第2回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦


わたしの悪夢
  吉田群青



十年前に別れた人が
わたしの目の前で
十年前と同じく
セブンスターを吸っている夢を
お盆の時期になると決まって見る
目を覚ますと部屋の中には
かすかにセブンスターの匂いが残っているので
夢ではないのかもしれない
来たのかもしれない


知らない人と裸でベッドに横たわっている
知らない人は
君と一体化したい
とか言って
頭をわたしの脇腹に
どんどんめりこませてくるので
わたしたちは片仮名のトみたいな形になってる
いやだなあ
知らない人なのに
と思いながら
わたしは体内でその人がまばたきするのを感じている

やがてどんどんめりこんできたその人は
あと踝を残すだけになった
何かもぐもぐ言っているけど
聞こえない
裸のおなかの上に
冷房の風が当たっている


わたしは台所に立つわたしを
俯瞰している
窓の外からは朝の光が射しこんでいて
その中にいるわたしは
楽しげに朝食をふたりぶん作っている
目玉焼きを四つ焼いて
鰺を二尾焼いて
テーブルの上に置いている
作り終えたわたしは
忙しげにどこかへ行くと
すぐに戻ってくる
手に半紙と硯と墨を持っている
そして床の上で
幸せな家庭
幸せな家庭
とそればかり
幾枚も幾枚も書き続けて
書き終えると壁にそれを貼り付け
また朝食作りに戻る
目玉焼きを四つと鰺を二尾
テーブルの上には
ふたりぶんの同じ献立の朝食が
続々と並べられ
また
幸せな家庭という習字もどんどん増え続け
いつの間にか外は夕暮れになっているのに
誰も帰ってこない
朝食はテーブルの上に載り切らなくなったので
椅子の上や床の上にまで並べられている
四方の壁は
幸せな家庭
という習字でいっぱいで
どんどん真っ暗になってゆく


実家の居間に正座している
家族がみんな揃っていて
日曜の午後らしい
テレビのチャンネルは
のど自慢に合わせてあって
湯呑に入ったさみどり色の緑茶が
各人の前に置いてある
やがてわたしは家族の誰一人として
そよとも動かないことに気付いて慄然とする
父の背中にも母の背中にも
祖母の背中にも兄の背中にも
銀に光る小さなぜんまいが生えていて
どうやらぜんまいが切れたために
誰一人動くことができないらしい
わたしは半泣きで立ち上がり
まず父の背中のぜんまいを巻こうとするが
堅くて巻けないのだ
お茶はもうとうに冷めて
のど自慢は終わってしまった
家族はみんな
笑った顔のままで静止していて
わたしだけ
日曜日の中に置き去りにされたみたいだった
目覚めたとき泣いていた


第2回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦
月刊 未詳24 × 文学極道