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ゼンメツ - 2018年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  ゼンメツ

数えるほどしか履かずに褪せたコンバースが、いまでもくっきりと足跡を残しやがって、また苛々させられる。そもそもコンバースって靴はマジで雑魚だ、どしゃ降りの雨に当たったらそのイチゲキでオシマイだ。なんならいっそ歩きながら土へ還りでもすれば突き抜けてエコってことでタイソー褒められんのに。誰にだ。キミはきっとアレさ、もう一人も話し相手がいないもんだから、退屈と空腹の区別がつかなくなってんだ。なので早速コンビニへ行き、ゼロカロリーのコーラと「ひねり揚」とかいう、屈強な名前に対してあまりにも幸の薄そうな体格をもった菓子を購入した。始めのうちはその語感に割とシメられていた、しかし思ったよりずっと食べ飽きる量が入っていて、逆にその節操のなさに腹が立ってきた。どうしようもなく、結局むしゃくしゃしている。僕は近所の植物ばばあどもに「言い得ぬ不穏」をばら撒いてやろうと、一番でっかい枯れた鉢植えにコンバースをツマ先から半分ぶっ刺してやった。しかし古くなった土がボロボロですぐに倒れたので、わざわざ靴紐を枯れたラベンダーに巻き付けて補強を加えた。そこまでしてやっとバカらしくなった。やっとだ。ラベンダーは一年草じゃなかったらしい。僕はこいつの花々が枯れたあとに木だと知った。そこに木が残ってるんだからそうなんだろう。ただそれが死んでんのか死んでないのかはどれだけ眺めても判らなかった、そこにはまだ「来年フツーに生えてくんじゃないの感」すら残されていた。僕はしばらくのあいだ水をやり続けた。まあ、どこで気付いたのかは忘れたが、結果としてそれは死んでいた。なにも悲しくはないけれど、昔彼女がサガンの話をしていたことを思い出したから、一冊だけ読み直すことに決めた。本当は今でも小説が苦手なんだ。ひとつの同じものが長く続くことを考えると、知らない臓器に違和感を覚える。そんなだから当時読むまでにどれほど掛かったのかは覚えていない。読み終えてからどれほど経ったのかも。彼女と話しながら、数冊の本を買い、それよりずっと多くの名前を、聞いてそのまま忘れてしまった。いつのまにか彼女は彼女じゃなくなっていた。それだけ聞いたらいい意味に取れる場合もあるかなって気付いた。ちなみに例のコンバースは彼女と会うために買っただとか、ベツにそういうもんじゃない、てかコンバースの事はもういいだろ、ほんと、

ほんとね、さっさと死にたいです。


もうなにもかも知らないし何も知らなかった

  ゼンメツ

今年のサイコーキオンを弾き出したことを、ニュースサイトから告げられた日、あまりにも金が無さすぎて点けられなかったクーラーのスイッチをついに押してしまった。ついに。言っても昨日と1℃しか変わらない。だけど僕はニュースサイトのたった一言に押されてしまった。きっと来月の電気代は彼女に借りるはめになるだろう。ワリーな未来の僕。ワリーな目下バリバリ仕事中の彼女。こうやって、冷風にあてられていろいろ空っぽで横たわってると、空いた隙間を自分以外のなんかに埋められて、ゆっくりと膨張していく気がして。あのなんだっけ昔よく見かけた、水を吸って何十倍にも膨らむ恐竜のオモチャ、名前も知らないけど。あれって最後どうなんだろ。そのまま、曖昧になった境界線が、欠けゆく夕陽のように小さく震えはじめ、僕は少しづつフローリングの下へ沈んでいった。って、なんだそら、ちょーくだんにい。自分を保とうぜ。おっぱいのどでかい店員さんの事とかを考えて、

