◇ No.374 , '13/10/03 09:52:42 作成

6973 : 香水瓶に触れるフィラメント  榎本櫻湖 '13/07/29 01:44:27

「熟達しているのか、その腫瘍は、いますぐナイフに鋼の瞳孔を植えつけ、象の蹠にへばりついた珪藻類に敬礼し給え」そのような犯行を前に噴出する傷痕を舐っている、花崗岩に覆われたさまざまな色を放つ製本所をアルゴンにすり替えてみる、作業は発熱する卑猥なマンゴスチンを装い、円筒形の、あるいは魚雷型の吸血蛭は沸きたつお湯でさんざめく金塊! 〈あなたは投函された地下鉄の匂いたつ亀裂が歌います〉、を宣言する姦通者としての心得と擂り鉢への返納を、ああ、まさに魚介と朝靄の婚姻の筋肉質な繃帯、生命のがらくたから何羽もの孔雀が経帷子への依存を捨てきれずに躙りよってくるのを拒否できない、抗いはつまり電卓の拷問、そして我が儘、扁平な猿轡に誑かされて屏風がみるみる緊縛される、さて、果汁が染みをつくり、星屑を模倣する伝統的な疾病に渋柿の卵巣を傍受せよ、貧乏です、鯣のへりに藻、腹腔鏡に黴、針葉樹の森が終わる辺りから雑草の繁る斜面が広がり、幾本もの陰茎が生えていて、その合間で交接している男たちの褌の芳しいであろう部分に鼻をあてていると、いや、衛星は紺碧ではない、どちらかというと鈍色である、水脈からカシス酒がヘドロのように流れだし、弓型の呪術は南国産の蛾を伴って祠から煙のようにたなびき、喇叭水仙のびらびらを帆立貝の紐の感じと見紛うとは! 夕方、岩海苔に屈辱的な仕打ちをする聖職者のノートよ、祈りはぬめり、粘ついた液体に泡だつ生クリームの幽霊が会釈しているではないか、と押されてみた、膨張するレズビアニズムの防波堤に塞きとめられた惑星の甲状腺はみるみる肥大し、内包している花火から月光の大気の熱量が硝子に似た運動を伴って浮き沈みをくりかえし、そうした植物の茎のなかをうつろう前立腺液とバルトリン氏腺液の輝かしい間歇泉を、海底から伝播する心拍に翻ってあらゆる瓦解を濃縮させていた、隊列を組む昆虫の複眼に這わせる蔦の蒼さにそれぞれ石灰質の倦怠を残尿感に準えることによって分光するための三角柱を弄ぶこと、甚だし、丁寧でありながら荒廃していく顎の骨のうえの舞台は、まるでどこぞの遺産のように太々しく、不遜な悪態に自らめりこんでしまうことをはたして望んでいたのだったか、近隣を仄めく柔な礫、曰く梨を髣髴とさせる巨大な触手にいらだちと焦りの虚妄をして融解するのをひたすら叫んでいたのか、しかし松葉杖と乳母車、そして車椅子の懇ろな間柄に太腿をひき絞られて滴る黄褐色の汚泥、潮の渦巻く過程に解放された高純度の希少金属のあり方、疚しく疾駆する平坦な空間での睦みごとにプラスティック製の陰茎が牙を磨いている、喉笛の昂揚しゆく情景に寒波は紐状に訪れるのであり、毛糸玉を恒久的に支配し得る井戸と釣瓶が閑散としはじめ、または水瓶の底から滲みだす暗澹の血を、崇拝するに足るだけの都市に誘惑されつつ、醸す賑わいに幾許か垂らすこと、澪、べりべりと剥がれてきたマシンガンの困窮、またしても雁字搦めの菫色から煙が壺のほうへ、水道管のすぐ下を通う星座の爆発音と急激な降下、内部破裂により滲出する睡蓮のある意味クリティカルな放射は、危うい蹄に刺さる霜柱を暖かく結晶化させ、循環する蛍光塗料の精神に輸送されたナフタレンの恋慕を硫黄のただなかへ! 水錆の転寝は感嘆符の充血するあわいへ催される古細菌群のあらたな昇華、卒倒すること、陥落するはなびら、植樹する俳優を強姦する艶かしい陰核生物よ、俄に座礁するための喫水線にオーロラの網膜が絡みついて離れない、失われた印刷機の凸面に筋繊維の蔓延っているのが目視できる、排水溝から液化したヴィオラ、いや、それともチェロかもしれないが、洩れでているような気がして、寛ぐ吸盤に飾り釦が縫いつけられて、誰そ彼の斑に隠れている、蜥蜴の脚のような機械、さながらの物質、腹這いの姿勢から遠景を望むグンタイアリのことを、愛しています、そんな、(ハバナ)、跨線橋にさしかかると、夕まぐれに筋力の衰えとアルミ箔の蝶が規律を虞れて五角形の白骨屍体にくちづけを、そんな、(バハマ)、糾弾する船縁に虫、陰部の窓枠に鰓を想起させる赤い襞、ああ、高い山だ、そんな、(パナマ)、パイナップルジュースの海は始終唇の端がちくちくする感覚を充満させた風船のなかの機関銃だ、絶叫、快感っ、舞踏の捲れあがった辺りに拷問の盃と非情の首が埋没させられて中指、怨念に潜めた過去の牛乳、あるいはその膜、愉悦式ポンプはそのたびに星座へ変身(返信)します、たとえば「辣韮の神々に告ぐ、即刻天秤の皿に泡立て器の針金を各々の末端神経と交換せよ」、「すみません、それでは生クリームはいつまでたっても腑抜けのままです、原文には忠実に従い、また再現せよ、と書かれてあります、この場合、泡の膨らみ方は無視されるべき対象として棄却されるのでしょうか、もしくは粉末状の白熱電球に髄液をたらし、傲岸さの幾分弾みのある段階において狐に憑かれた綿毛を色盲と断定する些かの乱暴なあり方に異議あり、とだけ申し伝えておきますか、お返事、ご足労おかけします(まさか)」、「唐草模様に憤る砂丘にあっては人魂の炭化した欠片が散乱しているとのこと、尋常ではありません、ドッペルゲンガー計数管の(硝子の)針の振幅の大きさには数多の村落が潰えたと聞き及ぶこの頃、枯木の傍らで寝そべる虎の剥製に介助させるだけのエネルギーを担保し得ますか」、「バルト海沿岸では僧侶のような琥珀がよく採掘されると聞き及びましたが、まさに人参畑での光景が眼に浮かぶようなので、どこか盲のふりをしていなければならないというような強迫観念が蛹のように丸まっていくのです」、「栄螺か法螺貝か、難破した旅客船が、白いマントヒヒ(つまりアルビノ?)を飼いならしている、いや、狸囃子が雲を貫くように大きな肘となって突ったっている、なんとも阿呆な様子」、「線虫がうようよ心拍数に媚び諂って嫌になる、いい加減、潮汐力などといわれても、なんのことだか、理解しなければならないわけですか?」、「黒子が永遠に黒子のままで(この場合、ぜひほくろと読んでください/サクラコ註)拒否することも叶わず無花果にこき使われて、大抵可哀想だとか思ったら、屑」、「へっぴり腰の人が虐待されていた」、落涙よりもエンペラー、そんな時代はどのような百科事典にも記されてはいないし、化石のことが気になって、連なる嶺に挨拶する砂漠の畝を、弛緩している、砂漠の駱駝は、堕落している、衛星探査の用ですね、あまりに神妙な面持ちだったので、硝子が硝子であることを放棄して琺瑯かなにかを装っているのかと、抗い難い流線型の逃避行が、まずもって夜間に霜や霧の降りるさまを模倣している段階だった、とすれば、誰何すべきは裸婦か寡婦、それとも郵便配達夫、の何れかであるのだろうか、走ってはならない、イリジウムはどちらかというと虹よりの発想だそうで、テルルだとかセレンだとか、よくもまあ、投げやりな命名ですね、記載する際に手を洗う鉢植えが斑模様の紺碧だった、それくらいのものだろうか、コバルト、遅いね、マフィンがバナナへ遡行している、可逆的な世界に逸物を四百本程度ぶらさげておけば、八割方の地底湖は満足するのだろうか、それとも破水してしまったアクアマリンが角膜を傷つけていてとても厄介、更新されないスパイスの容器には叢る蜘蛛が颯爽と葡萄酒、葡萄酒……、葡萄酒は初潮をむかえたうら若き醜女の血液を凝縮させたものです、嘔吐してはいけない、眼鏡が曇ったものだと思い直して飲み干すべきであって、噴火する寸前の卵巣にはもはやどのような攻撃も沈黙への糸口にしか、なり得ない、とは、永遠の課題、もしくは、相転移をくりかえす酷薄な空間での、恒常的かつ普遍的な現象、衝突と融合を内包した錠剤に会釈、蓼の繁る路には冷たい蚕蛾が翼を捥がれて散らばっているので、毒を帯びた触角や、剪定された柘植のある庭で休憩することをおすすめします、欲求不満と茶話会、金木犀の囁きが粒だって、躄るものどもの避雷針に黙祷、鱗粉に噎せる薄氷のうえでのできごと、尻を叩かれて、割れた空き壜の欠片で動脈を断たれる、丑の刻参り、和蝋燭ですら熱い、薬缶には煎じた漢方薬が、だらだらだらだら、螢が見える、

