◇ No.433 , '15/08/17 00:55:56 作成

8200 : 粗末なプロペラ  アルフ・O '15/07/20 13:57:11 *1

プロペラは自作の
とても粗末なものだったので
すぐに壊れました
あいつらに砂を噛ませることが
僕の願いだったので
むしろ喜ばしいことでした

これから幾度となく
罵声を浴びせられるでしょうが
僕はその真ん中を突っ切って
駅へ向かうでしょう
そしてホームからするりと降りて
線路の中をずっと歩いて行くでしょう

1キロほど離れた
トンネルを抜けるまでは
続くと思います
そしてあいつらを振り切れると
判断したら
列車に出くわした瞬間
線路から茂みに飛び込んで
雲隠れ
そのままのうのうと生き続けるでしょう

粗末なプロペラは壊れました
僕はそれだけで満足です

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8201 : 登り  たまなか '15/07/20 20:54:24  [Mail]

逆さまの新幹線が滝の上から到着した。
行かないと勿体ない。
出発しよう。
今乗れば三時間位で間に合うはずさ。

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8197 : これは、夢なんだ   '15/07/20 00:43:49

友人知人を家に招いて
結婚式の前祝い
居間からは談笑する彼女の声
僕はキッチンでドリンクを作る
未来の義弟がグラスを片手におめでとうと声をかけてくるのに曖昧に応じる
だが、どうしても、名前が思いだせない
忘却が、始まっている
ああ、こうやって僕は、何もわからなくなって、ゆくのか
いや、大丈夫、これは夢


「出来の悪い子」と言われて育った恨みを発作的な狂気の中で母親にぶつけ
こんな自分を殺してくれと父親に迫る
いよいよ手に負えなくなった両親が救急車を呼ぶ
病院に向かう救急車の中で僕ら三人プレートを囲み焼き肉をする 一家団らん
赤色灯が手元をペカペカと照らす沈黙
の中で母が最後の一枚を裏返す
そう、これは、夢だ


僕を乗せた救急車が病院に到着する
ああ、何だか綺麗だ
闇に浮かぶ巨大な白い船みたい
エントランスは黄色い灯りに照らされて
大勢の人が見える
知った顔がある
祝宴は続いているのだ
こちらに向けられる乾いた微笑み
笑顔の継ぎ目にささやく暗い顔がある
「幸せな矢先に可哀想に」
大丈夫、これは夢、夢なんだ

だが、この眼差しに、確かに、見覚えがある

同情はいらない

救急車の扉を開け放ち 舞い降りて
僕はタラップをのぼる
いつの間にか新調の黒いスーツを着ている
僕はタラップをのぼる
きらめく満面の笑みを浮かべて
シンデレラを出迎える王子みたいに
僕はタラップをのぼる
まもなく時は僕を手放す
僕から奪うのをやめる
足を止め、振り返り
高らかに叫ぶ

ハレルヤ!さあ、僕の葬式だ!

祝宴は続いている
僕はタラップをのぼる
闇に浮かぶ白い船へ

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8171 : 会ったこともないのに、よく知ってる感じ  はかいし '15/07/02 19:23:04

すべてをはかいし考えるありのままの姿で蟻のままの姿見せるのよほら蟻たちが無数の列をつくって並んでいる被着体表面に塩化セシウムを塗布してみたその甘い甘い塩化セシウムにつられて沢山の蟻たちがやってきたのです何を仰るうさぎさんそんなことよりやらないか(!)ということですよ、会ったこともないのによく知っている感じというのはこういうことですよつまりそんなことよりやらないか(!)を連呼するうさぎさんのような片耳をピアスにふさぎ込んだ僕の背中を拭っていく雨のつぶつぶをかき集めて窓の外に垂れ流してやろうどもこのままでいいのかこのままじゃダメだ何がダメって情緒的で不安定でもっと片目に集中しなければならないかのアーサー・コナン・ドイルが冤罪事件を解き明かしたときのような清々しい世界へ僕たちを連れ戻して行かなければならない新世界よりが見たい新世界よりが見たいなら見ればいいドヴォルザークのようにカッコよく生きたいまやかしのない人生のように減少する日本の人口を次第に緩やかな流れの傾きを目にして立ち会った人々の心を底からひっくり返すように僕ももう少しデレク・ジャーマンのウィトゲンシュタインを見ていたい

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8198 : 骨メール。  赤青黄 '15/07/20 03:29:00 *1

 還暦を迎える前になくなった祖父の頭の上に、僕の折蛙がのっていた。焼かれた祖父は骨になった。祖父の鎖骨を掴んで骨壷にいれたことまでは覚えているが、それ以降のことは何も覚えていない。それでも偶に、覚えていなかったことを数分間だけ思い出すときがあった。しかし、数分後にまた忘れた。今度は思い出したことを忘れた、という言葉だけ覚えている。そういうものが積み重なって僕は物忘れのヒドイニンゲンだ、ということだけが頭に積み重なっていって、僕はそう、こうした円環の中に生きているのだ!ということが分かった途端に、電車が駅について、そう、分かったことがまたわからなくなって、ずれていくことをまた積み重ねていった。オヤジ達が祖父の骨を繋げて遊んでいるのを僕は遠くでみていた。オヤジ達は、あ、こことここの骨が繋がった。そう、たしかこうこうすると、ほら、鎖骨ってこうつながってるんですよ。という始まりがあって、気が付けば夕方になっていた。僕は明日の朝食を買うために、町のパン屋に入った。ちりちりちり、とお店のベルがるるるるるるってなると、縮れ毛の顎鬚をした主人がちらりとこっちを見てきて、もう閉めるから出てってくれ、みたいな顔をしたので、僕はじゃぁ、あす、朝五時にきます、みたいな顔をしてチョココロネを一つ掴んでレジに持っていった。鼻で笑われたついでに四月、という始まりがあって、町には地図を片手に持った若者が大勢いた。ある人は自転車に跨って霊園のある丘から、下った先にある大きな港まで巡り、あるものは事前に調べた情報を頼りに決められた順列の組み合わせで路地を歩いた。どちらかというと、僕は友達の女の子と本を読んでいた。部屋の中は何もなかった。安っぽい本を乱暴に読んでいると、調度品という言葉がヤケに目に付いた。大体そう、部屋に置いてあるものは調度品。これで片付ければいいそうなので、調度買い物にいくことにした。出たついでに散歩をすることにした。僕のレトリックはやはり調度品くらいの精度しかないから、見渡せる景色も大体調度品で済ませられるから、僕は女の子と手をつないでいれば良かった。「それでいいの?」「いいんだ。」。」。」みたいな会話を繰り返している内に雨が降ってきた。僕と女の子の間だけ晴れていたとか、言ってみたいけど、ウソだもんね。僕たちは砂浜まで行くと、ただひたすらと堤防に乗って北へ北へと歩いた。波打ち際には等間隔で打ち上げられた魚が死んでいて、その隙間を縫うように男が埋まっていて女がそれを掘り起こし、子供たちがヘドロになった父の内臓をお城にして遊んでいた。お城はやっぱりもってかれて、ただ、骨だけが残った。強い雨だった。骨はまるで死んだ珊瑚礁みたいに、パチンと薪のはぜた音がした。るるるるる。僕は電話にでようとした。それはメールだった、もう少しでラインになる。

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8208 : 保健体育  ねむのき '15/07/25 20:28:37 *6

5限目の
保健体育

浅黒い顔をした
中年の体育教師が

男性器のしくみについて
説明している

君は
眠たそうな顔をして聞いている

僕は
横目で君のノートを盗み見る
〈射精 精液の量:平均5~10ml〉

視線を下ろすと
制服のスカートから、白いふとももが覗いていて

僕の性器は硬直して
ズボンが膨らむ

ああ、僕はたぶん
今日も君に話しかけないだろう

昨日も今日も明日もこのまま
話したいことは
たくさんあったはずなのに

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8183 : ダンシングディナー&フラワー  かい '15/07/09 16:36:58

黄緑色の感情と
仄かに光る群青の
間に挟まる赤い肉
僕の胃袋ボンバイエ

黒い礼服楽団の
玉虫色したスカーフは
ミラーボールの光彩で
七つに割れるサンシャイン

グラスの上で輝く宝石
反転している君と僕
そわそわ気になる数字の森で
誰も知らないABC

オリオン星座の向こう側
コスモス橋のさきの先
ステップ!君の憂鬱が
八つの船を越えていく

胸を突きやるブリキの塔
シルバーでできたハリネズミ
翼たなびく会話の穂先で
風を切りきりモノローグ

平面張力、丘の上
シンメトリーな君と僕
みゅーっと伸びた沈黙は
冷たく硬いアイシティ

踊り続けるダンシングフラワー
赤い服着た配管工
ワイン片手の陽気な隠者と
海の宝石、下関

踊り続けるダンシングフラワー
酔いが回って大乱闘
失敗続きのボーイとガール
吊られてホイール回り出す

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8207 : アンダーグラウンド  民族楽器 '15/07/25 01:27:15  [Mail]

真面目な あんたは
つまらない奴
そんなに口がうまくて
だれを納得させるの

なったのか?

