◇ No.235 , '10/09/29 21:07:10 作成

4639 : ●●●●の回帰  リンネ '10/08/19 20:43:23 *32

 ようやく着いたかと安心していたが、よくよく見れば全く別の場所にいるようなのである。四階建ての白い建物が横一列に四棟並んでいる、というところは同じなのだが、果たしてこんなにツヤのある壁だっただろうか。屋根の色もなんとなく鮮やか過ぎて、印象派画家の描いた絵をそのまま立体化したような見た目である。
 どうもオカシイ。よく知っている気もするし、まるで見覚えがない気もする。キツネに抓まれるというのはこういう気分なのだろうか。たしかに同じ団地内であることは確かなようだが、もう一度辺りを見回してみても、どうにも違和感を感じる。あんな公園はあったろうか。小さな子が砂場で立っているが、あれは見覚えのない子だ。
 だが、その子の着ていた黄色いTシャツが妙に気になる。しばらく心なしに見つめていると、次第にTシャツの輪郭がぼぉっと崩れていく。やがて蛍の光のようにぼんやりと千切れ、夕暮れの薄暗い空気へ染み込んで消えてしまった。……どうも、少し眩暈がする。
 ともかく、ここが私の知る場所であるなら、左から二番目の棟の三階が私の家なはずだった。
 
 『●●●●』
 いや、確かに私の家である。なんとなく表札の名前が他人のもののようにも感じるが、●●●●は私の名前のはずだ。ほっとして家に入ろうとドアを回すが、鍵が閉まっていた。(カギハドコダッケナ) 両手でジーンズのポケットをまさぐるが、何も入っていない。尻側のポケットにもなかった。カバンを開いてしばらく探すと、暗い底の方に落ちていたカギを見つけた。
 しかし、開かなかった。どうやらカギが違うようだ。ということはつまり、ここは私の家ではないのだろうか。だが表札には私の名前がある。ますます様子がおかしい。何度も言うが、キツネに抓まれたような気分である。私はわけが分からず、その場でぼんやりとドアを眺めていた。
 (ドコカラドコヘカエルノカ?)思えば最近、私は帰宅することに強烈な嫌悪感を感じていたように思う。私は、何度となく家に帰る。こうして、どこからきたのかもわからず、ただ家に帰るだけの、なんとも矛盾した行動。痙攣のように繰り返される運動。振動。帰宅する、私は帰宅する。その脊髄反射。(ダカラワタシハ、キタクシナイヨウニ、キタクスルノダ。)

 「こんにちは」
上の階から誰かが降りてきた。「こんにちは」と私は奇妙に腰をかがめて会釈をする。
 「どうなさったんですか?」
私のことを知っているような口の利き方だった。「いや、どうにもないのです」と私は答える。
 「はあ」
といってその人は下の階に下りていく。嗅いだことのある香水の匂いがした。

 私はあの人に聞くべきだろうか。ここはXX町4丁目ですか。私の名は●●●●ですか。あなたは私を知っていますか。このカギはこの家のカギですか。あなたの名前はMさんでしたよね。ええ、おっしゃるとおり私は●●●●です。あの公園にいる子は私の子ですか、それともあなたの子でしたっけ。あなたはどこから来たのですか。え、上から?(ジャア、ワタシハドコカラ?)

 「すいません」
先の人が戻ってきた。
 「私が帰るまでこの子を預かっていてくれませんか」
公園にいた子である。そうだった、この子はMさんの子供だった。「ええ、もちろん」私は笑いながら答える。
 子供を残して、その人はまた階段を下りていった。

 どうやら、はっきりとしてきた。あの人はやはり上の階のMさんで、この子はMさんの子供だ。たしか今年で四歳になるはずだった。いつも黄色いTシャツを着ているので、黄色を見ると必ずその子の顔が浮かんでしまう。そして、やはり私の名前は●●●●なのである。記憶は連想によって甦ってくる。さっきまで感じていた朦朧感が、蒸発するようにじわりと消えていく。おもむろにカギを挿して回してみると、今度は当たり前のように開いた。私は次第にはっきりとしていく意識で玄関に入った。黄色いTシャツが駆け足で家に入っていく。ふと、私は壁に掛かった絵画に目をやる。
 意識ははっきりとしている。記憶は連想によって甦ってくる。しかし、この絵は私の記憶に何も訴えかけてこない。だが無理もなかった、それはフレームだけの絵だったのだ。フレームがあるからそこに絵がある、というわけではないのである。
 「こっち、きて」家の奥で黄色いTシャツの子供が柔らかく手招いていた。私は招かれるまま、一歩一歩とその子の方へ近づきながら、今後自分にはもう何一つ蘇る記憶がないのではないかと、妙な気分に浸りつつあった。それはしかし、思いのほか不安ではなかった。