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6971 : commercial  村田麻衣子 '13/07/25 16:07:45 *1

食べる≠吐くであると、それは賑やかな孤独から見つけ出す ややくすんだ光のようで
郊外のコンビニから漏れ出している 駐車場に宛てられているコマーシャル的なネオン
ライトは 消費される欲望から消費する欲望へと変換されるたびに書き殴られた文字ら
しくにじんで アスファルトの上に散らばった個包装たち。運命を弄びすれ違う人たち
がこんな時間まで起きている事に 安堵し 巡る運命または転がり続け その人たちと
目が合い逸らされるたびに周期的に涙を流す日はそう遠くないのだと予感している。並
べられた雑誌のページには死んだ虫が 潰れたままうごめいていて悲しかった 時計を
眺めてみたが、目がかすんでよく見えなかった。
運転席から見た雨と写真を見比べて、いつか会った彼と彼女を蘇らせ。その影響につい
て、感じながら運転席で膝を抱えてみた 誰かを思う隙はなかった聴衆的には美しいも
のを、「美しい。」そう叫びそれを匿名化してまで 聴衆でいたかったのはどうしてだ
ろう。

わたしはそれを食べる=吐くであると それをソロプロジェクトだと費やしたものは、
時間と身体的消耗。ファッション誌には書かれていない 残響室の騒音で温もりある胎
児の大動脈を身体測定して それを嘔吐する商業的な行為。単純に退屈がやってくる
もしくは、目の前の景色を過剰に感じて酸味の強い柑橘の果実を半分切って からだに
流し込み そのはんぶんをルーズリーフの書きかけの記事に乗っけたまま 仕事に出か
けた。冷蔵庫は、きらいだった あるいは好きだった 
そしてわたしはそのマイナスへ振り切れたエアコンディションを 
半強制的な行動すべてを
からだを流れ出す冷たい水滴を
常温での過呼吸は常軌を逸している。誰のゼリーかわからないまま溶けだしたその果実
を見て。その強迫のスピードを感傷的に言うと、愛していた。

多目的トイレに駆け込んで吐こうとしたら雨の雑踏から 男女がそのビルの1階の一角
に駆け込み、男が女の手を引くようにして入って行った。入ったことがあるトイレの個
室はやたら、広かった記憶が蘇る でも一人でこんなところに立たされている 気分っ
たらなくて わたしはその扉を思いっきり蹴った。
センター街の路上では、店内BGMが漏れ出して、イントロダクションからそれはもう聴
けたもんじゃないのに 2つの店舗から融合してダブルイントロとなり あんたたちの
主題歌みたいだって。沸々としていたからか、肌蹴たウィンドブレーカーの下にはなに
も着ていなくて
首にかけてたヘッドホンから深夜 周波数を合わせないで録音した ノイズが流れっぱ
なしだと気づいてはっとする 目の前の景色はわたしが経験した夜の浅ましい記憶より
もずっと現実的で優しかった

明け方は、闇を争いながらかき消すそのグランジの始動みたいに 扉から出てきた彼女
はサンローランのクリエイティブディレクターに就任したばかりのエディスリマンの20
12秋冬コレクションを身につけ その清楚な顔立ちを狂わせながらワンピースは肌蹴す
ぎていて 男の子に借りたかのような クラブ帰りのシャツを身につけて わたしの顔
見て顔を赤らめ走って どこかに帰ったのだろう。

彼とわたしは残されて、タイル張りの多目的トイレはやたら寒々しく冷気を放ち、ギタ
ーケースを担いだ彼は薄着でシンプルな白シャツにディオールのパンツらしきものを身
つけて 色白の笑顔が不潔だと思っていたら、漂白剤がまかれた室内で彼は眠りだした
。わたしもそこに横たわっていたら、ケースから腐食したフローズンバナナを取り出し
てわたしにくれた。数字的に期限切れなわたしたちの接点は 感傷に無神経だった頃の
わたしと時間軸をあわせ そう 融合させる=いとおしい とはさらに違っていると理
解するまでかなしかった 気分的に不潔なのでわたしは服を着たまま この部屋のベビ
ーベッドと一緒で セックスはわたしたちにとって対象外だった

これらの鮮度がたまらなくいとおしいのは中指にも親指にも耐えられなかったから。嫌
いではなかったけれど彼は、はんぶんの約束でわたしにくれた。はんぶんはとっておく
ようにわたしにただ渡した
プールの外に溢れているオーバーフロートに紛れた双生児みたいに触媒は穏やかな空気
に接しながら溺れている