巷では
似たような歌ばっかりで
力こもらない仕事
「いつかやめる」とぼやいてる

笑うな 見下したような顔で
地下にだっていい歌はいっぱい

甘ったるい声のその口は
クリームパイがお似合い
白けたことしかできない
調教された犬 

なったのか?

地下にだっていい歌はいっぱいさ

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8199 : 夜の軋み  atsuchan69 '15/07/20 07:33:32  [URL]

滲んだ肌に香水が匂う、
視覚からこぼれた淡い影たちが
発せられない声とともに
音もなく、永遠へとむかう
冷たい未来の交じった
柔らかな過去の感触がまだある

つい今しがたも、
昨日も、
生まれる以前も
窓の景色はいつも夜だった

ふたたび自由の風をおこし
燻ぶった愛を烈しく燃やすと、
忽ち、大地の裂けた下腹部は潤み
女は深淵の火照りをあらわに孕んで
嘘のない黒い瞳孔を大きく見開き、
いくども果て、
そしていくども痙攣した

滑らかな唇の
卑猥かつ命の凛々しさ
唾液に濡れて
濃密な舌に絡めた、
アノ感触がどうしても消せない

背く愛ゆえに列車は軋み、
白い合成樹脂の吊革を見上げては
いつか公園で乗ったブランコ、
たわわな胸をゆらす女の歩くさまを想い
するとまた淫らな血が騒ぎだす

やたら空席の目立つ、
長い年月を乗せたシート
その疎らな隙に乗じて
朝夕の犇めく乗客たちの残像は、
足早に何処へともなく
遠く走り去ってしまった

別れ際に足りなかった言葉が
急いたこの胸を焦がし、
古びた夜の闇に鳴る踏切へ
いつしか進路を遮られては
想いは置き去りのまま
夜の軋みに掻き消されて

窓の硝子に映るのは、
裏切る者の顔

歓楽街の夜景を透かして
巡りあうことのない筈の言葉たち
 (唇から 唇へ
艶やかな花、彼処の花へ

最新のテクノロジーがもたらした
瞬時に流れ去る世界の
消毒液に浸された昼と夜
鮮やかなブルーに灯る
電光の文字と符号に
あまねく溺れてゆく声たち
――或いは、

 水に映ったナルシサスの恋

終わらない物語の原型をなぞって
反自然の、難解なドグマを妄信し
可能なかぎり理不尽に敷かれた
罪に塗れたモラルの軌条を
人々は今日もただ闇雲に走るだけだ

 (見馴れた駅
 渇いた円環の内側で

覚えているのは、
指の蜜と棘の痛み。//
既に無人のホームへ降り立ったとき、
新しいメールを一件削除した。

きっと明日も刳りかえし、
逢瀬を刳りかえし

それでも一切をかなぐり捨て
ふたり逃げる勇気もなく
さても狂おしい
巡りあうことのない未来の
唇から 唇へ


震える、声を発して‥‥




 

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8182 : #01  田中恭平 '15/07/08 23:15:36 *2


昼、蜩が啼いていた
今日私は遂に夏を認める
昼、蜩が啼いていた、と、私は日記に記さなかった
だから、昼、蜩は啼いていなかったことになるだろう
しかし私は今日、遂に夏を認めた
明日、もし昨日蜩が啼いていたことを忘れていたなら
そして明日、蜩が啼いたなら
私は明日、蜩が啼いたと認める
わくわくして
少し動機が早くなって、バラバラな扇風機を組み立て
扇風機のプラグをコンセントに差し込み、「中」のボタンを押し
扇風機を、私が信仰しているロック・バンドのフロント・マン
カート・コベインのポスターが一枚貼ってある、
白い壁に向けた
夕方になると、昼、蜩なんて啼いていなかったことになっていたし
しかしまだ遂に夏を認めた私がいたので
抗不安剤カームダンを含むと
多分、昼、蜩が啼いていたので、しっかりと書いておかないと
理由も曖昧なのに、遂に夏を認めた私は
孤独になる
私を、助けて下さい
と祈った
姉の買ってきてくれたフライド・チキンを頬張りながら
「愛しています。」
と、一言だけ、携帯電話のメールに
未だ意味の知れない「愛」という言葉の一語を書いて、パートナーに送った

人参果が欲しくてスーパーマーケットで捜したけれど
スーパーマーケットは全焼していた
全焼したスーパーマーケットは初めて見たので
それが全焼したスーパーマーケットだと気が付かず
真っ黒な灰の瓦礫の上で
ポケットからゴールデン・バット、210円の安煙草を取り出して
別売りのフィルターをつけて火を点けて座った
そして、「人参果、人参果」と呟きつつ、ふらふら
瓦礫のなかをさまよった
水たまりに油が浮いており、虹色に光っていたので
ずっと水たまりの光りを眺めていたら
茶色の毛だらけの野良猫が来て、
水たまりの水を舐めはじめた
懸命に、懸命に、毒を舐めていた

ピアノの音が聞こえ
音楽室に向かうと
ピアノが溶けはじめていた
T先生は、ちらと私に目をやると
ピアノが溶けているのは嘘なんだ、と仰った
確かにピアノは溶けていたので
先生の仰っていることが、私には解らなかった
そのピアノで先生は
正確にエリック・サティのジムノぺティを弾いた
梅雨ですね、
先生に告げると
そんな大雑把な季節把握はしてはならない、と仰った
ここまで書いて私が思慮したことは
私に水平に流れる時間というものは
感情がないということだった
意味なんかない
先生はピアノから離れると
白いくしゃくしゃのコンビ二の袋から
おにぎりを二つ取り出し食べた
感情のないこの時間にあって、おにぎりを頬張っている先生
振り返ると、ピアノはすっかり影になっていた
携帯電話にメールが届いて
パートナーから「私も愛しているよ。」という一文だった
私は少しずつ鬱になりはじめ
或る手段を使って
先生を殺害した
動機なんてない
こころの闇なんてない
動機には興味がない
大体何故
動機が必要なのだろうか
カート・コベインは「魚には感情がないから食べていい」と歌った
先生は殺すことができたのに
私は私自身を殺すことができないでいる


「ハロー、ハロー、どれ位ひどい?」

メロディを反芻しながら
夜の郊外の道をまっすぐ歩いた
精神科で処方された薬をコンビニのトイレで含み
ポカリ・スウェットで胃へ流し込む
遠くパートナーの足音が聞こえてきたと思うと
現れたのはファースト・フードの食い過ぎで
肥満したイエス・キリストだった
トイレの洗面所が備えているスペースで
キリストの鼻筋をガツッと殴った
右側でも左側でも、頬ではなかったので
キリストは混乱しながらその場にうずくまった
洗面所を備えているスペースを抜けて
レジに向かい
ゴールデン・バット二箱
百円のアイスコーヒーを購入した
どうせ地獄へと行くのだ
兎に角、今は煙草を喫って良い気分になろう
コンビニの前に置かれている灰皿に入っている水が
自然ドンドン水かさを増して
ついに灰皿から溢れ
ジー
ジー
蜩の声が頭いっぱい広がった
そう
確かに
蜩は啼いていた

 

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8210 : 青の眠り  山人 '15/07/27 05:47:00



目を閉じると浮かんでくる
夏の日 ゆるんだ瞳と影が音もなくさまよっていた
あの日私の時間が揺れた

蝉しぐれのカーテンを開ければ
幼子の手を引いた私が歩いている
名もない道を
あてのない夕暮れを

ふと頬に触れるものがある
とどまった重い温度はいなくなり
あきらめと安堵の間にうまれた
淡い風のようなもの

まだ行くべき道の雑踏は消えることがない
幾度も幾度も顔を凍らせ
胸を支配する恐怖の坩堝は消えることがないだろう

頑なに身を固まらせ
直線的なまなざしを向けるでもなく
ただ 淡々と
思考し 動かしてゆく

瞬きをする
その湿っ気を含んだ重い瞼で
脳裏に中に潜む
ブルー
その濃淡の闇と安らぎが
わたしを少し眠らせる

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8209 : わがままなんだよね  ピエロット '15/07/27 00:15:05  [Mail]

