#目次

最新情報


お化け - 2015年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


でくのぼーの祈り

  お化け

でくのぼーは、自分の悩み事を誰かに打ち明けない。でくのぼーの頭の後ろ、ちょうど、彼のメタ観察者がいる場所で、憂鬱が集まって、雲ゆきは黒っぽくて怪しくなっているところだった。目の裏でトラウマがピカッと光ったのを見た後、彼は、猿がヒステリックな激しい鳴き声を発しているような幻聴を聞いた。雷は、彼の頭から右手へ、彼の頭から左手へ、同時に落ちて、信じる心のコンクリート部分には、ひび割れた痛みが残った。それでも彼は、トンネルをつくるために死んでしまった人みたいに、そのときも、祈っていた。無口な彼の想いの内容は誰もわからなかったけれど、たくさんの涙を染み込ませた山のように重かった。彼は両手を組み合わせて、その間にあるはずの、丘の上の雷に撃たれた一本の木を見上げるかのように、見てしまってはいけないものかのように、祈り、震えている。ボソボソ「うう・・しています…うう・・しています」という声、彼が知っている神の言葉はそれだけだった。「ねぇ神さま…」新品である神はどこにもないのに、リサイクル屋には無数の神がいる「でくのぼー、でくのぼー」祈りたい。そして、でくのぼーは、幻聴で聴いた彼の猿の腕の毛の根元で身悶えているものも一緒に振り切ろうとするかのようにして、頭を左右に振った。今日も、祈る彼に神様が教えてくれるのは「■しています」というところ以外、全部黒塗りの、報告書だけだった。それでも彼はそれだけを信じている。雨の日も風の日も、うう「・・しています」それだけを信じて、トラウマに撃たれて心が引き裂れそうな日には、神様がくれた黒い四角に閉じこもって、祈っている。夜の中ではなく、昼がいつなるかはわからない、窓のない真っ暗な、神様がくれた、普遍的な影の牢屋、でくのぼーは、寝転がって、両手を組み合わせてお腹の上に置いて、星や月のことを思い出そうとしていた。暗すぎて、彼が見ようとしているものや、彼が生きているのか、もう死んでいるのか、彼が存在しているのか、存在していないのか、例えばもし彼の顔が神様みたいであったとしても、何も見えない。時間感覚がないその祈りの中で、彼の右手にとって左手はもう死んだ動物となり、左手にとっては右手が死んでいる。手探り、手づかみ、祈らざるを得ないそれぞれの手が、生きるために相手を殺して、食べようとしている。やがて、自分自身に食い殺される。君は、何も祈っていなかった。君は、何もしなかった。君は、誰にも見られていなかった。君は、生きていなかった。そもそも全部、何もかも、最初から存在していなかったものだったんだ「でくのぼー」と彼の神様は教えてくれた。でくのぼーは、瞼を閉じていた。光の残像が見えた。それは、かつて自分は生きいて、そこからやってきた証なのだと思った。「・・しています・・しています」でくのぼーは、また、彼の神の言葉を呻きながら、震え出した。身体中に雷が駆け巡り、猿の狂った叫び声が聞こえる。神様がくれた黒い四角に亀裂が走り、その隙間から光が差し込んでくる。静かになると部屋のひび割れは見えなくなり、また真っ暗になった、と思ったら、突然「猿が逃げ出したぞー」と大きな声がした。でくのぼーは、隣の部屋の■から猿が逃げ出したと思った。暗闇の中に、縦になった一本の光の筋が現れた。そのラインはだんだん太くなっていき光の長方形、扉が開けられて、猿が入ってきた。猿は、でくのぼーの組み合わせた手を解いて、彼の手を掴んで、引っ張った。そうすると、あっという間に黒い四角はバラバラになった。明るくなって、でくのぼーと猿は、ずっと手を離しちゃいけないって、丘の上を目指してそこへ逃げるように、走った。たどり着いた場所には、雷に撃たれた木があり、息を切らした二人の、涙は止まらない。その周りを取り囲んで、砕けてしまった心の破片が散らばって生き返ったときみたいに、たくさん、タンポポが咲いていた。


