昨日までの景色が 魔法のように崩れて
灯りを失くした街で 僕はあの日を重ね合わせる
懐中電灯で照らした未来は 今につながる道しるべ
今は辛くて 前さえ見えなくて 何か縋るものを探しているけれど
どうか後ろだけは見ないでいて
悔しくて悲しくて 時間(とき)は止まったままで
こんなに心が千切れることは初めてだ
でも まだ僕には命(いき)がある
突然 誰かと別れても 上書きできる出会いがあって
それが積み重なって あの日を乗り越えていく
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180716_548_10598p
>昨日までの景色が、魔法のように崩れて
>詩としてみたとき陳腐かなとも思いました。
>そういう意味ではゼンメツさんの詩と好対照に思います。
>青島空さんの詩は、ちょっと書ける人なら誰でも書けそうな感じがします
半粘性の液がとくとくと垂れ流れている
青緑の、今は白反射な広野に透き緑な液が注がれている
心地よく伸びる地平線に赤若い太陽は沈もうとしていて
斜度の低い残光が針としてサバンナを走り抜ける
その針が地を漂白してまぶしい、太陽も地もその日の終わりに輝いている
美しい、上へ下へ広がっていく空間もまったく美しくて
美しくて、美しくて、気持ちがいい
流れる液体は動物たちであった
ゾウもキリンも、今日はもう終わりなので自ら溶けてしまったのだ
それぞれの背丈から湧き出る瑞々しいとろりとしたうるわしい緑の液体
見るだけでもひんやりとしてくるそれが大地を潤していく
太陽がてっぺんのうちはライオンもカバもめいめいに動き回っていたけれど
日が終わるころにはどの動物もその場に立ち止まって
サバンナの荒い木のよう体を溶かし液体に変わって流れていく
とくとくとリズムよくすがすがしい液体翡翠
傾いた太陽からの光がそれを通過して刺さるのも気持ちがいい
目の前にアカシアの木はなく
滑るように心地よく地平線が伸びていてもはや快感そのものだ
上から流れ落ちる液体の中で私は潤っている
たぶんこれはハイエナだった液だ、なめらかに私の縁を流れていき
私が立つ、少し粘りのある緑色な液体が垂れていくこの大地も潤っている
今日はもう白く焼けきった、カラカラな草も潤ってきれい
透きとおる液体に包まれて私もやわらかくなっていく
この中から見る沈みかけた太陽は宝石のようですごくきれい
美しい、美しい、なにもかもが美しくてきれい
太陽が昇れば動物は動き出して
一日がまた始まるのだ
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180702_964_10555p
>斜度の低い残光が針としてサバンナを走り抜ける
>その針が地を漂白してまぶしい、太陽も地もその日の終わりに輝いている
>太陽が昇れば動物は動き出して
>一日がまた始まるのだ
「不思議な心の世界」
お釈迦さまが教える内在する叡智の宝庫の教えは、、、お釈迦さまが六大神通力を兼ね備える観自在菩薩の境涯が深まられ、内在する叡智の宝庫をお開きになられた。
「この世のあらゆる存在とそれを感じて考えたりすること、それに基づく言動、結果、こうだ!と頭脳で思い込むことは全てが本来の魂の属性とは関係ないのだ。
だから、この世の問題、悩みとかいうものは解決できるのだよ。舎利子よ、この世の存在はあの世、天上界などの投影にしかすぎない。あの世の投影がこの世なのである。
この世の存在とあの世、天上界などはリンクしているものなのだよ。人の思い込みや言動もまたそうなのだよ。
舎利子よ、この世の存在はあの世の投影なのだよ。魂の本来の姿は生き通しの生命であり、根本仏からつくられたままのものであり、本体一、分身五の魂のグループであって、この世のもののように何かの都合で増えたり減ったりするものではないのだよ。
それ故に実在界にはこの世の物事、それを感じて思ったり、言動したりとかはないのだよ。目もない、耳もない、舌もない、鼻もない、神経作用とか頭脳でこうだと思い込んでしまうこともない。この世のような物事もないから、聴こえたり、匂ったり、味わったり、触れたり、、、そういう存在はあの世にはないんだよ。
この世的なビジュアルの世界もなければ、思ってこうだ!と迷うこともない。六根煩悩、六大煩悩に迷うということもない。また、無明から存在がなくなることはない。もって、老いて死ぬということはない。また老いて死ぬ、朽ちてしまうということは本来の生命の実相ではない。
だから、実在界にはこの世的な属性や人の思い込みや言動もない。四諦のように四苦八苦の問題から智慧を得るとかもない。その理由は悟りの境地に至って内在する叡智の宝庫を開いたからである。
心には引っかかりがない、だから、悩みや苦しみ、恐れとかもなくなってしまう。過去七仏の悟りに至ることができる。内在する叡智の宝庫を開くことによってね。
この上ない悟りの境地に至ることができるんだよ。この教えはこの上ない。明かりのようである。神の教えである。比べようもない教えである。全ての悩みや苦しみを解いてしまう。内在する叡智の宝庫を開くことによってね。
(弟子たちが、、、)「さぁ!行こう!素晴らしい教えだ!みんなに拡げよう!内在する叡智の宝庫の教えをね!」
「無題」
この世は永遠のように
誰しも感じているけれども、
あぁ、、、誰がいつまでも
世界に存在することなどできようか?
この世とあの世の境界性を超えてみると、
世界は浅い夢のように覚めてしまう。
「答えは青い空の雲に」
項垂れて、立ち尽くす。
答えを求めても、
闇ばかりで、、、。
転んで仰向けになると、
答えは青い空の雲に。
捉われなく、流動的な在り方。
変転変化のなかに、
心は見つめることができる。
「本当の自己」に目覚めたならば、
濁流のなかを動じない自分がいた。
「無題」
誰かに聴きたい。
世界に本当は果てなどないのか?
二人に本当の終わりはないのか?
人には限界など本来はないものか?
愛が尽きることなど幻想なのかと?
誰かに聴きたい。
空の青の青さとは、
神の慈愛の涙色なんですかと?
その許で生きる人の涙は、
あまりに利己的で汚くはないですかと?
誰かに聴きたい。
それでも人は希望を持って、
生きることは許されていますかと?
蓮の花のように生きることが、
求められている存在なのですかと?
僕らの汗したことや涙は、
無駄になることはありませんか?
自分なりにしか生きれぬ性があっても、
誰かの笑顔にそれは繋がりますか?
比較されたら大したことないとか
簡単に中傷される
僕らの頑張りも
きっと誰かの喜びにリンクしますように。
「無題」
気持ちはいつも通じている。
そんなことは分かっているけど、
すぐには一緒にはなれない。
それも分かっている。
人生の黄昏時を迎えるのか?という
時折、不意に寂しくなるときに、
君と出逢えたことは、
神から与えられた最大の奇跡。
仲が良すぎて甘えあった。
それがたまにはケンカになった。
もうそんなことはやめようよ。
気持ちは常に通じているから。
求め合っている二人のことは、
誰が邪魔などできるものか?
