#目次

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一条

選出作品 (投稿日時順 / 全58作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


鴎(かもめ)

  一条

海には人がいつも溢れている。カモン、カモンと鴎は空を飛び交っている。海の青は、カモン、カモンと空の青に混ざりこみ、鴎はいまだ完全には混ざりきらない二つの青の間を、行ったり来たり彷徨いながら、新しい青の侵入を待っている。ぼくが新しい青になれるなら、その可能性があるなら、ぼくは新しい青になって、カモン、カモンとあの空と海に混ざりこむだろう。

海には、海には、海には。鴎が、白い。青い空が、海と鴎に混ざり、茫洋と薄れてゆく陽光は、女の名前みたいにうつくしく、彼女は実在しながら、姿はなく、黒人は、砂浜に足跡を残し、誰かの助けを待っているのだが、なく、海に流され、黒人の腐乱した死体に、白い鴎が群がり、鴎は黒く、同時に青く、ぼくは、そんな光景を見ていた。見ていると、海が溢れ、彼女は実在せず、海は人であふれ、冬に近い季節の海に誓い、背中に釣竿を背負った男は、黒人だった。白人だった。

それから、黒人が海に飛び込んで、一瞬で空に落ちる様態を見届けたあと、白人は海に飛び込んで(黒人と一寸の狂いもない同じ地点に!)、黒人よりも随分緩やかに、空に落ちる白人は、中空で、先に空に落ちた黒人を追うように、落ちていった。白と黒が、青に。ぼくは、「白と黒が、青に」の少し上あたりを、しつこく飽きるまで眺め、それに飽きてしまうと、海に飛び込んで、空に落ちた。中空で、ぼくが青に。「ぼくが青に」の少し上あたりに、鴎が飛び交い、一瞬で青がはじけた。白が消えた。


ふっとう

  一条

音が水にひたされている
どこからながれてきた水なのか
こんなところであぶくのはれつにすいこまれてしまった
こんなところでてのひらにすくわれてしまった
だれのてのひらにすくわれたのか
すくわれたぼくはだれなのか
しょうたいのわからない
水がながれ
音がきえ
てのひらのすくうぼくがきえた
冬のしっぽが
春らしく
ちぎれながら
そのすべてがあっけなくうもれてしまった音にすべてのあっけなさにあぶくがたった
つぎのあぶくがたった
ふっとうですかと声がきこえる
どうにもならなかったぼくがふっとうをこばみつづけるどうにもならなかったぼくを
ふっとうさせるのですかと
そういう音が水にひたされている


出産

  一条

妻が出産に備え里帰りした
いつもは少し窮屈な我が家だが
妻の不在が幾分の余裕を与えている
居間に面した小ぶりの庭に咲く、種類のわからない花たちが
花弁を寂しげにぼくに向けている
そんな何気ない場景に心がうごくのは
ここに生まれた新しい空白のせいかもしれない


朝、目覚めるとぼくの妻は隣にない
仕事からの帰途、
同じ外観の家が密集する住宅地に、一軒灯りの点らないぼくの家がある
ぼくの家から灯りが消失することで
ぼくは自身の消失に頓着せずにいられるのかもしれない

(いや、それは正しくない
 ぼくは妻の不在に関係なく、いつも消失していたのだ!)


電話越しの妻の声は
実家で暮らす安堵感に出産間近の興奮が混ざりこみ
いつもとはどこか調子が異なっていた
「ちゃんとごはんは食べているの」
「庭の花に忘れず水をあげてね」
ぼくたちには、いくつか事前の決め事を確認するだけの少ない時間しかなく
出産の日が近くなるにつれて
妻との関係は、ますます希薄になっていくような気がした


妻のない休日、庭先に置いた木製の古い座椅子にぼんやりと腰掛けていると
一匹の猫が迷い込んできた
首輪も見当たらず
どこかで飼われている猫ではないようだが
親しげにぼくになついてきた
あいにく与える餌を持っていなかったので
何度もやさしく撫でてやったのだが
やがて気が付くと
彼女の姿はどこにもなく
どうやらぼくはまたここに
ひとり取り残されてしまったようだ


ある日の深夜、妻が無事出産したとの連絡が妻の母からあった
「みんなで待っているから早く見に来て頂戴ね」
たったひとつの小さな生命の誕生が
これまでの家族のうねりを倍加させ
ぼくを飲み込もうとする
ぼくはたまらず電話を切って
とにかく眠ろうとした
だけども
明日の朝早く(みんなで)
電車に乗って(待っているから)
どこへ行けばいいのだろう(早く見に来て頂戴ね)
頭の中におぼろに浮かぶ二つの地点がどんなに苦心してもつながらない
ぼくは
今、どこにいるのだろう


(その時、猫の鳴き声がひとつ、ニャンと
 外から聞こえてきた)


ニンゲン

  一条

団地の昼下がりはいつもと何ら変わりがない。芝生で寝そべる老夫婦が一組、どうやら誰の知り合いでもないらしい。二人の手は握られている。集会は退屈でしたね、あら、そうかしら。駐輪場の自転車にはどれもサドルがない。ぼくは最後の扉を開けた。数々の便器が空に宙に散逸する。同じ穴ぼこを失った男と女。そいつらが老夫婦になるにはいくつものハードルがある。ハードルを越えた先に、穴ぼこがある。だけども実際に突っ込まないとそれが穴ぼこなのかどうかわからないらしい。市バスが急停車した。その音は始まりというよりは終わりに近かった。握る手を探していると、夕が暮れた。

トカゲノシッポギリ、トカゲノシッポギリと娘は唄う。半ば狂っている。新しい圧力鍋がやってきた。ぼくはそれを使いこなす自信がない。警官が発砲した。撃たれたのは老夫婦で、血を流しているのは穴ぼこを見つけたばかりの、ぼくと同世代の男と女のペア。彼らはやがて枯葉となってぼくたちの踝を埋めた。それは意味のない記号で、だからその存在はやがて薄れてゆく。誰も文句など言えないし言うつもりもない。最後の扉を開けたっきり、ぼくはまんじりとも動けずにいた。歩道は乳母車で渋滞している。先頭を行く派手な装飾の乳母車が燃えて立ち往生している。ぼくにはこの歩道がどこに繋がるのかなんてわからない。

眼前の鉄橋。風に煽られ、ゆうらゆうら。上下左右S字型にくねるそれはもはや橋なんかではない。やっとこさ、市バスが急発進した。なぜ急発進してしまったのかはわからない。ゆるやかに発進すべきだったと思った時には乗客はそんなことを忘れていた。運転手は不平を垂れる乗客を急停車によって一掃していたから安心して急発進した。発砲する警官を発砲する警官。老夫婦は走り出す。ぼくは走り出さない。駐輪場でラッパを吹いた。娘は半ば狂っているという。右側のエレベータが故障しているというのは初耳だった。

テニスコートの白線を不意になぞる指の先っぽ。最後の扉は開けっ放しだ。娘はトカゲになった。駐輪場でシッポを切った。ぼくは半ば狂っている。起源なんてものは宇宙の果てにある極微小の宇宙塵に過ぎない。ニンゲンの犯したささやかな失策は運悪く初期値鋭敏性に囚われた。アダ無とイ無は偽物だったのだ。さあ、定刻だ。君が誰かは知らないが、シッポばかりを死ぬほどあげるから、ぼくたちに相応しい食用ニンジンを気の済むまでご馳走してくれないか。


ベロベロ

  一条

二枚目の舌を おととい切られちゃいました
ないことを あるように言っちゃう舌が 切られたのですから
いよいよ降参するしか なさそうですね
ところで おとといというのが 明日のことなら
私たちは万事休す かもしれません
そんなこんなで 乗り越しちゃいましたが
その吊革で 首をお吊りになるつもりですか
もしくは ぐるりと回転できますか
ぐるりじゃなくて ぐりぐりとネジをしますから
そっち側から腰をくねくね してみたらどうでしょう
そうしないと ネジは馬鹿になりますが
私たちは いち早く馬鹿でしたから
二駅ほど向こうに 乗り越しちゃいましたね
慌てて飛び降りましたが
そこで 新しい二枚目の舌を見つけたのは 誰かの仕業に違いありません
せっかくなので この舌で 今から私はべろべろと嘘つきますから
なかったことは あったことになりますよ 
で ネジは なるべくゆるくして下さい
なんだか私たちは ゆるい感じに慣れちゃいましたから


マクドナルドは休日

  一条

娘をつれて、休日、マクドナルドに行くことが、多くなった。おれは、どうにも苦手なのだが、娘の希望を最優先するのが、親の務めだろう。と、勝手に思った、娘は、ハッピーセットを、おれは、なんでもいいから、適当に、メニューで目に付いたセットを、頼んだ。愛想のいい店員は、笑顔で、おれを見てくる、おれは見ない。その、輝きのあふれた笑顔は、どこで覚えたのだろう。と、待つことほんの数分、ふたりのセットが用意された。ついでに、空いているテーブルに誘導された、が、ちょっと窮屈、しかも、隣の若いカップルは、いやな感じだった。足を組んでいる、女のパンツが、見えそうで見えない。娘は、バーガーを、ぱくつく。見えそうで見えない、娘は、ぱくつく。男は、どうやら、別れ話を、女に切り出された様子。男は、半泣きで、バーガーを、ぱくつく。娘は、ぱくつく。おれも、ついでに、ぱくつく。女は、男を残し、店を、出て行った。結局、見えそうで見えなかった。今、おれの隣で、一組の男と女が、別れた。と、娘は、おれを、ちらと見る。そして、最後に、ぱくついた。その、娘の仕草が、キュートだ。おれは、馬鹿だ。おれは、結局、何も、見なかった。見えそうで見えなかった。女が、出て行った後の、休日のマクドナルドの店内は、少し混んでいた。おれと、男は、残りのバーガーを、残りのバーガーを、残りのバーガーを。ぱくついた。娘には、見えたに違いない、残された男の悲しみと、残される男の悲しみの、両方が。娘は、それも、ぱくついた。おれは、平日のマクドナルドのことを、少しも知らない。


ミドリガメと父親

  一条

 飼育していたミドリガメを排水溝に誤って流してしまったのは、父親が家を出た翌日だった。お父さんは事情があってもう二度と帰ってこないのよ、と母親に言われた後、ぼくがミドリガメの事故について報告すると、あら、そうなの、悲しいことね、と気のない返事を母親はくれたのだが、母親にとっての両者の重大性を考慮すると、その気のなさは当然だった。

 だけども、ぼくは、父親の事情とミドリガメの事故を天秤にかけ、結果、ミドリガメのために泣いてみた。ミドリガメのために流した涙を、母親は父親のために流した涙と思い込み、ぼくを慰めながら母親も泣いた。そのすれ違いがあまりにも可笑しくて、ぼくは心の中で「父親の事故、ミドリガメの事情、父親の事故、ミドリガメの事情‥」と連呼した。そうやると、全ての事情が飲み込める気がした。

 父親に名前があったのと同様、ミドリガメにも名前があった。ぼくは、父親の名前に格別思い入れなどなかったが、ぼくが名付けたミドリガメの名前には少しだけ特別な感情が残った。

 母親が言うには、ぼくたちの「上の名前」がもうすぐ変わるらしい。きゅうせいにもどる、のだそうだ。ぼくは「きゅうせい」を「救世」と勘違いした期間だけ、文字通り救われているような気がした。救世に戻るんだぜ、と友達に自慢したりもした。

 そう言えば、ぼくはミドリガメに「上の名前」というのを与えなかった。それが結果的に良かったのかどうかわからないが、少なくとも、次の場所でミドリガメは「上の名前」を変える必要はないだろう。手続きが一つ減るというのは、素晴らしいことじゃないか。


祖父はわっかにつかまって

  一条

さっきから父は猫を裏返している。母の土鍋が猫を煮込んでいる。さあ、召し上がれと寝込んでいる僕を起こし、母は玄関から勢いよく駆け出していった。父は庭で猫を焼き、テレビのチャンネルが低速転回している。おい、猫が焼けたぞと祖父が九畳の和室で悶々。落語は中断され、積み上げられた座布団の上で母は若い男性にもてあそばれている。おや、いつの間にと猫がニャンとも媚びた声を上げ、父はいよいよ白と黒の段だら縞になってしまった。ところが、母はすっかり丸裸になってしまい、猫は焼け、青白い煙がいくつものわっかになった。父はわっかに見惚れ、祖父は巨大なわっかにつかまり飛んでった。僕はこれ以上の足掻きを断念し、翌年の誕生日に欲しい物を紙に書き下駄箱に隠した。また来て頂戴と母は若い男性を見送り、さあさあ、ご飯にしましょうと裸の上にエプロンをつけ、台所で鼻歌を歌っている。包丁が猫を刻み、土鍋が猫を煮込んだ。おれの猫を知らんかと父が一人で騒いでいる。あっはんとチャイムが鳴り、母は勢いよく玄関に向かった。押し売りの訪問はもう懲り懲りだと独白している祖父にわっかの欠けらも見当たらない。母の手に紙が。あら、つたない字ねと猫料理を食卓に並べながら母は僕をちらと見る。僕はやけくそになり、煮えたぎる猫料理を口の中に放り込んだ。一体紙には何て書いてあるんだと父が新しい猫を裏返しながら騒いでいる。祖父はテレビの映りを調整していた。もう裏返す猫がなくなったぞと父が喚き散らしているが、僕たちには裏返すべき猫なんて最初からなかった。おい、もっと巨大なわっかを持って来いと祖父が地団駄を踏んだ。ついに母は僕のつたない字を読み上げた。あら、犬が欲しかったのねと母、なんだ、おまえ犬ころが欲しいのかと父、そして、一体どうニャっちゃうんだと言わんばかりに猫が咽び鳴いている。あれ、おじいちゃんはどこ行っちゃったのと僕が口にした時、祖父はわっかにつかまり空を。


ユーフラテス

  一条

わかって欲しい
ぼくはシャッタルアラブの星
泳げるヤツは
溺れないらしい
右手の金を掴む、髪の梳かれたギャールの愛
チグリスは栄養のある女性だった
だけどヤツの売りさばく金融商品がハイリスクハイリターンであることを
誰も知らないなんて
ならば奪え!出来るだけ運動をさせたまま
鎮魂を握り締めた左の右は
そんなふうに、シャッタルアラブの星が降る
頭を上手に使えないヤツに告ぐ
逆転のチャンスならさっさと忘れて欲しい
そこのおまえ、ぼくの声が届く場所を知っているか
ケルベロスの首を洗うのは希望みたいなのをゆるく感じた朝がいい
そこには窓があるから
覗かれる窓を剥き出しにして、ぼくたちは
きっと夕方のアニメを見る
母親の帰らない
懐かしいあれを
鮮明に思い出せ!


ローリング・ストーンズ

  一条

職場で世話になってる
先輩の家行ったら
やすっぽいCDラックがどかーんとあって
ローリング・ストーンズのCDがたくさん並べられてんやけど
ローリング・ストーンズ好きなんすかって先輩に訊いたら
そや、好きや言われて、よっしゃ、お勧めの曲かけたるわって
よう知らん曲聴かされた
ま、ローリング・ストーンズの曲そんなに知らんから
よう知らんのはおれだけかもしれんけど
そないかっこええ曲でもなかったから
どや、ブルージーやろって言われても
はあ、そうっすねって生返事して
そのおれのよう知らん曲が終わった頃に
先輩のお母さんが部屋入ってきて
あんた、財布から金抜いたやろ、って先輩の頭はついた

パコーンってええ音がして
あんた、なんぼ抜いたんやって歩み寄られて
知らんがな、って先輩しらばくれてるけど、知ってる顔や
かなり居心地悪いな、おれ、やから、もいっかいローリング・ストーンズの
先輩お薦めの曲かけたら
今度は、なんやさっきと違うて
えらいええ曲に聴こえてきた
なんか心にしみってくる
あんた、その金で何買うたんやって言われても、どうせしょうもないことに使うたに
決まうてるから、先輩黙っとるわ

はよ、仕事行けやって先輩足蹴しながら
お母さん追い出して
な、ええ曲やろ、っておれの方振り向いて、ええ顔してんで
先輩、よう金抜くんすか、って思わず訊いたら
おう、金ないと欲しいもん手にはいらんやろって
ああ、ええ曲ですね、この曲なんていうタイトルですか
知らんねん、英語はさっぱりや
でもええ曲やろって
それから、化粧したお母さんがまた部屋入ってきて
あんた、私の結婚指輪どこやったんやって
まさか、先輩って思ったけど
先輩、あっさりと、あれ、売ってもうた

ほんで、それから
よう知らんけど、なんやかっこええローリング・ストーンズの曲を聴きながら
知らん間に、おれ、寝転がってて
隣で先輩、ちっこい寝息立てて寝てんねんけど
起こしたらかわいそうやな
先輩、このCD借りていくで言うて、EJECTボタン押して
CD生でポケットに入れて
部屋出た
ら、お母さんが、ちょうど仕事から帰ってきよって
お邪魔しました、って挨拶したら
めちゃくちゃええ笑顔で、また遊びに来たってな
言われて
なんや知らんけど、おれ、めっちゃ涙出たし
外出たら、とっくに朝で
しょんべんくさい街抜けて、家帰った


サマーソフト

  一条

店内は、静かな音楽が流れているかのような場景であったが、実際は誰の耳にも音楽など聞こえていない。テーブルには、赤と白の格子模様のごわごわした布地のテーブルクロスが掛けられ、店の正面口の方向から、客の出入りのたびにそっと潜り込む風に、テーブルクロスの垂らされた一部分が規則正しく揺れ動かされている。男はいなかった。テーブルには、食べ残された料理の皿が無造作に、あるいは規則的に並べられ、女は男の不在について少し前から考え始めた。店内には静かな音楽が流れているかのような雰囲気のみが漂い、男は正面の壁に掛けられた絵画を眺めながら、自分の不在については特に何も思わず、女の話に相槌でも打とうかと考え始めたのは、今よりも数時間も前のことであるが定かではない。テーブルには、赤と白の格子模様のテーブルクロスが掛けられ、テーブルから垂らされた一部分が風に揺れ動き、数時間前もしくは数分前に確かにそこに男と女が座っていた。それは、ほんの数秒前の出来事かもしれないが、数分後には誰の記憶の中にもない。


あほみたいに知らない

  一条

ビルは「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」を熱唱しながら、あやまってテッドのポケットに手を突っ込んだ。遅れてやってきた弓子の機嫌が幾分よろしくない。弓子とは初対面のテッドが、弓子に向かって軽く会釈をするが、その方向にすでに弓子はいなかった。の〜ふゅ〜ちゃ〜、と歌い終わったビルが、テッドのポケットから手を抜き出して、分厚いソングブックをめくった。あたしにも何か歌わせて、って弓子がビルからソングブックを奪い取り、別の曲のイントロが流れ、佐藤がビルから奪い取ったマイクを握り直し、だけども、握り直したマイクが、佐藤の手からするりと抜け落ちた。

弓子は酒に酔い、店員に絡みはじめ、ビルはビルで、あやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、ぼくはぼくで、佐藤とにらめっこしながら、カラオケ屋を後にした。海に行きたいと言い出した弓子、そして、ビルが指差した方向には、車が停まっていた。ビルの運転はひどく乱暴だったけど、ぼくたちは、よく知らない、あほみたいな海になんとかたどり着いた。途中、犬ころを何匹も轢き殺したり、大幅に道をはみ出したりしたけども。ぼくたちは、あほみたいに騒いだ。海は、とても静かで、夜の空の星が、あほみたいな映画みたいに輝いている。

そして、ぼくはあやまってビルを爆破してしまった。閃光が海面を跳ね、爆音がぼくたちの耳をつんざいた。何事かが起きてしまったのだけど、何事が起きたのかは、まるきり誰にもわからないような意外性を伴ってビルは爆破された。なんてことだろう。ぼくのくだらないジョークのせいで、ビルは爆破されてしまった。でもさ、ビル、こんなことは誰にでも起こりうることなんだぜ。あっちを見て、と弓子が指差した方向には、真っ白いしゃれこうべが転がっていた。それはまぎれもなくビルのしゃれこうべだった。しゃれこうべの周りを囲みながらぼくたちは、あほみたいに何も喋れなかった。

夜がうっすらと明けた。海の向こうは、アメリカなんだよな。佐藤の言葉を各自が反芻しながら、ぼくたちは、海の向こうを見た。それから、おもむろに立ち上がった佐藤が、おれさ、昔野球やっててさ、ピッチャーだったんだよねって言いながら腕をぐるんぐるん回した。おれが、ビルを故郷に帰してやるよ。佐藤は、ビルのしゃれこうべを抱きかかえた。アメリカまでどれくらいあんだろ、知らない、100万キロメートルくらいじゃない、100万キロか、ふうーーーーーん。それから、佐藤は、振りかぶって、投げました。ひゅーーーーーーーーーー、おーすげえ、ーーーー、アメリカに届いちゃうんじゃねえか、ーーーーー、なにも見えなくなった。ビルのしゃれこうべが消えた。本当にビルのしゃれこうべはアメリカまで届いたのかもしれないな。海の向こうを黙って、黙って見つめながら、ぼくたちは、黙って見つめた。しばらくして、さっき、ぽちゃんって音がしたよって、弓子が言った。

そもそもビルがアメリカ人かどうかすら、わからなかった。ビルがアメリカ人じゃなかったら、一体テッドはナニ人なんだよ。だけど、今さら、ビルがナニ人だろうとそんなに大切じゃない。ビルはぼくたちの大切な仲間だ、じゃんけんに負けたぼくが帰りの運転を任された、ぼくには運転免許がなかったけど、一番大事なことは、車の中にガソリンがどれほど残されているかということだ。気がつくと、佐藤も弓子もテッドも全員寝ていた。途中、何度か、犬ころを轢きそうになったり、道を大幅にはみ出したりしたけども、元の場所になんとか戻ることができた。ぼくは車を置いて解散するつもりだった、だけど、それからアクセルを踏み込んだ時の気持ちは覚えていない。

