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泉ムジ - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


喝采

  泉ムジ

厚化粧して妻が出ていった部屋の
壁の染みに 息子が
「パパ、パパ、」と呼びかける
染みは人面に見えないこともなく
それが楽しいみたいだから放っておく
よく見れば
その染みは潰れた林檎に見えないこともない
俺はちゃぶ台に置いたMacを起動させ
書きかけの詩に着手する

延髄あたりに咬みつく黒蟻を
丹念に潰して
体液のついた指先をくちびるにあてると
空腹を刺激する 甘酸っぱさに
俺は 表面の乾いた林檎を一口齧り咀嚼して
詰まる気道から真っ赤な汁を吐き戻し
零れ落ちる断片もまた鮮やかに赤い
畳の上をみるみる広がっていく血溜まりに
集る 黒蟻の 背中が破け 内側から
立ち上がり 一斉に手を打ち鳴らしはじめる

夕暮れの 肉厚な手のひらに包まれて
気づけば俺はまどろんでいた
固まったあぐらを解くと
尻から垂れた汗が畳に染みて 気持ちわるい
化粧を落として 帰宅した妻が
丸善、というスーパーで買ってきた
林檎を 手渡された息子が
小走りにパパへと持っていく
息子を撫でるパパは俺に見えないこともない

家族が 互いを歓びあう
団欒の部屋に
ぽつんと佇んでいた影が緩慢に這って
林檎に齧りつく 甘酸っぱさに
俺は 延髄あたりから裂けることを望むが
既に家族は揃ってしまっているから
二人目のパパなど歓迎しないだろうとも思う
やがて 背中が血にまみれながら開き
喉の 奥から 絞り出した 産声に
笑顔の家族が 一斉に祝福の拍手をはじめる


ending

  泉ムジ

わたしはあおむけに
すこしずつ流されていく
かわべりにつかまるあしくびを
あらく研がれたくさがくすぐる

月があまくとろけ
むすんだくちのすきまからすべり
満たそうと
ささやきかけるからいっそうくちをかたく
むすんでこばもうとする

やがてこらえきれず
みなもにこぼれてしまう
くろかみのかげに小魚がむらがり
うろこをいくつか落として
あえぐこえもなく性交をおえると
つめたいままわかれてかえるところもない

かかとだけをのこしておしりのかんかくも
うしなったはずかしさもうしなったわたしはただ
おしまいをまつだけのからだになってしまったことに
たえるひつようさえうしなったわたしはもう
ただはやくあさがくることをねがっているだけで
おしまいのあとのはじまりをばかみたいに信じてみたいだけで
かかとにすこしのちからをこめてくちをひらく

さようならをするわたしは
あおむけに流されながら月をまといきらめいて
みぎからひだりからおなじように流されるひとたちと
とてもつめたい手と手をつなぎあわせ
さようならをするわたしたちは
たったひとつの意味さえ持たずにきらめいて
静寂のなかで幕がおろされ
明かりがついた客席にはだれもいない


無題

  プラスねじ

書きだしをしくじる
消しゴムあとが黒ずんで
いちページ破けば
その切り口が主張して
ノートをごみ箱にたたき込む
わかってる/なにも書かないに越したことは
ないわ/あたしのためじゃなくてね
ところで、
バスの裏側ってどうなってるんだろう
とり返しがつかないくらい
錆びてたら良いのに
それに乗って
全米ナンバーワンの
泣ける映画を見に行きたいわ

おすもうさんに
正常位でやられる夢を見た
次の朝、
折れまがったノートに
氏名/生年月日/身長/体重/スリーサイズ
/メールアドレスを書いてみる
「おねがい
 きれいなかっこしてきてね
 かなしい映画が
 だいなしになっちゃやだから」
そのページを破りとって
外に飛びだして
あおむけになってるから
おもいっきり突っ込んできてよね


神様

  泉ムジ

背骨がゴムみたいに頼りない。あたしの膣に、太いピアスをした男が前から出入りしなが
ら汗を流し、感覚が無いのに敏感に反応するあたしの乳首を、腕のひょろ長い男が後ろか
らいじりながら、何かをささやいてる。
                  あたしは、あたしは、3軒目の居酒屋でミーコち
ゃんとバイバイして、まだ十時だから、飲み足りないからって雰囲気の良さそうなバーに
飛びこんで、バーは、愛想のいいマスター、と、あ。耳がぞくぞくする。頭悪そうな声で
腕ひょろが、何かをささやいてる。太ピアスの出入りが激しくなり、もうイクもうイクっ
て叫んで膣から抜いて、あたしの髪を引っぱって射精する。精子まみれになったあたしの
顔は、きっと、親でも見分けられない。
                  あたしは、あたしは、彼氏が迎えに来たミーコち
ゃんとバイバイして、愛想のいいマスターが勧めるままにじゃんじゃん飲んでたら気持ち
悪くなったから、マスターにトイレまで連れてってもらって、喉の奥に指を入れて全部、
全部吐き出してると涙が止まらない、あたしの、背中をさすってくれる、マスターが、お
水、飲みな、って、あ。耳がぞくぞくする。床にぶっ倒れて肩で息してる太ピアスに代わ
って、後ろからおぶさってくるような格好で、腕ひょろがあたしの膣に出入りしながら左
手で器用に乳首をいじり、何かをささやいてる。ちゃんと聞こうとして左を向くと、デジ
カメを構えた男が立ってるのに気付く。
                  あたしは、あたしは、彼氏とは別れたいミーコち
ゃん、仕事は愚鈍なくせに恋愛はやり手なミーコちゃん、と、バイバイして、飛びこんだ
バーで泥酔してしまったから、我慢して飲んでたこと全部吐き出して、吐き出してもちっ
とも気分良くならない、ならないよマスター、ねえ、どうにかしてよ、マスター、がくれ
た、お水、飲んだら、背骨がゴムみたいに、なっちゃって、あ。あ。あ。顔面に、ぶちま
けられた精子で、あたしは二目と見られない。マスターが、デジカメを近付けて、ほーら、
笑ってー、笑ってー、って満面の笑みで、太ピアスが、俺もう復活したからもう一回いけ
るぜー、とか笑って、笑って、腕ひょろは、海と山、どっちが好き?って、ささやいてる。
海なら、ロープで足を縛って、捨てるし、山なら、ハサミでアキレス腱を切って、捨てる。
神様、は、どこにも、いない、いない、
                  あたしは、あたしは、あ。あああ。ミーコちゃん、


