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尾田和彦 (ミドリ) - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全17作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


地上に眠る恋人たちの夢は

  ミドリ

車は夜道を飛ばしていた

明かりの点いたホテルの 初夏の夜のプールサイドに
まばらな人影があり
彼女が視線を窓に移すと
男に言った

彼が事故に遭ったのはここよって
ひっつめたロングヘアーと細い体はまるでバレリーナだ
”彼”って誰だい?
男がそう聞き返すと 彼女は肩をすくめた

仕立てのいいスーツに 撫で付けた髪の男の名は ハジメ
今の彼女の
つまりまなみの恋人だ

まなみがベニグノの教会で結婚式を挙げたのは3年前
”彼”ってのは
まなみの前夫だ

     ∞

まなみの前夫とは会っていた
ぼくはメーカーの人間で 彼はうち代理店で働いていた
ぼくらは
3ヶ月に一回の
会議のあるときに顔を合わせていた

ひょっとしたら2次会で どこかのスナックで
あるいは どこかの料亭で
グラスの一つくらい 合わせていたかもしれない
こんなとき
ぼくの記憶は あまり当てにはならない

     ∞

車ん中で ぼくがタバコを取り出すと
彼女は横で咳き込んだ
”彼”はタバコを吸わなかったって言う
うん
でも俺は吸うんだよ
身体に悪いのに?
まなみは眉間に皺を寄せている
ぼくはスーツのポケットにタバコ仕舞った

     ∞

まなみは時々 ノートとペンを持って
机に向かっている
何をしてるんだい?って
肩越しに覗くと
見ないでって ノートを伏せる
決まってその時 シャープペンシルのパチンっと 弾ける音がする

とにかく変わった女だ
例えばセックスの最中
闘牛の話をはじめる
スペインのか?
石垣島のよ
俺も見たことあるけど・・・
コーフンものなの!
うん わかるんだけどさ

     ∞

昨日はバスルームで
鋭い呼び出し音が3度鳴った
まなみの携帯電話だ
ベルは3度鳴った
でも会話は聞こえない

心配になって覗きに行くと
まなみはバスタブの中ですやすやと眠っていて
彼女の膝の中で 携帯電話が
ゆっくりと沈み込んでいくのが見え
ボイスメール・メッセージが ディスプレイに表示されていた

まるでそれは
彼女の世界の中にあって 入り口と出口とが
あべこべになっているようだった

     ∞

その日はいつもように
彼女は週末の仕事に出かけた
音楽を聴いているぼくのイヤホンをむしり取り
行ってきます!
なんて
耳元で大きな声を張り上げる
何を聴いてるかとおもいきや なんだ!? ツェッペリン?
まぁね
終わってるわね・・・
何がやねんっ!

そうよ
あなたのそういうとこ
私 結構好きよ

ロングのひっつめた髪をほどいて
まなみは唇を寄せてきた
ぼくはそっと抱き寄せた彼女の肩越しに見えた
脱ぎっぱなしになっているまなみの
ジャージを 片付けなきゃ 
なんて
その時ぼんやりと 思ってた


トロゼの街のブタ

  ミドリ

トロゼの街のアパートメントに
一人で住んでいたブタは
ある晩
幸運にも女管理人と一夜を共にすることができた

その日ブタは地下鉄の駅に
新聞を買いに走った
途中で通行人の肩にぶつかり
「コノ野郎!」と罵声を浴びせかけられ
やっとの思いで地下鉄にたどり着いたブタに
店員は哀れな目を彼に向け
「(新聞は)売りきれましたぜ」といった

「新聞をくれ!」と
ブタは店員の襟首をつかみ怒鳴った

「ねぇーもんは ねぇーんですわお客さん」
ブタは歯を喰いしばって
「新聞をくれ!」といった

「それなら私の家に一部ある」
「どこだ!」とブタは店員にいった
「10分くらいのこった しかしその間アンタ
店番してくれるかい?」

「10分だな?」と
ブタは念をおした

「あぁ10分だとも」と店員はいった
店員が自宅に新聞を取りに帰る間
ブタは店番をすることになった

仕事帰りの
赤いブーツを履いた女が一人
チューインガムをブタに差し出した
「これを一つ頂戴」

ブタはレジの扱い方を知らない

「すまんこったお客さん
そのチューインガムは賞味期限が切れとりましてね
売れんのです」といって一難を切り抜けようとした

「あたしはいつも此処でこのガムを買ってるの
賞味期限切れなんて そんなことないはずよ!」
女はプリプリしていったが
ブタは「もう10分待ってくれ!」といった

「怪しいわね あなた・・・」
女はブタに疑わし気な目を向けた
「10分待ってくれ!」とブタは繰り返した
「警察呼ぶわよ?」
「どの辺が怪しいんだ!」と
ブタは逆上した