ここ、どこ、って一番最初に目覚めた弓子が、寝ぼけながら辺りを見回した。知らない、知らない街さ、ふうーーーーん。ラジオって、どうやってかけるんだろ、ってそこいらのスイッチを弓子は手当たりしだいにいじっている。佐藤はあやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、すやすや眠っている、ラジオから、知らない曲が流れた、知らない曲か、知らない曲さ、ふうーーーーーーん。弓子は、その知らない曲を口ずさんでいる、あほみたいに眠る佐藤とテッドを車に残して、ぼくと弓子は外に出た。弓子は口ずさんでいる、ぼくもつられて口ずさんでいる、ぼくたちは、どこへも行きたくない、ところで、ビルってナニ人だったんだろうねって弓子が笑っている、知らない街の空には、雲がいくつか浮かんでいて、それはまるでビルのしゃれこうべみたいだ、とぼくは口ずさみながら、ぼくたちは、このまま、何が起こっても永遠にやぶれない


黒い豆

  一条



百足のスパゲッティの茹でる夏
無常のからまりが
ラの音をソのように鳴らしながら
すべてのメロディの半音を下げている

ぼくが受信する
一日に百を超える得たいの知れないアラートは
プログラムされた奇妙な音声を
繰り返している

「色は二歩へと」

「色は二歩へと」

「色は二歩へと」


**


ある日
白球の高く舞い上がるグラウンドの
中央で
ぼくたちはどうにも落ちてこない白球を待った

いつまでも落ちてこない白球に
観客は呆れ
やがて審判はゲームセットをコールしていなくなった
しかしぼくはあれが落ちてくるのを待つしかなく
テレビはコマーシャルばっかりで
ぼくはいつもアウトだった



ある日
公衆電話のボックスの前で
ぼくは待った
中では恋人同士がいちゃついている
ぼくはやはり待つしかなかった

やがて恋人同士は疲れ果て
ぼくには愛想もくれず
ボックスを後にした
ぼくはいそいそとボックスの中に入り
濡れ濡れの受話器を手にした
そして全国に散らばるぼくの縁戚者に
片っ端から電話した
だけども誰にも繋がらず
テレホンカードがピーピーっと
鳴り止まない



百足のスパゲッティの茹でる夏のある日
爆発するレコード屋の
レコード針を買いに
久しぶりに市場へ出かけた
そこでぼくが目撃したものは
花を売る少女が大人たちに
次々と買われ
道端のあちこちに置き去りにされた花
なぜかぼくは空腹を感じ
ぼくにふさわしいランチが食える食堂を探した
お子様にふさわしいお子様ランチが
いくつも陳列された店の前で
ぼくは立ち止まり
雨が落ちてくるのを、待つしかなかった


そして

無限に近い時間が過ぎ

無数の黒豆が

落ちてきた

ぼくが待たされ続けた世界の

閉ざされた

天上から

 
  black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black bea


おしっこ

  一条


教会はおしっこで浸水しているのにオルガンを演奏する日曜日は消えなかった。ぼくは学友の傷ついたひざ小僧を手当てする遊びに興じ、突き当たりの三角公園にてアイスキャンディの溶ける甘い水溜りを作った。赤組は赤い帽子を目深に被っている。日当たりの悪いアパートに住む年老いた夫婦は倒壊したビルディングの残骸が地面を叩く音に、覚醒した、紫色の野菜を朗らかに齧りながら愉快に口笛を鳴らしていた。白い帽子を目深に被った白組はどうやら苦戦しているようだ。赤か白の子供たちが日射され、ばたばたと転倒する。ぼくは追いすがるトラックの車輪に轢断された、ハンドルを握りしめた、ついでに正確に乗算された円周率を誤解した。あらゆる走路は妨害されている。日当たりの悪いアパートの南側の窓に貼られたステッカーを剥がす時、ぼくの滑稽を遠望する馬が馬らしくステップした。ぼくは投げやりにアップルパイを焼いている。失禁しているぼくの近くで鞭はしなりながら、乳母が赤子をぐるぐる巻きにした。目深に被った赤か白の帽子からは黒煙が立ち、やがて子供たちは全員窒息死する、トラック野朗が乗り捨てたトラックは高速道路を快調に走り抜けている。あらゆる走路は妨害されているのに。倒壊したビルディングの付近では様々な格好にコスプレした年老いた夫婦の集団が互いのアイスキャンディを舐め合っている。世界は真暗闇だ。ぼくは赤いボールペンを分解し元通りに組み立ててみたが、どうにもハンドルが握れない。オルガンの鳴っている遠くの教会を浸水しているのはきっとぼくのおしっこに違いない。じょろじょろじょろじょろ。


血みどろ臓物

  一条

あたしは、公園の滑り台の上に突っ立っている。中指は半分隠されて、連中の具体的な財産を狙っているバイク野郎は、ヘルメットを違うふうに被って、日差しがあいつらの横に大きな影を作った。長い時間が来ると、あたしの国は、白髪の紳士に骨抜きにされるんだけど、その頃にはとっくに、なんだか新しくて、あたしたちに変わる生き物が、あたしたちを支配しているんだって、あたしのママが言ってた。暴走族はバイクを乗り捨てるし、乗り捨てられたバイクが都市開発のあおりを食ってゴーストタウン化した街の入り口と出口付近で、自主的に衝突してるって話は、都市伝説の一種に過ぎないんだけど、そんなことより、いつの日か、あらゆる利便性があたしたちの個性を追い抜いていく。あたしがここにいる、という確かな実感が、確かな確からしさを無邪気に担保するのは、あたしがここにいる、という実感でさえここじゃないどこかに保管されているということ、に置き換えられてしまっている。あたしは、なんだか、夢中になって、片っ端から与えられた書物のページをめくった、それで、あたしがあなたに与えることが出来るのは、ページがめくられるたびに生起する風の音だけ。そうやってれば、いつかどこかに辿りつくと思ってるの。そうやって、ひたすらページをめくってれば、どこかに保管されているあたしに辿りつくと思ってるの。あたしの脳みそに最新の電極をぶっこんで頂戴。Aの次はB、Bの次はCだから、あたしは、公園の滑り台の上に突っ立っているから。あなたの腕は、まぬけな男みたいで、白髪の紳士が骨抜きにした淑女みたいで、その腕にからまって身動きがとれなくても、ママは、そこらにケチャップをぶちまけて、気の違ったやり方でくちびるに口紅を塗りたくっている、ママは、巡回セールスマンとの乱交の白昼夢にびっしょりだけど。あたしが育った街に、あたしが生まれた面影はない。公園の滑り台の上に突っ立っているあたしは、いつの日か、暴走族になっているの。あたしは誰よりも速い暴走族になって、ストライクを三つ見逃して、いなくなる。あたしが、いなくなっても、あなたはあたしのこと、覚えていてくれる?


改札

  一条

改札口でおまえは
熟した果物が落下するダンボール箱を見る
そこには数々の物が閉じ込められ
空港から市街地へ向かうバスの中
リクライニングシートにおまえは沈み
やがてバスは橋の上で立ち往生し
乗客は窓から飛び降りる
会議は休憩後に再開され
それぞれが円形のテーブルに座る
あたかもそこには中心というのがなく
ありふれた意見に賛成するしかなく
そもそも議題はなく
しかしこれはどこかに通じているのだ
奇妙な手品でおまえは人々の足を止め
犯罪者がうろつく物騒な通りで
おまえの仲間がチョメチョメを勧誘する
少しの美しさに安住する者たちが
円形のテーブルに座り
ところがどいつもこいつも
おれたちの交換可能性については言及しない
そしていつだって雨樋を流れていきそうなおれたちは
蓄熱性に優れたホットプレートの行列が
紋首台へと続くのを
さっきから眺めている


nagaitegami

  一条

長い手紙を書いている途中に私は眠ってしまった。男は長い手紙を読もうとした。長い手紙はこの国の言語で書かれていた。長い手紙を読了するのには想像以上の体力と知力が必要であった。残念ながら男にはそのような体力と知力はなく長い手紙を読了することは出来なかった。私はそれでも長い手紙を書いた。書いている途中に眠ってしまった。テーブルの上には書きかけの長い手紙があった。男は首を傾げ書きかけの長い手紙を読んだ。長い手紙はこの国の言語で書かれてはいるが後半部分は空白と不可解な改行により読み進めるのには相当の我慢が必要だった。私は長い手紙を書いている途中に眠り男はすでに読み始めていた。男はひとかたまりの空白に出会うと息を飲み不可解な改行には奇声を発した。しかし長い手紙が書きかけであることに男は最後まで気付かなかった。あるいは男はこの長い手紙を読了してしまったのかもしれない。長い手紙を書いている私は眠り男には少しばかりの休息が必要であった。男は長い手紙を読み始め私は長い手紙を書き始めた。私は男の様子をうかがいながら時折筆を休めることにした。長い手紙は書きかけであるが果たして私以外の誰にとってその事実に意味があるのだろう。男は首を傾げ私が意図的に作成した巨大な空白は男を飲み込んだ。不可解な改行は繰り返され私は眠ってしまった。テーブルは倒れ同じように男は倒れた。長い手紙を読了するのには想像以上の体力が必要であったのだ。男は長い手紙を読み始めたようだ。私は長い手紙を書き始めた。いつものように私は眠るのだろう。私のそばでは知らない男が倒れている。男はきっと私の長い手紙を読もうとしたに違いない。私は長い手紙を書いている。知らない男が倒れている。テーブルは倒れ同じように男は倒れた。繰り返される不可解な改行は長い手紙を飲み込み果たして空白には意味があるのかもしれないが私は頭痛、奇声を発した男はテーブルと同じように倒れ仰向け、長い手紙のほとんどが空白であることを知り、この国の言語か、意味はあるのかもしれないが、長い手紙は、不可解な改行と同じように私は男は私は、読んだに違いない後半部分を、きっと眠るだろう、不可解な改行は飲み込み、テーブルは同じように倒れている。私は長い手紙を書いている途中に眠ってしまった。今では誰も長い手紙を書きたがらない。誰も書きたがらない長い手紙は私を書き始めた。仰向けのまま男の奇声を発した。さて、私を今から長い手紙は書かなければいけない。イッタイ長い手紙が誰なんて読むというのだ。書いてはいけない。同じように私を仰向け手紙を書いている私を眺めアイツハおかしくなったテーブル倒し改行、奇声と頭痛、ソレデハkochirakara連絡サシアゲマス


I can't speak fucking Japanese.

  一条

にっぽん企業が中国に作った製造工場の社員食堂でぼくは働くことになった。成田に向かう電車の中、真っ白な肌の青年がひとりでしゃべっている(だれかに聞いた話だが、ああいう連中はどうやら神サマとしゃべっているらしい)。ひこうきはぐんぐん加速して、にっぽんを飛び立った。日本料理のレシピを乱雑に書き込んだマイノートブックをめくりながら、ぼくは、にっぽんのことを考えた。だけども客室乗務員はこくせき不明で、仕方なく機長との面会が可能かどうかをかのじょに訊ねてみた。「機長はあいにく操縦中でして」。機長はあいにく操縦中で、客室乗務員のこくせきが不明である場合においても、ぼくたちを乗せたひこうきは空を飛ぶというのに。やがて、上映されている映画が終わると同時に、乗客は席を立ち踊り始めた。かれらがにっぽんじんであるかどうかはわからないが、かれらはひどく滑稽に踊り始めた。ああいう光景にも、神サマが介在しているのだろうか。いつまで経っても、ひこうきは空を飛び続けるような気がした。かれらの踊りが最高潮に達すると、こくせき不明の客室乗務員は「キチョ」「キチョ」とにっぽんごのようなものを連呼し、するとキチョのようなものがパーンと破裂し、その断続的な破裂音によって、かれらの踊りはいよいよ最高潮さえ突破した。そして、かれらの踊りに合わせてぼくの身体までもが勝手に動き始めた。中国に到着するまでぼくたちは踊り続けるのかもしれない、と誰もが思ったに違いない。相変わらず、キチョのようなものは破裂し、こくせき不明のかのじょたちは、にっぽんごのようなものを連呼している。踊りに熱狂しすぎたあまり、これはある種の乱交パーティであると勘違いした男と女たちが、互いの衣服を剥ぎ取りあい絡まり合っている。「これはある種の乱交パーティなんですかね」と白髪の老人が隣の席の女に尋ね、「これはある種の乱交パーティですわよ」と女は答えた。それにしても中国というのはひどく遠い国のように思われる。それは、ぼくたちが未だ踊りを止めず、そこから派生した乱交パーティへの参加者が徐々に増加していることと無関係ではない。そして、未だ機長が姿を見せず、かのじょたちのにっぽんごが反復され、このひこうきが操縦されているということと無関係ではない。ぼくたちは踊り続けた。踊りに疲れ眠りに落ちる者もいたが、ほとんどの人間は踊り続けた。はっきりとはしないのだが、ぼくたちを乗せたひこうきは、中国には辿り着けなかった。とにかく最後に機長が現れ、その理由を小声で説明し、興奮した乗客のほとんどがかれに罵声を浴びせ、こくせき不明の客室乗務員が泡をふき、にっぽんごのような罵声が永遠に終わらない、そんな光景だけを、ぼくは記憶している。


チャンス

  一条

あたしの学校に
チャンスというあだ名の男子がいたんだけど、
すっかり忘れてしまった
チャンスは男子からも女子からも
ついでに校長先生を含む学校中の全ての先生から
チャンスって呼ばれてたんだけど
それは蔑称で
だけどもチャンスってあだ名は
なんて素敵なんだろうって
今さら、あたしは思う

あたしの学校にはぺちゃんこのカバンで
必ず遅刻してくる子が何人もいて
オキシドールで染めた金色の髪が
なびいてやがんの
でもさ、あのぺちゃんこのカバンの中には
弁当箱が入る隙間もなくて
あたしたちは、
昼休みになると消えていなくなるあいつらの後をつけて遊んだ

チャンスは、裸にされて
廊下を逃げ惑い、
大事なとこの毛を燃やされて

本当にぺちゃんこなのは、カバンじゃなかった
もう、あたしたち全員ぺちゃんこだった
先生が忘れたのは

夏休みは、とても長くて
プールで溺れたら
助けてくれるのは誰かしら

あたしたちは、逃げ惑い
大事なとこの毛を燃やして

もう、あたしはぺちゃんこで
チャンスもぺちゃんこで
先生も校長先生もみんなぺちゃんこじゃんか

カバンの中には何が入っていますか
先生、カバンの中に何を入れたらいいですか
先生、カバンの

とてもとても長い夏休みがやっと終わって
これからだって
きっと
あたしたちはぺちゃんこで

あたしの学校に
チャンスというあだ名の男子がいたんだけど
すっかり忘れてしまった
助けてくれるのは誰かしら
チャンスは裸にされて
逃げ惑い
あたしはいつもぺちゃんこで
カバンの中には隙間がない
あたしたちのカバンの中に
あたしたちは
何を入れたらいいですか


サーカス

  一条


誰もが、いつかは、いなくなるのよ、
という言葉を残して
妻は蒸発した、わたしは、いつも仕事帰りに
移動遊園地に立ち寄り
サーカス小屋の裏で煙草をふかすピエロを見た、
冷蔵庫には大量のキムコが残され
妻がベランダに干したままのわたしたちの洗濯物が
風に揺らされている、


ピエロは煙草の火を象の尻でひねり消し
わたしたちのにおいはキムコが消臭する、
明日になると、移動遊園地は隣の街へ移動するのだ
と、わたしはキム子に言った
あなたも隣の街へ行けばいいのよ、とキム子は
冷蔵庫から冷えたビールの缶を取り出し
わたしの目の前に置いた、


  そんなに簡単に隣の街へ行けるのなら、とっくに行ってるさ


ピエ朗がパジャマ姿で居間に現れ
冷蔵庫を開ける、
翌年に受験を控えたピエ朗は最近、ますます無口になった、
未成年にも関わらずピエ朗は煙草をふかす
キム子が、わたしの顔をちらと見やるが
わたしは、ピエ朗を叱ることは出来ない
また停学になっちゃうわよ、
洗濯物が風に揺れ
うるさい、とピエ朗は部屋に戻った


サーカス小屋では陽気な団長が
いつものようにこどもたちを虐待している、
わたしたちの教育が間違っていたのね
わたしはビールの缶をキム
子に投げつけた
こどもたちは怯えている


  ぼくたちは、明日になると、隣の街へ連れて行かれるんだよ
  隣の街は、どんなところなんだろう
  この街より、もっと恐ろしい街に違いないよ
  だって、この街は、この前の街よりもっと恐ろしかったから
 

それがわたしたちの最後の夜だった
わたしは、仕事の帰りに移動遊園地に立ち寄った
団長は、幼いピエロを虐待し
ピエロは、助けを求めるようにわたしを見ている
このわたしを見ている

 
  もう誰もいないから、怯える必要はないんだよ


わたしたちは、もう、隣の街にいるんだ
そして、いつかまた、わたしたちは、いつものように
隣の街に行く


先生の道具

  一条

病院のベッドで死んだぼくの匂いを消す風に揺れるカーテンが原因不明の失踪を繰り返したにも関わらず病院側に落度はなくただ消されてしまったぼくの匂いを其処彼処に残しカーテンの行方は未だ判らないのだが面会謝絶という状態は続行しぼくを頑なに謝絶する肉親は花瓶を何度も落とし花を毎日新しいのに入れ替えそのような比較的軽度な失策を咎める医師を駆逐できなかったぼくと同じ匂いを持っているのは肉親ではなく担当医師かあるいは土曜日の深夜に隣室に運ばれた救急患者を治療するのが医師ではなくぼくでつまり全ての患者たちの消されてしまった匂いはこの病院という場所では永遠に誰かの脳に移植され保存され続けるのだがぼくは堪らず気分の不調を訴えつまり看護婦のユリコのへたくそな点滴が原因でカーテンは不明したのか風が揺れ花瓶が砕けた音はナースコールと混同され慌てて駆けつけたユリコは誰もいないぼくさえいない病室で点滴を繰り返し打ってみるが点滴を失敗したのはユリコではなくだってわたしたちは誰にも逆らえないのよと面会を謝絶しているのがぼくであるのだろうか花瓶の水を入れ替えてくれているのは本当は君だったんだねところでぼくの命はいつまで持つんだいこんなくだらないことを君に訊いても仕方がないんだけどさとぼくとユリコは学校の教室で病院ごっこをしている最中に先生に見つかってしまい先生はすっかり医師みたいな口ぶりでメスメスメスと連呼しユリコは言われるままにぼくは寝転がって寝転がりながらきっと全国の学校の教室では同じような儀式が行われ先生が出来損ないの生徒を無理やり治療しているんだろうなと想像し頭がくらくらしているきっとユリコは学校を卒業したら看護婦になるんだろうなと想像し頭がくらくらしている先生はぼくが死んでしまったらユリコと付き合えばいいのにと想像し頭がくらくらしている頭がくらくらしている頭がくらくらしている病室の空気は薄く窓際の花の名前を想像し頭がくらくらしているユリコはもう見舞いには来ないと思うと頭がくらくらしているぼくは担当医師を呼んで面会謝絶の続行を命じこれで誰もぼくの病室には入れない風はカーテンさえ揺らさない花瓶が落ちても音のしない世界にひとりぼっちだと想像し頭がくらくらしているやがてぼくに対する緊急手術はそそくさと行われ失敗し日曜日の朝に妻が駆けつけた時にはぼくたちはすでに死んでいたようだ


メアリー、メアリー、しっかりつかまって

  一条



ちょうど南の角を曲がって適当にうろついていると、何十周年だかを迎えた
美術館をかすめた。入り口脇に並んだ屋台の主人は、ひどく退屈そうだ。ず
っと西に戻ると通り沿いのクラブに偶然出くわし、店の中には入らず、そこ
での行列と服装チェックの様子をしばらく見物することにした。供述による
と、この時すでにぼくは殺されていたようだ。行列の中間では、若者同士の
小競り合いが始まり、それを仲裁するために低賃金で雇われたガードマンが
駆けつけた。やがて、低賃金で雇われたガードマン同士が小競り合った。彼
らに不動産を売りつける奴が後を絶たない理由が、これだ。入店拒否された
連中は、そのまま南下し、この街を流れる一番大きな川に架かる橋に集合し、
みな欄干に整列し、右から順に飛び降り始めた。ぽしゃんぽしゃんと続けざ
まに人間が吸い込まれる光景を眺めながら、誰が誰を愛しているかなんて今
は知りたくもないと思った。ましてや、この世の中には、おぼえることも出
来ないことがたくさんあるのだ。供述によると、このあと、吸い込まれるよ
うにぼくも飛び降りた。太陽はすっかりと落ち、ねずみ花火がシュルルルル
と夜の空を散らばり始めた。ちょうど、手を伸ばせば届く距離に、ひとつの
ねずみ花火が旋回していた。そいつは、一番シュールなねずみ花火だった。
一番シュールなねずみ花火がシュルルルルと旋回し、火の粉を散らしていた。
そして、そのまま垂直に上昇し、夜の空に吸い込まれてしまった。供述によ
ると、この時すでにぼくたちは、巨大なサークルを形成していた。それは取
り返しもつかないくらい巨大で、誰にも責任が負えないようなものだった。
サークルの中心にいる人物は、無垢に煙草をふかしながら、ただ南の方向を
狂いなく指差していた。しばらくすると、指の先っぽが二つに割れてしまっ
た。彼は退散し、彼の役割を他の人間が引き継ぐこともなかった。そして、
このまま朝までまっすぐ過ぎてしまった。目覚めたばかりの子どもたちが、
眩しい日差しがふりそそぐ街に現れ、ちょうど南の角を曲がって適当にうろ
ついている。供述によると、誰が誰を愛しているかなんて誰にもわからなか
った。ましてや、この世の中には、おぼえていないことがたくさんあるのだ。


バスケット・ダイアリー

  一条

夜が明けると、犬が放り込まれた。
顔馴染みのじいさんとばあさんが3人くらいいたが、結局どうしようもなかった。
女はレジ打ちの仕事をやっとこさみつけ、今日から、レジを打っている。
女がレジを打つ仕草というのは、なかなか魅力的だ。
男だったら果たしてどうだろうか、と男は説明している、
その傍では、何も起こりえない。

