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一条 - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


町子さん

  巴里子

町田の町子さん、病気です
と、医者は繰り返す
わたしは、待合室の壁にもたれかけ
こわれかけたビデオデッキが再生している映画を、
それがとてもカラフルだったら
とても良かったのに、なんて
決して簡単な治療ではないというのに
いったい、誰のための手術なんだろう
あなたの笑顔には見覚えがありません
あなた、あなた、ああああなななたたたた
と繰り返してみても
だんだん夜が不思議に明るくなるんです
星とか、
犬とか落ちたり
なにかをなくしたみたいな気分で
それを言い訳にできたら
もっと強くなれるような気がするけど
それにしても、覚えることと忘れることは
どっちのほうがむつかしいんだろう
わたしは、もう覚えることをしたくありません
うしろからいつも逃げたくなる人には
やさしい挨拶を、はらわたが煮えくり返って元に戻るまで
やりなさい
ああ、わたしの家には出口が一つしかありません
だからといって
一度入ってしまうと
出ることは簡単じゃないんです
それを知っているから
みんな知っているから
そんなことさえ忘れていると思うんです
町子さん、ねえ、町子さんってば、聞こえていますか?
東京のはずれで
わたし、あなたがしあわせに
今日も明日も生きていることを知っているんだよ


朗読

  巴里子

電話が鳴っているアパートの一番はじっこの、先月、そこで首吊り自殺が行われた部屋で、詩人の朗読会が開催された。電話が鳴っているが、誰も出ない(電話が鳴っているという描写が正確かどうかは知らない。)、「暗殺的な気分」が晴れ、部屋の中央で傾いたテーブルの上に置かれた電話が、さっきから鳴っている。おまえは、テーブルを囲んだおれらに、ただ反射的にいくつかの詩を朗読している。そもそも詩人の朗読会というものが、この世に存在してはならないのだ。先月、首吊り自殺が行われた部屋では、先月の首吊りの件について、密やかに話し合われている。電話の主は警察かもしれないが、これは、ただのいたずら電話なのだ。「少年は、巨大なカーブの手前で道路に飛び出した。あたしは、運転席を占拠し、スピードを加速した。脳の中は、からっぽになっていく。通りすがりのパトカーが正確にサイレンを鳴らし、近付いてくる。警官は発砲するに違いない。人生は、あたしの人生はひどく平坦だった。」誰も出ない。「自販機の前で、少しだけ紳士風の老人が粘着テープを体に巻きつけ、もうすぐに消えてなくなる思い出を、語りかける相手を探している。」は、かき消された、「助手席から飛び降りたのは、火曜日にセックスした男だった。男は、水曜日には、もうどこにもいなくなる。全ての情報が開示されるとしたら、こんな夜。だけど、あたしの訃報は誰にも届かない。あたしは、その時、少年を轢き殺してしまった、誰もいない街の巨大なカーブの」おれは、ひどく暗殺的な気分に襲われ、首を吊る準備をした。おれの声は、「野球には、投手も打者も必要がない。たった一球のボールを、投げる。それを投手が、打者は、まったく打たない。のにボールが右中間を、右中間を、てんてんとかけぬける。」にかき消された。女の声は、いつもより精力的で「野手が、いない、のに右中間を。てんて、んとボール、を追いかける、かけぬける、ボールを、追いかける、野手はいない。のに野球には、投手も打者も、必要がない。ボールを追いかける、かけぬける右中間。外野、と内野、の境界へ、右中間の外から、内へ、野手は、いつも外野であり、いつも内野であり、追いかけるボールをかけぬける、野手の、野球。」女は、喉が渇いたのか、「のに、投げる、とか打つとか、である。外野と内野を隔てる、野球の、投手が投げるボール、打つ必要がない。」が鳴っている。パトカーのサイレンの音をかき消した。電話の「ボールは、右中間、への、外野と内野の境界を超え、て、んてんと、かけぬける必要が、ない。打者は、投げる。のに野球は、野球である、必要がない。投手のかけぬける、打者の追いかける、ボールを、野球は、必要が、かけぬける、右中間を、追いかける野手が、てん、てんと、一球がない。のに野球、である必要が、」女の朗読の途中で、おれは、席を立った。明日は水曜日だ、というおれの声は、女の朗読にかき消された。なぜなら、女の朗読は、その後も決して終わらなかった。電話が、鳴っている。おれは、ボールを、追いかけながら、この朗読会が終わるのを待っている。なにもかも、平坦だった。この部屋のテーブルだけが傾いて、おれの首に巻かれたロープがきつく、絞まっていく(という描写が正確かどうかは