「全部」

女はこともなげにいった
トロゼの街の夕暮れも 足早に過ぎ去り
通行人もまばらになったころ
店員が戻ってきた
ちょうどブタが女にビンタを喰らい
鼻血を出して路上に倒れているときだ
ブタはもつれた足でフラフラと立ち上がり
女にもう一発ビンタを喰らうと 気絶した

ブタが目を覚ましたのは午前の2時だった
クロック時計の横で アパートメントの女管理人が
ブタを心配気に見つめていた

「ここはどこです?」
「あなたの部屋よ」
テーブルに擦り切れた新聞が一部あった
ブタはそれをぼんやり見つめ
そして激しくすすり泣き肩を震わせた

「マルタ」
マルタはブタの名だ
「あなた路上に倒れていたのよ
昨日も一昨日も その前の日も
この一週間 ずっとよ」
そういって女管理人はすすり泣くブタの肩を
強く 強く抱きしめた


ココナッツマン!ワンダーランドの町を出る

  ミドリ


そこはアパートメントというよりも、防空壕のようであった。
うなずけないことではない。
ココナッツマンにとって、世の中は戦場のようなものであり、いつ黒い嘴を持ったステルス機による、絨毯爆撃があってもおかしくはないのだ。
爆撃?ステルス機?それはココナッツマンの妄想に過ぎないのではないか?

ほら、ココナッツマン。外へ出てごらん、町は平和だよ。
彼は言う、分厚いスクラップブックに綴じられた、黄ばんだ新聞記事の切り抜きを見せて、ここは半世紀前、戦場だったのだと。

アニーはココナッツマンを助けようと思った。アパートから出て、酷く落ち着きのない、ココナッツマンを、アリーは無理やりキャデラックに押し込み、キーをブルンとひねり、アクセルをグンっと踏んだ。

「スピードの出しすぎ!」

ココナッツマンは思わず叫んだ。
アニーは、スピード狂だったのだ。
道端に転がっている干上がった鼠の屍骸を踏み、ポンっと跳ねが上がるキャデラック。
カーブでは、対向車の、ヤー系のおっさんを驚かすほどのギリギリのステアリングでハンドルを切り。
助手席のココナッツマンは、上着のポケットからタバコを取り出し、震える手つきで、落ち着こうとしたが、マルボロの箱から出てきたのは、萎びたマカロニだった。
仕方なくココナッツマンはマカロニに火を点け、思い切り煙を吸い込んで、咳き込んでしまった。

「チェッ!こんな悪戯をするのは、カーマイクルのやつだな!」

ココナッツマンはキャデラックの天井に頭ぶっつけながら、アニーの横顔を見た。
亜麻色の髪と、大理石のような白い肌。
アニーの目が突然輝いた。ワンダーランドの町出たのだ。

「やったね!」

アニーはガッツポーズした。
しかしココナッツマンははっきりと見てしまった。
アニーがラバソールの白い靴を履き、全くアクセルを緩める気配のないことを!


海とカンガルー

  ミドリ

擦り切れた絨毯の上に、一匹の黒猫がいた。
カンガルーはホテルの風呂に浸かり、ドアノブの隙間から、
客室係に厳しく朝食の注文をつけている。

朝、ベットに入ったまま、カンガルーはかつて栄えたこの海岸沿いの、
リゾート地のことを考えていた。
タオル地のガウンにくるまり、部屋の電灯の下でクロワッサンを頬張る。
テーブルの上の、市街地図に目をやると、カンガルーは持っていたコーヒーを
思わず零してしまった。

窓ガラスの隙間から潮騒が入り、匂いが、鼻腔をついた。
彼がこの日エージェントと会うのは午前の11時だ。
腕時計に目をやる。
黒猫がカンガルーの膝の上に飛び上がる。

