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ねむのき - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全13作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


天体観測

  ねむのき

星座は夜空にあるのではなく
星をさがす瞼の
うちがわにじっと磔にされている

天体観測の距離で
微かに青みがかった
廃墟のような暗がりから
こうやって名まえをとりはずすため
動いている空間そのものを
先端に向かってそっと
押しひろげてゆく

瞬間
窒息しそうなほど
星が炎をあげて笑っていた
おおきな時間の隔たりさえもこえて
それでも肉眼で捉えることのできる
鮮やかな色と明るさで
笑いかけていた
とても小さな炎に見えたけれど
巨大な意味がそこで
燃えているのだとおもう


写真

  ねむのき


地下鉄に乗っていると
裸の少女が 座席にすわっていた

とてもきれいな裸だったので
写真を撮っていると
「あの、ここ、
「女性専用車両です、
わたしのうしろの方にいた ふたりの
手をつないでいる 女のひとから言われ
しかたなく 次の駅で降りた

改札を出ると そこは
どこまでも椅子がならんでいる
浜辺のようなところで

わたしはぼんやりと
5年前 カラス貝を採りにいって死んだ N先生のことや
N先生とさいごにした セックスのことなどを
思い出していた

そういえば さっきの少女は
横顔がすこし 先生に似ていたかもしれない
そんな気がして
鞄からデジカメをとりだして 写真を繰ると

どこにも彼女の姿はなく
かわりに うつくしい色をした
名まえのわからない魚が 
写っている


夜の重さ

  ねむのき

スプーンで海をすくう
すると
水のうえを 船が走ってゆく
船のうえでは ひとが笑っている

わたしは
暗やみに子どもを閉じこめた
しずかな波の音
とおい凪を かんじている

子どもの ひらかない口には
言葉にならないことばが 詰まっていて
ひらかない目は
水にひたされた月を 見つめていた

わたしの両手から 溢れる
夜の重さは 
やがて 十字架にかわり
すべては
ありふれた 暗やみだったと
磔にされた 小さな背中に
教えている

(誰も
教えては、くれなかった、

わたしは目を瞑り
わたしを暗がりに 閉じこめる

船のうえで
わたしの殺した 子どもたちが
遊んでいた

笑いながら
顔のある果物を 食べているのが
みえた


火葬

  ねむのき


駅のホームに
棺が置かれていた
溺れて死んだ山羊が
花に埋まっていた

触れようと手を伸ばすと
棺は燃えあがった
花の匂いと混ざりあう
生きものの焼ける匂い

わたしは知らない少年と手をつないで
うねる炎を見あげている

炎が消えてからもずっと
焼け跡をみつめている


誕生日の詩

  ねむのき



うす暗いキッチンの
冷蔵庫を開けて
牛乳をついだ
窓の外から
裂けてゆく蕾の
悲鳴がきこえてくる
ベランダから国道を見おろす
光が河になって、街を流れてゆく
夜はもうつめたくない
三月

訳がわからないまま
また、春がきて
溺れるように僕は
24になった
ねえ、母さん
僕たちが、祈りを捧げるべきひとは
もういなくなってしまったよ
つまりここには、最初から
誰もいなかった
いつも

唇からあふれる
青白い牛乳に、星は
まるで魚のように
ふらふらと漂っていて
7階から墜落しながら
世界はこんなにも透明で
きれいだったと
ちぎれた星座のように
さいごに叫ぶだろう


無題

  ねむのき

画用紙の中できみが刺し殺された夜に
水平線を歩いて対岸へゆきたかった
出来事はいつも腐っていて、果物だけが友達だったから
ぼくは紙飛行機を海に浮かべてばかりいた
夜はひし形の街にずぶずぶと沈んで
星たちは重なりあいながら、手の鳴る方へと昇ってゆく
駅は崩れた人の抜け殻だらけだった
誰も彼もが、幻覚のスーツを着て
空想の列車に運ばれながら、血塗れの窓から世界を睨んでいる
そうやってすこしづつ殺されてゆく
やがてとりかえしのつかない速度で叫び声となってホームから飛び降りてゆく
そのたびにぼくは
画用紙の中できみが刺し殺された夜のことを思い出す
水平線を歩いて対岸へゆきたかった
傍らにはいつも死んだきみがいて
腕時計みたいに笑っている
あの日きみを刺したのはきっとぼくだから
紙飛行機を海に浮かべてばかりいる


