第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦


六月を雨に少女の祈る
  森下ひよ子


六月を雨に少女の祈る
                        森下 ひよ子


いちども日を抱かない。少女に抱かれたことのない金色こんじきの。あたた
かくない。あたたかいものに触れたことのないゆびでめくり。めく
られる月の温度を想像してから、水たまりにゆれる、それをめくり
かえそうと、しゃがみこみ。ふくらはぎは、夜風に駆けあがられ、
めくれるスカート。紺色のスカートはやわらかくめくれて、制服の
少女のふとももは真っ白。真っ白に、夜は、

(((壊れた街灯に照らされ、終わらない雨の、夜に、不規則に浮か
びあがる、僕。みえないくらい細/分化された『Bird and Diz』(*1)
を iPod(*2) で聴きながら微笑んでいた、ふるい六月の写真を。すす
た背景には雨が降り、灰色の林檎りんごの木のした、誰かに摘み捨てられ
た花に、ピントが合わせてある。ひざを抱えるように、しっぽりと
濡れたからだをふるわせて。とても愛おしい。花弁のうえには、一
匹の蟻。)))

・・・この世界を変貌へんぼうさせるものは認識だと。いいかね、他のものは
何一つ世界を変えないのだ。認識だけが、世界を不変のままそのまま
の状態で、変貌させるんだ。認識の目から見れば、世界は永久に不変
であり、そうして永久に変貌するんだ。・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
世界を変貌させるのは決して認識なんかじゃない。世界を変貌させる
のは行為なんだ。それだけしかない。(*3)

水たまりの。底で抱かれている。消えてしまいそうな、水溶性の月。
ゆびさきでふれた瞬間、雨がはっきりと、匂い。濡れたままのアス
ファルトが、ぎいぎいとあえぎ。黒いなき声。わたしのうすいひふを
周遊する、半世紀とすこし。うまれた星/星は、穏やかにつきつけ
る。つきつけられた、修羅しゅら。少女は修羅を食み、不意に立ちあがり。
銃痕じゅうこんが底に。めくれた制服を元に戻そうと、水たまりを跳び越える。
とぶ。飛び立つ、かみ、のけ。わたしの、かみ、は夜よりも真っ黒
で、少女のように、ただ、祈りだった。

(((할머니ハンムニ (*4) が、家の二階から硝子越しに、街灯の下の僕をじっ
と見おろしている気がするから、朝焼けまで続く黒いアスファルト
を、軍靴のかかとで三回、踏み鳴らしてみた ―― 次の瞬間、ひかりは
一気に膨張し、僕を包み込む。そこから逃げるように、とぶ。黒い
僕は夜に、雨に。何だ?鋭利ないたみをはらみ、金色こんじきの。ひかりは
笑い。「あはは、馬鹿やねぇ、ユキオは」할머니 のくち癖。僕はい
つもそうやって、あたまをでられた。美空ひばり(*5) と、 サザン
オールスターズ(*6) が大好きだった、할머니 の、懐かしい、匂い。
あ、ああ、ああ、あ。と、ぶ、とぶ、僕。巨大な、ああ。鳳凰ほうおう、あ
の、火の、燃える。鉄槌てっついで、殺戮さつりく、の、砲弾で、ひ、た、すらに、
じめじ、めし、た陽気を打、ち砕き、破壊す、る。粉、々に、夜が。
湖面、に映る、金、色よ、雨の炎上す、る、匂いは打、ち砕か、れ
て、境界を探、す、頭の、も、げた、むしのよ、うに、僕、は徘、徊
する。)))

一九五〇年七月二日未明、鹿苑寺ろくおんじから出火の第一報。消防隊が駆けつ
けた時には、既に舎利殿しゃりでんから猛烈な炎が噴出して手のつけようがなく、
四十六坪の建築物が全焼した。鎮火後現場検証したところ、普段火の
気がない事、そして寝具が何故か付近に置かれている事から、不審火
の疑いがあるとして同寺の関係者を取り調べたところ、同寺子弟の見
習い僧侶であり大学生の林承賢はやししょうけん(京都府舞鶴市出身・当時二十一歳)
がいない事が判明し行方を捜索した。夕方になり金閣寺の裏にある左
大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていた
林を発見し放火の容疑で逮捕した。(*7)

