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前田ふむふむ - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全21作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


階段

  前田ふむふむ


午前八時
古い雑居ビルの
階段にすわりながら順番を待つ
わたしは九番目だったが
一番目は朝六時ごろに着いたそうだ
エアコンがないので
階段はじわっと湿っていて蒸し暑かった
粘り気のある汗が噴き出てきて
全身を虫のように這っていく

片方の側の壁には
成人病の予防広告が
いくつか貼りついている
いつ貼ったのだろうか
黄ばんで汚れている
そのいくつかは
だらしなく剥がれかかっている

わずかに一つある蛍光灯は
不規則に点滅しているが
いつの間にか切れている

遠くで
船の汽笛が聞こえる
海が近いのかもしれない

一列に並んでいるものは
誰も話そうとしなかったが
ひとりが携帯電話を掛けるために場所を立つと
いっせいに喋りだした
簡単な会話が終わると 
約束事のようにピタリと止まった
後から来た人は黙って
順番に階段の上のほうにすわって並んだ

小さな窓からひかりは入っていたが
電気が切れたせいで
階段は暗かった
他の人の顔もよく見えない
踊り場にある
非常用の火災報知機のランプだけが
異様に赤い

来た時から気になっていたのだが
それは階段の上の方というわけではない
なんとなく
上の方で ざわざわとした 
聞こえるか聞こえないかのような つぶやいているような声の
気配がする
不思議と誰も気づいてないようだが
何者かに見られているようなのだ

そうかと思えば
わたしより先に来た
階段の下の方では 
苦しそうなうめき声が聞こえる
それが動物のように聞こえるのだ
少し怖くなって膝を抱えた

電車が近くを 轟音を立てて通り過ぎる
それが合図のように
少しずつ雨が降ってきた
窓を打つ雨音とともに
まるで夜のように暗くなった

わたしたちが黙りきって
どれくらいなるだろう
一階の入口の柵をどけている音がする
そろそろ時間なのだ
彼らは
エレベーターで五階まで昇り
着替えてから
一列になってぞろぞろと階段を降りてくる
その白い服装をした医師や看護師たちは
丁度 一団でいると
能面を掛けたように
無表情な同じ顔をしているようにみえる
わたしは 今まで見分けがついたことがなかった
やはりわたしは病気なのだ

すれ違いざま
能面の顔をした一人が何かを囁いている




おばあちゃんだよ
おじいちゃんだよ
おまえのお父さんだよ

わたしは少し告別式の時間に遅れてきた 
涙を流して かなしい顔をしていた父さんは 今頃まで何を
していたのだ 早く席に着きなさいという わたしは香典袋
に名前を書こうとすると 父さんは自分の名前を書いてはだ
めだと 涙を流したこわい顔をしていう どうしてだめなの
 自分の名前でなければ わたしの気持ちはどうなるの 父
さんは筆を取ると強引に 全く知らない人の名前を 書いて
これを出せという どうしてこれじゃ わたしが香典を出し
たことに ならないじゃないの わたしには香典を出す資格
がないの わたしは悲しくなって祭壇の方にすすんだ でも
 いったい誰の葬儀なのだろう そうだ 父さんはもう十年
前に死んでいるのだ 母さんと妹たちが見当たらない どこ
にいるのだろう 親族の席には見慣れた人たちが座っていた
 よく見ると みんなすでに死んだ人たちだ 
暗い表情のなかに 悲しみを浮かべてみんな泣いている 恐
る恐る 祭壇の遺影をみると わたしと母さんと妹たちの写
真だった これはどういうことなの 何のまねなの いった
い ここはどこなの 耳を劈くような読経が始まり 親族を
始めとする弔問のひとたちは 祭壇の写真をいっせいに見て
いる そして狼狽しているわたしを見ている 写真のなかに
閉じ込められているわたしを 家族と一緒に閉じ込められて
いるわたしを見ているのだ 助けてとわたしは小声で呟いた
小声で何度も にわかにこのモノクロームの葬儀に耐えら
れずに 嘔吐しそうになった

ガラガラと
二階の
重い鉄の扉をあける音が聞こえて驚いた
わたしは眠りかけていたのかもしれない

わたしはこの音を聞くために
今まで屈んだ姿勢で待っていたのだ

ありふれた名の付いたクリニックと書いてある
扉をくぐると
あかるいひかりを帯びた
受付で
九番目の番号札をもらった


友を送る四つの詩

  前田ふむふむ

新生

  
          
わずかにからだがゆれている
冷気さえ眠る夜に
自分がふれた蛍光灯のスイッチの紐が
ゆれているのを見て
からだがむしょうにふるえてくる
ずいぶんと経たが
もうなおらない気がする

テレビでは
蜃気楼に映るような
痩せた牛が足を引きずりながら
道路を横切っている
廃屋の庭にはセイタカアワダチソウが
群生している
それは
うまれたばかりの空だ
その汚れない青さには
きっと
これから名前がつけられるのだろう

あれは何時だったか
みずのにおいを消し去った
なにもない瓦礫の野で
ひとりの男がなにかを探している
その寂しいすがたに
わたしは 明治四十三年
若かった民俗学者が
少年のような眼を
輝かせて
さがし紡いだ
若い女の幽霊に栞をはさんだ

曲がった家族アルバム
透明なランドセル
光りを無くしたモネの偽絵画
卓上時計のなかに咲いたみずの花

そして
残ったみんなで大きな柵をつくり
動けなくなった人を
木箱のなかにならべてから
純白の布で 身体を覆った

純白の布の
いさぎよい色は
きっと
このときのためにあるのだろう

おぼえている
昔 父の葬儀のとき
抱えた白い骨壺はとても冷たかった
あの純白は
これから歩いていくものだけが
もてるのだ

アオサギが泣き
わたしの足が西にかたむくころ
低い稜線が
すこしずつ
海に没している


葬送

       

夕日からきこえる声
噛み砕けば
冷たい雪が
ひとつひとつ積もるだろう
棺の
かわいた脈動に
耳をあてれば
その意志を
残された友の祈りが
束ねている

あなたの
やわらかい眼光が
砂のように
西方の地平に沈んでいる
腕でみがき
足で踏み固めた
その汗に
あなたの父母は
よわい
姿勢をかたむける

刻まれた傷跡は
むきだしの
教訓なのか
あかるいときのなかで
昇華される
そのひかりの粒が
芽になり
若い
大地に塗されていく

美しい
ひとりが
充たされた棺に手を添える
かつて
心臓が高鳴り
のぼりつめた肩に
引き潮の花を捧げよう
饒舌な
しずかさが
その亡骸を
みずのような太陽の
帆先へ
さしだしている

紡がれた大地の
紡がれた土の
紡がれた草の
その草の名前を
その草の出自を
   輝かせながら



追悼のうた

           

ことばのない土を
ことばのない空を
断崖が しずかに線を引く

その聳え立つもの
佇むわたしの踝は  
夕凪を握りしめている
その夏の 無効をうきあげる
屈折を
ひかりの遍歴を
灰色の意識でみたす
    対話を

きみたちの
もう見えない眼は 言葉の屍を
洪水のように流して
そうして 
あらわした柵を
限りなき内部へ
   沈めようとして

ならば
答えよう
杭をうたれた雨を
掬って 
冷酷な底辺に
暗くおびを敷き
その否定された内部の
血潮を

高く
敬意をこめて
さらに高く
きみたちの
旗として掲げよう




慰霊のうた





(ぼそぼそと誰かが呟いている)


















 (
 (


冬の朗読

  前田ふむふむ


  
           
いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
わたしは ありったけの厚着で防寒をしているような気がする
でも
なぜ 耐えているのだろう
なぜ 暖房で温めようとしないのだろう
視界には
よわい光の蛍光灯だけが眼に入ってくる
漆黒の夜にいるようだ
少し身体が振動しているらしい
その揺れは
わたしを癒したが
いつまでもその感覚に浸っていると
段々と不安になってくる
その揺れに耐えられなくなり
止まってほしいと思うと
その揺れは徐々に小さくなり
やがて止まった


お客さま この昇りT駅行の電車は 車両故障を起こしたので 目的地にいく
ことができません この駅で降りてください たどたどしい車内放送があり
わたしは 無理やり電車を降ろされる ホームはちょうど中央の所に 灯りが
ひとつ点いているだけだ あれ 降りたのは わたしだけじゃないか しかし
 こんな田舎でどうしたものか 誰もいない寂しい場所だ とても寒いし 何
だろう この薬臭いにおいは しばらくすると 電車が来た でも 下りの電
車だ 駅員が詩を朗読している もう随分と待っているが T駅行は来ない 
来るのは 決まって下りの電車ばかりだ そして 駅員は決まって詩を朗読す
る 紙のような駅員に尋ねた T駅行はどうして来ないのですか 駅員は悲し
そうな顔をしていた 落ち着いてください あなたが言う 今度のT駅行の電
車に乗るのが辛ければ このまま この駅にしばらく居ましょう わたしは急
いでいるんだ T駅行に乗らなければ 仲間も待っているし 父さんも待って
いる すると霧が濃くなってきて 胸がとても苦しくなる 消しゴムのような
駅員が わたしの耳元で呟く あなたのいうT駅行は 絶対に来ません それ
は とても良いことで 安心しましたが あなたが下りという電車も しばら
くは来ないでしょう あなたの様子をみてよく分ります 実は 下りに見えた
のは 上りのT駅行だったのです とても寂しそうな電車だったでしょう い
や 楽しそうに見えたのかもしれない 行かせてやりなさい でも あなたの
いる場所は ここでなければなりません 鉛筆のような駅員は そう呟いた 
気が付かなかったが ぼんやりとした暗がりで 老いた母が 静かにわたしの
横に座っていた わたしはその軟らかいベンチに用意されていた苦い薬を飲ん
だ 鳥が羽ばたく音がする すっかり冷たくなりかけた身体が 温かく鼓動を
打ち始めた とても静かに
明け方だっただろうか 全速力で一本の電車が通り過ぎた わたしは 高鳴る
気持ちを抑えきれずに 書き終えた詩を朗読した そして次の日も 詩を朗読
した 電車が来ない日もあったが睡眠薬が効きすぎて 一日中眠っていたから
だ でも 起きているときは 一日も欠かさず わたしは詩を朗読した T駅
行の電車のために わたしは 何度も詩を朗読した T駅行の電車が レール
の音を立てながら 今日も走ってきた とても厳粛な空気の匂いがしている
朝のひかりが眼を射ぬいて 午前七時を指していた 老いた母が忙しなく 朝
の食事の支度をしている わたしは その日 暗くなるまで T駅行の電車の
ために 何度も 何度も詩を朗読した


いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
そのたびに
わたしは人目を憚らずに 泣いた
通行人は怪訝そうな眼で
かかわるまいと 
わたしを見ていた


三月の手紙

  前田ふむふむ



白く鮮やかに咲きほこる
一本のモクレンの木の孤独を わたしは
知ろうとしたことがあるだろうか
たとえば 塞がれた左耳のなかを
夥しいいのちが通り抜ける
鎮まりゆく潜在の原野が かたちを震わせて
意識は 漆黒の海原の深淵をかさねながら
ひかりを見ることがなく
失われていった限りなく透明な流れを
いつも一方の右耳では 強靭な視力で見ている
そのように引かれている線のうえで
萌えだしている夜明けを
風雨に打たれて 力なくかたむいて立つ
案山子のような生い立ちの孤独として
意識したことがあるだろうか

恋人よ
わたしが手紙のなかで描いた円のうちがわで
あなたが死の美しさに触れられたら
わたしに囁いてほしい
ときが曲線を風化させる前に

空に有刺鉄線が張られて
その格子のすきまに止まった
泣き叫ぶ白鳥の群を 美しいといった

恋人よ
あの着飾った日記帳のながい欠落した日付が
ほんとうは 満ちたりた日々で埋めてあると
うすく視線を やせた灌木の包まる
感傷的な窓にやった

恋人よ
寒々とした白昼のカレンダーのなかで
熱くたぎる乳房の抱擁を
わたしの白く震える呼吸に沈めてほしい

盲目の荒野を歩く朝の冒頭を
生まれない匂いが 草の背丈まで伸びて
見渡せば 死のかたちが視線にそって 描かれる
次々と波打つように
わたしは 大きく声を
茫々とした見える死者にむければ
小さな胸の裂け目から
仄かに 流れるみずが
わたしの醒めたからだの襞を走る
ああ 生きているのだ
詩の言葉の狭間を

わたしは 充足した世界を 埋めつくしている両手を
空白のそとに捨てて
ふたたび 見えない風に吹かれる

夕陽の翼から 零れるほどの
先達が見つめた

恋人よ
赤く沈む空に 昂揚した頬をあげて
梟は 今日も飛び立ったのだろうか


静かな氾濫をこえて―四つの断章

  前田ふむふむ



     1

逆光の眼に飛んでくる鳥を
白い壁のなかに閉じ込めて
朝食は きょうも新しい家族を創造した

晴れた日は 穏やかな口元をしているので
なみなみと注がれた貯水池を
空一杯に広げている

流れる眼差しを追いかけて
わたしは カレンダーに横たわる遊歩道を歩く
見慣れた紫陽花のうえで
ひとりの女性の生い立ちを絞殺しながら
やさしい言葉は 空を飛ぶこともあるのだと
独り言を飲みこんで
その香りあがる手土産を 母に自慢げに話した
少しやつれた母は わたしのために 一人の青年を
碧い海に旅出させた 美しい船の話をしたが
このひかりを聴いたのは 何度目だろう
母は子供のように笑っている

眩しい食卓 五つの白い曲線の声
              溢れて

遠い記憶の片隅から 搾り出した破片
その草々のなかで 溺れている影を
抱きしめると
空白の砂丘を埋めて 驟雨に霞む橋梁が動く


見上げれば 鳥は見えない

灌木の春が裂けて
汗ばんだ夕暮れ
誰もいない部屋の静物が 起き上がると
退屈だったひかりは 度々 そつなく計算をして
わたしの置き場を支えるのだ

      2

雨に濡れた寒々とした少女が
絵本のような眼で わたしを見ている
傘では 精神病棟の原色の色紙を
切り分けることができないのだろうか
後姿が わたしの神話のなかに溶けてゆく