夜明け前が闇は一番、暗い。
互いの葛藤はもうなくなるときが来た。
瞳と瞳で互いにログインできるんだから、
疑いとか小心者のするようなマネは、
もういらないんだよ。
自分の望みを成就するには、
「信じる」
その現実には見えないところまでを、
見る気持ちが大切なんだね。
僕は君のことは信じているよ。
「無題」
自分の人生もまんざらではない。
回顧すると、
良いこともあり、
不運なこともあった。
でもね、
今を生かされていること、
それは感動!
感動すると誰かに伝えたくなる。
誰かに優しくしたくなる。
人はそうやってできている。
僕もね、
今は感動で君に優しくしたい。
「無題」
てっぺんから見晴らした
その景色は青かったけど、
地の果てまで堕ちたときの
その砂の味までは分からなかった。
絶好調のときには
何もかもが自分の手の中にあると
思い込んでた。
灼熱地獄のなかでそれは、
雪のように全てが溶けて消えた。
この世に変わらないものが
一つとしてあるものか?
移り変わっていく時間のなかで
喪失感や疎外感を感じないで
本当にいれるのか?
道を求めるしかないだろう、、、。
変転変化、万華鏡のような世界のなかでは、
幻想と真実を見極める賢さが必要だ。
今の僕にはそれはない。
ただ、どんな賢者にもあるいは愚者にも、
等しく訪れる刻の鐘の音のなかで、
聞こえないフリは通用しない。
誰しもが救われる方法は、
自分の心のなかのキラメキで
自分の人生を照らして
砂金を拾う努力を惜しまないことだけだ。
「無題」
菩提樹の葉が宙に舞う。
無常のとき、
この世の存在の
無我なることを
告げ知らせるかのように。
静かな刻のなかで居眠りをする。
生き通しの生命のなかで
まるで遊戯でもしているかのようだ。
「雨や風にさらされて」
種はいつかは華を咲かせる。
けれどね、
雨や風にさらされて
水が多かったり少なかったりで、
種には到底、自分が華になるとは
思えない。
けれどね、今日もこんな会話がある。
「この種もあと数日で華となるよ」
だけど、種にはそんなことは
分かりはしないので、
今をあくせくと生きているようだ。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180713_338_10587p
>どうしてこうも最近の若い奴らは無気力で、 小さな小さなミミズのたまりのような世界で自足してしまうのか?
>幻想と真実を見極める賢さが必要だ。
>今の僕にはそれはない。
>「その人」を確定するという
小五ロリってなにするの?
小五ロリったって世界に対してアクションとらなければ一般人となんもかわらんけど?
ところでキチガイと呼ばれる者がいる。
この者はなにゆえキチガイと呼ばれるのか?
普遍的な人々を基準してそこから大幅にズレた行いをした者をキチガイと呼んでいるに過ぎない。
それなのにこの者が間違っているとは誰が決めれるのか?
小五ロリ経験者もその思想を行為に変えてみたらキチガイと呼ばれる可能性が高い。
何故なら普遍的な人々は小五ロリの経験者にはならないからだ。
普遍的な人々の中にも選ばれた者に小五ロリが訪れてくることがある。
しかし、普遍的な人々はそれが小五ロリとは気づかない。
誰かに指摘されて初めて気づくのだ。
実際に行為に及んだ小五ロリ経験者の大半は警察に捕まり、そこで初めて、あれが「小五ロリ」だったと気づくこともある。
小五ロリとは今までの人生で積み上げてきた事柄が崩れさってしまう危険性を孕んでいる。
小五ロリなどなくても、人は十分に幸せを感じて生きることができる。
小五ロリ経験者はそれ以降、苦しみや憎しみが蔓延る人の生や現実世界がとてもつまらなく見えるという。
小五ロリは希望のように見えるが、その実、絶望しかもたらさないのである。
追伸:やっぱ書きづれえわここ。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180716_586_10601p
こういう便所の中でひとりでもらす吐息のようなものはかってに
どこかでひとりでやってくれ。
ひとさまに出すのなら、ちゃんと味つけをして、匂いにも気をつけて
ほしい。
きみさ、すこし外に出て世間の風にあたってきてはどうだ?
おそらく甘えに甘えて、母親あたりを蹴飛ばして生きているのだろうが。
ゴミ溜めの洟紙にも及ばないクソをここに投げつけている匿名くんがそういうことを
いうのは百年ほど早い。
ここはおまえらの下卑たオナニー実演上じゃないんだ。やりたければどこか人の見えない
ところで独りでやってろ。
寝とぼけたタワゴトだな。
幼稚な世界認識にもとづく幼稚な発語はもういい加減にしてはどうか?
恥ずかしくないのか? これを持ち上げる人も含めて、きみたちは。
こんなべったりと一面性に塗りこめられた世界には
生身の人間がどこにもいないじゃないか!
人間てものはこんな一色に塗りこめられた
倫理の世界に生きているのではなく月並みなことをいうようだけど、
細部にこそ宿っているんだ。
その細部がまったく欠落しているじゃないか。
きみたちは人間か? 養鶏場のニワトリか?>シロ
>難しくなくていい、こういったシンプルな作品の投稿がもっと増えてくれると嬉しいですね。
わたしはそうはおもわないな。ていうか、余計なお節介でしょ。
どんな傾向のものでも、わたしは歓迎しますよ。
なにか特定の傾向のものを投稿せいといわんばかりの物言いには傲慢な匂いを感じて
すこぶる不愉快です。
こういうシンプルな作品が悪いというのではなく、こういうものが投稿されるサイトは
もう山ほどあるでしょ。どうしてすべての投稿サイトを個性のない一律なものにしたがるんです、あんた?
社会の矛盾や貧困や苦痛や対立などを言葉に託して表現し、投稿したくてもそういうものを受け入れない投稿サイトが多い中、
ここだけがそういう人たちのアジールとしてある程度、自由な投稿空間を保っているんです。そのような多様性を奪ってなにが楽しいの?
