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はなび

選出作品 (投稿日時順 / 全40作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


en voyage 旅行中

  はなび

赤い旅行かばん
白いワンピース
青い帽子

水色のシャツ
チョコレート色のスーツ
紫色のネクタイ

飛行機に乗って
ふたりで
黄土色の大地へ
深緑色の熱帯へ
白い海辺の街へ
群青色の森林へ
灰色の曇り空へ

運河でゴンドラに乗って
市場の人ごみで鬼ごっこして
カフェで向かい合って
カメラ構えて気取ってポーズ

迷子になって
口論して
アイスクリーム食べて
夕日を見よう

道に転がるオレンジ
窓辺のベコニア

泡立つ金色の気泡が
ぱちぱち跳ねる

電車とバスを乗り継いで
知らない人にこんにちはを言って
知らない人におみやげもらって

小さな人形
新聞紙にくるまった豆
走り書きの電話番号
くせの強いアルファベ

ポケットに入れたまま
食堂でおとといの新聞を読んでる
ジュークボックスで踊る
女の子のステップ

バネのように子鹿のように
踊るアルファベ
踊る針の音
ぱちぱち跳ねる

赤い旅行かばん
山吹色のワンピース
ピンクの帽子

クリーム色のシャツ
まっ黒スーツ
しましまネクタイ

まっすぐな道の途中
エスキモーの真似して
どちらがよく似ているか
競争しよう

冗談ばかりの陽気な支配人
フロントの女の子
はにかんで目配せ

冷たいシャワーで凍えそうになって
ぶるぶるふるえて
ざらついた毛布にくるまって

ぎしぎしうるさい老人みたいなマットレスに
思いきり乱暴に飛び乗って笑いながら眠ろう

眠りに落ちそうな瞬間
耳元でペンの音が聞こえるのが好き
革の手帳とインクの匂い

誰もいない岩だらけの入り江
少し離れて背中を見てたら
青い空に消えて溶けてしまいそうで
急に怖くなった そんな夢を見た朝

目が覚めてひとりぼっちじゃなくてうれしい
半分ひらいた唇と伸びかけのひげを指でなぞる


フテクサレテモカオハマエニツイテイルノダ

  はなび

地下鉄が地上から地下へ潜る
風圧が生暖かく内股をなでる
臭い飯だと知らずに食べているということも知らず
知らず知らずのうちに皆帰る家が無い

トランペットからは肺病の匂いがしていたので
取り憑かれた様になって男もまたあちこちの電柱にぶつかりながら
犬の様にして欲しいと泣き叫ぶ女の暗い部分に懐中電灯を照らし
バス通り沿いの青果店の店先で微笑むサクランボの明るさを探していた

日中は晴れて夕方から深夜にかけては雷雨
明日の約束が不意に消えていったので
追いかけるようにして盛り場への急な階段を駆け下りて
空白を埋めるために始めから
目の潰れそうな質の悪いアルコールで注射針を消毒するみたいな素振りで
腕まくりして血管叩いて乾いた大地に足踏み鳴らす瞳孔開かせた民族の祈りに
少しでも近づけるよう心をこめてお願いしながら宝くじ買うのだけれど

ドイツモコイツモフテクサレテイヤガル
もしくはパー子かパー介か
地下鉄の排気口からゾロゾロっと出てきて
スロットマシーンの前で「777」と口ずさむ
ポリティックとメルヘンの共存が
ナイフの突端で滴っていたって
リズミカルな歌のように怒鳴り散らして
ある女 金切り声で「わたしにもやらせてよ!」
ヒステリイ

雨雲がグングンに水分を蓄えて黒く黒くカラスの内蔵のように黒く
イカスミ吐き出すOLのように黒く
ユウキダセ
フテクサレテモヤツラ皆カオハマエニツイテイルノダ


てつづき

  はなび


さまざまなてつづき
くりかえす
あたらしくはじまるやくそくや
くりかえす
すぎさったおわりのしょうめい

なにもかかれていない
ようしにしるす
ひづけやなまえ

こころはしずかにてつづきをうけいれる
ゆっくりとおりたたむてのしぐさは
そのだいじなぶぶんをかたがわりする

ふうとうにたいせつにしまうまでの
うつくしいじゅんばん
そのじゅんばんはようしのらんに
おぎょうぎよく
いさぎよく
たたずんでいる

てはやわらかにものごとをおこしつづける
つづいてゆくものごとの
はじまりやおわりのしるしをかきとめながら


ミクララムラハウスのこと

  はなび


1-1 真夜中の温度計
ミクララムラハウスの電話が鳴る
時計の針は深夜1時25分
温度計の針は摂氏23度
湿度計の針は75%を指している

1-2 湯沸かし器
笛のついたヤカンを火鉢に掛けておくので
年中湯の沸きたつ警笛のやかましいこと
青白い口火が酸素を奪うので息苦しいよ
「そのままでいいのよさわらないで」
「いいこだからそのままさわらないの」
「いいこね」

1-3 発酵
年中イーストを水に溶いて
窓際へ置いてあるのが疎ましい
ブクブクブク

1-4 部屋の中の蘊蓄
彼女の平衡感覚によると
この部屋は右に25度傾斜しているそうだ
試しにビーダマを転がすと
そのガラス玉は斜面を登る

2-1 蓄音機
彼女はレコード盤が終わったあとの
同じ周期の雑音がゴソゴソいう音で
オルガスムに達すると言う

2-2 アフォガート
溺れなくちゃ助かりっこないじゃない
溶けてしまいなさいよ

2-3 溺れる夜光虫
phosphorescence

2-4 風上の炎上
海水から塩分を
人間から骸骨を
搾取せよとの指令

3-1 星の百貨店
ご希望のビームを暮らしの中に

3-2 宇宙三輪回転木馬
宇宙は「キャバレー 牧場」のホステス送迎運転手の職に
もう少しで近づけそうだったのにあきらめてしまった
自分をこのまま三輪車の上で傷つけてしまいたかったが
勇気がないので今日も回転木馬の肩代わりをして
西部劇ジョニーのネルシャツのほころびを縫っている

3-3 腹上死
上原大五郎氏、念願叶ったり
煙草を燻らすユミコ
受話器に手を伸ばす
窓の外ではいつでも戦争をしている
爆撃の振動で上原の二の腕がふるふると揺れている

3-4 上原大サーカス団大観覧車御礼祭 
上原は派手な男であったので金に任せ妻に猛獣を飼育させていた
熊や虎や大蛇はみんなミクララムラハウスの庭へ連れてこられた
庭で鎖を解いてやると遠くの遊園地の観覧車が仕掛け花火の様に
順番に爆発を始めた。裏の神社からお囃子の太鼓や笛が聞こえる。


la respiration d'un dormeur 寝息

  はなび


ねいきのといき
あたたかいゆげみたい

といきのすきまから
ゆめがみえる

ゆだんしている
すきまから

くちをあけて
よだれをたらした
そのすきまから

うしがくさを
たべてるゆめが
よくみえる

うしのゆめなんかみて
ゆめのないおとこ

どうしたらわたしが
ゆめにとうじょうできるか
かんがえているうちに
あかるくなって

しろいひかりのなかで
とりになったゆめをみてる
わたしもにたようなもの


我儘なスイートピー その翻り加減

  はなび

blablabla…blablabla…

ちかごろの飲み屋の女の子の文句とかバブルの頃のエトセトラ
バカじゃないのあんた あんたが悪いって言ったら
すごく悲しそうな顔になって
そっか俺がいけないのかダメだなぁ…なんて言った
その言葉は私を泣かせた
とても乱暴な言葉を言ってしまって恥ずかしくなった
泣きたいのは俺のほうなんだぜと彼が言うので
私は本当に恥ずかしくなった