「こんな場所で迷子になったらいけないよ。腕も、首も、太腿の内側もこんなにうつく
しいのだから。」
「うん。わたしは、帰ってこれを冷蔵庫にしまうの。だから、さよなら。」
「ママに食べられないようにね。」
「そうね。」

ソウダネ
わたしが呟いたのは添い寝から経過した3日間。蝉はうつぶせで死にかけ新たなニュー
スソースとなる。それをモデルにしたチョコレートが発売されたという斬新で美しい事
実を耳にする。北欧では希少らしい彼らの騒々しさは あの時のわたしのかなめになっ
て夏日をたちのぼらせ 今日からの始動らしきテーマソングとなりうる スピーカーの
前で眠った記憶 それは、紛れもなく彼の影響だった 気候に左右され 気が振れてい
く神経を静める高らかに そうして静寂へと帰って行った。

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6995 : 昇る  ゼッケン '13/08/24 11:18:11

反動の8月
街路のタイルは止んだばかりの通り雨に色を濃くしていた
街路樹の葉の間を縫う緑色の影が爽やかさを感じさせた
路面のタイルに吸われた水に外気の熱は移動し、幾分かの気流を足元に生じさせている
その先に行ってはいけないんだ
おれはそう言いたくて、しかし、いつものように黙って
ただ、その女性とすれちがった
誰かがおれのスマートフォンを鳴らした
こちらは国家安全保障局です。合成された音声は言った、
これはGPS情報に基づいてテロリストの近くにいる市民に自動で発信されています
周囲をいますぐ撮影してください、動画が望ましいですが、静止画でも構いません
なお、撮影した画像を送信する操作は必要ありません
そして、通話は切れた
見回すと周囲の人間がいっせいにスマートフォンを目の前に掲げている
おれにレンズを向けた中年女性におれもレンズを向け返してやる
みながきょろきょろとしていた
レンズを誰もいない空に向けて
雨を降らせ終わって軽くなった白い雲
の移動を撮影している若い男もいた
他には
タイルの隙間を覗き込んでいる
その狭さに
蟻が
行列を
つくっていた
一列になってすすんでいる
一匹だけ、列から外れてタイルとタイルの隙間から上に出た
誰もが列から外れる確率があった
だが、理由を探す必要はない
相関を計算するだけだ
おれは腕時計を見る
時間だ
ドカン、
と爆発音がして
さっきすれ違った女性の姿は
街路上に吐き出された煙でもう見えなかった
おれはゴーグルを外して男の体験から離脱する
事件現場は
ストリートビューと市民によって当時撮影された画像を使って再現されていた
共分散構造モデルを動力学的に解いたものをここでは運命と呼んでいた
おれはそこにいた誰にでもなることができた
当時のおれは大学生でその通りの花屋でアルバイトをしていた
おれはいまでも毎朝、その女性とすれ違う
テロリストの視線で見る

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6989 : どこからか伸びてくるタイル地の街路を  リンネ '13/08/12 21:21:28

どこからか伸びてくるタイル地の街路を、何だか人間のようなそうでないようなぼんやりと膨らんだ白い影が滔々と波打ちながらひとしきり流れていて、コンビニの前や、道端に缶ジュースを吐き出す自販機の前など、方方で渦を巻いているのが見える。牛のように巨大なショッピングセンターの壁面には、映画館の宣伝モニターが上映中の数編の映画の予告を眩しく映し続けている。どれもモザイクが全面にかかっていて、愛想笑いをする人間の顔のように思われる。ぼうとした明かりに照らされてわたしの顔が、青白く滲んだり、鬼面のように赤黒く溢血するなどしたかと思えば、茄子のごとく紫に膨らんでみたりする。もともとの顔がどうであったか、こうなってしまってはまるっきり判然としない。

「いつだったか、ときおりきみはそういう何もないような顔つきをしてみんなを怖がらせたことがあったよねえ」と背後の人ごみの方から油のように染み出す妙な声があって、はっとして首をくるりと背後に回してみると、死んだと思っていたK太郎が、狐のような人嫌いのする目すじのきつい顔をしてこちらを覗いている。「あれえ、てっきりきみは……」とまで云って顎が外れた人形のようにわたしの口が呆けてしまった。K太郎の目は黒目がなく、真っ白で、視線らしきものが生まれないので昆虫じみて不思議である。私の顎が他人のもののように、誰かに自動操縦されているかのように「卵を詰め込んだみたいな目をしやがって」と勝手にぱくぱくと痙攣し出してわたしは面喰ってしまった。しまいにはねじまき式の兵隊のように無表情でK太郎の方へ向かって行進していく。

何もかも活動写真じみたようになってわたしは不安になってきた。と同時になんだかどうでもよいような開けた気分も湧いてくる。近くでみるとK太郎の顔は中学生の時の幼い眼鼻つきをしていて、しかし目玉はぐりぐりと尋常じゃない動きをしている。それでいて肌は女性のように柔らかいらしく、妙にふわふわとした雰囲気でほほ笑んでいる。わたしと同じでもう三十近いはずであるのに。懐かしがってしげしげと眺めていると、向こうは昨日会ったばかりだと云うように当たり前な顔でにやにやしてくる。中指と薬指を絡ませては解く、と云う運動をしきりに続けているのが見える。K太郎は狂っているようでもあった。人臭い風が通りに吹き走り出してきて、腹を壊したような、電車の転がるような雷の音が空を伝わってくる。稲光は見えない。

突然、K太郎が膝を崩して、けけけ、と声を引き攣らせた。昔から笑い出したら止まらない奴であったなあ、と懐かしみが心底から浮かんでくる。こんな様子なのでよく聞こえなかったが、笑い声の隙間に「M太郎も来る」というようなことを云っているようであった。するとわたしのすぐ隣に、引き延ばされた餅のようにのっぺりゆらりとしたM太郎が突っ立っている。こちらもK太郎と同じく中学校の同級である。伸びきって七尺近くの長さになっていて、わたしを見下ろして、何かもごもご言っているが、よく聞こえない。気づけば、K太郎のほうもびろんと七尺くらいに伸び上がってしまっていて、わたしの頭上を二人の頭部が吊ランプのごとくに揺れている。その楽しげな視線の交錯するところでわたしは妙な表情を湛えている。それはあるいは表情でないかもしれない。輪郭のないゴムボールのような顔であった。

意識がぼんやりととりとめもなくなっていく。周囲の、街のにぎやかな感じは、すっかり忘れ去られてしまったように、わたしの顔の裏側から抜き取られてしまって、代わりに漠然とした虚空が顔面に満ちている。顔が、さらにむくんでしまった。自分の居場所はどうも判然としないが、自分がどうにかしてそこに立っているのは分かった。街路のあったはずのどこか向こうから、今となってはどことも云えないような向こうのほうから、見果てもないほどの煙のような人影たちが茫然と浮かんでこちらに迫ってくる。ふいに「セイヨクハトッテオキナサイヨ」と臆面もなく云う声が上がって、はっとする。小汚い、波型のトタン板のような皺に汗をにじませたお婆さんが、制服姿の中学生男子数名に向かってにこやかに云ったのだ。あっけらかんとして云うので、こちらが面喰って友達と笑いあってしまった。その笑いは身に沁みるような悲しさがあった。煙が四囲からどうしようもなく近寄ってくるにつれて、その悲しみも、段々とぼやけてくるような気がした。
 
K太郎!
M太郎!