Save me, SOS

  一条

CNNを見てると
外人が、こんなん手抜きやわって言うてた英語で
なにが手抜きなんかしらんけど
外人的な発想で日本人批判だと思われたので
チャンネルをふたつずらすことにした
でもさっきのCNNの外人が気になって
ふたつもどした
やっぱり、こんなんまったくの手抜きやわって言うてるあいつら英語で
日本人のどこが手抜きやねんって思いました日本人的な発想で
チャンネルのことはあきらめて
ボリュームのことにした
音をちいさくする
口の動きからして、2回に1回くらい手抜きって言うてる
もちろん英語で
コマーシャルがはじまった
GAPというふくやさんのコマーシャルで
白いのと黒いのがダンスしながら踊ってた
黒いのは、ダンスしながら踊るっていったいなんやねんって顔してたけど
白いのは、一生懸命ダンスしながら踊ってた
それからGは真ん中に移動して
AとPがはじっこでおもんなさそうにGのダンスを見てる
あれ、チャンネルがずれてる
よーく見たら、それはBBCやった
タヌキみたいな外人がダンスしながら踊ってる
CNNがBBCになって
手抜きがタヌキになった
これで日本人が外人になれば
おれの残りの人生が4個から3個になる


母のカルテ

  一条

母が喉につっかえてしまい、仕方なく近所の医者にかかることにした。症状を説明すると「まずは あなたのお母さんを治療するのが礼儀というものだ」と、医者は言った。妻の意見を聞いてみたい、とわたしが嘆願すると、医者はひどく迷惑そうな顔をした。//// あなた、医者の意見より、奥さんの意見を信用するつもりなのか、じゃあ、なんで病院に来たんだい、奥さんの意見が信頼できないからじゃないのかい、いったい、あなたの奥さんの意見にどんな意味があると思ってるんだ、奥さんの意見に、そもそも耳を傾ける気など本当にあるのかい、あなたの奥さんは今頃、ボストンバッグに汚れた下着をいっぱい詰め込んで、失踪する準備をしているというのに ///// しかし、妻とは、あいにく連絡がとれず、その間も、母はずっとわたしの喉を揺らしていた。とても息が苦しく、堪らず悶えてしまうと、「母親は異物ではありませんよ」と、医者は、わたしを嗜めるように、そして喉をぐいと両手で押さえつけた。 //// ほら、私の言ったとおりじゃないか、今頃、あなたの奥さんは、ボストンバッグに汚い下着を詰め込むのに飽きて、それをそのままにして、あなたの家から出ていったよ //// もう、妻の話はよしてください。私は、母がつっかえたままの、喉から声をふりしぼった。//// ああ、あなた、やっと認めたのだね、もう、奥さんの話はよしますよ、だって、最初から、あなたの奥さんと、あなたの母親は他人なんだから ////「いいですか、あなたは少しも病気じゃないのです」と医者はわたしを睨みつけた。それでも、つっかえた母はわたしの喉をしつこく揺らし、わたしの声は震えた。医者は、ますます強圧的になり、頑丈なロープでわたしを治療台に縛りつけ、わたしの喉をメスで切開した。わたしは、いよいよ声を失った。 //// だけども、やっと、ぼくの喉から、出てきてくれたんだね、お母さん、ぼくです、あなたの息子です、覚えてくれていますか、ぼくは、お母さんの声を、忘れちゃいないよ、 //// 薄れていく意識の中で、母と医者の談笑が遠くに聞こえた。近頃の若い者ときたら礼儀というものを知らな過ぎる、先生の仰る通りですわ、おほほほほほ、とわたしの母は下品に笑い、そして血まみれの体をタオルで拭っている。せっかく、つっかえがなくなったわたしの喉なのに、医者は、それを縫合もせず、ただ、そこから息は、すーすーと漏れ、 //// ほら、馬鹿みたいでしょ、この子、ええ、正真正銘の馬鹿なんですよ、とにかく、産まれたばかりのころから、馬鹿な子でねえ、先生、私、本当に後悔しているのです、産まなきゃ良かったのよ、ええ、文句があるなら、何か言いなさいよ、けっ、けけけっけけけけけけけっけけけっけっけけけけけけっけけけ、けけ、けっけけっけけっけっけっけっけ、けけけけっけけけけっけけけけけっけけっけっけけけっけ、けけっけけけっけけけけっけけけけっけけけけ、けっけけっけけけけけけけけ、け、け、け、////  と、母はわたしを汚く罵り、医者は、わたしの、わたしの血まみれのカルテに異常なしと記した。


