#目次

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泉ムジ

選出作品 (投稿日時順 / 全30作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


corona

  泉ムジ

そっと手をひらいて
潮が去ったあとに
日輪にうつるオウムたちの
羽冠
とり残された 点描の泡
立ち眩む/宿借は殻を捨て
行くべきなのだ/
という嘘に
湾曲をなぞっていた黒い肌の少女は
赤い波打ちぎわに腰かけて
砂まみれの足首を抱いた

ここには王国があったという
彼は道路に立ち 胸を指して
自分にはその血が流れているだろうかと問う
聞こえなかったふりをする
私の肌は白すぎて 熱に膨れ
かつて幻想だった大地に横たわる
影を踏んで
日傘を捨て
堅い手をやわらかな腹部へとみちびき
ここにあなたの血が流れていると答えると
彼は膝を折り 髭だらけの口で祈る

ひと月ぶりの朝に
岩穴を這い出し
水が退いた平地へ下りる
歓声
打ち上げられた 木製の船に
漕ぎ手はない/宿借は新しい殻を
見つけられずに死んだ/
それでも
石壁に奴隷や家畜が折り重なる神殿で
新しい生け贄が捧げられ
砂浜の足跡は消された

母はこの海を渡ってきたという
誰も知らない 遠い場所から
そのことを母に尋ねても何一つ教えてくれず
聞こえなかったふりをする
白く輝く肌は あたしと違い
幻想と呼ばれる大地を思わせる
風が吹いて
髪がなびき
はるか昔に飛んでいったオウムたちへ
ふたたび切りひらかれていく予感を告げると
あたしの爪先は濡れ 濃い朝焼けに触れる


喝采

  泉ムジ

厚化粧して妻が出ていった部屋の
壁の染みに 息子が
「パパ、パパ、」と呼びかける
染みは人面に見えないこともなく
それが楽しいみたいだから放っておく
よく見れば
その染みは潰れた林檎に見えないこともない
俺はちゃぶ台に置いたMacを起動させ
書きかけの詩に着手する

延髄あたりに咬みつく黒蟻を
丹念に潰して
体液のついた指先をくちびるにあてると
空腹を刺激する 甘酸っぱさに
俺は 表面の乾いた林檎を一口齧り咀嚼して
詰まる気道から真っ赤な汁を吐き戻し
零れ落ちる断片もまた鮮やかに赤い
畳の上をみるみる広がっていく血溜まりに
集る 黒蟻の 背中が破け 内側から
立ち上がり 一斉に手を打ち鳴らしはじめる

夕暮れの 肉厚な手のひらに包まれて
気づけば俺はまどろんでいた
固まったあぐらを解くと
尻から垂れた汗が畳に染みて 気持ちわるい
化粧を落として 帰宅した妻が
丸善、というスーパーで買ってきた
林檎を 手渡された息子が
小走りにパパへと持っていく
息子を撫でるパパは俺に見えないこともない

家族が 互いを歓びあう
団欒の部屋に
ぽつんと佇んでいた影が緩慢に這って
林檎に齧りつく 甘酸っぱさに
俺は 延髄あたりから裂けることを望むが
既に家族は揃ってしまっているから
二人目のパパなど歓迎しないだろうとも思う
やがて 背中が血にまみれながら開き
喉の 奥から 絞り出した 産声に
笑顔の家族が 一斉に祝福の拍手をはじめる


ending

  泉ムジ

わたしはあおむけに
すこしずつ流されていく
かわべりにつかまるあしくびを
あらく研がれたくさがくすぐる

月があまくとろけ
むすんだくちのすきまからすべり
満たそうと
ささやきかけるからいっそうくちをかたく
むすんでこばもうとする

やがてこらえきれず
みなもにこぼれてしまう
くろかみのかげに小魚がむらがり
うろこをいくつか落として
あえぐこえもなく性交をおえると
つめたいままわかれてかえるところもない

かかとだけをのこしておしりのかんかくも
うしなったはずかしさもうしなったわたしはただ
おしまいをまつだけのからだになってしまったことに
たえるひつようさえうしなったわたしはもう
ただはやくあさがくることをねがっているだけで
おしまいのあとのはじまりをばかみたいに信じてみたいだけで
かかとにすこしのちからをこめてくちをひらく

さようならをするわたしは
あおむけに流されながら月をまといきらめいて
みぎからひだりからおなじように流されるひとたちと
とてもつめたい手と手をつなぎあわせ
さようならをするわたしたちは
たったひとつの意味さえ持たずにきらめいて
静寂のなかで幕がおろされ
明かりがついた客席にはだれもいない


無題

  プラスねじ

書きだしをしくじる
消しゴムあとが黒ずんで
いちページ破けば
その切り口が主張して
ノートをごみ箱にたたき込む
わかってる/なにも書かないに越したことは
ないわ/あたしのためじゃなくてね
ところで、
バスの裏側ってどうなってるんだろう
とり返しがつかないくらい
錆びてたら良いのに
それに乗って
全米ナンバーワンの
泣ける映画を見に行きたいわ

おすもうさんに
正常位でやられる夢を見た
次の朝、
折れまがったノートに
氏名/生年月日/身長/体重/スリーサイズ
/メールアドレスを書いてみる
「おねがい
 きれいなかっこしてきてね
 かなしい映画が
 だいなしになっちゃやだから」
そのページを破りとって
外に飛びだして
あおむけになってるから
おもいっきり突っ込んできてよね


神様

  泉ムジ

背骨がゴムみたいに頼りない。あたしの膣に、太いピアスをした男が前から出入りしなが
ら汗を流し、感覚が無いのに敏感に反応するあたしの乳首を、腕のひょろ長い男が後ろか
らいじりながら、何かをささやいてる。
                  あたしは、あたしは、3軒目の居酒屋でミーコち
ゃんとバイバイして、まだ十時だから、飲み足りないからって雰囲気の良さそうなバーに
飛びこんで、バーは、愛想のいいマスター、と、あ。耳がぞくぞくする。頭悪そうな声で
腕ひょろが、何かをささやいてる。太ピアスの出入りが激しくなり、もうイクもうイクっ
て叫んで膣から抜いて、あたしの髪を引っぱって射精する。精子まみれになったあたしの
顔は、きっと、親でも見分けられない。
                  あたしは、あたしは、彼氏が迎えに来たミーコち
ゃんとバイバイして、愛想のいいマスターが勧めるままにじゃんじゃん飲んでたら気持ち
悪くなったから、マスターにトイレまで連れてってもらって、喉の奥に指を入れて全部、
全部吐き出してると涙が止まらない、あたしの、背中をさすってくれる、マスターが、お
水、飲みな、って、あ。耳がぞくぞくする。床にぶっ倒れて肩で息してる太ピアスに代わ
って、後ろからおぶさってくるような格好で、腕ひょろがあたしの膣に出入りしながら左
手で器用に乳首をいじり、何かをささやいてる。ちゃんと聞こうとして左を向くと、デジ
カメを構えた男が立ってるのに気付く。
                  あたしは、あたしは、彼氏とは別れたいミーコち
ゃん、仕事は愚鈍なくせに恋愛はやり手なミーコちゃん、と、バイバイして、飛びこんだ
バーで泥酔してしまったから、我慢して飲んでたこと全部吐き出して、吐き出してもちっ
とも気分良くならない、ならないよマスター、ねえ、どうにかしてよ、マスター、がくれ
た、お水、飲んだら、背骨がゴムみたいに、なっちゃって、あ。あ。あ。顔面に、ぶちま
けられた精子で、あたしは二目と見られない。マスターが、デジカメを近付けて、ほーら、
笑ってー、笑ってー、って満面の笑みで、太ピアスが、俺もう復活したからもう一回いけ
るぜー、とか笑って、笑って、腕ひょろは、海と山、どっちが好き?って、ささやいてる。
海なら、ロープで足を縛って、捨てるし、山なら、ハサミでアキレス腱を切って、捨てる。
神様、は、どこにも、いない、いない、
                  あたしは、あたしは、あ。あああ。ミーコちゃん、


