首筋の痛みで
ぼくたちは何処までも
飛んでいけると思ってた
あなたの優しさや
てめえの軽薄さが、
何よりも好きだ 悪いかよ
硬い路面に、弾まないで
吸着する重い冬を
拾い上げるため生まれた
人たちがいる
足の裏の皮が、
柔らかくなっていった
踵が薄くなるにつれて
街という街から
イルミネーションが絶えていく
あなたが偽物の
星空の下を歩きたがると
てめえは溜息を吐きながら
ぼくたちの手を引いて
上昇していく
「いてえよ、引っ張るな
「なんでいてえんだ
「肩こりがひどいんだ、最近
「おじいさんみたいだね
「笑い事じゃないよ……
とにかく、腕上げらんねえから
ぼくたちの足は、もう
要らないかもしれない
さっき、夜に湿ってしまった
何処かの誰かの洗濯物を
踏んづけて、
やっと足の裏に
触覚が通っていることを
知ったくらいだから
痛みは肩や首筋から
全身へと広がる
筋肉が硬直すると
顎の下や脇腹が
ぞわぞわと、
総毛立つ
てめえが上昇を止めると
空中にいるぼくたちの周りには
何もない
あなたの息が少し弾んでいる
速いテンポで、脈拍が、あなたを削る
てめえはもう一つ溜息を吐く
ぼくたちへの配慮がない てめえは
優しいあなたは眼下に広がる光景を
綺麗だと言う
イルミネーションがなくても、
街は輝いてるんだと
空気の読めないてめえは
当たり前だと言う
ぼくは頭上を見上げる
平らな夜空に配置された
オリオンの、三つ星がずれる
「見てみろよ、
オリオン座が欠けていく
落ちてきてるんだ
「隕石?
「ああ、あれは夜景の構成物さ
足の爪先が冷えていく
凍傷になって
指の一本か二本
腐り落ちるかもしれない
でもそれは痛くない
てめえは煙草をくわえる
火をつけてから、
一本ぼくに差し出す
ぼくはそれをくわえて
てめえがしたように
火をつける
そして、
てめえがしなかったから
ぼくは火のついた煙草を街へ
落とした
信じてたのに
煙草は中空で燃え尽きた
信じてたのに
都会の夜空から星は
失われていく
彼らは少しずつ、
街へと吸い込まれる
そうして高層ビルや
住宅に身を寄せて
棲みついたのが
夜景になるんだ
だから、都会の夜空には
もう、星が少なくなってしまったんだ
偽物なんかじゃ、なかった
あなたは墜落する
てめえが息をのむ
削られてささくれだった
あなたが
都会の本物の星空を追う
一度だけあなたは振り返る
てめえがなにか叫ぶ うるせえよ
あなたはそれっきり
真っ直ぐに落ちる
後で、会いに行かなきゃ
てめえがぼくに言う
わかってる
ぼくたちは緩やかに
下降していく
澄み渡る冬に漂ったまま
地上では、私鉄の
始発電車が走ろうとしている
ぼくたちは
地面に降り立つ
膝から下が
脆く、柔らかくなっていて
上手く立てない
立ち込める冷気に凍え
明るみを帯びた空に
目を殴られ
呼応するみたいに
首筋が鈍く痛む
駅のホームから
微かな電子音が
漏れていた
都会に棲みついた星は
もう還らないのだろうか
あなたがいってしまったみたいに
一方通行で過ぎていくしか
ないのだろうか
てめえはらしくなく
後悔している
でもぼくたちは
電車に乗って会いに
行かなくちゃいけない
あなたの住む街へ
あなたの落ちた場所へ
もう一度飛んでいけるように
あなたがもう、
墜落してしまうことの
ないように
券売機に表示されない
隠された切符を手にして
ぼくたちは
始発電車の前に割り込んで
入ってきた電車に乗り込む
ぼくたちは
会いに行かなくちゃいけない
もう一度
そして、還ってこなくちゃ
いけない
声ではない発語がある
てめえがうわっと声を出す
背後には手のひらくらいの
ミニチュアの星が浮かんでる
何という星なんだろうと
ぼくが訊くと
Tristar、そう名乗った
三つ並んだ星を持って、
あなたに会いに行く
てめえはもう、洟啜らなくていいから
馬鹿みてえだから、やめろ
電車は線路を弾き
銀河を渡る
そんなこともあるかもしれない
選出作品
作品 - 20140109_867_7236p
- [佳] Tristar - 白河 蓮実 (2014-01)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
Tristar
白河 蓮実