その響きは恐ろしかった。

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6996 : 夜蝉  にねこ '13/08/26 21:57:05 *2

反響する、草にむせる
誰でもない
咳、ひとすじ
またたくように
歯噛む、隠れ、
隠し音の涼やかな虫
羽根、その羽根、
ふるえる律の階段を
降りた

走査される、感情、
朽ちた木が幾重にも
剥がれて
その声が、積む
額縁化された抜け殻の果て
ひらひらと
「散っていくのですね」



渦巻き叫べ



「ここにはありませんでした」
夜半の楽譜に彩る
気違われた数々の詩に
僕は死に
撓む背骨の質量を
天秤にかけた
心臓が打つ数だけ愛したと
指を舐め数えるしたたかさを
眼鏡についた指紋の曇りを
拭くふりをして通り過ぎる
鍍金した言葉と
あなたへの葬列
不確かな
とても不確かな

こえ、?



『聞こえますか、いまでも』



汗だけが生きているように
背中を流れていきます

公園には私ひとり
水銀灯が震えている
影を隠すように植物が佇んで

それだけで十分でした
それだけで十分でした
泣けました
泣きました
ほんとうは
泣けませんでした
水分は汗にすべて使ってしまって
むしろ私が涙でした

それを静かにすう、植物、

は、優しい…?




((((ひしゃげた空は黒檀の瞳の海に浮かぶようでした、街灯の独り立ち、その下でうずくまる、うずまく黒髪の中に守られているという本質が、しっぽりと闇に蒸れる夜に、プリズムのネオンが、うつくしくそうして不安定な)))

、まま。



「ひかりが欲しかったのです」、「塩辛い海から掬い上げてくれた断絶のハサミのような」、「冷酷が仄温かく下腹部を満たしていきます」、「声をかけられているのでしょうか」、「それとも罵声でしょうか」、「細すぎた足が樹皮に傷をつける前に」、「滴ったのは血液ですか」

、それとも。



(((たなびく前の、白い、
しいたげられた息を凝る)))

(((呼ぶ声、声がくちびる
震え耳が浸透していく)))


セックスしましょう、セックスしましょう、
あなたのことが好きなのです
だから、どうしてもセックスしましょう
私は孕みます
私によく似た
私の子供を
そうしてその子もまたあなたの名を呼びます
セックスしてください、
あなたが眩む万華鏡の底で
とても不安なこの体を埋め尽くすのは
あなたの名前に他ならない
あなたとして私の愛を受け取るために
あなたとあなたが交合する
その愛を


(((しんとした面持ちさんざめく
残響、の恐懼の破片)))

(((青ざめたるは、褐色の)))


腹に何かをいれねばなるまいと、
そう思って空を開けた、冷え切った空には
いつ買ったのかわからぬビールと
干からびたチーズ
展望台より落下する速度で、
啜り上げた涙では酔えぬと
左頬、かじりついたあと、
私が半月になる


(((嘘つきの羽が空に粘液を綴る、
星々をひいて、物語となる、それは、
治療です、あなたを漣む、
満ち引きの命、たとえば)))

恋やもしれぬ、空蝉の

接続されていく
埋没された記録、その軌跡
誰のものでもない
紐解けない物語
という、ひゆ、


打ち捨てられた
殻の中には不思議な紐が残っていました
すべてが琥珀色に透ける中に白い懐かしみが
あえかに震えるエニシダの枝のようで
どうしてこんなにも白いのでしょう、
あなたに結びついた黄昏
手折るのは容易いけれど、
「残しておきましょう」、「きっと彼は帰ってきます」
紐の先っぽはぐるぐる巻いて
空を飛んであなたに会いに行くこともない

迷い込んだ夏の夜の
角を曲がるたびに細くなっていく
あなたへの想いの迷宮が
こころもとなくて


/しがみついて泣いた
/しがみつけるのなら泣いた
/しがみつけなかったから泣かなかった
/かなかった、かなかな、
/なかないかなかな、かった
/なかったかなかなかな
/なかなか

、いない、。


大きく息をすった
この身体にはもういらないものが多すぎて
たくさん捨てていく
本当に大切なものを手にするためには
私の体は小さすぎて、
だからあなたの栄養を
分けてもらいたかった
私の中にわだかまる命の
震えがいま、私を産んで
だからわたしは空っぽなんだ
その空っぽを闇に浸して、
声を限りに、
なけ (いた、いない、ない、声、


呼ぶ声が聞こえる、


この息が尽きたら死のう、
この死が尽きたら息よう、
わたしが欲しかった光は
いつしか無数に林立する街灯に紛れ込み
わからなくなりました
そのしたにたっていたあなたの
すがたもかげに紛れてしまって
どうしてわたしがないているのかと
問うてくれる人もいませんでした
だからわたしは朝を待ち
それから、ご飯を食べにいきます
あなたがくれなかった栄養と
光を浴びて
誰かの叫びを保存し続ける
脆弱な皮のまま
水分を静かに吸いあげる
植物になりたいと、
そう思うのです

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6991 : 三つの抽象的な語彙の詩  前田ふむふむ '13/08/17 00:00:59

距離


       
凍るような闇に
おおわれている
もう先が見えなくなっている
わたしは手さぐりで
広い歩道にでるが
そこには夜はない

誰もいない路上
灰色の靴音を
ききながら歩くと
その乾いた響きのなかに
はじめて 夜が生まれる

街路灯が
わたしを照らして
影をつくっている
その蹲るようなわたしに
しずかさはない

わたしが影のなかに
街路灯のひかりを見つけたとき
その距離の間に
やがて
しずかさは生まれる

木々にとまる鳥が
眠りにつき
霧でかすみをふかめている
わたしは湿った呼気で
手をあたためる
そして
寒さに耐えるために
強く 公園のブランコにゆれるとき
わたしは ただひとり孤独を
帯びるだけだ

わたしの背に
聳えている街は
脈を打ちながら
いつまでも高々として
わたしを威圧して
夜をつくり
そして
しずかである


自由
            

名前をつける
無名の
草に
そして
草に眼があらわれて
顔が生まれる

名刺のように
空にも
海にも

白紙の便箋のように
無所属だった
街を闊歩するきみ
そして わたしも
顔をもつだろう

けれども
この個性をもつ
まぶしい世界に眩暈をかんじて
わたしは 仮に充足を
嫌ってもいいだろう
そして
名前を捨てれば
顔のない
盲人のように
その暗闇のなかで
すべて失うことを
感じるだろう