無題2(メンフィス)

  プラスねじ

おなかに食いこむ螺子が
きるきるきるる、と回転する
貧弱などぶ川が突っきる野っ原で
立体的に人びとが死んでく、の
をあたし見てた
絶滅したように平坦な空
豪雨を呼んでる
雷鳴が閃いて水面を流れ
そこからまたひとり這い上がり
石っころに躓いて雑草にしゃぶりつく
塔になるだろう、ね
その上で白人のロックスターが恋を歌い
あるいは黒人のキリスト者が夢を説いて
死んでく、メンフィス
名前なんて要らないのに、ね
はな先に雨粒
あたしは、野っ原に
直立する塔の礎で枯れた雑草をむしり
どぶ川に頭からめりこんでく
閃く雷鳴に撫でられながら
きるきるきるる、と回転回転回転する
螺子螺子螺子が、せなかを食いやぶり
空を波立てながらメンフィスまで飛んだ、の
をあたし見た気がする
どしゃぶりのなかで


autumn

  泉ムジ

夏は背を裂きかろやかに
飛散してふり返らず
最早 私は
何も抱かない/抜け殻
斜光が冷たく昨夜の灰を崩す
ためいきに似て
コップの汚濁から
折れた首を差し出す向日葵だけが
耳を傾けているようだ

脈の乾いた枯れ葉に
たちまち閉塞する狭い通りで
君は思想を持つべきだと
友人がくれた本を
売り棄て/一頁も読まなかった
最後に会った時
髪切れと笑う
新しい背広を着た彼の
ひどく痩せた顔を思い出す

路上に仰向けで少しずつ
死んでいくふりをする私は
半ば狂って
いるだろうか/友人よ
軒下の野良猫がつまらなそうに
あくびを噛んで
本の代わりに得た
チョコレートを割り投げてやっても
足早に跨いで逃げた

水のほうが温かく
解れる指先から
細く尾をひく泥が流れた
コップに秋桜を灯し
見惚れ/きっと明日も美しい
子供が生まれたという
友人の葉書へ
今度私にも抱かせてくれと
向日葵の種子を添えた返事を書く


無題3(六月の海)

  プラスねじ

なんだっけ思いだせない
あたしは便器に顔をうずめて
さっき飲みこんだばかりの
薄暗い花を咲かせてる
六月の海から
大丈夫あいしてるから大丈夫
が床にへばりつくのを
はやく迎えにきてほしい
あたしは便器を抱きしめていたくない

六月の海は
季節のすきまに締め上げられ
浮遊する汚物は耐えがたく
あたしは息をずっと我慢してるから
襟の垢じみたシャツで良いから
肩にかけてほしい
おんなじ曲がリピートまた
大丈夫あいしてるから大丈夫
が安っぽい感傷をほどこしてくれる

一面に散り敷かれた切り花を
蹴り除ける革靴の音に
もうなんでも別にかまわないから
スカートを捲り上げて
犬みたいに後ろから犯してほしい
けれどその手は冷たく
やっぱり六月の海は寒かったんだなと思う
なんだったんだろうあたし
あなたにとって


愛情

  泉ムジ

海のそばにあるちいさな店で、ピアニストが最後の曲を演奏しはじめると、おたがいの腰
に手をまわした老夫婦が軽快なステップでテーブルのあいだを縫っていく。潮風に傷んで
しまったのか、木製のテーブルはどれも重心がさだまらず老夫婦とともに揺れてしまうか
ら、そのいくつかに置かれていたグラスは、中身をあふれさせたり、床でくだけたりして
いる。けれど、それらをかたづけようとするだれかは、もういない。

演奏が終わりにむかうにつれて、ピアノの鍵盤が低い音から順番に失われていく。

熱っぽい視線をからませていた老夫婦は、いまでは老女だけになり、それでも、まだ伴侶
がそこにいるかのように、虚空をしっかりと抱きながら軽快なステップを踏みつづけるそ
のひと足ごとに、くだけたグラスの破片が重力をわすれて舞う。ピアニストはすこしずつ
上体を右によせ、神経を指さきまでいきとどかせたまま、かつて、波うちぎわで遊んだう
つくしい恋人のことを思い浮かべて、静かに微笑む。

どうしても単調になっていく演奏をおぎなうように、低く海鳴りがきこえてくる。

ドレスのすそを摘んだ老女は素足で水を跳ねあげ、さえぎるものがなにもない、かつての
波うちぎわをじゆうに踊っている。目にうつるすべてがまぶしいくらいに反射しているけ
れど、きっと、朝はまだおとずれないはず、どうか、もうすこしだけ、と、歌っている。
そして、そっとペダルから足が外れ、ほんのいっしゅんだけのぞいた朝のひかりをおおう
高波のなかに、最後の音はさらわれて。


前夜

  泉ムジ

交差点で立ち止まると
二度と信号が変わらない気がして
アスファルトをすり減らし
ポケットの硬貨を折り曲げ
黒目が裏返ったとき
明かりがともる  。
夜に
引きずり込まれ
潜んでいた声とともに
溢れてくるものたちを
かかとの外れてしまったスニーカーで
踏み潰してもふみつぶしても
なお溢れ
車道にすべり落ちていく体液は
赤いあとをつけて
あなたの家に届けられる  。
やりきれなくて
溢れてきたものを
アスファルトのくぼみに埋めていると
いっそう濃くなった夜が
反転し

わたしは声を潜めていた  。
そして無数のわたしが
そこかしこの暗がりから
どうしようもなくはみだして
片っ端から捕らえられ
すりつぶされ
それでも
どうしようもなくはみだして
悲鳴を上げ続ける  。
はみだすわたしは
手遅れであることを知りながら
あなたの家の前の
赤いあとを
あなたが気づくより早く
消してしまいたいのだ  。
すりつぶされたわたしは
ポケットの中の
折れ曲がった硬貨が
数多の流れ星の一つであることを知っていて
夜は
信号が変わると同時に明けてしまう  。