そうさ、近所のコンビニに新しく入った女の子が、お釣りを渡すときにけっこー強めに手をにぎってくれるんだけど、その子と僕がエッチするまでの妄想をさ。とりあえず笑顔がかわいくて、そしてなによりおっぱいがアットー的にどでかい。なので当然そこに掛かっている名札も確認しているはずなんだけど、まあさっぱり頭に入ってなくて。つまりおっぱいを除いてほとんどなんにも知らない子だ。僕はそんなほとんどなんにも知らない子を、なんにも知らないまま好きになって、なんにも知らない夜に、誰からも知られずに二人きりになる。そうして見つめ合ったその子のことを、一体なんて呼べばいい? けっきょく最初に思い浮かんだ名前がナナコで、それでなんかもうどうしようもなくなって、とにかくどうしようもなくて、つーかおっぱいだってけっきょくはブラ越し、制服越しの単なる想像で、ジッサイのところ恥じらうナナコが僕の前で制服をはだけて、これねサイズがあれだからあんま可愛いのがないんだとかどうでもいいことを言いながら、僕もそんなことないよすげー可愛いと思うとかどうでもいいこと言いながら、ホックを、そう、だって外すんだし、そしたら、それまでしっかりと膨らんでいた境界線も、どこか曖昧になっちゃって、僕たちは欠けゆく夕陽のようにベッドの下へ沈んでいく。

いや。いいよいいじゃん。張りがどうとかそんなん、ぜんぜんいいでしょ。よくないよ。ガッシャーン。ナナコは唐突にそうはならないもの全部を机から払い落とし、その手をそのまま受け皿みたいに大きくひろげ「この世界にパスタの具にできないものはないよね」ってバカみたいなふりして笑う。で、なんかいろいろあってけっきょくまたエッチする。そんな関係。それがいいんだ。だって暑いから。サイコーキオンだから。この部屋、クーラー、めっちゃ効いてるけど。

こんなことを繰り返しているうちに夏やらなにやらが過ぎ去って、今はコンビニに見つけられる女の子も、気付かないうちにどっか行っちゃって、退屈な日にきみのことを思い出したりするならそれはそれでよくって。んそうか? そんなよくはないな。いまのはナシだ。僕はえっと、きっとただ、こんな自分なんかを受け入れてほしくなかっただけで、ん、いや、違う。僕には11人くらい彼女がいて、違う。僕はたしかきみの、規則的に強弱をつけてチップスを噛む音が、いつだって気に入らなかった。そう、かな。僕はきみの、喧嘩するとすぐに黙りこくって待ちに入るスタイルが気に入らなかった。僕は、きみのページを捲ってはすぐに戻る読み方が、僕は、カーペットの起毛なんかと簡単に一緒になってしまうきみの、細い髪の毛をよく気にしていた、僕はミキの、違う。誰だ。でもきっとポニーテールだ。じゃなくて僕は、きみとエッチがしたい、違う。違う? じゃあ、きみじゃなくてもいい、違う。いや、違わない。じゃあ、僕は、僕はきみの、

細い髪の毛を、「愛してるよ」とひと撫でし、コンビニへ向かう、きみはきっと、僕に向かって何か言っている。でももう知ったことじゃないんだ。僕は聞こえているふりをして手を振る。きみも応えて手を振っている、と思う。それはとても優しい拍数だ。その手を大切な人とも繋いだし、声だって何度も殺した。だけどね、僕はこのまま僕のこの手で、ぜんぜん知らないコンビニ店員の女の子の、僕よりなんだかずっと小さかったような気のする手を引いて、なんだかとてつもなく大きかった気がしてるおっぱいを揺らしながら、二人で息を切らし、どこだか遠くの夕陽が見えるところへ行きたかった。そうして残されたきみは、この部屋からまたべつのどこかへ行くまでのわずかな時間を、どうして過ごすんだろうか、とか、そんなことを思いはせるより先に、

コンビニの自動ドアをくぐると、レジにはぜんぜん知らない若い兄ちゃんが立っていた。だって僕は、誰のシフトも知らないわけで。仕方なく、気晴らしの炭酸飲料だけ買って帰ろうとしたら、なんか、店員の兄ちゃんのお釣りを渡す手が震えてて、それに気が付いた瞬間、受け取るためだけに差し出した僕の手も、小さく震えはじめた。


