に指を近づけたって
額が痛くなるんだよね
まあ
そんなこと言ったら
先生に指の一本か二本
切断されていただろうけれど

     *

卵の一部が
人間の顔になる病気がはやっているそうだ
大陸のほうから
海岸線のほうに向かって
一挙に感染区域が拡がっていったそうだ
きのう
冷蔵庫を開けると
卵のケースに入れておいた卵が
みんな
人間の顔になっていた
すぐにぜんぶ捨てたけど
一個の卵を割ってしまったのだけれど
きゃっ
という、小さな叫び声を耳にした気がした
こわくて
それからほかの卵はそっとおいて捨てた

     *

卵病

顔に触れた
頬の一部が卵の殻のようになっている
指先で触れていく
円を描くように
ふくらみの中心に向かって
やはり
卵のふくらみの一部のようだ
きのうお母さんに背中を見てもらったら
左の肩甲骨の辺りにも卵の殻のようになったところがあった
右手を後ろに回して触わったら
たしかに、固くてザラザラしていた
ぼくもお父さんのように
いつか全身が卵の殻のように
固くザラザラした
そのくせ
壊れやすい皮膚になるのだろうか
その卵の殻の下の血と骨と肉は
以前のままなのに
わらのような布団の上で
ただ死ぬのを待つだけの卵となって

     *

戴卵式

12歳になったら
大人の仲間入りだ
頭に卵の殻をかぶせられる
黄身が世の歌を歌わされる
それからの一生を
卵黄さまのために生きていくのだ
ぼくも明日
12歳になる
とても不安だけど
大人といっしょに
ぼくも卵頭になる
ざらざら
まっしろの
美しい卵頭だ

     *

あなたが見つめているその卵は
あなたによって見つめられるのがはじめてではない
あなたにその卵を見つめていた記憶がないのは
それは
あなたがその卵を見つめている前と後で
まったく違う人間になったからである
川にはさまざまなものが流れる
さまざまなものがとどまり変化する
川もまた姿を変え、形を変えていく
その卵が
以前のあなたを
いまのあなたに作り変えたのである
あなたが見つめているその卵は
あなたによって見つめられるのがはじめてではない
あなたにその卵を見つめていた記憶がないだけである

     *

テーブルの上に斜めに立ててある卵があるとしよう
接着剤でとめてあるわけでもなく
テーブルが斜めになっているのでもなく
見ているひとが斜めに立っているのでもないとしたら
卵が斜めに立っている理由が見つからない
しかし、理由が見つからないといって
卵が斜めに立たない理由にはならない
なんとか理由を見つけなければならない
じっさいには目には見えないけれど
想像のなかでなら存在する卵
これなら
テーブルの上に斜めに立たせることができるだろう
接着剤もつかわずに
テーブルを斜めに傾ける必要もなく
見ている者が斜めに身体を傾ける必要もない
テーブルの上に斜めに立ててある卵がある
その卵の上で
小さな天使たちが
やっぱり斜めになって
輪になって
卵の周りを
くるくる回って飛んでいる
美しい音楽が流れ
幸せな気分になってくる

     *

存在の卵

二本の手が突き出している
その二本の手のなかには
ひとつずつ卵があって
手をひらけば
卵は落ちるはずであった
もしも手をひらいても
卵が落ちなければ
手はひらかれなかったのだし
二本の手も突き出されなかったのだし
ピサの斜塔もなかったのだ

     *

万里の長城の城壁の天辺に
卵が一つ置かれている。
卵はとがったほうを上に立てて置かれている。
卵の上に蝶がとまる。
卵は微塵も動かなかった。
しばらくして
蝶が卵の上から飛び立った。
すると
万里の長城が
ことごとく
つぎつぎと崩れ去っていった。
しかし
卵はあった場所にとどまったまま
宙に浮いたまま
微塵も動かなかった。

     *

とても小さな卵に
蝶がとまって
ひらひら翅を動かしていると
卵がくるりんと一回転した。
少女がそれを手にとって
頭につけてくるりんと一回転した。
すると地球もくるりんと一回転した。

     *

卵予報

きょうは、あさからずっとゆで卵でしたが
明日も午前中は固めのゆで卵でしょう。
午後からは半熟のゆで卵になるでしょう。
明後日は一日じゅう、スクランブルエッグでしょう。
明々後日は目玉焼きでしょう。
来週前半は調理卵がつづくと思われます。
来週の終わり頃にようやく生卵でしょう。
でも年内は、ヒヨコになる予定はありません。
では、つぎにイクラ予報です。

     *

窓の外にちらつくものがあったので
目をやった。

     *

卵の幽霊

幽霊の卵

     *

冷蔵庫の卵がなくなってたと思ってたら
いつの間にか
また1パック
まっさらの卵があった
安くなると
ついつい買ってくる癖があって
最近ぼけてきたから
いつ買ったのかもわからなくて
困ったわ