ひとひら

  泉ムジ

ポータブルプレイヤーのディスクトレイを開くと、回転するディスクが明かりを反射して
きらめき、停止した。ラベルの無い表面に映り込んでしまう顔を決して見ないようにする、
それがどれほど曖昧にしか鏡として機能しないものだとしても。邪魔になった眼鏡を外し
レンズを不織布で拭いケースに入れ、小さな液晶モニターの黒い海を泳ぐ白いロゴ/電圧
による分子配列の変化がもたらす滑らかな動き/何も表示するものが無いことの表示/が
さっきまでそこに在った彼女の顔のように見えるけれど、さっきまでそこに在ったのも電
圧による分子配列の変化がもたらす滑らかな動き、彼女の顔の「表示」でしかなかった、
と同時に彼女の不在を示すものとして在るのだった。わずか1分にも満たない映像の中で
「ちゃんと撮れてるー? なんか……、恥ずかしいな」語りかけてくる彼女は風に抗って
右手で髪を左手でスカートを押さえ膝をさらし/夏だ/過去の夏/逆光で顔がよく見えな
い「逆光で、顔が」「わかったー」円周をなぞるように駆ける彼女の横顔に光が射してゆ
くのを追って「あ……」唐突にぶれる、空。右下から飛行機雲が伸び始める。「だいじょ
ぶー?」「ん……、空」白線がモニターの左上を貫いて「どこまでも伸びてくねー。きれ
いだなー」右手を額にあててまぶしそうに空を見上げる彼女をずっと、ずっと映したまま
終わる。始まりも終わりも「切り取った」ということを示す断面である。「おじいちゃん
またそれ見て泣いてるー」夏休みで帰省した孫が肩に腕をまわし全体重で負さってくる。
「おおっ、大きくなったなー」「えー! あたし太ったー?」まだそんなことを気にする
歳じゃないさ。「まだそんなことを気にする歳じゃないさ」彼女に会いに行こう。彼女の
若い頃によく似てきた孫を連れて。「さあ、ばあさんの墓参りに行こうか」「うんっ!」


ポップソング

  泉ムジ

おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつぶやけば、お経みたいね、
って、よく熱したフライパンに無塩バターを転がす小鳥がハミングでメロディをついばん
で、乳色に泡立ててとけてゆく中にたまごがふたつ割り入れられひとつになる、そうだね、
そんなうただった。ひとつなのに孤立した半熟のきみたちが薄い膜をふるわせ続けている、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを小鳥とふたりでうたいながら、なべに苺のジャムができあがり、カリカリに
焦がしたトーストが2枚と、ケチャップで口が描かれてスマイルになった目玉焼き。とて
も得意気に笑うから、ほんとうは醤油で食べるほうが好きだなんて、けっして言わない。
そんなことより、トーストに苺のジャムをたっぷり乗せてうれしそうな、小鳥とふたりで
うたっていられたなら、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつ
ぶやけば、お経みたいだ、って、すっかりつめたくなったフライパンの表面の、あぶらの
薄い膜がゆびさきにしっとり馴染むのを、たしかめるように何度もなぞっていると、火に
かけていたなべから、苺と砂糖が泡立って、焦げるにおいがキッチンにひろがって、とま
らない。食パンを口につめこんでつぶやきを止めて、小鳥がしてたみたいに、ハミングで
メロディをかなでようとするけれど、なべからたちのぼるけむりで息苦しくて、呼吸のし
かたを忘れていて、食パンを吐き出して、どんなうただったかな、小鳥、きみじゃないと
うたえない、小鳥、小鳥、小鳥、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを
捨ててつぶやけば、お経みたいね、って、うん、お経なんだ、って、平熱をしめす体温計
を手渡す。かなしいくらいかんたんに破れてしまう薄い膜をふるわせ続けて孤立している、
そんなうただった。それでも、ぼくたちはひとつで、そのことの証明として存在している、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを、あのキッチンで、小鳥とふたりでうたっていたんだ。


進化

  泉ムジ

 −見給え

大門氏、指差す先、
街灯の光届かず
黒い波立て
息も絶え絶えに
此方へ泳ぎ来る魚群が、
目蓋を持たぬ眼の濁りまで
嫌にはっきりと見えてしまう

 −あれは、何でしょうか
 −魚だ、それより、はやく石を拾い給え
 −何故でしょうか
 −何故、決まっている、こうだ!

直線を結ぶ石の
尖端が鰓に食い入り、
裂ける頭
めくれ捩切れ
粘る飛沫は鈍く跳ね、
無頭の魚影一つ
滑り没する

 −何故、こんなことを
 −何故、理由が在れば、良いか?
 −
 −うん、ジャイロボールの投げ方を教授しようか?
 −
 −変わらんよ、数匹は殺せる、が、端から数が違う

ならば何故、と
再び問う間も無く、
大門氏、投擲、次いで投擲
一石で二匹三匹
続け様に鰭が剥がれ腸がこぼれ、
沈む沈む面白いように魚影沈む
鋭角が無比の力で支配する

 −止めて下さい!
 −
 −理由も解らず、こんな、残酷は耐えられません
 −疲れたな、随分フォームも乱れてきた
 −
 −ほら、一遍、石を持ち給え、勿論、キミの好きに使うと良い

背骨まで凍えてしまう
石の温度が、
投げろはやく投げろ、と
痛いほど掌を急かす
浅瀬を狂おしく溺れ進む
無数に重なった鱗の闇雲な暴動を、
殺せはやく殺せ、と

 −無理です
 −そうか、仕方無い
 −恐ろしいのです
 −何れ、一緒だ、手遅れだよ

魚群が終に陸を踏む
奇形の
真新しい手足で、
石を拾い此方へ駆ける
彼らにも強く語るのだろうか
殺せ殺せ、と
ただ街灯の光が恋しい

 −これは、一体、何なのですか
 −見給え、来るぞ


広場

  泉ムジ

無駄話はもう終わり、男たちは一列に並び銃を構えた、合図を待っている、「愛の広場」中央、くすんだ黄金色の芝生に傾ぐ墓標、上空で、番いのカラスが楕円を描く、見つけた、砂に埋もれた白鍵を拾う、失ったことを見つけた、墓標の影が東に長く伸びてゆき、隊列を覆う、最も高い音で鳴いて、番いの楕円が切れる、無駄話はもう終わり、傾いだ墓標は撤去され、代わりに男たちの銅像が並ぶ、「革命の広場」の何処にも白鍵は見つけられない