わがままなんだよね
みんな みんな そうだよね
わがままなんだよね
僕が一番 そうだよね

誰かが必死に泣いているのに
誰も耳を貸さないんだね
誰かが手を伸ばしているのに
誰も掴んであげないんだね

わがままなんだよね
自分のことが可愛いんだよね
わがままなんだよね
かういう僕もそうだよね

面白いものがあると
すぐに自分のポケットに入れたがるんだね
流行が去って飽きると
すぐにポケットから出して捨てるんだね

わがままなんだよね
責任が持てないんだよね
わがままなんだよね
僕が良い例だよね

自分の思い通りにならないと
すぐに人を嫌いになるんだね
自分の思い通りになれば
すぐに自分の力だと思うんだよね

わがままなんだよね
感情の成すがままなんだよね
わがままなんだよね
僕も抑えきれないんだよね

わがままなんだよね
自分が傷つきたくないんだよね
わがままなんだよね
傷つく勇気が持てないんだよね
わがままなんだよね
こうやってしか
自分でを省みれないんだよね
ずっと僕は

わがままなんだよね

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8204 : (無題)  町田町太 '15/07/22 16:47:18

セルロイドの曲線を数えたら二十四本の蕾で、しかしそれは造花でありました。泳ぐことを辞めた男は夜中のうちに独りになって、数十センチを溺れ、流されたような水の流れが、いっとうきれいな跡となりました。そして今朝、イェーン!(人間!)と鳴き発つ気配がしまして、見れば滓が所々に落ちていたので、起き抜けに皆は途方に暮れ玉砂利に立ち尽くして仕舞います。墓石が熱を帯びてゆくのを指差して、ああ時が過ぎるねぃ…影が早いわぁと口々に云ったあとで、山の稜線を見下ろして黙り、やさしい誰かが咳をするのです。さらに際立つ現在のそれぞれ、耳に低い気流が立ち込めて参ります。



―――本当ニ、皆、印象ダケニナルノダワ――ソレデ寧ロ濃イ影ニナルノネ――印象ダケガ生活ヲ続ケルヨウナ事ガアッテ――例エバチョウド、アノ笑顔―――春日井ノ父ガソウダッタワ――アラ小森ノ叔母サマモソウヨ―――イズレ写真ニナッタケレド―――本当ニソウネ――印象ダケガ呼応スルノネ――対話モネ、返ッテ増エタミタイデ――近頃ネ、ウチノ人ッテバ良ク笑ウノヨ――オイ、君ガ一生懸命箸デ拾ッテ呉レテイタノハ―――アリャア何ダッタッケ?――ソンナ具合ニ態ト呆ケテ笑ウノヨ―――アラ変ネィ、モウコンナニモ薄グライノネェ…



翠がかった煙のしみる瞼をおさえるハンケチを振り終える手の重なりが解かれる。砂利をまぶした木立のなかに同じ顔、同じ皺。赤い子靴がふざけて転び、ケロリと蛙は鳴いた拍子に飛び込む。ああそれ無しでは淋しすぎた道程なのです。白い足首が何回も、汚い泥をはねあげておりました。堰を切った時鐘が降る坂の途で…(蝉降る丘にてさようなら!)御影の詳細に手向けた花々…(蝉降る丘にてさようなら!)…にぎやかな団欒が宗教と往きます。ここからあなたに聴こえるでしょうか、セルロイドの弾く水は、殊勝な鈍い音がいたします。

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8203 : モロゾフ  イヤレス芳一 '15/07/22 05:15:48 *8

バスケ部の練習を終えて
川沿いをチャリで走っていると
いつもこの時間
クマみたいな犬を散歩させてる
おねえさんとすれ違う

モコモコフワフワの茶色い毛
鼻の低い丸い顔
どう見ても犬じゃない
でっかいテディ
ヌイグルミみたいなやつ

なんて言う種類の犬か
おねえさんに聞いてみようと思いながら
白いワンピースがヒラヒラするから
眩しくて
いつも
聞きそびれる
なんだか自分が
いっつも失敗ばかりしてる
チャーリー・ブラウンみたいに
すごくダメなやつに思えてきて
心の中でわーってなって
チャリを立ち漕ぎする

犬の名前がわからないから
勝手に
モロゾフと呼ぶことにした

ダラダラと練習サボって
ガンちゃんにシバかれた日も
もうこんな部活辞めてやるって
チャリでブッ飛ばしたけど
川沿いを
モフモフとモロゾフが歩いてきて
ぼくのことなんかまるで
興味がないとでも言いたげに
チラ見してシカトして通りすぎて行って
ワンピースがヒラヒラヒラヒラしていて
なんだかやりきれなくて
モロゾフのやつ
おねえさんのくるぶしを
うれしそうにクンクンしやがって

真夏日なのに青い春って
カルピスソーダみたいだ
水色に白の水玉
ちがう
白色に水色の水玉か
どっちでもいいや
濃ゆいカルピスを
はじける刺激で割って
おねえさんと飲みたい


  ではああ、濃いシロップでも飲もう
  冷たくして、太いストローで飲もう
  『秋日狂乱/中原中也』


モロゾフの本当の名前
いつかわかる日が来るんだろうか
知りたいような知りたくないような
クマみたいな犬の名前
犬みたいなクマだったらどうだろう
おねえさん実は
猛獣使いだったりして
おねえさん実はぼくも
モンスターなんですって言って
バカすぎて笑える


  恋、と書いたら、あと、書けなくなった。
  『斜陽/太宰治』


たまに
遠くの空の夕焼けに
青と赤の交わるところに
見とれることがある
そんな姿を
クラスのやつらに見られるとうるさいから
ジョージ、昨日夕焼け見てたやろって
ジョージ、ちょっとウルッときてたやろって
おさるのジョージに似てるからって
そのあだ名やめろよ

今年の夏は
スリーポイントシュート
うまくなりたい

あと
おこづかい貯めて
ビアンキのMTB欲しい
夏空色
チェレステカラーの

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8170 : ←↑→↓  uki '15/07/02 06:39:15 *1



ざぶざぶと時が過ぎる、そして過去、全身で受粉する、そんな夢を絶えず、発信して。やっぱり絶える。

ーー過去へ。

生も死も纏めて。

十字キーをピコピコ操る。まよなか。移動する。こういう脳のしくみが外へ流れ出ること。
ピコピコ。

               ↑
             ←   →
               ↓

                    ピコピコ。

……十字キー。なつかしい手触り。あたりはもう、縊死した噴水みたいに静まり。

水を、縫い綴じると、誰かの顔になった。あっさりした顔。
もしかしたらならないかもしれないけど。でも、縫い綴じるとたしかにあらわれる。

あなたは本で、スプラッターで、内臓が喉のそばにあって、心臓がもわっと収縮し、肺も動いて、生きていて。
あなたは空だというけど、空であったためしはない。食べ物は通過するけど。

電車が、行くよ。電車の運転手も生きている。
まよなかはそれだけで価値がある。
水がわーって湧く。
泉が、欲しかった。
電車がくらやみに衝突して透き通って銀河へ近づき遠ざかる 私は歯を磨く。磨く。磨く。眠るのだ。そして電車が貫いていく。


もうすぐ、朝が来る。
画面にはなにもない。十字キーを触って。ねえ触って。
ねえここにある誰のものでもない過去を静かに動かして

そっと。




惑星が惰性よりももっとどうしようもない理由で動いている。
かなしい。

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8205 : 嘘を本当と  黒髪 '15/07/23 18:32:04

どうひっくり返しても嘘
岸壁を過ぎたら岬に出る
この世では不思議なことは起こらない
そう自分のこと以外では
きっといつか海に帰りたい
雨に打たれる悲しみの
帰り着く場所ただひとつ
僕のつくどんな嘘も本当といい当てる人が
この世に少しはいると思いたいから
それで満足して
満足させて
夢みたいな光の国の果てまで照らし続けて
そのままそのまま
どこを探して行ってしまったか
鳩は戻ってはこないのです
あいつは
甘えと一緒の嘘と
苦しみと一緒の本当の
どちらを自分へ選んだのでしょう
ときには嘘へときには本当へ
泣いたことなどなかったあなたは
どちらを選ぶことを望むのですか

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8206 : 外出一時  遼旅 '15/07/24 20:41:21

しおずだんぱれ。空が出ている。
肌身を透かして。草葉、交接。
停車場、マンホール。釣り行く人を見失うと
(涯、) 雲が頭角を並べている。
大会は早かった。近かった。うねり、
パワーショベル。片紡。重なりの
傾きの仄めきの、弓なりの。蝉脱々。
酸素と水と。肥える。