ゆうべその人と寝た理由は水中花になったような
気分にさせる時間の経過だったのだと思う

私は
パーティーでまあるいガラスの水槽にシャンパンを流し込み
そこに金魚を入れる様な類いのパフォーマンスがあるクラブで働いていて
ママとか他の常連のお客さん達はそういう事が好きだったし
なんだかそういう事で人が興奮したり癒されている景色は
店内の雰囲気にとてもよく似合っていた

私は
自転車でその店に通った
雨が降って濡れて帰ってもお店の熱気が体中からなかなか抜けてくれない
どんなに酔って帰っても眠る前に牛乳を沸かして飲んだ
ミルク臭い匂いがすると高校の時付き合ってた男に言われた

このところ激しい暴風雨が続いている

私は
タクシーで自転車と一緒に出勤した
自転車にはカゴがついているから普通車が迎えにきたらトランクのふたは開けっ放しにしないとならない
この嵐の中文句ひとつ言わないこの運転手変わった人だけどいい人なんだと思いチップをはずんだ
彼はチップを断った 私が若い女だという理由で

私は
親切だからと渡したチップを丁寧に断られた
親切の押し売りはよくないわと運転手に言ったからだと思う
タクシーは私の自転車をびしょぬれにしながらトランクのふたをふわんふわんさせて
都心の国道をまっすぐ進んでいた
運転手がずっと黙っているので私はラジオを聞き流していた
ラジオから聞こえる日本語はアジアの音声として耳元を通り過ぎた
どこか違う国にいるみたいだった 毎日ひどい嵐

高校生の時好きだった男の子に赤んぼうみたいな匂いがすると言われた
いつも寝る前にきちんとシャワーを浴びてあたたかいミルクを飲む
そうしないといつまでもお酒や話し声や笑い声が聞こえて眠れない

品のいい調度品とお金持ちだけど淋しい人達が集まって
小さな赤いおさかなの動きに見入っている
黄金の泡だけが水槽の中で生き続けてる

私は
どの水槽に生けれられた花なのか
あの人の顔は魚眼レンズで覗いたみたいに広がって真ん中になるほどとても近付いて見える
私はとても恥ずかしかった

「おまえは無知で恥知らずで責任がないからそういう事が言えるんだ」
そして彼はこんな事二度と俺の口から言わせないで欲しいと言った

私は
それまで知らない男になんか興味がなかった
一瞬だけ水槽から出られる気がした
とてもきれいなピアノの旋律が聞こえたから


ケセランパサラン

  はなび

わたくしたちはおそらく
からすみをたべ 
また かすみをたべ

耳をあかくし
唇をあおくし

三角形の
モビールのごとき
鋭角のきらめきと

愚鈍にからまる
にぶいひかりの
アイダとを

ごろごろ転がり巨大に成長した
塵のようなものでありましょう

座布団の金糸 漆の椀

アコーディオンの吐息は
白や黒のため

繻子のオモテに天鵞絨のウラ

からだに苔を繁茂させた老若男女
羹に懲りて膾を吹くのだが…

アッ!

どうにもこうにもたまらなくなって

またぞろ唾液で指を湿らせ
やわらかな薄明かりの障子に
コッソリ穴をあけにみえるのです

サテ
わたくしたちの愛する愚かは
ぐらりぐらりと煮立つ鍋の中に
鎮座ましましておりますかいな

しかしホラ
いかにもここは空気が濃厚


un murmure ささやき

  はなび


みみもとで
くびすじで
くりかえされる
あまい
くすぐったい
かんびなささやき

ことばは
あたまのなかで
とけてようかいして
きえる

どうでもいいこと
むかしのこと
いろんなかおがうかぶ
うかんできえる

いったいいくつのことばが
あたまのなかで
ひろがってきえたのか
それすら
どうでもよくなってきえる

あめのひには
あめのように
きえる

かなしいひには
なみだみたいに
きえる

うれしいひには
わらいみたいに
きえる


Je veux savoir ce que je veux

  はなび

Je veux savoir ce que je veux
私が言う 
わたしを食べてしまいたいと

Je veux savoir ce que je veux
わたしは答える 
私はわたしを食べてしまいたい

Je veux savoir ce que je veux
私がこうも言う 
わたしを飲み込んでしまいたいと

Je veux savoir ce que je veux
わたしは答える 
私はわたしを飲み込んでしまいたい

Je veux savoir ce que je veux
わたしは知りたい わたしの欲望

Je veux savoir ce que je veux
わたしは知ってる私のことを

Je veux savoir ce que je veux
わたしは私の言う事なんて聞かない

Je veux savoir ce que je veux
食べられるものなら食べてごらん

Je veux savoir ce que je veux
飲み込めるものなら飲み込んでごらん

Je veux savoir ce que je veux
欲することがわからないわたしについて

Je veux savoir ce que je veux
欲することがわからないとは何なのか

Je veux savoir ce que je veux
わたしは私の言うことなんて聞かない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしを抱きしめてはくれない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしを騙してはくれない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしに心地良い嘘をついてはくれない

Je sais ce que je dis
そんなことはすべて恋人にまかせておいて

Je sais ce que je sais
わたしは私を侵蝕するのだ
あらゆる庭
あらゆる草原
あらゆる原生林のミミズのように
フリーダ・カーロの繋がった眉のように
蔓延る蔦の曲線のように
まっすぐに生きるのだ


位相

  はなび


それはとてもきれいで
めちゃくちゃな
物理学の宇宙のように
すぐにわたしを虜にしたの

現実感がないわ
そうね 子供の頃に絵本で見てから
わたしの脳裏で成長しつづけたような 
そんな景色よ

地獄の閻魔様がもし
いい男だったら会ってみたい

ぼんやり中空をながめていると

光や粒子みたいなものがたくさん降ってくるのまぶしいくらい狂おしさでお腹が痛くなるすべてを吐き出したくなる植物のいとなみを真似て肉を焼く時には鉄をよく熱くしてから赤黒く熱した剪定ばさみを触れた瞬間にするちいさな蒸発と炭化肉が常温に戻れば傷口にピンクの岩塩を振りかける装飾品のようにして

結晶

涙なんか鼻水以下の存在だとわたしのアレルギーは主張する梵天様が台所で増殖する研ぎ澄まされているのは包丁だけだ母なる肉体にブロンズのエロスを降臨させるロダンのダンテ冷蔵庫の血管をめぐりエレクトリックな振動音が夜を支配するすこし前

ステンレス

葡萄酒をあけたばかりで
ミルクみたいな香りがして
あ、

あのひとがそろそろやってくる
時間

わたしはお花のようにわらう
つるのように触手をのばす
炎に

熱は砂糖を焦がす
壺の底の方であまいにがい香りがして
あ、

あのひとがやってきた
魚の目みたいにちいさな穴からあなたを覗くと
ちいさなばらの花束をもっているのが見えた
ピンクとキイロとアカのチカチカした花束よ
いとしい人はたのしい人よ 
いつも 
ばかみたいに
やさしくて