ことあるごとに、いちいち、ネチこく、あんたはいうけどさ。メビウスや現代詩フォーラムだけでは満足できないのかね。もう十分だろ。
いい加減にしろよといいたい。
ほんとつまらない。なさけない。
媚びるような詩、書くのはやめたほうがいい。
その手の詩は「現代詩フォーラム」。
ゴミが集まってゴミコメントして、さらにゴミの大元の腐った回収人であるボルカが現れて。w
いいから、こんな腐臭を発するサイト、さっさと会員制にしろよ。w
人の目につかせるな。迷惑だ。w
わたしは粘着ストーカーのアホ(青)山の態度に対して
反対しているのです。
あなたの詩をテコにしてわたしの投稿詩を侮蔑するのが
狙いですから、
それに対して反論しているのですよ。
それはあなたがアホ(青)山に自分の投稿をテコにして他を
誹謗することを黙認しているから
あなたも共犯といえば共犯ということになる。
わたしなら「そういう卑劣な利用はよそでやってくれ」と
拒否しますがね。
ふだん、なにもしていないやつに限って、とつぜん出てきて文句を垂れる。
鮎くん、それはおまえのワガママだよ。それに卑劣だ。
自身が、まだ、されてもいない予想をもって、「感想が言えない」と騙り、
(事実、あんたちゃんと糾弾してるじゃないの?)
感想の自由、ちゃんとあるじゃないか。
昔、たった一度、酷評されたことをいつまでも根にもっているようだが、
lalitaやちょびや中田や最近の無数の荒らしが許されているのに、どうして辛辣とはいえ真摯にコメントしている
おれの行為を忌避するのかといえば、おまえがただおれの言説が気に入らないだけだ。>アラメルモ
↑
とにかくこの薄らバカ、ここからなんとか隔離しないとだめだよ。
真面目に書いた詩を安心して投稿できなくなる。
真剣に考えるべきだな、運営は。
外形だけ保って、内実は終わらせても良いのなら、この薄ら馬鹿を
放し飼いにしておいてもいいが。
断言してもいい。ここはこいつのせいで、次第にむちゃくちゃになる。
現代表は、結果の全責任を負うべきだな。
アラメルモ、
おまえが酒を飲んで酔っ払っていなければ消さなかったよ。
酒を飲めば掲示板に愚痴を書き込み、知らないで真面目に答えれば
酔ってはぐらかす。
真面目に書いた言葉たちが可哀想だから消すのだ。
よくみてみろよ。おれにからんでいるのは、おまえや中田のように、
結局は自分自身が一番、ここを荒らしているやつばかりじゃないか。
しかも二人とも、大酒飲みで、酔えば自己を制御できないで
甘ったれて掲示板に愚痴る。
恥を知れよ。
まともな人はじっとみているよ。
おまえや中田のキチガイじみた偏執を。
これまでは好意的に評価して、
未来的な詩形式のひとつになりうると考えていた。
しかしlalitaとの愚劣極まる対話を読んで、つくづく正体が知れた。
自意識だけが肥大したバケモノだ。
そんな御仁の詩についてこれまで評価したことはすべて否定させてもらう。
あんたの詩の多くは、詩としてはなんの価値もないものだ。
売れてると言っても、部数としては月、十数冊だろ。
そんなもの売れたとはいえない。無に等しい。
月平均、千冊以上売れたら、詩人として認めてやるよ。
精神を正常にコントロールするには、どこかでアウフヘーベン、切断できる
意識の技術が必要だよ。
でないと、こんなところで真面目にやっていては狂うよ? ほんとに。
北くんはそういう小細工が出来ないから、しょっちゅう悩んでいるんだよ。
株でいうところの「損切り」ができるか、出来ないかが、分かれ道だ。
わしはそういうの、即座にできるわけだよ。意識の切断をする瞬間までは
全力でそのことに向かうけど、あ、これはダメだと思ったら、
なんの躊躇もなくそこで切断する。
田中宏輔! 逃げるなよ。
昨夜、おれもアラメルモも身を削って青山の卑劣な中傷に対抗し、
必死で考えて真剣にコメントしていた。
おまえは酒を飲みに行って、帰ってきて他人事みたいに>コメントを読み直してたのだけれど、まあ、いいんじゃないって感じ。
>文學極道って感じがするよ。楽しい。
とまで調子のいいことをいっておきながら、いまごろになってひるがえし、
わたしを「卑劣」「嘘つき」などと罵倒している。
ふざけるなよ。いくら運営から守ってもらっているからと言って、
好き勝手なデタラメを言ってるんじゃない!
もっと真面目にやれ。バカタレが。
なんでこんな詩を書くのかな?
わたしには理解できない。
一部の詩を除いて、
この手の現代詩
(生活さんの「無題」、
宮永さんの「症例検討」)
などというのは、
古いとか、新しいとか、
難解とか、そういう次元の
話ではなく、
切り離された宇宙ロケットの
燃料タンクのように、
もはや、
社会や世界や人間とは
縁もゆかりもない、
宇宙の廃棄物でしかない。
もはや言語表現の形式としては、
ただの粗大ゴミ、
もしくは博物館に展示される類の、
博物でしかない。
だから何だ? という"心情の吐露"でしか無いのだが。
心理学的にみれば、この書き手は、ただの知的発育障害であり、
他人にとってはそれをそのまま示されてもそのまま
のものでしかない。
かといって書き手が詩だと思うのは書き手の自由だが、
読む方には随筆としか映らないのは困ったものだ。
本来の詩というものが、
どんどん劣化して崩壊していく時代なのかもしれない。
それが良いとか悪いとかいってるのじゃないが、
なんつーか。自分だけしかないんだな。
どこまでいっても自分だけ。おそらく死ぬまで
自分だけをしごいているんだろうな。コノカタハ。
比喩された棒が可哀想だ。
棒は自分なんかに固執してないとおもうな。
自分だけをしごいてないとおもう。笑
中田満帆、謝罪もなく、
おまえしらっと顔を出せるのか、こらっ。
「死ね!」と書いて、逃げたあとでもう素知らぬ顔か。
このクソゴミ以下のウジ虫以下のゲス。
一人前の大人としての最低の倫理ももちあわせないのか。
おまえ幼稚園児か? そんなクソ頭でどんな詩が書けるのだ。
このカスが。
失礼かと思ったけど、作品にではなく幼稚な粉飾としのてウソを
平然と撒き散らしている幼稚さが我慢できなくなったものでね。
お歳はいくつだっけ。^^ さすがにこれはないでしょ。
古っるいなあ!
そうとうお年をめした方だとおもうけど、
もうこんなワンパタの硬直した感性からはるか離れたところに現代詩の
領野は移っていると思うよ?
じぶんでは気持ちよく、うっとりとしてシュールな発想を
書き付けている、その手つきは目に見えるようにわかるけど、
申し訳ないが笑止としかいいようがない。
詩をはじめたばかりの人には上手い詩のように映るだろうけど、
わたしからみると、「置き去られた歌謡曲」のような過去の遺物ですね。
そうですね、テレビ「プレバト俳句」の夏井いつき婆さんなら
褒めてくれるかもしれない。この古風な様式美をね。
100%実話、そんなことをいってるんじゃない。
ウソといってもいわゆる嘘のことでもない。
そんなこともわからないのか。
いわゆる嘘ならおれだって毎日のようについている。
しかし、詩を書くときはできるだけウソを書かないようにしている。
詩を書くとき気をつけているウソとはじぶんを偉い人間にみせたがる
クセをできるだけ出さないようにしようということや
じぶんを正義や善意の人の側に立たせようとしないように注意しようとか
そういうことだ。
それから右肩、おまえのあのふっるーーーーーい詩さ。
いい加減にどうにかしろよ。
カビが生えるくらいふっるーーーい感性に出会えて、まるで
演歌を聴いたみたいになつかしかったけどさ、
おまえ、進歩しないんだな。
ま、いいよ。年なんだしな。ここだけがきみのオナニーの場だ。
がんばれ。
右肩も鈴屋もホモくんもがんばれ。w
なんの話じゃ???