そしてどこへ行くのにも、
だいたい徒歩15分くらいだということに気付いてしまった時、
マンションのチラシなんかに掲載されている「徒歩10分以内」とかいう情報は
つまり、ほとんど意味がないということを知るべきだった。
実際計測してみると、徒歩12分を過ぎたあたりから、
だいたい3分後には目的地に到着してしまう。
だから男は、仲間には何も話さないことにした。

それから、ずいぶんと前に放り込まれた犬の何匹かが吼え始め、
それを駆除するために業者が駆けつけた。通報したのは、
犬とは利害関係を持たないマンションの住人だった。
そして右側のエレベーターが故障した。それは偶然だったが、その時すでに
左側のエレベーターは故障していた。ポストに投函されたマンションのチラシは
今日も新しい情報を提供しなかった。ずいぶんとひどい話だ。

犬は殺されないでいた。最近は殺すより殺さない方が面白いんです、
と業者の男。ついでにエレベータを直してくれませんか、と
犬とは利害関係を持たないマンションの住人が哀願した。
夜が明ける前に修理しておきます、と言って、男はいなくなった。
その傍で説明している男が、もう何年も仕事を探し続けているがみつからない。
商品の価値が値札に書いていると思っているタイプの男だから
仕方がないのかもしれない。今日も一日何も起こらなかった。

ポストに投函されたバイト募集のチラシを見て
もう何十年も働いてはいないけどレジ打ちくらいなら、
と女は軽い気分で応募した。面接で渡されたアンケート用紙のアピール欄には
ああ、すごく楽しいはずよ、レジを打って、打って、打って!
と書いてみた。夜が明ける前、目をこすりながら、
女は今度こそ採用されるかもしれないと思った。

もう何十年も男は説明している。いつ殺されても平気のはずだった。
しかし、最近は殺すより殺さない方が面白い。
レジを打つ女は、次から次へと新しくなったが、
だいたい苦情なんてものは年に数回程度しかないのだ。
マンションのポストには新しいチラシが投函されつづけた。
迷子の犬を探しています、
それは飼い主にとってのみ切実なものだった。

新しいマンションがどしどしと建設中である。
それは、ほとんどが徒歩10分以内の距離に集合していた。
男には、もう、そういうことのすべてに説明が必要だとは思えなかった。
しかし、世の中には、説明を必要とする人たちが
一定の確率でいることも既に知っていた。
今日はレジ打ちの女が欠勤だ。
きっと女は戻ってこないだろう。

つまり、こういうことだ。
ほとんどのことは、値札に書かれている。心配するな。


helpless

  一条



あたし、淀川大橋のど真ん中で
helplessって3回叫んでから
ヘルス嬢になってん

お店で、イチ子という名前もらって
みんなにイチ子ちゃんと呼ばれて
おまえ、いつまでも新人という設定って
店長に言われてん

新人のイチ子です、って言うてから
おしぼりでお客さんをきれいにしてあげて
おっぱいもんでいいよって
言うのが、あたしの仕事

あたしを指名してくれるお客さんもおって
うれしくて
サービスしすぎて
店長におなかどつかれるねん

この前、お客さんに
おまえ、十三ミュージックの踊り子さんやらへんかって
誘われたけど
あたしのこと求めてくれるのは
えげつない世界の人ばっかりやね

しんどくなって、あたし、田舎に帰りたくなるときあるけど
妹もよそで頑張ってるよって
かーさんが電話で言うてたから
あたしも頑張る

新人のイチ子です
おっぱいもんでください

真夏の淀川は、犬がしょっちゅう流れてんねんけど
あたし、犬もよう助けん女やもんなあ

あたしのおっぱいなら 好きなだけもんでいいよ


わたしは今日迎えます

  一条

裸木にからまった一万匹の赤ン坊のおくびが無名の荒れ野を
占拠する 一滴の唾も分泌しないほどに空は乾いてしまった
黄色い液を全部吐いた道の交差で美しい鳩の首がひとつひと
つ折れ曲がるのをわたしはずっと数えている おまえは世界
に突っ込むんだ 周波数のひずみには いよいよ明かりが灯
され わたしのなりたかったわたしが今日わたしの前で悄然
と立ち尽くしている



きれいに飛んでいた鳩をぐるんと巻き込むように動かなくな
った空の渦動の下では なにもかもが思い通りにはならない
内臓が破裂した建物があった ちょうどおまえの肘掛がわた
しのデリケエトな後頭部位を叩き 完全に折れ曲がった鳩の
首時計が遠回りする決して鳴り止まないサウンド・トラック
は不気味な吃音カシオの電気ビート 爆弾の内部へおまえは
向かえ



    母 は こ れ か ら 歌 い ま す
    時 計 は 狂 い ま す
    わ た し は 美しい 精 神 異 常 で す
    お ま え の な り た か っ た お ま え なんて 嘘っぱち
 
 でいた鳩はぐるんと空を巻き込んで動かなくなった私はど
うやら何もかもがうまくはいかないので このあまりにもお
かしな器官を建物の肘掛に置き忘れたわたしのデリケエトな
鳩の首のとても美しい放物線は遠回りするサウンド・トラッ
ク不気味な吃でいた鳩はわたしの向こう側はいつも無効でし
た向こう側にはいつも無効でしたいつも無効でしたいつもわ
たしは無効でした


町子さん

  巴里子

町田の町子さん、病気です
と、医者は繰り返す
わたしは、待合室の壁にもたれかけ
こわれかけたビデオデッキが再生している映画を、
それがとてもカラフルだったら
とても良かったのに、なんて
決して簡単な治療ではないというのに
いったい、誰のための手術なんだろう
あなたの笑顔には見覚えがありません
あなた、あなた、ああああなななたたたた
と繰り返してみても
だんだん夜が不思議に明るくなるんです
星とか、
犬とか落ちたり
なにかをなくしたみたいな気分で
それを言い訳にできたら
もっと強くなれるような気がするけど
それにしても、覚えることと忘れることは
どっちのほうがむつかしいんだろう
わたしは、もう覚えることをしたくありません
うしろからいつも逃げたくなる人には
やさしい挨拶を、はらわたが煮えくり返って元に戻るまで
やりなさい
ああ、わたしの家には出口が一つしかありません
だからといって
一度入ってしまうと
出ることは簡単じゃないんです
それを知っているから
みんな知っているから
そんなことさえ忘れていると思うんです
町子さん、ねえ、町子さんってば、聞こえていますか?
東京のはずれで
わたし、あなたがしあわせに
今日も明日も生きていることを知っているんだよ


朗読

  巴里子

電話が鳴っているアパートの一番はじっこの、先月、そこで首吊り自殺が行われた部屋で、詩人の朗読会が開催された。電話が鳴っているが、誰も出ない(電話が鳴っているという描写が正確かどうかは知らない。)、「暗殺的な気分」が晴れ、部屋の中央で傾いたテーブルの上に置かれた電話が、さっきから鳴っている。おまえは、テーブルを囲んだおれらに、ただ反射的にいくつかの詩を朗読している。そもそも詩人の朗読会というものが、この世に存在してはならないのだ。先月、首吊り自殺が行われた部屋では、先月の首吊りの件について、密やかに話し合われている。電話の主は警察かもしれないが、これは、ただのいたずら電話なのだ。「少年は、巨大なカーブの手前で道路に飛び出した。あたしは、運転席を占拠し、スピードを加速した。脳の中は、からっぽになっていく。通りすがりのパトカーが正確にサイレンを鳴らし、近付いてくる。警官は発砲するに違いない。人生は、あたしの人生はひどく平坦だった。」誰も出ない。「自販機の前で、少しだけ紳士風の老人が粘着テープを体に巻きつけ、もうすぐに消えてなくなる思い出を、語りかける相手を探している。」は、かき消された、「助手席から飛び降りたのは、火曜日にセックスした男だった。男は、水曜日には、もうどこにもいなくなる。全ての情報が開示されるとしたら、こんな夜。だけど、あたしの訃報は誰にも届かない。あたしは、その時、少年を轢き殺してしまった、誰もいない街の巨大なカーブの」おれは、ひどく暗殺的な気分に襲われ、首を吊る準備をした。おれの声は、「野球には、投手も打者も必要がない。たった一球のボールを、投げる。それを投手が、打者は、まったく打たない。のにボールが右中間を、右中間を、てんてんとかけぬける。」にかき消された。女の声は、いつもより精力的で「野手が、いない、のに右中間を。てんて、んとボール、を追いかける、かけぬける、ボールを、追いかける、野手はいない。のに野球には、投手も打者も、必要がない。ボールを追いかける、かけぬける右中間。外野、と内野、の境界へ、右中間の外から、内へ、野手は、いつも外野であり、いつも内野であり、追いかけるボールをかけぬける、野手の、野球。」女は、喉が渇いたのか、「のに、投げる、とか打つとか、である。外野と内野を隔てる、野球の、投手が投げるボール、打つ必要がない。」が鳴っている。パトカーのサイレンの音をかき消した。電話の「ボールは、右中間、への、外野と内野の境界を超え、て、んてんと、かけぬける必要が、ない。打者は、投げる。のに野球は、野球である、必要がない。投手のかけぬける、打者の追いかける、ボールを、野球は、必要が、かけぬける、右中間を、追いかける野手が、てん、てんと、一球がない。のに野球、である必要が、」女の朗読の途中で、おれは、席を立った。明日は水曜日だ、というおれの声は、女の朗読にかき消された。なぜなら、女の朗読は、その後も決して終わらなかった。電話が、鳴っている。おれは、ボールを、追いかけながら、この朗読会が終わるのを待っている。なにもかも、平坦だった。この部屋のテーブルだけが傾いて、おれの首に巻かれたロープがきつく、絞まっていく(という描写が正確かどうかは


Save me, SOS

  一条

CNNを見てると
外人が、こんなん手抜きやわって言うてた英語で
なにが手抜きなんかしらんけど
外人的な発想で日本人批判だと思われたので
チャンネルをふたつずらすことにした
でもさっきのCNNの外人が気になって
ふたつもどした
やっぱり、こんなんまったくの手抜きやわって言うてるあいつら英語で
日本人のどこが手抜きやねんって思いました日本人的な発想で
チャンネルのことはあきらめて
ボリュームのことにした
音をちいさくする
口の動きからして、2回に1回くらい手抜きって言うてる
もちろん英語で
コマーシャルがはじまった
GAPというふくやさんのコマーシャルで
白いのと黒いのがダンスしながら踊ってた
黒いのは、ダンスしながら踊るっていったいなんやねんって顔してたけど
白いのは、一生懸命ダンスしながら踊ってた
それからGは真ん中に移動して
AとPがはじっこでおもんなさそうにGのダンスを見てる
あれ、チャンネルがずれてる
よーく見たら、それはBBCやった
タヌキみたいな外人がダンスしながら踊ってる
CNNがBBCになって
手抜きがタヌキになった
これで日本人が外人になれば
おれの残りの人生が4個から3個になる


母のカルテ

  一条

母が喉につっかえてしまい、仕方なく近所の医者にかかることにした。症状を説明すると「まずは あなたのお母さんを治療するのが礼儀というものだ」と、医者は言った。妻の意見を聞いてみたい、とわたしが嘆願すると、医者はひどく迷惑そうな顔をした。//// あなた、医者の意見より、奥さんの意見を信用するつもりなのか、じゃあ、なんで病院に来たんだい、奥さんの意見が信頼できないからじゃないのかい、いったい、あなたの奥さんの意見にどんな意味があると思ってるんだ、奥さんの意見に、そもそも耳を傾ける気など本当にあるのかい、あなたの奥さんは今頃、ボストンバッグに汚れた下着をいっぱい詰め込んで、失踪する準備をしているというのに ///// しかし、妻とは、あいにく連絡がとれず、その間も、母はずっとわたしの喉を揺らしていた。とても息が苦しく、堪らず悶えてしまうと、「母親は異物ではありませんよ」と、医者は、わたしを嗜めるように、そして喉をぐいと両手で押さえつけた。 //// ほら、私の言ったとおりじゃないか、今頃、あなたの奥さんは、ボストンバッグに汚い下着を詰め込むのに飽きて、それをそのままにして、あなたの家から出ていったよ //// もう、妻の話はよしてください。私は、母がつっかえたままの、喉から声をふりしぼった。//// ああ、あなた、やっと認めたのだね、もう、奥さんの話はよしますよ、だって、最初から、あなたの奥さんと、あなたの母親は他人なんだから ////「いいですか、あなたは少しも病気じゃないのです」と医者はわたしを睨みつけた。それでも、つっかえた母はわたしの喉をしつこく揺らし、わたしの声は震えた。医者は、ますます強圧的になり、頑丈なロープでわたしを治療台に縛りつけ、わたしの喉をメスで切開した。わたしは、いよいよ声を失った。 //// だけども、やっと、ぼくの喉から、出てきてくれたんだね、お母さん、ぼくです、あなたの息子です、覚えてくれていますか、ぼくは、お母さんの声を、忘れちゃいないよ、 //// 薄れていく意識の中で、母と医者の談笑が遠くに聞こえた。近頃の若い者ときたら礼儀というものを知らな過ぎる、先生の仰る通りですわ、おほほほほほ、とわたしの母は下品に笑い、そして血まみれの体をタオルで拭っている。せっかく、つっかえがなくなったわたしの喉なのに、医者は、それを縫合もせず、ただ、そこから息は、すーすーと漏れ、 //// ほら、馬鹿みたいでしょ、この子、ええ、正真正銘の馬鹿なんですよ、とにかく、産まれたばかりのころから、馬鹿な子でねえ、先生、私、本当に後悔しているのです、産まなきゃ良かったのよ、ええ、文句があるなら、何か言いなさいよ、けっ、けけけっけけけけけけけっけけけっけっけけけけけけっけけけ、けけ、けっけけっけけっけっけっけっけ、けけけけっけけけけっけけけけけっけけっけっけけけっけ、けけっけけけっけけけけっけけけけっけけけけ、けっけけっけけけけけけけけ、け、け、け、////  と、母はわたしを汚く罵り、医者は、わたしの、わたしの血まみれのカルテに異常なしと記した。


milk cow blues

  一条

おんなは、国道をマイナスの方向に横切った
足を引きずり、
店に現れたピアノ弾きは、後ろ手でロープを緩め、
慣れた手つきでdEad Cow blUesを演奏した
ドミソの和音に支配されたその音楽は、ら知#れ、知#れそ、靴擦れ、また、靴擦れだ
となり街の石油コンビナートから、
煤煙が空を、
洞察的に立ち上がっていくのを、
世界中に設置された火災報知器は、
ただ静観している
突如、出張所から、一台の消防ポンプ自動車が出動した
そいつはフル装備で、赤色灯を回転させ、
いつだったか、
妊娠したおんなの腹に黒い海が見つかった
海はみなみの方向に流れ、
やがて星々へとなった
卵形のいまいましい星々が、
おんなをいれものにする
おんなは、
いまいましいむすめをだきかかえた
わたしのむすめがつくった童話は、
赤い兎がうそをつくお話で、
むすめの皮膚は、
お話の途中で、赤くただれた
草原が赤い兎を飼い、
老婆からの電話で目がさめた
わたしは、ながれていくものを相手にしているのだ
むすめがつくった童話には、
けつまつがなく、
ぬりえからはみだした、赤や黒がうみにながれていく
にんしんしているおんなの顔を、
ひとつ汚すたびに、
むすめは、あたらしいコインを手に入れた
コインをたくさんあつめると、
好きな人に出あえるという恋まじないのようだ
時計の針が、
ぐにゃりと折れ曲がり、
むすめは、わたしと目があうと、
針の折れ曲がったほうこうに、
敬礼をしていなくなった
あなたがまだうまれたばかりのころ、
父親によく似たやさしいクジラと泳いだことは、
忘れないで、うさぎちゃん
おれは、
牛が殺されるのを待ちながら葬列の先頭がどこにも見つからないことに
気付いていた
そいで、
死んだ牛のブルースが、
暗号的に処理される棺の中、感染した販売所から百万頭の牛のドミソが、
一匹残らず失われていくのを、
加えて何かを、
鎮火した消防ポンプ自動車は、朝焼けの国道をひきかえした
何を鎮火したのかは、
いつまでもわからないまま、
あのピアノ弾きが、
ゆっくりと、おもむろにdeAD BeEf blUEsの演奏を始めるころ、
その音楽に耳を傾けているのは

静かにしろ、ここは、警察だ


川島

  一条

川島みたいなやつは、鬼のような形相で会議室を後にした。前の日も次の日も、予言する男は現れなかった。宛名書きの仕事は、これでおしまいだ。なあ川島、と川島は肩を叩かれ、おまえは、カワシモじゃないもんな、と再び肩を叩かれた。新しい彼女が出来ちゃったもんで、今度一緒にボーリング場に行かないか、と誘われた川島は、ボーリング場に行ってもいいですけど、ボーリングというのはやらないですよ、と言った。携帯電話がリン・リンと鳴った。その携帯、おまえにやるよ、と言われたら、川島はどうやって答えればいいのかわからなかった。こんな場所にボーリング場があるわけがないという場所でシシャモは、車から降りた。新車ですが、助手席に座っている女は正面から見たらパンツが丸見えで、ここで、ブレーキ。そこは、ボーリング場。川島に聞かなければいけないことは他にもいくつかあって、携帯電話がリン・リンとなった。川島は、もしもしと繰り返しているカワシモに声をかけようかどうか悩んでいる。ここで、ブレーキした新車は、ボーリング場を後にした。ボーリングなんてやってられるか、いえねえボーリングはやらないですよ、と釘をさされたことについて、電話の相手にくどくどと愚痴ってるようだ。電話の相手は、おれじゃないよな、とシシャモが、川島の肩を叩いた。肩を叩かれたいわけではない川島は、肩を叩かれた場合にどんな顔をすればカワシモ君に気持ちが伝わるか考えていた。シシャモも同じ悩みを抱えていたが、肩を叩かれるのは、真昼間だ。ブレーキしている新車は、病院に直行して、腱鞘炎に悩んでいる女を一人拾って、カーブの向こうに衝突した。あの時、川島が助手席に居合わせたなんて、会社の誰もが知らないはずだ。ボーリング場近くのレストランで予定されていたカワシモの送別会は、腱鞘炎が悪化し延期となった。その知らせを聞いたカワシモは、ボーリング場近くの倉庫で発見されたが、シシャモさんのパンツが丸見えの件について、社内では意見がふたつに分かれた。もうシシャモの居場所は、なくなったようなもんだ。川島は、宛名書きの仕事を再開し、今度、ボーリング場に行ったら、それでもボーリングはしないことにしたが、ふたつに分かれた社内を、びゅんと新車が横切った。川島の声で、びゅんと横切った。カワシモさんの声、と女子社員がかしこまって言った。シシャモは、それはおれじゃないおれじゃないと、首を横に振り、パーティションで区切られてしまった川島の肩を、カワシモが叩いた。これはただの肩叩きじゃないのだからな、とシシャモの声で、川島は涙をこらえている。予定されていた会議は全てキャンセルされ、ねえこのあとどうするの、と聞かれたカワシモは、川島を指差した。近頃の世の中は、どこもかしこも木っ端微塵だな、という顔をすれば、ぼくたちは助かるのかもしれない、と川島はどうやら本気で思った。


正方形

  一条

恐れていることは、いまだ起こらないし、八時間したら私は大量に吐いていた。そして、私が、あらすじについて語りだすと、いつも決まって挫折した。明日からは、新品のセキュリティが私たちの生活を守ってくれる。呼吸が終われば、残されるものは、数えるほどしかなくなった。街には、取り返しのつかない顔をした取り返しのつかない連中が溢れている。まるで要塞みたいな私の部屋は、外壁が海の貝殻で覆われ、いくつもの扉を開かないと、誰にも会えない仕組みになっていた。あなたが本当に自分を利口な人間だと思うなら、その鍵の穴のどれかに指を突っ込んで、あなたが今までに獲得してきた全てを投げ出す覚悟でぐにゃりと捻ってみて欲しい。私は、あなたが来るまでの時間を利用して、近所の美容院に出かけた。どうやら見習い期間中の美容師が、右手用のはさみを左手に持ち替えて、右手に握られた左手用のはさみで、私の頭のてっぺんを正方形にカットした。私は、こんなに見事な正方形を要求した覚えはなかったが、待合席の男が、私の頭の正方形に見惚れているようだ。私は、規定の代金を彼に支払い、店を後にした。それから、私はいくつもの種類の乗り物を乗り継いだ。私が行き先を伝えると、運転手たちは奇妙な音色のブザーを三度鳴らした。お客さん、着きましたよ、と言って降ろされる場所はいつも同じで、代金の支払いに関しては躊躇した。いつも同じ場所で降ろされる私は、それでもいくつもの乗り物を乗り継いだ。試しに、行き先を告げずに席についても、終点は、いつも同じだった。後になって気付いたのだが、そこは、ちょうど、正方形の対角線が重なる点に過ぎなかった。私は、いつもそこから自分の意思で外れようとするのだが、正方形は、いつまでも私の後を追いかけてきた。私は、今夜の訪問客のことすらも忘れ、どこかをさ迷っている。彼らの協力がないと、どこにも辿りつけないなんてことは、とっくにわかっていた。郵便箱には、何枚もの不在票が捻じ込まれていく。その紙切れが幾十にも重なり合わされ、それは、私の頭のてっぺんの正方形にそっくりだ。お客さん、着きましたよ、と言われ、今度は、なんだかそのことが、私を愉快な気分にした。奇妙な音色のブザーや、いつも同じ場所で降ろされてしまう私や、新品のセキュリティや、あら、今夜の訪問客のことさえも、すっかり忘れてしまっている。私の恐れていることが、たった今、起きているのだとしたら、あの運転手たちにだって、きっと同じことが起きているに違いない。お客さん、お客さんの正方形に、なんだか知らねえけど、見覚えがあんだけどさ、と言われ、私は、あら、それは別の正方形よと答えた。この乗り物は、野菜畑を通り抜け、顔立ちのはっきりした子供たちが、全員例外なく上空に背を伸ばしている交通公園を何度も通り抜けた。何もかもが馬鹿げているようで、何もかもに見覚えがなかった。あるいは、今、この瞬間に、私が、すっかり馬鹿げてしまったとしたら。お客さん、着きましたよ、しかし、何度見ても、お客さんの、その頭のてっぺんの、正方形には見覚えがあんだけどねえ。例によって、私には、今、私が降ろされた場所の、その記憶しかなく、八時間くらい前に私が人気のない往来の真ん中に大量に吐いてしまったものが正方形となり、そしてその四つの頂点には、馬車、自動車、バス、電車が置かれている。