メイソンジャー

  ゼンメツ

「そういえばーー」僕は、ガラス瓶の中でほころぶ何本もの野ユリに目をやりながら、出来るだけそれがなんでもないことのように切り出した。「覚えているかなきみほら、前にプレゼントしたろ? あの内側にシトリンのあしらわれたピアスだよ」すると彼女は雑誌を抱えたまま、ゆっくりと間を取り「ウン?」と、それはおよそこの世でもっとも正確なふた呼吸に思えた。つぎに、アア、と更にきっかりもうひと拍を溜めたのち「ユリのモチーフのね」と言葉を切った、そして目の前でもっともぐずぐずに果てるひと束の花弁へと視線を交差させると「やだな。わたしがどっかやっちゃったとでも思ってるのかしら」だなんて。今日という日がいかにも、誰にだって年に一度訪れる平均日だとでもいわんばかりな。「まあ、そういう意味じゃなかったんだけとね。……てかさ、あのピアスどうして着けないの?」すると、彼女は黙って二ページほどを捲ったのち、「あーらら」とだけ、それはなんとも呆気なく、花弁を落とすので。「あーらら」 僕もその口調に出来るだけ似せて返した。 どうしようもなく、野ユリの刺さった目の前の。それだって以前ジャー入りのサラダが流行っていた頃に、大小さまざま買ってきたものなんだけど。結局ひとつひとつの違いもよく分からずじまいのまま、いまそのうちの選ばれた一瓶のなかで、手を離した花弁と、もう何もたたえない茎とで、水がほんの僅かにだけ濁っていて。「そういえばーー」「こいつの密封機能つきの蓋、きみはそれをまた、一体どこにやってしまったって言うんだい?」


Wheel of F F F FFFF For tune

  ゼンメツ

朝食ではチョコワの瞳がそらばかりを見つめていた。交わることのない視線に少しづつ意思の滲むミルク。それを飲み込む僕をまたべつのチョコワが覆っている。触れるずっと前から、少しづつふやけていく。なのにこの世界が四角いと知ったのはもういつの話になるだろうか、幾重にも突っ伏したパンのうえにまた新しいパンの名前を重ねる。ヤマザキモーニングスター。陰鬱な鈍色の空に鉄でできた星々が飛んでいく。朝からそんなものにすがりたくはなかった。胸近くの内ポケットで車のキーがガチャガチャいっている。もう行かないとならない。旅をしているんだ、イスからまた別のイスまでを。祈っているんだ、いつかこの道から外れますようにだなんて。終わってんだ、そんなのは。夢の中では毎日のようにどこまでも透明になり切らない地平線を走り続けていて、それがどこからか滲みはじめているということに僕は既に気付いていて。おまえは知っているか。スーパーマーケットの二階には救いがあるらしい。外国では誰もがそこへ逃げ込んでいた。そいつらは大抵死ぬのだけれど。

いくつもの世界が棚でひっくり返っている。けっきょく僕に必要なのはどこの誰からも忘れられることのない本物の木でできた割りばしだった。ひとから手渡されるプラスティックスプーンはとても良くない色をしている。誰もがそいつでミルクを掬う。スーパーマーケットにすら辿り着かなかったやつらが、コーンフレークスのようにひび割れた身を重ね合って、黄味掛かったプラスティックを口に含み、そしてふっかつのじゅもんを吐き捨てている。「みんな救われたがりなんだ」ヴァンガードは根拠のない自信に満ち、いつだってヘラヘラしていた。こんなヤツらとはもう付き合っていられない。いますぐにでも車に乗ってくれ。知らないうちに歪みきったフロントバンパーの空力が、きっと誰をも背中のそらに散らしていく。出発なんだ。名前のついた黒人も探そう。そいつはきっとやってくれる。いつだってそういうものを観てきた。この眼で何度も。だから信じてくれ。そいつも車に乗せるんだ。乗り換えたとしても。僕は英語なんてできない。それでもまた乗せる。そう決めたんだ。心配しなくていい、会話に詰まったときは昔買ったミニテトリスだってダッシュボードの下にまだあるんだ。「ここにはなんでもあった、だが欲しいものなんて何一つとしてなかった」とダイソーが呟く。僕もそう思う。死んだパルコも同じことを言っていた。あいつのはただのうわごとだったか。まあどっちだって変わらないさ。いいからさっさと車に乗ってくれ。元々ビル風だったやつが街を縫い尽くしていく。今の僕たちにはまだ僕たちを覆う頑丈な屋根が必要だった。だからコンバーチブルはダメだ。空に星が見えるけどそこがダメなんだ。ハーレーも絶対にダメだ。早く死ぬからダメだ。原付のモンキーなんてもってのほかだ。そんなところだけを切り取られたくはないから。行こう。もう星なんか探さないでくれ、カーブを曲がれなくなる。僕たちはただの一瞬でこの街を抜け、最初に見えたガードレールを突き抜けていく。おまえはそのあいだジッと目をつぶって、何も心配しなくていい。免許は持ってる。だから心配ないんだ。もう黙れ、うるさい。マニュアルだ。

