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凪葉 - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


オリオン

  凪葉

春には、からだ中をくるくるとまきついてくる風を抱きしめては
夜にゆられている星をみつめています
きらり きらり
オリオンを見つけると
心が静かな波のように、なって
しゅるしゅるとからだから離れていく風は
どこへ、いくのでしょう
木々が今日も
やさしく鳴いています
 
 
夏には、太陽にさよならをしている間に
ぽつり ぽつりと
ちいさくきらめく星を見つけることができます
地平が、まるで終わっていくように燃えゆく後ろで
たしかな光を、はじまりのように放っているのです
大地が消えるとたちまちに
眠りについていた星たちが目を覚まして
夜の空を見守るやわらかな眼差しで
ふわりと、灯していきます
その中に、
オリオンは居るのです
 
 
秋になると、からからと乾いた音をたてながら
はらり はらり
枯葉たちが笑いかけてくれます
褪せていく命と、褪せない命と
太陽と雨曇はみんなに
やさしいんだって
そんなあたりまえのこと
あらためて思ったりしている間に
降りてくる夜が静けさを纏いはじめて
そのうちに
星たちも囁き声になって
それを見上げるわたしもついつい声を無くして
オリオン、あなたばかりを見つめてしまうんです
 
 
吐く息が真綿のように
やわらかなかたちを彩ってゆく冬は
気まぐれな灰色の雲に
せかい中が押しつぶされてしまいそうになります
そこらじゅうで凍りはじめる空気の音が聴こえてくるくらい
鎮まる大地に
風さえも声をなくしてしまって
それでも、夜になれば
オリオンから広がっていく天界に
浅く吐き出した息がふっと消えていくのを
見送る気持ちで見つめています
きっとそれは、
この瞳が続くかぎりいつまでも
いつまでも続くのだと
オリオン、
今もこうして
あなたを見つめています
 


ゆびさき

  凪りん

あなたは、そのたおやかなゆびさきをしなやかにうごかして、せかいを、瞬く間に変えてしまうけれど、わたしは、見渡せるせかいからはいつまでもぬけだせないままで、途方もないことばかりを探してしまうから、もう、
遠いところへいくことはできないのだと、思う。 
まわりには、たいせつなことばたちがあふれているから、きっと、この海でおしまいなんだって、そう思うから、だから、ねぇ、あなたはそのゆびさきで、これからもいくつものせかいを変えていってほしい。
遠くに浮かぶ灯台の灯のようなやさしさで、いつか、いつの日か、せかいじゅうの海があたたかいものであふれかえるまで、そのゆびさきを、ふるわせながら、この海をこえてほしい。
 
 
わたしのゆびさきは、あなたのようにうつくしくはなれないけれど、あなたが、あなたがうつくしさを教えてくれたから、この剥がれた皮はじきに固まって、ゆびさきを、いまよりもぎゅっとつよく、
やわらかくしてくれて、そしたら、ほら、だいじょうぶって、あたらしく生まれてきたあたたかいものを、わたしは抱きしめることができると思う。
そのころに、
もし、あなたのやさしさがわたしの海まで流れてきたなら、その時はあなたの仕草で、
ゆびさきをていねいにうごかして、この、
あふれかえる青の中に、あなたへの手紙をそっと、
祈ろうと思うんです。
 


無題

  凪葉


もしも、溜め息の数だけ何かが失われていくとしたなら、それはきっと目の前に散らばっているお菓子の空袋なのかもしれない。
味もとくに意識することのないままただ人差し指と親指と、たまに中指を使ったりなんかして器用に口に運んでは歯を動かしているだけの、まるで機械のように、もくもくと目の前にちらつくテレビに目をいったりきたりさせている。

意味も無くおちょこでコカコーラをちびちびと飲んだりなんかしていても、部屋に散らばる衣服と、カチカチと一定を保ち続ける時計はいつだって何も話しかけてはくれない。
炬燵に入れた足がなかなか出せないままかれこれ何時間経ったのだろう。もうこのまま出られないかもしれない。
肩の重さを和らぐために肩を叩く姿のまま、ふいに立て掛けてある鏡と目があってしまいまたひとつ溢してしまった溜め息。
その中には何が含まれていたのだろうとくりかえしくりかえし考えていると時間ばかりが過ぎてしまい、ああこうして炬燵から出られないのだなと気がついて、苦笑した。

