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砂の波が
水上に寄せて
あなたも海に寄せて
底に沈んでいく
あなた
さかさの姿勢で再浮上してくる
うみづらに溺れたまま着床
したから
その
あなたの足裏に
うすい裸足を乗せた私の幽霊
水面に
立っているように
見えた
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崩れる城の記憶、の砂だった。片腕を貫通させて再建されたドーム状のトンネルも、同じ砂だったから、倒壊してしまうのだろう。広大な浜辺が、最弱の波に撫でられ、優しく満ちていく少女のような海で、あなたが溺れたら。と、考えていたら、その先が想像できなくなり、少女は実際の海にあなたを連れ出した。
帰り、車を運転できない少女は仕方なく歩いている。
その少女のあとに、少女の幽霊がガードレールの上を両手広げてついてくる。必ずこの幽霊とは会話しなければならないとおもいながらも、少女はひたすら無言だった。なぜなら、「あなた」のためだけにこそ、その口は創られていたからである。しかし今そのひとは云々……と大層な言い訳を妄想していたら、少女はますます幽霊に自分から話しかけるのが惜しくなった。
「あなた、入浴剤撒いたでしょ」
待ちあぐねた幽霊が先に話しかけてきた。もう言いたくてたまらなかったさっきの言い訳を、脈絡がなくとも少女はぜひ言ってみたい、「この口は……」「私も入浴剤、もってる」
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いいえで解答を糺す海
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海が青い理由、あなた、知ってる? 私たち幽霊がいつも、青い入浴剤を撒いてるから。今日はあなたにその役目をとられたから、私、暇になってしまった。あ、これ、さっき拾った蝉のぬけがら。蝉ってなんか感情に似ている気がするの。そいつに内側から食い破られたこれは、人間でいうと、顔あたりかもしれないね。
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空が青い理由、
そこが海の流れ着く場所だから。
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蝉のぬけがらが、乾いた音を立てて握り潰される。かよわそうな手の筋肉がうごめく。幽霊は俯いたまま連想を語りつづける。少女はずっと掻き続けていた汗が、不意に気持悪く感じた。
スーパーを見つけたので少女はそこで涼むと、メロンパンと炭酸水と、ソフトクリームを買った。炭酸水は二つ買って片方を幽霊にやった。
「なんで炭酸水なんか買うの?」「味は要らないけど刺戟は欲しくて。最近よく買ってるの。あなたって、私の幽霊のくせに、私のこと全然知らないんだ」「いや、そんぐらいなら知ってる。でもなんで炭酸水なんか」「え? なんでって、なんで?」
幽霊は空っぽになったまっしろなレジ袋を少女から奪い、頭にかぶった。その状態で「飛んでいきたくなった」と笑った。一瞬、会話できそうだったが、幽霊の聞きたいことを、少女は、聞かせてあげることができない。少女には、幽霊の考えていることが少しもわからなかったが、幽霊には、少女の考えていることなど聞く必要もないほど既にわかっていた。
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「最近、変わったこととかないの?」「最近? お母さんが作っても断固として食べなかった味噌まみれの茄子を、惣菜屋でわざわざ買ってしまったこと、くらいかな」「それ、昨日の私じゃん」「うん。でも、茄子なんか食べられるようになっちゃって、あなたは不安じゃないの?」「どうして?」「嫌いなものが好きになるのって、怖いから」「好きなものが嫌いになる方が怖いとおもうけど」「そんなの経験したことないからわからない」「うそ」じゃあ、嫌われていた人に好かれるのは? 嫌いだったけど。けど? 経験したことないからわからない、けど。けど? たぶん、好き。うそ」
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涙みたいでしょ。
水上から、
私は
水面下の幽霊にささやいた。
そこに、ほんとうに
あなたは居たの
居なかったの
いらなかったの。
開けられなかったペットボトルの上に、ビニール袋が被せてある。あげるつもりだったソフトクリームが手に垂れている。露出されていた肩にぬるい涙が降りる。潮風が薫り、なんだか夏の青い匂いがする。入浴剤、撒いたでしょ。あなた。
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