朝の詩

  ねむのき

世界のはしっこで 体育すわりをしながら
目をぎゅっとつむっていると
くずれおちそうな海がみえてくる
水に印刷された星座がみえる
防波堤のうえで 先生が
ばらの花のように 死んでいるのがみえる

先生の手に触ると
透きとおっている 壊れた教室があって
夜を写像する窓を おしひらいて
ぼくは街のあかりを吹き消した
ぶよぶよした境界線のむこう側から
先生の声が なつかしく散光し
夜の水槽は
すこしづつ青空にみたされてゆく

水平線は風にちぎれて
スカートが柔らかくふくらんでいる
丸い眼鏡の奥にはまだ
うつくしい眼球が浮かんでいる
(先生の眼は、いまなにを、まなざしているのだろうか)
透明な教室から まっ白な少年たちが
朝の校庭へすべりおりてくる
ぼくは先生に くちづけを
しなかった けれど くちづけるようにそっと
先生を抱きしめて 海へ棄てた
ずぶずぶとくずれてゆく海
鳥のようにくるしくなる呼吸
十字架の形をした飛行機が
青空のたかいところを飛んでいるから
まぶしくて ぼくは目をつむる
ずっと目をつむっていたいのに
ぼくの視界はにわかに
世界の果てにある体育館にむかって
ゆっくりとひらかれてゆく


水に漂う傘

  ねむのき

1

おおきな画布を青い絵具で塗りつぶして、
海を描いた、
その上に一枚の鏡をのせると、
鏡の内側に、
四角い形をした船があらわれる、
という仕組みの絵だ、
黄色に塗られたところは砂浜で、
しゃがんで貝殻を拾っている弟が描いてある、

2

船が、鏡のなかで、
なにかを中空にばら撒いていた、
空と海のふたつの青のあいだを、
色鮮やかなものが、ひらひらと舞っている、

3

(傘だ)

4

曖昧な波音が、
バケツに砂を集める弟の、
はだしの両足の間を流れていた、
わたしは制服のスカートに風をふくませながら、
息をふかくのみこんで、船をみつめている、
水に漂うむすうの傘、
は開かれたまま、
波打際にうちあげられてゆく
(それは、壊れてうち捨てられた、腐ってゆく時間軸のようなものに思えた)
わたしは、足もとに流れ着いた1本の日傘を拾いあげ、
砂のうえに貝殻を並べている弟のまわりに、
日陰をつくってやる、
弟はわたしを見上げると、嬉しそうに両腕を差しのばす、
わたしは弟を抱きとめ、
(ほら、あれみてごらん)
と船のあるほうを指さす、けれど、
すでに船は消えていて、
水平線の上に、
ひとりの男が揺れながら立っているのがぼんやりとみえる、
なにか叫んでいるようだった、
声はきこえない、

5

(たぶん、あの人はもうにんげんじゃないよ)
と弟は囁いた、

6

水のうえをまっすぐに走ってくる男、
鏡が割れて、
青空が音を立てながら粉々になる、


可視光線

  ねむのき

浴室にひろがる砂浜では
棄てられたいちまいの楽譜から
水がとめどなく溢れている
そこへ、目をつむった、あなたの顔が
しずかに浮かびあがり
やがて透明な練習曲のように語りはじめる

壊れたホルンをだきしめ
あなたの音楽に耳をかたむけるとき
それはかなしげな牛乳の音楽として
ほとばしる、幻覚的にうつくしい、あなたの
ながい髪を漂いながらあわくつたってゆく



