夜気のなか横断歩道の白に
一匹の蛾の死んだのが磔にされ
近所のおとこが急いで
道端の夏百合を手折って隣に添えてやったが
三人とも赤い信号を渡ってきたダンプカーに
見事に轢き殺された
その様子を汚いアパートの
二階から眺めていたおんなは
夏が終わっていくのを感じとって恨めしくおもい
黒い虫が素足を舐めるのをそのままにしていた
(ギシャリギシャリと路面に足を擦過させておまえは、どこへいくというのか
おれにとっておまえはとうに死んでいるしおまえにとっておれは最初から死んでいるし
おれたちの交わる場所があるとしたらそれはただこのしみったれた紙面のうえだというのに
ギシャリなどと大仰な音をたてて)
偽装された幼さに透明な詩情を充填させていたきみが
海の底でいまや蛸のようなものになり果てたときく
それ程苦しんだ様子もなく
鮮やかな色をした自分自身の手足を喰い尽くしたのだろう
(刻まないのだった
陸地にはない叢を転がりながら海流を風のともだちだと言張りしかし
手足を喰っちまったのだから二度と
ギシャリなどとは書きつけられない
告白するならば昨日、
切り立った〈世界。〉の 夜気のほうで
「蛾」を磔にしたのはおれ、以外の誰かであって
(稲穂しか売りもののない町に行商人などやってきやしない
おれはもう豚を屠る生活には飽き飽きしており
きみが守ろうとした糖蜜を掠めとることもあるやもしれない
削られた尺骨にギシャリという文字を響かせることもあるやもしれない
道なりにおれたちの墓標が
均等の距離を保って置かれていたなら
それは死を知らずに死ぬことに死んだ
ひとつめの隔たりの証明であって
生息しはじめた苔の緑は
左右の眼の遠近法を裏切って 夜気の
天蓋にまぶされ