嘆くことはない
その真率な
しずかさのなかで
確信するだろう
世界が相互監視者であることを
やめているのを

そのとき
手さぐりで 
高々とした麒麟を撫ぜるように
くびのすわらない
赤子が母をさがすように
わたしはひとり
自由を獲得する


自分
      

雨が降っている
真夜中、階下の冷蔵庫が開いていて
あかりが零れている
男が冷蔵庫の前に
座りこんで前屈みになって
しきりに中のものを食べている

わたしは暑さのために
なかなか寝られず
みずを飲もうと
台所にいこうとしていたのだ

見ていると 男は手掴みで
まるで際限なく食べている
その血走った目つきといい
獣のようだった

少し近づき
よくみると
わたしが食べているのだ

通勤電車のなかで
吊り輪に持たれて
都会のありふれた景色を
窓越しに
眺めながら
そんなことを 
ふっと思い出したのだ

あれは昨日の夜のことだったと思う
そして あの生々しさから
あの出来事が決して夢なんかではないと
思えるのだ

でも見ていたのが 自分なのだから
あの男は わたしのはずがない
では
わたしでなければ誰なのだろう
鬼だったのか

考えてみれば
こうしている自分が
何の根拠にもとづいて
わたしなのだろう
他人は自分が思うように
わたしを見ていないはずだ
そう考えると 自分を
ほんとうのわたしなどと確信をもって
いえるのだろうか

もしかすると
みしらぬ世の中のどこかで
もう一人の自分がいて
ときに 得も言われない姿で
生きているのかもしれない

こうして街のなかにいるときにも
むこうから もうひとりの自分が
あらわれるかもしれない
そして
もうひとりの自分がこのわたしを見て
鬼のように思うのかもしれない

気がつけば
正午を過ぎている
レストランでランチを食べる
トイレに立ち
みだれた髪を梳かす
鏡のむこうに
わたしがいる

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7002 : タイムスリップ  AKIHO '13/08/31 13:12:12


鉛筆の先を白に浸して持ち上げると
かろやかな流体が紙の上を踊り、黒い言葉達が芽吹いていった

ステージには私と言葉、二人きり。 
心臓に手を当て、かるた遊びのように鼓動の符号する一枚を探り当てると
宙を舞う羽虫がくすぐったそうに笑う

正解はそのまま鍵となり 時を捲る扉の開口を促す
時として、そこは過去のある時点へと繋がりを持ち
人は十年の隔たりをゼロに戻して着地する

過去は失ったものとして記憶されるけど、今、目の前に広がる生の愛らしさは
生み落とされたばかりの未来のようで、ただ目を瞠り息を飲む
苦しみさえ失ってしまえば稀少な宝石か

捩じれた時は同時に収穫を迫り
生命の、そのパフォーマンスに見合うべき応えを求める
占いのごとく主観的な
だからこそ希求する理由(わけ)が見えるその輝きは、たしかに`yes'と言っているのだ

旅を続ける勅許を受けて
遠のく記憶に誓う「今」は果てしなく静止する

願いと運命を編み合わせ それが先へと繋がるように
過去という名の原石を素材のまま
そのごつごつした手触りを、今少し愛しんでいたい

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6959 : 沈みゆく船の中で  Osa '13/07/16 18:47:03



私は沈みゆく船の中で目が覚めた。嗚呼、海は怖いと口にしながら、私は湿った風の中で鼻歌を押殺し、静かに水面に足を近づけてみると、深い緑色の海が鉛色に変わっていった。滑らかな鏡の様な揺れを、一つ一つ目で追うごとに、私は悲鳴をあげた。この産まれたという合図に、ぞろぞろ、ぞろぞろと、水面から顔を出したのは女や男たちで、それは知らない人の顔ではあったが、祝福をされているのが私にでも分かった。そのとき、私の両足は足の裏だけが水面を撫でているという、そこだけが鉛色をしているという不思議なものだった。その時、大きな波が来て私の身体を濡らしていった。その手は母親だと言うように私を撫でたが、産まれたばかりの私にはそれが恐ろしかった。

母は何度も私を抱こうとしたが、船がそれを許さなかった。私は羊水から出たばかりの赤ん坊の様に何度も呼吸をすることに必死になった。甲板の上で鼠の一族たちが右往左往しているのを見て、それから黒く足の多い虫たちが動き回る姿を見ても、ぞっとする事は無かった。私はその中の一匹を摘まんで、それが腕へ這い上がってくるのを微笑ましく眺めた。手を高く上げ、指先を一つにまとめると、一番高い所から、虫は飛んで行ってしまった。沈みゆく船の中で目覚める前のことを思い出すと、鼻歌を歌っていた理由が段々と分かってくる気がした。

死ぬ前には分からなかった虫たちの名前が、少しだけ分かってくる。死ぬ前には握りつぶしていた虫や見向きもしなかった花や獣が、生まれ変わりのように思えて、今はこんなにも愛しい。水面から顔を出している男や女が、祝福してくれているのが分かる、今日は誰にとっての祝福すべき日なのだろう。滑らかな鏡の様に私も揺れると、そこには私が映っていた。たった一匹の虫が、死ぬ前には握りつぶしていた虫が、生まれ変わりのように思えて私はそのまま海へ生まれ落ちた。

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6986 : 克服  破片 '13/08/08 04:27:39

 人類は死を克服しました。

 誰も死なない世界では、妊婦だけが、処刑される。誰も死なない世界で、やはり誰かは死んでいく。温度の少ない電流が臓器を浮かせて、細動を引き起こす。使いものにならなくなった肉体から、世界が脱け出していく。血液が腐る。昼も夜もなくなる。

 遠い銀河の星々が、誰かを、遮光カーテンの隙間から覗き見ている。性器に宛がわれる手のひらが遥かな背徳を握り込んでいた。手のひらを操る誰か、彼はもう三百年は生きていて、天体観測を趣味に持たなくても、幾つかの星が死んでいく、その葬送に立ち会うことが出来た。精液を塗り込められた手のひら、彼の手首には幾条もの深い傷が刻まれている。彗星は三十年前に滅びた。星々は彼の手首にほうき星を観測できただろうか、遠い異世界の果てから。

 あらゆる生物に、昼と夜とは平等に与えられ続けた。そして、世界も、今まで通り、誰にも何にも手心を加えないことをもって、人類にとって普遍的な観念であり、またその意思が表出することなどないまま、脅かされようとしている。煙草のパッケージから健康への影響を示唆するメッセージが、全て削除され、脳の血管が太くも厚くもならないかわりに、極限まで破れにくくする技術とその下地になる、五百年前からは考えられないほどの剛性と耐久力、持久力を持つ細胞の遺伝子が誕生した。誰もが日焼けによる痛みを笑いながら自慢し合っているこの場所で、人類は死を克服したから。