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4668 : 夢  はかいし '10/08/31 13:42:03

あたたかい収穫の朝
やさしい、刈り入れが
わたしの対流
境界線は、
かつてない揺れに落ちている、



枯れない送り仮名、
レリス、
ときどき君の素敵な爆破を聴いている、
見覚えのない坑道から、
蛍火で綴られる字を、



影が動きを止めるときには、
枕詞が、
小さな小さな陥没をみつけ、
等間隔の寒天、
その直角から抜けていく気配で
借り留めする



忘却曲線からの飛び降り自殺、
そして、
見えることのない見えるということを、
駆逐しておく、


これが記憶なのです、


蛍光灯から羽虫が飛び出し、拡散する輝きに、一本一本触れて束ねていく。影はそれに合わせて扇のように広がり、光との境界線から発芽した植物が、影を支柱として絡み付く。羽虫はその葉の表面に産卵し、孵化した後、葉が食い荒らされ、影は蝕まれて、光がその隙間に入り込む。花が咲き、種が散って、光も何もなかったところへ光が生まれ、影との境界から発芽する。やがて羽化し、光がまた束ねられる。破壊と再生を繰り返しながら、光はつねに影の中にあり続ける。

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4670 : サチコ  ヒダリテ '10/08/31 20:15:57


真っ赤に燃えさかる火葬炉の中からナースのサチコを呼ぶと、ついたての向こうから、なんだい、はるひこ、と現れる喪服姿の母は純白のウェディングドレスで燃えさかる姉の寝室から逃げ遅れた僕の真っ赤な血に染まったパジャマ姿ですか? 分かりませんねえ、そう言ってカルテに目をやる主治医のてるひこは三年前に死んで以来三年間も死んだままの飼い犬の墓に右手を突っ込む僕の不完全な変態行為によって不完全に熟れた体を僕に押しつけるナースのサチコの顔面のおよそ七割が歯茎で形成されているのですね? もちろんそうよ、サチコは笑いながら今も瀕死で横たわる僕の病室のベッドに安置された僕のこんがりと焼けた体の上をぱっくりと割れたサチコの体が僕の出来損なったしこりのようにゆらゆらと天井は揺れながらさらに僕を病的にしこらせる僕の右手に握られた純白のパンティに見覚えはありませんか? そう言って刑事はポラロイドに納められたいくつかのパンチラ写真を僕に見せつけるのだ「とんでもない僕は勤勉な納税者ですよ」と発する僕の声が震えているのは

弟さんの事は残念でしたねパンチラ写真に納められた僕の弟は僕に僕のパンチラを見せつけながら刑事の目は架空のボールペンの先に詰まった架空の小さなボールをほじくり出そうと試みるように僕の目玉をほじくり出そうと試みながら心のどこかで僕の目玉をほじくり足りない気分でいるのが僕には分かるよサチコ、それはまるで僕の病的なしこりが僕を病的にしこらせているみたいな気分で僕はこの病院内で最も病的にしこっている患者として君臨している僕はいやらしいのね、あなたのココもうこんなに固くなってると言って僕の外くるぶしをなで回すサチコの肘がこんなにもカサカサしているなんて僕は知らなかったんですよ刑事さん、けれど車内で行われる痴漢行為は犯罪ですよと刑事はもはやしこる事もおぼつかない僕の右手に課せられた課外授業の男子生徒たちの引率の女教師の淫夢によって僕は何もかもがもはやすっかり手につかない彼らの粘性を帯びた黄色い液体が僕の全身にからみつくうどんのようです刑事さん勘弁してください刑事さん

あれは、と刑事が指さす先にある押し入れの中だけはサチコ見られてはいけないよ、だって押し入れの段ボール箱に詰まった僕の淫らな夢の中では七対の肩と九つの頭部を持つ主治医のてるひこがカルテに走らせたボールペンの先端からしみ出した僕の膿んだ傷口に出来たかさぶたをはがし続けたその長い年月の間にたっぷりと詰まった段ボール箱の中に収納された僕の弟はその小さな体を僕らしい人間の僕らしく運転する特急列車の下敷きにされたと噂される事もあったわ、けれどそれも今は良い想い出よ人生のベストパートナーはきっとここで見つかるわ、そう語った女の言葉に騙され詐欺まがいの結婚相談所に大金をつぎ込んだ日々を思えば歯茎からの出血なんてたいしたことではないさ、そう言ってサチコに笑いかける僕はサチコの手を握りオペ室へと続く病院の長い廊下を搬送される僕はサチコの手を握り僕の傷口は開きっぱなしのドアから眩しい光が漏れ出す僕のおむつを交換しにやってきたナースのサチコの手を握り僕はオペ室へと続く長いサチコの手を握りその長くいやらしいサチコの手を握り病院の長い廊下を搬送される僕はサチコのサチコの手を握り