目につく世界の外殻に何度だって突っ込んで、どこまでも薄いミルク色を轢き延ばしていく。この車には僕とおまえと頼れる黒人の男と、結局ついてきたダイソーが乗っている。互いに何を思っているのかなんて、結局わかりもしないまま。ラジオなんてとっくに拾えない。黙って、風を起こし、遠くへ、延ばし続けていく。おもむろに黒人の男が下を向く。けたたましいテトリスの電子音が鳴り響く。頼む、もう一度アイツに名前を聞いてくれ。僕にはどうしたって聞き取れなかったんだ。唯一の電子音がいつまでも鳴り止まない。いつまでも。その手のなかで、何もかもが枠にはめられていく。だから頼む。


傘泥棒

  ゼンメツ

彼女と出会ったのはほんの二日前のはなしだ。ひと気のない湖畔のキャンプ地で、たまたまソロ同士だったから、ぼくが張ったタープの面積がなんだか気合い入り過ぎだったから、あとは大量にもってきたお酒が切れなかったから、なりゆきのままお互いにお互いのことは何も聞かず、ただただ、というよりとにかくだらだらと一緒に過ごしていたのだけれど、今日たったひとつだけ、子供のころ傘泥棒と呼ばれていたんだ。と、笑って話してくれた。理由を聞くと本当にそのまんまで、それで少し恥ずかしそうにしながら、月のあかるい夜にはうちの浴槽にも小さな波ができるんだよ。そういって湖面越しの月を指さし、飛び込んだ。水から上がるとぼくの手をひいて、それからは肌で水を打つ快感を求めてなんどもなんども飛び込み、すこし飽きれば付近をひとしきり歩いた。彼女は濡れ髪のまま風を切り、ためらいもなく花々をけりとばしながら進む、それなのに花の歌なんかをくちずさむ。そのせいか、はだかになっても全身花粉だらけで、着水するたびに、月暈をとりどりに染めあげた。

たまに魚を見かけた。このちいさな湖には不釣り合いなくらい、わりと大きい魚が泳いでいるんだ。知らない魚だ。彼女にも伝えようとしたけれど、知らないもののことを上手く伝えるのは難しくて。彼女が知っている魚とはサンマのことだと思う。それは湖にはいなかった。その代わりに知っている星のなまえをいくつか挙げ、湖面に映るそれとほんものとで絵合わせをはじめた。しかし星はだいたいみな同じかたちをしていたのでしばらくすると彼女は眠ってしまった。魚は同じかたちをしていない。花もかろうじてそうだ。眠る彼女を眺めていると、そのかたちはすこしだけあやふやに見えた。ぼくはしずかに焚き火をまもりながら、いくつかのさかなの味を思い出していた。間違ったことを想い、彼女もそうしている。今日はなにも思い出せない。ぼくは味覚障害かもしれない。

いつのまにか自分も眠っていて、目が覚めると雨が降っていた。雨に理由をつけるのはとても簡単だ。強いのか弱いのかだけをみて、それに合わせたウェットな出来事を思い起こせばいい。そうすると雨は少しだけ特別なものになる。ぼくたちは傘を持ってきていなかったから、彼女と二人で、子供の時分の彼女に盗まれたいくつもの傘について考えた。そういえばそれって、家に着いたあとはどうしていたの? だいたい近所の河原に捨ててたかな。そっか。だって見つかったらたぶん怒られるしそもそも誰のかも知らないから持っててもどうしようもないし。そっか。ビニール傘なんて水中に沈んでしまったら溶けてなくなればいいのに。そうかも。ねえきみは自分の家に帰ったらどうするの? どうしよう。缶ハイボールをいくつか開けているうちに雨は弱まり、風で小刻みに葉が擦れる音が聞こえはじめた。月は見えないけれど、湖面には小さな波が立っている。