ひとつふたつみっつ、もうそろそろごみ箱が必要に、と思いながらまた別のことを考えてしまう悪い癖は相変わらず治りません。
ストーブを消して節約する気持ちだってあるのに、炬燵に入ったまま眠ってしまう癖も今のところ治りません。
眼鏡をはずしてぼやける視界のままいられたらどれだけ良いだろうか、いつか、そんなことを口ずさんだ人が、今、わたしになっています。更にぼやけていく世界に、瞳がついていけないと、嘆いている姿が、いつかの、そう、いつかの、、


目をとじて感じるせかいの温かさに爪先から覆われていきたいと思う。
雨音、混ざりあって消えていく時計の、子守唄と風のひそひそ話、炬燵の胎動が、脈々と、自動車の行き交う音に消されていく。その辺り、呼吸が届くくらいのところまできている。
溜め息の数を気にするのはもうやめないと。そろそろ、お湯を沸かして、湯たんぽに足を預けて、ひとつひとつ閉じていかないと、明日はお休みだから、そこらじゅうに染みついている何かを外に干して、パンパンってやさしく叩いて空へ送り届けるんだ、と思う。そういつだって、わたしは思うだけ。確実なことは無いから、いつだって思うことばかりを思ってしまう、悪い癖。


四月の海

  凪葉

今日は晴れ
泳ぐ魚が見えるくらい
水は透きとおっていて
四月のあたたかい太陽は
その水をきらきらと宝石にかえてしまう
これじゃ眩しすぎて
とてもじゃないけど入れないから
とりあえず、
今日のところはゆられていよう
 
 
空には、綿雲がわたわたとひろがり
奥行を描きだしている
その中を海鳥が
のんびりと、眠りながら飛んでいる
わたしは、
海鳥たちの名前を頭にうかべながら
砂浜に寝転がる
カモメ、うみねこ、
カモメ、うみねこ、
あまり間近で見たことがないからかもしれない
うまく、違いがわからなかった
 
 
風通しのよい胸が
今日に限って心地がいい
不思議と、気づかないうちに
波音が耳の中にあって
遠音のようにしんしんと
わたしのなかに響いてくる
時折波の合間を
海鳥たちの声が飛び交う
一体、なにを
話しているのだろう
 
 
空気を切る
音がきこえて
通りすぎる風、
ちいさく
砂ぼこりが舞いあがり
わたしは、慌てて起き上がる
ふいに、地平線、
どこまでも続く
青い鏡が瞳に宿る
 
 
今朝、
起きてすぐの予報を思い出す
気持ちは、
変わってはいない
明日の予報は、雨
もしその通りなら
わたしはたぶん
明日、この海になるんだ
 


  凪葉

昨日降り続いた雨は、まだ止んだばかりなのか、見上げた朝の空は、一面を巨大な黒い雲と白い雲とが点在する穏やかな空で、その僅かな隙間から、例年よりも幾分か熱い、太陽の光が降り注いでいた 
 
道の脇には、まだ耕されたばかりの畑が広がり、トラクターの跡だろうか、いくつもの窪みに溜まる水の中、ちょうど開けた空の青が、真新しく吹く風にゆられている
沸き上がる土の、どこか懐かしい匂い、街を城壁の如く囲み連なる山々には、雨上がりのせいか霧はなく、若葉の混じるその姿の上を、鳶が一羽、ぐるぐると気持ち良さそうに旋回を続けながら、高くたかく上昇していくのが見えた
 
 
行く道には、たくさんの花がばら蒔かれたように咲いていた
植えられたばかりの小さな桜の、淡い桃色や、畑と向き合うように流れる水路に咲く、名も知らない花の純白
まるで花束のように、一点に集中して咲く馴染み深いたんぽぽの、眩しい黄色と、
空を宿した瑠璃唐草の、澄んだ青色、はじめて名前を覚えたのだと、妻が微笑みながら言ったのを思い出し、しゃがんで、そのひとひらに触れた時、ふわり、と、あたたかい風が花をゆらして、いくつもの花びらの上から、雨の滴を落としていった
 
 
くねくねと続く道の先の、一番大きな曲がり角を越えると、またひとつ大きな畑が広がっていた
その畑の向こう側に植えられているりんごの木々には、黄緑色の若芽と、赤い色の小さな蕾が生え、その近くには、梨の木が白い花を咲かせている
畑の隣には別の畑が広がり、その隣にまた別の畑が広がる、その連なりの合間を縫うように、古い家が崩れそうな具合で建っていた
 
