第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦


水葬
  谷竜一


  水葬



 荷物 おくった。明日
 の朝には、つくから。家にい
 てね


ふぞろいな雨が
帰り道を埋めている
母のメールは可笑しな改行と空白があり
こめかみのあたりにいる
まだ若い彼女の
甲高い声では再生されない
その、意味が、
わからない、わたしは、
明日も電車に乗って出かけるのだろう


じっとりと寒い夏だった
ときおり激しい雨が腕に打ち込まれ
血流を薄め
そのくせ何ごともなかったように霧散しては
わたしたちだけが濡れ残る
そういう夏
ハイヒールが折れてしまったおんなが
片足をくねらせながら歩いている
六月のおもさを引きずりながら
駅のほうへ流れていく
もはや波は寄せて返すものではない
夏は変わってしまった
わたしの海
わたしの砂浜
わたしの遠景、緑色に跳ねる光


つのしまに行くにはどうすればいいですか
つのしままで行かれるんですか、今お乗りになりますか
いえ、今行くわけではないんです
そうですね、こんな天気ですから
つのしまへは電車でいかれないですからね、
ですから乗り換えていただいて

すこし間延びした口調で駅員は丁寧に伝え
電車からバスに乗り換えたところでまたザアと雨が降り
わたしは電車に乗った
つのしまには行かない電車に


目をつむり
さざめく女子学生の嬌声が
わたしの海できいたそれと同じだと
思おうとする、が
電車は発車し
箱詰めにされたわたしたちの腐食する湿度
すずしく乾いていた
わたしの夏
電車は水没する


 *


電話をひとつ入れて
部屋に座っている
そのうちに荷物がとどき
簡素な礼を言う
ガムテープをはがして中身をあらためる
「ゴーヤがな、つぎつぎできるねん
 苦いからおさるさんもとらへんし」
わたしの知らない夏
母は夏の終わりに生まれた
強雨のない、すずやかな村で
村にはダムができた
そして今年、はじめて水があふれた
母は混濁している
舗装されない地面に雨水が泡立ち
湿度計は振り切れて
母は溶ける
頭を二、三度振って
母を攪拌し
わたしはゴーヤを噛んだ


片足の折れた彼女もまた
時計の針のように
いびつに折れては周り
スカートの端を濡らす
まだ若く、張りのあるその眉間に
皺をつくる
水滴が落ちて
やがてはここも川になるのだ


第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦
月刊 未詳24 × 文学極道