  ※


外出一時……がいしゅついっとき
涯……はて
片紡……かたつむり
仄めき……ゆらめき
脱々……だつだつ

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8194 : 夏祭  中田満帆 '15/07/17 21:30:27  [Mail] [URL]



   赦して欲しい
   たとえぼくが生きる側からいなくなっても、
   それは生田川みたいに浅い流れに過ぎないのだから
   空気が熱に膨らんでって
   たしかに過古を甦らせてる
   どうか連れ去ってくれ
縁日の世界へと
もういちど
夏祭のかのひとを眺め
うっとりとしてたいんだ
ぼくの小さな港よ
船は帰航を拒むばかりだ
赦して欲しい
たとえぼくが生きる側からいなくなっても、
うっとりとしながらかのひとを眺めてるからだ
どうか連れ去ってくれ
     

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8213 : 火葬場  草野大悟 '15/07/27 23:41:20

股関節のなかで
硬質なまるい宇宙が
つや消しの歩みとなって
冷却していた。
(恥ずかしげ、に

船賃六文
、なんて
いまどき
、ないから。
(百五十円、でどう? 船頭さん

二年まえに
牛がわたった河原
、の向こうには、

いちめんのはな、はな、はな、
花、いちめんの。
(そよぐ、せいじゃく

迎えにもこない牛をさがす煙は
すがたのない森をただよい、
空の底をぬけ、
ぐれんの炎は、
八十八年の喉仏を
ベージュ色に
灼熱する。
(うつむく言葉たちよ

腰の曲がった
煙と牛の笑い声が、
手をとりあって昇ってゆく
あかね色の風のなか、
今日も、
目覚めている
、という夢をみている。

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8220 : いんがない   '15/08/01 01:58:39

足音のうしろを鼓動に叩かれあがってくる
おれは既にまぶしいところを飛んでいるというのに
過去やみらいを圧し退けあがってくる
逝ってまなしの屍は西日と転寝しているというのに
名まえだけおりていく
再配達のかみっきれ!
ゆめや希望を撥ねとばし小包はおりていく
おれはおれに添い寝して切れた蛍光灯を眺めているというのに
冬の星空ならばなお喜ばしい
プラネタリウムの天井からおれを吊り下げてくれ
すぐ断ち切れてしまうようなロープでなく
しっかりとした健全なロープで
さらに下には丈夫な素材で編んだネットを張りめぐらすよう
こどもの自分から空中ブランコに憧れていた
むこう側の台で皆に立ってもろうて
おれがあの世からぶらさがってくるのを
この世で受け留めてもらえるよう
火葬場でやかれるときは
棺おけの中に緊急消火装置を忍ばせておくよう
消火ボタンは左手の生命線の真中あたりに握らせておくよう
さかなの深いため息に死臭はまだ無い
すいそうが曇っている
星のぢゃまをせぬように
みな寝てしまった
帳は霞にしんと沈み
おれはガラス越しに口をすう
あわわわわ
ちっそくするまでおぼれませう
おとぎばなしのなかで子どもらはテレビをみている
えんぴつが残したことばのうえで算数はじめる大人らよ
おれのような赤ん坊がいるから君らはそこにおるのだ
腹のなかより生まれしものよ先輩のこえをきけ!

おぎゃぁ

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8215 : 墓石論  蛾兆ボルカ '15/07/29 09:48:57

引用(昨日の日記より)・・・・・

僕は才能という語を、『成長や努力によって乗り越えられる可能性の限界より高い壁』という意味で使ってます。
街を歩けば、いろんなところに現実に壁が存在してるじゃないですか。
それと同じ感じのことで、ひとはみな壁だらけの世界で生きてますが、豊かな才能をもつひとは巨大な壁をもっているし、独創的な才能をもつひとは、不思議な場所に壁をもっている、というイメージです。

引用終わり・・・・・


ひとつ前の日記に、『才能とは壁である』、ということを書きました。
石川淳の安部公房批評なんかの材料をトントン積み木して書いたのではありますが、自分がこれまで考えてきたことにはよくフィットする表現だったような気がします。
カフカの『門』と漱石の『門』に言及して、開かない門ってことは、壁に門の絵を描いたってことだよね、と述べたのも、『してやったり』と思いました。
壁論、自分ではかなり気に入ってます。


そこでこの壁論を、都市論に展開してみているのですが、やりはじめて暫く想像の都市を探索散歩してたら、墓地の風景が想像の視界に入りました。
今日はそれについて書きます。


才能が壁なら、壁はひとつじゃないはずですよね。ですよね、と言われても、その前提条件の『才能とは壁である』に、誰も賛成しないかもしれないけど。

それでも良いので話を進めると、一人の人間につき、数十個から数万個ぐらいの壁があるはずであり、それはそのひとひとりが居住する主観世界、僕の造語で言い換えて、【絶対都市】を構成すると思います。
壁でできた、住民1名の架空都市が、人間1人につき一個あるわけです。


だけど人間の世界観ってやつはやはり、他人がいないとつまんないというか、なんかシックリこないものなので、この絶対都市は、他のひとの絶対都市と共通の宇宙内に存在し、みんなでひとつの【相対都市】を構成していると想像したほうがピンときます。

そこで一段階戻って、絶対都市と呼んだものは、よく見たらやっぱり、一個の建築物だったと考えます。
それらの形は様々で、ビルもタワーも方舟もピラミッドもあれば、病院みたいなのもツェッペリン号みたいなのもあるでしょう。だけど、どれもみんな何らかの仕組みで内側と外側が混在する、開いた形態をしていると考えます。
で、それらが複雑に内外で混ざりあいながら、世界すなわち【相対都市】が形成されていると想像します。

例えば、僕の絶対都市の一隅に、僕の『詩の才能』が一枚の壁として存在してるのですね。
でも空間的にそれにくっついて、誰か他のひとの『詩の才能』が一枚の別の壁として存在してる。建築物としては空間的に混在してても、そこは別の絶対都市だから、その『他者の詩の才能』たる壁には、僕は触れません。でも見える。蜃気楼みたいなものです。

概略そんなメトロポリスを散歩します。

すると、ある角を曲がったところに、広大な墓地があるんですね。
そこには大小の壁が整然と整理されて並んでるんですが、それは死者が生前持っていた才能(イコール壁)が、コンパクト
な長方形の石に変形したものなのです。

例えばですね。

今、我々の目の前にある、この黒い墓石が宮澤賢治の才能です。

ああ、これが彼の才能かあ、と思いますよね。
そんなに巨大なわけじゃないです。むしろたいへんコンパクト。なぜかというと、なにせ彼は死者だから、可能性という要素の大半を失ってるからですね。
でもやはり美しい。

そんな墓石が何兆個のオーダーを遥かに超える数で、だーっと、静かに並んでいるのです。

結構、いい感じの墓地だと思います。

賢治の才能の墓石を過ぎて、暫く小路を歩いていくと、生前、童話作家だった僕の母の墓石があるのですね。
彼女は200篇の童話を書いて、最後まで創作に悩みながら亡くなりましたが、たぶん無名のまま、だんだん忘れられていくのではないかと思います。

そんな彼女の才能のお墓に、僕はお花を供えるのですけど、これがですね。なかなか素敵なお墓なんですよ。明るい灰色の大理石のね。
彼女が敬愛した賢治のお墓と、素敵さではそんなに違うわけじゃない。訪れるひとの数とか、供えられた花の数は、さすがに違いますけどね。

彼女の墓から立ち上がって、周囲を見渡すと、穏やかな風が少し吹くんだな。
ここは比喩の都市だから、この風もなんかの比喩なんだろう。だけど、なんの比喩なのか、僕にはわからないのです。

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8218 : 詩の日めくり 二〇一四年九月一日─三十一日  田中宏輔 '15/08/01 00:00:40


