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ゆえづ - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


冬の散歩道

  ゆえづ

色づいてゆく君は愛らしい
柊の爪が乾いた風を奏でる頃
二人して唇の端を切った
裏町の寂れた小路では
物憂げに軋る看板が私達を祝福していた
めくれあがる薄っぺらい肌の
所々陥没している様まで
でこぼこと哀れな私の胸そっくりで
骨の奥がくすりと笑う
力まかせに蹴り飛ばしたら
また一つかさぶたが剥げ落ちた

冬枯れの道をゆく私達は十六
ジーンズから放り出した脚が粉を吹いていた
いたずらに破かれた膝丈の自我と
ブーツの中で遊んだ踵

巨大な灰色の怪物が見える
町外れにひっそりと建つ博物館は
そう君みたいで好きだった
円形コートを囲うのっぺりとした打ち放しの壁は
空を飲み込む大きな口となり
外界の一切を阻んで吠える
頭上にぽっかり空いたインディゴブルー
くぐもった溜め息だけが響く
ずうんと重低音の海

明け方の遊歩道で君は町を出たいのだと言った
どこにも居場所がないのだと
あるよと言いかけたその時
吹き抜けた突風に驚いた君の羽根のような上着のケープは
思わず息を飲むほどの白を空高く翻し
置いてかないで
私は咄嗟に君の腕をつかんだ

まだるい眠気のように溶け残る雪を踏み分け
君の手を握りながら入ってゆく
しゃらしゃらと内気な寝息を立てる森
鳴けないミミズクが
口をぱっくりと開いたまま私達を見ている
声のない赤が突き刺さる
ねえ君はそのように叫んでいたの

くしゃみをする間に朝がきて
柊を見下ろす歩道橋から
揃いのピルケースをせえので放り投げると
パステルの錠剤が逆光の中
君の笑い声と飛び散った
私は泣くのだけれど
また指切りをして泣くのだけれど


鶏頭

  ゆえづ

ゆらゆらと灼けたタイルテラスで
靴底を鳴らし踊るきみは
場違いなジーン・ケリーだったけれど
その耳にはぼくの声すら届かない程
空っぽなメロディが響いている
だってほら吸い込まれそうに遠い

たんたたんたん

脳みそのヒダにこびり付いた昨日を
皮膚へきっちりと縫い合わせ
ぼくは日に日に折れ曲がる
赤いサイレンが耳鳴りのように唸り
溶けだした太陽は暗く笑う

たん

ベルベットの風を纏ったフリルスカートが
8の字を描いてスイングする
糸の切れた凧のように舞いながら
息の上がったきみの頬で
柔らかに光っている金色の産毛
指先が撫で上げる午後には
口を大きく開けたまま
野ざらしの内臓が
花壇一面に張り付いている

陽炎が手招きをする
きみはもう死んでいるのに
たたたん
鮮やかなダンス

いくつものダンス


アノレキシア

  ゆえづ

浜辺には灰色の流木が転がっている
ひょろりといびつな形をした
いやそれは私だった
私はじっと横たわったまま
誰かが抱き起こしてくれるだろうと
ただ待っていた夢の中

窓の外では野良猫がえずいている
ゴミ袋を突くカラスを見て
その声に目覚めるとまた金縛り
差し込む夕陽が病室を焼く
壁から不意にずり落ちる掛け鏡
ふと気配を感じ横目で確認すると
窓際にひとがたをした流木が立っている
24インチのジーンズを履いたそれには
よく見ると足がなかった
「だって死んでいると温かい」
ベッド下に捨てられたふくらはぎを拾って
手足をかくりかくりと鳴らしながら
流木は冷蔵庫の方へ向かった
針が同じ時刻をなぞるばかりの
電池の切れたアナログ時計のように
かくりかくりと奇妙なリズムを刻み
冷蔵庫のミルク瓶を手に流木はやって来る
そして乱暴にパジャマの胸元を掴み上げると
拒絶する喉へミルクを流し込んだ
そこで私は再び眠りに落ちる

