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葛西佑也 - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


明日も、雨なのですか

  葛西佑也

            私は傘になりたい。
父は雨が降っても、傘をささずに、ずぶ濡れに
なって歩いて行ける。濡れた衣類の重量なんて
気にしないし、他の人も自分と同じだと思って
い、る。(自殺願望のことだって。)

父も私も自殺率の高い地方の出身だ。冬には街
の人みんな、うつ病になる。(酒でも飲まなきゃ
やってらんないよ!)父が豆腐の入った皿を割
り、脳みそのように飛び散る豆腐の残骸/踏み
潰しながら、私は私の食事をしていた。

  、グチャリ (そばでは母が殴ら
  れていた)私の空間からは遠いと
  ころ、電話の音はサイレンに聞こ
  えた。


/何かを救いだと感じる、病んでいる。(止ん
でいる? 救いは救急車でしょう?)私は父か
ら生まれたんだ。分娩台の上、前かがみになる
父から、卵のように。この豊かな国に生み落と
された


  、のです。私たちは生まれたとき
  から、絶望する術、を、持ってい
  る。(個人個人で違うやつを。私
  にとっては父。)幼い頃、大好き
  だった父の背中を見ないで育った。
 (見ないで育ったから、大好きだっ
  た? 尊敬しています、お父さん。)
  虚像の背中だけで、十分だったん
  だ、私には。


生まれたときから、ずっと、弟は父の背中ばかり
見て育った。だから、弟は 雨降り、傘をささな
い。ずぶ濡れの衣類の重量も(自殺願望のことも)
気にせずに。/私は傘になりたい。穴があいてな
くて、向こう側のはっきり見えるビニール傘に。
(できれば、柄が錆びていないとうれしい。)
            「雨は当分止みません
             よ。傘を買ったほう
             がいいでしょうね。」
             と、傘もささず、ず
             ぶ濡れで歩くみすぼ
             らしい親子に言いま
             す。


/私の向こう側の空間では、豆腐の残骸が家族た
ちの足でさらに激しく踏み潰されている。必死に
父をなだめる幼い弟の鳴き声(サイレン?)/私
にとっては、電話も愛しき弟の悲痛な叫びも似た
ようなものです。

外では、雨が ぽつり ぽつり と、降り始め。
(やがてすべてを流しさっていくであろう雨)明
日は土砂降りですか。天気予報が気になります。
私には家族の中で、明日の天気を聞ける人がいな
いのです。「明日、雨みたいだよ。傘を持ってい
くといいよ。」と、私のほうから言うばかりで 

。(私たちは家族ですか?)
自分で割った皿と豆腐の残骸を片付ける
父と、
ひたすら発狂しつづける
弟と、
何か秘めたように黙ったままの
母と、
/私の食事を続ける
 私と、/
みんな孤独だった。

そこにあるのは私の知らない家族でした。十数年
過ごしてきて、初めてその存在に気づいたのです。
しかし、紛れもなく私の家族。/私は、このとき、
初めて生まれたのです、この世界に。(望んでも
いないし、望まれてもいない。)

    /明日も、雨です
    か?みんな。私は
    みんなが大好きだ。
    みんなの家族で幸
    せだよ。母よ 父
    よ 弟よ/私は私
    の食事を終えて、
    ごちそうさま の
    代わりに言います
            


。/          私は傘になりたい。


このみちが一瞬でみちていたなら

  葛西佑也

その日だけはなぜか、いつも通いなれた道が、遠い昔、記憶の片隅にある道と重なっていた。その道は、いつどこで、ぼくが通過したものなのかは全く分からなかった。今、ぼくが歩いているのは、巨大な四車線バイパスの上。連続する自動車の風景は、やがてぼくたちから、愛する人の顔までも奪っていくのだろう。天気は快晴だと言うのに、上空を走る高速道路のせいで陽は射して来ない。隣には母子が手を繋いで信号待ちをしている。母子の視線は、ただ一直線に信号だけに向けられ、これから訪れるほんの一瞬のためだけに、時間が過ぎていく。信号が変ったからと言って、何かが始まるわけでも、また、何かが終るわけでもなかった。