 女性は妊娠する。それは男性が存在するためで、或いはこの世界で男性は伐採されるべきなのかもしれない。生まれてから百年経とうが、二千年の間生き抜こうが、妊娠した女性は刑に処される。でも本当は、母やお母さんなどと呼ばれる存在が消えていいわけがない。矛盾だと何処かで囁かれる。およそ三百年前、百万の母親が同時期に処刑される、大規模な、いわゆる魔女狩りのような執行があった。その頃世界人口は一千万人ほど減少した。誰も死なない世界で。誰もが死んでいった。

 わたしは何処で何をする人物か、というと、一介の男性でしかなく、三百年そこそこしか生きていない若輩者であります。近頃太陽の、真円の閃光が歪むのを稀に目撃するようになりました。恋人がいます。万が一にも子供を孕ませてしまったらと思うと碌にセックスが出来ません。自分が不通になるのではないかと不安に駆られるとき、マスターベーションをしてから就寝するようにしています。そろそろ恋人との子供が欲しいと思います。それを知った恋人はどんな反応を見せるのか、どんな返答を返すのか、わかっているつもりです。だから絶対に言わないし、絶対に求めない。

 摘出されないまま体内に残留する子宮はとても残酷で、その機能を手放したりはしてこなかった。それは精巣についても同じことが言えるだろう。人類の意思が枯れ果てることは永劫なく、人類の行動への抑圧だけが百年ごとに強まっていく。誰の、何の手によるものなのか誰も知らない。
 わたしは煙草に火をつけました。デザインだけを追求したパッケージ。いつの間にか朝を迎えていて、いつの間にか茹だるような正午を過ごし、わたしは、いつの間にか夕日が沈むのを窓に取り付けられたカーテンの隙間から眺めていました。立ち上る煙とにおい、人体にとって有害なはずのニコチンやタール、窒素酸化物を肺胞に取り込んでも、いつからか、何も感じなくなりました。しかし姿を変えていく黄昏を見ている時は違います、いつになっても。恋人が家に来る約束をしていました。最近は夕方になっても気温が四十度を下回らないため、多分、日傘を差してくるでしょう。どんな人かって? 見た目でしょうか? その内、話してあげたいと思います。
 彼は煙草を指で挟み込むようにして手に持ち、口元と灰皿とを往復させる。脳内の血管は収縮も拡張もしない。次第に煙草を挟んだ彼の指先が僅かに透けていった。少しずつ、透過の度合いが強くなっていく。指先から腕へ、そして肩、胸、首と腰回り、頭の天辺から爪先まで透けるようになって、どんどん、色彩も、視認できる存在自体が希薄になっていって。人類は死を克服したから、

 凄く美人ですよ、あなたには見えないだろうけれど。凄く綺麗な声ですよ、あなたには聞こえないだろうけれど。凄く、優しい方ですよ、わたしには勿体ない方です、あなたは感じないだろうけれど、ね。

 処刑されるためだけに、母親になろうとする女性だけが、存在を強固にしていく。彼の恋人は玄関先で、楽しそうに笑いながら一人で喋っている。それを驚くことのできる者が誰もいないのが、彼女にとってはほんのちょっぴりの不幸だったかもしれない。彼の言った通り、彼の恋人はとても美しかった。

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7005 : 歌仙『悪の華』の巻  田中宏輔 '13/09/02 00:02:15




連衆  林 和清
    田中宏輔



FAX興行  自 1992年5月12日
       至      5月24日





○初表

発句   発心は月砕けちる夢のうち   和 「旅へのいざなひ」の定座

脇    F君には、いろんなものが憑依する。  宏
     この間なんか、電気鉛筆削り器が取
     り憑いちゃって、右の指をガリガリ
     齧り出しちゃったんだ。ぼくがコン
     セント抜いてやるまでやめなかった
     よ。次には、何が憑依するんだろう。

三句   電磁場のささなみわたる寒水魚   和 

四句   「牛魔王」というニックネームの女   宏 「巨女」の定座
     の子がいた。高校三年の時のクラス
     メイトだ。弓月光の『エリート狂走
     曲』に出てくる「大前田由紀」そっ
     くりの超超超ドブスだった。本人の
     前では、だれも口にしなかったけど。

五句   牛の首どさりと天地花吹雪   和

折端   ぼくがキリストに興味があるって言   宏
     ったら、友だちがビデオで『奇跡の
     丘』を見せてくれた。パゾリーニの
     映画は初めてだった。画面に映った
     監督の名前をみて驚いた。イニシャ
     ルを逆さまにするとい666になる。

●発裏

折立   夏荒野(あらの)身ぐるみの次なにを剥ぐ   和 「賭博」の定座     

二句   「先生、美顔パンツってご存じです   宏
     か」とA君が真顔で訊いてきた。教   
     師が首を振ると、「ぼく、包茎なん
     です」とA君は続けた。教師はさも
     自分が包茎ではないような顔をして
     話を聞いていた。ごめんね、A君。

三句   重陽の重なりあやし賀茂(かも)社(やしろ)   和

四句   円山公園の市営駐車場入り口近くに   宏 「幽霊」の定座
     公衆便所がある。昔、そこで男の人
     が首を吊ったという話を聞いたこと
     がある。生前によほどウンがなかっ
     たからか、死ぬ前に、ただウンコが
     したかっただけなのか知らないけど。

五句   鳥辺野に来てただ坐る雪の昼   和

六句   ビートルズのアルバムはどれも好き   宏
     だ。とくに後期の作品なんか、毎日
     のようにかけてる。なかでも、よく
     聴くのは『ホワイト・アルバム』だ。
     "Cry Baby Cry"にタイミングを合わ
     せて、キッスしたりすることもある。

七句   唾液かわくにほひや杉の花しきり   和 「異なにほひ」の定座

八句   教科書に載ってる顔写真てさ、落書   宏
     きしてくださいって言ってるような
     もんだよね。「鶏頭」の俳人、正岡
     子規って「タコ」にする人が多いけ
     ど、あれは横顔だからで、正面の写
     真だと、「ヒラメ」にすると思うな。

九句   ほととぎす聞かぬ詩人も一(ひと)生(よ)なれ   和

十句   『そして誰もいなくなった』を久し   宏 「救ひがたいもの」の定座
     振りに読んでたら、吉岡実の「僧侶」
     が、そのなかに出てくる童謡に似て
     るような気がして、林に電話で言っ
     たら、「それはクリスティじゃなく
     て、マザーグースが元だね」だって。

十一句   赤子老いてそのまま秋の麒麟草   和

十二句   弟がまだ幼稚園の時、いっしょに遊   宏
      んでたら、瞼の上に傷させちゃって、
      ぼくにも同じところに、同じような
      傷があるから、さすがに兄弟だと思
      ってたら、テレビに映った俳優の顔
      にもあって、なんか変な感じがした。

折端    雪霰霜霙みな信天翁   和 「信天翁」の定座

○名残表

折立   ハインラインなんて好きじゃないけ   宏
     ど、『夏への扉』は文句なしに素晴
     らしい作品だ。コールド・スリープ
     とタイム・マシーンが出てくる恋愛
     物語だ。ぼくにとっては、やり直し
     のきく人生なんて、地獄的だけどね。