ひとりで横槍入れて、ひとりでがってんして、ひとりで「これで打ち止め」って
アホ?
フォーラムでコメする人たちをこそこそ小馬鹿にしてないで、
言いたいことがあれば、ストレートにいってみろ!
という泥棒氏への呼びかけがムカついたのかもしれないが、フォーラムでは
フォーラムの議題をすべきで、目下の掲示板のやりとりを揶揄するのは
卑劣だろ。
まただ。
山人さん、あなたが詩人や詩を認定する権利や資格が
あるとは思えないのだが、いつもそんなことばかり
コメして歩いているが、いい加減うざいすよ。
じぶんの傾向に気づいてますか??
あと、以下は不愉快を吐き散らすが
きみは作品中心に批評しているわたしにいちゃもんをつけるが
作品批評をしないで一言罵倒をしている中田満帆だのなんだのと山ほど
いる荒らし連中を一度でも批判をしたことがあるのか!
「死ね」だの「バカヤロウ」だのといってる輩を放置しておれにからむなよ。
うす気味のわる御仁だ。そんなに善人つらしたいのか。
おまえのようなやつがポイントつけるのなら
おれはもう現フォに投稿しないよ。もっともあんなところに投稿する予定も
ないが。^^
クソ、だね、あんたの書くものはいつもそう思うよ。
ここだけだろ、通用するというか。アホが多いから。
なにが貨幣のような詩は嫌いだ、だ。書けもしないくせに。
なにやら哲学思想に凝り固まっているようだが、
中学生並みの考察や洞察に意味があるのか???
アラメルモ、
わたしはそうはおもってない。
おまえさんや鈴さんらは、
罵声じゃなく論理的に黙らされるのが我慢できないのだよ。
罵声の内容や差別的な卑語ならちょびのほうがよほどキツイだろ。
掲示板のルール違反なら、酒を飲んで酔ってくだをまくおまえさんや、
かってに掲示をあげるlalitaのほうが人格を疑う。
板の荒らしなら「窮地の少年」のような人や
青山のようなストーカーがいる。
しかし、だれも文句はいわない。
わたしが敬遠されるのは、論理の当否はともかく発言が論理的だからだよ。
論理的であると、「強い口調の罵声」と聞こえることもある。
たしかに強い口調の罵声のときもあるが、相手に合わせているときだ。
この程度の発言に耐えられないで、お花畑を望むなら、
ネット上には山と他に
批判を受けない投稿板があるというあたりまえのことを教えているだけ。
あと、芸術を極める投稿板で若いも老人もないよ。
みんな平等だし、公平だ。
だれかが若いか老人かで態度を変えるつもりもないし、また、そんなこと、
この匿名バーチャルの世界でわかるはずもない。
それにおれが老人であるというキャラで発言しているが、老人かどうか、
まだわからないよ?笑
人を決めつけることはしないし、わたしは投稿者すべてを単一にみている。
わたしもいわせてもらえば、ただ投稿を批判しただけで泥棒のように
根拠も示さず、論点も当該文章も示さず、
"逆張り”の、文学の終わった人物という悪質な誹謗中傷をばらまき、
それを
アルフとかいうのや渡辺がこれまた根拠もなく真に受けて同じ誹謗を
ばらまく体質、姿勢
このほうがよほど文学極道のレベルを落していると思いますよ。
もう五十年以上も文学一筋に研鑽に励んできて、こんなガキより
すこしはものを考えてきた人間の渾身のアドバイスを無視してもかまわない。
それはかってだからいいとしても、
しかし反発するなら論理(科学的明証性)をもって反発しろ、ガキども。
ここはいつのまにか批判ができないサイトになってしまった。
批判すると大変な誹謗中傷に見舞われる。
そして運営へのメール攻撃でアク禁だ。
アルフごときは一年中2ちゃんねるで罵倒をばらまいているが、
おまえらこそがここを腐敗させた元凶だ。
うるさい婆あだな。^^
わたしも
二十四時間人格攻撃にさらされていますよ。
それも、ほんものの。
前回、田中宏輔さんは証拠もなく2ちゃんねるの
書き込みをわたしだと断じ、
わたしの投稿作品コメント欄で誹謗し、
それをわたしに確かめもせず、代表のみつとみ氏は
「メールでみんながいうので」という
信じられないような根拠でアク禁にした。
これは、傷害行為と同じですよ。心の傷害だ。
わたしがどれほど傷ついたか。
ひとこと「そういう事実があったのか」どうか
尋ねてくれてからでもよかった。
田中宏輔がいうことはすべて事実なのか?
わたしはあなたの根拠もない誹謗中傷で
深く深く傷ついた。済んだことだから忘れようと
していたが、いま思い出しましたよ。
いったい五十近くまで何を考えて生きてきたのかねえ。笑
古いとか新しいとかいう問題じゃないんですよ。
世界視線でみてるんです。
アフリカ的な段階にある地域ではいまも飢餓が進行し、中東の
力のない国は資本の圧迫にあって難民が数十万人も帰る家も、眠る屋根も
なくして、家族、子どもたちが世界を彷徨している。
その場合、この飽食平和日本にあっては田中宏輔さんのように、あるいは
既成詩人の多くが芸術は深刻なものではなく
豊穣なゆとりであり余暇だ、
そのように考えているが、この狭い地域ではそれでいいだろう。
しかし、
日々の生存を脅かされて生きている人たちにとっては、わたしたち日本人が
いうところの「古い考え方」こそが、
つまり実存的な問いかけ、深く考えることによる文学が日々の生活のなかで新しい言葉として生成しているに違いない。
かれらにとってはわたしたちが捨てた姿勢や見方が新しく生きる糧として在る。
古い新しいの問題ではなく、たんに情況や環境に飲まれているか
飲まれないで世界視線で言葉をみているかだけの違いですよ。
いまは田中宏輔さんのような姿勢でいいとしても、また、いつ何時、わたしたちは
深く考えることで救いを求める言葉を必要とするかわからない。
ユリイカに書いている第一線の詩人に
こんなことをいちいち説明しなければならないのですか。
なんと貧困な文学の時代だ。
それにしても、よくもまあ、こんな甘ったれた詩書けるな。
底なしに、あたりかまわず寄りかかっている人性の、
救いようのない、どろどろの根性、そう糞と小便のようなものだが、
それをなんとか糊塗しようと、詩!を小道具につかって
粉飾している! あきれてものもいえない最低のカスだ
こういう幼稚な詩は(少なくともわたしは)いらない。
「ぼくら」「ぼくら」っていったい誰なんです?