電話がなった。

「あたしだけど!」

女の声だ。

「なんだ!」

カンガルーは答えた。

「あんた今どこにいるのよ!」

ノックもせずに、客室係が入ってくる。
「小エビのポタージュでございます」

カンガルーは眉間に皺を寄せ、女にこう言った。

「海さぼくと君の海さ、胸の中に、ちゃんと居るよ」


カンガルーのポケット

  ミドリ



カンガルーはハーバーを見下ろす見晴し台の方へ、身ごなしも軽く入っていった。

海から吹き上がってくる、風のざわめきが聴こえ、ヨットが揺れている。
ハンドブレーキを、ギューイっと、引いた黒猫が車から降りる。
赤いピンヒールの彼女はサングラスを掛け、メンソール入りの細いタバコに
火を点けた。

「そこの道路は、ペンキの塗りなおしが終わったばかりだね」

って、カンガルーは黒猫に言った。
彼女は聞いているのか、いないのか? アンニュイな仕草でロングのおろした髪に、
指を入れた。
カンガルーがこの島に滞在して4日目。太陽は燦々と輝き。
黒猫のマリーはカンガルーをこの海岸に誘った。

レセプションの支払い、飛行機のチケット、食事代。それらを現金で精算する、
カンガルーのポケットは小銭でポッコリと膨らんでいた。

防波堤で区切られたビーチは、いずれの区画もよく似ている。
カンガルーは見晴し台から、砂浜で小ぶりなパラソルの下に座っている、パンダを。
見ていた。

雲間に太陽が隠れつつあった。水着姿の黒人が数名、パンダに近づいた。
上半身裸の男が、拳銃を片手にパンダを小突き始めた。
膝の上の編みかけのセーターを握り締める彼女を、男は拳で何度も、何度も、
パンダを殴打する。

カンガルーは葉巻をポケットから取り出し、眉間に皺を寄せた。
黒猫はカンガルーの胸に寄り添いその光景を見て。赤い唇を尖らし、「酷いわね」って言った。

砂浜に頭からのめりこんだパンダはぐったりとしている。カンガルーは、
黒猫のマリーの肩を抱きすくめ、耳元で囁いた。「寒くないかい?」

マリーは羽織っていたカーディガンをグッと深く肩に引き寄せた、そして。
「ええ、少し風が強いだけよ」って、そう言った。カンガルーの横顔を見上げながら、
・・・少し、風が強いだけなのよ、って。

黒猫のマリーは、カンガルーの胸に頬を深く預けて、そう言った。


新婚生活 (ラフ=テフ外伝 パート2)

  ミドリ



間もなく激しい雨が降り出してきた。

バルコニーのプランターを小走りに部屋の中に取り入れるまなみ。
電話が鳴る。
夕暮れの晩夏の窓辺に並んだ、ビルディングが雨の中に霞みはじめる、
猫の額ほどのふたりの小さな北向きの部屋。
まなみはそこでクマと一緒に、暮らし始めた。

クマが受話器を上げると、
「俺だ」というくぐもった声がする。
明らかにオッサンの声だ!
ブチ切れたクマは
「”俺だ”でわかるかっ!こらオッサン」っと怒鳴った。
オッサンの声はさらに続けた。
「まなみに取り次いでくれ、新しいカモノハシが二匹手に入ったと」

プランターを取り込み終えたまなみが、
「誰?」
なんて涼しげな顔で訊いている。
「知らないオッサンが!カモノハシがどーとか言ってるぞ!」
クマはブチ切れたまま、まなみに言った。
「そんなにすぐブチ切れないでよ、まるで輪ゴムみたいに・・」

クマから受話器を受け取ると、まなみはオッサンと楽しげに話し始めた。
「うっそー!?カモノハシが二匹?マジでー、見た〜い。о(><)о」
みたいな会話を、クマは右手の親指を咥えながら、1時間も聞いている。
さらに2時間たったろうか、漸く話が一段落つき、まなみが受話器を置くと、
クマは目に涙を溜めながら、ソファーに横たわってグーグーと寝ていた。

「風邪ひいちゃうぞ」
そう言ってまなみは彼に毛布を掛けた。
「今ね、カンガルーさんから電話だったの。船の上からよ!あなたに、
一番逢わせたい人なの」っと。
彼の寝顔に頬杖をつきながら話しかける彼女。

夕立はなおも強く、マンションの窓ガラス激しく震わしていた。


アフリカの匂いがする

  ミドリ



フランスというのはダチョウの名だ
ダチョウは車のサイドミラーの角度を直すと
振り向いてぼくにこう言った
慣れたか?
えっ?!
この土地に慣れたかって訊いてんだよ
車のキーをまわすと彼はマクドのドライブスルーで買った
フィレオフィッシュバーガーにかぶりついた そして
コーヒーを一気に飲み干すとダチョウは アクセルを踏み込んだ
車は穏やかに加速していった 9号線

