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右左 - 2019年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


精霊探し

  右左

子供のころ、毎日のように、精霊探しをして遊んだ。わたしたちの村にはそういう遊びがあった。いつごろから始まったものなのかはわからない。誰に聞いても、自分は親から教わったと答える。村の長老も同じことを言う。長老の親もそうだったらしい。おそらく、その長老の親の親も、わたしの親が云々と言っていたのだろう。

しかし、この遊びはなんということもない、ただのかくれんぼである。森のなかでかくれんぼすることを、村では精霊探しと呼んでいたのだ。それは、子供を可憐な精霊にたとえた、ひとつの見立てではないかと思われる。そして、精霊なるしゃれた言葉は、たしかにそのあたりの道や学校ではなく、森にこそふさわしいものという気がする。あるいは、いささか暗い想像をすると、精霊とは死霊のことかもしれない。かつて、あの深い森のなかで、子供が行方不明になった。親も、子を探しに出かけて、やはり消えた。こうして、いわば神隠しの謂でつかわれはじめた精霊探しが、いつしか遊戯の名称となった?

だが、誰もそんなことに興味はなかった。みんなとにかく精霊探しがしたかった。森はいつも湿っていて、草葉のにおいが空気に塗りたくられているようだった。目に映る色は、木々の緑より黒がめだった。足元はぬかるんでいて、そうでなければ名前も知らない植物が複雑に絡みあい、よほど注意していないとたびたび転ばされた。怪我だらけ泥だらけになっても、泣く子はほとんどおらず、楽しかった。

大きくなって、わたしたちの次の代が精霊探しをするようになった。わたしや、わたしと同年代の友人たちは、日々の暮らしに手一杯になっている。そんなある日、わたしを含む何人かの予定が合い、森へ行こうという話になった。豪雨の日だったため、子供たちはいなかった。わたしたちも、深入りは危ないと判断し、入口付近をうろうろするに留めた。「だけど、おれたちは、どんな天気でもやったよな。雪でも強風でも……」誰かが言った。それきりわたしたちは無言であった。無数の直線としか見えない猛烈な雨粒が、画面に走るノイズみたいに森の内部を裂いていた。わたしは雨音にまじって精霊の声が聞こえるのではないかと耳を澄ませた。


カスピ海へ至る道

  右左

夢のなかに、わたしが現れたことは一度もない。夢のなかで、わたしはいつも傍観者である。そこでどのような出来事がくりひろげられていようとも、わたしはただ一個の視点として、それを見つめるだけだ。でも、わたしは無機質な機械ではない。不条理に怒り、陰惨な事態を悲しみ、歓喜を共有することができる。わたしは夢のひとびとの仲間である――一方的な関係において。

ひとびとはといえば、撮影者であるわたしに構わず、好き放題にどこへでも行く。空を飛び、深海を歩き、時空を飛び越えたりする。わたしもたやすく彼らについていく。夢のふしぎなちからを借りて、わたしたちの関係は保たれているのだったが、ちかごろ様子が変わった。ここ最近、同じ舞台の夢を見つづけている。まるで続き物のドラマのようだ。わたしは、彼らを置き去りにして、ひとりカスピ海へ向かっているのだった。

最初の日、うとうとと眠りに落ちたわたしは、例によって身体を失い、意識が徐々に徐々に立ちのぼってきて……やがてはしゃぎまわる彼らを捉えた。酒場みたいなところ、そのすさまじい盛り上がり! いま振り返ってみると、あの爆弾めかした笑い声、支離滅裂な会話の数々には、こちらをぞっとさせるものがある。しかし、そのときのわたしは、感情がいやに平板で、彼らに同調することもなければ、反発も覚えなかった。目の前の光景をひたすら見た。徹底的にというよりは、茫然とそうしていたと言ったほうが正しい気がする。あるいは、たしかにそのとおり、夢見心地で。時間が経ち、夢の住人たちも、机に突っ伏したり、床に転がったりして、すっかり寝入った。それを見届けると、わたしの視線はひとりでに行動をはじめ、鈍い動きで店の外に出て、星月夜の道を進みだした。《カスピ海へ向かっているのだ! この道の果てに、カスピ海がある!》