無題2(メンフィス)

  プラスねじ

おなかに食いこむ螺子が
きるきるきるる、と回転する
貧弱などぶ川が突っきる野っ原で
立体的に人びとが死んでく、の
をあたし見てた
絶滅したように平坦な空
豪雨を呼んでる
雷鳴が閃いて水面を流れ
そこからまたひとり這い上がり
石っころに躓いて雑草にしゃぶりつく
塔になるだろう、ね
その上で白人のロックスターが恋を歌い
あるいは黒人のキリスト者が夢を説いて
死んでく、メンフィス
名前なんて要らないのに、ね
はな先に雨粒
あたしは、野っ原に
直立する塔の礎で枯れた雑草をむしり
どぶ川に頭からめりこんでく
閃く雷鳴に撫でられながら
きるきるきるる、と回転回転回転する
螺子螺子螺子が、せなかを食いやぶり
空を波立てながらメンフィスまで飛んだ、の
をあたし見た気がする
どしゃぶりのなかで


autumn

  泉ムジ

夏は背を裂きかろやかに
飛散してふり返らず
最早 私は
何も抱かない/抜け殻
斜光が冷たく昨夜の灰を崩す
ためいきに似て
コップの汚濁から
折れた首を差し出す向日葵だけが
耳を傾けているようだ

脈の乾いた枯れ葉に
たちまち閉塞する狭い通りで
君は思想を持つべきだと
友人がくれた本を
売り棄て/一頁も読まなかった
最後に会った時
髪切れと笑う
新しい背広を着た彼の
ひどく痩せた顔を思い出す

路上に仰向けで少しずつ
死んでいくふりをする私は
半ば狂って
いるだろうか/友人よ
軒下の野良猫がつまらなそうに
あくびを噛んで
本の代わりに得た
チョコレートを割り投げてやっても
足早に跨いで逃げた

水のほうが温かく
解れる指先から
細く尾をひく泥が流れた
コップに秋桜を灯し
見惚れ/きっと明日も美しい
子供が生まれたという
友人の葉書へ
今度私にも抱かせてくれと
向日葵の種子を添えた返事を書く


無題3(六月の海)

  プラスねじ

なんだっけ思いだせない
あたしは便器に顔をうずめて
さっき飲みこんだばかりの
薄暗い花を咲かせてる
六月の海から
大丈夫あいしてるから大丈夫
が床にへばりつくのを
はやく迎えにきてほしい
あたしは便器を抱きしめていたくない

六月の海は
季節のすきまに締め上げられ
浮遊する汚物は耐えがたく
あたしは息をずっと我慢してるから
襟の垢じみたシャツで良いから
肩にかけてほしい
おんなじ曲がリピートまた
大丈夫あいしてるから大丈夫
が安っぽい感傷をほどこしてくれる

一面に散り敷かれた切り花を
蹴り除ける革靴の音に
もうなんでも別にかまわないから
スカートを捲り上げて
犬みたいに後ろから犯してほしい
けれどその手は冷たく
やっぱり六月の海は寒かったんだなと思う
なんだったんだろうあたし
あなたにとって


愛情

  泉ムジ

海のそばにあるちいさな店で、ピアニストが最後の曲を演奏しはじめると、おたがいの腰
に手をまわした老夫婦が軽快なステップでテーブルのあいだを縫っていく。潮風に傷んで
しまったのか、木製のテーブルはどれも重心がさだまらず老夫婦とともに揺れてしまうか
ら、そのいくつかに置かれていたグラスは、中身をあふれさせたり、床でくだけたりして
いる。けれど、それらをかたづけようとするだれかは、もういない。

演奏が終わりにむかうにつれて、ピアノの鍵盤が低い音から順番に失われていく。

熱っぽい視線をからませていた老夫婦は、いまでは老女だけになり、それでも、まだ伴侶
がそこにいるかのように、虚空をしっかりと抱きながら軽快なステップを踏みつづけるそ
のひと足ごとに、くだけたグラスの破片が重力をわすれて舞う。ピアニストはすこしずつ
上体を右によせ、神経を指さきまでいきとどかせたまま、かつて、波うちぎわで遊んだう
つくしい恋人のことを思い浮かべて、静かに微笑む。

どうしても単調になっていく演奏をおぎなうように、低く海鳴りがきこえてくる。

ドレスのすそを摘んだ老女は素足で水を跳ねあげ、さえぎるものがなにもない、かつての
波うちぎわをじゆうに踊っている。目にうつるすべてがまぶしいくらいに反射しているけ
れど、きっと、朝はまだおとずれないはず、どうか、もうすこしだけ、と、歌っている。
そして、そっとペダルから足が外れ、ほんのいっしゅんだけのぞいた朝のひかりをおおう
高波のなかに、最後の音はさらわれて。

文学極道

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