選出作品

作品 - 20081213_208_3208p

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空き室

  鈴屋

曇ってる
いつだって曇ってる
昼下がりの駐車場には青い2tトラックが一台だけ
そのむこうのモルタル壁のアパート
そこに住んでた女をつけたことがある
臙脂色のスカートの腰ばかりを見ていた
足が悪いのかもしれない、変則的にゆれた
ヒッコリ、ヒッコリ・・・、そんなふうに口ずさんだように、おもう
横顔しか見なかった

 *

鉄の階段をのぼる
足裏にかすかな共振をかんじる
2階の屋外通路に上がってあたりを見わたす
電線が急に増えている
駐車場の四角い網柵沿いに雑草とコスモスがいっしょに生えている
路面の白線が浮いている、道にも住宅にも人がいない、動かないから写真みたいな景色
二番目の部屋のノブをまわす、軸があまくなっている
うしろ手に閉めて板の間に上がる
ぬぎ捨てたスニーカーを見かえす、片方がひっくり返っている
ステンレスの流し台が乾いている
クレゾールがにおう、気がする
クレゾールのように美しい、というおもい
トイレを開けてみる
ごくうすく水ぎわの形に黒ずんでいる
板の間から畳の部屋へ
押入れはすべて開け放たれている、その空っぽの床に落ちている
ピンクのセロハンに包まれた二個のナフタリン
半月のように欠けている
柱の釘の黒い頭、点々とある釘やフックを抜いた黒い穴
畳はあんがい傷んでいない
女はそのように歩いた
カーテンのない窓を顔の幅に開け外を窺う

降りだしそうな空の下に一面の野菜畑、そのむこうに
私鉄の架線だけが見えている
溝みたいなところを走っているらしい
窓を閉めて部屋に向きなおる
壁に跡づけられた家具の幻影
にわかに動きはじめる空気
じっと見つめる
人型が板の間のほうから入ってきて立ち居ふるまいする
腰のあたりを目で追う、ヒッコリ・・・
あとをつけたことがある、自涜に駆られる眩暈
畳に尻から落ちて仰向けに寝る
外の音をさぐる、なにもしない
ドーナツ型の蛍光灯が真上にある
遠く、警報機が鳴る
背中に寒い湿り気をかんじる
横顔しか見なかった
電車の音がする
密生するサトイモの葉の上をパンタグラフが蟹みたいにシャカシャカ滑っていく
窓に立たずとも見える
好きな景色