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完備 - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


names

  完備

それだけが見える
ということが、あるのか
かつて、私であった人の
私へ曳かれる眼差しと
交わる、畸形の花
びらに似た、包装紙
いちぶ尖ったアルミ缶
ゴミやゴミが裏返り、
「眠るように」という
直喩のうちに、「眠る」私へ
伸ばされる
かれの身体が裏返り、
まぼろしを
告ぐるはやさしい同型射。
畸形の花々のうちに
ふつうの、雑草のにおいを覚え
私はここで息絶えていい
かつて、それだけが見える
という、「それ」を、
呼ぶためにあった名前よ
いまここで、お前が
意味するまぼろしを見せてくれ


coarser

  完備

かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを
夥しい自動車が過ぎて行った

何番目に僕がいたでしょうか
と、かれが問う
直前の
ぐちゃぐちゃと潰された誤字を
読むことはできなかったが

わたしたち、と言えば
規定される範囲が
まだ、あるなら
わたしたちの心象風景は
細部を失っていく

かれもわたしも、きみを、きみと呼ぶ
きみは、ローソンが
固有名詞だと言い張った
この町の大体はローソンの窓に映る
とも、言った

かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを過ぎて行く
夥しい自動車、それらが
本当に自動車か
わたしはときどき、判別できない


2017/7/25

  VIP KID

昨晩、死のうと
思ったが
シャワーを浴びた後
寝てしまった。
今日は、カラオケに行った。
友達がいたことに
改めて驚きつつ
へらへら笑っていることが
われながら、滑稽だと思った。

ある人は椎名林檎、あるいは
東京事変を歌った。
私はいまだに
椎名林檎と東京事変を
区別できない。
恋人は、高校生のころ
東京事変か椎名林檎か
いずれかの
コピーバンドの
ボーカルを務めていた。
以前、ふたりで
当時のDVDを見た。
動画のなかの自分に合わせ
私の隣で
小声で歌う恋人の横顔が
印象に残っている。

私は、『God knows...』と
『ぴゅあぴゅあはーと』
『白金ディスコ』を、歌った。
他にも歌った
はずだが
多めに飲んだ
抗不安薬のせいもあり
意識が判然としていなかったので
あまり、覚えていない。
友達からいろいろ
励まされたはずだが
今更なにを頑張ればいいんや
などと、笑いながら答えた。
ただ
恋人のことを問われると
それだけは、苦しく
とにかく幸せになってほしい
と、思いながら
何も言わず笑っていた、気がする。


2017/07/27/A

  VIP KID

恋人や、数少ない友人から
調子はどうかと
毎朝、連絡がある。
そして
大学に来いと言われる。

調子は悪くないが
もう
なにかをどうにかする気はない。

昨日は気持ちの良い日だったから
やや遠くの
ドン・キホーテまで
自転車を漕ぎ
500円のmp3プレイヤーを買った。
友人には
「いまどきそんなの使う人いないよ」
と、言われてしまったが
私はいまだ
スマートフォンで音楽を聴くこと
に、馴れない。

A先生から
暑中見舞いが来た。
「そろそろ死のうと
思っています」
と、書くことを
妄想するが
死ぬ気はないのでやめる。
返事を書く気は、起きない。

友人から、大学に来いと
またLINEが来たので
スマートフォンの電源を切る。
寝転び
昨日買ったばかりの
mp3プレイヤーで
アニメソングを聴く。
今日はまだ
昼飯を食べていないため
腹が減って仕方なく
音楽に
まったく集中できないが
そもそも集中するべきなにか
など、とうにないのだった。


units

  完備

大きな星空は三つ
小さな星空は 無限個あった
きみたちのうちのひとりが
それは 可算無限?
と 尋ね
三つの大きな星空が
分からない と 答えた

また別のきみは
星空を数えるための単位 を つくり
わたしに 耳打ちしたから
わたしのなかにまた
小さな星空が生まれた
きみたちは
あらゆる方法でわたしに
小さな星空を埋め込んでいく
だからわたしは
星空でいっぱいなのだ

きみたちは三つの大きな星空
の 境界 を
同値関係で貼り合わせ
ひとつの《かたち》にした。
きみたちは それを
名付けようとはしなかった
いつも
「あれ」
と 呼んだ

「あれ」

三つの大きな星空では
《波》が 絶えない
から 小さな星空へ届けることが
きみたちの仕事だった
届けられた《波》は
音楽や
絵画になる
そのあわいできみたちはみたされ
漂う くらげのようだった

きみたちはどこから来て
どこへ行くのだろう
きみたちのうちのひとりが
消えてしまうとき
結ばれた 三つの大きな星空は
一瞬
《かたち》で なくなり
《波》が
《波》の まま 漏れ
残されたきみたちのあいだを
ゆっくりと伝播していく


candy

  完備

光を
ヒアリ、と
空耳し

空を愛する
彼ら
横目に

わたしたちは
もはや
発語
おそれなくなった

腫れ
泣く子供

おなじ場所、で、

わたしたち
狂った
ふりをする


mirage

  完備

 文芸同人誌の表紙を描いてほしい、と学科の後輩に頼まれたのは3年の冬休みだった。私も後輩も帰省しなかったからいつでも会えた。詳しい話をしようということで、私の家で後輩と鍋を囲んだ。
 私は詩も小説もほとんど読まない。絵やデザインが特別得意なわけでもない。ただときどき、衝動的になにかを作ることがある。絵であったり、彫刻であったりするそれらを、私は後輩にだけ見せていた。後輩も公開前の自作詩を、こっそり見せてくれた。そんな関係が始まったのは1年ほど前だったが、今その話はしない。私は自分の作ったものになんの固執もなかったけれど、後輩は私の作品に心底惚れているようで、なんだか申し訳ない気持ちになりながらも、ほしいと言われればどんな作品でも後輩に渡した。
 原稿に目を通す。後輩の作品だけ読む。いつも、うすい光のなかでなにかを諦めている彼女の姿がある。たとえばこんな調子だった。