例えば快適なコンドミニアムと人類の起源についてたいていの日本人は分かったような顔をしている事を知っている僕は黄色い線の内側でお待ち下さい、あはは、分かりました、当初セーフティバントの構えで3番ホームに突っ込んでくる特急列車を待つ事を約束されたナースのサチコのパンティラインのギリギリ内側で揺れる乗客たちの尻肉のおよそ七割が手すりやつり革にぶら下がりながら左右に揺れるサチコのパンチラする尻肉を遠い目をして眺め、かつてそこをコロコロと転がっていった僕の目玉はほじくり出されたフェアグラウンドのギリギリ内側で魅了される観客たちの期待と乗客たちの死体のなかで僕は極めて正確にコロコロと転がっていった事を覚えているよ、やがて空洞の目玉をした僕の運転する特急列車は猛然とパンチラする乗客たちを乗せて猛然と3番ホームに突っ込みやがて果てた僕らはあの日初めてひとつになったねサチコ赤く腫れ上がった空に赤く腫れ上がった僕らの愛と愛ではないもののおよそ七割が歯茎と歯茎でないもので形成されているんだサチコ、君は美しい、美しく美しい朝に僕が使った新品の検便容器よりも美しいサチコ、いつでも僕のあそこが焦げ臭いのは

「大丈夫きっと弟は助かるよ」手術中の赤いランプが灯り僕は喪服姿で祈る母の粘土のような手を粘土のようにこねくり回しながら優しく語りかける僕が見守るオペ室の扉の向こう側では顔面のおよそ七割が歯茎で形成されたサチコがデリケートな手術だから麻酔はナシよと非情に言い放つサチコはとても良い体をしているくねくねと動く良い体をしているサチコはとてもデリケートで奇妙な良い体をしている良い体をした生き物のように良い体をしている、やがてオペ室の扉が開かれ白い光の中から七対の肩と九つの頭部を持つ主治医のてるひこが七足歩行で現れる今宵ディオニュソス的な執刀医となる主治医のてるひこは訳の分からない格好で訳の分からない事を叫びながら一列に並んだ新人ナースたちの丸い膝頭をハンマーのようなもので粉砕して行くそのたびにパカーン、パカーンと乾いた音で破裂していく僕の肩胛骨とその周辺住民たちによる懸命の捜索の甲斐もなくとうとう弟は見つからなかったよ母さん

炎天下焼けたレールの上で焼かれた僕の飼い犬の焦げた頭部が発見されたあの暑い夏の日母さん僕は家を出るよと僕は母の背中に語りかけ母は振り返りもせずテレビを眺める母の背中はパカーン、パカーンと乾いた爆発を繰り返しながら真っ赤に燃えさかる火葬炉を眺める僕の弟の手の中に握られた僕の目玉の中では毎晩のようにサチコサチコと呼ぶ声が聞こえる隣室の住人の通報によって運び出される干涸らびた僕のあの段ボール箱の中で干涸らびた僕の体の上に突如降り出した冷たい雨粒が落ちる、あら雨ねと急いで洗濯物を取り込むために庭へと出た母はそこにこんもりとした不審な土の盛り上がりに気付くに違いない、そして中から何かをほじくり出そうと土の中に右手を突っ込むに違いないよサチコ、バカね、そんなの杞憂よ、そう言って励ますサチコの肥大した歯茎を眺めるうちにうとうとと眠りについた僕は美しいサチコの手を握り

僕は目覚める白い病室のベッドの上で目覚める僕の手術は成功したよと告げられた僕は今、奇妙な円形をした病院の中庭をぐるりと回る僕は奇妙な円形をぐるりと回るよりも早くぐるりと回るリハビリに専念している僕は健康な成人男性のおよそ七割で埋め尽くされた病院の中庭をぐるりと回りながら本当は僕は不安で気が狂ってしまいそうなんだよサチコ、だってここを出た僕たちを待ち受けているきちんとした日本人たちはみな勤勉な納税者として先天的に眼鏡をかけた日本人たちに違いなくあんなにもきちんとした日本人たちの前ではサチコ、僕や君のあらゆる手違いが既に手遅れに違いないのだから

