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宮永 - 2019年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


死体がみつかる

  宮永



そこに近づかないで
何も 隠してない よ
なのに、迷うことなく
やってくるの ね
その場所に

掴んだ手首をぐいとひかれる
腰を低くして後ずさる
理由なんかない
ただ 私は
そこに、行きたくない

分け入ってゆくしろい横顔
立ち尽くす顔はあおい
吸う息浅く
冷える指先
雨傘もなく
曇天に霹靂
裁かれるよりも
暴かれるまえに
ブルーシート広げて
身を投げ出してしまいたい

幾つもそこに埋めてきた
手つかずの教材や
水銀の、壊してしまった体温計
買い食いしたお菓子のカラ
拾ってきたクロネコ
みんな晒されてその度に
ダメな人間だと刻された

ときどき
死体がみつかる夢をみるんだ


わたしらの軌跡(17‐22の頃)

  宮永



紅茶にミルク注ぎ足すように
アッちゅうま濁っていった透明
先が見えないってことが
どれほどわたしらをかき乱すことか
てさぐりでさぐれば
いずれ治る傷も致命傷
大袈裟に血がつたう頭抱え
たどり着かなくてはならないどこか
読めない地図片手に



癒えてきた傷が瘡になりはじめたら
嬉々としてはがし
左手のひらに載せて眺める
これが、わたしらの果実
掘り起こされた傷がいたみを発し
また次の瘡を用意するまで
じくじくと赤を浮かべて傷に
加担したすべてのものたちを憎悪する
その誰よりも自分が嫌い



波打ち際に立てば
足裏の砂が引いていくように
年月はするすると巻き取られ
そこに含まれた
ちょっとかわった化石を眺める
輪郭もおぼろなたよりない生き物が
ぼろぼろの毛布握りしめ
口ぽかりあけた物欲しげな顔のまま
写し取られたかのように見えて
わたしらはさざめく波のようにわらう


消しゴムと靴下

  宮永


靴下であるいている
のを、担任の先生にばったり会って
危ないから靴を履くように諭された。
靴、履くことができないんです
きっとこれは私が私に課した罰だから
どうしても、履けなかった。
ちゃんと家へ帰るから、
明日、説明しますから、
必死な私を
黙って行かせてくれた
担任の先生は信頼できる人です。
今日は朝から早退しちゃったけれど
明日はきちんと学校に行って
長い話を聞いてもらう
話すことは私を楽にするだろうし
そうしたら先生も安心できる
今はただ早く家に帰って
眠りたい

T君の家にクラスの大勢で集まって
T君は私にゲームで負けて
大事にしていた(父親からもらった)筋肉マン消しゴムを
しぶしぶ、でも、笑いながら、
私に差し出さなければならなかった
ただの遊び
次の日、そう、私が早退した朝、
カバンに入ったままになっていたその消しゴムを
教室の後ろのゴミ箱へ放り込んだのを
見ていたN子が非難顔して言った
「T君の大切なものだったのに、
捨てるなんて酷くない?」

きつい言葉を放つとN子はそっぽを向いたけれど
私の怒りはだんだん積って
爆発寸前まで膨れ上がって
N子の頬を何度もなぐりつけるとか
階段から机を投げ落とすとか
そんなことをしないと収まらなくなりそうで
そうなるよりは逃げ出すことにした。
人気のない玄関で内履きを脱いで
スニーカーを履こうとしたら、どうしても
足を入れられないことに気がついて
スニーカーを右手にぶら下げて
靴下のまま歩き出した
きっとこれは罪悪感の
せいだから
靴下のまま
帰っても
仕方ない

思うでしょう?
先生


雨降り

  宮永



庭に雨がふってます。
昨日も今日も降ってます。
最近雨ばっかりな気がする。
ランドセルが重いのに、
プラス長靴と傘。
しょうがないよね、梅雨だから。
青い空と入道雲の夏休みはもうすぐ。
そう思えば何てことないよね。


街に雨が降っています。
今日もまだ降っています。
洗濯物もなかなか乾きません。
妻にねだられて
乾燥機能つき洗濯機と除湿機を買いました。
仕事が休みの日には夫婦で
大自然が舞台の映画や
お笑い番組を見ています。
夜はベッドに寝転んで
毎晩同じような会話を交わします。
「いつやむのかなぁ」
「まさか、ずっとなんてことないわよね」
「そりゃ、ないでしょ……たぶん」