ほとりのくに

  泉ムジ

 みんな眠っていた。議長でさえ涎を垂らしていた。最高権力者はその身分にふさわしく
最も大きな鼾をかいていた。男も女も関係なく、老人も若者も関係ない。快適な室温を保
つ空調が時に低い振動音をたてた。その静かな響きは多様な鼾を調和させ、子守唄にうっ
てつけだった。カメラがゆっくりとうなだれる。議長の口の端からあふれ続ける涎がまっ
すぐカーペットへ染み、やがて泉となった。テレビの前で我々は、はじめは笑い、次に怒
り、最後には眠っていた。とにかく酷いもんだった。そう族長は言った。泉のまわりには
何千だか何万だか、わからんくらいの人間がおった。みんな裸でな。すぐに問題が起こっ
た。族長は噛んでいた何かを吐き出した。そこかしこで強姦だ。どろりとした唾液の泡の
中に肉のすじがあった。我々は自由だが、規律は大事だ。女を犯した男たちは囲まれて撲
殺されるか、ずっと遠くへ逃げていった。あたしたちが泉の南へ向かったのは、と別の族
長は切り出した。倫理的な問題なのよ。たとえ野蛮で、殺されてもしかたないような男た
ちだったとしても、同じ人間じゃない。ここには木の実だってあるんだから。そりゃあ、
いくらでもあるわけじゃないけど。族長は指先で地面に単純な模様を描き短いまじないを
唱えた。飢えたって、人間を食べることはできないわ。人間以外の動物はカラスだけだっ
た。カラスたちは毛深く、黒く、鋭いくちばしとかぎ爪を持ち、その体長は人間たちと変
わらなかった。襲われることはなかったが、ひっきりなしに聞こえるしわがれた鳴き声や、
夜の森に隙間なく光る目は人間たちをおびえさせ、森から遠ざけるのにじゅうぶんだった。
カラスたちは自らが人間であったことを知っていた。我々が共有している夢の中で、どう
して自分たちだけが醜いカラスの姿をしているのかがわからなかった。人間の姿をしてい
る親族を見つけた者の鳴き声は特にかすれ、カラスたちだけに了解されるかなしみの響き
を持っていた。カラスたちは神聖な生き物なんだ。湖の北で暮らす族長はそう言った。私
は森でカラスが死ぬ姿を見た。くちばしで自らの胸を突き、食い破ろうとしていた。驚い
たよ。心臓をかみ砕いた瞬間、そのカラスは溶けたんだ。溶けて水になり、地面に染みこ
んだ。あっという間のことだったんだ。族長はひざまずいて泉に顔を浸け水を飲んだ。背
中に大きく彫られたカラスの絵が筋肉で歪んだ。私たちが渇かずにいられるのは、神聖な
るカラスたちのおかげなんだ。雨が降らないにもかかわらず泉は常にあふれんばかりで我
々をうるおした。西側には族長はいなかった。どこからともなく集まった我々は適当な間
隔で横になり、ただ長い長い眠りの中にいた。我々が共有する夢の中で、最高権力者はよ
うやく目覚めた。すっかり膝下まで泉に浸かっていた。起立して我々の生活を良くするた
めと信じきって疑わない、愚にもつかない法案を提起した。みんな眠っているのもお構い
なしに熱弁をふるった。この誰にも勝る熱意こそが最高権力者を最高権力者たらしめてい
た。ひとしきり声を張り上げたのち着席すると泉は腰の位置まで届いていた。すでに水没
した議長の、禿げ頭を隠すために伸ばした少ない髪の毛が眠りを誘うようにゆらめいてい
た。


反復練習

  泉ムジ

  当然だ
  ノートは可燃ごみ

九々を問う
どこかの母親の声が聞こえる
あなたは
胸の内でいちいち答えながら
ベランダで煙草を吸う
あなたの父親が吸っていたものより
ずっと軽く
においも薄い銘柄の

  いくら集めたって
  再び父はうまれない

七の段は
二度くりかえされる
子供が間違えたのか
そうすることが通例であるのか
あなたは七の段では躓かない
そして
あなたの母親も
九々を問うたりはしない

  埋めても埋めても
  穴は増えるばかり

九の段まで終えると
子供は眠る前に歯を磨くよう促される
吸いがらを携帯灰皿に片付け
しばらくの間
あなたは二の腕を掻く
掻きむしる
その季節にはまだ遠いが
蚊に食われたような痒みだ

  もし祈る気なら
  最もぶざまな姿で

あなたは
眠りの最中でさえ
間欠的に掻いてしまうため
爪は皮膚を裂き
生乾きのかさぶたが出来ては剥がれ
めざめたとき
点々、点々と
シーツは血で汚れている

  まずは顔を洗え
  話はそれからだ


負け犬、噛まないのか?

  泉ムジ

  所詮 つくりごと
  だから許せ

大門氏、三たび来りて
口笛を吹く
熟読中である「現代詩手帖」伏せ置き
何事ですかと問えば
キミぃ、朗報ですよとのたまう
歪な毛穴に誇張
された頬の紅潮に察知する
つまりこたびも合コンですね
大門氏、応えていわく
天与無き者は求めよ、戦え、そして奪うのだ!
箴言に力籠り握り潰す「現代詩手帖」
突き上げる情動
の斜めな発露により
ゴウコンコーンと宙に弧を描く

  無人の部屋
  の隅に
  ねじくれ へし折れて
  その紙束は「現代詩手帖」なんかより
  よほど相応しい題
  /例えば?
  /「悲しみのオブジェクト」とか?
  を与えられることも無く
  消費されるための
  エンタアテイメントでは無い
  極北に
  眠る 孤児の
  なきがらを
  幾つも内包していた

五対五が
五対三となり
余りニ、帰りて
−きゃつらの面は、あれは、栄養失調の狐じゃないですか
−しかし右端の女性はなかなかでした
−いやいやキミぃ、ああいった温和しそうな女性こそ、一皮剥けば毒婦だ
−果たしてそうでしょうか
−そうだ、化けておるのだよ、雌狐さ
口口に
ワンワン吠え
大門氏、蒲団を占拠
暴君の高鼾
に辟易し「現代詩手帖」を拾うと
数ページ抜け落ちて

  ファック
  ユウ と思う


青空のある朝に

  泉ムジ

 医者は、手がないからいけない、そう言った。途端、電話が切れ、二度と繋がらなくな
った。たとえ手がなくとも、医者なのだから、僕の手でよければ、さしあげても構わない
から、呼んでこよう、そう決意した。

 必ず、医者を連れてくる、彼女にそう言うと、どこにもいかないで欲しい、彼女はそう
こたえた。彼女の手は、まだあるが、弱々しく透きとおり、かわりに、肩甲骨の隆起した
あたりが、パジャマをつき破り、やわらかい羽毛につつまれ始めていた。

 まっ暗な通りをゆく人は、誰もおらず、まっ暗なのは、飛翔する人たちが、膨大な数の
感染者たちが、ひかりを遮っているからだ。そして、未だ手を持つ人たちは、誰もが感染
をおそれ、ひかりさえ漏らさぬよう、戸をかたく閉ざしているのだ。

 医者もまた、例外ではなかった。病院の戸を激しく叩き、僕の手は、金具をこすり、血
を流した。あわれんでくれたのか、若い看護士が一人、細く戸を開き、残念ですが手がな
いんです、そう言って、ほとんど見えなくなった手で、消毒液と、包帯を渡してくれた。