こっぱみじんこ パート2

  一条

少女マンガが、どっさりおさまった本棚を指差して
「あれよ」
と言った。舌はひりひりしている。

「あれよ」

昔から、ゆううつだった。おねえちゃんが死んでしまってからも
ずーっと、ゆううつだった。

そんなことを空想していると、
アパートはぐらぐらと崩れ落ちそうになっている。

やがて、少女マンガを両脇に抱えたおねえちゃんが
すっかり生き返っている、
「あんた、まだ生きてたのね、ぐふふ」
ぐふふってなによ。
でも、ここ、ぐらぐら揺れているんだけど。

そんなふうにして、近所の墓地に久しぶりに行った。
土をほじくっている管理のおっちゃんが
「いやあ、お揃いですか」だって。
おっちゃんにちゃんと愛想して
わたしたちは、墓地を後にした。

「おっちゃん、あんたに気持ちがあるみたいよ。」

喫茶店に行って、湯気の出るコーヒーを注文した。
気持ちの悪いウェイトレスが膝を抱えている。
だけど、実は、あの子もとっくのとっくに死んでるのよ、
とっくのとっくっていつなのよ、
コーヒーがこぼれて染みになった、この服、台無しじゃん

アパートに戻ると
アパートはこっぱみじんに崩れ落ちていた、
スーツ姿の男性が、神妙な顔をして土をほじくっている。
「いやあ、どこもかしこも、こっぱみじんで、機材不足なんですよ」
そんな、世の中だそうで。
そんな、世の中に みんな生きてるんだそうで。

「あれよ」

「あれよって、なによ」

「あれ、あれ」

あの頃は、いつも、こんなふうだった。

久しぶりにおねえちゃんのマンコを触った。
それは、とっても冷たくて
それは、とってもゆううつな感じだった
おねえちゃん、やっぱり、死んじゃうのね
馬鹿ねえ、ぐふふ

「あれよ」

「あれ、あれ」

「あれってなによ」

「あれだって」

おねえちゃんは、それを
ゆっくりと指差して
振り返った、

舌は かわいている、あの頃とおんなじだ。


ポエムとyumica

  一条

わたしがブンガクゴク島にたどり着いたとき、そこは、無人の島だった。わたしは、長年連れ添った嫁を捨て、町で偶然拾ったyumicaを連れて島にやって来た。yumicaは、どちらかというと何も知らない女の子だった。わたしたちは一緒に島を探索し、寝床になるような洞穴を見つけ、そこで生活することにした。島での生活にも慣れた頃、朝、目が覚めると、yumicaの姿がなかった。しかし三日ほどして、yumicaは戻ってきた。どこに行ってたのかを尋ねると、yumicaは、これを拾ったのよ、と一冊の古びた書物をわたしに見せた。そこに書かれている内容は、わたしにはひとつもわからなかった。おそらく、ブンガクゴク島の住民が残したものに違いない。yumicaは、それを楽しそうに読んでいる。そこに書いてある内容が君にはわかるのかい、とわたしはyumicaに聞いてみた。全然わからないのよ、とyumicaは答えるのだが、相変わらず楽しそうに読んでいる。その晩、わたしは、なかなか寝付けなかった。昼間のyumicaの楽しそうな姿が目に焼きついて離れなかった。わたしは、yumicaが寝ていることを確認し、彼女のそばに置かれた例の書物を手に取った。わたしは、ペラペラとそれをめくった。やはり、わたしには、そこに書かれている内容がさっぱりわからなかった。翌朝、わたしは、yumicaに何が書かれているのか教えてくれないか、と頼み込んだ。だから、全然わからないのよ、とyumicaは答えるだけだった。わからないものが読めるわけないだろ、とわたしは、幾分いらついた口調でyumicaに詰め寄った。そして、わたしは、yumicaを殴りつけた。yumicaは、逃げようとしたが、わたしは、彼女を逃がさなかった。紐でyumicaの両手を縛りつけた。この書物にはなにが書かれているんだ、とわたしはyumicaを問い詰めた。三時間後、yumicaは重い口をようやく開いた。yumicaの説明が一段落すると、わたしは、yumicaを解放したが、彼女は力なくそこに倒れこんだ。死んでしまったようだ。しかし、わたしは、さきほどyumicaがわたしに与えた説明をにわかに信じることは出来なかった。それから半年が過ぎた。わたしは、例の書物をペラペラとめくることを日課にしたが、やはり、わたしには、さっぱりわからなかった。yumicaが説明してくれた「ポエム」というものが、まるでわからなかった。わたしは、yumicaの腐乱した死体を呆然と眺めた。そして、わたしは、不思議な夢を見るようになった。夢の中で、わたしは「ポエム」を書いていた。死んだはずのyumicaが、わたしの「ポエム」を読みながら、これは「ポエム」ではない、と言う。これは「ポエム」だと言い張っても、これは「ポエム」ではないとyumicaは言うばかりだった。君に一体「ポエム」の何がわかるんだい、と怒鳴りつけると、決まって目が覚めた。それから、半年が過ぎた。その間も、いやな夢は続いた。わたしは、夢の中で「ポエム」を書き、yumicaに読ませた。yumicaは、わたしの「ポエム」を読むと、これは「ポエム」ではない、と言うばかりだった。わたしは、yumicaを喜ばせるために、夢の中で無数の「ポエム」を書いた。こんなことを続けて一体何になるのかわからなかったが、わたしは、しつこく書き続けた。そのたびに、yumicaはこれは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、目が覚めると、ブンガクゴク島の住人が書いたと思われる例の書物をペラペラとめくった。わたしには、そこに書かれている「ポエム」と、わたしが夢の中で書いている「ポエム」の違いが、まるでわからなかった。yumicaは、ここに書かれている「ポエム」を楽しそうに読んでいた。わたしは、ここに書かれている「ポエム」とまったく同じような「ポエム」を書くことにした。最初はうまくいかなかったが、少しずつ同じような「ポエム」が書けるようになった。それでも、yumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、頭が混乱し、yumicaの両手をふたたび紐できつく縛った。わたしは、目が覚めると、例の書物を何度も読んだ。夢の中で、わたしは、「ポエム」を書いた。両手を縛られ、ぐったりとしているyumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、「ポエム」を書き続けた。死ぬまで、書き続けた。わたしは、無数の「ポエム」を書いた。しかし、それはすべてが「ポエム」ではなかった。わたしは、夢の中で、「ポエム」を書いた。目が覚めると、わたしは、例の書物に書かれた「ポエム」を読んだ。わたしには、そこに何が書かれているのかまるでわからなかった。


john

  一条

身代金が準備されたと犯人から電話があり、住所名前年齢職業全部を言わされた挙句、犯人は私にすっとんきょうな質問をした。君は葡萄の中身に興味があるかと訊かれ、私は事態が悪化するのを防ぐ為に、葡萄の中身には興味があると答えた。犯人はしばらく沈黙した後、死んでしまいそうな犬を飼っている話を始めたのだが、犬の名前と種類が明かされるまでに数十分も経過し、犯人は私の少しまごついた様子を察知したのか、電話は乱暴に切られた。階下からは妻のうわごとのような歌が聴こえ、春夏秋がちょうど半分になった頃、私は書き終えたばかりの小説を印刷した。紙に印刷された小説を私は何度も読み直したが、ひどく退屈な内容だったので、妻には読ませなかった。それ以来、妻は葡萄の中身を丁寧に櫂棒ですりつぶし、庭に植えられた観賞用の花々とともに食卓に添え、やはりうわごとのような歌を歌うようになった。特に例年よりも冷たい冬になると、その歌は私の耳には必ず聴こえてきた。書き終えたばかりの小説の冒頭には、それらのことが事細かく書かれているのだが、私の小説は誰にも読まれていなかった。眠れない日が増え、夜更かしをした翌朝に私たちは、ワンとふたりで吼え、道端に落ちていた生き物の骨をすみからすみまで舐めまわした。妻は喜んで犯人役を演じたが、私は葡萄の中身には興味がありません、と答える日もあった。そのことに激昂してしまった犯人が、いきおいあまって犬の名前がジョンであることを明かした。その日の夜、数年前に庭にこしらえたジョンの墓が何者かに荒らされ、明日私が妻に代わって犯人役をするのであれば、ジョンの墓を荒らした真犯人を突き止めなければいけない、と私は書き終えたばかりの小説の脚注欄に書き足した。私は紙に印刷した小説を最初から読み直した。最後まで読んでしまうと、冒頭部分が完全に破綻していることに気付き、ジョン以外の登場人物には名前を与えないようにした。テレビは人質が射殺されるシーンを繰り返し、ジョンを救い出した警官がやはり何者かによって射殺された。私と妻は、彼らが射殺されたビルの屋上に挟まっていた鉄パイプを二本引っこ抜いて、それで巨大な十字架を作って、ジョンの墓のそばに飾った。私の横で手を合わせている妻が、犯人だろうが犯人でなかろうが今はたいした問題ではない。やがて取材を申し込む人間が私の家にあふれ、そのうちの半分の人間を私たちは応接間に閉じ込めた。餌を与えなければ、あいつらっていつまで生きるのかしら、と妻はつぶやいた。身代金はどこかに用意されたまま、例年より冷たい冬の空から雪が落ちてくるのを、私は妻とベランダで寄り添いながら眺めた。後は、私が、死んでしまったジョンのように前脚を高く突っ撥ねて、腰を激しく振りながら、妻に覆いかぶさるだけだ。私は左のポケットから三本目の前脚を取り出しそれを真ん中にして回転しながら、後ろに積み重ねられていく手掛かりに焦点を合わせ始めた。


ホーキンスさん

  一条

(1)

ホーキンスさんの顔はくしゃくしゃだった。ホーキンスさんをみているとこれくらいの年齢で人生を終わるのが楽ちんかもしれないと思った。外はまっ白になる一方で夕暮れになるとみんながそそくさと帰ってしまうこともしかたがないと思った。ホーキンスさんが眠りにおちるとあたしはアメリアを抱いて病室をあとにした。帰り道に厚手のコートが落ちていたらアメリアをほうりだしてあたしはたぶんそれを手にとってしまうような気がした

暴力団は水曜日になると決まった時間にやってきてあたしの家の近くでどんぱちをはじめた、あたしは人生のステップアップのために役に立つ資格をとろうとしてるんだけど、どんぱちが始まると勉強どころじゃなかった。それよりもあたしが言わなきゃいけないことは試験問題がじぜんにもれてたってこと。それはずいぶんとあとになってわかったことだけど、そのせいであたしの人生が台無しになったなんて嘘みたい


(2)

ホーキンスさんが病院でなくなってからあたしは毎日夢をみた。銃声がきこえて銃弾があたしの頭をかすめたり、銃声がきこえて銃弾があたしの頭をかすめたり、銃声がきこえて銃弾があたしの頭をかすめたり、銃声がきこえて銃弾があたしの頭をかすめたり、銃声がきこえて銃弾があたしの頭をかすめたりした。夢の中で起こることだってすこしくらいは現実になるのかしら、


(3)

アメリアは生まれたばかりの赤ちゃんだった。そしてアメリアはいまのあたしと同じ年齢になってそのころには午後三時にどこかへ出掛けるのがあたしたちのかずすくない日課でデパートの特売セールで購入した冷蔵庫が壊れた時に二時間くらい遅刻してやってきた修理工と結婚して生まれたのがアメリアでだけどもなんてことはなくてあたしは彼女にそのことは何度も説明した。だからといってあたしたちのあいだがぎくしゃくすることはなかった、

あたしがいくつかの届出をおこたったせいでアメリアにとっては不都合なことがつぎからつぎへと起きた。例えば彼女には本当の名前がなかったし、それであたしはアメリアと呼ぶことにしたんだけど、なんかの雑誌の表紙にのってたモデルの名前を借りたのだ。アメリアにそれを言うと、いつか返さなきゃ駄目なのって言ってたけど、アメリアに返すあてがあるのかはわからなかったし、ほとんど迷惑に思われるに違いない、どっちにしても。


(4)

ホーキンスさんの葬式が終わるとみんなはいちように退屈な顔で帰っていった。水曜日に葬式をしたのがそもそもの間違いなのだ。あたしたちは暴力団のどんぱちが気になってホーキンスさんの生前に思いをはせるまでに至らなかった。自分が死んだときには自分がどんな棺おけにいれられるんだろうってそんなことばかり考えてた。あたしもよとアメリアが言って、知らない女の子があたしもよとあたしたちのうしろから言ったのが聞こえた


(5)

ホーキンスさんが暴力団と敵対していたことは全国ニュースにもなったし世界中の誰もが知っている。それが原因でホーキンスさんは命を落としたのだ。


(6)

冷蔵庫の中には瓶がいくつかあって瓶の中にはピクルスがあった。それは家族のだれかの大好物でピクルスが合いそうなおかずの時にはあたしもよく食べたりした。瓶がからっぽになるとそれを冷蔵庫の中にもどして、あたらしい瓶がはいりきらくなってはじめていつくかのからっぽの瓶を捨てて、それを年中くりかえしているから冷蔵庫の中にはいつも瓶があった。そして瓶の中にはいつもピクルスがあった。


(7)

けっきょく、試験には受からなかった。筆記試験は三回目に合格してそのあと七回つづけて口頭試験でうまくいかなかったから。あたしが出会った面接官は合計二人でそのうちの一人とは街で何度かすれ違って気安く挨拶なんかしてみたけど、だからといってそれだけじゃうまくいかないもの。そのとき、事実上あたしは人生をはんぶんあきらめた。人生のはんぶんがどこからどこまでか決めることはもっと複雑だけど、とにかくあたしは人生のはんぶんをあきらめることを決意した

あたしはしばらく泣きそべった。だれのハンカチかしらないけどそれで涙をふいた。


(8)

いわゆる遺産というものはだれの手にもはいらなかった。それはホーキンスさんの遺書にも書いていないし、あとから知った話でもなかったけど、だれもがそう思ったのだから本当なんだろう。

ホーキンスさんがなくなる前の日にあたしはアメリアをつれてホーキンスさんの病室を訪ねた。なんにんかの看護婦さんに囲まれてホーキンスさんはとても楽しそうだった。アメリアは大好きな詩を朗読してホーキンスさんにきかせ、そのときだけはみんなしずかにアメリアの声をきいた。


(9)

暴力団はどんぱちをやめなかった。
それでも暴力団はどんぱちをやめなかった。



(10)

あたしはアメリアを寝かしつけるとドレスに着替え、家を出た。暴力団がどんぱちをやっていて、あたしは暴力団の中にはいって、

あなたたちのおかげで街はまえよりもずっとしずかになりました、ありがとうございます、感謝をしているのです、あなたたちがホーキンスさんと敵対していたことも知っているのですよ、ご存知のようにホーキンスさんはなくなりました、だからといってあなたたちがどんぱちをやめる理由などないというのもわかっていますしそれどころか気のすむまでおやりなさいなんてほんきで思っているのです、あたしは人生のステップアップのために役に立つ資格試験に何度もおちた女ですから、そんなおんながあなたたちの目の前でたいそうなことを言えるなんて思ってなどいません、だけど、今日があたしの人生の最後の日になる予感がしたんです、だからこんな色のドレスをあたしは着てるのです、考えてもごらんなさい、こんな色のドレスを正気で着れる人なんてだれがいましょうか、だけどもあたしはほんとうに正気なのですよ嘘とお思いなら撃ってくださいな、あなたたちがいつもやってるようなふうにあたしを撃ってくださいな、なにをかくそう、あたしは正気なのです、ただ人生のステップアップに失敗して、いまはこんなすがたなのにあなたたちになにかを言おうとしてるのです


(11)

その日は朝になってアメリアが目を覚ますと家にはだれもいなかった。ほんとうにここにだれかいたのかしらとアメリアは思った。もういちど寝ようとしたけどうまくいかなかった。もういちど寝ようとしたけどやっぱりうまくいかなかった。アメリアの部屋にはだれもいなかった。アメリアは起きあがるとホーキンスさんがむかしくれた手紙をつくえから取り出してよみはじめた。それはお母さんが昨日くれた手紙とまったく同じないようだった。アメリアは読みおわるとバカみたいって言ってもういちど寝ようとした、こんどはうまくいって、けっきょくバカみたいなのは


(12)

あたしだった


ラオ君

  一条

あー、尊(みこと)ちゃんのお母さん、久しぶりやね、いやん、あいかわらず元気よ、そんでね、今度の水曜日、森本先生が見せてくれる言うてるねん、算数の授業、そうやねん、あけみ、算数いっこもわからんわーって言うから、心配なって電話したら、B組やったらええですよって、そうなんよ、A組はさすがにね、そんでね、B組やったら尊(みこと)ちゃんもおるし、ラオ君もおるし、そうそうインド人の、えー、そうなん、ラオ君死んでもうたん、どこでよ、なんでー、ほんまに、うわあ、あけみそんなんいっこも言えへんから、なんでそんな死にかたしたん、いじめられとったん、いつからよ、えー、いややわー、ショックやわー、この前、ラオ君のお母さんダイエーにおったよ、あのひと、ラオ君のお母さんやと思うねんけど、ここらへんインド人なんてラオ君のとこだけやし、あー、でも、ほら、ちょっと前にラオ君のお母さんって駅んとこの本屋さんで万引きして警察につかまったんやって、警察よ、日本の、えー、知らんかったん、有名な話よー、警察に連れて行かれたん見たんよ、いや、わたしやなくて、旦那さんは知らんわ、あ、でも一回ダイエーの家電売ってるとこで会うたことあるよ、そうそう3階んとこの、えー、あそこつぶれたん、ほんまに、いややわー、ショックやわー、そんでね、だからつぶれる前よ、ラオ君もおったからこんにちはって挨拶したら、そう、変な日本語しゃべってたわ、新しい冷蔵庫をね、そう、なんか、サンヨーの冷蔵庫が壊れたとかなんとかで、新しい冷蔵庫をね、東芝のを買いに来たんやって、ちょっと怒ったかんじで、そうよ、そこにおったんよ、奥さんおったんよ、警察につかまる前やと思うけど、あれ、ほら、なんていうの、インドの服、着物みたいなやつ、そうよ、それよ、だらしないやつ、それ着ておったんよ、旦那さんはスーツかなんか着てきちっとしてたんやけど、そうやねん、カレーのにおいがすごいするのよ、カレーばっかり食べるのよね、インドの人って、そうなん、あけみ、そんなんいっこも言わへんから、家でラオ君の話なんて聞いたことないよー、訊いても言わへんもん、だって、そんな死にかたしたらふつうの子は言うやん、そうよ、わからんわ、わからないわよ、え、お墓、お墓でしょ、インドの人も、死んだらお墓やんね、いややわー、ショックやわー、そうやねん、いっこもわからへんねんて、算数、お墓ちゃうよ、尊(みこと)ちゃんは大丈夫やわ、かしこそうな顔してるもん、ほんとよ、旦那さんに似たんよ、男前やもん、ブルース・ウィリスに似てるもん、あんたちゃうよ、あけみはあかんわ、ラオ君に教えてもらえばよかったのに、算数、算数よ、万引きちゃうよ、わたし、そんなんよう教えんわ、ぜったいそうよ、でも森本先生も困ってはったんちゃうかな、ラオ君、算数の時間、ずーっと目つぶってるねんて、ほんとよ、ずーっとよ、知らんかったん、有名な話よー、最初から終わりまでつぶってるねんて、そんでいつもテストは100点なのよ、そうよ、気持ち悪いのよ、そういうこともいっこも言わへんのよ、痛かったやろねー、そうそう今度の水曜日、B組ね、B組のほうよ、あけみはあかんわ、わからんわーばっかり言うてるのよ、算数よ、ラオ君ちゃうよ、なんやいうたら、算数わからんわーって、そればっかりよ、もうね一日中、わからんわーわからんわー言うてるのよ、いっこもわからんわけないわよね、なんかわかってるはずなのよ、そうよ、ぜったいよ、尊(みこと)ちゃんはわかってるのよ、あけみもほんとはなんかわかってるはずよ、そうよ、わかってるのにいっこも言わへんから、そういうことは、いっこもよ、そうよ、算数いっこもわからんわーって、ほんとよ、いややわー、ショックやわー、しっこもれそうやわー


愛と歩いて、町を行く

  一条


ボストンの二階でコーヒーを飲む。見たこともないチャリんこが商店街を通り抜ける。シネ五ビルで外国映画を観る。大阪湾で吊り上げられた猫の名前はクリス、かれは夏に向かって歩いている。ゲームは、途中で、投げ出さずに、最後まで、根気よく、プレイしたい。高円寺のうどん屋で働いているインド人のアニルと店が終わったあと、焼き鳥ルーレットで遊ぶ。チューリップが開いてカワを渡る。スーパーは妻たちでごった返している。コンビニで買ってきたおもちゃの鉄砲を発砲する。夜行バスに乗って大阪に帰りたい。ヨシミちゃんが阿波を踊っている。今日も金がよく回ってハメ撮りされて中出しされてから顔射される。マンホールの蓋を開けてヨシミちゃんは何もかも落としている。商店街のアーケードが途切れる。ボストンの二階でコーヒーを飲む。白昼堂々と移動する。味方の戦車が作業員が遊園地が札束が夏草が。ランチを食べ終わった栗栖はアンケートに素っ気なく答える。電気的な棒がいっぽん喉に引っ掛かって庭に花が咲いている。駅から五分の距離を海の天辺から見上げている。栗栖はその金でペンダントを買って家族旅行に出かける。もう二度と帰らない。雨が降っている、チューリッヒはすぐに電話をかけ直すと言って駅前のデートクラブに行ってカヒミ・カリィを指名する。ガス爆発の匂いがする。ニールはネクタイを巻かれて西荻窪に浮かんでいる。今日もよく回って最後まで投げ出さずにプレイしている。



