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完備 - 2019年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


echo

  完備

異国はあまりに近い。ありそうな夢ばかり映
すわたしの芽。生長する様子を、8ミリで撮
影して。

不要な再会を繰り返し、おそろしく隔たった
語りはほとんど眩いひかりだ。ふとひるみ、
舞台に立つようなこころで語りかえすわたし
と、あなたのあいだに澱む位相。

すべてが粗い。わたしとあなたはわたしたち
として会話する、あるいは、語りそして語ら
れ、
――笑いながらする話かよ、
中絶。

胎児の芽に映る子宮内膜。咳込みながら吸う
タバコ。わたしたちは正しいタバコの吸い方
を教え合う。より正確には教え、教えられる。
――腹式呼吸で肺に入れろよ、
  喉で吸うから咳く。

となりに座れば膝がふれてしまう。トシノセ。
が、男の名前のように響いてゆく。


rivers

  完備

ラブソングは歌わないで。ラブソングは、う、
歌わないでよ。どもりがちなきみの、決して
どもらないうたのなかにすむあなたへ、わた
し、恋してるのに。きみは覚えているために、
たくさんの小石にたくさんの名前をかく。河
原で、ぼくは忘れるためにたくさんの小石を
蹴る。川のなかへ、たくさんの名前が沈んで
いくのにぼくは、すべて覚えている。

――あなた。きみはなにもかも忘れていきま
  す。どもらないうたのなかで、わたしの
  顔をひそませながら踏む韻はいとおしい
  吃音です。ラブソングなんて聴かないで、
  そんなものをきみのこころにいれないで
  ください。わたし、のどのふるえをドキ
  ドキしながら待っていました。わたしは
  きみにどもりながらでもふつうに、愛し
  てもら、いたいだけなのです。

「あなたはどもらないのでしょうか、
「物語のそとなら。

きみ。うたのなかのあなたへぼくは恋をした
から、ラブソングになって。物語、言葉と言
葉の距離、あるいは距離のいれられない位相、
永遠に知らないでしょう。ぼくたちの記憶の
川底で、ぼくだけが覚えているたくさんの名
前ひとつひとつを、できるだけていねいにか
きだしていくけど、きみの目に映るのはきっ
と、川面のきらめきだけだから。


white

  完備

梅田に雪は降らない
カスミはむしろ夜を眩くさせ
棄てても棄てても
私の地平へ
横書きで積もる言葉

この座席を いいえ
あの座席
だったかもしれないが
私は知っていた
わたしたちもきっと
知っていたと思う

どこまでも醒めていく風土と
改行の呼吸
白い野犬に囲まれて
灯台は濡れるから

あっちは四国
あっちはホトケノザ
あっちは何だろう ほとんど
てのひらの美しい影が
真夜中の海を
どこまでも巻き戻してしまう


locally

  完備

そうだね
こんなに寒いほとりでも
梅の花は咲いて

ぼくは乱視だから
去年の、おととしの、
花や花びらがダブる

へんなの
寂しいのは
となりに在るてのひら

あいたいのは
きみから見て
時計まわりの小枝


memories

  完備

大さじ、小さじ
とか、いう
概念、
知ったのは
二十六も
終わりにさしか
かった、頃、

私は、乱視が酷く
若年性の
白内障が
急に進行、云々、
で、
眼鏡も新調した

リップクリーム
と、目薬
筆箱に入れる癖、
学生時代から
治らず、
たぶん
二回くらい、
スティック糊と
キスした

いつでも、
いまでも、
持ち歩いて
いるよ、筆箱、
バインダーと
裏紙、

日に日に
空がしらんでいく
ような
気がしながら

スーツケース
いっぱいに
数学書と
ノート詰め込み、
ネットで
知り合った、他人
の、家を、
転々と
していた、頃、

他人の床に
落ちている、よく
分からない薬
の、余りを、よく
分からないまま、
飲んだりして
いた、頃、

半年前より
いくらか
しろっぽくなった
ひと、が、
笑っていて
早く手術しなよ
お金、出すからさ、
とか、
言われても
もうすこし、この
半年前より
いくらか、
しろっぽい
友達、を、
覚えて
おきたかった


screen

  完備

きみがひらいてくれる
窓の
数センチうしろ
網戸に
あいている穴の縁
さわると
ぱら、ぱら、くずれて


はるはすべてを
平面化してしまう
まだ葉がない
大きな木のまわりに
名残るふゆへ
まじるみじかい繊維、


夕日に照らされた窓が
いちばん
まぶしい場所をさがした
かくれて。にかいめの
はる
ぼくたち、すこしずつ
快復してしまうね


imaginary

  完備

あねのぬれたてがまぼろしに現れ
繋がっているのか血よ
シをさがして顕微鏡に光り

軟骨あまがむわたしはあねのないいもうと
て首の代わりに
ひとえの瞼へ浅いきずをつくる
ふたえになれないかさぶたはせめてものしるしだから

マイスリーの見せる幻覚だとしても

わたしの名は
いもうとの名
胎児の眼底に降りつづけるマリンスノーが
痛いほどのまどろみにいつまでも映写されていく


label

  完備

植物園のまなうら
ぼくが知らない沼の
位相 その淵で
粗くなるかれはふぶき
さくらの木の固さ
ついに訪れない
ゆたかな老後に鳴る笛
あるいは野
祈りを祈ること 叫んで
その場所を賛歌にする
遠くかれを
間違えないためだけの
眼鏡を外すけれど
ぼくの近眼はモネと
同じ世界を見ない


dick

  完備

殴られたひとから
電話がある

はんぶんくらい
ききとれないところで

年の瀬だけ
煙草を吸う右手と

体重をのせた左腕が
おとこに掠る

殴られたひとは
殴られたままでいる

なにもないよ
自覚厨だし

レモンサワーの
レモンがきつすぎる

文学極道

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