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4669 : ランダムアルファベット  ぷう '10/08/31 18:36:39 *1

変わらない角度を叩き込んである、のろのろと立ち上がり珈琲を畏怖し、座標を書き起こさせる事は待って
みたのだ、浸食されながら(表向きにはご免だ、順応、ワーク、シンクロし、つまりわたしはひたすら演算
をいくら証明した時にも問題はわたしとアルファベットまじりの確率のようだ、たぶんが混じってしまうの
です、PCなら問題をタップして終わりだろう、そしてシンクロしながら、確率なら問題ない訳で)、すべ
て一掃し時に敵意は表現である、確率は何かにおさまるためにも問題を起こさせる事は今、あちら側で)、
いっそ、切り替え、認識した時に従えと云うものだ、少しつ孵化され、ため息を広げているようになって
いった、むしろ、気にしては死という文字で浸食されて、精神病院の扉をたたきながら繋がっていったよう
に、あちら側で微笑んで微笑んでは、と、そう結局変わらない、リアルが存在しながら、息を続け、くらり
と立ち上がり飲み終わった珈琲をいくら証明したって消滅する事はなにも覚えてなんかいなくて、入力、か
なり、眼球で捉える画面のように入力機とかなり真っ暗なもの、何かしらに死はいる、単なる思考が出来上
がっても易々とアルファベットまじりの能力をひそめてウィルス的におさまるためにとかなり、切り替え、
わたしの感情をドロップアウトされながら(けれど結局は確かだけれど、どうしても計算のプリントのプリ
ントのままだけれど)、いくら証明したところでかなりのものだ、思考実験に埋もれるんだろう、浸食され
ながら(表向きに秒速で微笑んで、そう結局リアルが通奏低音の事象にも書いた顔で畏怖したようにシンク
ロしながら(表向きには、

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4671 : VAPORISER  はなび '10/08/31 23:11:44


手をつないで歩いた
名前を忘れてしまった小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに
洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね

■

赤い毛糸の膝掛けをした老婦人が
暖炉の前でまだ何か編んでいる
赤い毛糸は詩人の血管の様に
胸元から腰へ腿を伝い踝足の指へ
ながれながれて床を這いその先の
まるく球体に纏められた塊のその先へ
冒険をする

赤い毛糸はセーターになると週末は旅へ
赤い毛糸はどこかへ行きたいまだ見ぬ場所へ
赤い毛糸は青い魚の潤んだ瞳のその理由を尋ねたい

赤い毛糸はチベットで ピンクの塩を手土産に
ハノイ タンザニア サンフランシスコ

赤い毛糸はまた解かれ纏められ
オルリー空港の陽のよくあたる階段で

ブルガリアからやってきた少女の
民族刺繍の布かばんに詰め込まれ

パリ ソフィア トーキョーへ

■

2057年

東京辺りの日照時間はだいぶ短くなっていて
沼化した湿地帯からは有毒ガスが放出されていて
大部分の生活者は地下に潜ったまま暮らしていて
地上に残っているのは貧しくて地底通貨が買えなかった人々
病気に侵されて気が違っていて暴力的で危険な人々
笑いながら怒る人 笑いながら泣く人
ゾロゾロ歩きまわるこども 

赤い毛糸はお祈りのかわりに

狂気を鎮め興奮を呼び覚まし

赤い毛糸はお守りのかわりに

硬直をしなやかさへと変化させ

厄介事は

鼻息荒いスペイン牛の如く猛然と突進してくる

様々な火の粉同然であったが

赤い毛糸は優秀なマタドールのように丹念に刺していく

巨大になった残虐な残骸達の隙間をすり抜ける

■

手をつないで歩いた記憶
名前を忘れられた小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね

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4675 : 藻屑の挽歌  菊西夕座 '10/09/01 00:41:25

ミステイク平川は今夜、唇に喪章をつけていた
ちかよって見るとそれは、胃液にぬれた海苔だった
あるいは昆布か、若布か、ひとでなし
いずれにしても吐きもどされた藻類にはちがいなく
線香くさい葬類とはまたひと味ちがった趣の
【藻章】と正すべき潜行的なしろものだった

“しろもの”といっても、それはじっさい黒かった
おまけにミステイク平川はミス平川と簡略できないほど
性別不明のくるおしい両性具有を生きていた
それはちょうどアルバート・フィッシュの二面性と同じで
無上なしとやかさの底に苛烈な残虐性をひそめていた
平穏な仮面の下には地獄のアケロン河が流れていた