ほら

しろいお皿の上で余熱が仕事をしてるあいだ
わたしたちはキスをして
それから
なにか実を結ぶようなことをはじめる

刃物とか炎とか臓物とかとろとろに凍ったウォッカだとか
泥とかたまごとかポッサムキムチ
干した果物や肉や魚や海藻なんかが
無秩序にあるべき場所に収まっている
そうして
自分という他者が何者でもないわたしを
内蔵と皮膚の外側を 関係づける場所

位相

あのひとはなんでも
のみこんでくれる

ばかみたいに
かわいいチカチカの花束に似てる

「恣意的に存在する理由なんて誰も立証できないはずだとそう思うわ」
ってわたしが言ったらあのひとは

「そうだね」
って言ってから全然違う話を始めるチカチカの花束みたいに

「たとえばきみが好きなことを話してごらん」
とか…そんなくだらないことを言うわ

わたしは自分がバラバラなのをわかってる
刃物とか炎とか臓物とかとろとろに凍ったウォッカだとか泥とかたまごとかポッサムキムチ
干した果物や肉や魚や海藻なんかが無秩序にあるべき場所に収まっているのに似てる

それらはとてもきれいでめちゃくちゃな物理学の宇宙のように
わたしを虜にしたままわたしの脳裏で成長しつづける
解決という決着が訪れるまえに擦り切れてゆくためには時間を解散させることが必要なのだ


看板のない女

  はなび


看板のない女は
名前のない女優のように
緑色の夕方
港に立っている

塩を舐めライムを齧り黄金色のテキーラを流し込む
深緑色のビールの小瓶から世界を覗き込む
黒くつややかなレコード盤とダイアモンドの破片が
耳の奥でざりざりと鳴っている

看板のない女は
キース・ジャレットが好きだった
けれどもそれは昔の話
一緒に暮らした男が置いていった
たった一枚のレコード

ねえ、あなたって
水からあがったばかりの
アシカの皮膚みたいな
クラリネット吹くのね

床に置いたレコードプレーヤーの脇を裸足で歩く

モノラル音源のような漆黒の髪の看板のない女

窓辺でベビードールを着たまま下の道路を眺めて
動かない黄色のタクシーの列を見ています

いやらしい男の目は見ない
かなしくなるから?
ジャズなんて
吐いて捨てるほどあるのよ
そんなことしったって
なんの役にも立ちやしない

赤毛のお人形はギンガムチェックの
ボタンダウンのシャツとステッチのはいった
デニムのジャンパースカートを着ていました
ベティという名前でした
マリィにするには少し湿度が足りないそうです

もしあのきれいな男の子がうちにくるなら
お部屋の花瓶には少し枯れた花を生けておく
男の子はアシカのウナジみたいな魚の匂いがする
ナイフみたいに 少しだけ死のかおりがする

熱帯魚達はそろそろ陸にあがる準備を始めている
よるの暗闇の中で黒く縁取られた大きな目だけが
ぎょろぎょろとせわしなく動く影のようにあるく

看板のない女の看板のない日曜日

名前のない女優のような名前のないふくらはぎのながい線 

気の抜けたコカ・コーラのような甘たるい瞼 

キューバ産の葉巻のような重たいまつげ

看板のない女はあかいスカートひらひらさせて裸足で木登りをする

まるでサーカス小屋のオウムのように

まるでヨットハーバーのように

まるで紙ふぶきのように

まるで野球場のように

まるでビンゴゲームのように

まるで看板のない女らしからぬ愛嬌でもって


Le test de Rorschach

  はなび


鳥をかぶった猫がライオンの噴水の様に
東と西で番をしています

犬の性格を持ったオオカミが性格の為に
従順に見える眼を光らせています

オオカミは上品なお姫さまのかんむりを
頭に乗せています

犬は怒っています
オオカミは考えています
太ったフクロウがそれを見ています

建物の手前に三人
裏手に五人の人がいます
三人の立っているそれぞれの場所は入り口です

五人は輪になって話し合いを
昔からの方法で儀式の様に行っている
一人は若者

彼以外の四人は賢者で砂の上に座っています
長い時間をかけるのがしきたりです

黒い影と白い洞窟があります

もうすこしでダンスがはじまります

ダンスの影がとても大きく地面に映っています
影が立ち上がりダンスを続けます

影はそのうち地面から離れてゆきます


un radeau automatique et les oiseaux aux pommes

  はなび

林檎の木に鳥が止まっています
川上から機械じかけのイカダに乗って猫がやってきました

機械で猫は林檎の木で鳥のためにイカダをこしらえ
林檎は猫のための鳥機械を発明し

鳥は機械のために腐った林檎を猫に集めさせます
イカダはひとりで流れてしまった

林檎が川に飛び込んでイカダを戻そうと必死
鳥は林檎を捕まえに猫は鳥を捕まえに

川はにぎやかどんどん流れを急にして
急にして流れて渦になってバラバラにして

もういちどはじまります

りんごのきにとりがとまっています
こんどは
かわかみからねこがおよいでやってきました

猫が鳥を食べたら羽が生える
イカダが機械を食べたら林檎の実がなる


つる子さん Mademoiselle Tsuruko

  はなび


つる子さんはカニかまぼこが好き
カニかまぼこと緑豆春雨とたまねぎスライスと
きゅうりの千切りをマヨネーズで合えて食べるのが好き

つる子さんはお散歩が好き
土曜日の午後あまり有名でなくてなんにもない
川沿いの公園を歩いていて犬に足を噛まれました

つる子さんは1月生まれの山羊座
真面目な性格でAB型です

つる子さんは幸司さんとデートしました
白いスカートをはいて行ったのに
喫茶店で紅茶をこぼしてしまった

お昼にカレーを食べました
特別おいしいカレーではなかったけれど
幸司さんがおいしいと言ったので
つる子さんもおいしいと言いました

幸司さんはとりの唐揚げが好き
つる子さんの事を大切に思っています
幸司さんのティーシャツの背中の右のところに
小さな穴があいていますが誰もその事を知りません

つる子さんには夢があります
それはNHKの深夜番組で見た
大きなメキシコの川

誰でもいいから
つる子さんが死んだら
そこに灰を撒いて欲しいんだって


臍の緒

  はなび


台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 衣の厚い天ぷら 天ぷら 天ぷら ばかりが並んでいる 定食屋 ビール 物干し ランニング ここにはUNIQLOがなく 速乾性なのはペンキだけで 揮発するシンナー 燃えるようなトタン屋根 陽炎 などがとても安い

暴力 というか 喧嘩 だったり 涙だったり 叫びだったり するもの達は 実はひとつなのだと 昨日知りました それらは 違うものとみなしていたほうが 世の中に分散してゆくので都合が良いのだと 健ちゃんは言います いろんな種類があるようですが ほんとうはひとつなのだそうです お墓の隣に ピンク映画しか上映されない映画館がありました それは神社の裏手に位置します

アスファルトに打ち水 鼻腔が反応します 眠っている猫の背中に鼻を擦りつけた時の匂いに似ている 似ている 似ている すきなものは みな似ている わたし以外のものはみな 健ちゃんに似ている 盛塩 玉砂利 濃紺の暖簾 引き戸をがらがら鳴らす 清潔な笑顔 ここの天ぷらは紙細工みたいに 夏のお魚を抱っこしてるから 残酷なことと幸福なこととのアンバランスが よく似合うのかもしれません 