二句   生前に春ありて水の底あゆむ   和

三句   オフィーリアや、ハンス・ギーベン   宏 「寓意」定座
     ラートは、ビタミンCのとり過ぎで
     頭がおかしくなって入水したらしい。
     亡霊の姿となったいまでも、「ビビ、
     ビッ、ビタミン!」と言って、水藻
     や水草をむさぼり喰ってるって話だ。

四句   桃の実のうちなる歓喜湧きて湧きて   和

五句   『走れメロス』に出てくる、あの王   宏
     様ってさ、自分の息子や妹なんかを
     殺しといて、後でメロスたちの友情
     見て、改心しちゃうんだよね。でも
     さ、そんなに安易に改心されちゃあ
     さ、殺された方はたまんないよねえ。

六句   人体のひとところにつねに秋のあり   和 「憂鬱」の定座 

七句   また、今日もぶら下がってた。吊革   宏
     を握った手首が。どこから乗ってき
     たのか、どこで降りるのか、知らな
     いけど、だれも何も言わないから、
     ぼくも何も訊かない。そいつは吊革
     といっしょに、ぶらぶらと揺れてた。

八句   鳥葬のみな黙しをる雪催ひ   和

九句   電話があった。死んだ母からだ。も   宏 「理想」の定座
     う電話はかけないでよねって言って
     おいたのに。いまのお母さんに悪い
     からって言っておいたのに。わかん
     ないんだろうか。自分の息子を悩ま
     せるなんて、ペケ。ペケペケペケ。

十句   摩耶マリア夜桜は地に垂れてけり   和

十一句  小学生の時のことだけど、学校でい   宏
     じめられたりすると、蝉なんかを捕
     まえてきて、翅や脚を切り刻んだり
     腹部や肛門を火で炙ったりして、そ
     の苦しむ姿を見て、自分を慰めてた。
     仔犬の首を吊ったりしたこともある。

十二句  夏草の根はからみあふ墓の下   和 「墓」の定座

折端   脚の骨を折り、二年ほど寝たきりで   宏
     祖母は過ごした。祖母の火葬骨には
     黒い骨が混じっていた。生前に患っ
     ていたところが黒い骨になるという。
     ぼくの死んだ妹は精薄だった。家の
     なかで迷子になったまま帰らない。

●名残裏

折立   転生のこゑひびき来る夕紅葉   和

二句   十年ほども前、飼ってた兎が逃げた   宏 「腐肉」の定座
     ことがある。兎は鳴かないので、い
     くら探しても見つけることができな
     かった。何日かして、普段使ってい
     ない部屋に入ると、死んでいた。死
     骸が腐りはじめた甘い匂いがしてた。

三句   汁の実に冬の木霊をあつめけり   和

四句   ローソンで買い物をしていたら、カ   宏
     パポコカパポコという異様な音がし
     たので振り返った。舞妓さんがあの
     格好のまま入ってきたのだ。異様な
     雰囲気を漂わせながら、舞妓さんは
     ひたすらオニギリQを選んでいた。

五句   われの中にをんな住みゐて花ざかり   和 「呪はれた女達」の定座

挙句   生涯、仕事をしなかった父は、情婦   宏
      のところにいる時以外は、骨を題材
     にして、アトリエでグロテスクな絵
     ばかり描いていた。ぼくは、父の書
     斎で、『血と薔薇』を盗み読みした。
     『陽の埋葬』は、父への挽歌である。

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6985 : 思い出が綴られた短い文章をもとに、引用のみによる作品をつくる試み。  田中宏輔 '13/08/05 14:55:57



 今回の試みでもっとも興味深かったのは、じつは、最初に書かれた若いふたりの思い出の言葉だった。ほんとうにあったことを言葉にするという約束をしたとき、わたしは、わたし自身の生を、そのふたりの言葉に重ね合わせて、実感することができるかどうか、見てみたいと思ったのだった。そして、わたしは、わたしの生を実感した。それらの言葉のなかに。三人が集まったのは、二〇〇五年六月二十五日のことであった。各自の切り貼り作品の方は、思い出の方の短文がつくれれば、すぐにつくれると思っていた。じっさいには、双方ともに思っていたよりも時間がかかったのだが、一応、一日でつくれた。まさか、昼の三時にはじめて真夜中までかかるとは思ってもいなかったのだが。笑。はじめから見ていこう。わたしも含めて、三人の思い出は、多少、文学的な衣装を身にまとってはいるが、ほとんど裸だ。であるにもかかわらず、それぞれによって仕上げられた作品と、それぞれのもとの短文を比較すると、それぞれの思考の「型」とか「傾向」とかいったようなものが、言葉と言葉を結びつけていることが容易に見てとれるであろう。 大谷くんの作品は、大谷くんの短文に、森くんの作品は、森くんの短文に、わたしの作品は、わたしの短文に、まるで幾何でいうところの相似形のように、それぞれの思考の「型」とか「傾向」とかいったようなものが、それぞれの文体に反映しているように思われる。いかに、思考の「型」や「傾向」とかいったものが強固なものであるのか、よくわかる。 しかし、それではいけないのだ。まだ、いけないのだ。それぞれの文体に揺さぶりをかけるようなものにならなければ、文学としては、意義がないのだ。いくら、作品がよい出来のものであっても。と、時代遅れのアバンギャルド(笑)な詩人は思うのだ。とはいうものの、はじめての試みとしては、うまくいったと思う。出来上がったそれぞれの作品は面白かったし、それぞれのもとの思い出も大いに楽しめるものだった。それに、ひとりでは、一生かかっても書けなかったかもしれないようなフレーズが書けたと、ひそかに、わたしは思っているのだ。そういえば、大谷くんが、思い出の文章を切り刻んで貼り付けているときに、「これは面白い。」とつぶやいたのだが、それを森くんも耳にしたと思うけれど、そのつぶやきに対して、すかさず、わたしが、「だから、ぼくは、よく作品を引用でつくるんだよ。」と答えたのだが、わかってもらえただろうか。面白いのは、思考の「型」や「傾向」とかいったものが揺さぶりをかけられるからなのだ。