ずきずきと収縮する病室は腫れたようなオレンジ色
テーブルにはホイップまみれのバスタオルが
また床にはごっそり抜け落ちた頭髪と見覚えのない錠剤
それから私のものらしき顔がばらまかれ
時間も何もが剥がれ飛んでゆくのを
やはり私は横たわったまま見ていた
目覚めても鼓動は遠いさざ波を奏でている

面会にやってきた父親は
私に冷ややかな一瞥をくれると
ソファーに万札をひらりと落とし
そそくさと病院を後にした
一枚きりの万札をベッドの中で握りしめ
何もなかったかのように死ねたらいい
できれば私は私に戻りたい
昼は学校でフツーに笑い
夜になれば脂臭い街へ踊りにゆく
ありふれたフツーの女の子に


彼岸花

  ゆえづ

空に刺さった数多の指が
イチョウの葉を撫で
さわさわとくすぐったい風を奏でる頃
ばあちゃんのか細い腕を引き
ぼくは歩いていた
首筋をつたう汗に苛立ちを感じながら
となり町の病院へと続くこの畦道を
耳を澄ますと緑が染む
じっとりとうるさい陽射しは
ぬるんだ水田を跳ね
ただ申し訳なさそうに笑うばあちゃんと
夏が少し悲しかった
焼けた肌にぞわりと吹き抜ける
いたたまれないわびしさ
見知らぬ国の風景画のようだ

花びらを千切った
きみは生まれたての指先で
人はなぜ忘れてゆくの
知るためさ
それなのに日々はまだ
永遠のような顔をしてぼくらを追う
それなのにひとりぼっち
明けない夜に打ち拉がれ
赤い花のしたたり落ちる歌と
いまだ暗い血を掬って

母にばあちゃんの付き添いを頼まれ
ふくよかだったばあちゃんのひと回りもふた回りも大きくなって
ぼくはこの小さな田舎町へと帰ってきた
いつもの透析治療を終えると
ありがとうなありがとうな
ばあちゃんは何度もそう繰り返しながら
両手でぼくの腕をさすっていた
河川敷には青白い乙女たちがぞろりと立ち並ぶ
何百メートルと続く彼岸花の群生だ
それぞれ華奢な喪服にその身を包み
色づいたつぼみを高々と掲げ
帰路に長い葬列をつくっていた
どこまでも透き通るそのまなざしは
あまりに美しく
ばあちゃんそっくりで
ふと足を止めてぼくは見入ってしまった
水を打ったような静けさの中
ばあちゃんがぼそりと呟いた
何もかもよかったんだよと
最後の夏だった

きっとまだ許せないでいる
放射状に散った背中の爪痕と
ぼくらにまつわる一切を
あいの悪戯により
気が狂れたきみに困り果て
ごめんねとも言えず
ただぼくはもう死ぬんだとうそぶいて
ひとりぼっちのこころをしかと傷つけた
きみはきみを忘れてしまえばいい
そしてぼくはぼくをどうか許さないでいて

小さな影がぺたりぺたりと
真夜中の冷たい廊下を歩いてゆく
そして突き当たりの洗面所までくると
月明かりに鈍く反射するカミソリが
やがて胸に埋めたカテーテルを
それは静かに切る
叔父からの連絡により駆け付けたその朝
ぼくの目に飛び込んできたのは
ばあちゃんの白い長襦袢に咲いた
たくさんの彼岸花
見るなと父に目隠しをされたけれど
本当にきれいだったよばあちゃん

終わりを見ている
まぶたを開いたときから
忘れていられるあいだのぼくらでも
よかったんだよ
つぼみのまま枯れてゆく花よりは


クロリス

  ゆえづ

君はエプロン姿の小さな確信犯だった
それはとても可愛らしい
庭で摘み取ったケシの実を
エプロンの前ポケットにたんまり詰め込んでは
買い物に出た先々で
気の向くままにひねり潰してゆく
膨らんだポケットでもてあそぶ
ごろごろとしたこどもの世界は
はち切れんばかりのまるこい手から
砂粒のようにこぼれ落ち
町中へパステルのざわめきをばらまいた
僕はそれを花束にして
いつかのこども部屋に飾ろう