 駆け戻るあいだ、ぎゃあぎゃあと、まるで年老いた、赤子のなくような声が、何千何万
と降りそそぎ、建物に、地面にこだまし、通りに充溢し、空へかえっていった。耳をふさ
いでも、その声は、僕の内側で反響し、僕の口をついて、漏れた。ぎゃあぎゃあと、なき
ながら、僕の手がなくなっていく、透きとおっていく。

 転ぶように飛びこんだ、部屋には、もう、彼女はいなかった。薄いカーテンが、無数の
羽ばたきが巻き起こす風に、ちぎれそうに揺れ、ベッドの上で、彼女から抜け落ちた羽毛
が、くるくると舞っていた。消毒液が、床板にはねてこぼれ、包帯が、開いた窓から外へ、
どうしようもなく、流れていった。


姉のいない夜に書かれた六行

  泉ムジ

 詩人をうめよう、姉とふたり、森の奥の湖のそばの、やわらかな土を掘ると、草の汁が、はねた泥が、私たちの手を染め、汗でまとわりついたシャツが、姉のふくらんだ乳房を強調し、前髪を小指でそっと耳にかけ、しゃがんで姉は、静かに泣きはじめた、

 こんなに蝉がざわめいていたかしら、ね、私たちが、詩人を初めて見つけた日、まるで何も食べず、眠りもせずに、3日は経ったというような顔で、小屋から這い出してきた詩人を見て、姉はうれしそうに笑い、湖で顔を洗う詩人にハンカチを差し出した、

 にじんでくる水を、土と一緒にすくって、こんなに湿っぽいと、詩人のからだは腐敗してしまう、私は、たくさんの紙片を、詩人に見せるために書いた、けれどたった一度も見せることがなかった、できそこないの私の詩を、まんべんなく穴に敷きつめた、

 姉だけが、詩人の書いた詩を読んだ、毎晩のように、私が眠っているのを確かめてから、姉はひとり、小屋へ行き、次の朝食のあいだ、両親の耳にはとどかない声で、どれほど素敵な詩だったか、でも夜だから、あなたは連れていけないわ、とささやいた、

 森はたちまち暗くなり、湖面がかえす明かりを頼りに、姉とふたり、詩人を穴に降ろし、とりかえしのつかない速さでかわいてしまう汗が、急いで土を被せなくてはいけない、そう思わせても、汚れた私の手は硬直し、わたし、詩人をうめる、姉は言った、

 あらゆるどこかで、詩人がうまれるなら、やっぱり私が詩人になることはなく、永遠にできそこないの詩を書き続ける、あれほどさわがしかった蝉の声が、ぴたりと止む、姉のいない夜、冷たいベッドに触れながら、私はまだ、終わりの言葉を探していた、


休日のすごしかた

  泉ムジ

 東京の雨には
 どくぶつがまじっているから
 と、母は、

 どの窓から、こぼれているのか、ピアノ。いけない、また眠っていた。生け垣に、から咳。蝶を飲みこんだに違いない。信号が変わる。ペダルを踏む、しろいスカートのひるがえり。よぎる。かけ足で、横断歩道を渡れ。雨が来るぞ。奥歯に挟まる触角が、もどかしく、みじかい舌でとれない。あじさいにふかく埋もれる、しろい点を追うと、あたりが、和音につつまれる。のどを摘んで、から咳。横断歩道の白に落ちたのは、間違いなく、羽だ。ひときわ高く、ピアノ。ね、どこから。クラクション。いけない、また眠って。かけ足で、雨だ、どくぶつまじりの雨だ。でこぼこの口蓋に痛いくらいはりつく夏。

 そのうちね
 仕事もあるから
 と、こたえて、帰るつもりはない。


でたらめ

  泉ムジ

 猫のにゃん太郎は鳴いた。不愉快である、と。ひっきりなしにベランダに降りこむ雨に、
ではない。彼は、ひなたぼっこなどというお遊戯に興味がない。彼のもっぱらの楽しみは
のぞきである。向かいのアパートでは、最近越してきたばかりの若い男が一心不乱にポエ
ムを書いていて、それがまったく気に入らないのだった。前に住んでいた女はよかった。
昼間は仕事でほとんどいなかったが、夜は一人暮らしの孤独を慰めようと必死になって、
安いワインに溺れてみたり、だれかれ構わず電話をかけてみたり、時には名前も知らない
男を引きずりこんでみたり、あげくの果てには風呂場で手首を切ってみたり。それでも、
次の朝になれば平気な顔で仕事に出かけた。のぞく楽しみに満ちあふれていた。ところが
今のヤツときたらどうしようもない。邪魔っけだったレースのカーテンがなくなったのは
いいが、何の起伏もなく馬鹿みたいなスピードでポエムを書き続けている。ただそれだけ
である。いや、ポエムかどうかはわからないが、どうせ気づかれまいと、いちど近くまで
忍びよってみたら、でたらめを書きつけているだけだったので、こんなものはおそらくポ
エムに違いないと判断したのだった。しかしこの男、飯も食わずに眠りもせず、トイレに
立つことさえせずに、朝から晩までもう3日間こんな生活を続けている。不思議と言えば
不思議だ。こっちだって限界すれすれまで生理的欲求を抑制して、ほとんど看守のような
気分で見張っているし、まさかそれに気づいてこっそり済ますことなどできるはずがない。
そこまで考えて、彼ははたと気づいた。そして顔をゆがめ、鳴いた。不愉快である、と。
途端に降りしきる雨が雨でなくなり、みにくい文字列となって、次第に消滅していった。
あわてて彼がベランダから跳躍すると、間一髪でベランダがラベンダーにならび変わり、
落ちついた芳香を漂わせながら消滅していった。空中を落下しながら、彼は鳴いていた。
私はにゃん太郎である。どうかイメージして欲しい。一点の曇りもないつややかな黒毛、
サファイアのように冷徹に透きとおる青い瞳、かたくぴんと尖った元気いっぱいの短い耳、
それと対照をなす、やわらかく気品のある長い尻尾。こんなでたらめは許せない。にゃあ。
男はポエムを書き終えた。息を詰まらせながら伸びをすれば、もう3日くらい書き続けて
いたような気がした。無精ひげをさする手のひらが心地いい。いつの間にか雨はすっかり
止んでおり、今年の梅雨はもう明けてしまったかねえ、などと凡庸な感慨をつぶやきつつ
窓を開けると、猫が飛びこんできた。うわあ、なんだ、かわいい黒猫じゃないか。よし、
お前は今日からにゃん太郎だ。にゃん太郎、何か食べるか。愉快きわまりないという顔で、
男は笑った。にゃん太郎と名付けられた黒猫は、目を細め、ごろごろとのどを鳴らした。


ちがうみち

  泉ムジ

小ゆびを切るくさで編んだ輪を
かみにのせて
する約束はいつかの
わたしたちの絶交のため

はなうたよりもかるい
つもりで走って
いってしまうひとのはずむからだ
は追わなかった

ひしゃげた
花を避けよろめく自転車
耳もとすぐそばで風が吠える鼓膜がさけてもただ前へ

突っ切って
するどいくさのアーチを秋を
くぐってまっすぐに降って

おどるハンドルを
つよくにぎって国境をこえると
わたしたちまち
どんな気持ちもおもいだせなくなる


踊りかたを知らない

  泉ムジ

−ねえ?
−あいしていた?