濡れた少女はわたし。わたしに置かれた。置いた夏山に、咲きみだ
れた、コマクサ。影を、おもいだしている、コマクサが、はびこっ
ている。あの人にひかり。はびこり。コマクサと、あの人の浮かぶ
水たまりは凍りつき、少女が薄氷うすごおりのように、月輪とかさなる。わた
しは抱けず、少女は。誰に抱かれることもない。(((少女の祈る)))、
わたしは、ひかりを、しおりを。くたびれた、散文に、/を開きなおし、
音もなく、こぼれた、うつくしい明朝体を、ひきずりながら、家へ、
家へと向かう。アスファルトには、金色こんじきに縁取られた銃痕じゅうこんが、不規
則に照らされ。狭いアパートには、煙が染みこんでいる。誰かに吐
き出された夢の/煙の匂いがする。その匂いが少女のびこうをさが
して、わたしは。次のY字路を左に曲がると、あしがもつれ、重心
が、コ::::::::::::マ::::::送::::::::::::::り::::::::で::::::
::ズ::レ::る::::::のを::認::::::::::識し::::::::な::が::::ら
ゆ::::っ::く::り::::と::::歩::::道::::が::立::ち::あ::が::::
る::::わ::::::た::し::::::::は::重::::力::::::::に::抱::き::
と::め::::ら::::れ::そ::::の::::::::ま::::::::::ま::::::::::

(((할머니ハンムニは山が好きだった。一度だけ、二人で登った烏帽子岳えぼしだけ(*8)
頂上付近のちょっとした難所の岩場が、大好きだった。할머니は僕
のてを引き。見晴らしの良い岩場で二人、休憩しよう。突然、一匹
の雷鳥(*9)が、西の方角に羽ばたいてゆく。目で追うといつの間にか、
空には巨大な暗雲がはびこり。いつだって突然、なんだ。一瞬、世
界が真っ白に、ひかり。山全体が匂う。すこし遅れて、絶望的な空
は大きく震えいななき、激しく山を打ち鳴らし。降り出した雨は、
あっと云う間に僕の、할머니の視界を、コマクサを、色彩を、深く、
落下させ、Bebop(*10)する。木造建築が、炎上する速度で、雨は、世
界を濡らし。緊/張が走り、할머니のかおは、すこ/し、強張った。
「「ア・ハ・ハ、バ・バガヤネェ、ユ・・유기오ユギオ(*11)・・・ハ・ハ」」

         わ ら っ  た ?

断続的な明滅と、終わることのない、落下を繰り返し、闇を抜ける。
いつも僕は忘れてしまう。할머니のくれた写真のこと。僕の名前の
こと。「「た、多分、目の前で・落雷した・・んやないかな。と思う。
林、林檎の木ぃが、ねも・根元まで裂けて、ぜ・ぜんぶ、何やよぉ
わからんけど・ど・兎に角、ぜんぶがそこからめく・めくれてまう
ような気がしたねん。その・裂け目から臓物みたいな할머니の散文
が溢れて、そ・それだけは、絶対忘れんようにしよ、そうおも・思
て、ち・ちっこい白い花、ひろて、し・栞の代わりに挟んどいたん
やけどなあ。」」もう、遠くへ行かなくていいよ。一面が夜、僕はち
いさな蟻になる。穴のあいた亡霊よ、腕のない修羅よ、輪を描く鳳
凰よ。僕は黒くちいさな。ひかり、僕は )))わたしは、

               飛 び 越 え て 、

ひたいから流れる。
流れ出る赤黒い少女はぬるい。
おりものの匂いをて放す。
わたしのてには意識がない。
冷えたアスファルトをほほに感じる。
あえぐ少女のほほに虹が架かる。
橋の向こうに鳳凰の描く輪。
濡れた蟻が白い花弁のうえを歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩い
て歩いて歩いて歩いてあるいて、アルイて、ある、いて、あるいて
アルイテいてアルイテある いて、ある い、て、  と、  ぶ、

(((할머니ハンムニよ、僕を許さないでください。怖い。朝が、蟻が、ひか
りが、夜が、アスファルトが、歳月が、方位が、亡霊が、修羅が、
鳳凰が、わたしが、僕がめくれ、雨よりも、涙よりも前景へ押し出
される。花よ、少女よ、わたしが/僕がくちづけると、二人のため
の祈りが、うるおいを、色彩を取り戻していく。祖母の、しみだらけの
素肌。かわいた体温。根菜のような匂い。고추장コチュジャン (*12)みたいな声。モ
ノクロームの写真。할머니は、島の、星の胎内に還り、うまれ、ま
た分断され、もう一度、接続され、わたしの/僕の、ゆううつな少
女は/할머니は産声をあげる。)))「あはは、馬鹿やねぇ、ユキオは」
朝の、ひかり。