固有名ではなく、「ぼくら」っていったい誰なんです?
こういう観念っていうか、こういう視野狭窄な世界って、もう、勘弁してよ。
それこそぼくらは
国境をまたぐ重い軍靴を履いた兵士の凍った心情や重苦しい精神を、「いくわよー」wの「ぼくら」と
同じ比重で描かなければ話にならない世界に生きているのじゃないか。
なにを今更、いや、いつまでもこんなおとぎ話の被害者の世界、あるいは、
被害を与えるという被害者の世界というチンケで漫画チックなせ界を
描いているのか。
あまりにも世間知らず、世界知らず、現実知らずではあるが、
虚構の世界ではそれなりの(貧弱ではあるが)世界を作っているのかもしれない。
田中宏輔氏がしきりに虚構の世界を補強しないさいと「本」を薦めているのが
その左証だが。w
評者とかQとか、こういう詩?をこそ徹底的に批評してみろよ。
弱いものいじめのような体裁の悪いことばかりしないでさ。
2ちゃんねるでこそこそ陰口しか叩け無い空転なんかが
出てくる幕じゃないだろ。笑
どうしても知的に目立ちたくてしょがない奴なんだな、
こいつは。
ブンゴクの質?
いつも投稿しているのならともかく、
ひとつも汚れたくないやつが、本人のいう「評論」!もせず、
ひとのやりとりを電柱の影からみている
だけのくせに、
こんなときだけ、えっらそーにしゃしゃり出て、運営に
命令を下す。
特技はがっこうで習った知的用語を
ひらひらみせびらかすだけ。
じぶんで考える能力皆無なのはそのバタフライ的な
知的用語の開陳の仕方でわかる。
おまえの得意な運営へのメール攻撃とやらでも
やってればいいだろ。
「一輪車がいるなら、ぼくやってけません。
アク禁にしてくだちゃい。」
くっだらねえ。^^
昭和の残骸がいつまでしなびた唇にルージュを塗って
客をひこうとするのか。^^
たちどまるのは同じように時代から取り残された
精神の老人たちばかり、とか。^^
いや〜っ。みなさん、おはようございます。
きょうは昨日と違ってとてもいい天気です。
ぐっすり眠ったので気持ちがいい。ヽ(・◇・)ノ
いつもは深夜に目が覚めるのですが、
めずらしくいまごろまで熟睡した。これも日頃の行いが
いいからでしょう。
玄こうさんは別だが、その他、蛆虫のようなやからが
湧いて出ておりますが、考えてみればわたしの詩がそれだけ
インパクトがあるということで、蛆虫駆除に役立てばいいのではないかと、
非常に愉快です。
おれにいわせれば、おまえの程度の低いこの詩こそ、荒らしだよ。
現代詩フォーラムなら丁度いい。よそをあたったほうがいいよ。
評者さん
つまらないインネンはもうやめてはどうです?
なにやら小難しい用語を使っているが、要するに「自動筆記」は自覚的な詩の技術じゃないと。
そんなものはこの文学極道では詩と認めていないと。
詩と認めない「自動筆記」をなぜおまえは投稿するのかと。
それは「このおれ様」という偉大な読者をバカにしていると。
こういうことだろ?
そんなバカな話がよそで通じるとでも思っているのか。
あほらしい。論駁するのもバカくさい。
「自動筆記」がどうして詩の技術じゃないのだ?
たとえば陸上でも水泳でもサーフィンでも本番で発揮される技術がいちいち意識的にされると思っているのか。
本番で発揮される無意識の技術は、それまでに磨き上げられた意識的な鍛錬のたまものだろ。
詩でいえばあらゆる人生経験、読書体験、感受性の練磨、作詩活動そういったものの集積としてあるのだろう。
「自動筆記」が技術ではないっていったいなにを根拠にしているのか?
ある詩が技術であるとかないとか、あまりにもばかばかしい議論じゃないか。
詩を批評するのならそんなつまらないことでやるなよ。
わたしのおもしろさ評価基準でいえば10点満点中、2点かな。
あまりおもしろくなかった。
批評的なことをいえば、これは詩といえるのかどうか。
べつに掌編小説かショートストーリーでもいいのではないか。
詩と呼んだほうがかっこいいからか、みなさんただのショートストーリーを
詩として投稿されているみたいだが、ま、面白ければ良いのだけど、
たいていこの手の形式のものはひとりよがりで面白いものにお目にかかること
はまれだ。
隕石が落ちるだの落ちないだの、死ぬだの死なないだの、どーでもええやないですか。
まして日蝕って.....あーた。
そんなことよりきょうの昼ごはん、460円の鮭定食にするか、それに小うどんが付いた
510円のトランプ当選祝い、期間限定特サ鮭定食にするかのほうが大事やわ。(o_ _)ノ彡☆
こひもともひこ、田中宏輔、両君は、わたしが睨んだ通り精神的には
幼稚なんだね。知能がふつうでも「知恵遅れ的な精神」というのはある。
こひもともひこの今回の幼稚な投稿作品と、田中氏の本質的にはただのパクリ詩である
この自称「引用詩」。
ともに、「知恵遅れ的」作品だとおもう。
お二人が認め合うのは、精神が共鳴しあったと見ることができますね。
両者とも、もう少し人間的に成長してはどうでしょう?
詩のようであろうが、詩のようでなかろうが、作品が読んで面白ければいいんだよ。
面白くないのに、メンヘラ同士ゆえか、こいつを甘やかし過ぎだ。その結果、
このバカがどれだけここを荒らしたと思っているんだ。
なにか口を開けば「ぼくは、ぼくは」だ。おまえの「ぼくは」なんか他人にとってはどうでもいいんだ。
こういう、ウンドンか蕎麦みたいにつるつる入っていく言葉ってのは、詩のことばでも
なんでもないんですよ。笑
いわゆるコマーシャル・ワードというやつで、なにも考えてないアホが書くものです。
てか、詩が書けないんだね、この人は。基本的に。
このサイトの徹底的にダメなところは詩としてはそうとうレベルの低いものに片っ端から
賞を与えていること。それが本人にもこのサイトにもどれほど悪弊をもたらしているか、
よく考えてもらいたい。
おれは辛口批評するときはおれの精一杯をつぎ込んで批評してきた。
おまえのような生白く気持ちの悪い性の自称詩人のカスの罵倒とは違うんだ。
ずっと自粛したらいいといえるのは、
この投稿者の詩に一度でも真剣に向かい合った者だけだ。
田中さんよ、あんたがわたしにそう罵倒したいのなら、今からでも遅くない。
この投稿作に真面目で真剣な批評、入れてみな?