テレビジョン

  ゼンメツ

最近ひとんちがそこかしこでぶっ潰れてる。そんなニュースが、うちの薄型テレビの画面にすっぽり収まってて、わたしたちはそれを家族そろって眺めながら、晩ご飯を食べます。きらいな具の入ったお味噌汁、ぐずぐずに潰されたお豆腐の意味が、ミジンも理解できない。父さんは何をしていても深刻な顔をしているし、母さんは何もしていなくても忙しそう。わたしは黙ってスマホを握って、ツイッターを開いたら、やっぱりわりとそこら中からセイサンな状況報告が浮かんできて、そのままわたしのめのまえを流れすぎていく。食事中にスマホを見るのはやめなさい。でも父さん、ぶっ潰れた家のとなりには目撃者たちの住むマンションが建っているから。聞いてるのか? フジサンが見えるくらい巨大なやつが。スマホを置きなさい。お味噌汁なんてぜんぶ流してやりたい。隣のマンションぜんぶがぐずぐずにぶっ潰れたら、うちからもいろいろ見渡せると思うんだけど。

近所のナラセさんとこの娘さん、この後の番組に出るんですって、ご近所じゅうに話してたわよ。そりゃ凄いな、おまえも将来テレビに出られるくらい立派になれよ。そんなこと言われてもね。番組が始まると、ナラセさんとこの名前も知らないお姉さんが、見切れるほどいっぱい集められた水着の女性の中の一人で、際どいポーズで、バランスボール乗ってるのを、父さんも母さんも真面目な顔して見つめてて、わたしなにもかもを横目で見つめながら、なんかもうぐらぐらしてきちゃって、ぎゅっとスマホ握りしめてるのに、祈るみたいに握りしめてるのに、時間がぜんぜん流れなくって、したら父さんが突然、こういうのは空気を少し抜くと乗りやすくなるのかな。って口にしたあと、しまった、みたいな顔して黙っちゃって、母さんは黙ったままで、わたしはぐらぐらで、今すぐきゃーなんて言いながら、笑顔で足開いてすっ転べたほうが、たぶんきっとよかった。

番組が終わっても、わたしたちはずっとテレビを見てる。正確にはずっとテレビのほうを見つめてる。インスタント麺のへんなノリのCMを、家族みんなして黙りこくったままじっと、もうとっくにタイムラインなんか見失っちゃって、画面の中でラーメンが空へぶっ飛んでくのを、見上げることもなく見つめ続けるしかないわたしたち。いつまでもへんな安っぽい枠のなかで、いっつもぐらぐらのくせして、あたりまえに絡みあってて、熱湯イッパツで都合よくフッカツするのを、じっと待ってる。じっと。


アンタなんかしなない

  ゼンメツ

1

あくびをしている恋人の口へ指をつっこむみたいに、拳銃を突きつけ、そして同時に引き金をひいた。そのどこまでが比喩だったのか。

2

僕とキミはきっとゾンビだ。だってとにかく全身穴だらけだったから。僕は「恋人そのもの」と同じくらい、恋人の身体によって囲まれたマジでなんもない部分を心底愛していたし、お互いがお互いに囲う「なんもなさ」に対して、「愛しい意味」をつけ合ったりしていた。僕たちは極めてノーナシだったし、チメー的に欠けていたけれど、どうしてかめちゃくちゃ死ななかった。

3

僕は本当はロックマンになりたかった。様々をぶっ倒してぶっ倒したやつらからぶっ倒した分だけ奪って、そいつを腕から惜しげもなくぶっ放しながらいつまでもどこまでも突っ走っていきたかった。僕は本当はいとも簡単に死んでいとも簡単に蘇えりたかった。でも、どこにそんなやつがいるかよ。