                祈り。 を  聴かせてあげる。

夫が兵士として戦っている間に郷里きょうりが占領された、というような離散
家族が多数生まれた。両軍の最前線(今日の軍事境界線。厳密には北
緯三十八度線に沿っていないが、三十八度線と呼ぶ)が事実上の国境
線となり、南北間の往来が絶望的となったうえ、その後双方の政権
李承晩イ・スンマン(*13)金日成キム・イルソン(*14))が独裁政権として安定することとなった。
(*15)

虹になれ。僕は、

        僕は、

           僕は。

              少女は、

                  少女は、

                      少女は。はずれか
かった、デジタルの。音楽が/時間がにぎりなおされ ―― 失った
ものは!―― 聴こえる『My Melancholy Baby』(*16)その千分の一秒
を、少女は黒い。空の。月の溶けた、白い銃痕、その一点へ。無限、
へ。落ちてゆく/駆け上がる、わたし/僕。閉ざされた/ひらかれ
瞳孔どうこうが黒く/白く、ひかり/闇。昇る月/沈む水たまりが、アス
ファルトに、僕の/わたしの、むくろを/嬰児えいじをよこたわらせる。
花は/蟻は見下ろされ、認識できない行為は、小さい銃痕/貫通かんつう
た月の、黒い/真っ白な産声が、吐き出され続ける。むくろは/嬰
児は活字になり、しロクろが、ふとももをつたい、チのにおいをよ
びおこす。めくられ、しょうじょのスカートはさかしまに、ゴウオ
ンで、しずかに、めくれあがる。うらがえったわたしは/ぼくは
み み   に  す    る   、   き   こ  え   る   ま
 っ   し  ろ   な   ア   サ    に    
、       ア              さ             、       の 
あ       さ          を         、

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<注解>
(*1)『Bird and Diz』
Charlie Parker, Dizzy Gillespie (Verve POCJ-9123)
Recorded primarily on June 6, 1950 in New York City
(*2) iPod
アップル社(米国)によって開発・製造及び販売されている携帯型デジタル音楽プレイヤー。
(*3)・・・この世界を~
『金閣寺』三島由紀夫著。新潮文庫。第八章、P273より部分引用。
(*4) 할머니
ハンムニ。韓国語でおばあちゃんの意。より正確にはハルムニと発音する。
(*5)美空ひばり
みそらひばり(1937年5月29日-1989年6月24日)は、『川の流れのように』など、数々のヒット曲を歌い、銀幕のスターとして多数の映画に出演した、昭和を代表する日本の歌手であり、女優。()
(*6)サザンオールスターズ
1978年6月25日に、シングル『勝手にシンドバッド』でデビューした、世代を超えて愛される日本の音楽バンド。2008年にデビュー30周年を迎え、同時に活動休止を発表。
(*7)一九五〇年七月二日未明、~
『Wikipedia』「金閣寺放火事件」より部分引用。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%96%A3%E5%AF%BA%E6%94%BE%E7%81%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6
(*8)烏帽子岳
飛騨山脈(北アルプス)の中部に位置する標高2628Mの山。
(*9)雷鳥
北アルプスなどの山岳地帯に生息している、キジ目ライチョウ科の鳥。日本では天然記念物に指定されている。
(*10)Bebop
1950年代に流行した、モダン・ジャズの原点といわれている。テーマを演奏した後、コード進行にそって即興演奏(Improvisation)を順番に行うのが主流となった、ジャズの一形態。
(*11)유기오
ユギオ。1950年6月25日の未明に、朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に侵攻を開始したことにより、勃発した朝鮮戦争の俗称。開戦日の6月25日を韓国語で、ユギオと発音することに由来する。
(*12)고추장
コチュジャン(苦椒醤)は、もち米麹、唐辛子の粉などを主原料とする醗酵食品。日本では、唐辛子味噌とも呼ばれる味噌の一種。
(*13)李承晩
이승만 。イ・スンマン(1875年3月26日-1965年7月19日)は、朝鮮の独立運動家で、大韓民国の初代大統領。
(*14)金日成
김일성 。キム・イルソン(1912年4月15日-1994年7月8日)は、朝鮮の抗日運動家・革命家。朝鮮民主主義人民共和国の政治家。1948年から1972年まで同国の首相であり、1972年から死去まで国家主席を務める。また、朝鮮労働党の創立以来、死去まで一貫して最高指導者の地位にあった。
(*15)夫が兵士として~
『Wikipedia』「朝鮮戦争」より部分引用。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89
(*16)『My Melancholy Baby』
曲名。『Bird and Diz』 に収録されている。


第1回 21世紀新鋭詩文学グランド・チャンピオン決定戦
月刊 未詳24 × 文学極道