三月十九日ポタウさん

  お化け

一本の棒を箸と決めたとき、そこからこぼれ落ちたものも、水道の蛇口からの一滴みたいな「ポタウ」。「ポタウポタウ」は二本の細い棒を「箸」と呼んだときの飛躍の滴。「ポタウポタウポタウ」は滴の軌跡が固まった三本脚の悪魔で、下半身デルタの一区画を囲って罠をはり、獲物を待っている。「ポタウさん」「ポタウさん」「ポタウさん」という憐れみを誘う声が聞こえる。そうやっていつまでも人を騙してきたのだ。四本脚のポタウが走り出したのは、三月の「もう四月病」と、「来月は『来月は五月病だろう』」と思った昨日、三月十九日。ケモノは僕のまくらもとへ、近づくほどに足音がなくなって、とつぜん僕を引き裂くあの、優しい全部の嘘とホントを、バラさないまま「とき」を、まる呑みした「とき」も、腹の中ではみんな光はごっちゃ混ぜになくあり、取り込まれてまたお腹の音がなり、またみんなのハラノヤミ、見えるのは自信無さ気な、空のように夢の無い、僕と一緒に泣いているポタウさんの顔の空っぽ。


我らの蛾

  お化け

君たちにはわからないだろう。駐輪場の黄ばんだ蛍光灯に群がる薄汚い蛾は、今とは比べものにならないほど、昔は、一匹一匹が覚醒剤を打ったみたいに、ギラギラしていた。生命を持っていた。どんな時代もそれよりも前の時代の蛾の方が、ものすごく、よかった。思いを馳せれば、人間がいなかったころは、ずっとずっと、本当に、よかった。君たちは、生まれたときから、とんでもない世界に「ちょうど」産まれ落ちてしまったとわかっていて、黄ばんだ蛍光灯にぶつかる薄汚い蛾から目を逸らしたかもしれないが、僕は「ふざけるんじゃねぇ」って、さらに耳も塞いで、公園で空き缶を蹴っ飛ばした。僕も君たちと同じように「あの頃」があった。僕はあの頃、瞬き一つない水面を持って、星を捕まえることができた。魚一匹いない、純粋な、素直な、死んだ静けさの湖ほとりで、空から月が落ちてきて、地球が壊れはじめる瞬間を見てみたいと思った。目に映ったままのあまりにも綺麗なこと、あるがまま叫んで、死んでもいいと思った。残酷な子供のままでいさせてくれる人がいた。

今、存在しないはずの蛾が光にぶつかり続ける音が、無駄にただただ、聴こえる。僕も君たちも、希望の光を見て、騙されていると知っていながら、愚直にぶつかり続けて死ぬんだって、わかっている。少し賢いだけの蛾みたいに、毎日、人工的な光の下で「愛されたい」と、誰かがくるのを待っている。星を捕まるための水面に、インターネットを張り巡らせて、魚を探している。綺麗すぎる湖はなくなった。魚が跳ねる音が、あらゆる場所で聞こえる。僕の湖には、スパムメールが土砂降りのように落ちてきて、至る所で、まあるく波が広がる。アカウントと一体化してしまった僕は、自分自身をスパムとして報告することはできないほど、落ちぶれてしまった。波立ち絶えず歪む湖面に映る星と月を見て、これは本当のことなのかって、わからなくなった。生起し続けていることが信じられなくなった。酒を飲み、僕は夜、薄汚い蛾になって、遠くでカンカン鳴る踏切音のほうへ飛び出す。そのうち、早すぎる死に追い抜かれて、追いかけて引き離され、山を越えているうちに、あそこに行けば死ねるんだってことも、千切れた言霊になって、忘れられちまった。

(今日(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(のつもり(つ(もった(峰(の雪(解(けない稜線(の(やまびこ(の(つもり(つ(も(った(峰(の(雪(解(け(ない稜線(の(や(まびこ(の(つ(もり(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い稜線(の(や(ま(びこ(の(つ(も(り(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い(稜線(の(や(ま(び(こ(の(つ(も(り(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い(稜(線(の(や(ま(び(こ(の(つ(も(り(今日の詩(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(つもり(夢)つもり)やまびこの)溶けた稜線)ふもとの雪)消えた)つもりの)昨日明日の詩)の)つ)も)り)や)ま)び)こ)の)溶)け)た)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)の)つ)も)り)や)ま)び)こ)の)溶け)た)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)の)つ)も)り)やま)び)こ)の)溶けた)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)のつ)も)り)やまび)こ)の)溶けた稜)線)の)ふもと)の)雪)消)え)た)のつも)り)やまびこ)の)溶けた稜線)の)ふもとの)雪)消え)た)のつもり)やまびこの)溶けた稜線)ふもとの雪)消えた)つもりの)昨日明日)

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.