クロリス、クロリス
そよ風にゆだねた君の裸体
たまらず僕は走りだしたんだよ
ナナハンにまたがり
雨の降りしきる田園地帯を
あのしたたかな秘密を引っ剥がし
横殴りの雨の中を走り続けたんだ
蕾のような吐息を抱いた
なまっちろい奇跡は
クロリスがそっと僕に口づけすると
ビニ本モデルの上気した頬よりも
艶やかに咲いたよ

雨宿りがてら立ち寄った給油所で
濡れたシャツにぽてっと止まったのは
上翅いっぱいに星を抱えたてんとう虫だった
黒光る半円形のフォルムが美しい
おまえも翅を休めに来たのかい
ああ見ろよ虹だぜ
吐き捨てるようにそう言い残し
てんとう虫は飛び去っていった
ヒンジの緩んだジッポで
しけった煙草に火をつけると
僕はまた煤色の風になる


飛田新地

  ゆえづ

つつましく正座した少女らは
灯籠の薄明かりの下
客引きのおばさんが手招く先々で
剥製のようにしゃんとすましている
浮世絵さながらの色街
一枚の座布団だけが優しさで

僕は今月一枚きりの万札を
ぎゅっとジーンズのポケットで握り締め
時代に取り残されたこの一画へと足を踏み入れた
すれ違う宿はどれも泥垢に塗れ
ゆらめく街をまっすぐに見据えている
空ろな眼差しを投げ
路上で膝を抱えるホームレスそっくりに

ここは極彩色のどぶ川だ
ゆらゆらと水底を踊るコースティクス
逆さまに仰ぎ見ている少女は
糸の切れた風船だった
焦点の定まらない眼が天井を泳ぎ
遠い空を漂ったまま帰ってこない
だらしなく濡れそぼる膣口は
ぱくぱくと力なく開閉を繰り返し
透ける身体は屏風や僕にぶつかりながらも
水流の勢いに乗って浮き沈みする
今にも死にそうな魚のように

誰が少女の傷みを慮るだろう
酒の酔いもさめる頃
せめてもの心付けと砂利銭をかき集め
無様な善人を装う僕こそが救えない


浮かび上がる赤は鯉の死骸だ

ぐあぐあ
インディゴの夜空いっぱいに翼をひろげた白鷺が
冷たい大人になるなと鳴いている


オレンジ

  ゆえづ


セピアに染まる線路沿いの廃ビルが
ゆらゆらと踊っていた
陽炎立つ夏の暮れ
夕空のほころびからひり出された果実は
情熱の膿を孕んだまま
でっかい車輪に牽き裂かれる
あれがありふれた青春の末路です
あれが母さん私であります
似つかわしいと笑うてください
私達のほとんど総ては悲しみで出来ていた
またその延長線上に見つけるほとんど総てが幻で
かさぶた、じんじん滲み出す血漿の
橙色したうろこ雲は
空一面にばらまいた夕陽の薄片

月を眺めていました貴方の中
でっぷり肥え太った月
架線にぶらんと垂れ下がった
高架上のあの激しく脈打つオレンジを
覗いた天体望遠鏡の中の怪物
あれは貴方に似た
密に張りめぐらされた血管の
律動するさまが不気味に美しく
貴方に似た、

 私は待っていた
 あらかじめ私のために揃えられた世界の
 はっきりとよろめくそのときを
 同時に忘れて泣いているのに
 なおも世界の喧しい揺らぎを歌いながら

飛び乗る列車に月の胎動を聞いたんだ
群青に抱かれている私の肌のわななきと
ぽっかり浮かんだ夜空の車輪あれが
まさに今日の私達であったことも知らず
運ばれるままに敷かれたレールを辿ってゆけば
はりつけにされたオレンジが潰れた私達を踏んづけ
ぎしぎしときしり音を立てて走っていた