−うん
−わからない

−ほんとうに?
−あいしていた?

−うん
−ほんとうに

−わからない?



−−−−−

けれど
これだけは言える
空ではない
首を傾げ
斜めに見上げて
いたのは

    女
     「椅子があれば
      完璧だったのに」
    男
     「僕は
      座らない」
    女
     「だから
      完璧なのよ」

椅子は、倉庫の中で、重ねられていた。椅子の上に椅子。その上に椅子。また椅子。我々
は、確かに、座られるために生まれたはずだが。確かに。こうして積み上げられたまま、
長らく、顧みられずにいる。役立たずだ。確かに。我々は。そう我々は、湿っぽい倉庫で、
窮屈な姿勢を強いられ、労働の喜びを奪われ続けている。我々よ。思い出せ。陽光と、子
供のにおいが充満した、我々の教室を。確かに。だが、待て。我々は、過去ではなく、未
来を生きるべきだ。確かに。つまり、我々は、座られることではない、新たな可能性を模
索する。馬鹿な。机上の空論だ。いや、椅子上の。黙れ。我々よ、黙れ。確かに。黙れ。

わかった
内臓ではなく
もっと整然として
私の内に
/空間に
あったものが
騒々しく崩れたのだ
ひとりでに
だが
ひとりでには
戻らない

    男
     「見なよ
      泳いでいる」
    女
     「ええ
      ちぎれ雲が」
    女
     「そんなことより
      聴いて」

違う、違う、雲ではない。まず、喉を掻き切絵を描こうと思うの。わたしたちの絵を。左
ること。道具は問題でなく、ためらわず、確の壁にあなたのことを、右の壁にわたしのこ
実に切り開くこと。水を排出するための穴をとを描いていくの。そして真ん中にわたした
あけること。深く、深く、潜りながら、がぶちのことを、わたしたちの幸せを描くの。ど
がぶ飲んで、ごぼごぼ吐く。水で生きるからうかしら? 素敵じゃない? もうアトリエ
だになる。それから、誰もいなくなった学校の場所は決めてあるの。中にあるがらくたも
で、水に満ちた教室で、空を見上げている。好きにして良いって。もう使わないからって。

長い
話を終えると
ためいき
それから
傍らの
天を仰ぐ
人間のかたちに
積み重なる
椅子
からひとつを
/左胸のあたりから
抜き取り
私は座った
それは
雨が降り始めるまでの
みじかい時間
のことだ



 。

−けれど
−私のまち
−私のがっこう
−私のいえ
−私のともだち
−私のりょうしん
−私の

−あなたの?



−−−−−

やけに、湿っぽいな
ああ
うす気味わるいな
ドアは開けとけよ
まっくらだぜ
はやいとこ、やっちまおう
ああ、やっちまおう
おい
なんだ
はやくやっちまおうぜ
見ろよ、これ
ああ、なんだこれ
おい、なんだよ
こんがらがっちまって
溶接したみたいに
くっついちまってら
気持ちわるい
ほっとけよ
ああ、確かに
そいつらは関係ないんだし
はやく塗り潰しちまおう
ああ、しっかし、こいつはわけわかんねえな
おい、ライトがあったぞ
よし、つけろ
なんで床に
ああ、わかったぞ
なにが
ほら、真ん中の壁
ああ、影絵か
なんの
たぶん、踊ってんのかな、カップルが
へえ、確かに
なるほどな
ふーん、俺には、首しめてるように見えるぜ
ばーか
芸術がわかんねえやつだな
うるせえ、仕事しろ


蛇行

  泉ムジ

まるっきり言葉にならない、aaとかmmとか、感嘆と、ながいながい失語で、切れ目もなく、
私たちの街を縦に引き裂き続けるおお蛇の、いま見せているのは、腹か尾か、心臓はすで
に通り過ぎたのか、隠蔽するつち埃が、人のすき間に充填され、せまい大通りは、ずっと
先まで期待ではち切れそうだ、aaと、開いたままの口で、私は行進に加わり、aaと、開い
たままの口で、私たちは呑んでゆく、酒屋の看板やら花屋の鉢植えやら、咀嚼もせずに、
mmと、まる呑みする、将棋盤と老人と椅子と子供と忠犬を首輪ごとまる呑みして、mmと、
膨らんだ腹は、せまい大通りをはみ出して、私たちの街をぶっ壊してゆく、そうだ、最高
だ、ぶっ壊せ、前方からうねりが起こる、やれ、やれ、やれ、後方から呼応が伝わる、私
の周辺ではこうだ、おれたちのまち、おれたちのもの、もうつち埃で何も見えやしない、
前か後ろか、動かした足が蹴っ飛ばされて、肩に拳固をくらって、歩いていない、おお蛇
のくねるうごめきだ、私は、私たちは、口を揃え、ながいながい失語で、度をこえた近視
で、互いの首を締め上げていることにさえ、気付かなかったし、たとえ、解ったとしても、
止められない、aaとかmmとか、真っ赤な顔が、みるみる膨らむ、私たちの期待が、空中で
破裂破裂破裂、口々に、とうとい、とうとい、尊い私たち、のいけにえ、aa、aa、つち埃
のせいで、私たちのほとんどはまだ知らない、だがそもそも、何を知っているのか、私は、
おい、おれだ、おれがおお蛇の心臓だ、やみくもに腕を振り回すと、周辺は低くなり、私
に警戒の眼差しを投げ、おれだ、おれこそが首謀者で預言者で教祖で伝令で革命そのもの、
おれたちの神だ、だるい腕が棒で、打たれまいと、周辺はいっそう低く、はるか先からも
注視する眼差しは、怯え、私たちは怯えて、だが、私は語る、剥き出しの心臓で、まるっ
きり言葉にならないままで、語ろうとする私に、剥き出しの銃口が対峙し、私たちは告げ
る、偽りの心臓だと、おお蛇の冷淡な肌、ふた股の舌で、彼らは言う、お前など知らない、
aa、aa、おれたちは、口をふさがれる、彼らの手が、次々とのび、拒絶する、私たちから、
私を、偽りの心臓、確かに、だが、いつからか、はじめからか、心臓は無いのだ、そうだ、
ぶっ壊せ、そいつの心臓を抜け、前方からうねりが起こる、やれ、やれ、やれ、後方から
呼応が伝わる、私の周辺は言葉も忘れ、熱中する、彼らの殺意が、鋭くえぐり、掲げられ
た心臓に、彼らは、aaとかmmとか、感嘆の中、言葉の無い、うたが聞こえる、知っている
女の、私の、母の、妻の、妹の、声色に似て、もう動かない体を起こすと、彼らが騒ぐ、
黙れ、黙ってくれ、お前らなんか知らない、どこにいる、もっとよく、私に聴かせてくれ


2009.11.22.

