第2回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦


人の糟
  谷竜一


ほらほら、胃の内壁が傷んでいるのが分かるでしょう
赤黒い肉壁の襞に光を当てながら。
そうは言われても私はふつうの胃を知らない。
ストレス、喫煙、飲酒、
生活の習慣に起因するのです。
そう言いながら次は右腕を外す。
左肩が上に歪んでますね、肘をついてテレビなんか観るでしょう、
上腕と肩甲骨の継ぎ目には白い糟がこびりついており、
よっとこいつはひどいな、
ひとりごちながら継ぎ目に小さな鈎針を差し込む。
ぼろぼろと糟が落ち。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、
外れた腕を磨き上げながら先生は言う。
まずはストレスを減らすことですね、
心が休まる時間を多く設けること、
研磨された腕を台の上に置き、
独身ですか、と聞きながら骨盤に手を伸ばす。
背骨のもっとも下のもの、それは意外なほど小さな継ぎ目であるのだが、
骨盤と組み合っている部分を外し、
でも、彼女さんのおひとりくらいはいらっしゃるでしょう、と。
はあ。
こり、と音を立てながら取り外される背骨を眺めながら私は答える。
ま、ゆっくりデートでもなさって、よく休まれることですね、
そういえば、彼女と眠るときには、まっすぐに横になっている私は
喫煙も控えるし、食事もゆっくりとります。
そうでしょう、そうでしょう、
背骨を全て外し終えると、頭蓋が自由になり、
その大きな骨は顎と分かれる。
けっこう小さいもんだな、頭というのも
私はぼんやりそのように思い、
人間として正しい、ような気がしますね
と、答える。
誰かと暮らすというのは、そういうことです
今、一旦ばらしてありますけれど、
たとえばこれを組み上げてあなたのお部屋、に放り込みますと、
まあすぐ元に戻りますね、
3,4週間といったところでしょうかね、
先生は肋骨から抜き取られた腸を水洗いしている。
ところで、今からまたこれを組むんですけれどね、
元の図面を取りそこねたので、私に似せて組むことになりますが、よろしいです
かね、
はあ。
人と、暮らすことです、
先生はそう言った。
広げられた陰嚢は花脈のようでなかなかにきれいだ。


第2回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦
月刊 未詳24 × 文学極道