/シャッターが閉じられた商店街のある街。雪は風流だなどと言って強がることはだれもしない街。ぼくが生まれた街。ぼくたちは毎日それなりに幸せに暮らしていた。一家の主が不在であることの不安や、さみしさなどは口にしたことも、感じたこともなかった。保育園に最後まで取り残された日も、母がやってくる一瞬を疑うことなどなかった。だから、いつまでもいつまでも、ひとり楽しそうに積み木を積み上げ続けていた。積み木はいつか、一瞬のうちに崩れてしまうことを知っていたはずなのに。

古ぼけた積み木 
塗料は剥がれ落ち 
たくさんの子どもたちの 
歯形と一緒に 
愛しているものや
愛してくれるものが
くっきりと刻まれていたり
染みこんでいたりする/

信号が変ると、ぼくたちの風景が徐々に色づいていく。それまでは目にも止めていなかった。道端の雑草が風になびいている姿に今更気がつく。気がついた途端に、後ろからやってきた誰かに雑草が踏み潰される。愛する人の顔も思い出せなくなる。あの時は二四時間忘れたこともなかった顔。/子どもたちは、大人になるために、手を繋ぐ。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない。離した瞬間から、ぼくたちはもう、永遠に大人にはなれない。何度抱きしめても、何度抱きしめても、後悔は拭えない。/母子は人ごみに紛れて、ぼくの視界からは消えてしまった。これでよかったのだと、なぜか安堵する。記憶の片隅、ある道は思い出せないが、ぼくはその道でずっと追いかけていた。訪れることのない一瞬。幼い頃の父との思い出。弟が簡単に手に入れたもの。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない?


/ぼくたちごく自然に
抱き締め合っている
あなたはぼくを愛しているし
ぼくもあなたを愛しているんだ
あなたの代わりに
買い与えられた
ものたち全部
明日には捨てに行こう
ゴミ捨て場まで
そんなに遠くないけれど
手を繋いでいこう
あなたの手はやっぱり
暖かくって大きいのかな
それから それから 

/それから、夢が覚めるとやっぱりいつもひとりだった。ぼくには何かが欠けているってずっと思ってきた。欠けているものが何なのか、知っていたけれど知らないふり。ぼくは強がりだから。でも、ほんとうは、手を繋いで欲しい、抱き締めて欲しい。ちょっと恥ずかしそうに、「あいしてるよ、あいしてるよ」って言って欲しい。ぼくはいつまでも、その一瞬をこの道の上で待っている。


ホスピタル

  葛西佑也

「あいしてるよ、
 あいしてるよ、
 (読みかけの
 本、数ページ
 滲んだなみだ
 ぐらいに。)
 ほら。」

世界は、残酷だね。

もし、私が凍結された、子ども(お父さんの)だったら、
私の言葉 全て医療行為のおかげ/なのですか? (医
療行為は無意味の中に意味を発見することだった。/の
ですね。)いつも私には無関心そうなあなた、大きな背
中、何か刻ませて、ください。(それは、医療行為では
ありませんよ。/ネ)

お父さんと同じ
洋服
来た男に、
「あなたはお仕事する格好じゃあない。」

言わなければなりません/でした。
(私は、
 それが間違いだって
 知っていた/のに。)
お父さん、
お父さん、
今日も
ご苦労さま

ビール持ってくるからね
お父さん。

あなたは
いっつも寂しがりや
で、
弟を腕の中で
ぎゅっ
ぎゅっ と
することで
満たされていましたね
(ふたり、そっくりだ。)

真っ暗な夜なんて、私は知らなかったけれど、あなたは
きっと知っている。/にちがいない。世界の全てを敵に
まわしたかのようなまなざしあなたに向けて/あなたは、
もう、そこにはいなかった。私は遠い冬の日、生まれた
日、あの日からずっと本州最北端のまちで凍結されたま
まなのです。/か?

あの病院には
今も
転がっている
私の無意味
これからの人生

医療ミス
として
歩んでゆく
/のは
嫌なんだ!/です
だから、
意味を欲した/のかも

(医療行為は病院で受けるものです/か?)