  タイトルだけ知っている
  夥しい本たちを
  わたしは
  手に取ることすらないだろう
  それらがあまりにとおい
  蜃気楼であることを
  わたしが
  受け入れるための
  あまりにあかるい午後だった

 意味は分かるがそれ以上はほとんど分からない。その場で私はデザインの原案をいくつもスケッチしていく。後輩は気に入ったものをいくつか選んでくれるから、また後日、よりアイデアを固めたものを後輩に見せることになるだろう。私たちには腐るほど時間があった。

 その日はいっしょに寝た。後輩と同じ布団で寝るようになったのがいつか、正確には思い出せないけれど、彼女は気付けば私の布団に入ってくるようになっていた。私は別に気にしなかった。私が寝たと思うと、彼女はときどき泣いた。
 その日も彼女はいつものように私の背中にぴったりと寄り添っていたが、私が眠りかけたとき、唐突に彼女は私の胸に触れ、揉みはじめたのである。それから私も体を彼女の方に向け、深いキスをした。私も彼女の胸を揉んだ。彼女が、乳首を弄られただけで声を出してしまうほどの女の子であることを知った。
 彼女は執拗にキスをした。私はキスをすると疲れる。私はへとへとになり、たまらず彼女のパンツのなかに手を入れようとした。実際に入れ、驚くほど濡れているのを確認はしたが、彼女はそれ以上を許してくれなかった。彼女は執拗にキスをした。彼女はキスをし続けた。それからまた、彼女は私の胸を揉んだ。私はなにがなんだかわからなくなり、自分の手で果てた。それからのことはよく覚えてない。私は早起きして二人分の朝食を作った。たった今、後輩が起きたところだ。


distance

  完備

かれは先月免許を取った
死んだらごめんね、と
冗談めかした笑顔でわたしを助手席に乗せ
2000年代のJ-POPを流しながら
海沿いを走らせていく

かれは10代のころ小説を書いていた
詩も読んでいたらしい
自殺するくらいなら詩でも書いたら、と
16歳も年上のわたしに
勧めてくれたのもかれ
かれは小説を悪く言う
詩のことは、もっと悪く罵る
やりたいことがあるんです
そう言って彼は大学に入り直した
友達はできた?
いいや、あんまり
どこに行くつもりなの?
さあ
エーッ、ちょっと怖いんだけど
はははは
もー
ねえわたしを
どこに連れていくの、

鴎かな
鴎だと思いますよ
海沿いを走っている
けど、ここは
目的地じゃないから

先日『ヒカルの碁』を読んだんです
良かったですよ
ぼくもあんな風に青春を生きたかったなあ
好きなこと見つけて
切磋琢磨して……
小説は好きじゃなかったの?
どうだったんでしょうね
当時の感情はもう思い出せなくて……

かれは10代のころ小説を書いていた
詩も読んでいたらしい
小説の世界から足を洗って
詩も読まなくなって、やっと
J-POPの歌詞を良いと
思えるようになったんです
ずっと生きやすくなりましたよ

わたしは
わたしは、39歳になった
わたしは、
何をしているのだろう
何を、したいのだろう
……これいつの曲?
多分、ちょうど10年前ですね、2007年
10年前の自分はもう見えない
かの女もわたしのことは見えていないだろう
それでもかの女よりなお若いかれと
結局どこに行くの?と、笑い合いながら
わたしは
新しい詩を
想像しはじめていた


link

  完備

バス停に
つっ立っているあなたの
足元で咲く花々

蝶々を数える患者や
のらねこを撫でる女児から
ほどけたリボン
が、ふと
空に流れて

青年がニスを塗るように
憧れをなぞるぼくらは

遠いの?
遠いよ
遠くても
遠いから

会おうよ
待ち合わせは
夢のなかで見る夢


alcohol

  完備

アルコールをわざわざalcoholって発音しておどけるきみの横顔がすきなの。
酔ってたから? 酔ってなくてもわたしはきみに
ついていったとおもう。
きみがすき。だけどわたし
物語なんて要らない。
ちいさな物語もおおきな物語も要らないのに
きみはぜんぶ物語にしてしまうから、わたし
きみがつくったというだけのそれらを
ずっと抱えなくちゃいけなくなった。
もう部屋がいっぱい。
てゆーかここ、わたしの部屋だっけ? きみのだっけ? わかんないけど
物語なんて要らないのに
物語のなかで流れる川に映るわたしの顔はかわいくなかったから
死にたいなって言ったらきみはもっと死にたそうだった。
死にたくなるたびにストロングゼロ飲みながらalcoholっておどけるきみの横顔がすきなの。
だけどわたしときみは死ねないまま
わたしときみはきっとずっと《わたしたち》にはなれなくて、だから、
さみしくないの。

わたしではない女の子が空を飛んでいるのをわたしは
空よりも高いところから眺めてる。
たぶんいま目があったよ
信じて!
きみは汚い電柱と犬の糞とそのへんのババアを見てる。また物語にしてしまうんでしょ
物語のどこにもきみはいないのに、さ。

文学極道

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