二〇一四年九月一日 「変身前夜」


 グレゴール・ザムザは、なるべく音がしないようにして鍵を回すと、ドアのノブに手をかけてそっと開き、そっと閉めて、これまた、なるべく音がしないようにして鍵をかけた。家のなかは外の闇とおなじように暗くてしずかだった。父親も母親も出迎えてはくれなかった。妹のグレーテも出迎えてはくれなかった。もちろん、こんなに遅くなってしまったのだから、先に寝てしまっているのだろう。父親も母親も、もう齢なのだから。しかも、ぼくのけっして多くはない給料でなんとか家計をやりくりしてくれているのだから、きっと気苦労もすごくて、ぼくが仕事を終えて遅くなって帰ってくるころには、その気苦労のせいで、ふたりの身体はベッドのくぼみのなかにすっぽりと包みこまれてしまっているにちがいない。申し訳ないと、こころから思っている。こんな時間なのだから。妹のグレーテだって、眠気に誘われて、ベッドのなかで目をとじていることだろう。グレゴールは自分の部屋のなかに入ると、書類がぎっしり詰まっている鞄を机のうえに置いて、服を着替えた。すぐにでも眠りたい、あしたの朝も早いのだから、と思ったのだが、きょう訪問したところでの成果を、あした会社で報告しなければならないので、念のためにもう一度見直しておこうと思って、机のうえのランプに火をつけると、その灯かりのもとで、鞄のなかから取り出した報告書に目を通した。セールスの報告は、まずそれがよい結果であるのか、よくない結果であるのかを正確に判断しなければならず、そのうえ、その報告の順番も大事な要素で、その報告する順番によっては、自分に対する評価がよくもなり、よくなくもなるのであった。グレゴールは報告する事項の順番を決めると、その順番に、こころのなかで、上司のマネージャーに伝えるべきことを復唱した。朝にもう一度目を通そうと思って、机のうえに書類を置いてランプの火を消すと、グレゴールはベッドのなかに吸い込まれるようにして身を横たえた。グレゴールは知らなかったし、もちろん、グレゴールの両親も、彼の妹も知らなかったし、彼らが住んでいる街には、だれ一人知っているものはいなかったのだが、先月の末に焼失した大劇場跡に一台の宇宙船が着陸したのだった。宇宙船といっても、小さなケトルほどの大きさの宇宙船だった。宇宙船は、ちょうどグレゴールがすっかり眠り込んだくらいの時間に到着したのであった。到着するとすぐに、宇宙船のなかから黒い小さなかたまりが数多く空中に舞い上がっていった。その黒い小さなかたまりは、一つ一つがすべて同じ大きさのもので、まるで甲虫のような姿をしていた。グレゴールの部屋の窓の隙間から、そのうちの一つの個体が侵入した。それは眠っているグレゴールの耳元まで近づくと、昆虫の口吻のようなものを伸ばして、グレゴールの耳のなかに挿入した。彼はとても疲れていて、そういったものが耳の穴のなかに入れられても、まったく気づくこともなく目も覚まさなかった。昆虫や無脊椎動物のなかには、獲物にする動物が気がつかないように、神経系統を麻痺させる毒液を注入させてから、獲物の体液を吸い取るものがいる。この甲虫のような一つの黒い小さなかたまりもまた、グレゴールの内耳の組織に神経を麻痺させる毒液を注入させて毒液が効果を発揮するまでしばらくのあいだ待ち、昆虫の口吻のようなものを内耳のなかからさらに奥深くまで突き刺した。そうして聴力をも無効にさせたあと、その黒い小さなかたまりはグレゴールの脳みそを少しすすった。すると、自分のなかにあるものを混ぜて、ふたたびグレゴールの脳みそのなかにそれを吐き出した。それは呼吸のように繰り返された。すする量が増すと、吐き出される量も増していった。そのたびに、黒い小さなかたまりは、すこしずつ大きさを増していった。もしもそのとき、グレゴールに聴力があれば、自分の脳みそがすすられ、そのあとに、もとの脳みそではないものが、自分の頭のなかに注入されていく音を聞くことができたであろう。「ちゅー、ぷわー、ちゅー、ぷわー、ちゅー、ぷわー、ちゅー、ぷわー。」という音を。「ちゅるるるるー、ぷわわわわー、ちゅるるるるー、ぷわわわわー、ちゅるるるるー、ぷわわわわー、ちゅるるるるー、ぷわわわわー。」という音を。交換は脳みそだけではなかった。肉や骨といったものもどろどろに溶かされ、黒いかたまりに吸収されては吐き戻されていった。そのたびに、黒い小さなかたまりは大きくなり、グレゴールの身体は小さく縮んでいった。やがて交換が終わると、黒い小さなかたまりであったものは人間の小さな子どもくらいの大きさになり、グレゴールの身体であったものは段ボールの箱くらいの大きさになっていた。すべてがはじまり、すべてが終わるまでのあいだに、夜が明けることはなかった。もとは黒い小さなかたまりであったがいまでは透明の翅をもつ妖精のような姿をしたものが、手をひろげて背伸びをした。妖精の身体はきらきらと輝いていた。太陽がまだ顔をのぞかせてもいない薄暗闇のなかで、妖精の身体は光を発してきらきらと輝いていた。妖精が翅を動かして空中に浮かびあがると、机のうえに重ねて置いてあった書類の束がばらばらになって部屋じゅうに舞い上がった。妖精は窓辺に行き、その小さな手で窓をすっかりあけきると、背中の翅を羽ばたかせて未明の空へと飛び立った。もとはグレゴールであったがいまでは巨大な黒い甲虫のようなものになった生き物は、まだ眠っていた。もうすこしして太陽が顔をのぞかせるまで、それが目を覚ますことはなかった。


二〇一四年九月二日 「言葉の重さ」


水より軽い言葉は
水に浮く。

水より重い言葉は
水に沈む。


二〇一四年九月三日 「問題」


 1秒間に、現実の過去の3分の1が現実の現在につながり、その4分の1が現実の未来につながる。現実の過去の3分の2が現実の現在につながらず、その現実の現在の4分の3が現実の未来につながらない。1000秒後に、いま現実の現在が、現実の過去と現実の未来につながっている確率を求めよ。


二〇一四年九月四日 「うんこ」


 西院のブレッズ・プラスというパン屋さんでBLTサンドイッチのランチセットを食べたあと、二階のあおい書店に行くと、絵本のコーナーに、『うんこ』というタイトルの絵本があって、表紙を見たら、「うんこ」の絵だった。むかし、といっても、30年ほどもまえのこと、大阪の梅田にあったゲイ・スナックで、たしかシャイ・ボーイっていう名前だったと思うけど、そこで、『うんこ』というタイトルの写真集を見たことがあった。うんこだらけの写真だった。若い女の子がいろんな格好でうんこをして、そのうんこを男が口をあけて食べてる写真がたくさん載ってた。芸術には限界はないと思った。いや、エロかな。エロには限界がないってことなのかな。そいえば、「トイレの落書き」を写真に撮った写真集も見たことがあった。バタイユって、縛り付けた罪人を肉切り包丁で切り刻む中国の公開処刑の写真を見て勃起したみたいだけど、あ、エロスを感じたって書いてただけかもしれないけれど、人間の性欲異常ってものには限界がないのかもしれないね。20代のころ、夜、葵公園で話しかけた青年に、初体験の相手のことを訊いたら、「犬だよ。」と答えたので、「冗談?」って言うと、首をふるから、びっくりして、それ以上、話をするのをやめたことがあるけど、いまだったら、じっくり聞いて、あとでそのことを詩に書くのに、もったいないことをした。ちょっとやんちゃな感じだったけど、体格もよくって、顔もかわいらしくて、好青年って感じだったけど、犬が初体験の相手だというのには、ほんとにびっくりした。ぼくは性愛の対象としては人間にしか興味がないので、他の動物を性欲の対象にしているひとの気持ちがわからないけれど、まあ、人間より犬のほうが好きってひとがいても、ぼくには関係ないから、どうでもいいか。えっ、でも、それって、もしかすると、動物虐待になるのかな。動物へのセックスの強要ってことで。同意の確認があればいいのかな。どだろ。ところで、そいえば、ゲイやレズビアンの性愛とか性行為なんか、もうふつうに文学作品に描かれてるけど、動物が性対象の小説って、まだ読んだことがないなあ。あるんやろうか。あるんやろうなあ。ただぼくが知らないだけで。


二〇一四年九月五日 「イエス・キリスト」


 きょう、仕事帰りに、電車のなかで居眠りしてうとうとしてたら、そっと手を握られた。見ると、イエス・キリストさまだった。「元気を出しなさい。わたしがいつもあなたといっしょにいるのだから。」と言ってくださった。はいと言ってうなずくと、すっと姿が見えなくなった。ありゃ、まただれかのしわざかなと思って周りを見回すと、何人か、あやしいヤツがいた。


二〇一四年九月六日 「本」


 地面は本からできている。本のうえをぼくたちは歩いている。木も本でできているし、人間や動物たちも、鳥や魚だって、もともとは本からできている。新約聖書の福音書にも書かれてある。はじめに本があった。本は言葉あれと言った。すると言葉があった。本の父は本であり。その本の父の父も本であり、その本の父の父の父も……


二〇一四年九月七日 「カインとアベル」


 カインはアベルを殺さなかった。カインのアベルを愛する愛は、カインのアベルを憎む憎しみより強かったからである。そのため人間の世界では、文明が発達することもなく、文化が起こることもなかった。人間には、音楽も詩も演劇もなかった。ただ祈りと農耕と狩猟の生活が、人間の生活のすべてであった。