milk cow blues

  一条

おんなは、国道をマイナスの方向に横切った
足を引きずり、
店に現れたピアノ弾きは、後ろ手でロープを緩め、
慣れた手つきでdEad Cow blUesを演奏した
ドミソの和音に支配されたその音楽は、ら知#れ、知#れそ、靴擦れ、また、靴擦れだ
となり街の石油コンビナートから、
煤煙が空を、
洞察的に立ち上がっていくのを、
世界中に設置された火災報知器は、
ただ静観している
突如、出張所から、一台の消防ポンプ自動車が出動した
そいつはフル装備で、赤色灯を回転させ、
いつだったか、
妊娠したおんなの腹に黒い海が見つかった
海はみなみの方向に流れ、
やがて星々へとなった
卵形のいまいましい星々が、
おんなをいれものにする
おんなは、
いまいましいむすめをだきかかえた
わたしのむすめがつくった童話は、
赤い兎がうそをつくお話で、
むすめの皮膚は、
お話の途中で、赤くただれた
草原が赤い兎を飼い、
老婆からの電話で目がさめた
わたしは、ながれていくものを相手にしているのだ
むすめがつくった童話には、
けつまつがなく、
ぬりえからはみだした、赤や黒がうみにながれていく
にんしんしているおんなの顔を、
ひとつ汚すたびに、
むすめは、あたらしいコインを手に入れた
コインをたくさんあつめると、
好きな人に出あえるという恋まじないのようだ
時計の針が、
ぐにゃりと折れ曲がり、
むすめは、わたしと目があうと、
針の折れ曲がったほうこうに、
敬礼をしていなくなった
あなたがまだうまれたばかりのころ、
父親によく似たやさしいクジラと泳いだことは、
忘れないで、うさぎちゃん
おれは、
牛が殺されるのを待ちながら葬列の先頭がどこにも見つからないことに
気付いていた
そいで、
死んだ牛のブルースが、
暗号的に処理される棺の中、感染した販売所から百万頭の牛のドミソが、
一匹残らず失われていくのを、
加えて何かを、
鎮火した消防ポンプ自動車は、朝焼けの国道をひきかえした
何を鎮火したのかは、
いつまでもわからないまま、
あのピアノ弾きが、
ゆっくりと、おもむろにdeAD BeEf blUEsの演奏を始めるころ、
その音楽に耳を傾けているのは

