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丘 光平 - 2015年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


たき火

  丘 光平


道に
花が咲いていたのかもしれない
だれかが泣いていたのかもしれない


こどものように遊ぶひかりが
またひとつ かえってゆき
またすこし 熱をだしたわたしらは
ただ とおく空をみあげて

近づきながら 離れながら
つめたい森をただよい


 やがて一本のおおきな樹のそばで
落ち葉のように
眠っていたのかもしれない
いつしか雨は雪になるのかもしれない


合図はなかった
ちいさなうたが聞こえてきた
教わったことがなかったそのうたを
わたしはうたっていた
あなたはうたっていた


冬の詩人

  丘 光平

(1)

冬の手前で じっと耐えている枯れ木のそばで
彼はおもいだしています、まだじぶんには
しずかな夜が赦されていると そしておそれています
見通しのきかない道のように
彼をみつめるあなたの声を 朝をむかえる前に
 忘れてしまうのではないかとー


 そのように 過ぎさってゆく日々のなかで
彼が踏みゆく詩のどの行にも
死が横たわっています、そして彼は気づいています
まだそこには本当の死は姿をみせず 機会を見計らいながら
息をひそめて待ちかまえていると

 しかし彼は知りません、棲みなれた彼の世界で
満ち溢れているようにみえているものが あるいはまた
失われていくたびに苦しんでいるものが 彼を生み
そして育まれ 痛ましい生の抱擁をよろこび
 深くかなしんできた彼みずからが 死そのものであることを


 永遠に 死がおとずれないまま
ほどこされたいのちの谷間で 愛の落穂をひろいあつめ
飢えも渇きもしのげずにいます、そしてときおり
じぶんとおなじようなものを 彼みずからが産み落とし
焼けつくようなその存在に救いをみいだし
 やがて その姿をみうしなうー


 そしていま 彼はどこにもみあたりません、
その声を聞いたのは 本当にあなたであったのかどうか
冬の手前で じっと耐えつづけている枯れ木のそばで ただ
死が横たわっています、永遠におとずれないわが子を
待ちわびている母のように



(2)

いま つめたい胸にかえってきたこの声は 
わたしの声であるのか あなたの声であるのかー


 よみがえるほほえみの記憶は
生きものであることをゆるしながら
わたしから人間を奪ってゆきます、ひとときは
純粋なひとときは
積みかさねることはできないのだから 若い恋人たちが
ふかく傷つけあい 果てしのない愛の海へ
 おのれを捧げてしまうように

 そして夜は そのいちばん優しいすがたで 
星たちを呼びもどそうとして 雨は
秋のおわりをその胸におさえることができずに
いま つめたい胸にかえってきたこのくるしみは
あなたであるのか わたしであるのか

 求めにおうじることのできないもののために
美は 無言で抱きあげ そしてただ理由もなく
泣いているものたちのあの涙は 彼らのものではないとー

 
 遠くから
足音が近づいてきます そして
わたしらのひとときが遠ざかってゆきます 
書きとめることのできなかった歴史のように
だれにも知られることもなく あなたがあなたであり
わたしがわたしであることが もう
それほど意味をなさない世界の足音が 近づいてきます


 だれにも教わることなく かなしみはわたしをおぼえ
だれにも教わることなく 手はあなたをみつめています
まるで 生き別れた母のすがたを思い起こそうとして
 雪のように燃えてしまった孤児のように



(3)

こどもがないています、
ひとときだけおとずれる 冬のあたたかなひかりのなかで
しずかにこごえる手のように こどもがないています、そして
彼はまだいちども じぶんのなき声のほかに
声を聞いたことがありませんー


 門のまえで 立ちならぶひとびとにまぎれて
じぶんの名が呼ばれるのをずっと待っています、
荒れ野に立つ一本の枯れ木のように

そして ひとりずつ名を呼ばれたものたちが 
うな垂れながら門をくぐり よごれたあしをひきずりながら 
ほの暗いみちをすすんでゆきます、ときおり
うしろをふりかえる そのひかりの失われたひとみの底で
わたしがないています
あなたがないています


 そのように 生まれでた世界で 
ちいさな家のように立ちならぶひとびとにまぎれて 
じぶんたちがいったいなにものなのか
明かされるその日をずっと待っています、 

そして その日がおとずれないことにいらだち あるいはまた
胸をなでおろして まずしげにひろいあつめてきた
ふぞろいの石をつみあげ 
 くずれてゆくたびにまたつみあげながら