台風の夜はよく眠ります 貪るように貪欲に眠るので ながい ながい ながい おそうめんを啜る夢をずっと見ました 口笛をふきながら啜っていると おそうめんは 熟成しながら何か別のものに変化しようとしていました 体内に流れ込んだおそうめんは お腹の中でだんだん膨れあがって もう破けそう

台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 買い物はしないまま ごはんを食べて家に戻りました ながい ながい ながい 商店街を歩きながら 健ちゃんは いろんな話をしてくれました さいごに また旨いものでもくいにいこうな と言って 大きなてのひらでわたしの顔をさわり 焼けた石の匂いがしたのと同時に青い夜がやってきて わたしたちは笑顔でわかれたのです


Je ne sais pas 知らない

  はなび


濃いいみどり色のゆうがたコケのようなもの
ぶあつい葉っぱのようなもの
不器用なてのひらが つかむにぎるはなす

放たれた錆びた線路に続く壁のようなもの
白いコンクリートのようなもの
不器用なてのひらが つつむほどくゆるす

スーパーボールすくいと朝ごはんをたべる またすくわれたねって言って言って言ってよ 川と土手のさかいめで 足首がぐねりなりそうな位置で また放られるのはすこしかなしい またキミかまたキミかまたキミか ここにはキミしかいないの? そうなのここにはわたししかいないの 髪をつかまれるのが好きなのだから乱暴にしていいよ

鋭利な葉っぱで指を切って鉄の味がして 電話を切ってから切ってから気づくのはいつも まだ話をする前の静かな沈黙はたぶん こころがけしきに溶け込んで溶解されてからそれで 分離した溶液と沈殿した個体(中原中也ふうに言えばまるで珪石かなにかのような非常な個体の粉末のような)それら粒子の集合体なのだけれど わたしが放られることを望むのは放られないことを望んだときにその沈殿の成分が2度と浮遊することもなく固まってしまいそうだからこわいというただそれだけの理由で人生 みたいなものをないがしろにしてしまったということがまだだれにも告白できずにいる ということ

そしておおかたの人間がそういう沈殿を保ったまま
ごはんを食べたり、買い物をしたり、仕事をしたり、している。
そしておおくの人間がしんせつでやさしい。

あなたの生命線がながいかみじかいか
わたしの運命線がながいかみじかいか
さわらないとわからなかったみたいに


La maison anonyme

  はなび

ひとけのない家で
静物画が死んだように飾られている
それは自然な存在である

生物はなにかといきいきしてみせる
悪い癖があるのだから

ひとけのない家で

猫が踊っていようと

椅子が恋焦がれていようと

ひとけのない家では

価値があることだとか
価値のないことだとか以前の
自然な存在の仕方だけが
通用している


Cadenza

  はなび



わたしたちは夜通し
サム・フランシスごっこを続け

部屋の中は
青と赤と黄色で
とても素敵だった

わたしたちは
偽物のサムだったから
終わりというものがわからない



音楽をききながら
細い腰を引き裂くように
台所で居候がヨガのポーズをしている
夜中に
あしたのあさのヨーグルトを顔に塗らないで

朝日や月との瞑想は
ひらくようなとじるような
はなのような行為だけれど

ぼくはとても淋しかったから
ずっとさみしいなんて
そんなはなしを
なきながらきくようなおんなはきらい
カタツムリくさい
キュウリみたいな顔



水彩絵具に水をたっぷりやるのよ
みんな黒くなる
青と赤と黄色がまざって黒くなる

フェルディナンみたいに
海を背景にして小さくなる
ブラウン管のテレビの奥の
テクニカラーの奥の
青と赤と黄色の奥に
わたしたちの部屋がある


   ■


crabe en octobre 十月の蟹

  はなび

ライオンの口から 
緑の水あふれ
わたしは目を閉じる
ほとぼりの冷めぬ朝

男は後悔している
焼け爛れた野原に立って
ポケットに銀の
シガレットケースを
貼り付かせて



茫々とした美しい蟹が
さわさわと鳴る

「よく噛んでよく噛んで」

咀嚼された海燕のスウプが
大海へ流れ込む

野牡丹の花びらが 
紫色の煙になり
シガレットケースに 
仕舞われる

わたしは 
よくある飲酒癖の放浪者にたずねる 
道や信号の色の変化について

「パリでは…パンは棒ではなく船だ」

ゴム底の靴が鳴る 
傘をとじる



船は下水道を通り
わたしの頭上に鰯雲をつれて
出現する ある日

5月は温めている
10月の家で沈黙を

植物を象った刺青は
地図そのものの様に
彼らを奥深く導く
枯葉の下で行われていること

狼の銀色の尻尾を
きれいに片付ける扉



昆虫が風にさらわれ
複眼が野ざらしである

シフォンの羽の粉砕
10月の呼気

地下鉄が乾いた音を立てはじめると
わたしは目を閉じる
男の背中にてのひらをあてる
嚥下運動のゆくえに耳をすます


やわらかなもの

  はなび

ふくらんだ風船
おなか おっぱい おしり
ほっぺた くちびる まぶた
カブトムシの幼虫
モンサンミシェルのオムレツ

うたごえ
ねてるひと 加湿器
かなしいなみだ
あくびの温度 
カーテンをゆらす風

おはようのキス
おやすみのキス
こんにちはのキス
さようならのキス

おふとん
まくら
ゆめのなか
おさけ
ねむりくすり


  はなび

わたしはちがうことばかりかんがえてるあなたがじぶんのことばかりはなしているあいだじゅうずっとわたしはあなたのことばなんてきいてないあなたのことをじっとみてるじっとみてるあなたみたいなうそつきはわたしのなかでしんだほうがましわたしはちがうことをかんがえてるあなたがじぶんのことしかはなさないからずっとあめがふっていてあめがちがうことをかんがえてるあなたのあめがふりつづいてるわたしはずっとちがうことばかりかんがえている


水玉の丘

  はなび


なになになあに
わたくしたちが
なくしたものは
みずたまのおか

なになになあに
わたくしたちが
あいしたことは
たいようのした

たいようのした
たいようのした
おなかのなかに
てをいれあって

ぎゅっとつかんで
ひっぱるように
おだんごになって
ころがってゆく

みずたまのおか
そしてちかづく
たいようのしたの
なになになあに


英国式紅茶

  はなび

 「二重振り子」という名前のお店の階段でわたしたちは出会いました。出会ったというよりすれ違ったというほうが正しいのでしょう。当時なおゆきさんはドラアグクイーンと呼ばれる服装をしていてけばけばしく、南国というより天国からやってきた鳥のように輝いていました。当時わたしはボリス・ヴィアンにかぶれてジュリエット・グレコみたいなブカブカの男物の黒いスーツを着ていました。お店の中は非常に混んでおり、お酒や煙草、体臭と香水、いろんな国の言葉や楽器の音が混ざりあって、まるでごった煮のスープ鍋。朦朧とした視線の先に泳ぐもの、風船のようなあたまで、ここがどこでもどうなってもいいような、そんな心地がしていました。

「いいかげんということについて」わたしはおそらく長いこと考えていた。

 突然、頭の高いなおゆきさんがツカツカと彗星の様に接近してきて「かわいいコ」と言ってわたしのほっぺたにキスをしました。それはほんとうに突然の出来事でした。その途端、パンッと弾けた音がしました。「アッ!惑星の衝突!」と思う間もなく、わたしはそのままハリウッド映画の死体のように手すりから地下のダンスフロアまでまっ逆さまに滑り落ちてゆきました。罵声、叫び声、泣き声、ぶらさがったミラーボール、覗き込む、あるいはよける人波。
 重たい鈍痛とともに耳の奥で高くくぐもった音がキーンと鳴り続け、わたしの視界は白く白く眩しくなり、そうしてだんだん黒く黒く真っ黒になってゆきました。