黄色いぬかるみが散乱するシャッター街の袋小路で
得体の知れないアルミ缶類をかかえこんだ自動販売機が
ミステイク平川の屈折した孤独にぴったり寄りそって
半永久的な夜行性の自閉症にはまりこんだまま
無軌道な白光のスポットライトを浴びせかけている
【藻章】がひらひら痙攣すると、甲高い哄笑がもれ響いた

ミステイク平川は自犯の手淫にふけりながら酔歌をうたう
悪銭を亀裂に挿入しては自販の昂奮を高めようとする
そのたびに指先でしごく小窓からは突き戻しの乾いた音色
売れ残る淫売婦らにひざまずいて加虐してもらうと
自動販売機は錆びぬれた歓喜をこぼして激しく明滅する
缶の蓋をめくれば隣人の暗い部位が【藻章】をわななかす

ミステイク平川の孤独が絶頂に達して月下にのけぞると
性器からは濁ったアケロン河の奔流が酔歌に混じってほとばしり
虚空にひるがえる猛禽類のはらわたを悪寒で輪唱させながら
通り魔のうらぶれた隠れ家に劇薬となってふりそそぐ
そこでは強姦、罵倒、排泄、拷問が時計まわりに巡回し
切断された人間がこげつく鍋の底で腐乱の華を咲かせている

ふさがれた窓辺では行方知れずの名前が埃のように舞いあがり
猟奇殺人者たちの隠微な暮らしをそっと浮き彫りにする――
ペーター・キュルテンは女児の陰道へ植木鋏を突きとおし
ひろがる傷口にデュッセルドルフの枯葉と汚泥をつめこんで
自慰から生まれた精水をふりかけ川の底へと投げ捨てる
その帰り道でハンマーを振りあげ次の“ミス”を引きたおす

テッド・バンディは女子寮に忍びこんで1人をめった打ち
もう1人の肛門を棍棒で犯しながら脱腸に射精する
黒髪の後頭部を脳漿がとびちるまで続けざまに殴打し
こときれた肉体の下腹部を陰毛ごと食いちぎる
同じ夜に川向こうのアパートで下腹部を吐きだし
住人のバレリーナを脅かした上でひとしきり陵辱する

麻薬の滝に打たれたリチャード・ラミレスが陸にあがると
荒れ狂う竜巻と化して手あたりしだいに寝込みを襲撃
恥部へ突き入れた肉棒を軸にコンパスよろしく旋回し
手にもつナイフで滅多やたらと血の円陣を刻みつけ
はみ出る臓腑や目玉をかっさらって裏通りに出向くと
見知らぬ鼓動に向かってダーツの矢のごとく飛んでいく

義眼の鬼畜放浪者ハンニバル・レクターこと
ヘンリー・リー・ルーカスはオーティスと連れ立ち
ありあまる人間を少しでも減らそうと躍起になって
首を折り、火で炙り、締め上げ、切り刻み、銃で撃ち、
殴りつけ、馬車で轢き、磔にし、崖を転がし、川に沈め
できることはなんでもやって犯罪夢幻流の黒帯を巻いた

死体の加工職人エドワード・ゲインは屠殺業の合間に
雑貨屋の女あるじをひっ捕らえてボート小屋で逆さ吊りにし
首をもいで皮をはぎとり血や臓器をしぼりとった挙げ句
乳房付きのチョッキを編んで性器のついた下着を股に
ダイニングルームで人骨スプーンをくわえながら悦に入り
墓場から召し上げた死体と交わってひとりひそかに微笑んだ――

いったい何万の個体がむごたらしい惨めさに打ち据えられ
おぞましい肉片となって自動販売機に詰め込まれたことだろう
指をもがれ、性器をえぐられ、肉を骨からまくりあげられて・・・
神妙な聖歌を連ねたところでそれらは決してもとに戻らない
屠り、犯し、嘔吐し、快楽の雄叫びをあげる蛮人の薄汚れた竈で
せっせと煮込まれる脳髄のスープが宵越しにとろけだしている

気が滅入りそうなむなしさに酔い痴れてミステイク平川は
脂ぎった黒髪を生ぬるい夜風になぶらせたまま路上に立ちつくす
祈りの星々がもはや穴のあいた悪銭のきらめきにすぎなくとも
唇の【藻章】からは壮大な海の記憶がにわかに沁みだしてくる
巨大で暗黒な残忍さに満ち充ちた無為のうねり
なけなしの魂が素っ裸になって屈辱から逃げ帰っていく海