この時間はまだすいている方だよ
信号で止まると彼は振り向いて言った
しきりにフライドポテトの塩のついた指先を舐めている
鴨川が陽の光を浴びて反射している
彼はサングラスを掛けた
どこに向かってる?
ぼくが座席を乗り出して訊くと
ダチョウはこともなげに言った 俺んちだよ
車はあきらかに 動物園の方へ向かっている

通学鞄を背負っている子供の傍を通り過ぎた
結婚しているのかい?
何?
結婚しているのかい?
野暮なこと訊くなよ 嫁さんと子供は故郷に残してきた
出稼ぎだよ 俺が京都に来たのもつい2年くらい前さ
日本語がうまいな
大学で勉強したからな
ちょっとガソスタ寄ってくよ
彼はシビックのハンドルを切った
ダチョウは給油口の位置を間違えて 車を二度ほど切りかえした

やれやれだな
彼はレギュラー満タンっと ロン毛のアンちゃんに言うと
カードを手渡した

ケータイが鳴るとダチョウは聞いたことのない外国語で
ぺちゃくちゃとしゃべった

受話器の向こう側で年増の女の声がした
きっとそれは長距離に違いない
ダチョウの逞しい首筋から
ポロシャツの襟首からポロリと 

アフリカの匂いが ツンとした


ママとパパのこと

  ミドリ




カウンターにはママがモデルだったころの写真が額縁に入っている。白色の照明灯の下で、妖精のように笑っているママ。

ママがパパにプロポーズを受けたのは烏丸御池の駅の入り口の傍だって。
階段の前でお別れしないといけないんだ。
パパはママと離れたくなかったのよ。ママは鴨川を見つめながら言った。
でもママはパパだけじゃなかったとも付け加えた。
パパは写真家だから、ずっとママの傍にいるわけにはいかなかったの。

ママはどこにいるか知れない人のことを思い、心を痛めるのが嫌なの。
そういう女って、どんどん下品な顔つきになってくものだから。
ママはパパに三つの約束を守るように言ったの。
写真家を止めること。私たちを孤独にしないこと。それから三つ目は、子供の私にはまだわからないよと言って笑った。ママのいじわる!

松原通りの角でパパの車を待った。パパはコンビニでタバコをワンカートン購入し、ママの機嫌を損ねた。男のひとが女のひとの機嫌を損ねて、オロオロする姿ってかわいいと思う。
ママにそう言うと、そこに愛が存在するうちはねと言って、きゅっと片目を瞑った。
ママは時々、哲学者になる。

パパはママをエスコートしている時が一番楽しそうだ。
まるでママのしたいことをみんな知っているみたいなスマートな身のこなし。リビングでパンツ一枚になってテレビを観ている時とは大違いだ。
車の運転はいつもパパがする。
ママは助手席で憂鬱そうに頬杖をつき、時々パパが口にするジョークに笑う。

ママが私を産んだ日の夜。パパはずっとママの手を握っていたんだって。そしてパパはママにありがとうって言ったんだ。それはママがパパにもらった、永遠を誓う約束なのよ。そう言ってママは私のおでこにたくさんのキスをくれた。
パパがママに誓った三つ目の約束の意味がその夜私にははっきりわかった気がしたの。

だから私はパパに言ったの。我が儘なママのことを宜しくねって。パパは少し顔を歪め、ママは我が儘なんかじゃないよと言って、私をぎゅっと強く抱きしめた。
タバコの匂い、男のひとの哀しみに少し触った気がしたその日の夜。私は、ママより少し早めに、眠りについたの。


「穴」を巡る証言

  ミドリ


壁には一つの穴が開いていた
ただの穴じゃない
罪深い穴だ

ぼくはこれからこのたった一つの穴が
いかに”罪深い”ものになっていったか
それを語らなければなるまい

その前に少しコーヒーを
(´−`;)y−”

しかし今日ここに集まったみなさんの中には
たった一つ穴が(たった一つの穴ぼこがですぞ!)
それがどうして歴史的証言になりうるのか?
そういう疑問を持たれる方もおられるかもしれない
ひょっとしたら?
大半の方がそう思われているかもしれない

情けない話ですナ (><)

しかし当セミナーでは
3万円の会費が必要です
つまりみなさん方はおのおの3万円(一部の裏口の方を除いて)
払って私の講義を聴きにこられている

「穴」についての話で

(会場は爆笑!)