 目が覚めると、頭が割れそうに痛く、なおゆきさんの白い部屋の大きな窓のわき、天蓋つきの大きなベッドにいて、誰か(とてもおしりのきれいな誰か)が裸でキッチンに立っているのが見えました。アイスノンが20個くらい枕元にちらばっていた。オカマの修羅場に巻き込まれたわたしはスケスケのネグリジェーを脱ぎ散らかして着替えると、首筋を触った。首の骨が「グキ」と鳴ったのだけは鮮明に記憶されていた。

 わたしを殴ったのはモントリオールからやってきた体躯の大きな男で、スキーの選手だったという。おしりのきれいな誰かは、ほんとうに甲斐甲斐しく、立ち働いていた。お父さんの転勤でイギリスでの生活が長かったというその、おしりのきれいな誰かは、曇り空の似合う憂鬱な顔でとてもおいしいミルクティーをいれてくれた。そしてわたしたちのせいであなたには申し訳ないことをしたという旨のことを小さな音楽みたいな声で言った。

 部屋の中にはおかしな機械みたいなものが一見乱雑に、しかしなにか一定の秩序をもっておかれていました。アンティークの香水壜が窓辺にたくさん飾られていて、やけに晴れた冬の日差しが香水をあたため、揮発のスピードと継続をゆるやかに促していました。
 甘く甘く甘ったるく気怠い空気に満ちた部屋の中で、彫刻のようにしずかなうつくしい流線型を描くおしりだけが、何より優雅な存在として許されているおだやかな午後でした。

 おしりのきれいな誰かに「あなたは誰か」と尋ねることはしませんでした。ただこんなひともいるし、あんなこともあるのだ。とだけ思うことにした。そして「二重振り子」では英国式のミルクティーが飲めることも。


蒲公英の咲く散歩道

  はなび


昼間に起きて花江はドブ川に沿って散歩する
青い空 橙色に膨張している日光がまぶしい

目眩 ゆうべの会話 
もっと猥褻にもっと卑猥に
もっと生き物らしくぼくを愛して

腐りかけた林檎から漂う独特の香り
わたしは 冬の日射しに
ふらふらになって
フラン フラン 腐乱 と
ハミングする

窓辺に寝そべって
おとこをみている


その男は白いシーツの中で
キリストの様に痩せてゆく

ポルトガルの教会にあるような
黒く骨張った重たそうな四肢に
なにか可愛らしい装飾をしたく

心臓を象ったような深い葡萄色の壜から
パルファンを垂らした

それはいつか空港で
退屈まぎれに買い物した
クリスチャンディオールの
毒という名前の濃厚な香り

花江チャン、君にぴったりなおもしろいものを見つけたよ

当時退屈まぎれに付き合っていたポルトガル語の教授が
フランクフルトでルフトハンザに乗り換える時に言った

このひとは一体わたしの何を知っているというのだろう

それから何年も過ぎた今でも
教授は律儀にもわたしの誕生日に手紙をよこす
どのような仕事をしたか
どのような本を読んだか
仔細に綴ってある 
小さな字で

わたしは何年も過ぎた今でも何も変わらない
特別に何かが得意だとかできるとか知識があるとか何も持たず
このドブ川のような生活の汚水をたらたら流している

その沿道に蒲公英が咲いてるの
それがいかにも健気に見えて
涙がでてくるのよなんだか変ね

冬だというのに暑いじゃない
気候のせいだと思うけどふらふらする
フラン 腐乱 フラン と
ハミングが聞こえる

直射日光が膨張して背景が遠くなる
目眩を引きずる様に影ばかりが濃く長く伸び
地面に打ち捨てられた様に朽ち果てている

その影を踏んで歩く 
踏みつける様にして

蒲公英は黄色くて葉は濃い緑

空は青くて太陽は橙色に脹らんで

影は黒く色のあるものは皆ハッキリと

ドブ川の散歩道をうつくしくいろどり

猥褻な生命をかがやかしくおおっぴらにひけらかしながら

何か知っているのよ わたしのこと

このままいけばどこにたどりつくのか

いまさらさわいだってもうおそい

丁寧な手紙はちがった道へ誘導している

間違っていないのはよくわかる

蒲公英の様に健気なら

それだけでも価値があるもの


une fille une feuille

  はなび


ひとりのむすめ
いちまいの紙
ボールペンで綴られる
つらなる螺旋のような文字群で
それらは毛糸のように
セーターを形成せず
ほつれたまま
ひつじへと
逆行している


striptease

  はなび



場末の酒場のサーカス小屋みたいなおんぼろのステージで
観客は興奮したら死んでしまいそうな爺さんばかり
肉体を憧憬するより背後に渦巻く古典的な愚かさ
身につけた装飾品を剥がしてゆく
たおやかな線が表れる
詩的な昆虫が脱皮するように

ストリップ劇場の外では男も女もその他大勢
何か脱ぎきらないまま抱き合ったり潰れたり

幕間のコントが爆竹の様にけたたましく走り去り
ストリップ嬢の絹の靴下に吸収される

女の匂いが火花のようにパチパチ衝天するような
角材で殴られて気絶した夜

拡声器の残響だけが
脳裏を支配する暗転



幕が引かれスポットライトがあたると女は自分の生立ちで漫才をはじめた
秀才肌だが自慢話と悪口ばかりの年上の男にいつも低能だと罵られていたせいで
すっかりマゾヒスティックになってしまった夜のこと
子供の頃遊んだ公園の滑り台が蛸のフォルムをしていたせいで
曲線と吸盤の快楽を知ってしまった夜のこと
真夜中のキッチンで冷蔵庫を開けた途端紙パックの牛乳に寄り掛かられて
ミルクアレルギーになったこと



覗き穴と世界中の好奇の目
白目をむいて過呼吸気味
まぶたが裏返ったような奇態な人類が
覗き穴の奥に住んでいると聞いたけど
朝になればお弁当を持った小人がゾロゾロ出勤してゆく

お手洗いに行きたくなって目が覚める
朝のひかりにゆうべのラメが鈍く反射して
ここがどこだかわからなくなる

いろいろな部屋のいろいろな窓
いろいろな家具のいろいろな色
いろいろな場所のいろいろな朝

果物や牛乳
不味いパンや美味しいパン

白砂糖がポロポロこぼれてちいさな山になる
小人の上に降り積もる

小人は砂糖をポケットに入れ小屋へ持ち帰り
うすい砂糖水をこしらえて

唇を突き出したような格好でいつまでも啜っている



あたしには夜の記憶しかないんです
脱いでも脱いでもなんにもでてこないのは
あたしっていう人間がつまらないから

おもしろいひとになりたくて
漫才を覚えたくてたくさん本も読んだけど
いつか
男がから揚げを食べながら教えてくれた

積み木でもするみたいに
書物でかよわい城壁をつくりその奥へ沈殿してゆくのだと
無意味な質問をして怖がるのはアホだと

から揚げみたいなあの男が話す口元は
使い古しの食用油で光ってた

あたしがなんにもこわくないのはそういう訳で
怖がりなのは業務用フライヤーに自分から
ダイブしてゆく黒焦げの三葉虫
絶滅するにも才能が要るって訳



「大衆化された芸術ってやつが持ってるようなものは、どんな要素もサーカスの中にみんなあるじゃないか」ってTVからのナレーション 錬金術にかかったみたいに あたし 眠れなくなっちゃって このステージが世界の一点で全体なんだってわかった