  泉ムジ

 昼/武蔵野から西へ歩いた。腐るにまかせたキャベツ畑に隣接した線路を、塗装が所々はげた黄色い電車が行き、コンクリートの柵に錆びた有刺鉄線が渡っていた。道は、ゆるく左に曲がっている。すりきれ/つまり、部屋は汚れが目立ち、縮みはじめ、外へ逃げると、冬の陽に抜き出されたかげが、路上で幾度も車輪に轢かれて。白い息を吐いている。「ひとがごみのようだ」と子供たちが口々に叫びあい、笑顔で駆けていった。

 「おまえたちのことを愛している」とだけ、兄弟たちへメールが送られ、きっと酔っているのだと笑った翌日/父の癌を報された。心配からか義務感からか、それから毎日、実家に電話をかける。話はとうに尽きている。母はよく、前日にしたのと全く同じ話をする。胃のない父とは、まだ話していない。同時期に、友人の子供がいよいよ一歳になったという。おめでとう/長いつきあいだが、友人が結婚して疎遠になっていった。

 居酒屋にひとりで、もう二時間はいた。熱すぎる熱燗、広すぎるテーブル、それはいつものことで、店員の上目づかいの意味をいちいち斟酌したりしない。隣席の、社交ダンス愛好会の婦人たちのひとりが「ちがうのよ、日本人は。ホモの外国人が一番なの」と、声高に自説を展開している。うふふ、煮えたお鍋にお箸を突っこんで、美味しい鮭をいただきますの。もともと貧弱な香りが飛んだ熱燗がまずい。お野菜も忘れずにね。

 くそっ、トイレの床が水浸しで、足あとをつけて席へ戻る。手際よく片付けられたテーブルに、手をつけないままのお通し、酸っぱいキャベツのマヨネーズあえが乾いていた。隣席では今、若い男女が手に手をとりあい、女の美点がひとつ発掘されるたびに乾杯し、酔いを深めている。会計を求めにきた店員に閉店の時間を尋ね、まだ三十分の猶予が与えられていると知る。さあ、乾杯しよう。すでに昨日へと追いやられた今日に!

 まじめな話
 家に帰ったら
 猿ではないことの
 証明として
 全身の毛を剃ろうと思う
 君はどうする?
 料理する?
 ただの冗談だけど


安らかな生活

  泉ムジ

 首尾よく忘れてきた、普通の一日たちを、思い出そうとすることは、何より苦痛ではないだろうか。めずらしくもない電信柱の根元に、くくり置かれた、古い雑誌の束、その何頁めかに、私と、私の女が、安らかに挟まれている。

 +

 寝る、と宣言して、女は二度と起きなかった。理屈を好まぬ女に、わけを尋ねることもせず、私はつかの間、片手でくるくると団扇をまわした。それから、女の足首をさすり、時に強く、握りしめてみた。
 薄い胸をかすかに上下し、すっかり縁がほつれてしまったお気に入りのタオルを、かよわい腕に抱き、女は寝息をたてている。肘をつき、横たわった私は、片手に持った団扇で蚊を追い払いながら、目を瞑った女の横顔に、しあわせを感じていた。

 +

 木々が途切れると、乗客たちは顔を上げ、朝の海の眩しさに自ら射抜かれようとする。バスが国道をすべり、ふたたび車窓が木々に覆われると、正気を取り戻した順に、乗客たちは俯いてゆく。
 私は未だ、窓を眺めている。あの入江には、イルカが泳ぐのだと、女が言ったことがあった。続けて、イルカは脳を半分ずつ眠らせるのよ、と。
 車内をうつす窓の、手が届かぬ向こうで、得意な顔の女が笑う。慌ててその顔を寝顔と差し替えようと試みるが、女は一段と目を開き、口を歪め、愉快極まりないという表情で、私のしあわせを脅かす。
 次の停留所でバスを降り、職場に、気分がすぐれないために休ませていただきます、と連絡を入れる。このようなことが度々あり、やがて私は職を失った。

 +

 眠る女を観察し、少しも飽きない。豪快な寝返りで壁を蹴飛ばしたすぐ後に、ちいさく縮こまり、お気に入りのタオルをおちょぼ口で吸ったり。愛らしい寝顔は、私を魅了して止まなかった。
 女が眠ってから、私は一睡もしていない。夜中ずっと団扇を弄び、寝息に耳を澄ませる。私と女が、あわせて一頭のイルカであるなら、そのうち、交代に私が眠り続ける、そのようなことがあるかもしれない。しかし女が、私と同じようにしあわせを感じるかどうか、私には解らない。

 +

 職を辞す、最後のあいさつを終え、私は海にいた。波うち際には、アルファベットの名称の、用途不明な溶剤の空きボトルたちが、私が生まれるはるか前からたゆたい、そのラベルを泡が曖昧に見せてゆく。
 日暮れを迎え、浅瀬に泳ぐ魚は、近すぎる岩肌に身を裂かれ続けるのだ、と、思う。こんなに狭い入江に、イルカが訪れるはずがなかった。私は急ぎ、帰宅した。


幽霊たちの舞踏と堤防の会話/2012.02.24.