おれはそうやって結果、憎悪をもたれたが、おれはおまえさんと違って
身体をかけてコメント批評してきてるんだ。
おまえごときなめくじのようなやつにいわれる筋合いはない。
それから中田もこの投稿者も文責だのなんだのとギャーギャーうるさいが、
おれがコメントを削除しはじめたのはいつからで、どういう理由か見ているひとは
ちゃんと理解してくれているよ。
天才低脳詩人(コントラ)から、「おまえが板を独占している」といわれてからだ。
ほんとうはだれも批評コメントをつけないからおれが目立つだけだが、
板の衰退の理由をおれのせいにしはじめた。それからだ。
できるだけ目立たないように、あまり重要でないコメを消し始めたんだよ。
おまえら、ひとつも投稿作にコメントしていないくせに、そういうやつに限って
手間暇惜しまずコメントしている者に愚痴や罵倒を浴びせる。
幼稚なワガママもいい加減にしろ!
既存のテンプレートにそのまま載せたようなワンパタ漫談。
こんなのが「エンターティメント大賞」作者なんて、リアル社会ではありえない。
文極選者の眼質の低さがそのままこのサイトの停滞と低調につながっている。
なんかもう、こういうベタベタしたの、
いい加減に卒業してはどうか?
任意の一行を読めばあとは全部同じでしょ?
閲覧者を意識して書いてるだけじゃないか。
大の大人が、いい加減、気持ち悪いよ
こんな愚劣な甘えきった詩に評価を与えるやつは
もう徹底的にダメだとおもうね。
正直いうと詩の出来がよかったら黙っていようとおもった。
ところが読んでみると
「おまえなんか死んでしまえ」と書き込んで逃げた心性の延長上に
あるものでしかなかった!
書いたときの状況まで想像できる。
しこたま飲んで目が醒め、底知れぬ白々しい空白に襲われて
「おかぁちゃ〜ん」おれ、こんなに不幸だよ。ぷっ。
この詩を書く甘ったれたどろどろの甘えの雑文の動機だ。
「おまえなんか死んでしまえ」と平気で書き付けて逃げる心性と
まったく同じ、甘えだ。
こんなやつに一ミリも一人前のヒトとしての思想も覚悟も理念も
なにもないことが手にとるようにわかる、
いかにもそれらしく現代詩ふうに粉飾し、こうすれば関心を引くだろうと
手をこまねいて作り上げたシロモノだ。
だから腹が立った。
自分に底なしに甘いくせに、他人は死のうが傷つこうが平気であるその
心性を猫のようにじぶんでなめている。
こんなおぞましい心性をだれが評価できるか。人生を人を詩を舐めるな!
また、薄らバカがのこのこ出てきた。笑
詩はまさしく文法どおりに書く必要はない。
だけど、この文章の場合は、日本語文法の正確な関係性、
緊密な骨組みの構築による表現を前提にしているわけだから、
そこをおろそかにすればこの文章の「詩」自体が成り立たない。
意識の曖昧さを出すために日本語文法をわざと間違えて書くなど、
三流どころか小学生でもやらない下卑た手法。
意識の曖昧さを出すのなら、ちゃんと文法に則ったうえで、
正確に表現として曖昧さを表してみせるのが詩人だろうが。
味噌もクソもいっしょにするものではないよ。
あんたの頭では、批評は無理なんだからさあ、すこし自重しなさいよ。
うん。
とにかく詩を書くとかうんぬんの前に、まず自分の思い上がったつらを鏡に映してみればどうだろう?
追記
それから「るるりら」さんやい。あんたここを片野養鶏場のようにしたいのかね?
テキトーなよいしょ感想はいい加減にしなさいよ。
みていて、あんたがかわいそうになる。
どうしてそこまで他人を畏れる? どうしてそこまで気をつかわなきゃいけない?
どうせ匿名なんだ。思い切り自分を出せばどうです?
ゴミのような投稿にいちいちお愛想を振りまいてどうするのです?
それがあなたの生きるすべなのか。
それじゃあたながあわれにみえて仕方がない。
頼むから嫉妬させるようなもの書いてくれおー。
土下座してお願いしますおー。w
もっともわたしは嫉妬どころか、素直に感動するたちだけど。
田中さん、自分の器で他を量ってはいけませんおー。w
はぁ〜(゚Д゚)?
なければどうしてきみは外へ出て他人と会話ができるのか?
どうしてきみは小説を読んで感動できるのか?
あたま、大丈夫かあ?
いや、そうじゃなくて、前から常々いってるように、
おれが文学だというのじゃなくて、
文学がおれなんです。
幼い頃から文学に偏執してその世界の住人になってしまった人なら
みなわかってくれると思うんだけど、
あまりにコトバの世界に夢中になると、絵画や音楽がおろそかになる。
すべてが文学世界のなかで音を奏で、色彩をあらわすからですよ。
だからわたしくらいになると、もう、ぱっと見ただけで、
その言葉の世界がどういうものであるか直感でわかるんです。
アラメルモさんのようにじぶんの現実世界がある人は、
音楽や絵画や文学をたのしめるけど、わたしのように文学がわたしそのものである
人間からすると音楽も絵画も、もう文学のなかに溶け込んでいるから、
なかなか現実世界で音楽や絵画やアートに浸れないんです。
趣味じゃないんです。生活であり存在なんです。コトバを食って生きてきたのです。
だからコントラくんの雑文なんかにアートがどの程度、言葉として表現されているか、
一読してすぐにわかるんですよ。
みなじぶんの尺度を他人に押し付けようとしているんだよ。
批評もしないでね。
いくら論理的にコメントしても、それには取り合わず、
ただただ、じぶんの尺度を押し付けようとしている。
おれは、芸術を創造しようという大人の場で、
そういう押しつけは無駄だとおもうよ。
自己愛丸出しのナルシズム詩をみてすぐにわかったよ。
自分が可愛いやつは、けなされるとすぐに赤くなって怒るんだ。
じぶんを対象化できていないんだ。
そんなバカに詩が書けるか。あほうが。
出直してこい。
詩についての論議を、あんたらは、必ず、世俗的な恨み言に転嫁させてしまうんだね。
田中恭平さんにはあれだけ大家然と否定的なコメントをしておきながら、じぶんが批判されると、
批判したことにも、質問に応えた内容にも触れず、議題とは離れた相手の人間性を貶め、それを社会性の欠如のせいにする。
どこまで歪んでるんだよ、あんたの性格は。笑
まだわからんのかな。
あんたの考え通りに感想を述べる場所じゃないんですよ。
そういう幼稚な自己中が、作品にもみなぎってるから、どうしょうもなく
読んでられないんですよ。
それと、あんたがここにいようがいまいが、
眼中にもないので、好きにすればいいのですよ。
こんなことを書くとまた必死で、
眼中にないのなら、批判するなとか、返答するのでしょうが。
平川とかいう代表代行がもしあんたの作品を選んでいるのだとすれば
どうかしているとしかおもえない。
ところがどうだ、わたしの名前をわざと無視して「冒頭のレッサーさん」などと
嫌味なことをいう。
「他の素晴らしい批評家さん」などと慇懃な揶揄を書き込む。
そんなことなら、きみがわたしに約束したことをちゃんと守って、
わたしの投稿など無視していればいいのだよ。
わたしはいつまでも根にもつほうじゃないからすぐにこだわりを捨てたが、
なんだよ、あんたは。いつまでも根にもつのなら、どうしてじぶんの約束を破って
コメントなどしたのか?