* タイトルは豊田道倫の同名曲から。
* http://jp.youtube.com/watch?v=MR82RsL1l5E


(無題)

  一条



2月には雨の降るように、その少女の、赤いカーネーションは炎に、
詩人たちが、きりもなく例にもちだすこのテーブルの形状、車椅子、
布切れの片隅に記された、無限回の演算、 8番のバスの路線に沿って
、あかりがいっせいに消えるとき、赤/青のセロファン、右上のノン
ブルに、ケツの穴に、さあ指を入れてごらん、この詩に書かれている
物乞いが訪れる時間だ、



 Q.またぞろ詩を書くのは、御免だよ
 A.ないと思うよ、うん、ないな
 Q.君、すぐ赤面するほうですか
 A.畜生!……あいつら、あいつら……、
 Q.私なの、これは?
 A.まったく、なにか知りたいんだ



押しつぶされた、こえは、いつまでも、平行的な文彩が、互いに結び
合う意味を、少女は、追いかける、ことばは、よその家のあかりに、
照らされ、いっせいにつき刺さる、ゆがんだ音、のきれはし、正しい
筆づかいで、そして、ちいさく映る、馬車の中の、フィルムに焼き付
いた、乱脈のくびきに、すみれ色の刺が、クレジットされた日付の先
に進むことのない行き止まりの、光を



 Q.今夜もおあずけかしら
 A.退屈なんだもの
 Q.人でなしになるのが怖くないの
 A.君、嘘じゃないってば
 Q.ここの大家はいないの?
 A.みんなキューバ人さ




わたしは、バイクをかっぱらった、好きなときに運転できるように座
席はむきだしにされ、陽射しのなかに立ちつくし、オレンジ色の皮膚
、好んで語るのもひとつのやり方かもしれないがね、と医者は言った
、空港の建物の向こうに病院が見えた、夜明け間近、ふくれ魚に含ま
れた毒を、青たんに塗って、脳なし親の群れが、なにが欲しいかなん
てわからない、目がひきつって、頭のまわりの霧が、ついに、サル食
いの網をほどき、そしてそいつは立ち上がると、ちっちゃな、ほとん
ど荒唐無稽な怒りを、赤毛の男(にぶつけ、)(少女は、売春で暮ら
してはいないよね?)夕食を共にする間、長い銃を持って、わたしは
、およそこんな具合にしゃべり、働いているのかと訊かれると、いっ
しょに薬屋へ行きましょう、と答えた、ハトの死体が保存され、星は
炸裂して、ねずみ講のように増殖して、骨のぶっちがいが、あきれる
くらい長く伸ばされ、バザールで踊って、わたしは懐中電灯を駆け抜
けた、Z医師は、黒いろのポリ袋に、せっせと詰め込んで、スピード
違反とカルテにカイテ、ヨタ歩くデブを尻目に、わたしは口をきかな
かった、



時計を見る必要もなく、今が0時だとわかった、ぼくは、死体置き場
に行って、死体を見た、少女の死体が、ぼくに、永遠ってことばは、
ケツをなすりつけてうまれたのよ小便するのと同じね、って教えた、
理由はわからない、兵役を終えた脱獄黒ん歩が、自分がつめられたポ
リ袋を持ち上げた、もはや自由じゃなかった、石の塀にもたれ、黒ん
歩は、パンツをおろしたまま、誰かに尻尾を舐めて欲しかった、ぼく
は、新聞紙のきれはし、子供がひとり、もうやるべき仕事なんてなか
ったから、金持ちのいるところへ、あるいは洞窟へ


 これからが冒険だ
 しかしながら、  胃と腸がぼろぼろになるまで吐いて
 人間のすべてを
 まるで愛しているみたいに
  
  旅とEnzymes



   でないと、
     ただのおしゃべりになってしまう


RJ45、鈴木、

  一条



わたしは新聞紙で人数分の兜をこしらえてみんなの頭にかぶせた、なんかスイ
カ割りでも始めちゃう気っすかと言って鈴木は兜の位置を今っぽく整えた、お
父さんも興味がなかったりあったりなんかしてとRJ45に言われてわたしは、今
っぽく赤面したが、RJ45にはわたしの思うところの今っぽさが伝わらなかった
ようだ



スペースシャトルが打ち上げられる時間になるとみんなが空を見上げていた、
ななじななふん、だけども、うちゅうがどこにあるのかだれもしらない、



あたいは鈴木のことがすごく好きだよ、汚物にまみれても鈴木を見てると胸が
クソになるくらいときめいて鈴木がなしじゃ到底やっていけないって本気で思
えてくるんだ、そんで鈴木に会えない日は「鈴木がなし」ってパソコンで入力
して画面に浮かび上がる鈴木をずっと見ているんだ、そうやってるとまるで鈴
木がそこにいるみたいで鈴木に話しかけたくなって、




娘が連れてきた男はとんでもなかった、妻は台所でキッチンをして義兄はいっ
ぱしの男を夢見てあれやこれやをいじっている、はじめまして、鈴木と申しま
す、外資系の証券会社でトレーダーやってまーす、ブルーンバーグの端末すげ
え並べちゃってますよデスクに、



あたいはそれで大きな小窓を作った、先っちょがとんがってて何よりも鋭いの、
その小窓から外を眺めると祖父でも祖母でもない人たちのオバケが声をそろえ
てソーファーソーファーってなかよく歌っている、なるほど歌声には生きてる
も死んでるも関係ない、それにしたってソーファーソーファーと繰り返すだけ
の歌をああやってずっと歌っているのはオバケだからやれるんだ、なんてタイ
トルの歌なのかしら、あたいだって近頃はうまく暮らしてるんだから、あんな
歌を歌うくらいいちころよ、ソーファーソーファー、ほらね



  音楽作って金稼いでモデルと結婚しよう
  そんでパリに越してヘロイン打ってスターとファックしよう
                           Time to Pretend



鈴木ってありふれた名前だしわたしは鈴木をRJ45と呼んでみようかなと思って
いるんだ、わたしがRJ45と呼ぶからといっておまえは今までどおり鈴木で通せ
ばいいし、RJ45が気に入ったなら気兼ねなくRJ45と呼んだっていい




あたいはボストンバックにありったけの下着を詰め込んだ、だれだってロード
ムービーみたいな旅をしたい



でもね鈴木あたいも近頃詩を書いてるんだよ鈴木が書いてたみたいに鈴木のま
ねをして詩を書いてるんだ、なんで詩を書きたくなったのかわかんないけど鈴
木の詩を読んで単純に泣けてきたんだよあたいも鈴木みたいな詩を書いてあた
いの詩が誰かをあたいみたいに泣かせることができたらいいなって鈴木に話し
かけたんだでもね鈴木あたい唐突だけど、



テレビは小春日和だかの特集で芸能人が秋葉原で起きた事件を神妙な顔で読み
上げている、妻は押し黙って義兄となにかはじめるようだ、まあ、それくらい
わたしたちの目の前に現れたこの鈴木って男ときたら



なながつななにちにたなばたつめがあたいが詰め忘れた一枚の下着のほつれを
機織りで補修している、あたいは出来上がるのをそばで待って、知らないうち
に眠ってしまった、機織りの音が鳴り止むと、あたいは目を覚まし、下着がす
っかり元通りになっていた




あたいは鈴木とつまるところで恋人っぽく抱き合った、鈴木はがらにもなく照
れてあたいは幸せだった、あしたはあたいが生まれた日だよって言うと、鈴木
は恥ずかしそうに笑った、なんでそこで恥ずかしがるのよとあたいは鈴木を問
い詰めた



  なんにも経験していない青春時代を思う
  ばかばかしくて楽しかった そんでとても素敵で若かった
                             Salad Days



その時間になると、みんなで空を見上げた、あたいはそわそわして鈴木もそわ
そわした、ねえねえそれって降りてくるのそれとも。妻は義兄のそばを離れな
かったけれど、わたしに言わせればそんなことはどうでもいい。みんながわた
しのこしらえた兜をまだかぶってくれているのだ、


トントン、トントン、トントトン、




あたいは元通りになった下着もボストンバックに詰め込んで家を出た、鈴木は
あいにく待ち合わせ場所には来なかったけど、あたいはいつも理由もなく幸せ
だった、だけど、死ぬかもよってだれかに言われたら死にたくなくなくない?


「一条さんがやってくるわよ」

  一条



女は水しぶきに消える、まだ見失っていない、ぼくたちは手をはなさずに唇をゆ
るめていた、カモメに似ている鳥が三列になって風を切る、海の上の鳥影はシロ
くもクロくもない、水揚げを終えた漁船が波止場をはなれ、海面に浮かぶおこぼ
れに群がっている、ぼくたちは堤防に並び、真上後方からの陽に射される、鳥は
警戒しながらきれいな目つきで海を見ている、岸壁のコケを食べる宇宙人のよう
なクラゲが、女性器の割れ目を縦に開いて、体を回転させながら身悶えていた、
鳥は突然立ち上がり、風切羽を直角に構え、飛び立った、枯れ枝を手にした子供
が、割れ目を先端で突付きながら、何度も頭を震っている、女は海に飛び込み、
海の底で三列になる、カモメに似ている鳥が空中で痙攣をしながら、ぼくは真上
後方に移動している宇宙人のようなクラゲの女性器に息を吹きかけて知り尽くし
た目つきで海を見ているシロくもクロくもない水揚げされた漁船のおこぼれを子
供に分け与え岸壁からはなれながらしつこく突付いている、女は飛び、ぼくと堤
防に並んで、金色の光線に射抜かれた鳥が赤い空にあまねく浮かんでいる海の底
から無存在の鳴き声が聴こえる、




ぼくは、四辻で口裂け女に出会った、女は裂けた口を痛がる様子もなかった、今
日は、どんな日なのかわからなかった、夕方になると買い物に出掛けて、親に渡
された今日の献立が記されたメモ用紙を使って女に向けて手紙を書いた、手紙を
書き終えて女に手渡すと、女は何も言わずにいなくなった、そっちに向かうとき
っと何かがあるんだろう、きっと何かいいことがあるんだろうと思った、ヒトは
時にそういう事件に運悪く巻き込まれてしまうんだよ、ぼくは、おおむねそうい
うことを女の手紙に書いたに違いない、気が向くと決まってぼくは相手を選ばず
にそういう話をしたがるのだ
   


「女は翌日決して水着に着替えなかったというがスノーフォールのクッキーカッターで左手をくりぬいてぼくはレジに並んだ三つ子の二人目に空いている禁煙席に通して欲しいんだと言った、女は、いつまでも喜ばれるサービスには限界があるのよという顔で、だけれどぼくはそういう類の話には正直うんざりなんだ、だって物事の終わりにはまるできりがないし、


(無題)

  debaser

帰ってこない、と妻は言うので、ぼくは、帰ってこない妻は妻ではない、と言った、妻は、どのような妻であるにせよ妻は妻ではないという言い方が気に食わない、と言うので、どのような言い方にせよ帰ってこない妻は妻ではない、とぼくは言った、帰ってこいよ、とぼくが言えば、妻は帰ってくるのかもしれないが、ぼくは、帰ってこいよ、とは言わなかった、先に、帰ってこない、と言ったのはお前だ、とぼくが言うと、妻は、先に妻ではないと言ったのはあなただ、と言った、ぼくは、ならば帰ってこいよ、と先に言うと、わたしはあなたの妻ではありません、とお前は言った、お前が妻でないならば、とぼくが言うより先に、帰ってこない、と言ったのはぼくではない、とわたしが言った、同じことを何回も言わないで、と妻が言うので、何回も同じことを言っているのはぼくではないお前だ、と妻に先に言った、あなたの妻はわたしではありません、とぼくではないお前が言うと、わたしは、妻は先に妻ではない妻であればお前は妻ではないと言わざるを得ないではないか、と言わなかった、帰ってこない妻は妻ではない、とあなたは言ったと言うので、言ったかもしれないが、同じことを何回も言っているのはお前だ、と言うと、妻は、帰ってこいよと言わなかったことを、先に言ったのはあなたの妻よ、と言うので、ぼくは言ったことを言わなかったと言うのは、先に、お前が帰ってこない、と妻が言ったことを言ったからだ、それなのに、わたしはあなたの妻ではありません、と帰ってこない妻が言うので、帰ってこない妻は妻ではないのだからお前がぼくの妻でないのは当たり前の話じゃないか、と言うと、それは言わなかった、と妻は言った、ぼくは、言った言わないの話をしているのではない帰ってこないと先に言ったのは先にぼくの妻であったお前じゃないか、と言わなかったことを妻は、それは、言い方が気に食わない、とわたしは先に言ったと言うので、先に言ったことはおまえがぼくに帰ってこないと言ったことそれが一番先だ、と言うと、妻は、先に、あなたの言ったことを言ってるのではなくてあなたが言わなかったことを言っているの、とぼくに言った、わたしは言わなかった、とぼくに言うので、お前は言った、と言うと妻は妻ではない、と妻が言うので、そうだお前は妻ではないが妻だった、と妻に言うと、ぼくは帰ってこいよと言わなかったことを言ったのにお前は帰ってこないという言い方が気に食わないと妻ではない妻が言うので言わなかったんだ、と言うと妻はそれなのにあなたはわたしにお前は妻ではないと言わなかったと言ったのはそれより先にわたしが帰ってこないと言ったことを言わなかったせいなの、とわたしに言った、わたしはお前はそれでも妻であれば言わないことを言ったと言わないでくれと言ったではないか、とぼくは言わなかった、妻は帰ってこない妻は妻ではないと言わなかったらわたしは先に言わなかったと言うのでお前はいつも同じことを言っているだけで言わなかったことを一度も言ったことがない、と妻は言うと、ぼくは帰ってこない妻に帰ってこいよとは言わないなぜなら帰ってこない妻に帰ってこいよとは言わないからだそれは言い方の問題ではなく帰ってこないお前の問題だあるいは帰ってこない妻の問題だ、とわたしに言うので、あなたはいつもわたしが言ったことを言うだけでわたしが言ったことについてはなにも言わない言わないどころか言ったと言うのでぼくはあなたの妻ではないとはわたしは言わなかったのにぼくはおまえは妻ではない妻ではないと言わなければならないぼくはぼくではないと言ったことはないとお前が言うのでぼくはお前が言うのではなくぼくが言ったことだと言うと帰ってこないどころか帰ってこないと言ったのはぼくではなくわたしだと言うので、妻はわたしはお前の妻ではないとぼくが言わなかったのはお前がわたしのぼくではないと先に言ったからだ先に言わなかったらお前は妻ではない妻と妻ではない妻ではないと言ったので帰ってこないのは妻ではない


god is my co-pilot

  debaser

外国の人たちが電車の中で殴り合っている。去年の夏にぼくは仕事でインドに行った。合間を見つけてぼくは妻のためにサリーを買いに街に出掛けることにした。ホテルを出るとリクシャーの運転手数人から声を掛けられたが丁寧に断った。街は予想通りにぎわっていた。サリーが買える店をみつけ中に入るとたくさんの人がいた。だけど客はぼく一人であとは全員店の従業員だった。ぼくに近寄ってきた男に妻のためにサリーを買いたいと伝えるとインドの山奥でんでん虫カタツムリっていったいなんのことだと訊かれた。それは日本の国歌だと嘘をつくと、男は何も言わずに生地のサンプルをいくつか見せてくれた。ぼくは眠っていた。死にかけている猫を動物病院に置き去りにしてわけのわからない薬を貰った。それを3粒飲むと、気持ちが良くなったのでメタモルフォーゼのチケットを買ってTangerine Dreamを観に行った。彼らは静寂の中ひっそりと現れ、ダンボールで作られたステージ中央の犬小屋に閉じこもりテクノミュージックのようなものをえんえんと演奏した。時折、発狂した観客がステージに上がりセキュリティの黒人たちに羽交い絞めにされた。娘がお父さんこれはいつの時代のなんという音楽なのと訊いてきた。何か気の利いたセリフを考えているうちに演奏が終わってしまったので、たった今終わってしまった音楽さ、と答えた。ぼくは眠っていた。昨日はSofia Coppolaナイトというイベントで夜の10時から彼女の映画を続けて3本観た。2本目の途中から吹き替えと字幕が交互になって仕方なく3本目が終わる前に映画館をあとにした。辛抱強く最後まで帰らなかった友人の話によると3本目のエンドロールの途中にSofia Coppolaが真っ裸で現れ、おまたに引っ掛けた糸でリンゴを剥いて観客に振舞ったそうだ。友人はリンゴは外国人のおまたの味がしたと言っていた。ぼくは電車の中で眠っていた。ぼくの隣には妊婦が座っていて、おなかをさすっている。ぼくは夢の中でぼくもおなかさすっていいですかと彼女に尋ねると、ええいいわよと言われたのでまるで自分の子どもが彼女のおなかの中にいるようにさすった。彼女がうとうとし始めたので、電車の中で眠ってしまうと危険ですよとぼくは忠告した。彼女はああそうねありがとうとか言って、この子が気違いになるのだけはごめんだわと降りていった。目覚めると妊婦はもういなかったが吊革にぶら下がった猿がぼくを見てなにがしか軽蔑したようににやと笑った。1980年以前の記憶がなかったので母に理由を尋ねると、お父さんが知っているわよと言う、お父さんはもうとっくに死んでるじゃないかと母に愚痴ると、今度会ったときに訊いておいてあげるわよと言われた。自室で眠っていると兄が猫を拾ってきた。ぼくは猫が好きだったのでとても嬉しかった。兄はその頃、大学を中退したばかりでまるで猫のように家でごろごろしていたし母に乱暴することもあった。猫が家にやってきてしばらくして兄がいなくなった。猫はとてもやんちゃで二階のぼくの部屋の窓から外に出て屋根伝いで毎日旅した。一週間ばかし帰ってこないこともあってもう帰ってこないかもしんないって思っていると、窓をトントンと猫が叩くので中に入れてあげた、どこに行ってたんだよと言うと、ぼくが小学生の頃に養護学級の女子を階段から突き落として血だらけになったその子が倒れている踊り場で血をぺろりぺろり舐めていた、とか言った。よく外に出て行く猫だったので喧嘩も絶えなかった。いつの日からか猫は片目になってそれでもぼくの部屋の窓から外に出て行くことはやめなかった。ぼくはバンガロールに向かう飛行機の中で眠っていた。The KinksのTシャツを着ている老人がぼくに話しかけてきた。この飛行機はいったいどこに向かっているんだと言うのでThe Kinksは大好きなバンドだけどもぼくは眠っているからそういう話はあとにしてくれと言った。老人はThe Kinksが音楽をやっている連中だなんて知らなかったと言って不機嫌そうに目をつむった。電車の中では外国の人たちが殴り合っている。ガンジス川のほとりで気が付くとぼくのとなりにはインド人たちがいた。そのうちの一人がぼくに話しかけてくる。おまえはなにじんだと訊かれワカラナイと答えた。彼はははんと笑って、おれと一緒だなと言った。何の収穫もなく帰国し街をぶらぶらした。渋谷で外国映画の撮影現場に出くわした。監督らしき男が話しかけている女は有名な女優だったが名前は思い出せなかった。ベビーカーに赤ちゃんをのせる場面を何度も繰り返し撮っていた。赤ちゃんは不思議そうな顔で彼女をずっと見ている。映画の中で彼女は赤ちゃんを渋谷に置き去りにする。やがて赤ちゃんは子どものいない裕福な夫婦に拾われ不自由なく暮らすが17歳の秋に黙って家を出てあてもなく外国に行く、外国の生活にも慣れ始めた頃に彼女は街の大通りで外国映画の撮影現場に出くわして監督らしき女にあなたわたしのママに似ているのと話しかける、監督らしき女は撮影の邪魔をしないで今撮っている映画はわたしのデビュー作になる予定だからとてもナーバスなの許して頂戴と言う、彼女は通行人の役でもなんでもいいからわたしを出演させてと頼んでみると、そうねえセリフらしいセリフなんてひとつもないけど赤ちゃんの役で良ければと言う。ぼくは飛行機の中で眠っている。目が覚めると野外のコンサート会場にいた。ぼくの隣で寝そべっている少年に今から何が始まるんだと尋ねると、WoodstockでもReadingでもATPでもフジロックでもないものさと言うので、つまり今までぼくたちが聴いたことのないような音楽が鳴らされるようだねと知ったかぶりすると、おじさんいい気になるなよと言って少年はどこかに行ってしまった。ぼくは寝そべりながらえんえんと音楽を聴いた。娘が犬小屋に片目の猫がいると泣き出したのでぼくはその猫はぼくの古い知り合いだからそのままにしておいて欲しいと頼むと娘はあきれたようにせっかく終わったと思っていたのにと言った。ぼくは寝そべりながらえんえんと音楽を聴いている。外国人のおまたの味がした。機長がやってきて飛行機は予定通り墜落しますと言った、興奮した乗客の一人がわれわれの飛行機はどこに墜落するつもりなんだと尋ねると機長は今のところなにも確定していませんと答えた。外国の人たちが電車の中で殴り合っていた。二人は父子だった。ぼくたちは今も本当の映画の中にいた。


(無題)

  debaser


国道沿いの吉野家の看板に
びっしりへばりついた蝉の死骸が鳴いている
あいつらは死んでいるのか死んでいないのか
そんなことを考えながら
知っている女かたっぱしに
宛先のない手紙を書いて投函した
それが女たちに届く可能性は何パーセント?
ゼロじゃないよな、ひとりくらい
けれど手紙はどこにも届きっこないと思うぞ