 そして くちた果実のようにきずつき 
そのやせおとろえたすがたを しずかにみつめるこどもの
ひかりの失われたひとみの底でないています、そして
まだいちども じぶんのなき声のほかに
声をきいたことがありません



(4)

絶望ではなく
絶望という名の古くちいさな家で あたたかな毛布のように
つめたいからだをつつみこむ苦悩を手放さないために
おびえながら眼を光らせています、そして

なにも映らないその眼は まだ閉じたことがありません、なぜなら 
ひとみをもたないその眼は
 けして開かれたことはないのだからー


 空へむけて むすうの手がくるしげにゆれています、そして
地には むすうのいのりがしずかによこたわっています、

限りあるものの 限りないものへの思慕と反乱 そのいずれの海も
満ちるときはおとずれません そして潮水のように
渇きの欠けるときはおとずれません


 なにもしらなかったものが 育まれ おしえられ
身につけたよろこびの種子も やがて はがれてゆき 
ふるえる手のなかで かなしみの果実となるように

なにももたなかったものが 与えられ ゆるされ
時をそめたよろこびの声も やがて ざわめき
 こごえるいのりのなかで 産み落とすただひとつの夜


 旅ではなく
旅という名の暗くほそい道で 消え入りそうな灯し火のように
ゆらめくいのちをたてまつる孤独を見失わないために
さけびながら耳を澄ませています、そして 

なにも残さないその耳は まだ潰れたことがありません、なぜなら
こころをもたないその耳は
 けして生まれたことはないのだからー



(5)

もう かなしむ必要はないのだから
そしてもう こごえることもなく
 降りやまない雪のように ざわめくこともなくー


 あなたはおしみなく あなたを与えつづけ
時も ことばもいらない世界になり
うまれながらの痛みで 耐えきれないでいる冬のために

あなたはその痛みそのものになり 冬のいたるところで
 あなたを刻み そして物語るものたちが生まれてしまう


 けして ふれてはならない美があるのではなく
あまりに幼いために わたしの前で
美は そのありのままのすがたをあらわせないでいるのだと
あなたの血で口をすすぎ あなたの肉をくらいながら


  ー過去が わたしをおいかけてくる そして
   未来が わたしをまちうけている

 わたしを とりもどさねばならない そして
 わたしを さがしあてねばならない
 わたしを刻みつけてきたものを 物語ってきたものを
 このかなしみの祭壇にささげよ このなぐさめの悲歌をたたえよ

 すきまなく張り巡らされた声のなかで 
  たえまなく燃えひろがる夜は その孤独を止血できないでいますー


ひかり輝く星のひかりは 
夜空のために そして、からみあう死の谷間で 美は身をひらき
おしみなくちり 雪のように ざわめくこともなく
 降りやまない血で口をけがしながら



(6)

 たとえば あなたが
降りやまないつめたい雨のおとをききながら 微熱のように
ながいあいだ ふりむくことのなかった幼年のときをおもい

ゆっくりとひらかれたひとみのなかで ひととき
星々はひかり輝き そして 冬空のおおいなる沈黙のように 
 奥まったあなたの夜へ ながれおちてゆきますー


   けして こらえているのではなく
   ただ 待ちうけているのではなく
   薔薇は 
   そのすべてを
   冬へ投げだしているのです


 みごもった若いむすめは ゆうぐれのようにふれてしまう、
そのしずかなおそろしさとともに 子からさずかる生のよろこびと
初めての重さを そして 花のようにひらきはじめた 
その母なるすがたのしたで おともなくうずくちいさな刺の波紋のように
わたしは母なきこころを抱えているのだと

そして ひとさじの熱いスープが いや増した飢えをみたせないまま
まずしげな夕餉の食卓で しずかに冷めてゆくのを
 ただ じっとみつめています


  薔薇は
  そのすべてを
  投げだしているのです

  くりかえす過失のために 
  くりかえし産声をあげ
  霧がかる告発の薔薇が 
  火のようにもえあがり 
  そして水のように 
  わたしたちの時を 空を
  おしながしてゆくのをー


   ならば おまえは
   いちどたりとも おまえじしんに出会ったことがあるのか
   この世界に おまえがすがたをあらわすまえから そして
   この世界に おまえのすがたがきえうせてゆくとしても


 朝
とりたちが鳴き声をあげるまえに 羽をひろげようとして
もはや空をとべないことをおもい あるいはまた 群れをなして 
さかなたちが潮にもまれながら 大洋をわたってゆくように
もはや海はすみかではないことをおもい