A DAY IN THE LIFE。―─だれよりも美しい花であったプイグに捧ぐ。

  田中宏輔


●森川さん●過去の出来事が自分のことのように思えない●って書かれましたが●たしかに人生ってドラマティックですよね●齢をとってもいいことはたくさんありますが●じっさいにそれがわかるのもそのうちのひとつでしょうか●ぼくは●自分の日々の暮らしを●日常を●劇のように思って見ています●いまは悲劇ですが●いつの日か喜劇として見られるようになりたいと思っています●二十年以上つづけていた数学講師を●この2月に辞めて●3月から違う仕事に就きました●こんどは私立高校の守衛所の警備員です●まだ一週間しかしていないのですが●仕事場の洗面所の鏡に映った自分の顔を見て驚きました●まるで死んだ鶏の雛の顔のようでした●小学校時代にクラスで飼っていた鶏の雛が死んだときの顔を思い出しました●鏡に映った顔を見つめていると●気持ちが悪くなって吐き気がしました●別の顔を●新しい仕事がつくったのでしょうか●両手で頬に触れると●頬の肉がなくなっていました●雲をポッケに入れて●ぶらぶらと街のなかを歩いてみたいな●こんな言葉を●過去の自分が書いていたことを知りました●自分の名前を検索すると出てきました●平凡な一行ですが●やさしい●と清水鱗造さんが書いてくださっていて●どれだけ遠いぼくなんだろう●って思いました●仕事から帰ってきて●恋人がむかし書いてくれた置き手紙を読んでいました●やさしい彼の言葉が●ぼくの目をうるうるさせました●最近は●ぼくのほうばかり●幸せにしてもらっているような気がします●あっちゃん●幸せだよ●ずっといっしょだよ●愛してるよ●こんな言葉を●ぼくはふつうに受け取っていました●ぜんぜんふつうのことじゃなかったのに●恋人の言葉に見合うだけの思いをもって恋人に接していたか●いや●接していなかった●恋人はその言葉どおりの思いをもって接してくれていたのに●そう思うと●自分が情けなくて●涙が落ちました●才能とは他人を幸福にする能力のことを言う●恋人の置き手紙のあいだに●こんな言葉が●自分の書いたメモがはさまっていました●もしかすると●才能とは自分を幸福にする能力のことを言うのかもしれません●きょうのお昼●ちひろちゃんの家に行きました●ちひろちゃんママが●いまいっしょにタバコを買いに出ています●と答えてくれたので●通りに出てみると●ちひろちゃんが●ちひろちゃんパパより先に●ぼくを見つけてくれて●おっちゃん●と言って●走り寄ってきて●抱きついてくれました●ぼくは片ひざを地面につけて●ちひろちゃんを抱きしめました●ぼくはとても幸せでした●双子の妹のなつみちゃんと●のぞみちゃんも玄関の外に出してもらって●ぼくはのぞみちゃんを抱かせてもらいました●ちひろちゃんはプラスティックの三輪車に坐って●でもまだちゃんとこげないので●ちひろちゃんパパに後ろを押されて●足をバタバタさせて遊んでいました●わずか十分か十五分の光景でしたが●ものすごく愛しく●せつないのでした●研修三日目のことです●何で嫌がらせをするのかわからないひとがいました●テーブルの上で●コーヒーカップをわざとガチャガチャと横に滑らせて●目の前までもってきて置く事務員の女性です●そんなひと●はじめて見たのですが●顔がものすごく意地悪かったです●びっくりしました●目の前にそっと置くのがふつうだと思います●ぼくが何か気に障ることをしたのなら別でしょうけれど●世のなかには●自分よりも立場の弱い者を●いじめてやろうとする人間がいるのですね●ぼくが研修中の新人なので●何をしてもいいってことなのでしょうか●ぼくは●自分より弱い立場のひとって●身体の具合の悪いひととか●たまたま何かの事情で生活に不自由しているひととか●そんなひとのことしか思いつかず●そんなひとに意地悪をする●嫌がらせをする●なんてこと考えることもできないのですけれど●そんなことをするひとはたいてい顔が不幸なのですね●幸福な顔のひとは●ひとに意地悪をしません●顔をゆがめて嫌がらせをするひとだなんて●なんてかわいそうなひとなのでしょう●哀れとしか言いようがないですね●彼女も救われるのでしょうか●神さま●彼女のようなひとこそ●お救いください●あっちゃん●少しですが食べてね●バナナ置いてくからね●これ食べてモリモリ元気になってね●あつすけがしんどいと●おれもしんどいよ●二人は一心同体だからね●愛しています●なしを●冷蔵庫に入れておいたよ●大好きだよ●お疲れさま●よもぎまんじゅうです●少しですが食べてくだされ●早く抱きしめたいおれです●いつも遅くにごめんね●ごめりんこ●お疲れさま●朝はありがとう●キスの目覚めは最高だよ●愛してるよ●きのうは楽しかったよ●いっぱいそばにいれて幸せだったよ●ゆっくりね●きょうは早めにクスリのんでね●大事なあつすけ●愛しいよ●昨日は会えなくてごめんね●さびしかったんだね●愛は届いているからね●カゼひどくならないように●ハダカにはしないからね●安心してね●笑●言葉●言葉●言葉●これらは言葉だった●でも単なる言葉じゃなかった●言葉以上の言葉だった!

文学極道

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