銀のマウスピースに唇をはわせ
飲みこむ
そうしてやわらかな円錐形から嘔吐された
むすうの矢は
窓を不規則に叙述しながら
ガラス製の書類の束をやさしく射ぬいて
砕けてゆく、聖書のように、あなたは
語るのをやめない
ことばが、ことばが、ことばが
もはや意味を失ったことばが
食器のように星を触り星座を並びかえてゆく
そのまま星は植物的に地上のビニールハウスへ降りそそいで
土へと、土へと
草が針となって次次につき刺さる
あなたは叫びながらつき刺さる
「あなたは、あなたは、あなたは」とぼくは呼ぶ
あなたは叫ぶ、ぼくにむかって、あなたは
叫びつづける、そして
透きとおった砂浜を背泳ぎする、ぼくは
このままゆるやかに狂ってゆきたい
このままあなたに、つき刺さったまま
あなたに、語りつづけたい
語りつづけるのは
あなたではない、「あなたではない」
「語りつづけるのはあなたではない」と
あなたにむかって叫ぶぼくのほうだ


  ねむのき


煙草を吸いながら
中央線が幻のように
よこぎるのを見ていた

夜空には
やすらかな死が
紐に吊るされている

(おまえの悲しみには、異物がまじっているよ)

白い花で溢れた木の柩
かれの死体はひどく美しく/臭い

眼鏡をぬぐいながら
わたしは
痩せた月を柩に手向け
かれの胸をしずかに光らせる


雨の庭

  ねむのき


かれは傘をさして
演奏していた
雨が降っているから
鍵盤はぬれていて
指で叩くたびに、音符は
五線譜のすきまから
あさい水たまりにおちてゆく
雨の斜線が、草や
木々の葉のうすいみどりへとまじわり
あるいは、みつめられた
楽譜の森のなかを
二匹の山羊があるいていた
手紙をはこぶように
それは細い線のうえをひっそりとすすみ
ときどき、耳をそばだてる
けれどたちどまることのない
しずかな伴奏にすべりおちる雨が
かれのちいさな肩へと触れたとき
ほどかれた音も
踏まれるたびに光りながら
転調する水の底で
楽譜は
白く
ぬれている、シャツに肌が透けていて
かれは傘をとじ
しずくがつたう五線譜に
いつのまにか記されていた
山羊の瞳はにじみ
雨の庭をうつす


薔薇の花

  ねむのき


清潔な剃刀の刃を
止まない雨にあてると
雨は血になり
薔薇の花びらはさらに赤く
ひろがっていく

5月は
永遠に5月のまま
ソファのうえで溶ける檸檬の
匂いがした、無音の
テーブルに置かれた新聞にはいつも
なにも書かれていない

あるいは
五線譜のような電線
そのすきまを街並みが
海へむかって移動していく
動かない電車の
窓を、いつまでも眺めていた

ぼくの手は少しだけ腫れていて
つぎの駅を降りたとき
口のなかは血の味がしていた
雨の線
その両端を
そっと折りたたむように
赤い傘をひらいた
いま、
白い服のうえに
さらに白い上着をかさねている


天気雨の詩

  ねむのき

下着と、水平線のある浴室
飛行機の残骸のように
肺のなかに墜ちていく
息がすこし
燃えている気がする
ほんとうは、音のしない声で
話しつづけていると
遠くのほうへと連れていかれるから
そのまま
廃墟のような駅の
地下街で買い物をすませた
買い足した卵の
その永遠に眠りにつく格好で
浴室の白にうずもれていく
微熱のあるからだの、手術痕から
摘出された
骨や、落ち葉など
すべてが清潔だった頃のまま
そのままにしておきたい
吐く息は風となり
落ち葉のしたの弦をゆらすけれど
音のしない
卵が白いまま割れている
その空白にも
廃墟の群れが並んでいて
壊れた鏡は
森をあおく映している
すべてがどこか歪んでいた
この背骨のうえにも
青空
ひろげた形の翼が
砕けちって
だしぬけに太陽のひかりがさしてくる
なくな
遮るようにそう告げ
おまえは、もうおまえではない
誰かになってしまって
その声だけが遠く
燃えている

文学極道

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