高架から見える自由の女神に
砂粒のような願いをこめた
今日
君 下着姿の女が30分に1回のサービス
暗転
柴咲コウは歌がうまい
雪が降りだしそうな冬の朝
鏡に映る背中
温水器が壊れてお湯が出ない
ホテルニューヨーク
コピー用紙が肌をなめあうような
つるつるの恋愛小説からは
経血のにおいがしない
お寺には必ず仏舎利、すなわちお釈迦さまの骨が埋められているように、世界に無数にある自由の女神のレプリカにも、なにかしらの縁がある。だから、お台場の自由の女神や、赤羽の自由の女神のことをそんなに馬鹿にしちゃいけない。高架を走る電車から見える、あの自由の女神もちゃんとした女神さまなのだと、成長著しいBRICsの国々のガイドブックには書いてあるらしい。テイラーが海岸でみつけた女神の生首と全部、ぜんぶつながっているのだ。
片手で数えられないくらい前の冬、翌日から雪が降った夜。ホテルニューヨークの部屋ではお湯が出なかった。お腹の精液をティッシュでぬぐって、水で湿らせたタオルで拭けば、もちろんのこと「つめたい」。そこらへんじゅうに張ってある鏡みたいに、意味を問いたいほどに、つめたかった。ぼんやりして、そのまま眠って、起きてブラのホックを留めていたわたしに、これでおしまいだと、勝手に男は告げた。ホックが爪と指の間に入って、痛かった。沈黙が続く部屋の中、「ばか」と言い返してみた。「ばかって言う奴がばか」なんてことは、だれが言い出したのだろう、と考えた。
ここには 自由があるらしい
自由すぎないかな ホテルニューヨーク
ビルの頂上に 女神が立っている
真横を避け 男の半歩うしろを歩く帰路
駅の近くで歌が聞こえた
(柴咲コウ、歌うまいな)
男が言った
(柴咲コウ、歌うまいな)
わたしは返事をしなかった
(柴咲コウ、歌うまいな)
彼のことはすっかり忘れた今も
柴咲コウの歌は 時折口ずさむ
すぐには電車に乗れなかった。落ち着きたいがための消費を求め、駅ビルの書店で恋愛小説を買った。電車に乗ってめくる。乗換駅。月経が始まった感触を覚え、手当てをしたあとは動けず、ホームのベンチで文庫本を抱えたまま、何本も何本もの電車を見送って、泣いた。小説がつまらなすぎて、下腹部が痛くて、泣いた。12本目の電車に乗るとき、ゴミ箱に文庫とティッシュを捨てた、祝日午前11時。吐く息が、鼠色に、変わった。
桜咲く夜に美しく見えた川が、落葉を満たしてドブ川に戻る。美しかった精神の交わりが粘膜の接合としてしか捉えられなくなる。恍惚とした瞬間を思い出せばうすら寒い。君の言葉と行動とわたしの生活と意識、その分離、乖離、思い出す遠心力に、錯綜。混濁の谷間で出会った君にとって、わたしは轍のような存在。それならば、プラスチックの人形になりたい。猫のあたたかさもシリコンの柔らかさも持ち得ないわたしを、君、どうか本棚の横に置いていて。いつしかほこりが積もるからだ。つるつると化学のにおいのする手のひら。西日が当たり、変色する。
「プラスチックにしてください」
高架から見える自由の女神に
砂粒のような願いをこめた
今日
経血のにおいがしない
つるつるの恋愛小説は
コピー用紙が肌をなめあうようだ
ホテルニューヨーク
温水器が壊れてお湯が出ない
鏡に映る背中
柴咲コウは歌がうまいと言った
雪の降りそうな冬
君 下着姿の彼女と約束するアフター
不実を嘘であがなう
わたしも嘘で応じる
高架から見える うすよごれた女神に
祈りを捧げてみた
車窓
今日もまた、
流動する風景。
選出作品
作品 - 20081206_071_3199p
- [佳] 女神 - ともの (2008-12)
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女神
ともの