 耳をすませるといい、わたしを身ごもるものたちの
降りやまない痛みの声を そしてしずかにみつめるといい
わたしをかき抱くものたちの泣いているすがたを

そして そのざわめく口をとじるといい まどろむ眼をとじるといい
そして そのふるえるこころをとじるといいー



(7)

もう 足の踏み場がみあたらないほど
 冬がしきつめられた世界のかたすみでー


 なにげない呼吸のひとつ ひとつ
その致命的な重さにたえきれないことを そして
もう二度と 鳴くことのない鴉のように
冬は わたしの周囲をめぐりつづけてきたのか それとも
わたしは あなたをしばりつづけてきたのか

なんども帰りついたはずの場所へ 
もどることができないいらだちにも似て 
力が失われてゆくたびに 求めてやまない別の力のために
 癒えることのないこころが 横たわっています


 なげかけることばを 身につける間もゆるされないほど
世界は急激にそのすがたをあらわにして 
剥がれおちたゆうぐれで もう足の踏み場がみあたらないまま
夜をむかえねばならないのだと そして

あのひかり輝く星のひとつ ひとつ
みずからの重さにたえきれないように 存在は 
そのあまりに幼い存在は
 けしてじぶんから 働きかけることはできないのですー


 邪悪であるために 近寄りがたくなるのではなく
むしろ親しげな毒にも似て いつでも寄りそえるようにと
いともなく差し出してきた無数のわたしを そして
もう二度と 泣くことのないこどものように

わたしは あなたに生ませつづけてきたのか それとも
 あなたみずから 母となのりつづけてきたのか


 だれもしらない時間をえらび そして
だれも逢わない場所をえらび ただ
ひとつであろうとするものにむけて 泉のように
おしみなくすてられた血と肉を
おしみなくうばい なにごともなかったかのように

なんども差し出されたはずの孤独では 
満たされることのない夜にも似て 
失われてゆくたびに 求めてやまない別の悲しみのために
 癒えることのないこころが 横たわっていますー



(8)

どれほど口をすすいでも 語ることのできない夜のこどもよ
おまえはまるで 止血できない薔薇のようにー 


 ことばは
 ことばになる手前で 息絶えてしまう
 おまえは
 おまえになる手前で
  息を吹き返してしまう


 生きながらえるたびに 残酷であることもわからないまま
愛することも
愛されることもない世界の果てまで
あてどなく さがしもとめてきたのです、けして 
さぐりあてることのできない金塊をゆめみて 
 ただ 泥にまみれながら うしなってゆくひとにも似て


   あれは 
   焼けおちてゆく冬の空
   焼けおちてゆく鳥たちの羽ばたき
   止血できない薔薇のように

   朝の
   つめたいひかりのなかで
   ひとりしずかに 夜をみつめるものたちの
   かなしみが またすこし
   おおきくなってゆきます そのように

   この世界には ひとみがありません
   この世界には 耳がありません そして
   このこどもには こころがありませんー



(9)

 そして、この地もまた
故郷ではないのです なぜなら
先住のものたちが他にいるからなのではなく
最初からわたしは どこにもいなかったのですからー


 与えられたすみかで ただ しずかに暮らすものたちでさえ
かならず 出てゆかねばならないように
家をすてた 幾千の修行者たちの足音も いまは途絶えて

 山は死に 
 海は死に そして
 ゆくあてもなく
 徘徊のざわめきと
 いのりのかたちで横たわる 
 しずかなうめきと

 ひとみを持たずに生まれてきた空のために
 陽はほろび 
 夜は絶ち そのたびに
  ことばにならない声をあげてー


聞こえるのではないのです 聞かれているのです、
たとえばそれは みずからもしらず 
伝えることもできないこどもの深いおもいに
ただ その痛めた胸をひらき
 あたたかなまなざしでよりそう母にも似て


  ーそれほどまでに なぜあなたは苦しむのですか
   いっそのこと わたしを投げすて そして
   血のけがれからも 身のいたみからもはなれて
   永遠の 清らかさと安らぎに住まわれるといい


    われは われであり
    われは われでなく
    そなたは そなたであり
    そなたは そなたでなく
    われは そなたであり
    そなたは われであり そして
    われはなく
    そなたはなく