静かにしろ、ここは、警察だ


川島

  一条

川島みたいなやつは、鬼のような形相で会議室を後にした。前の日も次の日も、予言する男は現れなかった。宛名書きの仕事は、これでおしまいだ。なあ川島、と川島は肩を叩かれ、おまえは、カワシモじゃないもんな、と再び肩を叩かれた。新しい彼女が出来ちゃったもんで、今度一緒にボーリング場に行かないか、と誘われた川島は、ボーリング場に行ってもいいですけど、ボーリングというのはやらないですよ、と言った。携帯電話がリン・リンと鳴った。その携帯、おまえにやるよ、と言われたら、川島はどうやって答えればいいのかわからなかった。こんな場所にボーリング場があるわけがないという場所でシシャモは、車から降りた。新車ですが、助手席に座っている女は正面から見たらパンツが丸見えで、ここで、ブレーキ。そこは、ボーリング場。川島に聞かなければいけないことは他にもいくつかあって、携帯電話がリン・リンとなった。川島は、もしもしと繰り返しているカワシモに声をかけようかどうか悩んでいる。ここで、ブレーキした新車は、ボーリング場を後にした。ボーリングなんてやってられるか、いえねえボーリングはやらないですよ、と釘をさされたことについて、電話の相手にくどくどと愚痴ってるようだ。電話の相手は、おれじゃないよな、とシシャモが、川島の肩を叩いた。肩を叩かれたいわけではない川島は、肩を叩かれた場合にどんな顔をすればカワシモ君に気持ちが伝わるか考えていた。シシャモも同じ悩みを抱えていたが、肩を叩かれるのは、真昼間だ。ブレーキしている新車は、病院に直行して、腱鞘炎に悩んでいる女を一人拾って、カーブの向こうに衝突した。あの時、川島が助手席に居合わせたなんて、会社の誰もが知らないはずだ。ボーリング場近くのレストランで予定されていたカワシモの送別会は、腱鞘炎が悪化し延期となった。その知らせを聞いたカワシモは、ボーリング場近くの倉庫で発見されたが、シシャモさんのパンツが丸見えの件について、社内では意見がふたつに分かれた。もうシシャモの居場所は、なくなったようなもんだ。川島は、宛名書きの仕事を再開し、今度、ボーリング場に行ったら、それでもボーリングはしないことにしたが、ふたつに分かれた社内を、びゅんと新車が横切った。川島の声で、びゅんと横切った。カワシモさんの声、と女子社員がかしこまって言った。シシャモは、それはおれじゃないおれじゃないと、首を横に振り、パーティションで区切られてしまった川島の肩を、カワシモが叩いた。これはただの肩叩きじゃないのだからな、とシシャモの声で、川島は涙をこらえている。予定されていた会議は全てキャンセルされ、ねえこのあとどうするの、と聞かれたカワシモは、川島を指差した。近頃の世の中は、どこもかしこも木っ端微塵だな、という顔をすれば、ぼくたちは助かるのかもしれない、と川島はどうやら本気で思った。