二〇一四年九月八日 「存在の卵」


二本の手が突き出している
その二本の手のなかには
ひとつずつ卵があって
手の甲を上にして
手をひらけば
卵は落ちるはずであった
もしも手をひらいても
卵が落ちなければ
手はひらかれなかったのだし
二本の手も突き出されなかったのだ


二〇一四年九月九日 「生と死」


みんな死ぬために生きていると思っているようだが、みんな生きるために死んでいるのである。


二〇一四年九月十日 「尊厳詩法案」


今国会に、詩を目前にして、なかなかいきそうにないひとに、苦痛のない詩を与えて、すみやかにいかせる、という目的の「尊厳詩法案」が提出されたそうだ。


二〇一四年九月十一日 「チュー」


 けさ、ノブユキとの夢を見て目が覚めた。ぼくと付き合ってたときくらいの二人だった。ぼくの引っ越しを手伝ってくれてた。あと3年、アメリカにいるからって話だった。じっさい、ノブユキは付き合ってたとき、アメリカ留学でシアトルにいた。シアトルと日本とのあいだで付き合ってたのだ。ぼくが28才と29才で、ノブユキは21才と22才だった。夢中で好きになること。好き過ぎて泣けてしまったのは20代で、しかもただ一度きりだった。ぼくが29才の誕生日をむかえて何日もたってなかったと思うけど、そんな日に、ノブユキから、「ごめんね。別れたい。」と言われた。アメリカからの電話でだった。どうやら、むこうで新しい恋人ができたかららしい。「その新しい恋人と、ぼくとじゃ、なにが違うの?」って聞くと、「齢かな。ぼくと同い年なんだ。」との返事。そのときには涙は出なかった。齢のことなら、仕方ないよなって思った。「いいよ。それできみが幸せなら。」そう返事した。涙が出たのは、別れたんだと思って、いろいろ思い出して、三日後。好きすぎて泣けてしまったのだと思う。別れてから8年後に、偶然、ノブユキと大阪で出合ったことを、國文學に書いたことがあった。あるとき、ノブユキに、「なに考えてるか、すぐにわかるわ。」と言われたけど、ぼくには自分がなにを考えているのかわからなかった。なんか考えてるだろうって、友だちからときどき言われるんだけど、なにも考えてないときに限って言われてる、笑。きょうの昼間、買い物に出たら、「あっちゃん!」って言われたから、振り返ったら、すこしまえに付き合ってた男の子が笑っていた。「いっしょにご飯でも食べる?」と言うと、「いいよ。」と言うので、マクドナルドでハンバーガーのランチセットを買って、部屋に持ち帰って、いっしょに食べた。食べたあと、チューしようとしたら、反対にチューされた。


二〇一四年九月十二日「普通と特別」


ふつうのひとも、とくべつなひとだ。とくべつなひとも、ふつうのひとだ。


二〇一四年九月十三日 「確率生物」


「確率生物研究所」というところがイギリスにはあって、そこで捕獲されたかもしれない「雲蜘蛛」という生物がちかぢか日本にも上陸するかもしれないという。なんでも、水でできた躰をしているかもしれず、水でできた糸を編んで巣を張るかもしれないらしい。部屋に戻って、パソコンつけて、ツイッター見てたら、そんな記事がツイートで流れていて、ふと、なにかが落ちるのを感じて振り返った。部屋の天井の隅に、小さな雲が浮かんでいて、しょぼしょぼ水滴を落としてた。これか、これが雲蜘蛛なんだなって思った。見てたら、ゴロゴロ鳴って、小さな稲妻をぼくの指のさきに落とした。ものすごく痛かった。しばらくしてからもビリビリしていた。


二〇一四年九月十四日 「真実と虚偽」


真実から目をそらすものは、真実によって目隠しされる。虚偽に目を向けるものは、虚偽によって目を見開かされる。


二〇一四年九月十五日 「湖上の吉田くん」


湖の上には
吉田くんが一人、宙に浮かんでいる

吉田くんは
湖面に映った自分と瓜二つの吉田くんに見とれて
動けなくなっている

湖面は
吉田くんの美しさに打ち震えている

一人なのに二人である
あらゆる人間が
一人なのに二人である

湖面が分裂するたびに
吉田くんの数が増殖していく

二人から四人に
四人から八人に
八人から十六人に

吉田くんは
湖面に映った自分と瓜二つの吉田くんに見とれて
動けなくなっている

無数の湖面が
吉田くんの美しさに打ち震えている

どの湖の上にも
吉田くんが
一人、宙に浮かんでいる


二〇一四年九月十六日 「戴卵式」


12才になったら
大人の仲間入りだ
頭に卵の殻をかぶせられる
黄身が世の歌を歌わされる
それからの一生を
卵黄さまのために生きていくのだ
ぼくも明日
12才になる
とても不安だけど
大人といっしょで
ぼくも卵頭になる
ざらざら
まっしろの
見事なハゲ頭だ


二〇一四年九月十七日 「「無力」についての考察」


力のない無力は無であり、無のない無力は力である。


二〇一四年九月十八日 「詩集」


 タクちゃんに頼んで、京都市中央図書館に、ぼくの詩集の購入リクエストをしてもらって、いままで何冊か購入してもらってたんだけど、きょう、タクちゃんちに、京都市中央図書館のひとから電話がかかってきて、借り出すひとが皆無だったそうで、田中宏輔の詩集は、京都市中央図書館では二度と購入しませんと言われたらしい。購入したって図書館から通知がきたら、借り出すようにタクちゃんに言っておけばよかったなと思った。


二〇一四年九月十九日 「指のないもの」


 指のない街。指のない風景。指のない手。指のない足。指のない胸。指のない頭。指のない腰。指のない机。指のない携帯。指のない会話。指のない俳句。指のない酒。指のないコーヒー。指のないハンカチ。指のない苺。


二〇一四年九月二十日 「指のないひと」


 そいえば、むかしちょこっと会ってたひと、どっちの手か忘れたけど、どの指かも忘れたけど、指のさきがなかった。どうしてって訊くと、「へましたからや。」って言うから、そうか、そういうひとだったのかと思ったけど、お顔はとてもやさしい、ぽっちゃりとした、かわいらしいひとだった。背中の絵は趣味じゃなかったけど。


二〇一四年九月二十一日 「緑がたまらん。」


「えっ、なに?」と言って、えいちゃんの顔を見ると、ぼくの坐ってるすぐ後ろのテーブル席に目をやった。ぼくもつい振り返って見てしまった。柴田さんという68才になられた方が、向かい側に腰かけてた若い女性とおしゃべりなさっていたのだけれど、その柴田さんがあざやかな緑のシャツを着てらっしゃってて、その緑のことだとすぐに了解して、えいちゃんの顔を見ると、もう一度、
「あの緑がたまらんわ〜。」と。
笑ってしまった。えいちゃんは、ぜんぜん内緒話ができない人で、たとえば、ぼくのすぐ横にいる客のことなんかも、「あ〜、もう、うっとしい。はよ帰れ。」とか平気でふつうの声で言うひとで、まあ、だから、ぼくは、えいちゃんのことが大好きなのだけれど、ぜったい柴田さんにも聞こえていたと思う、笑。ぼくはカウンター席の奥の端に坐っていたのだけれど、しばらくして、八雲さんという雑誌記者のひとが入ってきて、入口近くのカウンター席に坐った。以前にも何度か話をしたことがあって、腕とか、とくに鼻のさきあたりが強く日に焼けていたので、
「焼けてますね。」
と声をかけると、
「四国に行ってました。ずっとバイクで動いてましたからね。」
「なんの取材ですか?」
「包丁です。高松で、包丁をといでらっしゃる方の横で、ずっとインタビューしてました。」
ふと、思い出したかのように、
「あ、うつぼを食べましたよ。おいしかったですよ。」
「うつぼって、あの蛇みたいな魚ですよね。」
「そうです。たたきでいただきました。おいしかったですよ。」
「ふつうは食べませんよね。」
「数が獲れませんから。」
「見た目が怖い魚ですね。じっさいはどうなんでしょう? くねくね蛇みたいに動くんでしょうか?」
「うつぼは底に沈んでじっとしている魚で、獰猛な魚なんですよ。毒も持ってますしね。 近くに寄ったら、がっと動きます。ふだんはじっとしてます。」
「じっとしているのに、獰猛なんですか?」
「ひらめも、そうですよ。ふだんは底にじっとしてます。」
「どんな味でしたか?」
「白身のあっさりした味でした。」
「ああ、動かないから白身なんですね。」
「そうですよ。」
話の途中で、柴田さんが立ち上がって、こちらに寄ってこられて、ぼくの肩に触れられて、
「一杯、いかがです?」
「はい?」
と言って顔を見上げると、陽気な感じの笑顔でニコニコなさっていて
「この人、なんべんか見てて、おとなしい人やと思ってたんやけど、この人に一杯、あげて。」と、マスターとバイトの女の子に。
マスターと女の子の表情を見てすかさず、
「よろしいんですか?」
と、ぼくが言うと、
「もちろん、飲んでやって。きみ、男前やなあ。」
と言ってから、連れの女性に、
「この人、なんべんか合うてんねんけど、わしが来てるときには、いっつも来てるんや。で、いっつも、おとなしく飲んでて、ええ感じや思ってたんや。」
と説明、笑。
「田中といいます、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
みたいなやりとりをして、焼酎を一杯ごちそうになった。
えいちゃんと、八雲さんと、バイトの女の子に、
「朝さあ。西院のパン屋さんで、モーニングセット食べてたら、目の前をバカボンのパパみたいな顔をしたサラリーマン風のひとが、まあ、40歳くらいかな。そのひとがセルフサービスの水をグラスに入れるために、ぼくの目の前を通って、それから戻って、ぼくの隣の隣のテーブルでまた本を読み出したのだけれど、その表紙にあったタイトルを見て、へえ? って思ったんだよね。『完全犯罪』ってタイトルの小説で、小林泰三って作者のものだったかな。写真の表紙なんだけど、単行本だろうね。タイトルが、わりと大きめに書かれてあって、ぼくの読んでたのが、P・D・ジェイムズの『ある殺意』だったから、なんだかなあって思ったんだよね。隣に坐ってたおばさんの文庫本には、書店でかけられた紙のカバーがかかってて、タイトルがわからなかったんだけど、ふと、こんなこと思っちゃった。みんな朝から、おだやかな顔をして、読んでるものが物騒って、なんだかおもしろいなって。」
「隣のおばさんの読んでらっしゃった本のタイトルがわかれば、もっとおもしろかったでしょうね。」
と、バイトの女の子。
「そうね。恋愛ものでもね。」
と言って笑った。
緑がたまらん柴田さんが
「横にきいひんか?」
とおっしゃったので、柴田さんの坐ってらっしゃったテーブル席に移動すると、マスターが、
「田中さんて、きれいなこころしてはってね。詩を書いておられるんですよ。このあいだ、この詩集をいただきました。」
と言って、柴田さんに、ぼくの詩集を手渡されて、すると、柴田さん、一万円札を出されて、
「これ、買うわ。ええやろ。」
と、おっしゃったので、
「こちらにサラのものがありますし。」
と言って、ぼくは、リュックのなかから自分の詩集を出して見せると、マスターが受け取った一万円札をくずしてくださってて、
「これで、お買いになられるでしょう。」
と言ってくださり、ぼくは、柴田さんに2500円いただきました、笑。
「つぎに、この子の店に行くんやけど、いっしょに行かへんか?」
「いえ、もうだいぶ酔ってますので。」
「そうか。ほなら、またな。」
すごくあっさりした方なので、こころに、なにも残らなくて。
で、しばらくすると、柴田さんが帰られて、ぼくはふたたび、カウンター席に戻って、八雲さんとしゃべったのだけれど、その前に、フランス人の観光客が二人入ってきて、若い男性二人だったのだけれど、柴田さん、その二人に英語で話しかけられて、バイトの女の子もイスラエルに半年留学してたような子で、突然、店のなかが国際的な感じになったのだけれど、えいちゃんが、柴田さんの積極的な雰囲気を見て、「すごい好奇心やね。」って。ぼくもそう思ってたから、こくん、とうなずいた。女性にはもちろん、ほかのことにも関心が強くって、 人生の一瞬一瞬をすべて楽しんでらっしゃるって感じだった。
柴田さん、有名人でだれか似てるひとがいたなあって思ってたら、これを書いてるときに思いだした。増田キートンだった。
八雲さんが
「犬を集めるのに、みみずをつぶしてかわかしたものを使うんですよ。 ものすごく臭くって、それに酔うんです。もうたまらんって感じでね。」
「犬もたまらんのや。」
と、えいちゃん。 このとき、犬をなにに使うのかって話は忘れた。なんだったんだろう? すぐにうつぼの話に戻ったと思う。あ、ぼくが戻したのだ。
「うつぼって、どうして普及しないのですか?」
と言うと、
「獲れないからですよ。偶然、網にかかったものを地元で食べるだけです。」
このあと、めずらしい食べ物の話が連続して出てきて、その動物たちを獲る方法について話してて、うなぎを獲る「もんどり」という仕掛けに、サンショウウオを獲る話で、「鮎のくさったものを使うんですよ。」という話が出たときに、また、えいちゃんが
「サンショウウオもたまらんねんなあ。」
と言うので、
「きょう、えいちゃん、たまらんって、四回、口にしたで。」
と、ぼくが指摘すると、
「気がつかんかった。」
「たまらんって、語源はなんやろ?」
と言うと、
八雲さんが
「たまらない、こたえられない、十分である、ということかな。」
ぼくには、その説明、わからなくって、と言うと、八雲さんがさらに、
「たまらない。もっと、もっと、って気持ち。いや、十分なんだけど、もっと、もっとね。」
ここで、ぼくは、自分の『マールボロ。』という詩に使った「もっとたくさん。/もうたくさん。」というフレーズを思い出した。八雲さんの話だと、サンショウウオは蛙のような味だとか。ぼくは知らん。 どっちとも食べたことないから。
「あの緑がたまらん。」
ぼくには、えいちゃんの笑顔がたまらんのやけど、笑。
そうそう。おばさんっていうと、朝、よくモーニングを食べてるブレッズ・プラスでかならず見かけるおばさんがいてね。ある朝、ああ、きょうも来てはるんや、と思って、学校に行って、仕事して、帰ってきて、西院の王将に入って、なんか定食を注文したの。そしたら、そのおばさん、ぼくの隣に坐ってて、晩ごはん食べてはったのね。びっくりしたわ〜。人間の視界って、180度じゃないでしょ。それよりちょっと狭いかな。だけど、横が見えるでしょ。目の端に。意識は前方中心だけど。意識の端にひっかかるっていうのかな。かすかにね。で、横を向いたら、そのおばさんがいて、ほんと、びっくりした。 でも、そのおばさん、ぜったい、ぼくと目を合わせないの。いままで一回も目が合ったことないの。この話を、日知庵で、えいちゃんや、八雲さんや、バイトの女の子にしてたんだけど、バイトの子が、「いや、ぜったい気づいてはりますよ。気づいてはって、逆に、気づいてないふりしてはるんですよ。」って言うのだけど、人間って、そんなに複雑かなあ。あ、このバイトの子、静岡の子でね。ぬえって化け物の話が出たときに、ぬえって鳥みたいって言うから、
「ぬえって、四つ足の獣みたいな感じじゃなかったかな?」
って、ぼくが言うと、八雲さんが
「二つの説があるんですよ。鳥の化け物と、四つ足の獣の身体にヒヒの顔がついてるのと。で、そのヒヒの顔が、大阪府のマークになってるんですよ。」
「へえ。」
って、ぼくと、えいちゃんと、バイトの子が声をそろえて言った。なんでも知ってる八雲さんだと思った。
 ぬえね。京都と静岡では違うのか。それじゃあ、いろんなことが、いろんな場所で違ってるんやろうなって思った。そんなふうに、いろんなことが、いろんな言葉が、いろんな場所で、いろんな意味になってるってことやろうね。あたりまえか。あたりまえなのかな? わからん。 でも、じっさい、そうなんやろね。


二〇一四年九月二十二日 「時間と場所と出来事」


 時間にも困らない。場所にも困らない。出来事にも困らない。時間にも困る。場所にも困る。出来事にも困る。時間も止まらない。場所も止まらない。出来事も止まらない。時間も止まる。場所も止まる。出来事も止まる。時間も改まらない。場所も改まらない。出来事も改まらない。時間も改まる。場所も改まる。出来事も改まる。時間も溜まらない。場所も溜まらない。出来事も溜まらない。時間も溜まる。場所も溜まる。出来事も溜まる。


二〇一四年九月二十三日 「家でできたお菓子」


 ヘンゼルとグレーテルだったかな。森のなかに、お菓子でできた家がありました。といった言葉ではじまる童話があったような気がするけど、ふと、家でできたお菓子を思い浮かべた。


二〇一四年九月二十四日 「愛」


二十歳の大学生が、ぼくに言った言葉に、しばし、こころがとまった。とまどった。「恋人と別れてわかったんですけれど、けっきょく、ぼくは自分しか愛せない人間なのだと思います。」


二〇一四年九月二十五日 「過ちは繰り返すためにある。」


まあ、繰り返すから過つのではあるが。


二〇一四年九月二十六日 「神さま」


あなたは目のまえに置いてあるコップを見て、それが神さまであると思うことがありますか?