私は私を
偽ることで
(凍結されたまま、
 なんですよ。 と)
あなたの息子で
ありえるのです
/でした。
だから、
理不尽に殴られたって
凍結してしまったんです。/よ

お父さん、私はきっと偽り続けなければならない。あ
なたの前で。私、(私は遥か昔、もうとっくに、あな
たの望まない形で、医療行為を受けていたんだ。/で
す。あなたは、きらい?)

それでも
あいしています
お父さん
だから、
あなたの背中
いつか
刻ませてください
ありがとう
ありがとう
「ぼくは
 医療ミスなんかじゃ
 ない!/よ」

世界はやっぱり
残酷だ/ネ


きみが生まれるずっと前から、ぼくはその国境線を知っていた

  葛西佑也

セイヘロートゥー。。。セイヘロートゥー。。。片言の英語で、伝わるかどうかも分からない相手に、何か伝えようとする。伝言は、頼んだ時点で、効果を発する、セイヘロートゥーいつかの親友/セイ、いつかの帰り道、何だかよく分からないけれど美しいものたちでみちている(気がする/した、昔母親だった女が捨てられた小犬に母乳を与えていた。ふるえる小犬の口まわりがみるみるうちに濃い白に染められていった!/のでした、それは、きんじょ の はたけ こううんき の 
けた たましい こうかおん(と一緒に、ぼくの頭から離れてはくれない、れない、られない、れ、ない、いい。目の前は真っ赤になった! 小犬、小犬が勢いあまって、強く噛み付きすぎた、せんけつ。いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?/あのひとは無痛病だった/かもしれない。ぼくは、あなたの側にいたい、いたい!

病院のベッドの上、という自由のために、いつかの親友が死んでいった。あの日。前日は雨でしたから、踏み出す地面踏み出す地面、水分が水分が水分が、あふれ あふ
 あふれ 過ぎていた。
   じめじめ じめじめ じめじめ/ん
   そこからたくさんの生物たちが、
   (うまれて)
  のどが渇いているのか、
 捨てられた小犬は夢中で、水たまり
に顔を突っ込む。きりのいいところで、水分補給はやめにして、「きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞう そうぞう、そう」と、小犬がつぶやいた。そうぞうにんしん そうぞうにんしん そうぞうにんしん? そうぞう/力豊かな小犬を、いつかの親友にも、見せてあげたかった/な、いてる? にんしんせんを指でなぞっていった先には、いつもいつかの親友、そうきみがいたんだ。ぼくはきみと一緒に毎日のように渋谷で遊んだし、原宿で買い物もしたし、同じ女に恋もしたし、近所の公園(通称三角公園)で暴走バイクが通過するのを見届けたりもしたし、したし、したし、したし、した、し? きみは、地理が大好きだったから、学校で配られた地図帳に、少しの迷いも無く、国境を書き入れて、これがにんしんせんだと教えてくれた。/から、毎日まいにち、指でなぞってたから、にんしんせんが薄くなったのかもしれない。 ごくまれに国境が書き換えられ                           
てしまうと、
   ぼくたちは もう一度 うまれる        
    というのも
   きみが 教えてくれたことで、
で、
 病院のベッドの上で、きみは、もういちど、もういちど、もういち、、何度もつぶやきながら、人さし指で真っ白いシーツの、
あっちをこすったり 
こっちをこすったり
          何度もいったりきたりさせていた。やがて、それは、にんしんせん、まだ開かれていないにんしんせんになって、そこからうまれた。

ある朝、小犬はぐったりしていて、口からは真っ白いのが逆流していた。全く動かなくなった小犬を抱き上げて、あったかい、あったかい、あったかい! ぼ、ぼ、ぼにゅう が まだ あったかいよ! ぼくたちは、想像する。もういちど、うまれてくる日。/は、小犬かもしれない、異性かもしれない、外国人かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、
/? 、小犬の死骸に、母乳をあたえる、昔母親だった女

/に
「セイヘロートゥー
いつかの親友
  /セイ、
ほら、こぼれた母乳があたらしい白地図を描き出しているよ。もういちど、もういちど、もういちどだけ、いっしょに指を動かして、国境を描こう?
セイヘロー セイへロートゥー 
           いつかの親友
             /セイ、


実験的舞踊(1)「神話〜my・thol・o・gy〜」

  葛西佑也

人身事故で
大幅に遅れた
電車の到着
ぼくたちは明日
生まれたらよかった
性器がぬれ始める前に
それは宗教的に
間違えでしたか
ねぇ?