しなければわたしだってしない。いったいどういう性根をしているのか?
フォーラムでは、これだけここの投稿者をバカにし、運営をコケにして、
泣き言まで言っていた自称「身体で書く男」が、は?
いつまでも根にもつ陰湿でねちっこい男だなって滑稽じゃないか。
書いてません。
バカじゃないのか。
前から書いているように2ちゃんねるでは、
田中宏輔というハンドルでもだれでも書ける。
山田太郎でも阿怪でも書ける。
2ちゃんねるnet運営に抗議をしても、
その抗議文まで公開されるありさまだ。
その抗議文をネタにまた誹謗中傷される。
もちろんフィリピンにある2ちゃんねるnet本部は
要請に答えていちいち削除なんかしない。
そういうところの事をいちいちここで取り上げるのか!
ここでもおなじみの東、西、青山といった
わたしへの
誹謗中傷の粘着が2ちゃんねるでも跋扈している。
だれでもここの投稿者を偽装して2ちゃんねるで
語ることができる。
だれに吹き込まれたのか知らないが
証拠がないのにこんなところまで2ちゃんねるの文言を
持ち出すのなら、明確な証拠を出してから問うべきだ。
それができないなら、即刻、謝罪してもらいたい!
前からバカだと思っていたが、
ほんもののバカだよ、あんたは。
謝罪なき場合は、それなりの責任をとってもらう。
そうなってから泣き言は聞かない。
きみも今から、構えておくほうがいい。
人が寝ているあいだにこんなことをコソコソ書くなんて、
卑劣な印象操作だ!
一生懸命、詩を研鑽して、やっと出来上がった作品に唾を吐きかけられ、踏みつけ、あげく
2ちゃんでデマを流され
それに対して対抗しただけで、なにもやっていないのにみつとみからアク禁にされた。
これこそがおまえのいう鬱憤晴らしだけの暴力的なコメントであって
おれの真摯なコメントと、こんなものと、どこが同じなのだ。
まともな神経のやつらだと思えば腹が立つからビョウキなんだろうとあきらめているが、
ふつうじゃないぞ、おまえら。
もちろん、こんなコメントを平気で許し、それに必死で対抗したおれをアク禁にした運営も正常じゃない。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180721_773_10612p
見渡しても行きたいところなど見つからず
観光地からも足が遠のく
でももし家族みんなで行けば
生きていることの
足跡を刻んだことになるだろう
最後の悲しみの時には
楽しみを思い出してほしい
完結でない授受によって
人はもっとも幸いか
或いは二番目くらいの祝福を受けてる
受け渡すことの根源的な喜びを
僕は自分の中にたくわえている
非日常を作れるような気がしたんだ
結局それは形が変わり人も変わり
心も少し変わり
とても平たんな道ではなかったけれど
あなた方は僕が正直になれた人達
どこでだっていつにだって
思い出すに違いない
首筋がてらされて影とあわせてみるとそれは心の二面だ
恩返しをしたいんだ
あの太陽が幾度も昇ることを考えれば
小さな人間にはその一部分しか見えないから
馬鹿もやる
でも一日一日を大切にする
そして心が最も大切と知っている
つまり人とは時に小さく時に大きい
かけっこが遅いことを気にして
またテストの点で落ち込む
ああいいんだそんなことは
皆でバーベキューをしよう
たとえそれが怖いことでしかなかったとしたって
今は助けてあげられる
だから人間個人という太陽も
より少ない周期を繰り返すのだ
心は与えられた偉大な銀河だ
広げたシート
明かりを消せば
星の海
僕はどんな星を見つめ続けていたんだろう
お母さんは知ってか知らずか全てのものを光らせる魔法の手を持つ
イメージと感情がうねる
きっとこれからは一人一人を大切にする
摩擦の熱は恐れずむしろ充実だと考えたい
人を傷つけるのを恐れ過ぎては生の熱さがなくなってしまう
心が渡るだろ?ずうっと見えていないところを指し風切る速さで
たった一人ではいけないさ
惰性に堕してしまったり
ワンパターンになってしまったり
存在価値を認め合おう
今日と明日と記憶とで出来た立派な
柔らかくて一生懸命な一本の葦の
立ち姿
揺れながら
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やっ!
新宿!
仕事帰り
中央線
阿佐ヶ谷をすぎたあたりで
マゾの友達からラインがきて
縛ってほしいとのこと
了解!
武蔵境で降りて
コンビニでビールを2本買って
友達のマンション
到着!
もう勃起している笑
ま、
とりあえずビールのも
クーラー24度に
設定!
明日も仕事はやいから
ちゃちゃっと縛って
ささっと帰るよ
暑いなあ
ぐい!
ハンガーないじゃん
ブラウス
しわになっちゃう
おお?
木製の高いハンガーあるじゃん
ではではCheers!
窓に虫
ぶつかりまくり
くは!
もうすっかり夏だね、
あっという間に
射精!
車線変更する猛スピードのバイク
危な!
駅までの道
夜空にぼやけた月
あら?
眼鏡忘れたわ
大変!
あの眼鏡買ったばっかり
踏まれていたらどうしよう
速攻!
来た道をダッシュしてピンポン
まだ勃起している苦笑
時間差プレイじゃないのよ
眼鏡!
私の眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡
発見!
帰り道
きれいな月
くっきりとした月
ほっこりしながら
電車!
ガタンゴトン
睡魔!
立川に着いてジュンク堂
わお!
偶然という名の偶然
まるでジャズ
やあ!
サドの友達に
遭遇!
やわらかい笑顔
癒し系のサド
ちょっと家でのむ?
了解!
朝まで縛ろう
お互いに
サドとサドで縛り合い
てか!
相変わらず
バッキバキに割れた腹筋ね
さわっていい?
最強!
私の腹筋
なかなか割れない汗
そか!
ほぼ毎日ビールのんでるもん
ところで
どんな本買ったの?
漫画!