   ゆくあてのない
  徘徊のざわめきよ
  いのりのかたちで横たわる 
  しずかなうめきよ

  ひとみを持たずに生まれてきたわれのために
  そなたはほろび 
  そなたは絶ち そのたびに
   ことばにならない声をあげてー


 いちどきりの冬の空で
ただひとり 離れ落ちたひなどりをさがしもとめて
おやどりが鳴いています そして

手をあわせる前に 
すべてのかなしみがわたしに手をあわせています
声が聞こえる前に
すべてのかなしみがわたしに叫んでいます そして
一歩 歩みを進める前に
 すべてのかなしみがわたしに指し示すみちのりをー


潮騒

  丘 光平



落陽とともに 
またひとつ ちいさな海が生まれ
夏は 
さよならと言った

どの夜が 最後の夜であるのか
知らないでいるわたしらへ


 手をふることを
初めておぼえた日のように
訳もなくわたしらは
手をふりつづけていた

ふれあう前から泣いている恋人たちや
遠くひろがる星のいない空、そして
途切れてしまった蝉たちの行方について
 こたえられないまま


 わたしらは眠れないと言った、
訪れない朝のために 耳をそばだて
深いねむりの周囲を
めぐりつづけている


冬の詩人

  丘 光平

    I

わたしはしずかに立っていた
雨はやみ すこしずつ朝が広がっていった
わたしはこの場所をこよなく愛していた
ときおり 馴染みの鳥がやって来て 
毛繕いを見ることが楽しみだった そして
翼をゆるやかに広げ
飛び立ってゆくのを見ることが楽しみだった
白い羽が 水面でゆれているのが美しかった


わたしはゆっくりと冬の準備をした
緑はやがて黄味をおび そしてしずかに熟し
風にふれるたびに歌が流れ
なにか偉大な仕事をやり終えたひとが
安らかな眠りにつくように
ひとひらの葉が散り またひとひらの葉が散り
紅い水面でゆれているわたしのなかで
ゆたかな水脈が流れつづけていた

そして霧のように
降りはじめた雨のなかで
あなたはしずかに見つめていた こころのなかで
あなたは木になりたいと言った
そうしていま あなたの願いは芽生え
あなたを大地に立たせた
ゆたかな光を浴びながら 風の歌声を聞き
香り立つ花園のように あなたは
あなたを解き放った


わたしたちはしずかに立っていた
鳥たちが 散りしかれた落ち葉の水辺で眠っていた
ときおり その白い羽をふるわせながら
身を寄せあって眠っていた



    II

青空が広がっていた まるで
五月の薔薇の 甘い香りが流れてくるように  
いま 世界のどこかで 
純粋な目をした少年の
願いが叶ったのかもしれない そしていま 
世界のどこかで
やさしい目をした少女の
祈りが届いたのかもしれない 

青空が
どこまでも広がっていた まるで
五月の庭の
ゆたかな木漏れ日のように いま
雪がしずかに降りはじめた



    III

雪は降りつづけた 
雪は一面に降りつもった 
わたしたちはだまっていた
わたしたちは耳をすませた


 奥深い
白い森のなかで
わたしたちを見つけたものが
すこしふるえながら
わたしたちにそっとふれようとして


 そしていま
わたしたちは時をむかえ 
黎明の朝陽や
夜の月光のように 
つつまれた花びらをひらき
しずかに歌をうたう


おしみなく
雪は降りつづけるだろう
わたしたちにふれるすべての手に
降りつづけるだろう



    IV

ゆれる火が
わたしのなかで
すこしずつ大きくなり
ことばにならないわたしのことばを
あなたはしずかに読みはじめた


 わたしは あなたの声として生まれ
あなたが歌うとわたしは目覚めた
あなたがだまるとわたしは眠った


 ゆれる影が あなたのなかで
風のようにしずまり
あなたのしらないあなたの始まりに
わたしは耳をすませている



    V

 わたしたちには
ゆたかな冬があった ざわめきが
ひとつのしずけさへ歩み
限りない静寂のなかで
偉大なものが生まれてゆくように

広がりつづける
空はしっている
より広がりつづけるものを そして
満ちあふれる海はしっている 
より満ちあふれるものを


立ちどまることを
わたしたちが選ぶのは
わたしたちのなかで いまそのときをむかえる
わたしたちがあるからだ


 すべてのいたみを いたみから解き放ち
わたしたちは 
眠りから目覚めたばかりのこどものように
おおきく手をひろげた
よりおおきく手をひろげて
わたしたちをうけとめる
冬のしずかな庭で

文学極道

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