考えよう 気がつけば、一つ前の駅で降りてしまったから、これから死のうと思った。その前に絵本を描きたいと唐突に思い始めて、ルーズリーフを取り出した。適当に線を描きこんでいく きんちょう で 手が震えた。思いのほか、美しいギザギザがあらわれたので、カミナリに関するお話にしようと思います。考えよう? 一生に一度だけ、ほんきで線という線すべてへの悪意に満ちていた日、その瞬間、きみは何かつぶやいた。考えてしまったら負けなのだと、ぼくたちはただ、あの人を愛した、見返りなんていらない。

カミナリ
空間は繋がる
ことはない
赤ん坊がふたり
土手の上
自らがうまれた理由
について語り合う
(指と指で触れ合う)
前日は雨でしたから、
泥濘
足をとられ
身動きはできない

数百年昔に、この土地を耕したであろう農夫は、傷だらけの拳を天に向って突き上げて、
「お花畑はどこですか? ワタクシにも神話を教えてくださいな。 ワタクシは空腹なのですよ。」と叫んだので、次の日はやはり雨なのでした。

赤ん坊が積み上げた、世界の誕生にいたるプロセスはすべて流されてしまったから、ぼくたちはカミナリを知らないし、知る術も持たない。赤ん坊を抱くこともなく、神話から削除された たくさんの母親たちは、それが世界からの虐待だと知ることもなく、見てくればかりが鮮やかな花々の命を奪い、いつかは枯れてしまうアクセサリーを量産した。彼女たちは、自分たちが奴隷であるということさえも知らないで。

(ぼくたちは、それを生産性のある自慰だと信じてやまなかった。そのために眠ることさえもできないから、呪われているのか?)

どのような形でも
語られることのない
階段をのぼりはじめた
目的地へ辿りつくまでの
間に向き合うであろう
たくさんの生命は
カミナリによって
失われました
ぼくたちは明日また
生まれるの
でしょう


交差点では、飲酒運転男が罪のない子どもたちの人生を奪いました。それは嵐の日でした。形を留めていない子どもたちのからだは、ちに染められて、そのすぐ傍では、無数のアルミ缶が転がっていたのだろうか。昨夜の性交は決して、その子どもたちのためではなかったのだけれど。男の酔いは覚めることもなく、明日からは労働者として、子どもたちのいない世界へと帰っていくのですか。彼はカミナリのお話を知るはずもなかった。つづりはわかっていても、発音することのできない言葉を、いくつもの言葉たちを、駅のホームに落書きした。湿気を含んだ、チョークの粉は幸せの象徴ではなかったのですか。

神話は
ある日
知らず知らずのうちに
創り出された
それでもカミナリを
知る人はいない
(彼らは神話から
 削除されました)

世界でももっとも有名な神話の中のひとつでした。たしか、雨は止んではいませんでしたが、快速電車が、だれかのビニール傘を八つ裂きにした光景をぼくは忘れない。だから、思い出す必要もありません。生きるための方法など、なにひとつありませんでした。奴隷であることを認めること、認められること、それだけは忘れてはいけないことでした。

一家はみんな死んだので、あそこは空き地になった。だから、もうだれも住んだりしないでしょう?(生命は芽生えません、ね。)それが、カミナリの神話だった。カミナリの神話にはカミナリが一切出てこないらしいのだけれど、それは、思い出さなくてもいいからで、ちょうど快速電車のように。ぼくたちは、明日も生きているから。となりには愛する人がいて、それだけでじゅうぶんでした。ぼくたちはだれも神話を知らない。

* 掲載にあたり、原題の丸数字を「(1)」に置き換えました

文学極道

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