選出作品

作品 - 20100118_926_4088p

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冬の散歩

  鈴屋


マフラーを首にひとまき
「タバコを買いに」と妻の背に告げ、おもてに出る

真新しい電柱がならぶ新開地を行く
鉄線柵にかこわれた休耕地の角をまがる
雨戸を閉めた住宅の庭で、黒い犬がはげしく吼えている
私の鼻先で輝く巨大な牙と舌
遠近をうまく調整できないでいる
光と影がすさぶ
どこかでプラスティックが燃えている
駅のほうへ向かう                   
                   
   消火栓の標識のかたわら
   妻が私のほうを見て笑っている、レジ袋を下げている
   引っ越し屋のトラックが過ぎ、軽油の焼ける臭いが吹きすさぶ
   まだ笑っている、瞬くように笑っている
   手を振るわけでもない  
   私が見えないのか、それとも私を忘れかけているのか
   ふらつく視線でえんえんと笑いながら遠のいていく   
   妻の名をなんども呼ぶのだが
   その声が当の私にも聴こえない

   *
   
駅前のコンビニでタバコとライターを買う
通常の帰り道をそれてみる
集合住宅が2棟並んでいる
二階のベランダで一枚の黄色いシャツがコメディアンを演じている
クリーム色の壁面に貼りついた矩形のよそよそしい青空
明るい飛行機雲が斜めにかかっている

   閉じられた窓、二度とそよがないレースのカーテン
   テーブルの上では、飲みのこしの紅茶が、時をかけゆっくりと乾ききる
   音のない部屋、鏡にうつっている真鍮のノブ
   そこにある一点の暗い光が、いわれもなくどこまでもこびりつく

   * 
   
来たことのない単線の踏み切りを渡る、道は畑野に入る
せっせと歩いている自分が可笑しい
途中、誰もいないバス停のベンチでタバコを喫う
目の前に冬枯れの桑畑が広がる
いじけた子どもの頭のような瘤が無数ならんでいる

ふたたび歩きはじめる
傾きはじめた日のほうへ向かう 
ひと筋のびている道が地から剥がれ、遠くの林のうえにしろじろ浮いている
褐色の丘陵を越えていく送電塔の列、斜めに刺さっているくさび型の雲
さびしさは方位にもとり憑く
立ちどまり、しばらくは行く手の茫漠を見つめ、踵を返す
   
   深夜
   地平の果てで、世間は冷え切っている

   凍りつく星座の下
   裸の妻が山脈の尾根を駆けぬける   
   膣からつややかな液体がいく筋も垂れて、私を誘う
   裸の私が追いかける      
   背後に追いすがり、抱き合ったままころげ落ち、乾いた朽ち葉に埋もれる
   妻の慟哭がこだまする
   「かわいそ」と妻のうなじにいう、「かわいそ」と妻も私にいう

   *   

疲れたのか、黒い犬が今にも吼えそうに鼻づらをもたげている
ちらと私を見る、吼えるわけでもない
郵便受けには役所からのハガキが一枚ある
居間に入ると、妻が庭にしゃがみこんで、パンくずを雀に投げ与えている
「ただいま」をいう
唇に人さし指をおいて、ゆっくりふり向く
「キジバトもくるのよ」と小声でいうのをタバコに火を点けながら聞く