それからずっと おばあさんになるまでここを愛せるような気分になって 夢でも見てるみたいにうっとりして 毎日ストリップしてる 見せるものなど何もないけど



お客だって何にもないことをおどろいたりよろこびはしても 
いつまでも感傷的になれるほどアホじゃない 
そうやってこころみたいなものがささえられる 

そういうこころみたいなぶぶんと口笛と紙テープが 
ながいながいながいながい パンティストッキングみたいな首吊りロープにつながってる 
たぶんそれは全人類をつないで結べるくらいにながい

首吊りロープに引っかからない為にあたしは口笛をたぐりよせ
スルスルと吸い込んでは蓄える

安物のスルメみたいな匂いがなんだか恋しくなる
汚れたタオルが洗濯機に放りこまれる
そうやっていろんなものをほうりこんでグルグルまわす

ストリップ劇場の楽屋口の物干し脇で
煙草を吸いながら洗濯していると
焼鳥屋のバイトのコが缶ビールみやげに遊びに来る
下心があるみたいな爽やかさで
下心がないみたいな人なつこさで


L’ecume de Gabriel

  はなび


シャンパンの泡のような花のトンネルをぬけると
階段があって
階段はコンクリートでできていて
ところどころが欠け落ちていた

すり硝子の幾何学模様を指で辿るように
錆びた手すりの感触を確かめる
赤茶色の金属の匂いが
マチ針を刺す

馬の蹄鉄を穿ってやる
鑼のように鍋を鳴らす
恋人達は深夜零時
思い出を食べあい
消えてゆく為の
祝宴をくりかえす

あなたの足の親指の骨の出っぱったところが素敵だとか
きみのひんやりとした脇腹の脂肪がたまらないだとか
ほっぺをつねりあう 鼻をこすりあう 髪をひっぱりあう

思い出に飽きる頃nemuriがやってくる



sex pistolsのようなオレンジ色のあたま
小さなナイフと一緒にバスルームで待っている
rocksteadyのリズムに乗って
バスタブにシャンパンを流し込む
恋人同士を他人同士に戻してやるのが仕事

稼いだコインは泉に投げ込む
「もう少し背が伸びますように」

ちいさなnemuriの小さな願い



シャンパンの泡のような花のトンネルをぬけると
階段があって
階段の先にドアがあって大きな音の
マネキンのような人体

ところどころ剥げ落ちた先から
指に伝わる体温の蒸気

待合室のソファーのスプリングに
尻を乗せて数センチ浮遊する
カーペットの色について

toilet paperがホルダーを鳴らしながら
ほそく しろく たなびく 青空の下

ネズミがカリカリ齧り続けるデザインの
明日の朝の目覚まし時計という名前の
新しいTシャツを着た
ガブリエル

おはよう


すべり台をさかさにあがる

  はなび


わたしの恋人はすべり台をさかさにあがる
さかさにあがる景色のすみに砂場が見える
砂場のかげにスコップが見えるスコップの
向こうにちいさなちいさなあなたが見える

そうしてわたしの恋人はすべり台をすべる
すべって砂場に滑り落ちる滑り落ちて膝を
すりむいて泣いている泣虫を夕日がさらう
サイレンがわらうさらわれた子供達のかげ

すべり台をさかさにあがると怪我するのよ
でもおもしろいよ上からすべるとさかさに
あがるがぶつかるとはな血がでるんだぼく
鉄棒にぶら下がっててもはな血がでるんだ

わたしの恋人はすべり台をさかさにあがる
よくみると子供達は皆さかさに遊んでいて
さかさに遊ぶものたちに許されている景色
わたしの体を通り抜けてサイレンがわらう


relation

  はなび

par hasard


あなたは 多分
何処かで本を読んでいて
眠れない女の子のためのお話を
書いている途中

そして
ほんの少し休憩したところで
ほんの少しお腹も空いたころ

電話をかけると
疲れたようなかすれ声の
femme de menage は母親の手つきで
soupe de poisson ばかり拵えている

このところ

あなたは電話を切って
また別の電話をかける
話を聞くのが上手なあの子に

小さなテーブルの薄暗いお店
炭化した木製のイスに座って
彼女が細い長い階段を下って来るのを
ほら また本を読みながら待っていて
眠れない女の子のためのお話に出てくる
眠ったままの眠れない女の子の名前を考えてる

あなたはそんな態度を拵える このところ
酔っぱらいみたいにグラグラ煮立った
頭を 支えるのもやっとだって
人差し指をこめかみに当てる

ねえ こっちをむいたらいいのに
ちょっとした清潔な食べ物をを口に運ぶ素振りで
口移しで眠り薬をばら撒いて ほら

あなたは多分
何処かで 本
を読んでいて 眠れない女の子のためのお話を 書いて
いる 途中だったわ

お腹を空かせた 酔っぱらいのお膝の上に
からっぽのお腹から 這い出して来た女の子が
くるぶしをブラブラさせて 待ちくたびれてる
彼女がテーブルにつくと あなたが読んできた本の様に 
たくさんのページを繰り出すわよ そして
眠らない男の子の眠ったままの冒険が始まる

泣いている様な 笑っている様な おかしな表情で
ほら 今もあなたは多分何処かで本を読んでいて それは
懐かしい とても懐かしい 記憶を手繰る 沢山のお話
あなたは揺りかごで眠っていて遠くの音を聞いている様に

遠くの音は偶然のかさなりあいのようにかさなりなりあって
沈黙のようなフォルムをかたちづくってゆく
眠れない女の子のための眠らない男の子がお話を始めるとやがて
眠れない女の子は眠りに落ちてゆくそれは
あたらしいせかいのはじまり


こいびと

  はなび


こいびとのてのひらがすき
ゆびがすき
つめもすき
てくびのそとがわの
ほねがでてるところもすき

ごはんのたべかたがすき
かいだんをのぼるときの
あしおともすき

あさおきたときの
めのほそめかたがすき
ねむりにおちてゆくときの
こきゅうのしかたもすき

おおきいこえでおこるとこわいからきらい
だまりこんでむずかしいかおでかんがえこんでいるとき
どこかべつのところにきえていってしまいそうにみえる

じてんしゃで
なみきみちをはしるとき
はっぱのかげやみきのかげがうつって
ながれるのはなんてきれいなんだろう

たいせつなひとを
おもいきりたいせつにするには
どうすればいいのかな

たいせつなひとも
はっぱのかげやみきのかげみたいに
ながれているのがわかる

うつろいうつろう
うつりゆくきせつ

ことりがおしえてくれた
なんてきれいなんだろう

こいびとのしんぞうのおとがすき
たいおんもはだのにおいもすき
あたまのつむじのまきかたもすき


VAPORISER

  はなび


手をつないで歩いた
名前を忘れてしまった小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに
洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね



赤い毛糸の膝掛けをした老婦人が
暖炉の前でまだ何か編んでいる
赤い毛糸は詩人の血管の様に
胸元から腰へ腿を伝い踝足の指へ
ながれながれて床を這いその先の
まるく球体に纏められた塊のその先へ
冒険をする