正方形

  一条

恐れていることは、いまだ起こらないし、八時間したら私は大量に吐いていた。そして、私が、あらすじについて語りだすと、いつも決まって挫折した。明日からは、新品のセキュリティが私たちの生活を守ってくれる。呼吸が終われば、残されるものは、数えるほどしかなくなった。街には、取り返しのつかない顔をした取り返しのつかない連中が溢れている。まるで要塞みたいな私の部屋は、外壁が海の貝殻で覆われ、いくつもの扉を開かないと、誰にも会えない仕組みになっていた。あなたが本当に自分を利口な人間だと思うなら、その鍵の穴のどれかに指を突っ込んで、あなたが今までに獲得してきた全てを投げ出す覚悟でぐにゃりと捻ってみて欲しい。私は、あなたが来るまでの時間を利用して、近所の美容院に出かけた。どうやら見習い期間中の美容師が、右手用のはさみを左手に持ち替えて、右手に握られた左手用のはさみで、私の頭のてっぺんを正方形にカットした。私は、こんなに見事な正方形を要求した覚えはなかったが、待合席の男が、私の頭の正方形に見惚れているようだ。私は、規定の代金を彼に支払い、店を後にした。それから、私はいくつもの種類の乗り物を乗り継いだ。私が行き先を伝えると、運転手たちは奇妙な音色のブザーを三度鳴らした。お客さん、着きましたよ、と言って降ろされる場所はいつも同じで、代金の支払いに関しては躊躇した。いつも同じ場所で降ろされる私は、それでもいくつもの乗り物を乗り継いだ。試しに、行き先を告げずに席についても、終点は、いつも同じだった。後になって気付いたのだが、そこは、ちょうど、正方形の対角線が重なる点に過ぎなかった。私は、いつもそこから自分の意思で外れようとするのだが、正方形は、いつまでも私の後を追いかけてきた。私は、今夜の訪問客のことすらも忘れ、どこかをさ迷っている。彼らの協力がないと、どこにも辿りつけないなんてことは、とっくにわかっていた。郵便箱には、何枚もの不在票が捻じ込まれていく。その紙切れが幾十にも重なり合わされ、それは、私の頭のてっぺんの正方形にそっくりだ。お客さん、着きましたよ、と言われ、今度は、なんだかそのことが、私を愉快な気分にした。奇妙な音色のブザーや、いつも同じ場所で降ろされてしまう私や、新品のセキュリティや、あら、今夜の訪問客のことさえも、すっかり忘れてしまっている。私の恐れていることが、たった今、起きているのだとしたら、あの運転手たちにだって、きっと同じことが起きているに違いない。お客さん、お客さんの正方形に、なんだか知らねえけど、見覚えがあんだけどさ、と言われ、私は、あら、それは別の正方形よと答えた。この乗り物は、野菜畑を通り抜け、顔立ちのはっきりした子供たちが、全員例外なく上空に背を伸ばしている交通公園を何度も通り抜けた。何もかもが馬鹿げているようで、何もかもに見覚えがなかった。あるいは、今、この瞬間に、私が、すっかり馬鹿げてしまったとしたら。お客さん、着きましたよ、しかし、何度見ても、お客さんの、その頭のてっぺんの、正方形には見覚えがあんだけどねえ。例によって、私には、今、私が降ろされた場所の、その記憶しかなく、八時間くらい前に私が人気のない往来の真ん中に大量に吐いてしまったものが正方形となり、そしてその四つの頂点には、馬車、自動車、バス、電車が置かれている。


こっぱみじんこ パート2

  一条

少女マンガが、どっさりおさまった本棚を指差して
「あれよ」
と言った。舌はひりひりしている。

「あれよ」

昔から、ゆううつだった。おねえちゃんが死んでしまってからも
ずーっと、ゆううつだった。

そんなことを空想していると、
アパートはぐらぐらと崩れ落ちそうになっている。

やがて、少女マンガを両脇に抱えたおねえちゃんが
すっかり生き返っている、
「あんた、まだ生きてたのね、ぐふふ」
ぐふふってなによ。
でも、ここ、ぐらぐら揺れているんだけど。

そんなふうにして、近所の墓地に久しぶりに行った。
土をほじくっている管理のおっちゃんが
「いやあ、お揃いですか」だって。
おっちゃんにちゃんと愛想して
わたしたちは、墓地を後にした。

「おっちゃん、あんたに気持ちがあるみたいよ。」

喫茶店に行って、湯気の出るコーヒーを注文した。
気持ちの悪いウェイトレスが膝を抱えている。
だけど、実は、あの子もとっくのとっくに死んでるのよ、
とっくのとっくっていつなのよ、
コーヒーがこぼれて染みになった、この服、台無しじゃん

アパートに戻ると
アパートはこっぱみじんに崩れ落ちていた、
スーツ姿の男性が、神妙な顔をして土をほじくっている。
「いやあ、どこもかしこも、こっぱみじんで、機材不足なんですよ」
そんな、世の中だそうで。
そんな、世の中に みんな生きてるんだそうで。

「あれよ」

「あれよって、なによ」

「あれ、あれ」

あの頃は、いつも、こんなふうだった。

久しぶりにおねえちゃんのマンコを触った。
それは、とっても冷たくて
それは、とってもゆううつな感じだった
おねえちゃん、やっぱり、死んじゃうのね
馬鹿ねえ、ぐふふ