しかしこの穴がベルリンを東西に仕切っていた壁を
崩壊させたものだ あるいは
アポロ11号を月へ送り込んだものだと言ったら
みなさんは信じるだろうか?
前列の右から三番目のご婦人がズイブンしらけた顔をしてらっしゃる

(会場はまた爆笑!)

少しコーヒーを
(´−`;)y−””

みなさんにはこういう思い出がないだろうか?
子供のころ父親の運転する車の助手席に座っている
普段あまり会話のない父親と車の中で二人きり
話題に事欠いて気まずい雰囲気になる

こういう時
まず思いつくのがカーラジオ
車の中でのつかの間の父子のひと時
ラジオが家族の愛を支えるとは皮肉なものです
しかしラジオなどなければ
もっと言えば
車などなければ
そこにはもっと違った
しかるべき愛の形があった筈です

それではみなさん
「穴」についての話を始めましょう


クリーニング屋さん

  ミドリ



口にいっぱいヘアピンを咥え
髪をとめていた母を思い出す
クリーニング屋さんに 行くところ
その夏の日の午後
食べ過ぎて丸々と太った男の子が
わたしとぶつかった
いつかのことを思い出してしまう
その夏の日の午後のことを

わたしは生まれて初めて
エレベーターに乗った
男の子は赤い髪をしていて
どこか他の子と雰囲気が違っていた
とても生意気な感じだった
夕方の6時台
彼はマンションの屋上で犬を抱いていた
わたしは空がとても高いことを知った
マンションよりもずっと上の方
座る場所を確保するとわたしたちは
ポテトを頬張った
一言も口を利かなかった気がする
たくさん しゃべった筈なのに

赤い髪の男の子は
犬をぎゅっと抱いていた
そしてとても小さく
小刻みに震えている
今にも雨が降り出しそうだと
わたしたちは空を見て
空がとっても
近いことを知った
マンションの上の ちょっと先

口いっぱいにヘアピンを咥えた母を思い出す
クリーニング屋さんに向かうとき
その晴れた空が夕立に変わるころ
わたしはまた誰かに
ぶつかってしまわないかと
いつかのことを
思ってしまう


Tシャツ

  ミドリ




今朝 部屋にふたりの警官がやってきた
警官は「おまえ、中でクマを匿ってるだろ?
隠すと為にならんぞ!」とぼくを脅した
そして警察手帳になにやらシコシコと書き込んで帰っていった

クマはグレーのTシャツにジーンズを穿き
リビングのソファーでTVを観ていた
「今、警察が来たよ」とクマに話すと
ポテトチップスをピーチのジュースで流し込み
「お前なんか悪いことしたのか?」と真顔で訊いた

ぼくがクマと出逢ったのは偶然といってよかった
南の島の離島を旅していたとき
寂れた居酒屋で話しかけてきたのが彼だった
クマは都会の出身だと言った
そして街を出て 田舎で暮らす良さを懇々とぼくに説いた
そこで握手し分かれたきりのある日の3年目

マンションの隣室で男女が言い争っている声がした
ドアがガンっと開き もの凄い音がしたので表へ出た
水色のワンピースの可憐な少女にグーでのされ
ぐったりとテラコッタタイルの床に横たわっているクマがそこに居た

ぼくは少女に訊いた「どうしたんですか?」
彼女は凄い目でぼくを見た
そしてバン!っとドアを閉め部屋の中に入ってしまった
ぼくはクマを背中に担いで自分の部屋に入った
ソファーに担ぎ上げると
ぐったりと力の抜けきったクマの体はいやに重たく感じられた
200kgはあるだろうか?
腹の周りのお肉がぶよぶよで 
どうみてもメタボ?って感じだった

クマが目を覚ましたのは翌朝だった
ぼくらは
テーブルを挟んで朝食を摂った
トマトとレタスにゆで卵 そしてトーストに牛乳
ぼくはクマに言った
「そのTシャツ、少し小さいね」


ロッキー山脈

  ミドリ


アラームが鳴った
クマはスヌーズボタンをポチっとな押すと
結論から言うとどうなんだ!と部下に迫った
青年は手元の資料にじっと目を落とし
固まってしまった

窓の外はすっかりと暗くなっていた
湿った強風は渦巻き
ロッキー山脈にぶつかってすでに南下していたが
積雪は例年と変わらない
クマは目を閉じ腕を組んだ
ピッタリと閉じられたブラインドをさっと上げ