二〇一四年九月二十七日 「卵」


 きょうは、ジミーちゃんと西院の立ち飲み屋「印(いん)」に行った。串は、だいたいのものが80円だった。二人はえび、うずら、ソーセージを二本ずつ頼んだ。どれもひと串80円だった。二人で食べるのに豚の生姜焼きとトマト・スライスを注文したのだが、豚肉はぺらぺらの肉じゃなかった。まるでくじらの肉のように分厚くて固かった。味はおいしかったのだけれど、そもそものところ、しょうゆと砂糖で甘辛くすると、そうそうまずい食べ物はつくれないはずなのであって、まあ、味はよかったのだ。二人はその立ち飲み屋に行く前に、西大路五条の角にある大國屋で紙パックの日本酒を買って、バス停のベンチのうえに坐りながら、チョコレートをあてにして飲んでいたのであるが、西院の立ち飲み屋では、二人とも生ビールを飲んでいた。にんにく炒めというのがあって、200円だったかな、どんなものか食べたことがなかったので、店員に言ったら、店員はにんにくをひと房取り出して、ようじで、ぶすぶすと穴をあけていき、それを油の中に入れて、そのまま揚げたのである。揚がったにんにくの房の上から塩と胡椒をふりかけると、二人の目のまえにそれを置いたのであった、にんにく炒めというので、にんにくの薄切りを炒めたものでも出てくるのかなと思っていたのだが、出てきたそれもおいしかった。やわらかくて香ばしい白くてかわいいにんにくの身がつるんと、房からつぎつぎと出てきて、二人の口のなかに入っていったのであった。ぼくの横にいた青年は、背は低かったが、なかなかの好青年で、ぼくの身体に自分のお尻の一部をくっつけてくれていて、ときどきそれを意識してしまって、顔を覗いたのだが、知らない顔で、以前に日知庵でオーストラリア人の26才のカメラマンの男の子が、ぼくのひざに自分のひざをぐいぐいと押しつけてきたことを思い起こさせたのだけれど、あとでジミーちゃんにそう言うと、「あほちゃう? あんな立ち飲み屋で、いっぱいひとが並んでたら、そら、身体もひっつくがな。そんなんずっと意識しとったんかいな。もう、あきれるわ。」とのことでした。で、そのあと二人は自転車に乗って、四条大宮の立ち飲み屋「てら」に行ったのであった。そこは以前に、マイミクの詩人の方に連れて行っていただいたところだった。で、どこだったかなあと、ぼくがうろうろ探してると、ジミーちゃんが 、「ここ違うの?」と言って、すいすいと建物のなかに入っていくと、そこが「てら」なのであった。「なんで、ぼくよりよくわかるの?」って訊いたら、「表に看板で立ち飲みって書いてあったからね。」とのことだった。うかつだった。メニューには、以前に食べて、おいしいなって思った「にくすい」がなかった。その代わり、豚汁を食べた。サーモンの串揚げがおいしかった。もう一杯ずつ生ビールを注文して、煮抜きを頼んだら、出てきた卵が爆発した。戦場だった。ジミー中尉の肩に腕を置いて、身体を傾けていた。左の脇腹を銃弾が貫通していた。わたしは痛みに耐え切れずうめき声を上げた。ジミー中尉はわたしの身体を建物のなかにまでひきずっていくと、すばやく外をうかがい、扉をさっと閉めた。部屋が一気に暗くなった。爆音も小さくなった。と思う間もなく、窓ガラスがはじけ飛んで、卵型爆弾が投げ入れられ、部屋のなかで爆発した。時間爆弾だった。場所爆弾ともいい、出来事爆弾ともいうシロモノだった。ぼくは居酒屋のテーブルに肘をついて、ジミーちゃんの話に耳を傾けていた。「この喉のところを通る泡っていうのかな。ビールが喉を通って胃に行くときに喉の上に押し上げる泡。この泡のこと、わかる?」「わかるよ。ゲップじゃないんだよね。いや、ゲップかな。まあ、言い方はゲップでよかったと思うんだけど、それが喉を通るってこと、それを感じるってこと。それって大事なんだよね。そういうことに目をとめて、こころをとめておくことができる人生って、すっごい素敵じゃない?」ジミーちゃんがバッグをぼくに預けた。トイレに行くからと言う。ぼくは隣にいる若い男の子の唇の上のまばらなひげに目をとめた。彼はわざとひざを押しつけてきてるんだろうか。むしょうに彼のひざにさわりたかった。ぼくは生ビールをお代わりした。ジミーちゃんがトイレから戻ってきた。男の子のひざがぼくのひざにぎしぎしと押しつけられている。目のまえの卵が爆発した。ジミー中尉は、負傷したわたしを部屋のなかに残して建物の外に出て行った。わたしは頭を上げる力もなくて、顔を横に向けた。小学生時代にぼくが好きだった友だちが、ひざをまげて坐ってぼくの顔を見てた。名前は忘れてしまった。なんて名前だったんだろう。ジミーちゃんに鞄を返して、ぼくは生ビールのお代わりを注文した。ジミーちゃんも生ビールのお代わりを注文した。脇腹が痛いので、見ると、血まみれだった。ジミーちゃんの顔を見ようと思って顔を上げたら、そこにあったのは壁だった。シミだらけのうす汚れた壁だった。わたしが最後に覚えているのは、名前を忘れたわたしの友だちが、仰向けになって床のうえに倒れているわたしの顔をじっと眺めるようにして見下ろしていたということだけだった。


二〇一四年九月二十八日 「シェイクスピアの顔」


 塾の帰りに、五条堀川のブックオフで、『シェイクピアは誰だったか』という本を200円で買った。シェイクスピア関連の本は、聖書関連の本と同じく、数多くさまざまなものを持っているが、これもまた、ぼくを楽しませてくれるものになるだろうと思う。その筆者は、文学者でもなく研究者でもない人で、元軍人ってところが笑ったけれど、外国では、博士号を持ってる軍人や貴族がよくいるけど、この本の作者のリチャード・F・ウェイレンというひともそうみたい。あ、元軍人ね。学位は政治学で取ったみたいだけど、シェイクスピアに魅かれて、というのは、そこらあたりにも要因があるのかもしれない。『シェイクスピアは誰だったか』めちゃくちゃおもしろい。シェイクスピアは、ぼくのアイドルなのだけれど、いままでずっと、よく知られているあの銅版画のひとだと思ってた。でも、どうやら違ってたみたい。それにしても、いろんな顔の資料があって、それが見れただけでも十分おもしろかったかな。シェイクスピアっていえば、あのよく知られているハゲちゃびんの銅版画の顔が、ぼくの頭のなかでは、いちばん印象的で、っていうか、シェイクスピアを思い浮かべるときには、これからも、きっと、あのよく知られたハゲちゃびんの銅版画の顔を思い出すとは思うけどね。


二〇一四年九月二十九日 「きょうは何の日なの?」


 コンビニにアイスコーヒーとタバコを買いに出たら、目の前を、いろんな色と形の帽子がたくさん歩いてた。あれっと思ってると、その後ろから、たくさんの郵便ポストの群れが歩いてた。きょうは何の日なんやろうと思ってると、郵便ポストの群れの後ろからバスケットシューズの群れが歩いてた。うううん。きょうは何の日なんやろうと思ってたら、だれかに肩に手を置かれて、振り返ったら、ぼくの頬を指先でつっつくぼくがいた。ええっ? きょうは何の日なの? って思って、まえを見たら、ただ挨拶しようとして、頬にかる〜く触れただけのぼくの目を睨みつけてくるぼくがいて、びっくりした。きょうは何の日なの?


二〇一四年九月三十日 「夢は水」


けさ、4時20分に起きた。睡眠時間3時間ちょっと。相変わらず短い。ただし、夢は見ず。さいしょ変換したとき、「夢は水」と出た。


二〇一四年九月三十一日 「返信」


 ある朝、目がさめると、自分が一通の返信になっていたという男の話。その返信メールは、だれ宛に書かれたものか明記されておらず、未送信状態にあったのだが、男は自分でもだれ宛のメールであったのか、文意からつぎからつぎへと推測していくのだが、推測していくたびに、その推測をさらにつぎつぎと打ち消す要素が思い浮かんでいくという話。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20150801_626_8218p


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