仄暗い夢のなかの
古いピアノの置かれた部屋で
透きとおる唇が 翔ることがある
水底の澄んだ落ち着きを
少女は あの音階の上にだけはみせる
人形のように 瞬きもしない わたしの眼のなかで
少女が 手紙を書いている
夥しい追伸の記憶
そんなとき 遠い日の彼岸花が いま
燃えるように咲いている

      3

思い出したことがある
眼が眩むデザインのイルカが 空を飛んでいる
それに 目線を合せず 眺めることが
臆病者と陰口をたたかれる時代があった
熱狂は コンピューターゲームのように
多様な遊び方の説明書が付いている
「ゲームにより 操作方法が異なります」
象が墓場を目指す歩みをなぞって
あるいは 胸のなかで気取ったポーズをして
わたしは 孤独な書架にもぐり
うすい色の心臓の鼓動を聞いていたが
深い海を泳いでいる魚のように
顔は 黒い円を掬ぼうとしていたと思う

そこで 手に付いた取れない血を 洗っている君も
そうだっただろう
あの夕立の頃は
血を探すのに 懸命だった
わたしも 君も 街角にこまめに足跡を付けている
犬も 猫も からすも

      4

月が 聡明なひかりを向けているときは
到着駅の ひとつ手前の駅で
死者の笑い声を聞いて
ともに笑いながら オフ会をしよう
死者の家の間取りには 砂の数ほどの席がある
あの なつかしい歌声も
歪なざわめきも
   みんな わたしの空だ


包まれる夏の風景

  前田ふむふむ

      

暑い夏だと 手がひとりでに動く
発せられなかった声も 潮風の涙腺にとけて

装飾のための深い窪みまで
透き間なく枯れている 古い桐箱に眠るフィルムを
年代物の映写機に備え付ける
暗室の煙たさは
カラカラと音を上げる回転のなかで
父のようななつかしさを
引きだして

わたしは 昼と夜とを
見慣れた岬の断崖の端から 前に進んだ
海風が背中を押しているので
波のようにフィルムの濁流を歩けている

カウントされる数字の後に
黄砂のような皮膜が 一面塗されて
ところどころ欠落した 白い燃えつきた時間のなかから
「カルフォルニアの鉱山の街」と書かれた
寂れた片田舎の西部風の木造家屋の行列がつづく
疲れている街路灯は 崩れるように破損しており
そこに 二羽のハトがとまっている
ふくよかな肉体をクローズアップされる
二羽のハト
こうして 銃弾の物語は 日常の枕元で
やわらかく誕生した

無造作な空白が並び
やや 時間を置いて

音の無いざわめきとともに
かすれて見える 男たちの汗まみれの服に
突き刺してある饒舌な銃口
死者の数だけ 鈍くひかっている
その男たちに寄り添いながら
地味な模様の着物を着た日本髪の娼婦が
星条旗と日章旗をもって 酒場に手をひく
その遥か上流から 一台の幌馬車が
明るい色らしき帽子を被った
若い女を乗せて 坂を流れるように降りてくる
悪路をゆれている眼は えいえんに開いたまま
いつまでも 白い闇を見ている
部厚く積み上げた
黄砂も 波のように あとにつづく
1925年9月11日、撮影の付記が
おぼろげに見える

・・・・・・・・・

夏を浴びた灯台のある岬で
わたしは、立てかけたカンパスに
遠い水平線までの わたしの心象をてらした
蝋燭のようなおちついた海を描いている
やがて 燃える日差しが
光度を増してくると
仕上げのために用意した 鋭利な赤色が
海の波のカーブを覆っていく
わたしが 一面を赤く塗りつぶそうとすると
あなたが 強く筆を取る手を握って
泣いて制するのだ
動かなくなった赤い筆をもつ手を眺めながら
今日も あわい織物のような一日が終わっていく

無防備な海鳥が 傍らで 翼をやすめる
一羽 また一羽と

赤く染まった手を洗いながら
       わたしは 海鳥と いっしょに
夕陽に染まる 過去となった水平線を包んで
   その彩りを 翼のなかに仕舞いこむ

古いフイルムも 黄砂も カンパスも
      翼のなかにいる


三つのユーモラスな詩   患者M.Tの症例

  前田ふむふむ

ムーンライト  症例 1      

懸命に 笑いをこらえたが もちろん 尋常なこらえかたではなくて そのた
めに 僕が この世の不幸をすべて背負ったような物語を リアルに想像して
いわば 笑わないという目的のために あらゆる想像力を動員して耐えたので
あるが やがて そうしていることが 僕だけでないように思われてきた 水
滴が聞えるような静けさが教室をおおっているし よく見ると 誰もが辛そう
な顔をしている いや 笑いじょうごの高橋君にいたっては 眼を瞑って 口
を震わせながらへの字にしている その格好は たしかに普通なことではない
し もっと奇怪なことは 清楚できれい好きな川村先生がこの異常事態に う
っすらと高揚した笑みを浮かべながら 算数の授業を なんの乱れも見せずに
完璧に進めていることである ただ そういう狭い教室のなかでの 一見 何
事もない状況において 先生を含めて僕たちは 暗黙のうちに共通の理解でと
ても強くむすばれていた PTA会長のひとり息子で 狡猾で陰湿ないじめを
先生にも生徒にも無分別におこない 猛犬番長といわれている デブの佐藤君
が 授業中に うんちを漏らしたこと そのために 教室中に 耐えられない
悪臭が充満しているという共通意識で でも 僕にとってもっと不幸なことは
腕を組んで憮然とした様子でいるように見えたのだが 実は恥ずかしさで真っ
赤な顔をして固まってしまっている佐藤君が 隣に座っていることだ 僕は
何事もないように、平静を取り繕わなければならないし 時とともに増してく
る臭いに 眼が痛くなってくるけれど 泣くこともできなかった だから 川
村先生に訴えるように 眼で助けを求めたのだが そしらぬ顔で 微かに笑み
返してくるだけだ 川村先生も 本当は 辛いのだと思うし 僕は僕で こん
な辛いのは いやだと席を立つこともできるかも知れないけれど 身体が硬直
して まったく動かない あの凶暴な佐藤君も動けないようだし 多分 ほか
の水島君や中村さんも 僕の好きなさっちゃんも 同じように動けないのかも
しれないと思うと 僕は とても悲しくなってしまうけれど これからも い
や もっと大人になっても 僕は こんな風に我慢する事が 生きていくこと
なのかも知れないと いつまでも いつまでも 思っていたのです


ドン・キホーテ  症例 2  

とにかく 俺の人生は 長い間 無口なカナリヤが鳥篭のなかで 呟いている
ようなものであったかもしれない だから 群衆の前で 話すことは無謀の他
はない 今までどおり 呟いていればよいのに どこで間違えたのか 俺は将
来性豊かなリーダーとして 祭り上げられているのだろうか いや 誰かの気
まぐれで 何を話すか試されているのかも知れない 俺の話を聞いた人はいな
いのだから 何とはなしに興味があるのだろう こうして待っていると 掌は
べったりと脂汗をかいてくる いまにも心臓が破裂しそうに脈打ち 眩暈をお
こして倒れそうだ それに俺は血圧が高い方だから 興奮のあまり ほんとう
に倒れるかもしれない そんなことを考えると 家族の悲しい顔が浮び 俺が
ひどい親不孝者であることを 改めて知り合いに 深く印象づけることになる
だろう そんなことより おやじやおふくろは 泣き崩れるだろうし 妹たち
は この時とばかり みんな自閉症になってしまうかもしれない それと こ
の口内が痛むほどの異様な喉の渇きは何だろう こういう経験は稀にはない 
あの大昔の特攻隊員帰還者が 体当たりする時に こんな渇きがおきると言っ
ているのを どこかで読んだことがある ここは 戦場かも知れないし 紛れ
もなく 俺にとつては これから起こる事は戦いだ 俺は きのう徹夜をして
下書きをつくり 丸暗記する勢いで 特訓したけれど これで大丈夫だと心の
どこかで 安心しているところがある でも これから何も見ずに話をするこ
とができるだろうか 俺は 人前にでると何を話してよいか あたふたしてし
まい かならず 頭のなかが真っ白になるのだけれど そう思いながら もう
真っ白になっている 動揺は隠せないくらい すでに手足は震えている ここ
で倒れたら どんなに楽だろう 命に関わる病気だと思って みんなが同情し
てくれるだろうか そう思いながら 俺は 心を落ち着かせようと二 三回 
そっと深呼吸をした ああ もうすぐだ だれかが 俺を指差している 群衆
がいっせいに俺を見ている もう引き返せない 俺は 瞑目してから 搾り出
した少ない唾液を 一回だけ飲み込んだ そして 鏡のまえのひとりの群衆に
むかって 間違いだらけの過去を 捨て去るために 立ち上がったのだ



二番地の内田さん  症例 3  

白いあごひげをはやして 美味しそうに キリマンジェロを飲む 二番地の内
田さんと呼ばれている この老人は 若い人と話をすることが 何よりも好き
だ よく 真面目な顔を丸くして 恋愛談義をする気さくな人だ でも 私に
対しては どういう訳か 眼をそらそうとする そして 必ず 空(くう)を
みるような遠い眼をする とても 嫌悪に充ちた 氷が浮んでいる寂しい眼だ
 私は、みんなと同じように 気に入られたいと 必死に眼を合わそうとする
と 怪訝に 顔をそらす でも いつとはなしに 決まって誰もいないとき 
ひどく暗い部屋の隅で 心臓を患い 禁煙のはずが 秘密の場所から こっそ
りピースを出してきて 美味しそうに タバコを吸い込むと 遠い眼をする 
そして 搾り出すように インパール戦線の飢えのなかで 人の肉を頬張った
こと 絶望的な仲間たちの無力な戦いの話を 始める やがて 復員してから
 恐ろしい空白を埋めることができず なんども死のうとしたこと だから 
手首には無数のリストカットの跡があると 内田さんは 重くなった口を放り
出しながら 私に近づいてきて 必ず 血の痛みをふたりで覆うのだ でも 
最後には、「昔のことだよ」と ため息にちかい言葉を吐いて 遠い眼は 何
度も海を渡る 私は その眼を しっかりと見つめて 決して離さなかった 
内田さんは お守り代わりに持っている ニトログリセリンをちらつかせては
 「もう わしの時代は とっくに死にたえている」と 不整脈の胸のなかか
ら 海の底のような遠い眼をする
二番地の内田さんの葬儀は 多くの知人や親族に囲まれた幸せな葬儀であつた
私は 棺のなかに 内田さんの命を奪ったかもしれない 秘密のピースを一箱
他の人に分らないように そっと入れた 内田さんの辿る旅が 寂しくないよ
うに 見上げれば空は 晴れているのに 青く見えなかった 私は 内田さん
が 隠していた傷が 思い出されて 長い間 耐えてきた 禁煙を破り ピー
スを取り出して いかにも美味しそうなふりをして 遠い眼をした でも な
んて狭いのだろう 身動きも儘ならない もうすぐ 灰になり いままでの苦
しみも飛んでしまうだろうが もう 一週間もこの儘だ 多分 忘れられてい
るのだろう そして これからも 気に留められることはなく ひとつの記録
として 書架に埋もれていくのだろう でも 総じて見れば 少しは幸せだっ
た気がする もう この ひどく暗い部屋のなかに 敵はいないのだ 私は
数少なくなったピースに火をつけて いつものように 遠い眼をした


廃船――夜明けのとき

  前田ふむふむ

       1

十二月の凍れる月が 遅れてきた訃報に
こわばった笑顔を見せて
倣った無垢な手で ぬれた黒髪を
乾いた空に かきあげる
見えるものが 切り分けられて
伏せられた透明な検閲のむれが 支流をよこぎり
静かに 沸きあがる
   失われた汽笛に高められた過去 静止した速度
たたみ掛ける重さが
         波の上にひろがる
             水没のとき 

わたしは 仄かな夕空をかたどる
もえる指先を あなたの記憶の鎖骨のむこうに
あてがう
脈を打つ草々のような海が 蒼い眼差しの奥で
夏を踏み分ける旅人のように
紅潮する頬を 弛める
赤い波が 海のはじまりと 終わりとを
引き合い 溶かし合い
あなたの空虚な胸の剃刀を やさしく絡める
       赤い波が――
             水没のとき
 
      2

夜がとばりに鍵を掛けて 佇んでいる
湿った空気が硬質な無音を垂らして 凍る夜が戯れる
海鳥も漆黒のベールで 液状に溶けて 眠りについている
微かな呼吸が囁く季節の枕元で
もはや 行くべき場所もなく 帰り来る場所もない
打ち捨てられた去り逝く栄光が
沈黙した黒い海で 巨大なからだを崩れながら倒れた

一つの塊は 冷たく骨になった頭を 横たえる
そこでは 死は大きな口を
顔の外に開けて 微動もせず
群れをなして 林立している
かなしみも 憂いも 劇薬に切断されて
煌々とした月のひかりに 照らされて
骨は重なり合い 絡み合い 傷つけあい 潰し合い
かたちを 冷たい海の溜息に 晒された
船の墓場が広がっている
侮辱された残骸の山々
廃船は 一つずつ衣を脱ぎ捨てて
剥き出しの骨をさらしている


脱ぎ捨てられたものは
夜が沸騰の中心点を選ぶころ
遥かな広い海原に向かって 過去の美しい姿で
音を立てずに入水する
マストが空の階段の上で はためく
甲板を 蒼い月が産んだひかりのきらめきで もてなす
船の舵が溶けて それを海に葬送された者たちが
たぐり寄せる
死するものための波頭は 海の馨しい記憶の
聴こえざる歌を唄い
船の輝かしい系譜をなぞりながら
眠れる空に高々と打ち上げる
夜ごと海が行う廃船のかなしみの水葬が
鎮まりゆく喝采の戸を 海の断崖で叩いている
誰にも知られることなく ひっそりと
ときだけが敬礼する