 
見上げると、さっきまで空に点在していた巨大な雲の群れは、薄く伸ばされ、消えてしまいそうなくらい透明になって、後ろに在る空の青が微かに透けて見えていた
ふいに、砂利を踏む音と共に、前方の畑に乗りかかるようにして停車してあった軽トラックが動きはじめ、私の進む先へと、ガタガタといびつな音を鳴らしながら走り去っていった
その姿をぼんやりと見送った後、ふと視線に見える山の麓辺り、目の前にある木の間から、光の曲線の一部がうっすらと見え、
よく見ようと少し場所を移動してみると、それはやはり虹で、山の麓から隣の山の頂き辺りまで、橋のようにかかっていた
 
 
軽トラックが消えた畑の中には、よくみると年輩の女性が、腰を屈めて農作業をしている
時折吹く爽やかな風に体を持ち上げるわけでもなく、ただひたすらと作業を続けている
虹、虹には気づいていないのだろうか、そう思いながら、さっきよりもやや歩調を落としつつ歩きはじめた
女性の横を通り過ぎた直後、ひとしきり強い風が吹いて、春のやわらかな匂いが轍となってやってきた
虹はまだはっきりと山から山へとかかっていて、しばらくそこで立ち止まり眺めていたら、急に、たまらなくなって、その場で振り返り、女性にむかって、薄い光が射す虹のかかる辺りの空を指差して、虹が出ていますよ、と叫んだ
すると顔を上げて、虹に気がついた女性は、すぐにこちらに振り返り、ありがとうと、手を上げて、帽子の下、しわくちゃの顔でにっこりと微笑んだ


無題

  凪葉

わたしの中に、あると思っていた、永遠や、愛や、そういうものすべて、混ぜ合わせて包んだような、ひかりとか、抱きしめていた、朝、からだの奥深く芯から、じわりと滲みだした黒いなにかが、
指の先や、鼻の先、とにかく、先という先へ向かっていくのを感じて、
どうにかしないといけないのもわかっていたのに、どうすることもできないままで、
ただ、立ち尽くしたまま、
 
 
 
ここに居てはいけない、
そんな気がして、また振り払って、くりかえしを、くりかえして、
頭上を見ることができなかった、いつもみたいに、空を仰ぐことができなかった
不思議と首が上がらない
このまま、脱力する前に、と、耳元にはめていたイヤホンを強く押しこんで、いつもより音量を何倍にも上げて、なんとかして、思考をねじ曲げたかった
愛すること、そのことに、溺れそうになりながらも、胸を張る
爽やかに吹きぬけていく風にさえ、倒れたくもなる
 
 
 
鳥の鳴き声、雲が描く風の姿、草木のさざめく音の群れ、
生憎のくもり空が心にしみた
求めることが失うことなら、と、なんど思っただろう、あれからずっと、見つめ続けている長い時間
何気ない野花が愛しく思えて、触れようと伸ばした手の、ささくれた指先に、わたしの海に落ちていくわたしが加速していくのを、必死になって、固めるように、つよく押し止めてから、また、歩きはじめて
 
 
 
怖いのは、崩れる前に壊れてしまうこと、からだの中から破けてしまうこと、何も感じなくなるなんて、そんなこと、無いと思って、いたのに、悲しいうたばかりうたうようになって、悲しいうたしかうたえなくなって、手の届くせかいから遠ざかってしまって、それから、それから、わたしはどこへいくのだろう
 
 
 
あの朝も、いつもと同じ眩しい朝で、きっと、これからも続いていく朝で、それでも、ひとつずつ何かを失っていって、そうして、何かが生まれて、いつの日かわたしがわたしで無くなる時がくるのだろうか、と、張りつめていたものを緩めて、解して、このまま、
わたしがわたしで在れたなら、と 
 
 


小夜

  雨宮

 
 
ほどけない気持ちが
見えないところで絡まって
ゆるゆると溶けていく途中の
深い眠りを求める夜には
出来るかぎりのやさしい仕草で
こぼれないように
そっと、星を手にとる
 
 
願いごとは
聞き飽きましたかと
吐く息のように呟いて
きらりきらりと
遥か遠く
届かない距離を
感じさせない瞬きは
誰のものでもないけれど、
たぶんこれからも
願いごとは
積もり続けてしまうから
せめてわたしだけでも
この夜に
さようならを届けます
 