次の日も、その次の日も、そして昨日も、わたしはカスピ海へ向かって歩きつづけている。道のようすはわからない。月と、点々とちらばる星々は、わたしの行手を照らしこそすれ、あたりを明らかにはしてくれなかった。はるか遠くでちらりと見える光は、湖面から放たれているものなのだろうか? 日に日にそこまで近づいてきてはいるが、まだ先は長そうである。それにしても、なんという静寂。カスピ海へ向かっていることを察したあの奇妙な直覚を最後に、わたしの意識は沈みこみ、感情が死んだようになっている。視界だけが、任務でもこなしているみたいに、黙々と活動していた。わたしの夢からは、ついに誰もいなくなってしまったのだ。わたしは、おそらく生涯で一度も関係することがないであろうカスピ海について、すこし調べてみた。手近にあった百科事典を開く。そこには、油田地帯としてのカスピ海の写真があった。その写真からは、人間の姿も、世界最大級といわれる広大な水域も、あまり見えなかった。たぶん、今日の夢も、このつづきなのだろう。こうした種々の想念が、眠りに就くとともに消失し、目覚めるまでずっと、足音も立てず静かにカスピ海へ向かうのだ。もっとも、道の果てにあるのが本当にカスピ海なのか、わたしの本能以外には何の確証もない……住人たちもみんな置き去りにしてきた……


花の眠さ

  右左

ちらちらと鱗粉がきらめき
花々は眠ってる
思い出のようにかすむ広場を
立入禁止の柵が囲ってた

川底に沈んだ塗絵は
いっさいの輪郭を失い
溶けあった幻のような色味で
でたらめな水中庭園をしあげてる

奇妙な舞台を見たことがある
幕が上がり照明が降ってきて数十分
役者ひとり出てこなければ音楽も鳴らない

たゆたう、という言葉を初めて聞いたとき
歌う意味だと思った
陽だまりの下
花は誤読を誘った


「隊列」

  右左

  1.
駅を降りる。駅はひとでごった返している。駅前も。

  2.
建物と建物のあいだをいくつもすり抜けていく。黒猫がにらんでくる。からすの声が降ってくる。やけに汚い水たまりがあったりもする。それらの脇をいくつもいくつもすり抜ける。

  3.
視界が急に開け、青空がまぶしくなる。そこは草原のような広場である。陳腐な想像力で描き起こした楽園のような。鳥のやさしい囀りが聞こえてきてもよさそうだ(でも、実際は、そんなことはなかった)。

  4.
さくさくと足音を立てつつちょっと進むと、もうこれまでの道が見えなくなる。草っぱらに取り囲まれている。

  5.
いや、だいぶ向こうに建物があった。そこへ近づいていく人影もうっすらあった。年齢や性別までは見て取れない。仮にA氏と呼ぶことにする。

  6.
建物の入口に誰かいる。警備員? 門番? 後者のほうがしっくりくる感じ。A氏が声をかける。
A氏「やあ、どうも……」
門番「……」
A氏「お願いがあるんですがね……ちょっと中で休ませてくれませんか?……くたびれきっちまってね……へとへとなんです……いますぐにでも眠りたいくらい……でも、眠りはしませんよ……すこし座らせてもらうだけでいいんです……それで、ねえ、あんたも味わったことあるでしょう……膝裏にしこりができたみたいな足の疲れ……これが落ちついたら、すぐにでも出ていきますよ……約束します……ね、お願いです……中に入れちゃくれませんかね……?」
門番「番号を言え!」
A氏「なんです……?」
門番「番号を言え!」
A氏「なんの……?」
門番の打撃! 一撃でA氏が倒れたその直後、建物からぞろぞろと門番の仲間たちが現れ、暴力がはじまる。激しい打擲。うめき声も聞こえない。