赤い毛糸はセーターになると週末は旅へ
赤い毛糸はどこかへ行きたいまだ見ぬ場所へ
赤い毛糸は青い魚の潤んだ瞳のその理由を尋ねたい

赤い毛糸はチベットで ピンクの塩を手土産に
ハノイ タンザニア サンフランシスコ

赤い毛糸はまた解かれ纏められ
オルリー空港の陽のよくあたる階段で

ブルガリアからやってきた少女の
民族刺繍の布かばんに詰め込まれ

パリ ソフィア トーキョーへ



2057年

東京辺りの日照時間はだいぶ短くなっていて
沼化した湿地帯からは有毒ガスが放出されていて
大部分の生活者は地下に潜ったまま暮らしていて
地上に残っているのは貧しくて地底通貨が買えなかった人々
病気に侵されて気が違っていて暴力的で危険な人々
笑いながら怒る人 笑いながら泣く人
ゾロゾロ歩きまわるこども 

赤い毛糸はお祈りのかわりに

狂気を鎮め興奮を呼び覚まし

赤い毛糸はお守りのかわりに

硬直をしなやかさへと変化させ

厄介事は

鼻息荒いスペイン牛の如く猛然と突進してくる

様々な火の粉同然であったが

赤い毛糸は優秀なマタドールのように丹念に刺していく

巨大になった残虐な残骸達の隙間をすり抜ける



手をつないで歩いた記憶
名前を忘れられた小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね


Une serie de l'homme 3〜En Iriyamada

  はなび


入山蛇さんの論文「科学と哲学と経済と教育と家庭と芸術と人」はアカデミックなものの対に位置しているなどと酷評されましたが、やはり、各方面から非常に評価されている。ということに対し先日「お前ら!どうしたって無視できない筈だろ!!」とコメントを発表。社会に対するさらなる衝撃をお与えになった。
その、入山蛇さんのある意味非常に反抗的な姿勢、というか、いつも喧嘩腰なご様子を拝見しておりますと僕のような凡人には到底わからない。と、盲目に信じてきた「どん底のいろ」の噴出のようなものを、しかし否応なく感じてしまうのですが、その部分は意識しておられますか?

いやべつに。

はては血圧大将などとおかしなニックネームまでつけられる現状は?

好きだね。

哲学者である入山蛇さんですが、喧嘩腰の哲学者というのは、どうも、まずい、とお思いにはなりませんか?

そうかな。

そうですよ。

まぁ、しかたがないね。

で、こうしてお会いしていると、おそろしいという印象が全く微塵もない。

温和に見えるのは私が気の小さい男だからです。

え?

ええ、そうです。

はぁ。

たとえば、わたしは年をとってもうすぐ死ぬんですけれど、わたしがいない世界というものは決して抽象ではないので、そちらとまったく逆をゆくなら永遠であるということなんです。それならば時間と呼ばれる軸はまったく基準にならなくなってくる。時間の始まりの地点である0を誰も証明できないというのはそこに体験がなかったということです。具体的に言うならば海で溺れて死にかけた時に海底に体を叩き付けられたら記憶となるが、それを共有することは出来ません。正義のおそろしさの裂け目はそんなところに存在しているように思います。その場所にいない人間がわかったような知ったかぶりをするのは罪だと思います。思想や言論や運動などのさまざまな行為はテーゼをふりかざさなくてはいけないという硬さもやはりもろいのではないかと感じています。それは―陥りやすい危険―という意味でですが、集団のモチベーションのためだけにあるのなら小学校の運動会のスローガンでいいのです。そういう視点を知ってしまったので、わたしは、自身のドブをさらうようにして探してゆくしか方法がないだけなんです。気が弱いので、残酷になるのが恐ろしいのです。はじめて書いた論文が「批判と防御 その趣向と三時の菓子について」ですからね。

三時の菓子ですか。

そうだよ。

甘いものはよく召し上がりますか?

そうだねマロングラッセなんか好きだね。

入山蛇さん、本日は素晴らしいお話をありがとうございました。シリーズ人、第三回目は入山蛇 艶(いりやまだ えん)さんでした。来週は春賀 美知太郎(はるか みちたろう)さんをお招きします。それではみなさまごきげんよう。


塔のためのLesson

  はなび


高い塔が建つ
誰も泳がない浜辺で
波の音を聞いている

海の底で眠りながら
お喋りしている粒子

精霊達の育てた植物の
その小さな葉の先端の
とげとげの針から
溶けてゆく魔法のような色彩

歩く 連れてゆかれる
手足を引っ張られ進んでゆく
空の上で膨らんで沸き立つ
白い雲の中へ飛行機が飛んでゆく

誰もいない島でモーターを回転させながら
変わった形の音楽が自動演奏を始める

閉鎖された工場の歯車が分解され
変わった形の自転車になる

孤独な博士の如き風貌の
やわらかな怪獣が現れて
洗濯バサミで塔を重ねる


Anthropomorphic landscapes

  はなび


Anthropomorphic landscapes I

扉を開けると un bel di,vedremo が きこえた
奥の 部屋へと続く 扉のまた向こうからきこえる

この建物には 扉がたくさんあり どの扉も ひら
かれるのを 拒むようでいて また 待ち望んでい
るようでもある

建物の内部ではいつも 何かしらの音楽が移動して
いる 匂いも 空気の震動によって 常にうごいて
いる

眼球の如きテーブルが ぎょろ ぎょろ 辺りをみ
まわしている 寝起きの巨人の 髭の様なカーテン
シーツ 脱ぎ 散らかした ローブの 襞の 類い

浴室 台所 下水 へと続く ゆるやかな曲線 電
気コードの からみあう 束の 赤 黒 白 黄色
コバルト

もうすぐ 何かがはじまろうとしている  前にも
聞いた いつも 誰かが口にする まじないのよう
な ことば 良いことなのか 悪いことなのか 誰
もいちばん深いところには 届かない まま 何か

何か 何かが起こる ことだけ 明確にして 自然
の猛威にさらわれた 人間の数を越えてゆく

 我々

に内包された力は 姿を変えて ある 晴れた日に
あらわれる 空を見上げれば 雲が 恐ろしい顔を
していた


Anthropomorphic landscapes II

真空チタンのカップにビールを注いでくれる友人
うすくスライスしたカラスミをあぶりながら
ニューヨークに住む音楽家がつくった歌をハミングしている

少し音程がはずれても それは それで 魅力的
白いシャツからのぞく 逞しい民族のモチーフ
細い腕が アンバランスでも
それは それで よく似合ってる

海を眺めながら スタートレックに登場したゲームを
5回して 日が暮れるまま バルコニーでさらされた

水平線と 空と 雲とが フルートグラスにうつされた
ゼリーみたいに透き通っていく

真っ暗な宇宙空間に 吸い込まれて おなかが空いた
空っぽになって 
心地良く使い古された 木べらで

じゃがいもを うらごす
お皿に残った 混沌のソースを
掬って きれいに さらう


Anthropomorphic landscapes III

おばけばなしの好きな おじさんが やってきて

おばけのことを決して 馬鹿にしてはいけないと言った

おばけばなしが怖いのは おばけが こわいのではない

奥底に眠る 人間の 垣間見えるのが 恐ろしいのだと


丘の上の黒い子豚 un cochon sur la colline

  はなび


入り江に潜り込んでゆく景色のような模様が皿の上に描かれていた。青と金の手描きの線の上に農夫のにぎりこぶしくらいの赤っぽいジャガイモが、泥のついたまま放置されいている。ジャガイモを誰がはこんで来たのか僕はしらない。