 
意味もなく、
辞書を開いてみれば
今日の夜は、星月夜
月のない
星たちだけの長い夜
しゅるしゅると
風が肌をすりぬけて
眠らない?
眠れない、
ほどけない気持ちと
星の瞬き、
そのふたつが
音のない音を響かせて
静かすぎる夜の空に
混ざり合って
混ざり合って重なって
 
 
深い眠りは
もう、すぐそこですか、
手の届きそうなほど近くに
見えそうで、
見えない
身体だけがほどけていくような
感覚だけを置き去りにして
更けていく夜の暗闇に
包み込まれて
またひとつ
瞬いている星を
手にとって、
 
 


思い事

  雨宮


風が
流れて
流されて 
肌に、
指先に、
包み込むしぐさで
くるり、と
やさしく触れて
そうして
そのまま
遠い南の
どこまでも青い
空を呑み込んだ海のある
遠い南の
やわらかな砂の上に
ふわり、ふわり
降り立ちたいと、
たとえ
形を無くして
砂の一粒に
消えたとしても
降り立ちたいと、
そう、
願う心ごと
風は、
するりすり抜けて
遠いところへと
流れてしまうから
思い事
ひとつ、ふたつ
抱きしめたまま
わたしは、
人よりも
ほんの少しだけ
小さな歩幅で
過ぎ去っていく季節の
か細い声に
寄り添いながら
灰色の
まあるい空がまたひとつ
せかいの器に
重なっていくのを
手を振って
見送っている
 


地平線

  雨宮

 
 
小さい頃、海の向こうには恐竜がいるものだと思っていたのだと、
夕色にぼやけた海の方を向いたまま、こっそりと打ち明けた。
隣に座る妻は小さく笑いしばらく黙った後、もしかしたら今もいるかもよと、
本気なのか冗談なのかわからない口調で言った。
海の彼方のどこかに?
そう。海の彼方のどこかに、
わたしたちの知らないどこかにいるかもしれないよ。
恐竜が?
うん、恐竜さんが。
 
 
海の方からは絶えず、波音だけが確かなものとして、胸元に生まれては消え、生まれてはまた、消えていく。
それを飽きもせず眺めている僕と妻と、数羽の海鳥。
どこか遠くへ行きたいと言い出したのは妻で、海へ行こうと行ったのは僕だった。
なにをするわけでもなく、ただ、海を眺める。
僅かに交わした言葉は、気づかないうちに波音になって、ぼくたちはすぐに言葉を見失う、生まれては消えていく、そのくりかえし。
車で片道三時間の小さな逃避行は、もうすぐおしまい。
果てのない遠くへと続く海の青の先に消えていく太陽は、とろとろになって、下の方から融けていく。
海、半熟卵みたいだね。
妻が呟く。
僕はそれには答えず、海鳥が帰路についた辺りから思いを巡らせていた、太陽の生まれてくる場所について妻に聞いてみた。
すると妻は迷いなく、白く小さな人差し指を真っすぐに海の方に伸ばした。
もしかして海から?
ううん、地平線から。
太陽は地平線から生まれて、地平線に帰るの。
 
 
夕陽に染まる妻の眼差しは、橙色にゆれる地平線の遥か、だれも知らないどこか遠くを見つめているような、そんな気がした。
不意に不安を覚え、頬に触れ名前を呼んでみる。
こちらを向く丸く小さな瞳、少しだけ口角の上がったやわらかな表情。
なんでもないと頭を撫で、もうほとんど融けてしまっている太陽に目を戻した。
 
 
地平線から生まれてくる太陽、海と融解し生まれ、そして再び、海と融解しきえていく。
妻の見つめる先と、僕の見つめる先は繋がっているのだろうか、そんなとりとめのないことばかりが頭をよぎる。
海鳥たちが消えていった遥か、その先にいるであろう、恐竜、
妻は、何を、
思っているのだろう。
風が強くなってきたせいかさっきよりも寒く感じる。妻も膝を胸に抱きしめ寒そうにしている。肩に上着をかけてやると、ありがとうと、小さく笑った。
帰ろうか、
うん、もうちょっと、もうちょっとだけ。
太陽が地平線に帰るまで?
うん、うんそう。太陽が帰るまで。
だからもうちょっと、と、そう言った妻の瞳は既に、地平線の先遥か彼方をみつめている気がした。
僕は妻の肩をそっと抱き寄せて、喉元まできていた言葉の向かう先を決められないまま、妻の見つめている先、地平線に帰っていく太陽に思いを重ねた。
 
 

文学極道

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