(無題)

  debaser

おっさんがええ感じで酒飲んで酔っ払ってたんで、あれおまえのおとんちゃうんて言うたらおっさんがそんなわけないがなと否定したんで、ええ年してなんでもかんでも否定するんはあかんておっさんのケツを思いきり蹴飛ばしたらおっさん破裂した。おとん破裂してもうたわておかんに告げると、おかんが怖い目であんなもん発泡酒の飲みすぎやでて言うから、おかんかておとんにそんなん言われたらせつなくなるやろ。そやけど、おっさんかて知らん子らにおとん言われて、えっ知らんのかいな。ほんならあのおっさん誰やってんてさっきおっさんが破裂したあたりをじっと眺めてたら、じわりじわりとおっさんみたいのが戻ってきてやがて元通りさっきのおっさんになった。あれ、わし、どうなってたんやておっさんが言うんで、おっさんいっかい破裂したんやでって教えてあげた。おっさんちょっとすっとんきょうな顔して、ほんだらわしまるきり生まれ変わったんかてうれしがってるから、残念ながらおっさんはおっさんのままみたいやで。でもいっかい破裂したんは事実やから、おれこっちの目で見たもんて言うたら、おっさんこっちの目をじろっと覗き込んで、にいちゃんの目におれちろっと映ってるけど、ほんまやな、おっさんいっこも変わっとらんな、こんなん破裂損やん。でも破裂するなんてなかなか経験でけへんことやから自信持ったほうがええよ。そやけど、なんか気のせいか知らんけど体のふしぶしがさっきから痛いねん。そんなん破裂したら誰でもそうやでめったに破裂なんかせえへんもん。でも痛いんはほんまやから病院行って薬貰ってこよかなてよわっちいこと言うから、おっさんそんなん恥かくだけや病院行ってわしいましがた破裂しましてんて先生に言うたら違う病院薦められるのがオチやで。そやけど破裂しそうに痛いねん。違うておっさん破裂したから痛いねん。もうあかん我慢できひんてこんなんいややあておっさん言い終わる前におっさんもういっかい破裂した。あっおっさんもういっかい破裂したでておかんに言うたら、ええ年のおっさんがなんかいもなんかいもほんまに。そやけど、おっさんかて好きで破裂したわけやなさそうやで、おかんかて破裂した上にそんな言い方されたら傷つくやろ。そんなん誰かって傷つくに決まってるわ、だけどわたしは破裂なんかせえへんてえらい鼻息荒いんで、おれかて吹き飛ばされそうやわ。そやけど、おっさん戻ってくるんちゃうかな。なんやあんたも同じこと考えてたんかておばはんがおれのこっちの目を覗き込むんで、なんかおもろいもんでも映ってるんかて訊いたら、おばはんが三匹映ってるわ。なんで三匹も映ってるねん気持ちわるいなほんまに、そやけどおばはん誰やねんておれのこっちの目を覗き込んでるおばはんに問うたら、あんたが知ってるおばはんと知らんおばはんの境界にすんでるおばはんやんわたしは。それどんなおばはんやねん言うたら、おばはん同じ言葉を繰り返した。もうそれ知ってるから、知らんこと教えてくれよ。知らんことなんか教えれるかいな、知らんこと知りたかったら違うおばはんに教えてもらい。あっ四匹に増えた。はよおっさん戻ってけえへんかなておっさんが破裂したあたりをじっと覗き込んでるねん。あんなおっさん見たことないしうまいことやればおっさんと二人で金儲け出来るんちゃうやろか、なんやあんたやらしいことばかり考えてから。なんやおばはんおれの心の中読めるんか。そんなんせんでもあんたが思てることなんてまるわかりやん。金儲けの話はおっさんの了解が必要やし、いまんとこおっさんが破裂を自由自在に操られるかどうかわからんし、仮に操られたとしても、おっさんあんだけ痛い痛い言うてたからそのうち死んでまうで。あっ一匹減った。隣の家はようさん燃える。おれ飼い犬ちゃうし。なにを今さら言うてんねん。そんなん知ってるわけないやん。あんた寝ぼけてんのか。おばはんはおれのこっちの目を覗き込んで映っている。おっさん戻るに戻られへんなこりゃ。どこにおるんかしらんけど、こんなん破裂損や言うてるに決まってるわ。おれのこっちの目に映っているおばはんが三匹。人間のすさまじい叫び声が聞こえたような気がすんねんけど、そんなん当たり前やん。考える時間がもったいないわ。言われんでもあんたの考えてることくらいまるわかりやわ。おれのこっちの目に映っているもの。おばはんたちがおれを引っ張る。体がいやがってるやん。あんたのこっちの目に。巨大鼠がゆっくりと走っている。おれはそれを追いかけるやつになりたい。


FUTAGO

  debaser



この前な おっさんとおっさんがけんかしててん

そないめずらしいことでもないわな

そやねんけど そのおっさんとおっさん 同じ顔してんねん

ほー ふたごのおっさんやな

ほら テレビで もなかな やったっけ ふたごの姉妹

あー もなかなな

あの子ら リアクションとか 自然にかぶるやん

わざとちゃうんかいうくらいかぶりよるな

ふたごのけんかも 同じ理屈になるねんな

そうなんや

パンチのタイミングもキックのタイミングも完全にかぶってまうのな

あー

ぜんぶ相打ちや

ほんまかいな あの子ら そんなふうに見えへんけどな

いや もなかなやなくて

なんや もなかなちゃうんかいな

最初に言うたやん おれ おっさんとおっさんのけんか見たって

え ほんだら もなかなは どっから出てきたん

だから おっさんとおっさんが同じ顔で ふたごちゃうかって

ふたごやろ 間違いなく

それはわからんねんけど たまたま 同じ顔のおっさんがけんかしてた可能性もあるし

同じ顔のおっさんが そないにけんかせえへんやろ

そないにけんかするかどうかは知らんけど けんかしててん

うそつけー

なんでうそつかなあかんねん

おまえ うそばっかりつくもん うそつきやもん

おまえかって この前 うそついてたやん

どれやねん

同じ顔の犬が二匹並んで 歩いとったって

あるやん

ないやん

普通やん 普通の出来事やん

同じ顔の犬って

あほいえ 同じ顔の犬の真実味と同じ顔のおっさんの真実味を 比べてみろ

はあ

同じ顔の犬のがほんまやんけ 同じ顔のおっさんって おまえ それただのふたごやん

だから ふたごちゃうんけってずっと言うとんねん

ふたごやろ 間違いなく

でな ふたごのけんかな パンチとかキックとか ことごとくかぶるねん

ほー すべからく相打ちか

すべからく相打ちなるわけよ

決着ついたんか にいちゃんが勝ったんか おとうとか

そもそも どっちが にいちゃんかわからんけど

にいちゃんぽいのがにいちゃんやん

にいちゃんぽさってなんやねん

おまえ すえっこやろ

いきなりなに言い出すねん

すえっこやろ

すえっこやけど

ほらみ おまえ にいちゃんぽさ 皆無やもん

だから にいちゃんぽさってなんやねん

それは すえっこには 教えられへん



「ふたご」 

ふたごってなんだろう
考えたらわかるかな
ふたりってことかな
あたまがふたつあるってことかな
あたまがふたつあったら
そのぶんかしこいんかな
そのぶんがあたまひとつぶんなら
もったいないはなしだとおもう
ぼくがふたごならよぶんなあたまをひとつすてたい
だけどどっちをすてたらいいのか
あたまがふたつもあるのに
わからないんだって


SENAKA

  debaser

田中、どうしたんだよ、さえない顔して

て、おまえだれだよ、おれ田中じゃねーし

え、おまえ田中だろ、どこからどうみても田中のはずだろ

田中のはずってなんだよ、おまえのこと知らねーし

じゃ、鈴木さ、おまえ久しぶりじゃん

手当たりしだいにありがちな名前で呼ぶのやめろって

なにごちゃごちゃ言ってんだよ、猪木

そういうことじゃねーよ、おまえのこと知らないから

知らないわけないだろ、おれだよ、おれ

いや、絶対おまえなんか知らねって

おれだよ、忘れたのか、おれだよ、猪木じゃないほうの

そんなのどっちでもいいよ、おまえのこと知らないから

あごのほうだぜ

猪木じゃないほうのあごのほうってややこしすぎるだろ

猪木じゃないほうのあごのほうを忘れたのか

いや、だからぜんぜん知らないって言ってるの

猪木じゃないほうのあごじゃないほうは忘れてないくせに

なんだよ、それ

いい加減、思い出せよ、おれだよ、おまえだよ、稲尾様だよ

途中からよくわかんねーし

おまえ、すっかり感じが変わったな、髪切れた?

髪は切れてねーよ

うそつけ、髪切れたでしょ?

切れてねーって

おまえ、どこで髪切れてんの?

しつこいって、

いい加減に思い出してくれよ、おれだよ、おまえだよ、八時だよ

全員集、って絶対言わないから

また、今度おれの家の風呂だけに入りに来いよ

絶対行かねーし、なんで知らねーやつの家に行ってわざわざ風呂だけに入らなきゃいけねーんだよ

親父の背中でも流してみるか?

流すわけねーだろ

親父の背中、めちゃくちゃきったねーぞ

余計いやだっての

親父のちんこくっせーぞ

ここにきて下ネタかよ

じゃ、親父にはうまいこと言っとくから

うまいこと言う必要ねーから

ごめん、親父がくわしい理由を教えろって言ってるから、ちょっと出てくれる?

いつの間に電話したんだよ

なんか親父ちょっと怒ってる

知らねーよ、おまえが勝手なことするからだろ、おまえで処理しろよ

まじで、まじで、やばいって

おまえが謝れよ

親父めっちゃ怖いんだって

知らないって

半殺しの刑だぜ

半殺しの刑かよ、やっべえな

だからやっべえって言ってるだろ、早く出ろ


  あ、初めまして、わたし息子さんの、息子さんの友、友、では、なくてその知り合いといいますか、その、つい最近知り合いになりまして、はい、それで、息子さんが、ぜひ家に風呂だけに入りにこいと、ええ、はい、さようでございます。はい、で、息子さんが、ぜひ、お父様の、はい、ええ、背中を、そのお父様の背中をですね、いえ、そういことではなくて、お父様の背中がきったないとか、そういうことでは、はい、まったくなくてですね、いえ、そういうことは申しておりません、風呂だけに入りにこい、と、ええ、息子さんが仰られましてですね、はい、さようでございます、はい、ぜひともに、お父様の背中を、はい、申しました、知り合ったばかりなのに、お父様の背中をわたしみたいなものが本当に、その流していいものかと、息子さんには、はい、申しました、ええ、息子様がですね、ぜひともに、はい、ひえっ、ひとこともそのようなことは、ただ、わたしは、その、背中流しについては、その、てめえどもの父親の背中を何度も、はい、やっておりましたので、お父様の背中においても、そそなくやれるのではなかろうかと、はい、考えておるしだいでありまして、はい、それは重々承知しておりまして、はい、見ず知らずのかたの背中を流すという、前代未聞といいますか、その、はい、仰るとおりでございます、ただ、息子さんが是非ともにと、半ば強引にといいますか、いえ、そういうことではなく、息子様のお気遣いで、わたしのようなものにお父様の貴重な背中を、ええ、ええ、さようでございます、とはいえ、わたしのようなものが、お父様のようなかたの尊い背中を本当に、ええ、流していいものかというのは、お父様のご気分もございますでしょうし、わたしどもとしましては、無理にとは、はい、いえ、今すぐにでも、わたしは今すぐにでもお邪魔して、お父様の背中を、はい、つもりでございます、お父様の背中様のお調子とも相談されてですね、はい、ええ、おります、息子様は隣でわたしどもの話をお聞きになっておられます、はい、とても真剣に、はい、立派なお子様にお育ちになられて、はい、わたしどもも、ええ、そうですね、ひとえにお父様の、仰るとおりでございます、子供というのものは、父の背中を見て育ちますから、わたし、息子様にお会いしたときにですね、はい、すぐに、はい、この人のお父様はきっと立派なかたであろうと、はい、思いまして、それで、こうやって電話で確認させて頂いている次第でございます、ええ、はい、素晴らしいです、わたし、長年、こっち方面に携わっておりますが、はい、これほどまでに立派なといいますか、はい、素晴らしい親子様とこうやってですね、ええ、はい、仰るとおりでございます、お父様の立派な背中様をですね、早く、早くお目にかかりたいと思ってる次第であります、はい、となりに、おられます、とても立派な面持ちであられます、背筋もきちっとですね、伸びております、ええ、お父様を尊敬されておられるのでしょう、はい、それは充分に伝わっております、もちろん、もちろんですとも、お父様あっての息子様ですから、はい、あ、さようでございますか、ありがとうございます、もちろんです、なにがあっても伺います、明日でございますね、お父様、わたし泣いております、こんな幸せなことがあっていいんだろうかと、はい、わたしのようなものが、ええ、お父様の背中様を、流してもいいのだろうかと、はい、ありがとうございます、明日、明日になれば、はりきって、はりきってお父様の背中様を流させていただきます!


韓国人のキムさん

  debaser



韓国人のキムさんがくれる
キムさんのキムチは
毎年味が違う
キムさんの家では
キムさんがプラスティックの容器に保管され
保管されたキムさんをキムさんの知り合いが毎日食べる
今年のキムさんの味は
去年のキムチに似ていて
来年のキムチの味は
今年のキムさんに似ている
来年のキムさんは
きっと祖国へ帰っているだろう
それで
なんとなく近くの銀行に行って
ありったけのおキムを金さん宛てに振り込んだ
封筒に感謝の気持ちを
さりげなく記して
それから発作的に
ぼくは飲み屋で発作した



一方午後になると小学生が
一斉下校して
うん千万するマンションのそばで
一斉下血した
小学生が一斉下血した知らせは
誰かが改札口を通るたんびに
一斉配信され
人々は一斉に悲嘆にくれた
たとえば中村君が改札口を抜けると
小学生は一斉下血し
その知らせは一斉配信され
山岡さんが改札口を抜けると
中村君が一斉下血した
中村君が一斉下血した知らせは
一斉配信されなかった
一斉配信されなかった中村君が
もういちど改札口を抜けると
山岡さんが一斉下血した
その知らせは一斉配信されたが
それは中村君の意図したものではなかった




話はキムさんに戻る
ぼくはまだキムさんについてのキムチを
キムさんとキムチ以外にキムさんのことを語り合うほど
そんなに多くは知らない 
708号室に住んでいるキムさんは
ときたま707号室の人に怒鳴られ
今日は301号室の人に怒鳴られている
キムさんの家の間取りは
ぼくが知る限り2LDKだけど
たしかキムさんが入居した時には
2LDKではなかったはずだ
ぼくがキムさんのキムチについて
キムさん以外の人とキムさんの知り合いの食べる
キムチについてキムさんが
多くを語ることはないだろう
それでも中村君が恥ずかしそうな顔で
キムさんの家のベランダにやってきた時のことは
たぶん忘れないだろうし
小学生が一斉下血したことももちろん忘れない
そして山岡さんのことだって
ときには思い出していい



スチロールが発泡している
若者は公園の
噴水から放出され
農業用トラクターのミニチュアが
坂道をどこまでも無人で転がっていく
それで植えられた稲が
本当に実るかどうかは誰も考えなかった
それから行く場所のない
住所不定の若者は
こぞって
次々に廃棄される電動自転車のバッテリーの
電気残量を丹念に調べ上げ
まったくのボランティアで
各自パソコンに入力している
その数値の合計は
裏通りの出版社が昨年出版した書籍の売上部数に
リンクしている
若者の仕事は
ヘンなとこでそんなものにもつながっている



ぼくがもしももう一度キムさんについて
話すことがあるなら
ぼくはまず誰も知らないキムさんについてキムさんの話をするだろう
キムさんの知り合いには
それは本当のキムさんじゃないよと笑われるかもしれないけども
キムさんがいなくなる前に
ぼくは本当のキムさんとそういう約束をした
そして今年のキムさんのキムチについて
ひとことだけ言ってもいいのなら
それはとてもいい感じがする


酔いどれ点字

  debaser



紀文のかまぼこが海を泳いでいる
それは、気分のかまぼこかもしれないし
ぼくたちの気分はいつも気まぐれだ
気がつくと、気まぐれは気まぐろになって
モナコは海鼠になって
電気いるかの群れが
海に点字を作って
ぼくたちはいないよと言っている
そんで、
ユーモアはHumorと綴るけれども
でも、ユーモアがもしかしてYou More!だったら
もっとうまく生きれそうな気がする
いや、しないか
いや、するか
いや、いるか
いや、いないか

い る か い な い か


ぼくが所属している部門が
他の会社に売られようとしている
アウトソースってやつだ
つまり、ビジネスというのは
いつも打者のアウトコースに狙いを定めて
単純作業をいかに安い労働力に置き換えるかが大切で
それは、かの有名なマルクス兄弟がずいぶんと昔に
執筆した書物の中にさえしっかりと記されている
さくしゅというのは裂く主で
ぼくたちは、いつだって主に裂かれる存在にすぎない
それでいて、ぼくたちは今
人事部のボスと交渉している
それが性交渉なら、できれば気持ちよくフィニッシュしたいけれども
中国人の彼女は、
ぼくたちがアウトソースされた場合に
退職金に上乗せされるパッケージを提示するのが仕事だ
彼女は、中国語訛りの英語で
まんざら悪くない数字でしょ、と言う
世の中には、
まんざら悪くないことがあふれているという意味で
ただその意味においてのみまんざら悪くない
仕事帰りに立ち寄った上野のおっぱぶで
舐めまわしたオッパイも
まんざら悪くなかった
まんざら悪くないオッパイだった
それがもしもまんざらまるくないオッパイだったら
今頃、ぼくの舌のさきっちょは血だらけかもしんないな
だけども残念な知らせがキター
今日は、No Oppai Dayだ
気にするな
人生っていつだってそんなもんだろ


2005年の真夏の話をしよう
2005年の真夏にぼくは妻と娘を連れてフジロックに行った
だけれども、それはぼくの姓がフジタであることとは
もちろん関係ない
フジタたちは、グリーンステージの前で寝そべって音楽行事を楽しんでた
さて、つぎは、いよいよイマーノが出てくるぞというときに
いきなり雨が降ってきて
娘がまだちっこかったので
後ろ髪をひかれるおもいでフジタたちは
雨宿りの出来る離れた場所に移動した
あいにく雨は長い間降り止まず
イマーノが終わっちゃうよと思っていると
ぴたっと雨が止みやがった
よし、走ろう!なんて声をかけてフジタたちは走った
そんだらよ、
ステージの方向から、「雨上がりの夜空に」のイントロが聴こえてきた
なんか、もうおれ泣いたわ
こんな夜にオマエに乗れてよかった
そんで、彼女はくいん
ずっと夢みさせてくれてありがとう
2005年の海が真冬になったら
真っ先に真っ裸になりたいわ


ぼくはときたまミヤザワケンジとフクザワユキチを混同する
二人ともが七文字だからなのか
なんなのかはわからない
てんはひとのうえにひとはつくらずひとのしたにはひとをつくらず
ってミヤザワかフクザワか、
どっちだっけ
その場合のてんは点で
ぼくはそれを同僚のインド人に教えようとする
だけど、うまく英語でいえなくて
All human beings should be always evenと言う
これが正しい英語かどうかは知らないけれども
まんざら悪くない英作文であって欲しい
だけども、インド人は目を点にして
Hmmと相槌を打つ
ところでHumanとHumorというのは
語源的に関係があるんだろうか
さらに、ぼくは五限の授業が大嫌いだったし
ぼくだってまんざら悪くないだじゃれを考えるのに必死だったりする
いつも午後になると
どういうわけか
ユーモアが決定的に足りなくなる


海にはまんざら悪くない数字があふれている
カモン、カモンと鴎(かもめ)が飛び交っている
ぼくは誰よりも速い青色になりたい
それが早まって青虫になるんなら
まぎれなく
ぼくはグレゴールザムザになって
妹はグレーテになって
二人で愚連隊になる
変色蜥蜴が
変色するにはそれなりの理由があった
だとすれば、ぼくが青色になるという荒唐無稽な妄想にだって
きっと正当な理由があったっていい
ぼくたちは、いつだって
RightとLeftの間を永遠にさまようように
RとLの発音を間違っている
まんざら悪くない数字を与えられたぼくたちは
スージーの記憶が確かなら
もう居場所なんてどこにもなかった
残念ながらユートピアはHutopiaじゃなかったし
考えるに、そこにはHumorもHuman Beingもない
ねえ、スージー
スージーは、どんな世界に暮らしたい?
スージー、ぼくは、スージーがいる世界で暮らしたいよ
スージー、ぼくは、きみがいればどんな場所でも暮らしていける
愛にはそれなりのはけ口が必要だという
今人気のアヒル口が両端から裂けて
ぼくたちをまるごと飲み込んだとしても
やっぱり愛が必要であることに変わりはない
だけれども
必ず最後に愛は勝つかどうかは
まだわからなくて
そんなふうに歌ったりすることもあるけれども
ぼくは、フジテレビのこともTBSのことも
まるきり信じちゃいない
だってやつらは、
スージー、数字のことにしか興味がないんだぜ


ぼくが先日舐めまわしたオッパイの詳細について
白々しく語るのは
次回のお楽しみにしておこう
なぜなら、ぼくは、今まさにここで書いている詩が
ぼくにとっての最後の詩になればいいのにといつも思っているし
詩について語りたいことなんてひとつもありはしない
何年か前に、ぼくは「ポエムとyumica」という
しょーもない糞ポエムを書いた
読み返すと
そこにはユーモアのかけらもないし
ましてや、ブンガクゴク島は
ユートピアでもなんでもない
もうすぐ年間各賞が発表されるという
それがどうしようもない一般の投稿者たちにとって等しく
まんざら悪くない結果であることを祈っている
ぼくは、いったいこのまんざら悪くないというやつを
何回繰り返せば気が済むのだろう
小学生の時に
土曜日には五限がなく午前の授業が終わると
今日は五限は有りませんと言って先生は
黒板消しで黒板を消したあとに
先生消しで先生を消した
家に帰ると、昼ごはんが用意されていて
それは、十中八九、インスタント方式のラーメンだった
ぼくは、それを兄と分け合ってすすりながら
吉本新喜劇を観るのが習慣だった
そうやって
ぼくたちは大人の階段をのぼろうとした
運悪く大人の会談に
巻き込まれたりすることもあったけれども
大人の階段を上手くのぼれているんだろうか
なんてことは考えなかった
つまり、ぼくたちは、いつまでも
大人の階段をのぼろうとしている
子供に過ぎないんだよ