     3

八月という
真夏を彩った鋼鉄の欠片が 閃光を発して
冬の脅える空に 鈍い金属音を砕く
     果てしなく続けられる
          終りなき 復員のとき

いつまでも 始まらない海に
   故郷で聴いた音が――
         懐かしい音が帰る 海へ

帰りたいのか
わたしの肉体が 懐かしい音をはおる
わずかなひかりが 流れる夏の海原の水脈を映して

生きたいのか
愛惜の山河の眺望が
遠い母を偲ぶ 暑いみどりの葉脈のなかをくだる
  逝った人たちよ
  わたしは 今日も おなじ夢を追想している

うすまりゆく暗闇の密度
カウントされる枯れる氷山たち――
      立ち上がる白壁のつらなり

まもなく ふたたび訪れる 複眼の夜明けだ

わたしの細い手たち
化石のような曠野を行く柩の天蓋を
           固く握り締めていこう

真夏は この地図にない航海で
水底に肩を落としたまま佇む
    糸杉が寂しくひかっている
ああ
感傷的な島々の此岸を
悠揚とした眼差しを据え
       直立して 渡っていくのだ


偽オルフェウス的な試みの二つの詩

  前田ふむふむ

境界      

それは灯台のように 
ひかりを発してゆらいでいた
そこから一本のながい縄が垂らされていて
その先端には
なにかをむすんで吊るされていた
鳩が交差をくりかえして飛んでいる
背景はやや赤く 皮膜のような靄に
覆われているせいか 暗くぼんやりとしか
見ることができない
それはわたしが意識すると遠ざかり 
意識せずにいると
ひたひたと近づいてくる

わたしは ずいぶんと長いあいだ 
いまおもえば その陰鬱な
風景をみているようなのだ
一本の縄の先端のものが 
なんであるかわからないときは 
不安であって眠りにつけないで 
夜をあかしたものだ

しかし 多くはその先端の縄のなかには 
白くてやわらかい肌に
わずかな布をおおっただけの少女が 
ぼんやりとした
ひかりに 悲しい顔をうかべて 
わたしのほうをみているのだ
わたしはいつか かならず助けなければならないと 
そのすがたを眼にきざみこんで
一日を懸命にすごした
いやだからこそ 
裸足のような気持ちで 
街にでていくことができたのだし 
森のなかでみちにまよっても寂しくはなかった
どこまでもつづく空を
青くみることができたのだ

雨が窓をいつまでも
打ちつづける夜だった
それはひかりをぼんやりとゆらしてやってきた
うめつくすほどの鳩が飛ぶそのなかから
吊るされた一本の縄の先端で
少女はうすく笑みをたたえていた
胸はあつい高揚からなのか
ほそい血管がうきでていて 
恍惚とした顔からは
すべてがみたされたような眼で 
わたしを 射抜くようにみていた

なにか黒くつめたいものが湧きあがり 
わたしはもっていたガラスのコップを握りつぶして 
こなごなにして割った
右手から血が流れおちていった
いつまで見ていたか 
おぼえていない

ぼんやりとひかりを発している場所がある
わたしは 熱病にうなされているような 
ある確信をもった眼をして 
険しい坂道を登っている
全身が汗ばんできている
ずいぶんと長い間
苦労して
暗いなかを歩いたが
眼の前には やっとあかるいひかりが
わたしの安堵した足は
軽やかになり 速度を早めて
開放のひかりに
向かった

坂を登りきると
それは 靄に覆われていて
灯台のようにひかりを
発してゆらいでいた



蒼い夜の夢想             


はじまりは いつもみる景色だ
居間のテーブルには 白い皮膜のような
汗をおびている
ビニール手袋が置かれていた
手袋はしずかに脈打ち 呼吸をはじめる
おもむろに
前にひろがる暗闇の衣服を剥ぎとると
夜は 両手を濡らして
ケモノのような
艶めかしい声をあげている

どのくらい経っただろうか
どこからか読経が聴こえてくる

一面 どんよりとした空気が 
わたしの熱を帯びた息で震えると
眼をひからせた二匹の青い犬が 暗い踊り場から
わたしの耳のなかをかけていった

わたしは 電灯のスイッチを点けた
そして 
左足の踵から階段を降りた 

読経の
その低い声が 少しずつ大きくなってくる

足裏は 硬く 冷たい(こんなにも 段差があったのか)
手すりをもつ手先が ひとりでに震えた
下は 暗く 真冬に
マンホールを覗いている猫のように心細い 
冷たさの先は 空気を捲いていて ゴーゴーと鳴り響いている
心臓の温もりが 口から零れ出すと
眼のまえの仄白い装飾ライトが 脈を打ちだし
少しずつ 昇っていく

読経は絶えることなくつづいている

やがて 両足が慣れる頃
眩暈が全身をしばってくる
狭い 一人しか通れない階段を 暗い大勢の影が
少しずつ 昇っている
なぜか懐かしい顔ばかりだ
その最後に 灰色のスーツの影が 
わたしの横を すれ違った
鋭い矢のようだが 息が聞えなかった
あれは 父さんだろうか
もう どのくらい階段を降りたのだろう
段々と 氷のような冷たさが 全身を覆っていて
足は感触がなくなってくる
用心深く 足を降ろしていくが
いつになっても降りつづけている
わたしは いったい どこに行きたいのだ

雪が降っていた
あれは
父の葬儀のときだった
母が箸で骨壺に骨をうつしている
悲しみのあまり
父の遺影は
天井を刺す錐のような泣き声を
あげていた
その姿は
少しずつ昇っていった
姉が 十三歳の多感な腿を血に染めた日 
その戸惑いを 壁にカッターで刻んだ 
消えかけた書き込みが
わたしの荒れた呼吸に合わせて 
これも 昇っていった
同じ頃だったと思う
幼いわたしは やわらかい母の傍らで 
いっしょに汗をおびて
暗闇を剥ぎとりながら
はじめて
夜をつくったとき
打ち寄せる波のように
轟音をたてて
胸のなかに大きな空洞をつくった
その暖かな感覚には
階段の途中ではあったが
広い居間があり 
明るさを落とした蛍光灯が ぼんやりと点灯している
テーブルの中央にある大きな篭には 
産声をあげたばかりの
一匹の青い子犬が 小声でないている
わたしはその犬を抱きかかえようとしたが
不意に睡魔がおそったので
思わず 数回 まばたきをすると 
わたしは 眼を覚ましたのか
ひとり 居間のテーブルに座っていた

読経の声はいつの間にか消えている

目の前には 安物の木皿のうえに
水気のない林檎が 積まれている
それが四角い卓上鏡に
死んだように映っている

階段のほうに目をやると
踊り場では わたしの後姿を
少年のわたしが見ている
少年は ひかりに満ちた階下に降りていった


赤い夏・白い夏の歌

  前田ふむふむ

      1


仄暗い廃駅の柱にある
壊れた振子時計が 正午を差していて 
低い時刻音を鳴らしつづけている
それが 終わりのない暗闇を切る 
なにかの予兆ではないかと 想像できた
眼窩のおくに
白々と 鶏も鳴かない 冷たい朝が
生まれるようとしている
窓のカーテンを開ける
孤独の置き場所を想起される 岬の灯台のように
湿った風を受けて
わたしは なぜか
茫々としたひかりに顔を埋めている

     2

しばらくすると
起伏する像の断片が 眼のなかに集約されて
やや広い 草の匂う平地があらわれる
その軟らかいみどりいろの中央には
二本の線路らしいものに 車体が頑なに固定されている
「新しきもの 普通なるもの 及び古きもののために」と
表示した一両の列車らしいものが
ひっそりと 佇んでいる
よく見ると 列車は
絶えず 歪に輪郭を変えて動いているように見える

     3

車両は「新しきもの」を想像できる前方の部位から見ると
定員を著しく超えていて
(定員が果たして何人か知るものはいないようだが)
荷物棚の上にも人が乗り 豊満な車体をもてあましていて
飽食の時代のうわずみを
獏のように食べつづけているようだ
車両は前方より冷房 後方より暖房を絶やさなく流している
忙しく動く 白衣を着た医師もいる
十分な福祉が施された車両は 中央に置かれたスピーカーが
しきりに喋っている
「夢は 望めば叶います」
「快楽は 所得に応じて世界の果まで
試みることができます」
「なつかしい国家総動員法も買うことができます
それは
 むしろ 美食に 形を変えて 売り出されています
 ニュースを賑わしている介護保険法改正法案は
みずみずしい薫りをあげていて 今が もっとも旬です」
「さあ お早めに 昇り坂を 」
車両は益々 熱を帯びて 完熟した肌を赤らめた

      4

目線をずらして 「普通なるもの」らしき部位から 覗くと
車両は 誰も乗っていない
なかには イタリアの職人が作った
庶民では
なかなか買うことが出来ない 
高価でカラフルなバックや
スイスの職人が作った時計ばかりが 置かれている
唯 場末の三人掛けの座席に
父のよれよれになったカーキ色の復員服を着た
わたしが ひとり ユビキタスな携帯電話を見つめている

わたしは 亡霊のような自分をみていると
急に眠くなったので
気分をかえるために
身の丈にあったドア(多分あるように見えるドア)から入ると
わたしは 「古きもの」の部位あたりの席に座っていた

       5

車両は 遥かに懐かしい眺望をはべらせている
走馬灯の風景とともに 途切れない時間のように
みえないところまで
座席の列がつづいていた
時間を裂いて 過去を見つめながら
かつては
精悍だった陽炎のようなひかりを抱いて
おもわず くちびるから古めかしい感傷的な「歴史認識」が
ついて出てくる
「わたしは おぼろげな一筋のひかりをめざして 唯ひたすら ひ
とりで歩きつづけた いつ辿り着くだろうか 答えは誰も教えてく
れない 暗い闇のなかを過去の夢のような物語が 笑ったり 泣い
たり 時には怒りの形相をして通り過ぎた 最初に過去の誤りが
そのままでいっせいに 一度あらわれて 絶えず修正されて 過ぎ
ていった あまりにも たくさんの出来事が 次から次へと束ねら
れた一瞬を過ごしたので わたしの人生は間違いだらけであると思
えた そのあとに来る 過去の正しさは―――何処に
一度も巡り合わなく 暗い闇が唸りをあげてどよめいた
その瞬間 わたしは後ろを振り向くと ひとりで歩いていると思っ
たが 死んだ父がすぐ後ろにいた 父は手を合わせて ひたすら経
文を唱えている その眼は虚空をみている その後ろには 死んだ
祖父 祖母がいた その後ろには 累代の先祖が後につづいて歩い
ていた みんな経文を唱えて 虚空をみている その後ろには も
う分からない人たちがつづいている そしてみな経文を唱えて そ
れは巨大な大河をつくり 絶える事無く 大きな黒点になるまでつ
づいていた わたしは先頭を歩いていることに気がついた わたし
は自覚していなかったが 疲れてふらふらしているのに 後につづ
く人たちが支えているのだ いや どちらかというと担いでいるの
に近い
わたしは 読経が鳴り響くなかを 遠くに見える一筋のひかりをめ
ざして 先頭を歩いている」

世界は公転しているのか


       6

この車両のなかは いつも暑い
しきりに湧き出る汗に 首筋から溶けていく液状の夏が
わたしの薄紙のような肉体を浸している
古いスピーカーから流れるような
音楽が聴こえる
このときだけは 安らいでいるように感じる
 (自我が昏睡している夜に 沸点で抑えられている高揚
 (波状を映した野ざらしの砂に みずを突き刺すポリフォニー
 (焦燥と恍惚とを空に撒いて かすかな燐光に温まる
              仄白い着地

あんなに新しかった
ビートルズは
車両の半分を占めているシルバーシートを
独占しているが
若者が不満を言うと
ひとり またひとりと
立っていく
「ペニーレイン」が
意識の底辺を軽く蹴っているのか 
わたしの背中に隆起した山のむこうでは
四人が
わずかに跳躍を試みている

     7
        
父が 長く傍らで 育ってきた楡の木に
囲まれた家で わたしは、三つの顔をもつ 
新しい車両らしきものを作っている

季節の無節操なゆらぎのなかで
炭酸水を飲んでいると
 無数の泡のほころぶ夏のなかを通る 
軽快に侵食する夏の声
 ストローが わたしの顔から伸びて 真率に立っている
夏のなかの透明な夏
そのなかを
幽霊のように 次々と
カーキ色の服を着ている人々が通る

     8

車両のような
病棟の壁は 建物を蝕む蔦に覆われているからか
凛々しい八月の空が 眩しい
痛むのだろうか――

水路沿いにある病院を
服薬をもらって出た
六番目だった
先生は機械のように診察した
わたしは それにふさわしく
死人のように応えた
道路では 
駅からくる通行人がまぶしくて
つい下を向いてしまう
気にすることはない
この頭痛があるときは
こころは
死んでいるのだから
たぶん見えていないのだろう

いつもの
小さなガード下をくぐった
時間通りの快速電車が
奇声をあげて過ぎていった
鋭い金属音に
怖がって
子供が泣き出している
拘るまいと
振り向かなかった
わたしは自分が
こういう時に冷酷だと思う
でも言い訳を言えば
急がなければならないと思ったのだ
すこし歩幅をひろげて
ほそい路地をぬけると
鼓動が激しくなった
苦しくて呼吸を整えようと
この冷酷な顔で
空を見上げると
どこまでも広がる
雲一つない
青空がみえる

とても眩しい
その一面晴れわたる
混ざり気のない青空をみていると
わたしは
むしょうに嘔吐したくなることがある

砂漠の民を
不思議なほど
寂しいと感じることがある
あの完璧な空を
毎日みて生きているからか
あれほど過酷で残忍なほどの
青のなかにいる
彼らが
愚直にも
混じり気のない
一つの神を信じなければならない
歴史を
背負っているからだろうか

慌ただしく日陰に入ると
遠くに
車両のような
わたしの家がみえている


   9

いま
わたしが置いてきた来歴を 
満載に積んでいる 封印された車両が 接続される
そして 今日も
二つの車両は溶け合って一つになった
強い風で 揺れる 柳のような視線
見せようとしている車両
直視しない わたしの裂けた空
その空から
雨は わたしを濡らして 
今日も絶えることなく降っている

アオハズクが飛んでいるのか
羽の音がきこえる
止まっていた目覚まし時計が
十二時を告げている

茫々としたひかりは
とても心地よくて
随分と長い間 ここにこうして
わたしは 横たわっている 


黄色の憧憬

  前田ふむふむ


 

   1

蒸し暑い夜がつづいている
わたしは 嬉々として 猿を殺している夢を 夜ごと見ては
目覚める度に 硝子が砕けるように 怯えていた
か細い手を伸ばすと
地味な窓から
裏庭の空き地越しに見える マッチ箱の家のつらなりは
指先から朝焼けになって 赤く血の色に染まっていた

少年のわたしは
母と二人しかいない時間に
震える手で 母の手を握りながら
秘密を語りはじめると
やがて わたしの身体は 母のやわらかい胸に溶けていった
 

     
    2

そこは
風がない 月がまったく出ていない暗闇の夜である
石づくりの侘びた橋から望むと
一面 白い睡蓮の花が 鮮やかに咲き誇っている
そのなかを数匹の猿をひきつれた 大きな一頭の黄色い猿が
父母に襲いかかっているのである
鋭い爪で 母の衣服を剥ごうとしている
父は母を守ろうとして 大声で懸命に懇願しているが
猿は 激しい威嚇の叫び声をあげている
衝動的に
わたしは 鋭利なナイフをもって
背後から 黄色い猿を刺した
何度刺したのだろう 
わたしは 粘っこい汗をかいて 眼を覚ますのだ
その度に
母は 猿の腹部の肉をきざんで
大きな鍋に入れた
母が調理する猿は 純白な皿に盛られていて
鮮やかな黄色をした猿を わたしは ためらいもなく食べた
海鳴りのように 街の背中から 猿たちの苦悶の顔が
押し寄せてくる

   3

仄暗い待合室に 窓から 黄色い閃光がさしている
「暖炉のような家庭」と書かれた夥しい貼り紙が
壁一面に貼られていて 通気孔の風にゆれている
病人で熱気を帯びた朽ちかけた天井は 罅がはいっていて
間断なく水滴が床に砕けている
出来た水たまりは 流れになり 
すこしずつ地下への階段におちている
待合室には 一枚の絵画が掛けてある
絵の中央には 多くの葉をみずに浮かべた 
一輪の白い睡蓮の花が咲いている
花は錐のような視線で わたしを じっと見ている
部屋を照らす蛍光灯は 節電のためか 異様に暗い

なぜか
わたしたちは 一列に並んでいる
出来た長い行列の 最後部にいた わたしの 
すぐ前には
この世に未練はなく
死を待ち焦がれて愛おしむ老人がいる
八月十五日の安らぎと亡霊の日々を認めず
洗っても落ちない鮮血の手を頬にあてている
すでに事業に失敗し 家族は離散してしまっているのだ
その前には
受付のテーブルに置いてある
鋭利なカッターを一点に見据えて 顔を凍らせる少女がいる
禁断の花が 渇いた手首に何本も咲いている
その前には
遠い学生の記憶をなつかしんで饒舌に語るが 
麻薬常習者で ときに幻覚を見て 
老人のような衰えた膚を晒した
一度死んだ男がいる
三度の堕胎を繰り返して 子を産めなくなった 
一度死んだ妻が
その男のために 死んだ子供の名前を 
お題目のように唱えている
その前にいる
多くの病人は 首はうなだれて 猿のように奇声をあげたり
意味不明な言葉を ぼそぼそと呟いている
わたしは いったい何の病気なのだろう
身体からケモノの臭いがはっしているような気がする

傍では はり紙が激しくゆれている

病人のつぶやきが
ひとつひとつの断片になり 水滴のにおいを帯びて
うな垂れた雨音のような足もとから 流れていく
やがて 看護師が来て 患者たちの名前の確認を済ませると
死人のような病人の列は 待合室の奥にある
螺旋階段を昇っていく
わたしは、階段を昇れば昇るほど 口は 砂地の渇きを感じ
黄色い受付券を握りしめては 
意識は 泥に浸かる鳥のように沈んでいった

なぜだろうか
薄ら笑いを浮かべる病人の前を 薄い靄が滾々と湧きあげている
灰色の空に映る葬祭場の煙のように
掴めない救済の霧のように
わたしの手足は 卵のような滑らかな治癒を渇望しているのに
どこまでも続く歩みの列は
いまだに見えてこない診察室から 漂うエタノール液の臭いに
実験用の猿のように顔をひたしている

この列の前の方から伝わってくる話によれば
診察を受けた人は 必ず 首を絞められて猿のような叫び声をあげるという
それから 鉈のようなもので肉を切っている音がするという
そして 彼らは 戻ってきたことがない
わたしは怖くなったが 誰も帰ろうとしない
むしろ 嬉々としているのだ
怯えながら待っていると 
とうとう わたしの番が来たのだ 
頑丈そうな診察室のドアを開けると
そこは
広々とした平原のようだった
一面 白い睡蓮の花が咲いている
風がない 月も出ていない暗闇の夜である


    4

ものに掴まりながら
杖を使わないと
もうひとりで歩くことが叶わない母は
介護ベットで就寝をしている
8時になり
目が覚めたのか
起き上がって髪を梳かしている

今日も
母に食べやすいように
御粥でできた
朝食を出さなければならないと思う
支度をしていると
ざわざわと音がするので
振り替えると
壁付の大きな鏡越しに
一頭の黄色い猿がすわっている
もう弱々しいが
神々しいほどの聡明な視線だ


浄夜――遊戯する断片

  前田ふむふむ

     

       一

観葉樹が かぜに揺れて 嬉しそうに笑いかける
笑いは葉脈のなかに溶けて
世界は無言劇に浸る
映像のように流れる無言の織物
かぜが 喜劇に飽きるまで 永遠を飽きるまで
観葉樹は 笑いつづける

ひとり
朝を知らない夕暮れのように 
わたしの足跡は
涙にまみれた


   
わたしは 病室の片隅に蹲り
からだを震わせて泣いた
霊安室の扉が開いて 人形のような亡骸を運ぶ
痛ましい親族の号哭が わたしの血を貫いたのだ
わたしは 生きている幸せを泣いたのだろうか
疑問は 一瞬に 涙を枯らせた

生ぬるいベッドが 待っている
寒々しい夜だ

        二

霧は 漠寂とした白いおくゆきを たちあげながら 強い閃光を浮かべている
夜の口が ひそかに開かれて 短いてんめつが一本置かれている わたしは
手探りに濃厚な霧を分けて 随分と 短いてんめつの上で思考したが 視線は
霧の内縁をいつまでも さ迷うだけだ 疲れて諦めかけると やがて そのと
きが訪れた 重い冷気を携えて 沈黙が鈴を鳴らして 幽霊の形相で やって
きたのだ 私は おびえる頬を引き攣らせて 唾を飲んだ 
震える手がキーボードの上で 妄想を逞しくして
「白い夜霧の中から沈黙がやって来る」
と文字をパソコンに打ったのだ 打ち終えた安堵は 一瞬の秒針の闇に隠れて
短いてんめつは 文字の背後で 尚 威嚇して 続きを打てと 命令してくる
わたしは 次の言葉が見つかるまで いつまでも 無音のてんめつに 不満そ
うに 睨まれて 怯えているのだ

       三

すずめ蜂が弱々しく飛翔して 庭のサツキに
鮮やかな過去をよこたえる
ふたたび飛ぶ夏は 厳かに息を止める

寂れた旧家で彼岸花がもえている
かつて 夥しい訃報に熱狂した時代にも
血の色を吐いて もえつづけていた

はらはらと落葉が地表をうめて
みどりの主役は もうすぐ骨を剥き出しにする
死者を装う時代を 今年も迎えるのだ


       四

ステンレスの流し台の 蛇口を滴る水滴が
剃刀の刃を辿って 流れ落ちるような 
厳粛な夜が佇んでいる
幾何学模様に飾られた家の床を 
孤独なアゲハ蝶が蹲っている
一匹の昆虫がかもしだす 滑らかな静寂は 
地上の恐れを削ぎ落として 喧噪を昏睡させている

わたしは 幽霊を偽装して 心臓をもたない鳥になり
こころは浮遊して 彼の岸に足をかけている
そして
静寂の下
静寂がしずかさを斬っている
鋭利な沈黙が
わたしを 癒しつづける
楕円形の手鏡のなかをみると
わたしにそっくりな亡霊が 無言の声で囁いている
静寂は 生きている者の
いのちの鼓動の暖かさを隠して 劫火のようにもえている
たとえ 死者が訪れたとしても 
内部で激しく嘔吐した
傷口が裂けた現実と 対話しなくてはならず
わたしに気付くことは ないだろう

見渡せば 無言の静物には 雄弁な顔がある

(黄色にやつれて 地球儀の食卓に並ぶ本たち
(テーブルの平原を航海する林檎たち
(乳房を晒して 燃える水槽に浮ぶ花たち
             弧は 円を掬ばない

けれど もう飲み飽きた薬剤を手にする わたしには顔がない
仮に 死者が背中を叩いても
わたしには 見せる顔がない
顔だけは あしたの真昼の海辺のむくろの下で 
転がって
生きている乾涸びた声で叫ぶだろう

     五

夜霧が 遠くに佇む街路灯の光度に 
寡黙に顔をあげて
一面 白さで 夥しい彩色を埋めている
なみなみとした湿潤な空気が 時の始まりと終わりを無くして
まろやかな水滴の声をはこび
茫々としたひかりが
仮面をかけた暗闇を隠して
わたしの 前から背後から泳いでいる

霧のなかで
戯れる四人の若い女は 眩いひかりを享けとめて
墨色の影を幾度も動かし
濃淡の密度を入れ替えて 
しなやかな肢体に薄めて 影絵をつくっている

わたしは 霧の海原のなかを 起立する閃光とともに
溶けるようなゆらぎになって
真率な腕を一人の女の空洞の乳房にあてがう
わずかに萎えた二本の足は 四つの肉体の下腹部と交わり
裂きながら通りすぎる
流れる影は 
モノクロームの宴のあとのように
うすい余韻を浮かべて 薄らぎ
厚い霧の壁のなかで 女の甲高い声だけが 蠢き
やがて 消えていく

わたしはひとり 夜霧のみずの滲むしずかさに
身を ゆだねて
満ち足りた死者の時間を 厳かに呼吸する

   
  


寂しい織物―六つの破片

  前田ふむふむ



  1.永遠の序章

(総論)
一人の少女が白い股から 鮮血を流していく
夕暮れに
今日も一つの真珠を 老女は丁寧にはずしていく
それは来るべき季節への練習として
周到に用意されているのだ
人間の決められた運命として

  
(各論)
眠ろうとしない 世界中の艶かしい都会の 暗い窓のなかで 
いっせいに女の股が開かれて 混沌とした秩序を宥める清楚な
夜が 血走った角膜の内部から 声を上げる頃 一人の老婆が
朦朧とした手つきで 毛糸を編んでいる 長すぎた過去を焼却
場の前の広場に 山積みにして 決して燃やさない 苛烈な思
い出は 豪雨に打たれて 弛んだ皮膚をさらしても 老婆の編
む毛糸のなかに溶けて 固められていく しずかに重々しく時
を刻む夜が 小声で永遠を 跨いでいく

思惟の灯台たち
    老婆の手を 閃光で照らせよ


2.しずかな夏         

冷たい太陽の雨が
降っている
その一滴のしぐさに
夜が浮かび
夜のなかに
低い声をあげて
キジバトが
一羽 止まり木をさがして 
低空を旋回している

海が見たくなり
ゆるやかな
坂道を下っていくと
地盤沈下した
海辺では
行き場のない貝が
砂から顔を出している

ちょうど氷のように
頑なに閉じている
凍えきった
ざわめきが
しずかな波の音に
洗われている

その
仄暗い肉体の声を
聞くために
わたしは
痩せた指を伸ばして
小さく歪んだ貝を
手にとり
空に高く
翳して
巨大な入道雲の上に
たてかけてみると

空は無慈悲なほど青く
生ぬるい風が
身体中を過るだけだ

入道雲の下には
スーパーがあった
セイタカアワダチソウの茂っている
丘がみえて
壊れかけた風見鶏が勢いよく回っている 
その影は
じりじりとした暑さのなかで
ひかりと混ざり
少し揺らいでいる

誰かが「おーい」と呼んでいるような
気がして
ふりかえると
誰も見えない
多分 旅立ったひとの
声かもしれない

「今日はほんとに
「暑いなあ
「熱に入られないように
「気をつけなよ」
といわれているような気がした

その親しみのある声を
引きずりながら

ひたひたと
わたしの眼のなかを泳ぐ
海は とても穏やかで
曲がった夏の
先端のときに
ランドセルをした
少女が
いつまでも
岸辺にとどまっている


3・孤独な居間にて

コーヒーの香りが 居間の空気に広がり
その一部が直滑降となり
ジェットコースターの速さで
窓辺の朝陽に溶け込んでいく
その爽やかさに 
わたしのなかで
時間の鼓動が一瞬だけ輝く

木製の食器棚のうえの古い写真のなかの
無彩色のわたしが
無彩色のコートを着て 
無彩色の空に溶け込んでいく
写真を見ている時間だけ 
世界が止まっている

テーブルには
わたししか電話番号を知らない
携帯電話が置いてある
誰からも掛かって来ない携帯電話が置いてある
今日の真夜中に 一人の幽霊が
誰からも掛かって来ない携帯電話が鳴るのを
じっと待っていた
灰色のガウンを羽織った幽霊が
笑みを浮かべながら
じっと待っていた
居間には 剃刀のような沈黙が 静かに流れていた
やがて
小鳥が朝陽を持って来るまでは


4.四つの椅子


           
みずうみは 滑るように
風が微細な音を鳴らして 呼吸している
絶え間ないひかりをおごそかに招きいれて
夜のしじまを洗い流している
めざめる鳥の声の訪れとともにあらわれる
朝霧の眩さ
真っ赤に湖面を染めて
音もなく水鳥が 静かに足をすすめている
煙のような靄が
赤に馴染んで 湖面に流れてゆき 
湖面の岸をすこしずつ無くしている
それは 日常の風景を隠蔽して
赤だけの世界をつくりだす
太陽は 朦朧とした金色のひかりを放して
湖面のうえで 朝靄に隠れてまどろんでいる
木々は黒く墨を吐き出したように
物言わぬ液状のままで佇んでいる

湖畔には血の色に染まった
鉄の肘掛が付いている
四つの椅子が置いてある
沈黙した椅子が朝の皮膚から剥きだしになって
置いてある
赤い海の世界で骨が四つ並んで
寂しく呼吸している


5.夜 (一)

       萩原朔太郎へのオマージュ

死んだ猫が ベッドのうえで横たわっている
もう 起きることはない 
汚れ物のように
わたしは いつまでも 蒼白い猫をみている
やがて
夕暮れは ときを忘れて
夜を連れてくる

わたしは 猫になり 壁をみている
なんども 長く湿った呼気を吐いた
少しずつ
血液が流れる鼓動が
トクトクときこえてくる
冷えきった手で触ると
透きとおるような
痩せ細った胸は
あたたかい

寒い部屋のすみで
猫がベッドの上のわたしをみている
大皿で 血を舐めるように
白いミルクを舐めている

深夜 氷のような月がでている


   6.夜 (二)

夜空をけんめいに駆け昇った星たちは
自ら しずかさをその身体で露出して
座をつくり
名前を雄弁に語りかけている
その星々に隠れながら
名前をもつことが出来ない
無数の星々は
はじめて流す涙のような
無辜の潔さをつまびいている
幾千万の星の洪水
その眩さは 陳腐な地上の瓦礫を
すべて押し流してしまうだろう
わたしは原っぱに仰向けに寝て
朔太郎の詩を黙読しながら
この夜と抱擁する
ああ この心臓の温かさは
夜が確かに呼吸しているからだろう


森についての断章

  前田ふむふむ

   


序章

淡いまなざしを
朝焼けをした巨木におよがせて
動きだす直き視界に映る
せせらぎは
ふくよかな森の奥行きをたかめている

森の新しい来歴は 
茫とした朝霧を追い越して
あさいみどりのつま先から
からだいっぱいに
透きとおるひかりの中庭を
靡かせている

東の空から ひらかれた青さが
無垢な湿度を
たずさえて 鶏の背中を起こしていく
端正なしずかさが せりだして
かすみを帯びた ひとつひとつのひかりが
夥しい木々を色彩で染めていく
浮き上がる森から
わずかにずれる みどりいろの濃淡の底が
うすく立ち止まる朝に 清々しい呼気を
緩やかに撒きつづける

あなたは 森の肺胞が はきだしたテラスで
恋人に微笑み返して
あつい みずいろの夏を
掌におかれた 中原中也詩集に
萌たたせる

季節が芳しく衣擦れる午前の歩み

あなたの美しく脱いでいく
多感な時間の針は
涼しい花篭のなかではえる
黄色い百合を
うつむく
亜麻色の髪に添えるしぐさに
費やしている

揺れる恋人の声が 爽やかに立ちのぼる
しなやかな森のみずが
ひとたびだけ流れる
深まりのなかで

  


断章 1

オオルリが青い姿勢を空に向けて
ピールーリィ ポピーリィ ピピ  ギッギッ
と囀っている
その声から
すべるように
森のかおりが溢れでている

木樵たちが渓谷をのぼっていく
汗ばんだひたいをタオルでふきながら
親方が先頭を歩けば
笑いながら 若者たちがついていく
声が静寂をきって
薄化粧のこだまを四方にくばり
森のあさい夢を覚まして
静寂の高低を 
さらに 深めている


断章 2

陽が頂点を
主張してくると
鬱蒼とした
眠れる森は
ひかりをふところに浸して
みどりのまるみを滲ませながら 
いのちの数式を 
一段と 
うすきみどりに染め上げている
その刹那に
満たされた隙間を 
涼やかな風が 繰り返し
芳しい音を上げて たちのぼっている

あなたは 長い髪を
白い手でたくしあげて
流れる時間のほころびに
凛としたほおを添えている
追いかける空の青さに走るおもいは
波をおこして 激しく揺れ動き
あなたは 瞳のなかで 
きよらかに高められて
恋人との真昼の鼓動を 
あつく爪弾いていく

滴る森のみずいろと交わる 恋人の吐息

目覚めた昂揚が 小さな胸の底辺に
真率に積もりつづける

放射する日差しは
あなたの日常をゆっくりと溶かしながら
思わず込み上げた 溢れる声は
短くこだまを響かせて
無防備に佇む恋人のしぐさのなかに
流れ落ちている
濡れたくちびるを恋人のこころにあてて
あなたは 森の階段を
しずかに昇りつめていく

仄かな恋人の言葉が あなたの若い芽を
まどろんだ湿地にいざなって
比喩の森の断章が
あなたの二十歳の淡い視界のなかで
やわらかく立ち上がる


箱についての三つの詩

  前田ふむふむ

箱のなか
     
     1

ここは
硬いケヤキで 柱などの構造が 組み立てられていて
天井と横壁と床は 部厚い漆喰で覆われている
そして床の上には
柔らかい布団が一面ひかれている
丁度
二立方メートル位の
立方体の入れ物のようなのだ

入口も出口もない
この入れ物は
正面にわずかに隙間がある
そのせいなのか
正面の壁の方から
決まった時間に
錐のような船の汽笛が鳴る
わたしは 毎日
目覚まし時計のように聞いて
眼を覚ます
でも 何もすることがなく
ぼんやりしていると
ときどき
右の壁からや 左の壁からは
海猫の声ととともに
鋭い岬に 寄せてはかえす
波の砕ける音が聞こえてくる

この物体を外観的に想像するに
四角い箱のようなのだ

    2

わたしは  
体育座りをして
この四角い箱にはいっていると 
ひとの囁く声が 聞える気がした 
幼い頃に聞いた
懐かしい声なので 思わず
父サン 母サンと言ってみた 
わたしのとなりが わずかに空間ができていて 
穏やかなぬくもりを感じながら 毎日をすごした 
箱は狭かったが 夜のセラピックな匂いが
いつも充満していた 

ときおり ひかりが箱の透き間から 刺してくる 
そのひかりがとても羨ましくて 
外の物音がなくなるころを見計らい 
ひかりの方に訪ねて行ったりしたが 
いつも その場所には 
青い半袖のワイシャツが 掛かっている 
そして 小学生でも
解ける
やさしい計算式が書いてあった 
わたしはふくみ笑いをすると 
青い半袖のワイシャツは 不満そうに燃えだして 
使い古しのカッターで 手首を切った 
朝が噴きだしてきて 
全く同じ計算式を
青い空のカンバスに書いた
     

    
   
気が付くと 子供がわたしの横に座っている
しばらく
二人で計算式を眺めてみた
やがて 子供は 悲しそうにして
この部屋は暗いね といって 少し怯えている
だから 優しく子供を抱いて 寝かしつけた
子供の心臓の鼓動が わたしの心臓と共鳴している
もう 数えられないくらい長い間
柔らかい脈を聞きながら 
わたしは 子供と溶け合っていった

子供のいたところは いつの間にか 冷たい壁になった


     3

ある時のことだ
箱の透き間から きらきらとするひかりが入ってくる
楽しそうな笑い声 静寂 罵声
そっと覗くと
テレビで 
バラエティー番組をやっている
とても驚いたが
わたしと全くおなじ
わたしが楽しく 幸せそうに
家族と
食事をしながら
団欒を囲んでいるのだ

柱時計が午後九時を打っている
それを打ち消すように
くりかえし くりかえし
鋭い波の砕ける音が聞こえてくる

訳もなくかなしい
強い衝動が沸きあがり
そういえば
わたしは まだ ここから出たことがない

震える手が
「出てみたい 
「生まれて始めてなんだ 箱を開けようと思うのは」

そとは
雨が降りだしている音がする
突然 船の汽笛が 叫び声のように
正面の壁から響いてくる
出口はどこなのだろう

青い空はまだあるのか
計算式はどうなったのだろう
わたしは 忘れていた少年のような計算式が心配になり
ひかりの方向にむかった


水槽

いつも虐められていたので 
水槽の魚になりたいと思った
水槽の魚は 自由に泳ぎ 気持良さそうだった
そして いつも楽しそうだった
ある夜のことだ
最先端の思想の本を読んでいると 
身体が勝手に動き出して 鰭が生えてきた
気が付くと 手がなくなり 足もなくなっていた
そして 全身が 鱗で覆われていた
夢のような出来事に とても驚いたが 
僕が いつも願っていたことだった
とうとう 魚になれた
そう思うと 身体を縛っていた壁のようなものが 
壊れて
水に凭れかかるように楽になり
しばらくの間 何もかもが幸せに感じた

でも 泳ぐことは出来ても 歩くことは出来なかった
手を使って 物を持つことも出来なかった
だから 冷蔵庫から 食事を取ることも出来なかった

しかし 僕は魚になれたために 
一躍有名になれたので
食べ物は 好奇心いっぱいのファンが 
持ってきてくれた
だから 十分に生きていけたのだけれど
透明な箱には 僕しか居なかった
僕は 自由を獲得したのに とても寂しくなった

水槽のそとから 
毎日のように
僕の知っている顔
知らない顏たちが見ている
最初は優越感に近い感情が湧いてきて 
嬉しかったが 
次第に 冷静になると
まるで 監視されているようで この水槽から出たくなった
でも この箱からでると 自由は失われて
死んでしまうと みんなが言っているようにみえる
不満そうにみえたのか
みんなは 僕を励ますために
歌をうたってくれたが
そのうち 飽きてきたのか 段々とみんなは
ひとり去り 
またひとり去り
ついに誰もいなくなった

言い知れぬ寂しさが 僕を襲い始めた
だから あらたな自由を求めて
体当たりをして 水槽を破ろうとした
何度も何度も

でも 水槽は破れなかった
僕は悶々とした日々を過ごしたが こんな日々がつづくのならば
魚であることをやめようと思った
そして 僕には もともと
足があり 手もあることを思い出した
水槽はなくなり 僕は 水槽からもひとりになった
部屋はうす暗く 単調な日々がつづいた

僕の部屋には ひとつの水槽がある
僕は魚を見ながら 
やはり魚は自由であると思いつづけている
僕の脈が止まるまで 僕には水槽があるのだ
どこにいっても
いつも
なみなみとみずを充たした
水槽がある


箱ひと
     
      1

わたしは 箱である
段ボール箱を被っているわけではない
ある日 雑踏を歩いていると
突然 全身が痙攣して
失神したのが始まりである
それ以来
自分を箱だと思わないと
身体に異変が起きるのだ
発病してからずいぶんとなるが
この十二月の空のもと
わたしは 自分をのっぺりした箱だと信じて
生きている
病状がすすんだためか
他人から 箱ではないと否定されると
全身に痙攣をおこして 気絶するのだ
そのためか
他人とは関わらずに
ほとんど置かれた箱のように
生きている

だから街中で 
四角い箱の形をして 
ひっそりと ひとに知られずに いることが多い 
今日は 一段と寒いような気がするが
ときには一日中 風雨に打たれて
路地端で じっと耐えていることもあった
そして 誰もが
わたしを見て 気づかないでいる
箱だから 息も体臭も気配も 
多分ないのだろう

でも
箱でいると 人格が限りなく 否定され 
その みすぼらしい外観とは 反比例して
世界の外にいるようで
全能の神のように 
他者を見ることが出来ることに気付いた
それは わたしに言い知れぬ快感を与えている

      2

そうだ
新しい時代の文明論的な何者かが芽吹く
境界に出会ったことを話そう

都会の
夜もくれたある日のことである
けばけばしいネオンが一面に点灯している
むせかえる欲望を
吐きつづける 
この賑わう眠らない街で
路行く男と女たちは 
汗ばんだ肌を 際立たせている

客引きが忙しなく動いている
抑揚のない時間の針は
華美で着飾った
剥きだしの歓楽の風景を たんたんと 刻みつづけている
熱気を帯びた男女の
熟し切った声は 夜の窪みに 
唾液のような
みずたまりをつくっている 

この街の薄汚れた裏角に
今まで誰も見たことがない
おそらく だれも育てたことがないだろう
奇形の胎児が捨ててある
その胎児を跨ぎながら ふたりの男女が罵り合っている
左手にスマートホンをもった
茶髪の十代の女が
   「あたしがひきとり たいせつに育てる」
右手に法律書をもった老練な男が
   「いや わたくしが人知れずに葬ろう」

罵り合いは ふたりが疲れきるまで終わらなかった

見知らぬ場末の路地の溜まり場は
煌々と冷たい月が揺らめいていた

     3

わたしは 箱だから 
よそ者のように
世界の外にいるのだから
利害に関係なく
どちらかに判定を下すことができる
そして 自我を擽る満足感を得られるだろう
事実 みずからが文化を作っているかのように
判定を下して
悦に入った
でも どちらかに決めたとしても 
あの当事者のふたりにはいうことができない
わたしがしゃべれば 
箱でないことがわかり
全身に痙攣を起こして
死んでしまうかもしれない

わたしは こうして長い間 箱でいる
寂しいことはない
どうしても言いたいときは
鏡に向かって
自分自身に話すように 
ほんとうの箱にむかって話すのだ
信じられないだろうが
そうすると
わたしと同じ箱でいるひとは
わたしにひそかに話しかけてくる 
そして
箱としての秘密を共有するのだが
そのとき 世の中には
わたしと同じ箱ばかりであるように思えてくる
街のなかには 
意外と思うかもしれないが
同じ病状の
たくさんの箱がいるものだ


地図に載っていない三つの詩

  前田ふむふむ

眠り

一日中 仕事をして疲れ切ってから
急ぐように
職場に出かけても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには仕事は  無いのだから)

家で 手狭な風呂に入り
家族と仲良く晩御飯を食べて
居間でひとり静かに音楽を聴いてから
夜に家に帰ってきても
そこで 私に出来ることは
只 泥になって眠ることだろう
(すでに そこには夜の団欒も安らぎも
無いのだから) 

眠りの中において
遥かオビ川の河口の
ツンドラ地帯の銀色の世界で
魚になって 自由に氷の下を泳いでいる
あるいは 灼熱のサハラ砂漠を彷徨いながらも
偶然 小さなオアシスを見つけた
年老いた駱駝は
驟雨を享ける乾田のように
渇き切った喉をうるおす

そんな 夢の微かな記憶が
白骨となろうとする痩せた鹿を
魂の閉塞から
連れ出してくれるだろうか
(情報に満ち溢れている
       単調な日常の連鎖
ずいぶんと長い間
 わたしはベッドから出ていない)


     
遥か昔
ジョン万次郎がアメリカの地を踏んだとき
彼は全く眠らなかっただろう
新大陸の全てを見るまでは
        




愛の名前

そこは
頑丈な煉瓦で覆われた大きな建物の
浴室なのだろうか
女たちは 嬉しそうに
着ている服をすべて脱ぎ 整列させられ 
冷たいシャワーで汚れ物のように 洗われる
そして 車いすに乗った
数名の黒衣の男の医師に
身体中を舐めるように いたぶられると
あらゆるところから血が流れる
そのように 触診されてから
合格という焼印を肩甲骨の上に押されると
家畜のように
小さな汽船に乗せられた
女たちは
焼印のときの 耳が裂けるような悲鳴以外は
誰も泣くものはいなかった
女たちの船での仕事は 
毎日三度の御粥を啜ることと
シャワーを浴びて清潔にすること
乗船を拒否し 男に鞭で打たれて
気絶した女を介抱すること
女たちを監視ために
汽船に寝起きする男を シャワー室に
誘惑して
こん棒で叩いて 足をつぶし
車いすに乗せること
そして 理由なく 待つことだった
その船は 白い靄に覆われていて
いつもそのなかを漂っている

わたしは 
こうして胸が昂ぶっているときに 
度々 脳裏に浮かぶのだが
そんな女たちを乗せる船をどこかで見たことが
あったが 思い出せない

この冬 雪が降りださんばかりの寒さのなかで
わたしは 気を許した女の 横に寝て 
足を絡ますと
頬が昂揚する女の眼のなかを
剃刀のような鋭さで 
その光景が
出ては 消え また 姿をあらわしてくる
気づかれまいと 
女はつよくからだを寄せたような気がした
わたしは 許すためだったのか
憎むためだったのか 
その剃刀をのみこんで
女のきゃしゃな肩を抱いた

未明の睡魔が襲う 朦朧とした意識のなかで
わたしは 冷静にも 女と はじめて秘密を共有したと思った
女は 確かに頷いたのだ





線路

年に2回の定期的検査で 
胸部のCTスキャンを取るために
大学病院にいった
もう5年目になった
帰りはいつも決まって
柵がないホームのベンチに腰を下ろす
陽が眩しくて後ろをみると
錆びた茶色の線路がある
線路の枕木は腐りかけ 雑草が点々と生えている
一羽のカラスが グアーと鳴いて
線路をナイフのように横切っている
この線路は使われなくなって
どれくらいが経つのだろうか
ホームに降りて
わたしは線路に耳を当ててみた
しばらく じっとしていると
電車の走る音が聞こえる
若い父といっしょに 幼いわたしを乗せた通勤電車が
かすかに遠くで走っている
やがて 糸のように段々と遠ざかっていく

いってしまうのか
言い残したことが
たくさんあるんだ
カンカンカンカンカン
処方してもらったばかりの薬瓶が 粉々に割れた

風が吹いてきて 線路をなぜている
ひとは さびしいと感じるものがあれば
さびしさに耐えられる
線路の横に添い寝する

秋空のひかりをうけて線路はそこにある
たくさんの思い出を詰めて 
取り外すことも忘れられている線路が 
ただあるだけの線路
忘却されたものの死屍が敷いてある

何やら騒がしい
電車を乗り過ごしたのだろうか
いや
ひとつの靴音が大きくなってきた
駅員が こちらの方に向かって
危ないと
大きな声で怒鳴っている
わたしは その声を聞きながして
青い空を睨み付けた


遠雷

  前田ふむふむ

     

   1

野いちごを食べながら
ほそいけものみちをわけいった
かなり歩いたあと
蔦が一面絡まり 頑丈にできている
鉄の門があらわれた
それは みちの終わりを告げていて
なかには
白い壁に覆われたふたつの塔をもつ建物が
わたしを 見下すように聳えていた
とり憑かれたように 門をくぐろうとして
小さな胸の皮膜が
苦しく突き上げられてくる
こんなとき
わたしは からだの芯を走る 
押し寄せる波を 泡のひとつひとつまで
説明できるような気がした

建物のなかは
大きな吹き抜けのホールがあり
崩れた屋根の裂け目から
西日のひかりを享けいれている

   2

池袋から 武蔵野の深い地層にむかって 
西武池袋線が糸のように流れる
みずのような物腰で
赤茶色のローム層を踏み分けて
電車は清瀬駅に滑りこむ
駅からつよく歩幅を広げて
みどりいろを濃厚に塗られたあたり
太陽が うつむき
かなとこ状多毛積乱雲に浮かぶ
白い壁の病院に
わたしは 
休日のときを横たえる

屋上に
ふとんのシーツ バスタオル ハンドタオルなどが
数十本 物干しされて 風にゆれている

「小児特殊病棟100号室」
看護師がせわしなく動くなかで
子供の眼は
世界の果てをみていた
わたしは子供を直視することが出来ず
眼をそむけた
その後 経過はいかがでしょうか        
ありがとうございます と
永遠に着地しない言葉が飛び交う

廊下の靴音が 乾いている
湧き上がるしずかさは
一房 二房 三房とわたしの手をもぎながら
清瀬の森の欠落を 埋めている
重たい足で
病院の門を跨いで
娑婆の空気を吸う と
空は 冬になっている

雑木林の奥から 溢れる血液が降りてきて
切り裂かれた傷口が 閉じられない
冬のきつい寝床を抱いた川面を
わたしは 両肩の内側におさめて歩く
淡いひかりに微分された流れは
遅れながら ついてくる
流れが ようやく わたしに追いつくときの瞼に
打ちだされる 漠寂とした河口にむかって広がる
みずの平野を 濡れた風でわけて
その香りをあげる 草のなかに
わたしは 声をあげて 身をまかそう

冬から飛び出した白い壁の眩しさが 眼に焼きつく
洗濯物の匂いが浸み付く病院は
名前のない窓を開いて 
虚無が旋回する雑木林に透過した
何人ものきみを導いて
きみは 
白い病院が浮ぶ青い空より
ふたたび戻ることはなかった

空さえも見えない わずかに灯る祈りのとき
灰色の遺骨を迎える家族は 絶えて無く
わずかに流れる近傍の川を
きみが眺めていた まどろむ視線の残影が
うろこ雲のむこうに沈んでいく

忘れられた声を胸にまとめる その寂しさに
わたしの乾いた眼が 冷たく濡れる
絶え間なく湧き上がる病院の煙突のけむりは
空の四方に突き刺さり 痛みを受け取る
夥しい雨のおちる場所は
こうしてできるのだろう

季節だけが 翼をひろげて 病院の白い壁を
ひたしていく夕暮れに
わたしは 川面を両肩の内側におさめて歩く
せめて 優しさを演じて 両肩のなかだけで
号哭を見つめていたい

凍える一吹きの風に鳥は 声を失うが
あすには 華やいだ活気のある街の
豊かな肉体に浸るのだ

川面が 両肩を乗り越えてゆく錯覚を
いくども 病院の白い壁が 試みているが
わたしは 川面のみずのかなしみを
今日だけは 小さな眼差しで包みこもう

白い病院が おもむろに夜の暗闇に沈み
うすいひかりを携えて
無垢なきみたちの廃墟の足跡が
透明な螺旋をなして
空に駆けあがる
轟音をあげる沈黙の垣間を
川は 遅れながら 病院の凍える門に流れてゆく
黒く染まった冬を 永遠に抱いて

わたしは 川面を両肩の内側におさめて歩く
足が萎え 涙が消えるまで

    3

壁に耳をあてると
ここで聞いた 
胸がつぶれそうな辛い会話は
ひそひそ話になり
いくえにも混ざり 
黄ばんだ壁の汚れにすいこまれていった

わたしは かぼそい背中を壁にあてて
痛みをおびる冷たさのなかに 溶けてゆけば
矢をいぬく視線が からだを通り抜けて
会話の断片が その後から
針のように刺していった

階段の手摺で
おもわず指を切る
その切り口から
翳むように 一輪草が
夜の浅瀬に咲いていた

気が付けば
夜の匂いが消え失せていて
わたしは 門のまえで 佇んだまま
青い空を眺めて
小さな篭に入った野いちごを 
ひとつ またひとつと食べている
大きな絵画の前にいるように
わたしは あの日から
ずっと 鎖で閉じられた
錆びた門を潜ることがない

つむじ風が足元から生まれて
空にむかって伸びていった
どこから来たのか
子犬が うわんうわん と
いつまでも
門に向かって吠えつづけている
はるか遠雷がきこえる


  前田ふむふむ

    
       


血液のように夕陽が射している
時々 ベランダから 鳩が囀る音がする
  
マッチ売りの少女は
おばあさんの幻影を消さないために
残りのマッチをすべて擦ったとき
ほんとうは
いったい 何を聞いたのだろうか

    
アウシュビッツ収容所に送られる
車両に乗るまえに
看守の眼を盗んで 咄嗟に
ポーランド人の床掃除の子供たち群れに
紛れた
ユダヤの少年は
そのとき 何を聞いたのだろうか

こうして静かな思索に耽っていると
金属音のような耳鳴りが大きく響いてくる
医者が処方した薬を 随分と飲んだが 
ほとんど効果はない

  1

赤い稜線が 空に 覆われながら 没して 
暗さが密度を上げている
わたしは 一日の疲労を癒すために
真白い霧に包まれたいと
街路灯が整列している 
アスファルトの道を 歩いていると 
視界が見渡せる 少し離れているところで 
霧が コップの水が溢れるように 湧き出ている 
確かめようと 近づくと 錯覚だったのか 
そこには ただ 澄んだ空気が 
覆っていて 
霧だと思ったものは なかったのだ

急いで歩いたせいか 息があがっている
立ち止まり バッグからハンドタオルを取り出し 汗を拭った

しばらく 眼を瞑り 呼吸を整える
すると 荒い胸の奥底には ぼんやりとしているが 
みずの流れがあり 
そこに浮かぶ もうすぐ輪になる
たくさんの細長い紙切れの
先端どうしが 
輪を結ぶかとおもえば 離れていく 
そして
離れている紙切れの先端どうしが 
輪を結ぼうと 徐々に近づくが 
結局 結ぼうとしない 
延々と その繰り返しを 
わたしは 塞がった眼のなかで眺めているのだ

煌々とした 街路灯がうしろに走っていく
神経回路のように ヘッドライトとテールランプが
交錯して 闇に溶けていく
街並みは 断崖のように聳えている
だいぶ歩いただろうか
よく覚えていない
でも もう何年も歩いている気がする
そして いつまでも
坂を下りている感覚がする
それに合わせるように
段々と 足は重くなっている
少し疲れを忘れるために
頭のなかを空っぽにしていると

それは 何の前触れのなく やってきた
わずかに出ている 蒼い月あかりが 
急に 白く霞んできて
わたしが待っていた 
霧が一面に 勢いよく 
わたしを覆い あっという間に 視界をなくしている 
それと同時に 胸のなかに棘として痞えていた 
みずに浮かぶ 細長い紙切れの先端どうしが 
おもしろいように 次々と すべての輪を結んでくる

胸の芯からの 叫びのような
その衝動を わたしは 何と名付けているのだろう
突然あらわれる あさひのような 
堰を切って落ちるみずのような
何ものかを 
あるいは 何ものかと言えないものを

眼の前にある街路灯は 霧にかすんで
空気が凍るくらいしずかで
わたしの強く打つ鼓動は
この夜のはるか向こうの
真昼を歩いている


   2

 (世界――患者 F・Sの症例 )

部屋は 水滴がたまるほど湿っていて 視界が全くないほど暗い そして
身体が触れている 壁や床は とても固い石でできている 何故か わたしは
 白い包帯を全身にまかれ がんじがらめされ 閂のようなものに 包帯の端
を結わかれていて 身動きできなくなっている 口も塞がれて なにも喋れな
い そして 暖房もない寒い部屋に 汚物まみれで 閉じ込められているのだ
 馬鹿げたありえない話だ どうしてこんな状況なのだろう わたしは精神も
肉体も健全だ こんなところを早く出て 若いのだから もっと 学問をして
 豊かな人生を謳歌したい そうだ好きな女性と街を歩くのだ だが現実は最
悪だ 意識は すでに消えそうだ でも もう何日も ものも食べずに みず
も飲まずに どうして生きているのだろう そのためか 身体は以前より軽く
なっている 不思議なことに ここには誰も来ない 白い包帯で巻かれているか
ら病院なのだろうか でも いままで 医師も看護師も見たことがない 考え
たくないが わたしが凶悪な精神病の患者で やむ負えず 閉じこめていると
しても 医師は診察のため 様子を見に来るだろう あるいは牢屋なのだろう
か しかし もっとも劣悪な独房であっても 一日に数回の食事と 監視の見
回りに誰か来るはずだ もしかしたら誘拐されて ここに閉じ込められている
のだろうか でも誘拐犯は見ていないし ただ単に 長い間 監禁したままで
 何のメリットがあるのだろうか どれも多分違うのだろう そもそも こう
して拘束されていることを 誰も知らないのだろうか あるいは みんな知っ
ていて助けてくれないのだろうか もう どのくらいこのままなのだろうか
 忘れてしまった いずれにしても どんな犠牲のうえに わたしが居たとし
ても この状況を 変えたいと思うのは 身体的苦痛もあるが それより 孤
独ゆえかもしれない 誰かに会いたい 
まさかと思うが壁のむこうから声がする 気のせいかもしれない
 聞こえたり 聞こえなかったりするのだから 幻聴だろうか でも声がとて
も愛おしい 多分 人と繋がりを持てるのは 声によってなのだろう こうな
って初めてわかる たとえ姿が見えなくても わたしに他者が生まれてくるか
らだ 今は 幻聴であるその声だけが わたし自身の存在確認なのかもしれない
珍しく 陽がさしているような気がする すると わたしは全く 気がつかな
かったが 口を塞がれて 包帯をグルグルに撒かれた人が 暗い部屋の一番奥
に 十数人 蹲っていたのだ そうか閉じこめられていたのは わたしだけで
なかったのだ わたしは 精一杯の呻き声をだした 彼らはわたしに気がつく
と 呻くように 話しかけてくる わたしは 嬉しさのため声にならない声で
泣いた
一年の多くを雨が降りつづく 都会の街のはずれに 長さ3.5メートル 高
さ2.5メートル 幅2.4メートルの ひとつの 放置され 全く見向きも
されない 小さなコンテナハウスがある 
傍によると なかから 異臭が流れてくる
覗いてみると 男が鏡に向かってぶつぶつ口ごもった独り言をいっている

    3

(声についての試論)

大空を 誰も射止めたことのない 鳥が飛んでいる 衆目のなか 一発の銃弾
が撃たれた 羽は砕かれ 動かなくなった鳥の死骸が 横たわる その衝撃で
 鋭利な光線のような 空白が生まれる

わたしは驚き 唾を呑みこむと その出来事は 四角い 紙のように切りぬか
れる その沈黙を 事実として 胸のなかに水滴のように落とすと そこから
 はじめて 声は生まれる

鳥の損傷した肉体の詳細は 多くは 道端に 置き忘れられて 小石の生涯を
終えるだろう

だが とくに 声の底にあり 意識に残る 最後の鳴き声には 暗闇に浮かぶ
一輪の白い水仙のような 夜の輝きがある

そこから声の意味を問うために わたしは 思索の陰鬱な暗闇を わけもなく
立ち入らねばならない
となりに自分の幻影を 引き連れて 糸杉の並木をいくども 疲れ果てるまで
 歩かなければならない
傷口のひらいた 派手な装飾をしている そんな 死んでいることも気づかな
い 奔放なものたちと 終わることのない対話を かさねなければならない

声は 生まれたときから 後戻りできないものだと 覚悟したのだろうか や
がて わたしを離れて あるいは わたしと再び結びつき 波紋として つ
ぎつぎと 人々の記憶のなかに 刻まれていくかもしれない 
やがて 人々と触れ合い 傷つけ合い そして ひとの狡猾や欺瞞を食らい
立ち止まった その曲折

高低の測りを正確に求める 人々の分別という呵責さに そのノマドのような
自由を 削ぎおとされ 未踏をいく冒険者のかたむきを 永遠のなかに 深く
沈めて 思考を停められたものとして また 数式の針のように 決して狂わ
ない定義として それは 人々の憧れとなるかもしれない つまり 銃口を
 いつまでも射手に持たせつづけて しずかな佇まいと 分厚い名声を携えた
 木漏れ日のような経歴に 浸りつづけるだろう

しかし 同時に そのくつろいだ身体には 鸚鵡のように いつまでも 同じ
意味を喋りながら 死者も寄り付かない空を 旋回しているのだ そして そ
こから派生して 生まれてくるものは お互い しがみつき合っていて いつ
までも 死ぬことはない 

ただ 世の中の気まぐれによって その裂け目から あたらしい物語を あた
らしい事実を 湧水のように つくっているのだ
ときとして 撃たれて 死んだ鳥が錐のような声をあげて
西の空に飛んでいく

   4

(「やす」くん――患者 T・Rの症例)

「りく」ちゃん と どこからか声がする
人見知りの僕に 「やす」くんという仲の良い友達がいた 「やす」くんは僕
を「りく」ちゃんが 親しみがあるから良いよと 最初に呼んだのだ その後
 みんなが「りく」ちゃんといい その呼び名は 二十歳を超えて 今でも言
われている この笑顔をたやさぬ「やす」くんは 物知りだった 「断食芸人」
という奇妙な物語や アレキサンダー大王がダータネルス海峡を渡った本当の
理由など 僕は眼を丸くして聞いた ある日 「やす」くんは マフラーを忘
れたので 家まで届けようと 僕は 知らない場所を尋ねながらいった 「国
境の公園」といわれるむこうに 高い壁があり それを潜ると 人気のない街
並みが続いていた そこは 薄暗くまるで死んでいるような精気を感じられな
い 不思議な感覚がしていた その二番目の三叉路のところに 「やす」くん
の家はあった 大きな鉄でできた戸を開けると 動物を絞め殺す鳴き声がした
 幅一メートルくらいの細い石を引き積めた道を 暫らく通って 玄関のとこ
ろに来ると 「やす」くんは 凍る眼で 僕をみて 奪うように マフラーを
取った 僕は 「やす」くんと声をかけて 手を差し出そうとしたが なぜか
 身体が動かなかった 街並みの異様な薄暗さと 余りの不快な感覚のため
 今まで現したことがない 軽蔑の眼でみていたのかもしれない 「やす」く
んは急いで家の奥に隠れていった 「やす」くんに会ったのは それが最後だ
った 次の日 学校に行くと 「やす」くんの席はなかった 先生は出席の点
呼で 「やす」くんの名を呼ばなかった 先生に「やす」くんのことを尋ねる
と とても 穏やかで落ち着いた顔をして そんな生徒はいないという 回り
をみると 理由はわからなかったが 「やす」くんと仲の良かった かこちゃ
んも けいくんも みんな楽しそうに 笑っている 「やす」くんのことを話
すと 誰も「やす」くんのことを知らないという 僕はとても悲しくなった 放
課後 かこちゃんと けいくんが 新しくお墓を作ったから いっしょにお参
りしようと 僕を誘ったので ついていくと 名前のないお墓だった かこち
ゃんとけいくんは 泣いていた 僕は誰のお墓か尋ねると「やす」くんのお墓
と小さく言って 私たちが天国に送るのといって泣いた 僕も訳もなく悲しく
なり 三人で夕暮れまで泣いた
それから十年がたった
大学生のときの春先の頃だった 大学巡回バスのなかで 「りく」ちゃんとい
う声がしたので 振り向くと 同い年くらいの学生がつり革をもって立ってい
た 学生は全く素知らぬ振りだったが おもわず「やす」くんと言っていた 
学生は 驚いて不思議そうな顔をしていた それ以上話しかけようとはしなか
ったが あれは「やす」くんだったかもしれない 
僕は 次の日 「国境の公園」にいった
その向うには 街の近代化で 高層マンション群が連なっていた 僕は 子供
の時と同じ 公園のブランコに乗った 「やす」くんの名付けてくれた「りく」
ちゃんという声がいまでも聞こえる でもどうしてだろう 僕は「やす」くんの
顔を知らないのだ 僕は あれから ずっと ブランコに乗っている
僕の脇で 「りく」ちゃんと 声がする
いっしょに来た彼女が もう帰ろうと言っている


         5

どのくらい歩いただろうか
いつまでも
アスファルトの道を歩いていると
遠くで おーい と 呼ぶ者がいる
振り返ると 通行人が
ハンドタオルを落としたと持ってきてくれた
お礼を言ってから
ふと わたしは ほんとうは
二度 声を聞いているのではないかと
立ち止まった

わたしは 友人の見舞いに行ったのだ
胸のなかが ざわざわして 
何か起きてないか 心配になり
スマートホーンを取り出して
友人に メールではなく
電話をした

空には
巨大な入道雲が浮かび
蝉が 鳴り止まない


意識の運動について四つの詩

  前田ふむふむ



涼しい風が吹いている
川沿いの土手に繁る草は 笑顔のようにそよいでいる
仰向けになって寝ていると 
そこには 自己主張する青い空
そして
白い入道雲が わたしに覆いかぶさるように
睨んでいる 
あの入道雲の右あたりに 大きく鋏をいれ
四角く切りぬいたら その向こうには何があるのだろう
空は痛みのために
血を流すのだろうか
もし 切り抜いた向こうに 違う空があるのだとしたら
どんな空 なんだろう

昔 
見知らぬ世界に
風が通りぬける道がある と聞いたことがある
夜の漆黒のなかで 見たことがない一角の白い馬が 静かに息づいていて 
水晶のように透明な植物が一面
咲きほこり なめらかな風が 吹いていると
わたしは 幼いときに
確かに 聞いたことがある
そこがどこにあるのか
誰かに たずねてみても 知ることはかなわない
でも その夢のような場所をもとめて
ひとは 叶えたい願いを 風に流すのだろうか
あるいは 灰色の罪や悔いを
石のように積みかさねて
許しを乞うたのかもしれない
なぜか そのような気がするのだ

だからなのかもしれない
さわやかな 初夏の朝
ひとりで コーヒーを飲んでいるとき
ふと その風を感じたことがある
そんなとき
わたしは 鋏を入れて 毟るように
朝の陽ざしを 
白い清潔な窓を
テーブルの青い紫陽花を
コーヒーの香りがするダイニングを
すべて切り抜いて
目覚めたばかりの眼窩に仕舞込んだ
すると そのあとには 
ただ欠落した大きな穴が
胸の底で 呻くような低い轟音をたてて開いていて
切れ端には 血が滲んでいる

わたしは その度に 強い痛みを感じて
気丈な外見とは 裏腹に
後ろめたさと 後悔を隠して
誰もいないところで
切り抜いた
切れ端を 謝りながら 胸の底深くに埋めるのだ

もうすぐ命日になる
父の遺影が仏壇に飾ってある
きょうも
抑えられない欲望が命令する
ひかりに充ちた
風がとおりぬける道を 見るために
きょうは あの思い出を 迷わず 切り抜こうか
もう 分からないくらい 長い間 
血だらけの手だから
わたしはこうして 力強く生きている



生きる男  患者T・Cの症例

旗のようにつづく樹木の参道に わたしは 痛めている足を 引き摺りながら
自分の未来の平穏を願い 胸をときめかせて 大きな大樹の下の古びた神社に
やって来た なぜなら ここで聞いたことを 実行すれば 必ず 幸せを実感す
る生活が 約束されていたからであるし その他のいくつかの自分が望む答え
が 約束もされていたからだ
高価な衣装で着飾って 無表情な能面をつけた神官が 奥のほうから現れて
落ち着いた声で尋ねた 左の小高い丘に設えてある絞首台と 右の裾野にあ
る安息の揺り篭を差して 「どちらがおまえの未来か 答えてみなさい 」と
いった そして 神官は 右の揺り篭に 毒薬を置き 左の絞首台の前で 幸
福という名の詩を朗読した 空が溶けるような 甘美な朗読が 半ばにくる頃
期待とは裏腹に わたしはその不受理に 湧きあがる怒りを 抑えきれずに
 落ちている石で 神官を殺した カラスが洪水のように いっせいに飛んで
きて神官を 突いて食べている わたしは その時から 答えのない世界にむ
かった
空が 赤い血を浮かべているようだった 激しい動揺で 朦朧とした意識で歩
いていると 殺伐としたY字路にぶつかった すると そこに すでに死んだ
神官が現れて さきほどの神社とは逆に 右の道には絞首台 左の道には揺り
篭があった そこには毒薬は置いてなかった 代わりに ばらばらに離散した
家族が仲良く立っていた
誤解だったかと わたしは 後悔の念で 大声で泣いた そして 以前より強
い怒りで死んだ神官をふたたび殺した 神官は 幼い子馬のようだった 
涙が涸れて 笑い狂い 草が水滴で濡れる朝まで歩いた 
朝陽が眩しさを増してくると ふたたび Y字路が眼の前に現れた 今度は
逆に 右の道に揺り篭があり 左の道に絞首台があった 絞首台の上には毒薬
があり 一方の揺り篭のそばで 死んだ神官が わたしを嘲笑した視線で 幸
せのための詩を朗読した やがてその朗読は高笑いに変わった その作為的な
悪意に わたしは 死んだ神官を 何の戸惑いもなく殺した 神官は ウサギ
のように弱々しかった 
ある時 通勤電車のなかで 柔らかい座席に腰をおろしていると わたしは
 神官に囲まれていることに気付き 眼をつぶった そして 到着駅に着くと
 激しく嘔吐した わたしは 急ぎ足で まっすぐ家にむかったが 見慣れた
Y字路に来ると 強い頭痛に加え 急に目が見えなくなり 立っていられず
 意識が薄れてきて 気を失った 

翌日 よれよれの服を着た男が 顔を自分の家の前のどぶに 突っ込んだまま
死んでいた 
通行人は まるで気づかないように 通り過ぎた 
不注意の事故とみなされて 「40歳の無職の男が栄養失調により意識障害を
起こし転倒して死亡」と小さく新聞に載った 
とても 寒い日の極めて小さな出来事であった 
男は 神官を殺した数だけ 生きた 
男は 神官の質問に答えなかっただけ 生きた

男が行きたいと願った
近くの神社では 月例祭がおこなわれていて やさしい顔をした神官が
氏子たちが揃う前で 恭しく神前に頭を垂れていた





よく空をみているね―――といわれたことがある
「あの透明な色のなかにとけてしまいたいから」と 嘯いた
ほんとうは 無意識にみていたのだから 
わたしの足跡のように

わたしは はたして自分が思い描いたことを 出来たことがあっただろうか
世の中のひとが 普通に出来ていることを何ひとつ出来ていない気がする
いつも 心は空腹で だからといって無性に食べたいことはなかった
もう 終わりにしてもいいと思うけれど 
日陰で 隠れるように 地味な花を
咲かせていても 苦情を言われることはないだろう

今年は確定申告に行かなかった 
有り余る医者の領収書を眼にしていると 
生きている決算書のような気がして もう これ以上 
惨めな清算をしたくないと わたしは 紙切れのような薄い歩みを 
ごみと一緒に焼却した

春が軒下にたっていた 
夏が木に香ばしい汗をかいていた 
わたしは 一度も その優しさを口にしたことがなかった 
何度も 胸の透き間を 風は吹いたのに

わたしは 欠如という花束を握り 怯えている少年の声をよく聞いた
時間を忘れて ともだちと楽しく 地面の上に白いチョークや蝋石で書いた線路が 
切断されて わたしの前にある

雨が降っている

通販で買ったストーブは 冷たい身体を暖めてくれる
やがて 鼓動が 穏やかになる頃には わたしは 宛先のない手紙を書いている
柔らかな枕元に耳を当てると なつかしい電車のレール音 時間を走る電車の窓の外には
荒れ果てた平原があり 蹲っていた わたしがいたと 
そのわたしを探しにいく遠い旅にでると

テレビはついているが 音は聞えない

ドアを叩く音が途絶えてどれくらいたつのだろうか
朦朧とした瞑りのなかで 冬が香ばしく 窓枠の影を痩せたひかりが暖めてい

若い手を握ったきのうは 土のなかに沈んでいる
数年を跨いで 
本の間に 埋もれていた友人の手紙を見つけて 
遅れた返事を書く
宛て先のある手紙
ボールペンの先から 過去がみずのように湧き出てくる
窓のそとは 立ち上がった夕暮れ
赤い色が そっと 空のうえから ドアを叩いた
ひととき
わたしの鼓動が 熱を帯びて全身をおおった
       
空は きょうも 上にある


未明のとき

    1

いまおもえば どれくらいあっただろう
女が長い髪を振り乱し 
胸元ははだけ 汗ばんだ口元から
呼気が 荒々しく吐き出される
足は 一日を歩き切ったように
かくかくと 小刻みに震えている
けれど 顔を見ると
眼はみずうみの底のように 冷たいしずかさを
横たえている
殺意に似たものがしずかに鳥のように舞う
そういう無名の夜を 女を抱きながら ふたりで 
いくどか 通り過ぎた気がする

日常は悪意に満ちている
そこは境界のこちら側にいる
主観という震えるような囁きの舞台
やさしさに満ちた そして 軽蔑に溢れたことばが舌の上を飛び交う
暖かい風と 冷たい手のぬくもりが わたしの肩にふれる
そのひとつひとつの綻びに 
雨音のように浸みこんでいる 悪意がある
こうした いつでも掴むことができる 悪意があるから 
わたしは すすんで積極的に
ひとに向き合って生きていけるのだろう
けれど ふとした瞬間に 
音楽のような鼓動を 固く凍らせて
切り立つ断崖のうえに 冷たい幕をひろげた
無名の花が咲く時間がたしかにある
家の壁が 軋みをおこし
窓ガラスが ガタガタと音をたてて振動する
そんな夜が絶叫した未明に
恐ろしさで 時間の針ですら 振り返る
おぞましい正気が顔をだしてくる
それを見せるために 
夜は わたしの胸の底まで 
しずかな砂漠を一面にひろげているのか

「まってください」
女が バス停車場で乗り遅れて
あわてて 乗り込んだのだ
汗ばんだ声 呼気は 途切れ途切れに 上ずり
顔は昂揚として 恥ずかしさで 赤みを帯びている
落ち着こうと
つり革を握るか細い手の白さのうえに
痛々しい 赤く滲んだ傷がある
その切れ目から 
境界のむこうにある
無名の夜がしずかに 
覗いていたような気がした

女は何かを感じたのか
わずかに わたしの視線をけん制するように
一回 振り向き
清楚な眼をみせると
ふたたび 何もなかったように
そとの街並みを見ている


幻想的な日常についての二つの詩

  前田ふむふむ

夜の季節の断章       


遠くから祭りの太鼓を打つ音が
聞こえてくる
かまくらの灯りが断片的に 沈んでいく空のなかで
浮遊している

その十二月の空が 
透明なガラスの水槽のなかにある
ひきしおのような冬の芽が
胎動している水面に
ふるえながら 耳をそばだてると
泡をたてずに
水面は 両耳をつくり
凍える声で
わたしと呼吸をしている
遠く
夕暮れの橋をわたった雁だろうか
風を切るような声が
水面を覆ってきこえてくる

円筒形の器は
水けさを増して
鏡のように映り
顔 なつかしい顔が
あらわれては 
滑らかな肌にうかぶ夜に消えていく
眠りにおちそうなわたしは 
水にゆれながら
点々と水底に埋めている
顔を追う
やがて
水面まで
水底が切り立ってくると
父の骨を夢中になってむさぼり食う
わたしの顔だけが映っている
  (ほんとうの朝焼けは 
まだ地平線のむこうだろう
       いや そんなものは最初から
                 来るのだろうか)

一枚の夜霧のなかを
水滴が轟音をたてて 走りすぎると
ゆっくりと
風見鶏が回っている
庭のざわめきが
液状の眠りを さらに深めている
時間は
左から右へといくえの流れをつくり
仄暗い影のなかから
蝋の炎をもった
なつかしい父があらわれて
庭一面 水で充たした水槽に
ひとつひとつ灯りを点していく

おきあがる夜の誕生のひかり
暗闇はからだを
すこしずつ 折りたたみ
葬列をつくり 昏々と眠る

蒸せるような夏を前に
父がせわしなく逝った
そのときから
母は句点のような日々をかさね
なつかしい海鳴りを見ている
母の手を取る
わたしの呼吸は しずかさのなかから
死者の炎に
みずからの
源泉をもとめて

やがて
しじまが鶏の声にみちびかれて
金色を包む仄白いベールをはおると
ゆらぐ水底のなかから
今日も
帰っていく
父を見送っている
もうひとりの 新しいわたしが
うまれている



冬のおわりに

      1

喪服を着た父が せまい部屋の隅にいる
悲しいほど
とても暗い場所に
わたしは 気の毒に思い 
傍により 声を掛けると
父は顔をあげた 
顔をみると
夢中でものを貪る わたしだった

かなり寝たので 夢だったのか ひどく汗ばんでいる
心臓の鼓動は 全身を掛けめぐっていて
ふと 耳をふとんにあてると 
今度は 父が階段を上ってくる足音がした
胸が 訳もなく とても痛い
でも ドアは 開くはずがない 
父は もう二十年前に死んだのだ
もう あなたの時代ではない
父さん はやく帰ろう とこころのなかで叫んだ
階段をあがる音が止まった
ドアは開かなかった

あたまを動かしたら ズキンと痛んだ
38・5℃の体温計が畳の上に無造作にころがり
渇いた熱がわたしの喉の奥を締めつける 
加湿器の蒸気が乾燥した部屋をうるおしている
下着を替えて 冷却シートを貼りかえて すこし落ちつく
体温計を拾い わきの下にあてる
熱は 朝より 下がっていた
そとから母の明るい声がする
おもては 雪が降っているらしい

医者の処方した薬を飲む
母が 階段をあがってきて 
氷枕をつくり わたしの汗を拭く 38・1℃
身体が怠いので
少し寝たら 天井が落ちてくる夢を見た
その天井を眺めていると
自然の木のなかにいるようで
家にいることを 一瞬忘れる
窓からは
少しずつ雪の明るさが降ってきて
庭のわずかな風のざわめきに促されてか
年代物の柱時計の音が わたしの鼓動と共鳴している
なぜか嬉しくなり 今 生きていると思う

階下の居間では 慌ただしく 何かが落ちて割れた
一週間前に買った 高価だった
カットグラスではないかと とても気になる
寝返りをすると
三日前から腕がひどく痛い
庭にある
ぼさぼさに覆い茂っていた樹木を剪定したのだ
虎刈りのように
すっきりとしたツバキやサツキは
親しみぶかいものに変わった

壁ぎわを見ると
学生の時に読んだ本が
書棚で整列して じっと わたしを見ている
その知性が醸しだす
冷たい空気は 草のにおいがした
処方薬のせいか
草むらは いつの間にか 暗くなり 見えなくなる

    2

オートバイが家のなかを通りぬけていく
晴れていた 
昼になって少し暖かくなったので
自転車で買い出しにでた
この街は
昔は 田中紳士服店 七本木生花店 青木ナショナル電気店
飯塚書店 渡辺雑貨商店 五十番ラーメン店などの
個人商店がたくさんあった
速度を落とすと 人ごみの中から
「今日は特別安くしとくよ」
やにわに越中屋鮮魚店の生きのいい客寄せの声が
通り過ぎていく  
そして丁字路がある

とても熱気のある商店街であったが
いまは やたらにシャッターばかりが目立っている
昔との違いは
歯科医院 内科医院 鍼灸院 整骨院
ドラッグストア コンビニ スーパーマーケット
介護施設 等ばかりが目立つことだ
きっと街全体が高齢化したので
それに合わせた街になったのだろう
それからもう一つ
カラスが いつも閑散とした通りや
電柱に異常なほどたくさん群れていて 
襲ってくるのではないかと
いつも怖くなる
わたしは速度を早める
そしてあの丁字路がある

わたしは度々 そこで悲しそうに蹲っている
紫色の服を着た少女に出会う
今日も一人ぼっちで 寂しそうだ
でも いまだに声をかけたことがない
スーパーで正月用の松飾やお供え餅を買った
帰り際 丁字路 そういえば 
ここには小学生のとき クラスで一番可愛い子が住んでいて わたしはとても
好きだった 毎日 その子と話すのが楽しみで 学校に行っていたといっても
良い でも後で その子が 新聞にも載った犯罪者の親の子だと分かり あっ
という間にクラスで噂になったのだ それからは 陰口をたたく子もいて わ
たしは気にしなかったが その子といつものように気軽に話せなくなった し
ばらくして その子は引っ越していった その引越しの日に わたしは耐えら
れなくなり 会いにいったけど とても辛そうにみえて その子に声をかける
ことが出来なかった
それ以来 わたしは 今でもいざという時には ごまかして生きているような
気がする
  
いまは月極駐車場になっている
その駐車場のなかで寒つばきが咲いていたので
ひと通りはあったが わたしは 構わず 一番かわいい一本を摘んだ
家の小さな花瓶に生けよう
いつもいる少女が 見えなくなっている
帰ったら正月の支度でいそがしい

オートバイが通り過ぎていく
遠のいたり近づいたり
そしていつまでも
エンジン音が聞こえている

      3

寝返りをうつと
寒さが 布団の隙間からはいってくるので 
身体を丸めて眠ったようだ
眼を覚ましたら
部屋のなかはすっかり暗くなっている
窓は 街灯の灯りが点っている
その灯りで
花瓶が畳みに影を落としている
挿してある紫色の寒つばきの花は 枯れていて 
異臭を放っている
階下で物音がする
母のぶつぶつといった独り言がきこえる
たぶん
介護が必要な母が 簡易トイレで用を足しているのかもしれない
雪はいつの間にか
雨に変わっている


青い声が聴こえる日

  前田ふむふむ



某月某日 午後1時

ふふふ と白い歯を見せて 
端正な顔立ちである
介護ケアマネージャのHさんが笑う 
深い座椅子に凭れるように座りながら
つられるように 母は顔をほころばせる
ふだん
わたしと母だけに ひかりがあたっている狭い空間が
朝 雨戸をあけた時のように
部屋の隅々まで 呼吸をはじめる
その明るさのなかで
母は 身体を乗り出して
今まで生きた足跡を 語りはじめる
もう暗記ができるほど 聞いた話だが
その話を聞くたびに 母の人生が日に日に 厚みを帯びてくる

(あの日 母さんが死んで 海辺で泣いたの
(悲しくて いつまでも浜辺を走っていたの
(海の向う岸は 一面見渡すかぎり 真っ赤に燃えていたわ
(まるで絵画のようにきれいで
(あのなかで従兄弟のさっちゃんも 邦夫おじさんも死んだわ
(とっても 怖かったの 覚えているわ
(きっと あの日から こころを裂くように
(無理にひらいて 受け容れたんだわ
(真っ赤な火を点けた人たちを
(でも 幼なじみの彼は そのとき 手を握ってくれていたわ
(とても 強く

母の話に 大きくうなずいて
笑顔を絶やさぬ
Hさんのお世話になって 三年がたつが
その間
母は子供に戻ったように 無邪気になり
ときに 少女のような優しさをみせる 

某月某日 午後四時

母は眠くなり 介護ベッドで横になる
少し眠り 寝ぼけながら
ひとりごとのように 呟く

(学校に遅れるからって 父さん バス停まで
(手を握って 引っ張るから わたし手がとても痛かった
(でも 父さん 嬉しそうだったわ

少し寝言を聞きながら
わたしは めくれ上がった掛布団を整えて
母の体温を計る 36.8℃ 

陽が短くなっただろうか もう外はうす暗くなっている

某月某日  午前0時

弧を描いて放物線が
地面に 小さなみずたまりをつくる
見上げると
家の傍の 街灯が消えかけていて
不規則に点滅している
そとは だいぶ寒くなってきた

母は二十分前 暖房付きのトイレに入って出てこない
用をたすのに時間がかかるのだ
二時間ごとの間隔で
トイレに行く
そのための歩行が 
母の運動機能を維持するために
大切なので トイレの独占という
この理不尽を容認している
ときどき 中から苦しそうな声を 
発していることがあるが
その声を聞くと
あの齢になり 生きることが 
自分との戦いのようで
いかに大変なことかがわかる
わたしは 尿意に耐えられないときは
さすがに浴室では 憚るので
たびたび 庭の隅で用を足す

いつものように用を足していると
となりの少年が不思議そうに見ていたが
傍に来ると
わたしの横で いっしょに用を足した
わたしと少年は 大きく放物線を描いた
そのときから わたしが そこで用をたすときは
決まって 少年と一緒だった
短かったが 笑いながらの少年との時間は
不思議と介護に疲れた わたしを癒してくれた

ある日 となりの奥さんに
息子さん 大きくなりましたね
というと 何を言ってるの
うちは 娘二人ですよと 怪訝そうにいった
そのときから少年は来なくなった

すっかり夜が更けて 
夜の十二時三十分を過ぎても
母はトイレから出てこない
心配になり 覗くと
もうすぐだからと 
まるで子供のように涙目でいう
わたしは いつものように庭の隅で
隠れるように用を足す

月は煌々として
身体をこおりのように冷やしている

文学極道

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