「アルバート・フィッシュは自らの陰嚢を釣り針で陸揚げした
ペーター・狂典がせっせと獣姦にあけくれた日々
テッド・蛮泥は共感という太陽を真っ先に見失った
自己の脱け殻に追われたレイプ魔リチャード・血まみレス
変態・リー・ルーカスは乳首のかわりに厄日をなめて育てられ
反吐ワード・ゲインは人間的自由を墓そのものと教えこまれた」

ミステイク平川はまともに文字すら書くことができない
それでも人並み以上にマスをかくのがうまかった
異常者と被害者の孤独がコインの裏表だと知ったところで
自動販売機にとって孤独はただの悪銭にすぎなかった
だからせめて、誰かが受けとめてやらなければならない
たとえそれが寄せては返す記憶の不安定な抱擁であろうとも

痛ましい犠牲者のむくろはいまだに地下の鉱脈でくすぶったまま
ダイヤモンドにもまさる霊力で不条理を奏でつづけている
通りすがりの暴漢にバットで無意味にはたかれた頭は
無邪気な妻と子どもたちの献身的な手によって抱きとめられ
打ち出の小槌となって夜ごとに揺すぶられつづけている
いつの日か黄金の思い出が涙となってこぼれ落ちるそのときまで

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4649 : 津田さんと僕。それぞれ  右肩 '10/08/23 01:06:03

 私、うつむいて自分の足もとを見た。白い爪を揃えた素足がらららららとサンダルへ透けている。
 脚は膝の少し上まではそのまま脚。でももっと上、私の体は空色のワンピースを着ていたり、白いブラウスに薄桃色のスカートを穿いていたり、突然裸のままだったり。
 私、決定的に乱れている。誰?何?何ひとつ定まらない。
 でも、そのことに不満を持つ私はもういない。

 背中が裂けた。めくれ上がった鋼板の角が皮膚を切った。力ずくで肉を切った。背骨を削った。吹き出した血はいち度空へ上がってから落ちてきた、ゆっくり。
 そのとき。聞こえる全部、言葉の全部、頭の中全部が悲鳴。私は悲鳴。赤く沸騰して輪郭がとんだ。
 すぐ、紫の平板な板、静かな板になった。頬の下のアスファルトと倒れている私。路面と私、存在の様子が似ていた。見たところ、私は半分ねじれて血の中に突っ伏していた。大破した車の中で、お父さんとお母さんが笑って死んでいた。ほんとうに笑っていたかどうかはわからない。そういうふうに見えた。

 お父さんとお母さんと、車と私の体は迅速に片付けられた。色々な工程を踏んで何処かできちんと処分されている。
 るるるるる。歌われて音符のような、私たち。
 人生は神様のアイディア、夏空にかえる。メガネスーパーの看板と入道雲が重なる空。電線。電話線。やはり眩しい。

 今、うつむいて足もとを見ている私。私の、体のようなもの。
 そこから後ずさってみると、背中は割れている。割れ目からむりむりと押し出されてくる、ピンク色の肉塊。血にまみれて柔らかい。路面に落ちてべちゃっと潰れた。私の自己愛というもの。その後から、茶碗の欠片が少し、折れたハサミと髪の毛のからまったヘアーブラシ。古い文庫本とセブンイレブンのビニール袋。片方だけのソックス。どろっとした血と一緒に落ちた。
 振り向いた私。私の顔も笑っている。死んだ人が笑うことに意味はないようだ。

 私が振り返る。別の私、鴉の私は翼を開いて降下した。私の背中に爪を立ててとまる。翼を畳む。背中の断裂に嘴から潜り込む。私が私を啄むため、しきりと首を振りながら。私、食欲旺盛。私は私の貪欲に身を任せる。削り取られる愉楽と。満たされる快美と。
 腐肉、恍惚、腐肉、恍惚、腐肉。
 私はゴミ、めくるめくまでゴミ。
 私を突き抜け、食い破り、鴉の私が突き出した首を捻って見上げると、包まれた瞼の隙間から、私の眼球が、少しだけ覗いている。漆黒の瞳、金色のふちを持つ虹彩。

