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いかいか - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


死者の記憶=世界

  いかいか

死者の記憶のほの暗い洞窟、
松明をともして、
夜半に出かける、
首九つの村の中で、
女達が生み出すのは、
まるで顔のない人間たち、
引き剥がされた、
引き剥がされた、
と、
私の友人は悲しく言うが、
それはもうだいぶ前の話、

顔のない誰かの音楽を
僕らはやっている、
彼は百年前に死んだというが、
まるで酸素の様に、
その記憶だけが
世界に満たされている、
神童と呼ばれた頃の顔は、
すでに引き剥がされて、
女たちは
村九つで、
首をひとつ植え替える、

借り入れるの季節、
女たち、
皆、農夫になって、
歩き出し、
田畑を切り開く、
そして、
首十の村で、
八つの顔を挿げ替える、

贈与、
された、
死者の洞窟の奥で、
私が見た記憶の中で、
もっとも鮮明だったのは、
あのおかしな文化人類学者の詩、
彼の顔は引きがされてはいないが、
ひどくゆがんでいる、
闘牛のせいだろう、

首ひとつ、
田畑が三つ、
家四つ、
植え替えの季節、
男たちは、
裸のまま、
サンダルを片方、
そう、昔、あの男がやったように、
岩の上に置いて、

顔なしの祝祭、
皆して、
女たちを刈り取る、
男たちは植え替えられて、
静かに寝静まる、
納屋の奥で、
馬が見届ける、
ぼんやりとした
便器の上で、
蛙が雨を待っている、
鉄の老人は、
胸を締め付けられて、
今にも飛び出しそうだ、
そう森の奥から、
はじめて降る雨が、
酸素をかき消す、
紛れ込んだ野鼠の尻尾が発火し、
水中で炎がともる、
そしてここで、
私は始めてどもる、

今日は
重力が晴れている、
まるで、
追い落とされた
最後の生き物たちが、
簡単な会話をすませて、
家を焼くように、
そう、今日は祝祭、
村一つ
首二つ、

生きている人間はもういない、
皆、死んでしまっているのだから、
あの懐かしい腐臭がする、
そう、まだ私たちが、
野兎を追いかけて、
悶絶しながら、
射た弓が
返し矢となって、
胸をいるように、

腐臭は記憶なのだから、
それをすって、
記憶になるまで、
私たちは何も知らない、

今日は雨が降っている、
世界と切り離された批評家の運命を、
笑うには最適だ
毒を飲め、

首七つ、
村一つ、
刈り取られる、
植え替えられる、
鉢の中で、
にこやかに笑っているのは、
私の知っている人だったり、
私だったり、


朝の陀羅尼

  いかいか

朝の陀羅尼、


朝の団欒の中で、
私たちの産卵は始まる、
どこまでも
うつぼ舟の中で眠ったままの
黒くたれるもの、
それが読経の春に、
呼び覚まされて、
この黒く一人でたれるものを切り裂く、


神産みの朝、
あんとくてんのうが、
再度生まれなさる、
そのために、
禍津日神は微笑みかけて、
私たちのスサノオを殺す、
それが僕が夢見る
永遠だということを、
こっそりこの日、開示しよう、


僕の逆行する視線や
翻る瞳で見る瞼の裏側に
広がる銀河鉄道の悲しい話や
それ以上に、
この朝の陀羅尼が
僕の田畑を締め付ける、
納屋に積みあがるのは労働の垂れる唾液、


おお、ザネリ、ザネリ、
カンパネルラ、カンパネルラ
さいごに、ジョバンニ!
君らの黒いものを、
この僕の視線で死滅させてやろう、
そして、
やはりまたどこかで黒いものが
たった一人で垂れる音が聞こえ始める、


裂ける背骨の木々の音、
山水画の山脈から流れる川
立ち上る隠喩の蒸気、
ガンジスの沐浴を、
すべての聖者達に
かの川の灰の汗を浴びせたまえ、
エノラ・ゲイの陽光を、
いままさに、
僕らは夜の夜明けの中にいる


手垢だらけのバイブル、
もしくは、ボロの法衣、
そして、手を合わせる恐ろしい数の人々、
裸なのは
私の唯一の戦争、


都市が老いて行くのは
この限りなく済んだ陀羅尼のせい
私たちが鼻歌を口ずさむように、
地球を転がすものならば、
あんとくさまが、
草薙の剣を振りかざして、
世界の花嫁を車窓から追い出す、
さようなら、
黒い花嫁、
君がこれから行くのは、
あの飛来する最前線、
切り開かれなかった田畑の上を、
麦をまきながら
永遠に生まれないはずの子供を抱きながら、
まるで母親のように、
そして、
最後の入水が僕らの晩餐だ、
それは日の出からさす夜の肉体、
たった一羽の小鳥を打ち落とさないための受難のとき