  7.
仲間たちが帰っていき、門番はもとの位置にもどる。A氏は動かない。空間がしーんとする。

  8.
一体のマネキンが歩いてきた。首や各関節を激しく揺らしながら。肘から先はいつ外れてもおかしくないように見える。膝から下も。しかし壊れない。そして門番の前に立つ。

  9.
また一体。また一体。ぽつぽつと現れていたのが、やがて引きも切らずに来るようになる。人形独特の硬質の音がうるさい。
到着順に彼らは整列する。長蛇の列。

  10.
門番の大声。号令か? 声が大きすぎて、かえって何を言っているか聞き取れない。

  11.
また仲間たちが出てきた。彼らもまた聞き取れない大声を出す。そして中へ戻っていく。

  12.
門番が背を向けて中に入ると、マネキンたちもそれに従った。長い長い入場時間。

  13.
誰もいなくなる。A氏は? たぶん粉々になってしまったのだ。

  14.
建物の中には、映画の試写会場めいた空間があった。幅も奥行もしっかりある壇上。奥にスクリーン。

  15.
マネキンが座席につく。席をまちがえたマネキンは、即座に門番たちによって破壊される。

  16.
場がすっかり落ちつき、門番たちが部屋を出る。

  17.
ややあって、溶暗。

  18.
呼吸音もないまま、数十分が経過。

  19.
スクリーンに荒廃した村が映し出される。映像は固定で、村のいろいろな様子を見せてくれるわけではなかった。村は、家が屋根から崩れ落ち、火災のあとのようなくすぶりがあり、人間のにおいが消えていた。映像が古いのか、画面が急に途切れたり、甲高い奇妙な音が聞こえてきたりする。

  20.
そのまま数十分が経過。

  21.
天井からノイズ。スピーカーがあるのかもしれない? このノイズは、23の場面の終わりまで鳴りつづける。
壇上の端に、黒装束の集団が現れる。彼らはのっそりとした動きで舞台中央へ向かう。23の場面が終わるちょうどそのとき中央に着き、一斉にしゃがみこむ。

  22.
映像が切り替わる。軍隊の行進の、その足元だけに焦点を当てた映像。規律正しい脚の動き、軍靴の大きな響き。この足音は、24の場面終了まで、だんだんとボリュームを上げていく。最終的には、24の場面における声よりも、こちらの足音のほうが大きくなる。25の場面に移る瞬間に、音も映像も途切れる。

  23.
21のノイズが少しずつ整って、完全に静まったあと、声。

  24.
《ぼくらはすっかり疲れてしまいました。ぼくらはここを最後と気持ちを固めました。彼らから逃げきることはあきらめたのです。彼らは「隊列」と呼ばれています。彼らを止めようとしても無駄です。どれだけの村が、彼らの行進によって破壊されてきたことでしょう。村だけではありません。森の樹々がなぎたおされたこともありました。濁流を越えてきたこともありました。彼らは、いかなる障害物を前にしても、けっしてその行進を止めはしないのです。いちど「隊列」の進路に入ってしまった時点で、ぼくたちは故郷を捨てるしかありません。そしてそのときがきました。その日は、なにげない晴天で、ぼくらも穏やかな時間を過ごしていました。ふと空を見ると、隣村の方角から、異常な煙がたちのぼっていました。すぐに物見櫓へ駆けあがり、確認すると、やはり「隊列」でした。彼らの行進の、膝が、爪先が、足裏が、足音が、人工物も自然も押しつぶし、隣村がみるみる崩壊していきます。ぼくらは急いで逃げる準備をはじめました。ぼくらの村と隣村とは直線上にあったのです。仕度を終えた者から、とにかく散り散りに走っていきました。ところが、ある一人が、絶望的な声で言いました。どうあがいたって逃げおおせることはできない。きみたちにも見えるはずだ。いったいあれは何列あるんだろう! 彼の言うとおりでした。隣村の方角を見ると、視界いっぱいが「隊列」の影で覆われているのでした。これでは、先に逃げたみんなも、近いうちに追いつかれ、踏みつぶされてしまうことでしょう。ぼくは言いました。上に逃げるんだ! 可能なかぎり空に近いところへ! ぼくらは左右を適当に選んでとにかく走り続けました。「隊列」の作りからいって、中央よりは端のほうがまだしも手薄に思えたからです。ひたすらに走りました。ずっとずっと走りました。そうしていかにも高そうな山を見つけ、ここを登ろうと決めました。体力も限界に達していました。すこし勾配があるだけで足元がおぼつかなくなるほどでした。それでも、なんとか頂上付近までたどりつき、崖から下を見おろした瞬間の、あの虚無にも似た感情。ここは、まだまだぜんぜん、「隊列」の端ではなかったのです。そして、「隊列」の先頭集団は、すでにふもとまできています。じきに、彼らの振りあげる脚が、この山を根っこから崩しはじめるでしょう。ぼくらは落下し、それで即死するか、もしくは生きていたとして、彼らに無残に踏まれて終わりとなるでしょう。ぼくらはもうあきらめました。最後に、この疲労困憊の身体を、ゆっくりと休ませてください……》

  25.
部屋の扉がとつぜん開く! 門番のひとりが倒れかかってきたのだ! 門番はそのまま動かない!

  26.
門番たちの内紛! 殴り合い! マネキンも巻き添えになって壊れていく! しかし壇上に被害はない。黒装束たちはじっとしたままである。

  27.
全員が倒れ、部屋は静かになる。開け放たれた扉から、外の光が入ってきている。

  28.
黒装束たちが、またしてものそのそ歩きだし、外に出る。

  29.
建物の外に、新しい門番隊がいる。黒装束たちはたちまち拘束されてしまう。

  30.
門番隊と黒装束たちが建物を離れてどこかへ去っていく。夕焼で、彼らは動く影としか見えない。


銀星とウロコダイル

  右左

ゆっくりと落ちてくる噴水を眺めて
ステップを踏むこと
ひとしずくひとしずくの
着水に足音を紛らせる
虹の架からない昼間
歌は無粋だった

見つからなかったねって
今日も手をつないで夜の川縁を歩くだろう
それはまだ先の話だから
忘れてしまっていい でも
明日の朝ごはんのことをもう考えてる

きみは以前
クロコダイルをウロコダイルと書いた
その未知の生物を描き起こしたきみの絵は
なんて上手な鰐
なんて上手なウロコダイル
いまでもわたしたちの心を惹いてる
そう、そのときだった
きみが銀星を見たいと言いだしたのは!

大口を開けて水を飲むウロコダイルを
銀星の光が貫いてる様子を
わたしたちは見たくて
今日もその時を待つ
噴きあがっては落ちるあの水を見ながら


背中の躍動について

  右左

二〇〇一年九月二六日、日本のプロ野球パシフィック・リーグにおいて、大阪近鉄バファローズが優勝を決めた。バファローズという球団は、日本プロ野球界全十二球団のなかでも決して強いチームではなく、最下位争いをするシーズンももっぱらであり、じじつ前年は最下位であった。この年のシーズン開始時点で、バファローズの躍進を想像していた人間は、ほぼ皆無であったろう。優勝決定試合もまことに劇的な展開で、その華々しい大逆転劇は、プロ野球史の一ページを彩るにふさわしいものであった。当時まだクソガキほどの年齢であったわたしの記憶にも鮮やかに残っている。ところで、この試合の最終スコアは6対5だったのだが、その約十日前、同スコアでバファローズが勝利した試合がある。あれから二〇年近く経ったいま、わたしが活き活きと思い出すのは、むしろそちらの試合のことなのだ。その試合を、わたしはテレビで見ていた。終盤まで劣勢に立たされていたバファローズは、なんとか得点のチャンスを作りだして、打席には礒部公一選手。結果は……逆転ホームラン! 悲鳴のような歓声をあげるバファローズファンに向かって、礒部はガッツポーズをしてみせたのだった。

さて、野球の試合会場には、テレビ放映用のカメラおよびカメラマンが至るところに存在する。あのホームランの瞬間、無数のレンズが礒部に向けられたことだろうが、テレビ中継に映っていたのは、三塁側のそれから捉えられていたものだった。そして、礒部のガッツポーズは、一塁側の観客席に正対して行われていた。したがって、視聴者は、礒部の背中を見ることになったのである。礒部は、跳ねるように一塁ベースへと進みながら、右手で握りこぶしをつくり、まず肘を九〇度ほどに曲げ、つぎのステップで腕をおもいきり伸ばした。時間にしてたった一、二秒にすぎないこの躍動する背中に、わたしはつよく魅了され、いまなおなまなましく覚えたままなのである。

その心的要因について、深く考察したためしはない。むろん、対戦型スポーツにおける、点数の推移をはじめとした昂揚感がそこにあったことは、やはりまちがいないだろう。しかし、と思う。あの礒部の映像が、もしも背中側からではなかったら、はたしてこれほどまでに胸を打っていただろうか? ほとんど確信をもって言うが、そうはならなかったはずである。ではもうひとつ、映像はそのままに、逆転ホームランを打ったのが礒部ではない別の選手だったとしたら? たぶん、いまと同じように、じーんと記憶しているように思われる。すなわち、あの感動の大きな一翼を担っていたのは、人体のひとつの部位、背中だったのではないだろうか?

背中で語るという月並な表現は、本来的に背中は表情をもたないことを裏返した言い回しである。そのとおり、背中は喜怒哀楽を有さず、言葉をしゃべりだすこともない。だが、背中がなにかを物語ることは、たしかにありうる。話が飛ぶようだが、わたしはここで、父方の祖父の葬式を思いだす。親戚一同が集まるなか、父は最前列に座っていた。わたしはその真後ろにいた。わたしの後ろには、親戚たちが、知っている人も知らない人もたくさんいた。坊主が読経を読んでいる。その間、ひそひそとしたしゃべり声や、すすり泣く声などが、いろいろな方向から聞こえてきた。だが、父の身体からは何も聞こえてこなかった。父はじっとしていた。まっすぐに坊主のほうへ顔を向けていた。実際は、目を閉じ、涙をこらえていたのかもしれない。静かに泣いていたのかもしれない。人間が亡くなったあとの雑務で疲れはて寝ていたのかもしれない。本当のところは、背後にいたわたしからではわからない。けれども、父の背中は、そのすべての可能性を包摂し、しかもそれ以上のものをわたしに感受させたのである。わたしは、祖父ともう会えないのだという悲しみを忘れ、父の背中に深く見入った。それは、状況から見て不適切だろうが、疑いなく感動であった。背中は沈黙しながらにして雄弁なのである。しかも、その雄弁さは、あるひとつの感情を表すのではなく、複雑巧妙な人間心理をいちどきに表現してみせているのである。もしくは、あるひとつの感情、たとえばここでは悲哀のそれを、より強調するように表しているのではないか? そう考えたとき、礒部公一の背中は、後者の意味において、わたしを感動させたのではないだろうか。歓喜を背中という一点に集中させることによって。


草原で

  右左

まどろみのうちに
突然! 草原が立ちあらわれ
ぼくは飛び起きた
子供のころの鮮明な記憶だ
幼い想像力でつくりだす草原はとても陳腐で
ぼくは丈高い草叢のなかに寝転び青空を眺めていた
ぼくの肉体はみるみる風化して
白骨化し、風にあおられて散った
無数の骨の欠片となったぼくは
この草原が地球全域であるかのように天から見渡した
目覚めたぼくはどきどきしていた
それは死に対する恐怖ではなく
むしろ憧憬であった
あれから二〇年だか三〇年だか
その希死念慮がいまだに抜けない
まだ人の手の及ばない大地のなかで
息を吹きかけられるようにたおれたい

文学極道

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