「あれよ」

「あれ、あれ」

「あれってなによ」

「あれだって」

おねえちゃんは、それを
ゆっくりと指差して
振り返った、

舌は かわいている、あの頃とおんなじだ。


ポエムとyumica

  一条

わたしがブンガクゴク島にたどり着いたとき、そこは、無人の島だった。わたしは、長年連れ添った嫁を捨て、町で偶然拾ったyumicaを連れて島にやって来た。yumicaは、どちらかというと何も知らない女の子だった。わたしたちは一緒に島を探索し、寝床になるような洞穴を見つけ、そこで生活することにした。島での生活にも慣れた頃、朝、目が覚めると、yumicaの姿がなかった。しかし三日ほどして、yumicaは戻ってきた。どこに行ってたのかを尋ねると、yumicaは、これを拾ったのよ、と一冊の古びた書物をわたしに見せた。そこに書かれている内容は、わたしにはひとつもわからなかった。おそらく、ブンガクゴク島の住民が残したものに違いない。yumicaは、それを楽しそうに読んでいる。そこに書いてある内容が君にはわかるのかい、とわたしはyumicaに聞いてみた。全然わからないのよ、とyumicaは答えるのだが、相変わらず楽しそうに読んでいる。その晩、わたしは、なかなか寝付けなかった。昼間のyumicaの楽しそうな姿が目に焼きついて離れなかった。わたしは、yumicaが寝ていることを確認し、彼女のそばに置かれた例の書物を手に取った。わたしは、ペラペラとそれをめくった。やはり、わたしには、そこに書かれている内容がさっぱりわからなかった。翌朝、わたしは、yumicaに何が書かれているのか教えてくれないか、と頼み込んだ。だから、全然わからないのよ、とyumicaは答えるだけだった。わからないものが読めるわけないだろ、とわたしは、幾分いらついた口調でyumicaに詰め寄った。そして、わたしは、yumicaを殴りつけた。yumicaは、逃げようとしたが、わたしは、彼女を逃がさなかった。紐でyumicaの両手を縛りつけた。この書物にはなにが書かれているんだ、とわたしはyumicaを問い詰めた。三時間後、yumicaは重い口をようやく開いた。yumicaの説明が一段落すると、わたしは、yumicaを解放したが、彼女は力なくそこに倒れこんだ。死んでしまったようだ。しかし、わたしは、さきほどyumicaがわたしに与えた説明をにわかに信じることは出来なかった。それから半年が過ぎた。わたしは、例の書物をペラペラとめくることを日課にしたが、やはり、わたしには、さっぱりわからなかった。yumicaが説明してくれた「ポエム」というものが、まるでわからなかった。わたしは、yumicaの腐乱した死体を呆然と眺めた。そして、わたしは、不思議な夢を見るようになった。夢の中で、わたしは「ポエム」を書いていた。死んだはずのyumicaが、わたしの「ポエム」を読みながら、これは「ポエム」ではない、と言う。これは「ポエム」だと言い張っても、これは「ポエム」ではないとyumicaは言うばかりだった。君に一体「ポエム」の何がわかるんだい、と怒鳴りつけると、決まって目が覚めた。それから、半年が過ぎた。その間も、いやな夢は続いた。わたしは、夢の中で「ポエム」を書き、yumicaに読ませた。yumicaは、わたしの「ポエム」を読むと、これは「ポエム」ではない、と言うばかりだった。わたしは、yumicaを喜ばせるために、夢の中で無数の「ポエム」を書いた。こんなことを続けて一体何になるのかわからなかったが、わたしは、しつこく書き続けた。そのたびに、yumicaはこれは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、目が覚めると、ブンガクゴク島の住人が書いたと思われる例の書物をペラペラとめくった。わたしには、そこに書かれている「ポエム」と、わたしが夢の中で書いている「ポエム」の違いが、まるでわからなかった。yumicaは、ここに書かれている「ポエム」を楽しそうに読んでいた。わたしは、ここに書かれている「ポエム」とまったく同じような「ポエム」を書くことにした。最初はうまくいかなかったが、少しずつ同じような「ポエム」が書けるようになった。それでも、yumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、頭が混乱し、yumicaの両手をふたたび紐できつく縛った。わたしは、目が覚めると、例の書物を何度も読んだ。夢の中で、わたしは、「ポエム」を書いた。両手を縛られ、ぐったりとしているyumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、「ポエム」を書き続けた。死ぬまで、書き続けた。わたしは、無数の「ポエム」を書いた。しかし、それはすべてが「ポエム」ではなかった。わたしは、夢の中で、「ポエム」を書いた。目が覚めると、わたしは、例の書物に書かれた「ポエム」を読んだ。わたしには、そこに何が書かれているのかまるでわからなかった。


