第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦


百日紅
  中村めひて


赤い花の咲く庭で
へびが水を飲んでいる

きちんと閉じた門の外から
私はみている

へびは昔、女の人で
お菓子を貰ったような気がする

腰までの髪はそのままだけれど
あそこにいるのはへび

朝、母が化粧をしながら
あまりじろじろ見るんでないよと言った

母はこれからでかけるところ

鏡の中には母と、姉と、見知らぬ女

へびのことだったのかしら
それとも、
とは
今も聞けない

椀に頭を突っ込んで
へびは水を飲んでいる

両手には長い爪
指を開いて閉じて土をかく

陽は明るく景色に射して
蝶が一匹横切ってゆく

へびはそれから
地べたを這って
つちに頬ずりしてる
探るみたいに腕を擦る

通りすがりに兄が
亡くした子供を捜してるんだと言った

兄もこれからでかけるところ

鞄の中には難しいお話がいっぱい

兄さんはまだ知らないのね
へびは土と交合してるのよ
亡くしたんじゃないの
今から産むのよ

砂まみれで身体をよじって
割れた舌がちろちろ動く
もつれる髪で見えないけれど
へび、あなたは笑っているんでしょう

水で膨れた白い腹が
びくびく震えて
それは
とても
聖なる、聖なる、聖なる

けしき

夜、私は父に抱かれて眠る
父は私の髪を撫で
粉をはたいて紅をひく

鏡の中の奇妙なかたち
私はへびを思い出す

電気がきいろく畳を照らして
羽虫がもがいているのが見える

閉じた門の格子の向こう
百日紅が散っていた


第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦
月刊 未詳24 × 文学極道