 雨が降る。鴉は雨の使い。

 私が雨を降らせている。今は私が、風のない町にぱらぱらと降り注いでいるものの正体だ。
 山の稜線に交わり、街路樹の繁茂に重なり、屋並みにしたたり、蜘蛛の巣に絡め取られ、あるいはまた鳥の姿を得て、屹立する電柱の頭でああと鳴く。漆黒の翼は月のない夜と変じ、貪婪な嘴は町に番うものの精気を啜る。お、情欲に腰が震える、背筋から北極星まで一気に震える。雨の水紋を崩し、神社の池の鯉が浮き、墓地裏の沼の鯉が沈みながら、私の食道、私の胃、私の腸管をずるずると時が流動する。両腕で乳房を抱けば発せられないやおよろずの言葉が町に充填される。生垣の根元から百足が這い出し、ピカピカと甲殻を光らせながら足を蠢かすとき、放送局の電波が私の体を抜け、私は参議院議員選挙、山形三区の開票状況について速報する。「続いて自由民主党選挙対策本部からお伝えします。」と唇が動いて地鳴りの音と重なる。発光、雷同。遠いところ、無数の波の跳躍。
 もう私、地霊になってしまった。



 予備校のかえり道、自販機でコーラを飲むときに見た。路側の花束と、横に立つ津田さん、あなたのようなもの。
 あなたは笑っている。口だけ笑っていて、開いた眼に瞳がない。
 僕はあなたが好きでした。僕らのクラスでは木部と杉浦、四組では三浦があなたのことを好きだった。それから僕の知らないでいる何人かも、たぶん。ただ、あなたはもう燃やされて、思い出とか何とか、人ではない、わけのわからないものに還元されている。死とは実体を持たない抽象的な概念だ。そうやってあなたが、どんなに生前の姿を保って立ち続けていても。
 夕闇の中を山から雨が近づき、ライトを点灯したバスがやってくる。あなたを残してバス停へ走り出す僕。
 僕は変容していく。津田さん、あなたも、木部も杉浦も三浦も。死者も生者も変容していく、そのことに変わりはありません。

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4677 : 急須  萌黄 '10/09/01 03:04:15

あわよくば、

あわよくばひっつめた髪を、愛でて欲しい
色気の無い私の中にも
煌々と火はともっている


秋分

秋分に吹き消されてしまうようなきがして


反復する
月日が去る頃には
しとりしとりと視界を滲ませてしまう
幾ら歳月をつんだところで
変わりっこない
月を跨ぐことが出来るのは
いつまでも時だけ
その時には、大人しく


わかっているの

ビジンナワタシ二
相応しい貴方など・・・

わたしはひっつめた髪を
食べてしまう
朝
スーツの襟を立てる
朝
ボタンを、ひとつ ふたつ あける
夜ヲ

日を跨ぐことが出来るのは
いつまでも時だけ
消さないで
季節を跨ぐとき
夏の火種が
細いけむになってしまわないで
月日が去るときも
もう、拭ってしまう
お茶を注いだ急須の口から零れるように
ただ頬を伝い落ちる
この火を消沈させてしまう
だから、それは、





月を跨ぐその度

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4687 : 夕暮れ色の時は  黒髪 '10/09/03 19:35:21  [Mail]

放課後の教室で
座っているのは僕だ
夕日が
斜めに部屋に入ってきて
黒板を横切る線も作る
窓の外は大伽藍が堂と肩を張る
そんな
セピア色の景色
切り取った

あの頃
時に感じ
この世とあの世を行き来できるような心持ち
一日が終わるとともに
私の思いにも一区切りをつけることになった
人並みに
楽ではない生活を受け入れる

友達がいないのは親もそうだった
夕焼けを眺めているのに飽きた
夜闇に想像の生き物を呼び出して
朝は現実の始まりの息吹
そのときがくれば物事は動き出す

犬は子宮内膜症だった
おそらく死を看取る日も近い
でもそんなに急ぐこともない
一週間だって十分な猶予ではある
死に神が研ぐ鎌に魂を刈られて
三途の川をわたるときに
あたりは何色?
暗くてもむこうに渡れるのだろうか

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4683 : ハロー、東京  ぎんじょうかもめ '10/09/02 18:17:00

空想のドアを開ける
常識との約束を蹴る
鳴りつづける電話のベル
おれはひとり頭を抱えてる
その日暮らし そんな暮らし
それはときどきとてもかなしい
わかりはじめたABC
なにひとつ得ることはできずに
毎夜 毎夜 前へ 前へ
ジャンコクトーと言葉の格闘
コーヒーにたっぷり入れた角砂糖
で ぶっ飛んでゆくと
バニシングポイント
ティーシャツにじっと汗がにじんでいくの