おとといは、あさってには出発する予定だと言っていた宿屋の主人らしき男も、従業員達も、ただ落ち着かない様子で行く先々での心配ばかりしていた。不吉な言葉を言いあっては耳を塞ぎ、延々とネズミの形のビスケットを食べ続けている。

女主人が大鍋でトマトのスープを煮込んでいた。ひとつ足りないジャガイモについて妙な歌を歌っている。泥棒と子豚と足の生えたジャガイモ、詐欺師、薬剤師、巨大な蛸と勇者の物語、夏の夜中に咲く花のことについて。それらが走馬灯のように回転している歌だった。

翌朝、しらない男に起こされ、出発するから今すぐ支度しろと怒鳴られた。僕はゆっくりと寝床から起き上がり視線の先の窓を眺める。窓の外の景色は昨日までとはまったく変っていた。赤っぽいジャガイモのような地面が地平線まで続いていた。

年代物のバスが宿の前までむかえにきていた。宿屋の主人も女も従業員達も、しらない男もみんな先に乗り込んでいた。地面がとても熱くて靴の底が溶けそうだった。バスのタイヤが使い物にならなくなるのは時間の問題だから早く乗れと怒鳴っている。はやくはやくはやくと怒鳴っている連中は相当に怒っている様子だった。何に対して怒っているのか。グラグラと煮立ったスープの鍋があぶくだらけになってあちこちに散乱している。けれどもう誰も片付けようとする者がいない。

とにかく全員が乗り込んだというところでバスは出発した。タイヤよりも先に、もうエンジンがダメになりそうなバスだということが明らかになり僕も腹が立った。誰に何と言うべきか。

窓からの景色は昨日までとまったく同じ様に見えたり、じゃがいもの荒野に見えたり、タイヤやエンジンがぐらぐらする度に、ぐにゃぐにゃと入り交じり、胃の奥の方からピリピリした炭酸水が噴き出しそうだった。やっと入り江に面した丘が見えてきた。丘の上には黒い子豚が小さな祈りを捧げる為の棒切れのような神殿が建っている。棒切れのように見えるのは昔に焼け焦げたものをそのままにしてあるからだ。人びとは忘れない為にそのままにしたのに、覚えている者の多くは死んでしまった。日に焼けた黒い子豚のつぶらな瞳に、怒鳴りあう人間や間抜けな僕が映し出される。エンジンは朦々と煙を噴いてやっとそこで止まった。


Je sais que je ne sais rien

  はなび


わかることをしっかり
つかまえていることがわかるとき
わからないことをわすれる

わからないことにつかまらないよう
わかることにしっかりつかまって
わからないことをわすれる

それは

しあわせな結婚に似ている

ひこうきにのってとんでいく

いろんな糸にくるまれた
きれいな繭みたいに
つるんとしたふたり

おめでとう


展開

  はなび


深夜に泥酔して棚を注文したわたしは
森の中をあるいていました

分かれ道のあるところに
古びた木の看板がたっていたので
わたしはそれを蹴飛ばしました

腐ったところから
古いワインのような匂いがして
木の看板はもろく崩れました

きいろのペンキで
Synapseとかいてあるのが
視界の隅にはいり
わたしは家に帰りたいと思いました

台所ではさまざまな展開が仕組まれていて
しらない人達が黙々と煮炊きをしていました

かまどのまえにすこしだけ泥を盛ったような
変ったかたちの傾斜がありました

そのうえをとおる人達はみな
いったんテンポをくずされているのに
しらん顔をしてはたらいていた

おなべのふたをあけると
もうもうとしろい湯気が
わたしにおそいかかってきて

棚に並べるべきものを
じゅんばんに教えてくれた

なべのふたを片付けてくれた人と
目があった
彼だけ
すこしふざけているみたいだった

こんにちは。

こんにちはの文字が

あめみたいにぐんぐん伸びていった
ぱぱぶぶれの様に


モール

  はなび



ぼくがアスピリンをガリガリ噛み砕くように
あるいている と彼女が言うので

ぼくは立ち止まり噛み砕いた 
しろくて苦くて
ぼそぼそしていて それから

さいきんはやりの唾液みたいな 泡のつめたい
恐ろしいような料理 
の隙間 
を呈した


2時間前にI氏は仕事をぬけ
クリスマスセールに行ったまま
くびにぶらさがった
名札がきゅうに
さかさになって

あんな唾液みたいな泡みたいな
あんたみたいなひとは
灼けたゴムみたいな
いやな匂いだと言った

ぼくは

モールをあるいていると
いつまでもモールが続いていて
でられない

夢を見ると言った

彼女は映画を見て帰ると言う

映画館ではおそろしいくらい古い映画が上映されていて
女たちはしろく 男たちはくろかった

カエルが車にひかれるところで皆
スピーカーから
潰される音が 
しずかに湿って響くのを
官能的と感じて

しばし
うっとりする
空間があった

それは
ある種の
結界かも
しれない


dodo

  はなび



まぶたをとじると
世界がきえる

絵本をとじて
つきのあかりの
しろじろを眺める

よるのくらさが
空中ブランコにのって
落下する

音もなく
落下する


水色のお弁当箱

  はなび



 砂時計がさらさらさらさら流れているゆるやかな曲面を呈する硝子の容器の中に立ち マリのひとびとがするようにわたしも魚模様のおおきな布を折りたたんであたまに巻いたのだけれど足元がどんどんしぼんでいった
 そうしてわたしもつま先のほうからどんどん細くなってするりとしぼんでゆく先に吸い込まれていった

 わたしは折りたたんだ魚模様の布のことをかんがえていた 折角きれいに折りたたんだものがこんな風にしぼんでしまったら またやり直ししなければならない 憂鬱というよりことばの通じないしつこい宿屋の勧誘やら物売りやらにつきまとわれ歩き疲れてそのうえ空腹で爆発しそうな怒りが今日もあちこちに転がっているのだとすれば

 似た様でいてまったくしゅるいの異なるもの たとえばそれは間違いだったりさもなければ過ちだったり とにかくまったくしゅるいを異にしていることに鈍感になるということがゆるされる日常のなかで ひとりとは言わず なんにんものおとこのこのやおんなのこ あかんぼうたちが爆発して今日もあちこちに転がっているのだとすれば

 おはよう 水色のお弁当箱がシンクの洗い物かごの中で朝日を浴びて光っている 冷たい水をコップにそそぐわたしの指先から渇いた砂のような匂いがして電気炊飯器からあさごはんの蒸気がしろくのぼる 干涸びた魚を冷蔵庫からとりだして 死んだものの瞳の奥に沈んで張りついてこびりついた牛乳みたいな濁った白をみつめる

 わたしはとおくに住むあなたのことをすこしだけ思い出す わたしの中ではすっかり断片的になって パーツにもならないような些細な欠片が とてもちがう どこにでもいるようでいてそこにしかいないたくさんのひとたち 飛行機がおちて 恋人たちが死んで たくさんの供花が今日もあちこちに転がっているのだとすれば

 吸い込まれた先はまた砂時計がさらさらさらさら流れている ゆるやかな曲面を呈する硝子の容器の中 さかさまになったのだと気づく また吸い込まれる時も 頭からではなくつま先から細くなってゆくのだろう

文学極道

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