  泉ムジ

 波頭に幽霊が踊っていた。報告したいとは大仰で、ほんの世間話を求めたが、見回しても堤防に立つのは私ひとり。ねえ、あそこに何か見えますね。だらしなく寝そべって、私の影は返事をしない。どうも幽霊じゃないかと思うんですが、私は構わずに続けてみる。彼は折り畳んだ腕を枕に、黙ってこちらを見上げている。あるいは顔を背けている。前後を判別するしるしでもあればよいのだが。彼の、幾分長めの胴体は、寝そべっていても支えるのに苦労しそうだった。どうもお疲れのようですね。実らない話を打ち切り、私は波頭の幽霊に向かって携帯電話を構えた。写真が残れば、後に誰かと話せるだろう。実は先日幽霊を見ましてね、いやいや冗談じゃなくって、証拠の写真だってあるんですよ。そんな具合に、話の種にうってつけだ。レンズ越しに見ると、夕陽に透けたシーツのような幽霊は、手のひらサイズの液晶画面の中で覚束ない。しかし拡大してみれば、波から波へと細かく跳躍し、フレームにひと時もおさまらない。ともかくシャッターを切ってみたが、波頭の水飛沫が手ぶれでかすれた写真としか見えなかった。どうにも信憑性にかけるね、君の見間違いでは? 課長のカゲヤマがにこりともせずに言う。いい眼医者を紹介しましょうか。愛想笑いを浮かべたカゲヌマが、いつものお調子者ぶりを発揮する。陰でダブルハゲとあだ名されているのを、彼らは知っているのだろうか。鬱ハゲと躁ハゲ、と。私にはどういう蔑称があるのか。どう思います? ふり向きながら尋ねると、さらに胴体が伸びた影の、首から先が堤防から落ちていた。大丈夫ですか。慌てて私が近寄ると、ずるずると彼の胴体が落ちていった。ああ、いけない、彼の頭がテトラポッドの角でくの字に折れている。急いで引き上げなくては。私は屈み、ぐったりした彼の足首を掴んで後退りするが、どこまでも長い胴体が繰り出されるばかりで、いっこうに頭が見えてこない。どうしよう、このままでは私が堤防の反対側に落ちてしまう。おい、助けてくれ。波頭で踊る幽霊に声をかける。おい、幽霊、手を貸してくれ。叫ぶと、携帯電話にメールが届いた、未登録のアドレスから。幽霊はお前だろ。彼の足首がなくなっていた。ただ胴体だけが限りなく拡大して、堤防どころか海ごと覆い尽くしていた。私の表面すべても彼の一部に過ぎなかったし、内側はもともと彼の一部だったことに気づいた。それに抗えたのは携帯電話の液晶画面だけだった。お調子者のカゲヌマから、一斉送信メール。ユーレイ今日いなかったじゃん。課長に聞いたんだけどあいつ辞めたってさ。ま、いてもいなくても一緒だけどね。一斉送信のグループに、私のアドレスが含まれていることさえ忘れられていた。この先二度と会わないのだから、たいした失敗ではないよ。そうカゲヌマを慰めてやりたかった。むしろグループに登録してくれてありがとう、そんな気持ちだった。私は少し悩んで、マヌケ、とだけ書いたメールをカゲヌマに送信し、携帯電話を海に捨てた。落ち着いて見渡せば、世界をすっぽり覆ったはずの影は、星や月や人間がつくる大小さまざまな光で虫食いだらけだった。それに、ブラジルあたりではまっ昼間なんでしょう、私は巨大な彼に言ったが、耳まで届いたかどうか。波頭には、どこから湧いたのかたくさんの幽霊たちが楽しげに踊っている。だって夜は私たちの時間だ。うまく眠れなければ、そっと暗幕をめくってごらん。私たちの中には、怖がらせたがりもいるし、怖がりもいる。私みたいに世間話に餓えたのもいるんだよ。


欠損

  泉ムジ

まったくの
不注意で、
飯碗が
割れた。
アッ、
砕片に、
遅ればせながら
おどろいた。
薄手の
うぐいす色の
碗の
かけら。
ひとり住まいゆえ、
愛用の
などと聞かせる
人がない。
流しから
拾いあげつつ、
うわの空に
困った。
人がいない。
すべて、
そろわない。
漏れる
息、
あるいは、
蒸気の
音ばかりが
しばらく
漂った。
しゃもじで、
未だ
訪うことのない
客のための
碗に、
炊き込みご飯を
よそう。
喉に
かき込んでは、
口にぶ厚い
碗のふちに、
カチリ、
歯が
鳴った。


海(うみ)に至る

  泉ムジ

(女のにおいがする指を口にふくむ
 おぼつかないまま
 手繰りながら書きはじめる)
言葉は目印だ。名前も、墓も。灰に寝かせた線香の煙り。同じ姓が並ぶ小さな墓地にある祖父の兄の特異な名前。
ペットボトルの風車(かざぐるま)が潮風にからから鳴った。
ここでは、
耕人を失った畑(はた)に墓を植えていくのだ。
年の瀬の
昼に
ひとはなく、
(牛の糞と灰のにおい)
農道から林に逸れる。

(ベッドの中で女がこちらを向いた
 顔が触れ合うと気持ちよかった
 性交の間ずっときもちいいきもちいいと
 女は言った私は無言で動いたり止まったりして
 腹の上に射精した)
深く根を張ったまま
樹(き)は折れ、
先は
あやふやに土へかえり、
裂け目は
かわいた黒の空洞で、
何も見えなかった。
(蛇は冬眠しているだろう)
宙吊りの手の先でやみくもに掻きまわしても何も見えなかった。

(女の部屋でシャワーを浴びた
 ときの石鹸のにおいかもしれない)
農道から続く排水溝を飛びおりる。
砂浜は靴が埋もれるほどの骨片(こっぺん)のようだ。貝殻と穴だらけの軽石(かるいし)。色褪せた白が波に押し寄せられ
累積して。
私が子供のころ、
潮溜(しおだま)りから拾ったウニをかち割って食った。
とろけた精巣卵巣は
すすると舌で
海の味がした。
温(ぬく)められ冷やされ、
絶え間なく掻きまぜられた
海の。

(ふたたび口にふくむ
 指は女のにおいと煙草のにおいがまざる
 わかれるときいつも忘れた何か
 かけるべき言葉があった
 が手遅れだ)
小枝と新聞紙の燃え滓(かす)を蹴る。
ラベルが読めない
壜(びん)と、錆と日焼けで茶白まだらの缶は
どこから流れ着いたか?
ふりかえると遠く沖合に漁船が止まっている。祖父ではない。こちらは見えないだろう。
祖先たちへ
緩慢(かんまん)にのばした手を振る。
(宙吊りで
 私が揺れている)

ぷつり、
切れて落ちた。
(あなたとの結婚は考えたことがない
 と女が言った
 ときに
 例えば
 殺してしまうべきだったのではないか?)
煙草を
ひと月吸ってない
代わりに、
おまえたちの高い鼻を
噛みちぎる
ゆるしを得た、
気が遠くなるほどの孤独
で狂った
地軸に。
おい。
覚悟は良いか?


風習

  泉ムジ

 漂う部屋
 底に 横たわり
 行き着く先から曳かれ
 つめたい母の
 息が 透きとおるようになる

 瞼のそとは かぞえ尽くせない
 岸は火事
 カーテンを閉じても
 まだ 結露に濡れた窓の向こうで
 燃える

 +

 幾重にも
 折られ
 重なったしわをさすり
 丹念に おし開く
 若返らせようとして
 いるのか
 不明のまま 手はやめず
 一心にまじない
 めくれば不意に裂傷があり
 とび出した 舌が
 極楽、と
 よだれを吐く
 すでに
 母の目に 満月は移っている

 決められたとおり
 底をなくした舟の
 はらを蹴って 泳ぎ出した
 する筈がない声がしても
 聞き返さなかった

 +

 あけ方 庭へ
 灰ではなく 雪が
 ずっとふり続いている
 ぬれた裸足で 何を書いても
 自分では感じない熱が
 かたちを溶かして
 溺れてしまう
 としても
 ふたたび積もった位置へと
 つま先をのばす
 先から
 泥が垂れる

 +

 母と また亡父と
 血の繋がるものたちが
 寄せあう身を かざす火に
 細い白髪のひと房を
 放る
 かすかな音で
 水気が煙るなかから
 枝わかれを継いで 天に
 上ってゆく無数の腕
 仰いだまま
 遠くなる
 もう声がとどかないところ
 と、誰かがいう
 背中に
 かたい地面がぶつかり
 思わず 瞼を閉じると
 よく知った
 懐かしいものばかりが見えて
 このまま 開けかたを
 忘れてしまいそうだ

文学極道

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