数字がないなら所感だけでもいいと
クマはゆっくりと青年の肩に手を回した
震えているのがわかる
この男には無理かもしれない
そう思った刹那クマは自分の若いころを思い出した

猛吹雪の中
スリップした車を押して顧客を回った
本社に何度も電話し教えを乞うた
会社の前で立ち止まり言い訳を考えた
不器用だった俺が
今こうして部下の肩を叩いてる
そう思えて笑えた

青年の不安げな顔がさらに歪む
何一つ無駄じゃないさと
咽喉元まで出かかった本音を
ゴクリと飲み込む
もう一日やる!
そう言ってクマはオフィスをバンと出た


島の女

  ミドリ

砂糖黍畑の間を
女と歩いた思い出がある
二車線の道路に
茶や緑の葉っぱがせり出し
そよいでいる
陽光に放たれたその道は
とても荒れていた
一時間歩いても
車は通らなかった
サングラスを外したぼくは
女に言った
戻ろうよ
待ってもう少し
一時間だぜ
時計を見た
もうすぐ東シナ海だから
汗が頬を伝う

女は
町で働いていた
いわゆるホステスだ
昔は農協で働いていたの
声を潜めるように言った
あぁ農協な
面倒なところだ
女は眉間に皺を寄せた
夜の女の
言葉は信用ならない
昼間食べたソーキそばが
腹にもたれはじめる
麺の上に乗っかってた
生焼けの肉のせいかもしれない

すべてに嫌気が差したころ
海が見えた
ほらね
女は子供のように
目をくりっとさせて言った
あぁ海だ
間違いない
するりと腕を回した女が
ぼくの手をぎゅっと引っ張った
海風よりも強く
確かな感触だった
放置されたユンボやブルドーザーが
浜の近くにあり
ぼくらは幾度か植物の根っこに躓きながら
浜へ出た

スニーカーを脱いだ
ホットパンツからするりと伸びた
女の白い足が
はじめて目に入った
ねぇ綺麗でしょ!
ここから見る眺めが
一番スキなの!
ぼくはサングラスを掛けなおし
女に言った
確かにオジサンにも
悪くない景色だ
なんだ
ノリの悪い人!
そう言うと
ぼくにくるりと背を向け
女は
裸足のままで海に近づいて行った

拝所の中に眠る
まだ陽の昇りきらない朝の
白いコーラルの道に
海風に塵埃がパッと散る


クマの名前はヘンドリック

  ミドリ



クマは冷蔵庫をパチっと開けると
缶ビールを取り出し
プルトップを上げた
裸足で踏むキッチンの床はとても冷たく
クマがノコノコ歩くたび嫌な音がした

「ベルト買わなきゃ」

クマはぼくに言った

「お前みたいな腹回りのやつに
ピッタリくるベルトなんてないだろ」

クマはポッコリと膨らんだ自分のお腹を見つめ
悲しげな指先でそっとお腹を撫でた

「ダイエットしなきゃ」
「その前に昼間からビールは止めろ!」

クマと暮らして3年になる
彼の名はヘンドリック
免許証にそう記されていた
性格は悪くないが
役に立たないのがたまに瑕だ
何しろ炊事洗濯が全くできない
皿を洗わせりゃ しょっちゅう割ってしまうし
炊飯器の保温と炊飯のボタンの
区別もつかないありさまだ
但し
アイロン掛けはべら棒に巧かった
襟の皺をささっと伸ばし
袖口をすっとあて
袖のラインをパッチリと合わせ注意深く
皺にならないように
繊維に合わせすすっと伸ばしていった
ステッチのラインも綺麗に作った
誰にでも特技があるもんだ

昔クリーニング屋さんで働いていたことがある
ヘンドリックは遠い目をして言った
五月の海に二人で行ったことがある
二羽のカモメが遠くで鳴き
人は誰もいなかった

「泳げるか?」
「ああ よく晴れた気持ちのいい八月の海ならね
アメリカ大陸にタッチして戻ってきてやるよ」

ヘンドリックは自信たっぷりに言った
どうせデマカセだろう
ぼくは彼の横顔を見た

夜中 冷蔵庫の唸る音が聴こえる
ぼくはベットを這い出してキッチンへ向かった
クマがチルド室に頭を突っ込み
中の野菜を漁っている いやヘンドリックが
明かりをパチンとつけると
「何してるんだ!」と怒鳴った
「ビールは?」
ふやけた顔をしてヘンドリックが頭を上げた
「明日にしてくれ!何時だと思ってんだ!アル中かお前は!」