ホラー漫画を聖書のように読むのよ
あら素敵
あらゆる言葉の
膨張!
まるで文学と
錯覚!
チカチカする出入口
てか!
明日
仕事めっさはやいんだった
ごめん
また今度ゆっくり縛ろう
後でラインするね
解散!
ほろ酔いで
使徒!
のように高層ビルを踏み潰しながら帰る
明日は雨かな晴れかな
歩きながら
ネットで天気予報
検索!
歩きスマフォはいけませんね
自分にごめん
まわりにごめん
さっ!
そのまま自宅に
到着!
なんてこったい
ドッグフード買うの忘れてた
ワン!
ごめんごめん
散歩しながらコンビニ行こ
わお!
月がめっさでかい
い、いつの間に
街路樹
こんな場所にあったっけ?
街灯!
に激突する虫
無視!
明日からビールやめれば
8月までに腹筋
バッキバキに割れるかも
ワンチャンあるぞ
よし!
こうなったら地球も割るぞ
せい!
眼鏡は割らないように
注意!
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180712_316_10584p
> マゾの友達からラインがきて
>という、やや意表をつく転換はよろしい。うん、これはと一瞬思わせた。
>ところが、なんだそのあとは。だらだらと順接の連続だ。
>あと、ゼッケンのような読めない書けないやつに、知ったようなこといわれたくないよ。^^
>2ちゃんねるで陰湿な噂話ばかりしてるようなやつに用はない。
>一輪車氏へ。
>詩人とは、斯様な存在でございましょう。
>ここが研鑽の場であるなら、一輪車さんは必要だと思いますよ。
>南鎌倉:なにがオッスだ。アホか
>田中宏輔 :
>この粘着質はいっしょう変わらないだろうね。
>ゼンメツさん
>ポエジーの最小公倍数に、フリカケがかけてあるかのような(けっして式のながくない)
今際を立つ
薔薇の露庭に敗れた
鹹海を
運命の滑車達が
墜落していた
鏤められた草花を
額縁の血機械が飲む
驟驟たる季候
花籠へ移り
青紫陽花は
白紫陽花を追随鏡の分身と看做す
終端、血塊に興饗を催す
概念、形而下的物象、
堕落、叡知、立棺遠近
施錠門へと葛藤を繋ぐ死の靴音を
世界腑散乱を縁戚係争が隔絶をされて
叛煽働下を交叉階段は
遭遇の朽花の様に
空間の葡萄畑その婦像柱より、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180717_660_10605p
数えるほどしか履かずに褪せたコンバースが、いまでもくっきりと足跡を残しやがって、また苛々させられる。そもそもコンバースって靴はマジで雑魚だ、どしゃ降りの雨に当たったらそのイチゲキでオシマイだ。なんならいっそ歩きながら土へ還りでもすれば突き抜けてエコってことでタイソー褒められんのに。誰にだ。キミはきっとアレさ、もう一人も話し相手がいないもんだから、退屈と空腹の区別がつかなくなってんだ。なので早速コンビニへ行き、ゼロカロリーのコーラと「ひねり揚」とかいう、屈強な名前に対してあまりにも幸の薄そうな体格をもった菓子を購入した。始めのうちはその語感に割とシメられていた、しかし思ったよりずっと食べ飽きる量が入っていて、逆にその節操のなさに腹が立ってきた。どうしようもなく、結局むしゃくしゃしている。僕は近所の植物ばばあどもに「言い得ぬ不穏」をばら撒いてやろうと、一番でっかい枯れた鉢植えにコンバースをツマ先から半分ぶっ刺してやった。しかし古くなった土がボロボロですぐに倒れたので、わざわざ靴紐を枯れたラベンダーに巻き付けて補強を加えた。そこまでしてやっとバカらしくなった。やっとだ。ラベンダーは一年草じゃなかったらしい。僕はこいつの花々が枯れたあとに木だと知った。そこに木が残ってるんだからそうなんだろう。ただそれが死んでんのか死んでないのかはどれだけ眺めても判らなかった、そこにはまだ「来年フツーに生えてくんじゃないの感」すら残されていた。僕はしばらくのあいだ水をやり続けた。まあ、どこで気付いたのかは忘れたが、結果としてそれは死んでいた。なにも悲しくはないけれど、昔彼女がサガンの話をしていたことを思い出したから、一冊だけ読み直すことに決めた。本当は今でも小説が苦手なんだ。ひとつの同じものが長く続くことを考えると、知らない臓器に違和感を覚える。そんなだから当時読むまでにどれほど掛かったのかは覚えていない。読み終えてからどれほど経ったのかも。彼女と話しながら、数冊の本を買い、それよりずっと多くの名前を、聞いてそのまま忘れてしまった。いつのまにか彼女は彼女じゃなくなっていた。それだけ聞いたらいい意味に取れる場合もあるかなって気付いた。ちなみに例のコンバースは彼女と会うために買っただとか、ベツにそういうもんじゃない、てかコンバースの事はもういいだろ、ほんと、
ほんとね、さっさと死にたいです。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180716_529_10596p
>2011年 さん
>いかいか さん
>みな さん
>山人 さん
>一輪車 さん
>社会に甘えたワガママくん風の口調が通用するのか?
>敵視してどうするんだよ。
>そんなに死にたけりゃさっさと逝けよ^^といいたくなる。^^
>「古い」っての、もういいでしょ、そういうの。
>逆の"結果として手垢だらけだった"がマイナス評価になるなんて
>それこそ逆に古いでしょ。
>一輪車 さん
>陽向 さん
>一輪車 さん
>ヘンにおかしな時代
>脈搏 さん
>脈搏 さん
>る さん
>紅茶猫 さん
>2011年 さん
>ごめんなさい。ちょっと僕にとってその例えは痛々しく見える。
>>ヘンにおかしな時代
>そんな遠巻きの"最近感"なんてリアルじゃない。
>最近の子がミライジンにしか見えてないから、
>そんな都合のいい上っ面だけキャッチーにされた世界が見えちゃうんだ。
>无 さん
>不謹慎な笑いを我慢できない自分がいます。
>一輪車 さん
>上っ面のパフォーマンスを書いたからって、
>自画自賛
>なんだかメディアに影響されすぎじゃない?
>大衆層に属する若者はもう大人が都合で選んで見せる情報なんてそんな興味ないよ。
>自分の選んだ情報だけを自分の好きに見てることが多い。
>一輪車 さん
>与えられた非対称の情報
>すべての情報源はきみのいう"大人の見せる情報"じゃないのか?
>なんという俗っぽく、ありきたりな反論しかできないのだ。
>そこまでしてやっとバカらしくなった。やっとだ。
>玄こう さん
>コンバースシューズなんか履いたことのない人にも、
>来年フツーに生えてくんじゃないの感
>黒髪 さん
>泥棒 さん
>こじらせサブカル現代詩として
>この主人公