朝焼けに染まる列車から
目まぐるしい万華鏡を眺めている
錆びついた嗚咽は
のびやかな波紋をつくる川面で
まばゆい黄金の子宮を描く
予感に揺らいだ光彩と
膿んだ球根の匂いが満ち満ちた
このあたたかなオレンジエード
私達またでっかい炎の車輪となって転がり帰ってゆきます
そうしてすべては回っていましたか母さん


17時のヴィーナス

  ゆえづ

肉感的な体つきの女たちがひしめいて
終礼後の女子更衣室はさながらトドのハーレムだ
中でもひときわお尻の大きな婦人が
衣服や文庫本が乱雑に詰め込まれたわたしのロッカーをちらりと見て
「まあひどい」と朗らかな笑声で言い放つ
そして脱皮の如く制服を床へ脱ぎ落とすと婦人は首を振りながら呟いた
「わたし小説家の嫁にはなりたくないわ」
「わたしも嫌ですねえ」
後輩のわたしは続く
「いつの日か認められるに違いないわなんて酒浸りのヒモ男を延々養い続ける根性ないもの」
「それは面倒ですねえ」
婦人のほんのり赤みがかった頬は馥郁たる香気を放ち
そばに寄るとほとばしる若さが目にしみてならない
しかしそのふくよかな唇から零れ落ちる言葉は
覗き見していた老警備員をむせ込ませてしまうほど酸っぱいものだった
「独りもんじゃないんだからいい加減落ち着きなさいよって説き伏せてやるわねわたしなら」
たわわに実った乳房をゆっさゆっさと揺らしながら間に割って入ってきたのは
ルノアールの裸婦画を彷彿させるこれまた巨大な婦人だ
「それすごいですねえ」
「だって子供でもできてみなさいよ、しっかりしてくださいなこの子のためにもなんて大きなお腹をさすりながら泣くつもり?」
「ああ! 馬鹿馬鹿しいったらないわ」
「それこそ小説みたいですもんねえ」
「男は稼いでくれなきゃねえ」
「ええ本当」
「でもそんな細い腰じゃだめね」
「へ?」
「育たないわ」
「ああ、子供ですか」
「恋がよ」
薄っぺらい胸がチクリと痛んだのは何故だろう
チャリンチャリンチャリン
わたしは着替えをするたび小銭を床にばらまくので
そのうち婦人たちの間でカーニバルと呼ばれるようになった
「おお。カーニバル! 今日はまた一段と派手ね」
毎度の如く申し訳ないなと思いながらもわたしは
足元の小銭を拾っている婦人たちの様子が『落穂拾い』に見えて
にへらと微笑まずにはいられないのだ
「ところでAさん、最近料理を始めたんだそうで」
「まあね、これといってすることもないから」
彼女らの燦然と輝く健やかな魂は
わたしという暗く湿った不毛地帯に
今日も惜しみなく注がれて


はばたきのうた

  ゆえづ


ネムが唄っているよ
ながい睫毛にファンキーピンクのマスカラを乗せ
南国の貝殻細工のように唄っている
クジャクの羽の耳飾りは
遥か楽園の風を織っていたね


さみしがりのきみは小鳥の言葉で話した
舌の上でしゅるしゅると空気を束ね
土の匂いに喜ぶ猫みたいに

さようならしかないのに
なんでこんにちはしちゃうんだろう
わたしたち

とろんと微睡んだ夕陽は
地平線へ伸びやかに流れだす
見惚れていたぼくらは
ついばんだ木の実をうっかり落っことしてしまう


痩せた肩をひとり抱く夜は
まだ捨てきれない秘密を
ぶきっちょな毛布にくるんだ
みんなすっかり透けてしまう朝にも
目覚めたがらないきみとぼくで

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どんぐりあげるよ

文学極道

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