ヘイボス、わかっただろ、ぼくはまだ子供なんだ
だから、ボスがぼくたちを人質にしているのは
つじつまがあっている
You are right、Hu are lightだ
あなたはいつもこの世界の光そのものだ
だから、臆することなく
ぼくの首を掻っ切って欲しい
申し訳ないけど、二つに掻っ切られた首んとこから
ぼくは申し訳ない程度に血を噴出すことになるだろう
30歳を過ぎたあたりから
低血圧になやまされて
朝目覚めると、一番に死にたいと思う
そんで、シャワーを浴びて
歯を磨いて、髪をセットして
服に着替えて
ぼくの妻がつくってくれた弁当をかばんに入れた頃に
やっとぼくは生きていることに気がつく
そんで、バスにのって
小田急線の向ヶ丘遊園駅について
あほほど混んでいる電車の中で
もう一回、死にたいと思う
かばんの中のサンドイッチもぼくも
サンドイッチになった
電車に轢かれたいと思う
だけれども、なにもなかったように千代田線の大手町駅についてしまい
オフィスに行く前に、コンビニに寄って
水を買う
エレベーターに乗って
9Fで降りて
入り口でぼくたちの冴えない顔がプリントされた社員証をセンサーにかざすと
扉がういんって開く
そんで、自分のデスクにたどりつく
パソコンのロックモードを解除するために
パスワードを入力する
昨日のパスワードと同じやつを入力する
もしも同じじゃなかったら
どこにもはいれない
さいわい、ぼくたちがログインに成功すると
パソコンはにぎやかな音楽をかなで
アイコンが順々に出揃ったあたりで
ぼくたちはメールを立ち上げる
すると頼んでもいないのに
新規メールを受信して
その受信数が100を超えた時には
やっぱり死にたいと思う
そんな気持ちも知らずに、どこからか電話がなって
出てみると、昨日メール送ったけど読んだ?とか言われたりして
ぼくは、はははとっても愉快なメールだったね
と嘘をついたあとに、死にたいと思う
今日は10時から人事部のボスと面接だ
彼女は、きっとぼくたちに
まんざら悪くない条件を提示するだろう
5分前にぼくは
12Fの会議室に出向いて
彼女を待つ
彼女は、
5分遅れてやってきて
席に着くやいなやぼくに一枚の紙を渡す
そこには、ぼくがこの会社にいつまで残ることが出来るのかを示す数字と
退職金を示す数字が仲良くならんでいる
そして、彼女はこう言うんだ
まんざら悪くない数字たちでしょ、と
ぼくは、こういう光景ならさんざん夢で見た気がするよと思いながら
ミセス・スージー、ぼくは、この数字をだまって受けいれるよ
だけどスージー、そのかわりに、ひとつだけぼくの頼みをきいて欲しいんだ
それはきっとあなたにとってもまんざら悪くない話のはずだ
スージーは、そうねえ、あなたたちの言い分だってあるはずよね、と
まるで母親のような顔でぼくを覗き込む、
OK、スージー、ぼくの最後の願いはこうだ
スージー、こんな場所でなんだけど
あんたのオッパイをぞんぶんに舐めまわさせてくれないか
だってぼくとあんたは
いつだってイーブンな関係のはずだろ
そして、ぼくが舐めまわしたあとに
まんざら悪くないおっぱいでしょ、と言ってくれ


  スージーの目は、点になる
  スージーの目は、・になって、人の上に人を作ろうとする
  スージーの・は、目になって、・の下に目を作ろうとする
  スージーは点になって、・の上に点を作ろうとする
  点はスージーになって、人の上に・を作ろうとする
  やっぱりスージーは人になって、上野のおっぱぶでオッパイを舐められる


三月二十一日、日曜日に
電気いるかの肉をフライパンで焼いて食べる
それは電気の味がして
いるかの味がしない
電気の味に慣れない子供たちの舌は
ビリビリしびれ
そのせいで家族は発熱した
だけれども、ぼくは、愛を覚えている
夕食を終え、ぼくは子供たちとお風呂に入った
子供たちは、空っぽの卵パックのへこんだとこに
ペットボトルのキャップを入れて
たこ焼きを作る真似をする
ぼくがよくやるように
子供たちは
たこ焼きをひっくり返す
全体が浸かった浴室に一匹の
いるかが
迷い込んだので
全員で背中に乗って
ぼくたちの目と目は点々になって字を作る

い る か い な い よ


紀文のかまぼこが海を泳いでいる
かまぼこは、かまととで
かまぼこだってかまととだってあまえんぼうだって
みんなみんな生きている
友達の友達はみなタモたちだった
ぼくは、なんでタモさんがミュージックステーションの司会を
あんなにも長く続けているのかがわからない
きくところによると、タモさんの友達の井上陽水が
5年くらいに1回、番組に出たときに
タモさんは絶対そこにいたいと思っているから
氷の世界にひろげよう友達の輪だから
だって友達ってそんなんだろ
本当かうそかなんか
窓の外では
リンゴ売りが
リンゴを撃っている
毎日が毎日の中にふぶいている
半分に割れたばっかりなのに
それはまた半分に割れようとする


ものもらい記

  debaser



海のわき腹から溢れる内臓のもろもろは破裂して
彼女のものもらいが玄関先で
主人の帰りを待っている
スプリングコートに身を包むアフリカの土人たちは
河原の砂れきにすっぽりと埋もれ
夢についての最新レポートを黙読していた


このまま放置しておくと視力が低下するという危惧から
私は近くの薬局を訪ねた
店の前では
長いホースに巻き込まれた花屋の主人が
駐車禁止のラッパを鳴らし
その隣では下半身を露出した子供たちが毒入り!毒入り!と連呼している


私はぱ・い・な・つ・ぷ・るで階段を駆け上がった
紡錘型の火山弾への落書き
あれの本物は外国の殻付きアーモンドなんです
それを瓶に密封すると
工場のチェーンコンベアは異常な動作を始める


見世物小屋では豚が腹を切る
普通の豚は観客席から
熾烈な野次を飛ばした
たくさんの豚に囲まれ
通路をひとたび外れると
新しい空襲がまた人々の頭を貫こうとする


美人の両目には
良いものもらいが出来て
そのよこっちょに悪いものもらいが出来る
母からの仕送りは
今月で最後になります、と母からの便り
私は二回目の脅迫をした
それはきっとブスからの電話にちがいない
よって、私のこの手合図は
なにがしか世界への宣戦布告を意味する


M子の近況

  debaser



近くまで来たM子から連絡があったので
駅前の喫茶店で久しぶりに会うことにした
M子は最近飼い始めた猫の話と
田舎の母親が大病を患って
看病を任された妹から毎日のように電話が掛かってきて
あんまり眠れないのよとそんな話をした
外は雨が降っている
えっと火曜日の午後だっけ
かつて妻だった女は財布からしわしわのレシートを取り出し
それをコップの縁できれいに伸ばしていた
天気予報のお姉さんのように清楚な人が
向こうのテーブルで回転椅子に縛られ
M子はそれを昔の自分みたいに無残ねえと笑った
それに妹が死んじゃったらわたしたちっていっかんのおわり
喫茶店にいるM子と
猫に名前をつけないM子と
それからみんなの知っているM子と
本当のM子はどーれだ
会話の合間には
ストローから互いの空気を吹き込んで
いろんな人形を膨らました
次の太陽電池は
22時を過ぎているのにこの明るさ!
と驚いて
ぼくたちは外に出る
無数のマンホールを避け
最寄駅へつながる道を行った
ぼくとM子はプラットフォームで電車を待ち
M子はハリウッド行きの電車に飛び乗り
ぼくはそれと反対に向かう電車に飛び乗った
車内は朝の混雑がとっくに緩和され
ぼくたちがかつて愛用していたシルバーシートには
知らない人がたくさんいて
M子は元気にやっているかと訊かれる気配がないので
そのM子なら元気にやっている
しかしながらそのM子の母親は大病を患っている
看病を任されたのはそのM子の妹
そのM子は最近猫を飼い始めた
猫の名前ならそのM子が知っている
それから他愛のないいくつかのことを彼らに伝え
白昼の吊革にぶら下がるために
そろそろ立ち上がるつもりなのに
頭という頭がぼくを抱えてしまっている


(無題)

  debaser


その浴槽で母親と父親が半身を交換する夕日のまぶしい午後だった
近所に住む妊婦は世界初の信号無視小説を書いた
ぼくはなんてこともないあだ名でも受け入れるつもりだったし
教室から姿を消したものを追いかけるつもりもなかった
ただ消されたものがやせっぽっちなので
いなくなった二人目が帰ってくるのを待っている


リビングでは母親が体操着の代わりに洗濯するものを探しながら
はだかでふるえる夏は一方的に終わろうとしている
まだはっきりとはしないが父親の会社の秘書の
伝言メモに書かれた魚の三匹と一匹がいずれも行方不明となり
とーりをねり歩く児童はえんうりどるかいを連呼しながら
駅の出口からふくれあがるウィルスのいっしゅるいになった
どちらかというとアーとかウーとかそのような物体に近いと思う
たしかに昨日投函されたあて先のない手紙の中の覚えのない文章は
それが果たしてこれからどうなるかは見当もつかない
ましてやそんなものにもちゃんとした意味があるとは考えなかった
今思えば秘書と母親が同じようなものだったころ
そのころが一番愉快だったなァ
それなのにへんなとこから父親のひとさしゆびが発見され
ひとさしゆびみたいなやつからぼくのおやゆびは作られた


街で一番巨大なマンホールに百人には満たないがたくさんの人が落ちていった
そいつは母親のでべそと一緒に今年の夏こそ海水浴に行きたいと言うので
いろあでやかな水着に着替え
取的が四股を踏む海岸のすみっこでぼくたちはすることもなく日焼けした
近くの国際空港から飛びたった飛行機数機の影が
みんなの街全体を覆い隠し
円塔の傾いた方向にみんなの手をさよならにする
それはさいわい鉄かなにかで出来ていて
コンクリートミキサー車についての同じような解説にもそんなに退屈しなかった
ここから歩いて数分の公民館が蛮族に占領されたというニュースも
今はまだ信じるに値しないかどうかはわからない
なによりも教室からの長い裏道をランドセルの大群がラッパを吹き
小型の核爆弾がやまづみになった空き地はあしたになったら天国になあれ
二人目が帰ってこないと知った舌先が塩ビをまぶされたようにしびれ
でも本当のことはまだ明かされていない


やっぱりでも帰ってこないと思う
寝室の電気が消灯し夢が始まるとぼくの住んでいる街は
すっかりとリノリウムで覆いつくされ猫犬百太郎その他の三千を超えるあるいは
それよりもっとおおくのものものに火がともされ
天皇陛下万歳が土管をはいつくばる非電極界のひとつになられましたので
明後日は体育座りみたいなもんでございます


  debaser



イヌ
この項目では、動物のイヌについて記述しています。その他の用法については「いぬ (曖昧さ回避)」を、DOGについては「DOG」をご覧ください。


犬 なんか今日めっちゃしんどいわ
犬 なんで?
犬 さっき、犬の散歩行かされてや
犬 またかいな
犬 最近、犬の散歩ばっかりや
犬 おれら犬やもんな
犬 そやけど、そないに犬の散歩ばっかりさせんでも
犬 犬の散歩ありきなとこあるからな
犬 犬の散歩ありきの意味がわからん
犬 犬の散歩ってのは人間にとってよっぽどの意味があんねんて
犬 思うねんけど、散歩行くでって言われてあほみたいに喜ぶ犬おるやろ
犬 おるな、あほみたいに喜ぶ犬
犬 そうやねん、全部あいつらが悪いねん
犬 そんな犬、全体の一割もおらんのにな
犬 散歩のなにがおもろいねん
犬 ちょっと考えたらわかりそうなもんやけど
犬 犬の散歩行かされて、犬の糞踏んでもうた時なんか、ぶっちゃけ死にたくなるもん
犬 それ、わかるわ、あれほどみじめなことないな
犬 けっこう落ちてるやろ
犬 けっこうどころか、そこらじゅうに落ちてるやん
犬 おれが言うのもなんやけど犬って最悪やな
犬 猫より?
犬 猫な、猫もきっついで
猫 こんばんは
犬 あれ、どこにおったん?
猫 いや、今、散歩から帰ってきたばかり
犬 散歩?誰と?
猫 え、おれ、一応、飼い猫やで
犬 いや、知ってるけど
猫 飼い主に決まってるやん、西脇さん
犬 へー、西脇さんって呼んでるんや
猫 たまに西脇って呼び捨てするけど
西脇 こんばんは
猫 西脇さん、どうされはったんですか?
西脇 ぼくのこと呼んだよね?3回くらいぼくの名前聞こえてきたけど
猫 あー、犬がなんか、ややこしいこと言ってきたんすよ
西脇 犬?
猫 はい
西脇 犬って、あれか、散歩行くで言うたらあほみたいに喜ぶ連中?
猫 よくご存知で
西脇の嫁 あんた、私の焼き鳥ないんやけど、あんた、まさか食ったんちゃうやろね
西脇 焼き鳥?知らんで
犬 なんで、おれのほう見てるんすか
西脇の会社の上司 西脇くん、今日空いてるか?
猫 空いてません
犬 ところで子いぬ手当って結局どないなったん?
犬 あー、あんなもんザル法や
犬 ザル?
犬 そうや、あんなん抜け道だらけや
犬 つまり、犬やなくても猿でもええってわけか、エテ公でも
猿 あー、バナナ食いすぎて死にそう
犬 子いぬ手当で買ったバナナとちゃうやろな
猿 そんなバナナ、なんつって
西脇の会社の上司 西脇くん、明日残業頼まれてくれるか?
猫 いやです
詩人 こんばんは
犬 何歳まで子いぬなん?
詩人 こんばんは
犬 そこらへんの基準もあいまいやねん
犬 あくまで見た目的な?
詩人 みんな、おっす
犬 基本見た目やろな
犬 小型犬に超有利な制度やん
犬 おれらみたいなんはあかんな、生まれたときからおっさんみたいな風体やからな
詩人 おえ、無視すんなや
猫 はー、やっと西脇帰った
犬 なんか匂いがきつかったな、西脇
猫 あ、あれ、嫁のほう
犬 なんや嫁の匂いか
猫 たまらんやろ
犬 こういう時、おれたちって不利やな、鼻が利きすぎて
猫 ごめん、焼き鳥食うたん、おれやねん
犬 やっぱり、おまえやったんか
西脇の会社の上司 ほんなら今週土曜日出てくれるか?
猫 出るわけないし
詩人 おまえら、おれのほうは完全に無視か
猫 そういえばさっき猿みたいなんおったけど
犬 猿みたいっていうか完全に猿やけどな
猫 あれ、田中んとこの猿ちゃうかな
犬 田中ってどっちの?うざいほうの田中?
犬 ってかどっちもうざいやん
詩人 人間を馬鹿にするな
犬 おれ、帰るわ
犬 また明日な
下柳 こんばんは
犬 下柳さん、どうしたんすか?
下柳 ぼくの犬知らん?
犬 あ、下柳さんとこの犬、ちょい前に帰りましたよ
犬 ほんまちょい前っすよ
下柳 なんかぼくのこと言うてた?
犬 いえ、特になにも
詩人 ぼくのことは?
犬 下柳さん、やせました?
下柳 え、なんで、やせて見えるかな?
犬 ほほの辺りがじゃっかんほっそりしたような
下柳 やせたかも
犬 そっすね
下柳 ほんなら、ぼく帰るわ
犬 お疲れ様です
犬 帰りよったな
犬 下柳、苦手やわ
犬 おれも、なんかあかんねん
犬 やせたかも、って
犬 下柳んとこに飼われんで良かったわ
詩人 おまえら、さっきから人の悪口ばっかりやな
猫 で、話戻していい?
犬 なんの話やったっけ?
犬 田中んとこの猿の話
犬 さっきおった猿が田中んとこの猿かどうかって確定したっけ?
田中 こんばんは
犬 あ、めずらしいじゃないですか
田中 うちの猿、知らん?
犬 あ、さっき来ましたよ
犬 いや、だからさっきおった猿が田中んと、田中さんとこの猿かどうかって確定してないし
詩人 ほら、田中さん、こいつら、おらんとこでは呼び捨てですよ
犬 どうされはったんですか?
田中 いや、最近、あいつ生活が派手になってるみたいで
犬 あ
田中 悪いことでもしてんちゃうかなって
詩人 おたくの猿、悪いことしてますよ、不正に子いぬ手当てを貰ってるんですよ、猿のくせに
犬 いや、大丈夫ですよ
犬 猿のする悪いことなんてたかがしれてますよ、ひっかくくらいでしょ
田中 そやけども
犬 そうですよ、心配することないですって
田中 そやな、ほんなら帰るわ、ありがと
犬 田中なんかしんどいわ
犬 ありがと、って
詩人 おまえらほんま悪い犬やな、何匹おるねん、何匹で喋ってるねん
犬 田中んとこに飼われんで良かった
犬 田中んとこに飼われてたら、ちょっと生活派手になっただけであんなふうに心配されるんやろ
犬 きついな
犬 おれも、そろそろ帰るわ
犬 じゃ、おれも帰ろうかな
犬 おう、また明日な
犬 ぶっちゃけていい?
犬 どうした?
犬 おれ、あいつらのこと犬や思ってない
犬 なんや、気にくわんのか
犬 ややこしいもん着てるやろ
詩人 人間だけやなくて、犬もターゲットにするんか
犬 あー、あれ、おれも気になってた
犬 なんであいつらあんなもん着てるん
犬 着せられてるんやろ
犬 嫌やったら嫌がったらええやん
犬 そやな
犬 嫌な感じでワンってほえたらしまいやん
犬 そやな、おれやったらワンってほえるな
犬 けっこう似合ってるって思ってるんちゃうん
犬 なんや、あの背中のUSAってロゴ
犬 (笑)
犬 あいつら、おもいっきり柴犬やん
犬 それ言うたるなよ
犬 USAって、
犬 見えてないんちゃうかな、背中やし
犬 うさぎかっちゅうねん
犬 犬のくせにな
犬 INUでええやん
詩人 おまえらほんま悪すぎる、なんかわからんけど教育に悪い
犬 ドッグフードの話する?
犬 いや、この前散々したからええやろ
犬 ドッグフードネタ飽きた感あるよな
詩人 ドッグフードのネタ、気になるちゅうねん
犬 明日、朝早いし帰るわ
犬 何時起き?
犬 犬時間で午前4時
詩人 犬時間ってのがあるんやな
犬 絶対落ちるって思ってたとこ書類通ってまさかの面接やねん
犬 良かったやん頑張れよ
犬 ばいばい
犬 キャンキャン言うてたな
犬 絶対面接落ちるちゅうねん
犬 受かるわけないやん
犬 どう頑張っても犬やもん
犬 ワン的なことしか言われへんし
犬 じゃ、まずは簡単に自己紹介をって言われて、
犬 ワン
犬 はい、落ちた(笑)
犬 まず応募したんがあほやろ
犬 おれら犬やちゅうねん
詩人 受けてみなわからへんぞ
犬 やっぱりドッグフードの話しようや
犬 おまえ好きやな、ドッグフードネタ
犬 おもろいやん
犬 完全にまんねりやん
犬 ちょ、静かに
犬 どした?
犬 不審な人間がおるぞ、この近くに
犬 うそん
犬 田中か?
詩人 もしかして、ぼくのことかな
犬 だれもおらんやん
犬 おかしいな、なんかおるような気がしたけど
犬 気のせいやろ
犬 西脇の会社の上司ちゃうの
犬 猫の対応、笑えたな、なんであんな冷たいんやろ
犬 涙目やったやん、西脇の会社の上司
犬 そら、あんだけ猫にはっきり言われたら泣いてまうやろ
犬 そやな
犬 なんか疲れたわ
犬 明日も散歩やしな
犬 あさってもな
犬 明日何曜日やったっけ
犬 知らん
犬 知らんよな、そんなん知る必要ないよな
犬 どうせ散歩行かされるし
犬 みんな帰ろうぜ
犬 じゃあな
犬 やっと、みんな帰ったで
犬 あいつら長いこと喋りすぎやろ
犬 最後、ちょっと猫の話してたやろ
犬 してた、してた(笑)
犬 あほやろ、犬って
犬 あほやな
犬 犬あほやわ
犬 犬あほやで
詩人 かしこい犬もおる
犬 あかん、なんか笑いが止まらん
犬 犬に生まれんで良かったわ
犬 まだ下柳に生まれたほうが気分的に許せる
詩人 気分(笑)
犬 気分(笑)
犬 ほんならまた明日
犬 じゃあな
犬 やっとみんな帰りよった


(無題)

  debaser



1. BIG CITY I WILL COME

この文字を見たとたんにわたしは死んでしまいそうだった。でも首んとこにパイナップルを丸ごと突っ込めるくらいの穴が開いている。身をのりだして中をのぞき込むと道の真ん中に止められたトラックの荷台に砂糖大根の畑が広がっている。とてもかわいらしい丸刈り頭がほかの頭よりもずいぶんと突出している。もう仕事なんかなにもなかったけどビジネス・スーツに着替えてわたしは立ち去ることにした。3年後、同じ大きさのくだものがまちのあちこちにならべられてわたしは遠くのほうからそれを眺めていた。24時間後、だれかがわたしをはこびはじめた。ときどきからだをゆらしてわたしを起こそうとする。わたしはふだんとおなじかっこうでよこになった。こんな場所で夜のとばりのなかからでてくる象なんて見たくなかった。とっしんする。わたしは象のせなかにのってとっしんする。ほんとうだ。やることなんてひとつたりとも残ってやしない。


2.(deleted) and if you kill me

そこに集まってみると全員有無も言わせない調子で死んでいた。どうせありえないことをぼくはいくつも考え今まさに磐石の戦いが始まろうとしている戦場に辿りついてしまったのだと自分に言い聞かせる。手遅れと手紙に書いた知り合いはある日を境に口をきかなくなり独学で手話を覚えた。ぼくはそれをなにかしらの手がかりにすべきかどうかを悩みもしも容赦無用に全員をやっつけていいのなら早くとも明日この家を発っても損はないと思った。そばではカンガルーの親子が自由自在に飛び跳ねポケットからは多くの日記帳がぼたぼたと地面に落ちた。その中の一冊を手に取り最初の日付から読み始めた。数日前の日記に書かれたカンガルーが遠いアフリカのジャングルの奥地で原住民に首をへし折られる出来事はそれが残酷な結末を迎える前に誰にもこの日記を読まれまいとする強い決意がくじけそうになる補足がその数ページ先に記されていた。たとえば相手とのあいだにあらかじめ決められた約束事などなくともその様子はいつも無条件で成立するのはわかりきっているしその逆についてはどこか別の土地で証明されるべきだと思うようになったのはここ数日の変化といっていい。とはいえそれを特殊な儀式と呼ぶべきかどうかについてはいまだ不明瞭なのだがそうすることに差し障りなどあってたまるものか!


3. (deleted) and if you kill me

デパートの三階にマンションがあったので猫田は恋人と結婚した。ただし結婚にはいくつかの条件があった。今思うとそれ自体が肉感的と言えなくもなかった。正午を過ぎると香水がばかみたいに売れ始めた。近くの化粧品店でなけなしの月の小遣いを使い果たすなんてことはない、というのも適度にまっとうな理由なら事前に用意していたのだ。運悪くエレベーターが上昇する時に限って電車の走力は計測不能となった。わたしは長いあいだひとりで暮らしていたと猫田が言うので、胃袋の中で女の香水が放蕩した。「下の階はここより随分と暑いわよ。」「はア」などとカウンターに置かれた上品な肘が正面を向いて、指紋のない五千円札がちらほら散らばっている。首の骨が飛び出した。猫田は自分の膝を軽く叩き始ると、そこはもっと柔らかい気がするのよと言った。売上高についての歌。街の電飾が猫田を睨みながら、エレベーターのウィンドウが裸体の猫田にお仕置きを始めた。猫田は海に逃げるまでもなく、砂浜に打ち上げられた。結婚式に遅れるのはいけない。ナコードはひくひくと笑い、無言電話に応答する。「上には、」「上には、」やがて猫田の身体は前後に揺らされ、使い古しの絨毯の上に倒れた。誰かが助けにくるまでの間に、沈んでしまう危険だってあるのだ。


4. LIQUID CAPITAL

牛島君からの電話はおよそ3分で切れた。ぼくの大好きなアウフヘーベン伯父さんの話にはたどりつかなかったけど手のないオバケが伯父さんに別の名前をつけようとした。だけど何回やってもこの街でいちばん立派な病院で靴を脱いだ重病患者の名前にそっくりになってしまうのでオバケは舌をぺろっと出していなくなった。それとは関係なくそこの病院の先生たちは病気的な診断を日夜繰り返した。あまりにも投げやりなのでは!とぼくたちが声を揃えると、ああやっぱりですかと皮肉を含ませた口調で先生たちは言い放った。しかたなく受け付けで事を済ませ外に出ると女が気の毒な格好で土管につながれ辺りを睨んでいた。女はなぜこんなおかしなものにつながれてしまったのだろうかと考え今は電話越しの誰かに声をいちだんひそめて打ち明け話をするようなありふれた状況ではないしぼくらにはなんの緊迫感もないことにやっと気付いた。いっぽうで女は土管を引き摺って歩きひとたび歩き疲れると土管のなかで寝転がりながら口からでまかせをならべどれでもひとつお好きなのをどうぞと色気たっぷりに誘うとそれが土管の半径に到達するころあいをみはからって女はぴょんと跳ねた。半歩先に足のないオバケが恨めしそうに手を上下にふってあたかも宙に浮かんでいる様子があまりにも綺麗だという噂を聞いて駆けつけた子どもたちが土管の中で寝転がる女を見つけそれが何の部品であるかを問われる前に女に向かって部品を投げつけた。土管の中をどこまでも転がる部品はすべてが破裂するような音を立て、どれもこれも聞くに堪えないとはまさにこのことだよと言いながら子どもたちはいっせいにいなくなった。土管の中で転がる部品を手にとった女はそれを体のいたるところにはめ込みぼくは土管につながれた女の監視を依頼されているわけではなかったけどそういえば牛島君に何かを頼まれたような気がして不安になった。なにかそれは過去の不安とは比較にならないような不安だったのでもしかしてぼくは部品の誤作動が原因で死んでしまうかもしれないと思うと女はそれを察知したのか膝を折って土管を置いて前進した。洋服にこびりついたものがもうすぐ零度以下に冷やされてしまうのよと女は去り際に言ったような気がしてぼくは何もかもが狐によって騙されていることに気付いた



5. Who's FUCK

hmm
hmm
hmm

これは二匹の象が麒麟を追いかけている
これは二匹の象が麒麟を追いかけている


スロープタウン

  debaser



この街は、スロープだらけだ、スロープをいくつか通らないとどこにも行けない仕組みになっている、たとえば、スロープを五つ通らないと街のどの場所からも市役所には行くことが出来ないし、市外へ出る駅の中には、百を超えるスロープがあった、だけども五つのスロープを通って市役所に行って、職員になぜこの街にこんなにもスロープがたくさんあるのかを尋ねても明確な答えは得られないだろう、市役所には、市史の編纂室があり、そこは月に一度、市民に公開されている、しかし、そこにはスロープに関する記述を持つ資料はひとつもなかった、市民に公開される編纂室とは別に市役所の建物の地下にも部屋があった、そこに市民には決して公開できない街の秘密が隠されている、スロープもその秘密のひとつだ、という噂もあったが、それを真剣に考えるものはいなかった、なぜなら、この街では、スロープに手すりをつけることが主な市民の仕事であり、市民の生活はスロープの上で成り立っている、日々、市の職員によってスロープは、いたるところに作られる、十分ほど街を歩けば、その間に少なくとも二箇所か三箇所のスロープの工事現場を見ることになるだろう、職員は、白のヘルメットを被り、黙々とスロープを作っている、しかし彼らが作るスロープには手すりがない、手すりをつけるのは、市民の仕事だ、



私の父は、この街で一番腕の立つスロープに手すりをつける技師だった、むろん、腕の立つ技師は父以外にも何人もいたが、わたしの家には父の仕事に対する市からの感謝状がいくつも飾られていた、父は家では無口な人だったが、夕食後、機嫌のいい時などは、わたしに仕事の話をしてくれた、父は自分の仕事に誇りを持っているようだった、わたしの知っているスロープの手すりの多くは、父によって作られていたことを知ったまだ幼かったわたしは、実際にそのスロープを通るたびに、手すりにつかまりながら、いつもよりゆっくりと歩くことにした、そんな仕事熱心な父だったが、家庭のことは母にまかせきりで、それに愛想をつかした母は、他の技師と恋に落ち、家を出て行った、母が出て行く日、父は仕事で留守だったが、家の軒先から表の通りまで緩やかに伸びる父が作ったスロープの手すりを母は一度も触れなかった、わたしは、その時の様子を鮮明に覚えている、



わたしは、市の大学の建築学部に入った、勉強のほとんどはスロープに関するもので、スロープの構造の専門研究はもちろん、都市学におけるスロープ、文学におけるスロープ、教養として多岐にわたるスロープのことをたくさん学んだ、四年生になって初めて、手すりに関する授業が開始する、前期は、教科書を使った座学がほとんどだが、後期になると、学生は、建設会社の研修生として、実際に本物のスロープに手すりをつける作業に携わる、実際の技師の指示を仰ぎ、朝から晩まで働く過酷な研修だが、ここで挫折してしまうと、この街では生きていけないことをみんなわかっているから、誰もが黙々と作業をこなす、作業中に私語を交わすものはいないし、昼の休憩の間も各自、教科書の復習で休む暇もないほどだ、わたしは入学時から、父のせいもあって、気のせいかもしれないが、先生から特別扱いを受けていた、成績は悪くなかったが、研修先は、街で一番大きな建設会社を指定された、そこには成績上位の学生があつまり、技師もみな優秀だった、わたしは、鈴木さんのもとで手すりに関する基本的な実務作業を教わった、鈴木さんはとても優秀な技師だった、わたしが父の娘であることは、事前に聞かされていたらしく、何度か一緒に働いた時の父の仕事ぶりを懐かしそうに話してくれた、父がいなくなってから、父のことを考えることはあまりなくなっていたけど、鈴木さんが話してくれる父のことはもっと聞きたいと思った、



二月になると、卒業制作で学生は忙しくなる、わたしも例外ではなかった、卒業制作は一人でスロープの手すりをつけなければいけない、いくつか建設予定のスロープの中から、わたしは、市の郊外にある個人の邸宅から通りに伸びるそんなに規模の大きくないスロープを選んだ、老夫婦の住む小さな家だったが、今使っている西側にあるスロープの勾配が年老いた体には少しきつくなったという理由で、新しいスロープを東側に作ることになっていた、作業前日の夜、わたしは興奮したのかあまり眠ることができなかった、テレビをつけてスロープに関する映画を途中まで観て、それから有名技師がスロープに関してざっくばらんに語り合うラジオ番組を途中まで聴いて、それでもやはり眠れそうにないので家の外に出た、わたしの家は、高い丘の上に建てられていて、街の様子がくまなく見渡せることができた、わたしがまだ幼いころ、家族三人で時折ここから街を見下ろして、街のスロープに張り巡らされた手すりを眺めていたことを思い出した、わたしは父と母の真ん中で、手すりがなんのためにあって、そしてスロープに呪われてしまったようなこの街の特異について、なにひとつ了解せず、普通の街の普通の家族がそうするように、ただ街を眺めていた、



時計を見ると、朝の四時だった、まだ空は明けていないが、このまま眠ることはもうないだろうと思った、前日、卒業制作に取り掛かることを電話で鈴木さんに報告すると、鈴木さんは、頑張れよ、と言った、電話の向こうから子供の声が聞こえた、この家は、わたし一人には広すぎるし、スロープだってもう今となってはひとつあれば充分だ、部屋に戻って、スロープの教科書をぺらぺらとめくった、頭には何も残らなかった、いや、わたしの頭の中は、他に余計なものが入り込む隙がないほどにスロープのことでいっぱいだった、シャワーを浴び、この街の誰もがそうするようにわたしは黒いヘルメットを被った、新聞配達員がスロープをいきおいよく駆け上ってくる音が聞こえる、わたしは家の外に出た、わたしの目の前に広がるスロープ、父がとりつけた手すり、母がいなくなった日、そして父がいなくなった日、わたしは、なにごともないようにスロープを駆け下りた、朝の日差しが、スロープの半分に影を作った、この街は、スロープだらけだ、スロープをいくつ通っても、どこにも行けない


(無題)

  debaser


第一景


わたしの街には誰もいなかったので

牛舎に行った 

みんな疲れきった顔をしているけど

なんか楽しくなる歌を歌って最後くらい楽しませてよと牝牛に言われた

わたしが見ている映像には

角砂糖で模造された獅子舞が溶けて

ひょんなとこで半分かもしくはそれ以上になるものが映っている

それに思っていることを口に出す勇気があっても

とっくの昔に親しい恋人にあげたっきり

金庫の中から

XとYにそれぞれ好きな数字を代入して

徴税の法に照らし合わせたりした

工夫のせせら笑いと

ストリップ工場と

そのラフマニノフの娘と

持参金が千円にも満たない強欲な役人と

それがなににも転じなかったという寓話の途中で

異郷から帰ってきた親類が

グリッセリンのキャンディ・キャラメルの布に包まれたという

実はその法則というものが成立するために飼い主の前で

百段の梯子を犬のように上り下りするというのだ

そうとなれば避寒旅行に出かけるしかないと愛人は思ったのだろう

わたしが知っている気象の分野では

羅針盤に新しい方位というものが発見されたのもちょうどその頃だ

抜け目ない大学教授がそれを論文に書き

制服のガードマンが猛烈な歯痛を訴える

そこには二両連結の列車に空気を吹き込む車掌の妻と

止まるあてのない駅から発車する列車の時間に合わせて

やることのすべてを終え寝るしかなかった小説家がいた

しかしこの部屋は彼の書く物語の意に反してどうやら禁煙らしい

しかしこれすらも下着売場で下着を買いあさる女の仕業に違いないという予感があった

小売店で流れる音楽をバックに、そしていいことこれすらも第二景へ続くのよと女の声が言った

もはや受話器にむかって叫ばなければいけないことと

物事の順序について

それはちょっとした推理小説の名探偵が

巧みにあやつる魔術的合体から容易に連想されると言っても差し支えはない

それに若き日のトムは

老いぼれたトムを呼び止めて

もはや事実の証明に時間という概念を援用するのは手遅れだということを知っているので

白スカートがめくれあがる地下鉄の9A出口の付近で

イエスと答えたきり

黙りこくった

けたたましいブレーキの音もしない

これまでのコメディは失速したまま

犯人は先に読者にこんなふうな問いかけをする

新聞売店に明日の朝届くイブニング・ポストの一番小さな広告に

汚い小便をひっかけてしまいたい

答えは、あるヘビー級の選手に

それ相応のパンチをもらい、わたしは力なく倒れた

悪質な主人は玄関先でテレビの取材にこう答えるのですよ

この平板で退屈な哲学を

引退間際の劇場の支配人の財布の紐で

ぐるぐる巻きにすりゃいいんだぐるぐる巻きにって



第二景


兄は本物の口ひげの横に黒子をつけて

お蔵浜州からやってきた女と知り合いそのまま不幸な結婚をした

その新しい方位へ動いた結果がこれだとして

わたしの耳は疑いもなくFMに向いた

こんな最後だけは勘弁して欲しいという

売文が芝刈機のマニュアルに書かれ続ける

大平原に書かれ続ける

まぎれもない平行六面体のすべての面にそれは書かれ続けるとして

それはやすむことなく書かれ続ける


ヤングタウン

  debaser



気がつくと、きみはぼくに向かって語り始め
語り始めるとすぐにそれをやめてしまう
それをやめてしまう理由を尋ねると
それをやめてしまう理由はそれのせいだときみは言う
でも本当にそんなことだろうと今このしゅんかんにぼくは思った


ぼくたちは同じ顔をしているのに口々に違うことを言いたがる
同じ写真を見てそこに違うものを見たり
違うカメラマンが撮った二枚の写真に同じものが写ったりする
ぼくの名前がきみの名前だったり
ぼくの父親は母親なのかもわからない
ただ不思議なことに解決の糸口がいつまで経ってもみつからない
それでもきみは書いたり書かなかったり
ぼくは読んだり読まなかったりする
ぼくがああやるあいだにもきみはこうやって
マッチいっぽんかじのもととともに
いつだって用心しているきみの家は燃えている
たとえぼくの家が燃えていないにせよ
どっちみち、ぼくたちの用心はたりていないに違いない


紙に書きとめた嘘も
キッチンでだんなについた嘘も
間違って本当になることも
全部がうみのそこに沈んでいる
うみのそこからやってきたはるという名前の女の子が冬になって
冬になってまっしろな雪になる
まっしろな雪は降り積もってはるになる前に溶けて違う女の子になるのは
来年のはるかどうか
わからないけど来年のはるだったら
はるがはるにならなくてもちょうどいいのに


右に綴じられた本の左にならべられることばは
いつもタッチの差で誰にも届かない
指の先になにかをくっつけても
舌の先をのばしても
ことばのならびをひとつくらい変えても
ことばのならびをまるで変えても
誰にも届こうとしない
そのことの謝罪会見は5分遅れで始まって
ぼくたちはただひたすら
鵜呑みにしてすいません、と繰り返す
カメラのフラッシュが人のかたちの点線をなぞり
そこからはみ出そうとするぼくたちもまた
あらためて、鵜呑みにしてしまう
最後に質問をした女性は
マイクを放り投げ、空中できれいに3回転するマイクが


きみの家とぼくの家は決まって留守だった
呼び鈴はどっちの家にもつけられ
片方を押すと片方が鳴る
その仕組みを考えた人間はもうとっくにいない
それに世の中はその前提がなくともどこまでも便利になるのだろう
きみの上手なピンポンダッシュを見届けて
ぼくはへたくそなチョコレートUSAになる
どこの家にも飼い犬などいないということを
新聞は今ごろになって書いている


月曜日、死んだ人が生き返る魔法を習う

火曜日、どんな女の子もどんな男の子を好きになる魔法を習う

水曜日、永遠に若返らない魔法にかかる

木曜日、永遠に年老いない魔法が解ける

金曜日、死んだ人が生き返る

土曜日、どんな女の子もどんな男の子を好きになる

日曜日、ここはヤングタウン


あなたにパイを投げる人たち

  debaser



とてつもなく長い椅子がさらにとてつもなく伸ばされようとしている
ホームベーカリーでこんがり焼け上がったフランスパンのまえで
彼女が少しもバターを使おうとしないわけはエゼキエル書25章17節の裏っかわに書いている
テーブルには果肉がたっぷり入ったイチゴジャム
その横にすっかりさめてしまったカボチャのスープ
主人の帰りを待つ美しい妻は、股間あたりをういんのごとくういんして真剣に悶えている


神:あなた投げたパイはこの金のパイ、それともこの銀のパイ?
私:はい、そのエンゼルパイです
神:あなた突然、神に話し掛けられてもちとも動揺しない、見込みちょとあるね
私:失礼ですがどちらの国の?
神:インドの山奥のほ
私:日本語お上手ですね
神:ありがと、日本来て10年だもんな
私:なんでまた?
神:アメリカに大学行くか日本に大学するか迷てんけど、日本来たもんな
私:え、何歳の時に来たんですか?
神:18、ハイスクル出てすぐ
私:なんでまた日本に
神:わたし国、そのときどきで日本人気あったな
私:ほー、それでどちらの学校に
神:おいたの立命館
私:大分ですか
神:あなたおいた知てるのか、ぺぷ温泉あるもんな
私:行ったことはないですけど、有名ですね
神:わたし温泉のバイトしてた、たちばな旅館、べぷの
私:なにやってたんですか
神:風呂場掃除だもんな
私:大変そうな仕事ですね
神:めちゃ大変やん、めちゃ朝はやいだもんな
私:日本に来たときは、日本語はどの程度?
神:いっこもやん、こにちは、と、ぼてぼてでんな、くらい
私:いろんな方言が混じっているような気がするんですが
神:日本のともだち、たくさん作たもんな
私:大分の大学でですか
神:うん、それと、たちばな
私:あ、旅館の
神:そうな、たちばな、みんなやさしかたな
私:家族経営ですね
神:そうな、3人姉妹、みんなめちゃ美人
私:おー
神:わたしの日本での初恋やもんな、ちょじょのほ
私:長女ですね
神:ちょじょ、めちゃ美人やもんな
私:次女は?
神:じじょ、めちゃ美人やもんな
私:じゃ、次女でもいいじゃないですか
神:ちょじょのほが、ちょっと美人やもんな
私:三女は?
神:さじょは、めちゃ美人やもんな
私:じゃ、三女でもいいじゃないですか
神:ぶちゃけ、どれでもよかたな
私:告白したんですか?
神:したもんな、おかみさんに
私:え、なんでまた女将さんに
神:ぶちゃけ、どれでもよかたもんな
私:それで、どうなったんですか
神:そっこでOKでたもんな
私:え、付き合ったの?
神:これは不倫だもんな
私:ばれなかったんですか?
神:付きあて、次の日にそっこでばれたもんな
私:早すぎるでしょ
神:わたしそっこでおいた逃げたもんな
私:学校は?
神:そのときどきでちゅたいしたもんな
私:それで
神:東京きた
私:東京ですか
神:なにも知らないのに、システムエンジニアしたもんな
私:働いたんですね
神:うん、めちゃちっこい会社に、たちばな企画
私:また、たちばなですか?
神:ぐぜんやろ、べぷのたちばなとはかんけなかったやろ
私:そこではちゃんと働いてたんですか
神:しゃちょのひしょ、めちゃ美人やもんな
私:あれ、もしかして
神:そっこでOKやもんな
私:付き合ったんですね
神:付き合って、そっこでばれたもんな
私:逃げた、と
神:わたしそのときどきでそっこだたもんな
私:女癖悪すぎるでしょ
神:ぶちゃけ
私:どれでもいいんでしょ
神:めちゃ美人やもんな
私:女の話以外になにかあります?
神:こないだ、きょとに行てきたもんな、仕事で
私:仕事してるんですね
神:しつこくシステムエンジニアやてるもんな
私:というか神様なんでしょ
神:まぎれないもんな
私:仕事しなくていいでしょ
神:仕事すきなめんは確かにあるな
私:なんか願いとか叶えてくださいよ
神:あなたはどな願い持てる?
私:そうですね、恋人が欲しいです
神:どな、めちゃ美人の?
私:容姿のこだわりはないです
神:そっこでOKやもんな
私:いや、意味わからないです
神:ふつのほやもんな
私:わからないけど、たぶんそれでいいです
神:じゃ、明日家に待てて、じゅしょをこの紙に書いて
私:ありがとうございます
神:楽しみがいこにこふえたもんな


わたしは、紙に嘘の住所を書いたので
本当に次の日にそのふつのほの女性が来たのかどうかわからない
そんなことより、妻がずっと股間をういんういんしてる
気持ちいいのかどうか知らないけど、あれ、なんとかならへんかなと
思いながら、腹式呼吸の夜行虫が空を飛んでった

文学極道

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