4

実際のところ、穴だらけで、見えないところまでちゃんと終わってて、足なんかつりっぱなしで、目の前のお手頃なノーミソに噛みつくばかりだ。今日も最愛のキミが、瞳や鼻の周りをぐじゅぐじゅにしながら「なにか」唸っている。だけどトーゼンに僕の耳は空っぽで、僕の顎は外れてて、僕らはどうしようもなくバラバラで、腕だってずたずたで、いつまでもお互いへ届かなかった。だから代わりにブン投げた。固い石だ。そして投げ返す。それよりもっと固い石、鉄でできた棒、ウィンチェスターなんちゃらかんちゃら、まるで嘘みたいな色の入浴剤、ゲームボーイども、想像上の赤ちゃん、僕たちはそれらを「いつだかのはなし」でくるんでは投げ、くるんでは投げた。「いつだかのはなし」は一度くしゅくしゅになるとしばらく戻らないでいるため、物をくるむのに丁度良い。

5

さいごは決まってアパートを放り出される僕は、そのたびに「駅近のうろうろ」に成り果てた。コンコースってのは案外ゾンビで溢れている。この人混みのなか、枯れ木か道路標識のように立ち尽くしていて、それなのにちっとも待ち合わせをしていないやつらがそうだ。膝を抱えてしゃがみこんでいるのは実のところ大抵が健康体だ。まあ、だから安心ってわけでもない。いままさに横を通り過ぎていった女の子なんかは、自分はこの「寒空の発生源」だ、とでも言わんばかりな、あかるい薄藍色のダッフルコートの、表面の毛羽立ちをいまさらになって気にし始めたせいで、これから「めにみえて駄目」になっていく。きっとこのコンコースを抜けられずに、数えきれない足音の中心から、さいごにはほんの僅か外れて。わたしこそが「寒空の発生源」だ、なんて、誰に告げることもできずに。

6

「新興住宅地の真ん中では」という言葉が、人々の流れから取り残されたキオスクに追いやられていた。いまでは一日に数本やってくるバスだけが、周辺と繋がる唯一の手段になっているらしい。なんて、ほんとかよ。いや、眉唾ものだったとしてもそれはそれで良いのかな。「新聞紙の方角を気にする人間も少なくなったものです」そっとキオスクに耳打ちをすると、どこか遠くカサカサとした声で名前を聞かれた。僕はほんの少しだけ考えてから「エキチカ」とだけ名乗り、ぼろぼろの腕をできるだけ大袈裟に振りながらその場をあとにした。

7

アパートへ帰って一通りを話し終えた僕に「だからなんなのさ」とキミ。知るかよ。なんもねーよ。マジでねーんだ。逆になんなんだよ。穴だらけだからゾンビで、毛羽立ってたからもう駄目で、追いやられた先がキオスクで、愛してるから帰ってきて、なのにごめんのひとつも言わなくて、僕は本当に空っぽで、キミは本当にぐじゅぐじゅで、死ぬまでも、死んじゃってからも、同じようなことを同じような言葉を、繰りかえし繰りかえしブン投げ続けて、それでも結局なにひとつはまらなくて絶対に埋まらなくて、だからなんだっていうんだよ。僕は、ふらふらと揺れ続ける、いまにも朽ち落ちそうな利き手を、じっと見つめる。それをもう片方の手で抑える。すると、自然と祈り始めていた。

8

けれども、手放しで救われたいだとか願うようなやつに、救いなんてあるわけがないのだ。


セロファンの月

  ゼンメツ

つめさきを濡らすたび、すうまいずつがめくられていく、縁々へとぼくを拠せて、であってしまう。つながってしまう。たちきえてしまう。みなもに削られる月のような、うすくいびつに折り目の残るセロファンに透かされて、月型に曲がったままのひとびとが、湖岸の泥濘みへと植わっている。花弁をかぞえるように、ちかくの細い茎などを、てあたり次第ひっこ抜いている。


せかい。とつぶやいて、丁寧にかおをあらう。

遠い、

すくわれたいろみずのいろがいまだれの手にもみなぞこの泥をわすれさせていた。あなたはほうぼうへとかぜを起こしながら何処までも何処までもとそれをはこんでいて、つまづくたびにまた、はっ、と、すうまいずつをめくってしまう。

文学極道

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