ぼくはプリプリして寝室に戻った

キッチンの床を裸足で踏むたびに思う
そこはとてもひんやりとしていて
そしてジンジンするくらい・・・イタイ


P・S ジャスミン

  ミドリ



ある晩のことです。リビングの戸がすっと開くと、一匹の猫がわたくしの顔をじっと見てこう言うのです。
「貴方、おやすみなさい・・・」

カーニバルは終わったばかりでした。家々の窓や露台に人々がひしめき合い、町を騒々しく染め上げたお祭り騒ぎも終わり、樹蔭の多いわたくしのアパートメントの建つ通りも閑散とし、少し虚しく思っていた夜でした。

猫は扉をパチンと閉めると楚々とにじり寄り、わたくしの肩にもたれ掛かりこう言うのです。
「旦那様、寂しい夜ですね」

よくよく見ると、猫は上半身裸でスカートを一枚穿くのみ、肉付きの良いムッチリとしたフルーツのような艶やかな肌を寄せ。
「旦那様は罪を犯すのが怖いのかしら?」と、小指を絡ませてくるのです。
わたくしは少し疲れをおぼえ。読んでいた本をパンと閉じると、猫の耳元で囁きました。
「君は誰だい?」
猫は目をパチクリとさせ、しじまに流れる沈黙の重さに耐えるように目を閉じ、わたくしの背にノシっと頬をあずけるのでした。

わたくしは猫を摘み上げると窓の外に投げ捨てました。

そしてガン!と窓ガラスを閉じると、パチンと鍵を閉め、やれやれした気持ちになりました。

そうです。あれはちょうど3年前のあの夜のことです。町に行き倒れの猫がいると大騒ぎになり、地元の新聞は一面の大見出しでそのことを報じました。
わたくしは翌日、電車の中でその記事を読みました。

猫はアンダルシア出身の修道院の娘で、名はジャスミンと言い、ジプシーだったそうです。

昨晩、寝つけずにわたくしは部屋を出て、通りを眺めながら煙草を吹かしておりました。立木にもたれ、向かいに建つ花屋の真紅の薔薇を見つめていたのです。
いつ果てるかしれない長い夜になるな、そう思ったことを憶えています。

ふと気づくとあの猫が薔薇の花束を抱えこちらにやってくるのが見えました。わたくしを見て、震える手つきで猫はその薔薇の花束をわたくしに差し出しました。

人影のない通りトハープの町、月が雲に隠れ真白な猫の顔はよく見えませんでしたが、わたくしは花束と一緒に彼女の体をヒシと抱きしめていたのです。
そう、ジャスミンを。

そこから先のことはわたくしの口からは申し上げることはできません。
ジャスミンは元気でしょうか?
せめてこの手紙だけでも彼女に届けて下さい。

P・S ジャスミン。もう、間違ったりはしないから。


あの日のブタと

  ミドリ


ある日ぼくはコンビニでブタと出会った
黄色と白のストライプの入ったパラソルを握り締め
成人雑誌コーナーでブタは立ち読みをしていた
彼の背中とすれ違うと
どんなに待ったと思う?
ブタは唐突にそういった
立ち止まると彼は横目でぼくを見た
ブタに話しかけられるのはこれが初めてじゃなかった
3年前
バカンスでコルシカ島に行ったとき
地元のブタに話しかけられたことがある

ブタは手にしていた如何わしい雑誌をぼくに手渡し
これ一冊買っとけといった
見も知らぬブタにタメ口をきかれぼくはムッとしたが
あまり相手にしない方がいいと思って
黙って買い物カゴにそいつを入れた
ブタはぼくにきゅっとウインクしたが
はっきりいって 気持ち悪かった

買い物を済ませるとぼくは愛車のアテンザにキーを差し込み
ブルンと捻った
缶コーヒーのプルトップをパキっと起こし
一口飲み干すと
さっきは悪かったな
後部座席を振り返ると
コンビニのブタが縞々のパラソルを差したままぼくの顔をじっと見ている
ブタ!今すぐ降りろっ!
おいおいブタって失礼だな
彼は肩をすくませ 半笑いで応じている
そして短い足をきゅっと組み
後部座席にもたれかかり
これからどこへ行くんだとかトボケたことをいっている
家に帰るんだよ!
なんだ?お前一戸建てか?
つまりそのなんだ?両肩にローンを30年分背負ってるってわけだな
つらい身だなーお前も
怒りを通り越して笑いがこみ上げてきた