大谷良太の思い出 


メダカが共食いをした。

終業式の日は荷物が多い。

授業中、窓から唾を吐いていたら先生に叱られた。

硬貨を弾くゲームが流行った。

教頭先生が消防車の模型を持って朝礼台に立っていた。

雪の日がいちばん楽しい。

五年から六年になる春に転校した。

高校へは電車で通った。

海と半島が見える教室だった。

文化祭の打ち上げでクラスメートと砂浜に行った。



森 悠紀の思い出


海賊の役をやったでしょ、舞台裏で喧嘩してた、と彼女は言った、他界する二週間前、最初で最後の会話。

人に噛まれたことは二度、幼稚園の頃は腿が腐りかけた、もう一度は腕を、ホクロだらけの井上君に。

「今度はシタノ動物園に行きたいな」、四歳の子供がちょっとしたギャグのつもりで言ったと親はわからなかった。

48地区別の下校バス、カラフルに塗られたボロベンツで、地区の近い運ちゃん同士はたまにジュースを賭けて競争した。

サンタクロースを信じることは、外に憧れや希望を抱くこと、外を抱き続けることをやめなかった。

親友のタカヒロ君がお弁当袋で同級生の頭を殴ったら、その中で陶器のコップが割れていた。

お絵かきの時間に先生に言われた通りにクレヨンを動かすとカオスが出来て、参観日に母親に怒られた。

その人の90°までしか曲がらない脚に入ったボルト、剃刀で眉毛を剃られた後、飛び降りた橋を二人で渡った。

フィリピン・ハーフのクゲヌマ君がお弁当箱を開くと、半分に切られた食パン、バナナ丸ごと、よく曲がるスプーンが入っていた。

小林秀雄みたいな長い長い手紙を書いて困らせた高校生の頃からいつもその人は手のひらを合わせて許してくれた。



田中宏輔の思い出


子供のとき、足の甲を車にひかれたことがあるけど、ぜんぜん大丈夫だった。

白浜で生きているタコを捕まえたら、手にからみついてきて、手がタコの毒にしびれた。

部員が誰も来ないので机に水滴を落として水滴に映る理科教室を見つめていた。

カナブンを捕まえて糸をつけて振り回して飛ばしていたら、首が千切れてしまった。

これチョコレートだよって弟に言われて、チョコフレークみたいな犬の糞(ふん)を手渡されたことがある。

教科書に田植えって出てきたから、植田くんのいる方をちらっと見やった。

親と海に行って、溺れたフリをしても来てくれなかったので、溺れたフリをやめた。

週に何回くらいオナニーするのってきかれたら、必ず少な目に答えていた。

バスケで、友だちの顔にボールをあてたら、前歯がぜんぶ落ちた、さし歯だった。

裏庭でおばあちゃんがニワトリの首を手斧でぶった切っていた、めちゃくちゃ怖かった。



大谷 作品


捕まえて、サンタクロースを信じること
来てくれなかった雪の日。
いちばん楽しいゲーム。最初で最後の
毒を賭けて
行きたいな、喧嘩してた会話。
見つめていた。舞台裏で
週に何回くらい
生きているの
ってきかれたら、必ず少な目に
小林秀雄みたいな硬貨を弾く
カラフルに塗られたカオスが出来て、
叱られた。海と半島が見える
曲がらない、よく曲がる他界
二人で飛び降りた
めちゃくちゃ怖かった。
コップが割れていた。水滴に映る憧れや希望
溺れたフリをしても誰も来ない
やったでしょ、しびれた。とクラスメートは言った
飛ばして
振り回して
落として、もう一度、千切れて
ぜんぜん大丈夫、腕を、その人は
陶器の彼女を抱き続けることをやめない



森 作品


裏庭でおばあちゃんが
90°までしか曲がらない脚に
糸をつけてから
六年になる
田植え祭の打ち上げで
ニワトリの首を
振り回して飛ばしていたら、
友だちの顔に
春に近い前歯が切れて
よく曲がるスプーンが
ちょっとしたギャグのつもりで
水滴に映る
外に人は
海や食パンの
地区をちらっと希望する


   *


これチョコレートだよって彼女は言った、
48地区別の下校バス、
フィリピン・ハーフの
さし歯だった
その人の手が
教科書の半島に渡った。
弁当のバナナ丸ごと、手のひらを合わせて
海と
半分に切られた砂浜を
見つめていた。
運ちゃんは
きかなかった。
何もわからないフリをして
窓から唾を吐いていた。


   *


お絵かきの時間に
親友のタカヒロ君が
来てくれなかったので、
ぜんぜん大丈夫だった。
カラフルに塗られたボロベンツで、
長い長い手紙を
手渡されたことがあるけど、
授業中、
噛まれたことは二度くらい
お弁当袋で
カナブンを捕まえて
クラスメートと
オナニーするのって楽しい。
二週間前、
弟に言われて、
転校した
チョコフレークみたいなクゲヌマ君が
手にからみついてきて、
言われた通りにクレヨンを動かすと
二人で朝礼台に立っていた。

子供のとき、
海賊の役をやったでしょ、
共食いをやめなかった
ホクロだらけの井上君
舞台裏で喧嘩して
机に水滴を落として
その中で陶器のコップが割れていた。
四歳の子供が
飛び降りた橋を抱き続ける
腐りかけた他界
参観日に行きたいな
雪の日がいちばん
サンタクロースを信じる母親に怒られた。
同級生の頭を殴ったら、
許してくれた。
生きているゲームが流行った
最初で最後の先生の教室
幼稚園の頃は
シタノ動物園に
たまに競争しに行った。
消防車の模型を
手刀でぶった切ったら、
メダカが
溺れたフリをやめた。



田中 作品


高校へは、よく曲がる電車で通った。90°がいちばん楽しい。その中で一度、手紙を手渡されたことがある。春に転校した。

おばあちゃんが来てくれなかったので、弁当袋で同級生の頭を殴った後、手のひらを合わせて半分に切られたクラスメートと砂浜に行った。

先生に言われた通りに親を動かすと、食パン、バナナ、ジュース、チョコレートが見える。硬貨もだ。幼稚園の頃、丸ごと母親を賭けてのゲームが流行った。

友だちの顔にボールをあてたら、生きている長い長い教頭先生が出てきた。手にからみついてきて、噛まれたけど、ぜんぜん大丈夫だった。

前歯がぜんぶ落ちた小林秀雄みたいなフィリピン・ハーフのその人は、溺れたフリをして朝礼台に立っていた。

車にひかれた四歳の子供がボルトの入った曲がらない脚に糸をつけてタコを飛ばしていたら、48地区の陶器の犬の首が割れてしまった。

お絵かきの時間に剃刀で眉毛を剃られた植田くんのいる方をちらっと見やった。カラフルに塗られたクゲヌマ君が他界する二週間前、めちゃくちゃ怖かった。

五年から六年になる。親友のタカヒロ君は消防車の模型を持ってオナニーすることをやめなかった。

ちょっとしたギャグのつもりで井上君を振り回したら、ホクロだらけのスプーンが入っていた。

二人で海に行って、チョコフレークみたいな運ちゃん同士はたまに共食いをした。

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7010 : 偶像  みやちか '13/09/04 03:43:43

全てを忘れて女の子は踊る
その体内に
惨たらしいまでのやさしさと
腥い躍動
血まみれの愛を湛えて

踊りの残像
淡い桜色の視線が切り返す
予期せぬ空気の振動
母性の滴は暗闇に

女の子は季節に歌う
薄氷の飴細工師
意味を持たぬ言の葉
水面は音を立てずに綾を作る

全てを忘れて女の子は歌う
その舌に
抱擁するような冷たさと
甘美な死
蜜に涵された憎しみを転がして

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- ealis -