昨日も今日もその前も、
ずっと、ずっと、雨が降っています。
除湿機をかけているけれど
ちょっと油断すると黒い黴が生え始めます。
スーパーでは新鮮な野菜が手に入らなくなりました。
野菜どころではなく、食材は何もかも品薄です。
お昼のニュースで言っていました。
薬剤耐性のある菌が新たに出現し、
たくさんの人が肺炎で亡くなっているそうです。
絶えず耳にする雨音と悪いニュースに
気持ちが沈みがちになります。
そんなときには目を閉じて、
抜けるような青空や浮かぶ雲を想います。
晴れた空を覚えているから、耐えられます。
あとで実家の父や母に電話してみます。


雨が降っています。
降らなかった日なんてあるかしら。
令和生まれの祖母は
晴れた空を見た記憶があるといいます。
雨が止まなくなったときには大変だったと
教科書にも載っています。
私は本物の晴れた空を見たことがないので
毎日雨でもぜんぜん気になりません。
外にはあまり出ませんが
迷路のようなショッピングモールや
サンルームに通うのは楽しいです。
屋内栽培の作物だって清潔で美味しいし。
建物の下に張り巡らされた雨水路を
連なった船で移動することもできます。
病院に行くときおばあちゃんは
「イッツァスモールワールドみたいだ」
と言います。
毎回言います。
なんだそりゃ、と思います。


けものみち

  宮永



開発された住宅地の中、取り残された島のような空き地には、低木やススキの株やら草々が根を絡ませ、みっしりと葉を繁らせている。
ネズミやヘビや野良猫が草むらにかすかな筋をこしらえて、それを人の子らがなぞる。曲がり角を大きくショートカットするために大人たちも通り抜け、人も通るけものみちができあがる。
近道を知らぬものたちを尻目に、藪の中に姿を消す。ススキの株を半周まわる。木の根がこしらえた段々を一歩一歩踏みしめて登りひょっこりと、草むらの上に顔を出したら、てろり、キツネのようにとび跳ねたい、心踊るけものみち。
野良猫の後を追う。カエルと出くわす。共犯者を互いの草分ける音で知り、譲りながらすれ違う。
日が暮れたなら怖くなる。おぼつかぬ足元を木の根が捉え、ヘビたちが横切り、目に見えぬバケモノが怯える頭にみち満ちてついて来る、来る、ケモノミチ。息を止めて駆け抜けろ。
空き地がとうとう均されて、新品の家が建つ頃には、通るけものも姿を消して、それでも楽しく懐かしい、あそこにけものみちがあった。


大樹の陰

  宮永



午後になり、台風は温帯低気圧に変わった。
夕方、雨の合間を縫って急いで家に帰ろうと、会社の敷地にある広場を斜めに横切る。
暗い雲がミュートで流れ、その上にある濁った空がのぞいては隠れる。鳴り続けているのは黒いシルエットを揺らす松の枝葉。
髪を乱して進む背後から、ひときわ激しい音が被さってきて、はっと首を振り向ける。
ああ、ポプラだ。

広場の隅にある一本のポプラ。会社ができたときに植えられたとしたら樹齢は九十年近いのかもしれない。晴れた日には円柱のような幹が、細かな葉が繁る枝を奔放に、広く高く投げた。
ひときわ背の高いポプラだけが上空の風を拾うのか、松や欅が凪いでいるときも、小さく硬質な葉を震わせた。青空をバックにプラスチックに似た乾いた音を、さざ波のように流した。

今ポプラは、枝も葉も幹も一体となって前後に振れている。間欠的に高波のような咆哮を発して。しゃがみこんで耳を塞いでしまいたくなる。
ポプラは灰色に歪みながらガラガラと笑った。こんな嵐は何度もあった。嵐だけじゃあない。ずっと酷いことも見てきた、と。
ポプラの周りの地面には、人の背丈ほどもある枝が葉ごと折れ落ちていた。これしきの嵐に耐えきれず、幾つも、幾つも。

また大きな枝が、剥がれるように落ちた。

文学極道

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