john

  一条

身代金が準備されたと犯人から電話があり、住所名前年齢職業全部を言わされた挙句、犯人は私にすっとんきょうな質問をした。君は葡萄の中身に興味があるかと訊かれ、私は事態が悪化するのを防ぐ為に、葡萄の中身には興味があると答えた。犯人はしばらく沈黙した後、死んでしまいそうな犬を飼っている話を始めたのだが、犬の名前と種類が明かされるまでに数十分も経過し、犯人は私の少しまごついた様子を察知したのか、電話は乱暴に切られた。階下からは妻のうわごとのような歌が聴こえ、春夏秋がちょうど半分になった頃、私は書き終えたばかりの小説を印刷した。紙に印刷された小説を私は何度も読み直したが、ひどく退屈な内容だったので、妻には読ませなかった。それ以来、妻は葡萄の中身を丁寧に櫂棒ですりつぶし、庭に植えられた観賞用の花々とともに食卓に添え、やはりうわごとのような歌を歌うようになった。特に例年よりも冷たい冬になると、その歌は私の耳には必ず聴こえてきた。書き終えたばかりの小説の冒頭には、それらのことが事細かく書かれているのだが、私の小説は誰にも読まれていなかった。眠れない日が増え、夜更かしをした翌朝に私たちは、ワンとふたりで吼え、道端に落ちていた生き物の骨をすみからすみまで舐めまわした。妻は喜んで犯人役を演じたが、私は葡萄の中身には興味がありません、と答える日もあった。そのことに激昂してしまった犯人が、いきおいあまって犬の名前がジョンであることを明かした。その日の夜、数年前に庭にこしらえたジョンの墓が何者かに荒らされ、明日私が妻に代わって犯人役をするのであれば、ジョンの墓を荒らした真犯人を突き止めなければいけない、と私は書き終えたばかりの小説の脚注欄に書き足した。私は紙に印刷した小説を最初から読み直した。最後まで読んでしまうと、冒頭部分が完全に破綻していることに気付き、ジョン以外の登場人物には名前を与えないようにした。テレビは人質が射殺されるシーンを繰り返し、ジョンを救い出した警官がやはり何者かによって射殺された。私と妻は、彼らが射殺されたビルの屋上に挟まっていた鉄パイプを二本引っこ抜いて、それで巨大な十字架を作って、ジョンの墓のそばに飾った。私の横で手を合わせている妻が、犯人だろうが犯人でなかろうが今はたいした問題ではない。やがて取材を申し込む人間が私の家にあふれ、そのうちの半分の人間を私たちは応接間に閉じ込めた。餌を与えなければ、あいつらっていつまで生きるのかしら、と妻はつぶやいた。身代金はどこかに用意されたまま、例年より冷たい冬の空から雪が落ちてくるのを、私は妻とベランダで寄り添いながら眺めた。後は、私が、死んでしまったジョンのように前脚を高く突っ撥ねて、腰を激しく振りながら、妻に覆いかぶさるだけだ。私は左のポケットから三本目の前脚を取り出しそれを真ん中にして回転しながら、後ろに積み重ねられていく手掛かりに焦点を合わせ始めた。

文学極道

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