星遊び 

  ポチ



 汗だくのアフリカで、裸になった友人から手紙が来た頃、僕の机の上では、数冊の本が同時に開かれたまま文字たちが飛び出している。友人の手紙が僕にこう言う「星に上がるのさ」と。彼が一緒に送ってきた人形はマヌケにも「Eureka!Eureka!」としか言わない。僕の祖父は、そう叫びながら家を焼いたんだよ、と彼が口にするまで、僕の部屋の扉は開かない。これはまじないなんだよ、ずっと昔からのまじないんだよ。
 
 星へ上がる

 星へ上がった人たちの瞳は青いから、とてもきをつけないといけない。僕がずっと昔に祖母に言われたことを信じていないから、青い瞳は、その人が死んだ後に、固まって青いものになるんだよ、と、静かに友人に語るけど、友人の瞳は黒いままで燃えているのさ。燃えたものは、白く冷えて土に上がる。上がってから、下がって、また黒くなるのさ。

 まじない

 まじないはいつも夜に、そして昼に、朝にはできるだけ控えて、そういう君はいつまでたってもそれをやめようとしない。まじないは、いつだって聞き分けがないから、耳をつけたまま走ったあの人のように、砂浜で首をかられるのさ、かられた首は笑ってアフリカに落ちる。落ちた首を君が拾って、またまじないをかけたら、それは星へ落ちるんだろう。君はそうやって何度も何度も夢を見た。


Eureka

名前を与えられなかった、
あなたや、わたしが、
くだけちったまま、
たまげる、
たまげるってのは、魂削るって書くんだよ、と、
知らない人が言付けて、
わたしは旋舞し、
あなたは戦舞し、
何度も何度も、
同じようにして、
見たままの、
開かれたもので、
同じように、
そしてや、また、から、
引き出された、
退きだされた、
靴や、
帽子を、投げ打って、
廻っては巡るままの、
呼吸の仕方や、
知らなかった、
場所に、
かえる、
そして蛙が、
帰らない内に、
私たちが
帰らない家に、
ことづけをして、
わたしたちや、
わたしは、
ゆっくりと、
渡っては、
渉り、
口笛を吹きながら、
屋根を葺いて、落ちた、
と、言われるままに、笑ったり、
下がったり、
転んだままで、
転ばないままの、
いしを、いしを、
渡して、
わたしや、
わたしたちの、
あおいままの、
ことばで、
いえへ帰るまでに、
孵らない、そして、
やっぱり返らない、
はだしで、見て

星へ上がらない、まじないを、
何度も、


アフリカ

  ポチ

発汗性にとんだ衣類をまとった多くの観光客が、サングラスの奥から黒い太陽を見上げている。私も同じ仕草で彼らの間に入ろうとするが、この慣れない仕草は、私のナショナルなものをすぐさま拒絶する。ガイドからいくつかの質問と注意を受けた後、私の隣人たちはぞろぞろと歩き始める。彼らの列はまさに、断層で、その隙間隙間で私たちの先祖は眠っているのだ。バスの中でも、光をさえぎる―遮られたものが、バスの中に散らばる、それをガイドは摘み上げるようにして、小話をしているが、私の隣人たちは、外ばかりを見て文明間の些細な戯言と、もう忘れ去られてしまった古い記憶を思い出すかのように語りだしているのだ。新聞紙には、見慣れない文字が並び、それらが僕の瞳の上でただただ踊っているだけだが、それが楽しい。時には、空中に舞い、紙面に突っ伏したり、中には、私のほほや唇を引っ張る―これを熱烈な歓迎いや洗礼といわずにして何と言えばいいだろうか―。
 野蛮なものがとても新鮮に食卓並んでいるかのようだ。まるで礼儀作法をしらない子供たちが、待ちきれずに、フォークとナイフを打ち鳴らして、出来事の到来を待っているかのように、激しい日差しは恐らく前菜として、ずっとこの後に続く料理のすべてを決定する。大人と子供の境目を悠々と笑顔で越えていく人たちが、レンズを覗き込んで、一瞬の画家になろうとしているのを見る。一人の隣人が立ち上がり、私に、カメラを渡して、合図をする。合図されたことが、ひとつの出来事として、カメラに刻まれる。僕はカメラの記憶を思い出そうとして、この熱っぽい額に手を当てて、深い深い炭鉱にもぐらなくてはならない。炭鉱からは、昔刻まれた地熱が、古い記憶としてあって、私はそれらにツルハシをつきたてる。黒い鉱石が割れて出てきて、熱が沸き起こる。草原の向こう側からは、知らない人たちの足音が聞こえるが、一向に風景は、私たちの隣人のために用意された何の変哲もない草原で、そこからは、香りがしない。炭鉱では、男たちの大きな声が上がる。大きな見たこともない鉱石を口にくわえた猫が大男たちをよけて逃げ始める。それを追うのはもちろん、あの黒ずんだ顔の男たちに決まっている。
 汗ばんだ者たちが、洗い流されないように、未だバスの陰でうろついているのが見える。うろついたものたちが、私の隣人たちのカメラに滑り込んでいく。押されたシャッターの一音の中で、砕けた顔が広がったまま、微笑んでいるのを注意深く観測する。白くもなく、黄色くもない肌の運転手が、ミラーでそれらを見ている。ミラーに写る顔が、汗ばんでいなかったのは、すでに、運転手が遠くまで走って行ってしまったからだ。私たちは、気づいてはいないがおいてけぼりを食らったのさ。私の隣人たちはそれに気づかない。何度も、何度もシャッターを押し続けている。ガイドは盛んに、いくつかの指示を出す。持ち寄られたものが、塊となって、謀っている。謀られた者たちが、汗ばんで、突然、口を閉じればすぐさま汗は消えてなくなり、頭上からは、ザングラス越しの黒い太陽のみが残る。黒点の一つ一つを背負った蟻が、私たちの世界に汗を運んでくるのだが、これは、未だ科学の世界では一切語られてはいない。僕が、夢遊病だった頃、アフリカの大地は、水浸しだったというのに、今では、スイスの酪農家が羊を放牧させながら、アフリカでアルプス山脈を見上げている。もちろん、そこで、羊たちは、また猫に追われるのさ。僕のイメージがアフリカを壊して作り直す。それは、まさに土砂降りの雨だ。雨の中を、魚たちが泳いでいる。ここは、一端の魚市場となって、多くの人たちで賑わい始めるが、私の隣人たちはそこまでは来れない。僕は飽き飽きしているのさ、自分の空想に。
 海を見たことがない女の子について僕がいえることといえば、海がないのなら、作ってしまえばいいということにしかすぎない。なんでもいいよ。そこの辺のケーキでも作るボールに水を浮かべて、手をつければいい。そうすれば、そこにはもう海があることぐらい、まるで、隣の部屋から、知らない女性の友人が現れて、君と私は昔背中合わせだったんだよ、と語りだすだけで、月面に水が沸くのさ。それをアポロは汲むことを忘れたから、いまだに、宇宙船を送っている寸法さ。さて、そろそろ、僕の空想の、頭の中の本を閉じよう。実はまだまだ、多くの本があって、それらは誰にも語っていないけれども、僕は何度もいうように、自分の空想に飽きているのさ。
 昨日、友人に手紙を出した。赤いポストの奥に手を差し込むと、少し汗ばんだ。きっと、それは僕がアフリカに少しだけ触れたからに過ぎない。

 


  祝祭

 雨季

 手のひらの上に、雨が降る、雨季の中に湿度、友人の下で、野が眠る、寝返りを打つ、ニシキヘビは私、と、彼女が言う、彼女の天気は晴れ、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、言う、隣で、友人が、寝返りを打って、その下で、静かで小さな虫たちが

 乾季

 貴方は歴史、彼女が言う、友人の寝起き顔が、こちらを見ている、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、いう、歴史には本が必要でしょう、と、いって彼女が布団に入ってまるまる、寝起きの友人、僕たちは結婚する、と、笑っていう、

 森

 私たちはやがて、森、知らない言葉で話し始めるわ、と、彼女が言う。ヨーク、トーラム、テチュン、ナキャン、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、いう、歯を磨く友人の隣で、手を洗う彼女、友人が、鏡に向かって言う、僕たちは結婚する、と、言って笑う、手を洗う彼女が、友人の手を洗い始める

 川

 私たちは何も食べない、彼女が机に座って言う、おなかをすかした友人が、ナイフとフォークを持っている、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って言う、彼女が、からっぽの皿に彼女のおしっこをたらす、おなかをすかした友人、彼女のからっぽの皿に彼のよだれをたらす、友人、僕たちは結婚する、と、笑って、いう

 トイレ

 ここは、私たちの寝室、と、彼女が言う、トイレのなかの友人、扉にかけられたカレンダーをめくりながら、天気を書き込んでいく、君たちは結婚しない、と、笑って言うと、トイレの中の友人が、水を流す、トイレから出てきて、僕たちは結婚する、と、笑って、いう
 


  祝祭

私は、カーディガンに、
ルビをふる、
魂から、零れ落ちる、
台詞のない、
幽霊が、
服を着て、町を歩いている、

この寒さ、
耳を、凍えさせる、
防寒具はもう昨夜のうちに、
作者の、こだまする、
魂から、
温暖な、地方へ逃げ去った、

あれから、作者は、
体を動かしながら、
笑った、
笑いの中に、
一筋も、凍えるものが、なにもないのなら、
私たちはいつだって、
魂を、ここに捨て去ることだってできるはずだ、

昼下がり、カーディガンが、
月をたたく、
あの、光線を送り続ける、
葡萄の、果実を、
唇で、開き、
天気を、再度呼ぶために

(降らせる)
カーディガンに、ルビを降らせる、
都市の、荒廃した姿を、
思い浮かべながら、
ずっと遠くまで、
詩人のいない、世界で、
口笛を、ふくように、

この寒さ、
耳を、口を、瞳を、
覆うようして、
言葉が始まる

文学極道

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