ブタ君よ
これが読みたかったんだろ?
ぼくはさっきの如何わしい雑誌を袋から取り出し
後部座席に放り投げてやった
一瞬
ブタの目蓋に暗い影が差したような気がしたが
彼は陽気にこう言い放った
おいおい 何だ?俺がこいつで一人でアレするとでも思ってんのか?
カストロもびっくりだよな
カストロって何だよ
キューバ革命の英雄だよ
お前そんなことも知らんのか?
でもスカトロとかなら知ってんだろ
そんな顔してんもんなお前
いいからブタ!ちょっと降りろや!

ぼくは車のドアをバンと叩きつけ
ブタを引きずり出し
グゥーで2、3発殴ると
ブタはアスファルトの上にだらしなくのめりこんだ
止めの一発に蹴りを入れてやると
ぼくは素早く車に乗り込み
ブルンってエンジンをかけた

なかなかいいパンチだったぜ
お前むかし格闘技とか習ってただろ
振り返るとまたブタが擦り切れた顔から鼻血を出したまま
例のパラソルを立て 後部座席に座ってぼくの顔をじっと見ている

何が欲しいんだ?
ぼくは呆れて彼にいった
できれば 愛とか?へへっ 
ブタはまた下品に笑った


記憶

  ミドリ

腕に雪白のネコを抱いている男の子は
黒縁の眼鏡をかけた
青白い顔をした青年だった
マンションの廊下から出てきた彼は
5階の手摺からネコを中庭に投げ捨てる
まるでトートバックを
ポンと放り投げるように

ネコは空中をくるくると回り
芝生の上に潰れるように落ちた
雪が
とても多く降った夜だった

ねぇ
心の底で思ったことがある?
何をさ
憎しみから誰かを
殺したいと思ったこと・・
あぁ 多分 あるさ
きっと何度だってね
何度も? じゃ
そのうちの一人に
あたしも入ってる?
彼は少し目をしかめて
わからないと言った
12月15日の朝に
彼は通勤電車に飛び込だ
もう7年前の話

きっと誰の身の上にも
命が少し
軽く感じられる瞬間があるんだと思うの
確かに
あたしにだってあった

ビールの栓を抜く音
グラスの触れ合う音
マンションで槙村くんがTVのチャンネルを
パチパチとかえる
転勤が決まった
来年の4月だよ
辞令が出たの?
それからあたしは黙って炬燵に足を
深く突っ込んだ
槙村くんも
何も言わずにサッカー中継を観てる
15分たって
ハーフタイムに入った時
槙村くんはあたしの肩を抱き寄せ
あたしにキスしようとした
その腕を強く押し返したあたしに 槙村くんは
傍にあった新聞紙を 投げつけた
テーブルの湯飲みがパチンと激しくこぼれ
あぁ 全部
きっと全部終わっちゃったって
その時 強く思った 
時々 そんな風に思う
君もあたしも独りで
独りと独りだから一緒にはなれないのって
だから 全部終わりなのって

何日も
雨が降り止まない梅雨の午後に
一匹のネコが
あたしの部屋のドアをノックした
彼は雪白のあのネコで
7年前にあたしを見たっていった
ヴェロアを張ったリビングの椅子に
彼は深く腰を掛けると
葉巻に火をつけた
なんだよ
この家はお茶も出ないのか?
彼はエラそうにそういった
出て行って下さい! (><)
あたしは彼を睨み付けてそういうと
眩しげに眉間に皺を寄せ
悪くない味だ そういって
指先につまんだ葉巻を彼は見つめる

ねぇ 出ていって
警察呼ぶわよ?
雪白のネコは足を組みかえ 
あたしにこういった
お前 昔とズイブン変わったよな
どこがよ?
髪型とかマスカラとかシャンプーの種類とか
そのへん
当たっり前じゃない!
7年もあたしを放っておいて 何よ!
ふいをついて出た言葉にあたし 涙が止まらなかった
時間が今 あたしに優しく寄り添っている
そんな気がしたから
だからあたしは泣きながら彼に
出て行って!って 叫んでた
胸が激しく引き裂かれるほどに強く
彼に向って叫んでた

お願いだから 出て行って・・

文学極道

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