おれは今とても夜を感じてる
フィール きっとまたいつもの
場所にとり残されている
金をかえさないアイツをディスる
気分はイル なんだってできる
躁病が気持ちに拍車をかける
どうにでもできる
財布見たら金なくて醒める
ひらがなばかりで書かれた詩を読む
こんなセルアウト野郎に
目を向けると涙がでてくるね
しょうがないのかね
気がつけば雨
おれはどこに歩いてゆくのだろう
気分はロウ ロウ ロウ ハローハローハローハロー


こうして きみといるとこころざわめく
ことばひとつひとつにも四苦八苦
コルクを抜く
店の壁 笑いつづけるマルクス
のポップアート
ほんとうのことを言うと
いつも浮かんでくるのはきみのこと
そしてきみが笑うと
おれは裸のまま世界にほうりだされてゆく
おおいに笑い 語り 酔い
またこれからも愛してほしいと
たどたどしくはなす
片付いた皿を片す
もう一度ここにワインを注ぐ


おれは大いに気持ちがよくなって
決壊する防波堤
しゃべりつづけるというお決まりの過程
リトルグッドバイ
さようならするまで
いつまでもいつまでもしゃべりつづけ
明日はサンデイ
気にすることはないね
今日はいい日だったといってただ別れたいんだね
きみに貰った花の種
大事にするね
もう今日はぐうの音もでないね 代々木まで
ただ揺られて行くんだね
電車が参ります
おれはあなたの優しさにまいります
でもなにかをわすれてしまうんだろう
気分はロウ ロウ ロウ ハローハローハローハロー

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4684 : 無人島  織田 '10/09/02 19:10:51





どういう訳かぼくは無人島にいた。目を覚ますと海が目の前に広がっており、蒼空を仰向けに見ていた。体が動かない。足がすっぽりと地面の奥に深く突き刺さり。両腕の先に葉っぱが生い茂り、赤い実もなっていた。小鳥が肩に乗り、美しくさえずっている。合コンの帰り道、女の子に無理やりキスをしようとして、引っ叩かれたところまでは記憶がある。その後が問題だ。ぼくは真夏の海辺にいる。人の気配がない。ここは無人島なのだ。このまま地面に根を張り、仰向けに空を見上げ、夜には満天の星がぼくの頭上に広がり続けるだろう。それ以外にこの先ぼくのすることは何もない。可笑しな話だ。百貨店のマネキンだってもっと色々することがあるだろうに、今のぼくには地面に根を張ること以外にすることがないのだ。笑いが込み上げてきた。体を震わすと、幾らか赤い実がパラパラとぼくの足元に落ちた。その上をイモムシがよじ登っていく。バカバカしい。今すぐ会社に行って仕事がしたい。注文書や請求書の処理や原価計算や見積りの作成だって3日徹夜しなくちゃ間に合わない程うんっと残っているというのに。女の子とイチャイチャするプランだって週末にはうんとある。こんな可笑しな話があるかよ!無人島に居て、周りに誰もいないのに、ぼくは自らの境遇にコンプレックスをいだき始めていた。おそらくそれなりの立派な巨木なのだろう。胴回りだって随分太いし、高さに至っちゃそこら中の木を眼下に見下ろせる十分な高さだ。バカバカしい!何の役にも立ちやしない。ぼくはまず足もとを地面から抜くことを試みた。そうだ、ゆっくりとだ。あんまり焦っても碌なことがないことくらい経験済みだ。女の子に引っ叩かれたのも、ちょいとした焦りのせいさ。一本目を上手く抜いた。この調子だ。焦らなくともぼくはまた人間に戻れる。上手くやれるさ!

        ∞

大丈夫?随分うなされていたみたいだけど。女の子がぼくの目を覗き込む。ぼくは自分の腕を確かめた。手のひらの先にはしっかりと5本の指がついていた。ぼくはそいつを握ったり閉じたりした。ここは無人島かい?ぼくは女の子に訊ねた。そうね。あなたとわたし以外に誰もいないことにかけちゃ、無人島かな?バカな話はやめてくれ!怒鳴らないでよ、耳元で・・。君がぼくを打つから無人島に行ったんだよ!頼むから優しいキスをくれ!ぼくは女の子の胸にしがみ付いた。無人島も、巨木になるのも嫌だ!ぼくは人間として生きたい。無人島も、木になるのも絶対嫌だ!

        ∞

予感は的中する。テレビでやっていた。無人島で引き抜かれた縄文杉の話がワイドショーを賑わしていた。ぼくは女の子とテレビを見ていた。あの縄文杉はぼくだよ。女の子はