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桐ヶ谷忍 - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


水鏡

  桐ヶ谷忍

梅雨の晴れ間の夕暮れ
灰色の路地に
茜色の空を映した大きな水溜り

跨げずに立ち止まると
水溜りの中に鳥がいた
電線に止まっているのが映されている
羽を広げては閉じていて
飛ぶのか飛ばないのか
飛べないのか
焦れながら見ていてふと気が付く

眉間に力を入れている
慌てて力を抜く
眉間にシワを寄せていたら、取れなくなってしまう
私が子供の頃から
喧嘩ばかりしていた両親の眉間は
鬼のようにくっきりとシワが刻まれている
あんな風にはなりたくない
いいやなるものかと
私は微笑んでいるよう心掛けている

そうしてまた気が付く
今日も一日、シワが寄らないように寄らないように
のっぺりと笑って過ごした事を
昨日も一週間前も十年前も
のっぺりと
顔に手を遣る

自分がどんな顔をしているのか分からない
水溜りに向かって顔を突き出してみた
真っ黒な顔だった
シワどころか目も鼻も口もない

真っ黒に塗り潰された顔だった

逆光だからだ
橙が強すぎるせいだ、だから
その時、鳥が私の顔を突っ切って行った
飛べたのか
なぜだか悔しくて情けなくて
こわくて
衝動的にヒールで思いっきり水鏡を割った

飛び散ったひとつひとつの飛沫に
私の靴の内側に
黒い顔が映っている
私の
私の顔が、顔は、

悲鳴をこらえて走った

頭上を何羽も鳥が飛び回っている

* メールアドレスは非公開


凍える蝶

  桐ヶ谷忍

夏の終わり

弱々しげな、うつくしいアゲハを捕まえた
微弱ながら生きているアゲハを
私は冷凍庫に入れた
なぜそんな残酷なことをしたのか自分でも分からない
分からないまま翌日
恐る恐る冷凍庫を開けてみる

アゲハは凍っていた

必死に出口を探そうとしたのだろう
開き口の側で壁に張り付く形で凍り付いていた
私は包丁を持っていき
蝶と壁の接合部分をうやうやしく
少しずつ削り取った

冷凍庫で冷やされた私の手の平の上で
凍りついたアゲハを見詰め
何かが可笑しかった
可笑しくて笑った
笑いながら

一気に手の平を閉じた

閉じた手の平を開けると
アゲハの細切れが零れていった
そうして
ようやく何故アゲハを凍りつかせたか
思い至る

夏の終わり
もうすぐ何らかの形で終えるはずだった
アゲハの最期
その、何らかの、どうやって死を迎えるのかを考えると
私には耐えられなかったのだ

うつくしいアゲハ

弱り切っている所を外敵に襲われるのではないか
あるいは人に踏みつけにされやしないか
花の下で安らかに死んでいくのか
分からないからいっその事
うつくしいまま

殺してしまった

私は床に落ちたアゲハの残骸をかき集めて
ユリの鉢植えに弔った
ユリもまた、枯れ始める前に凍らせよう
ぼんやりとそんな事を考える

うつくしいものは
うつくしいままに殺し
ありえない形で死体を壊す
自分の中の冒涜心に初めて気がついた

夏の終わり

文学極道

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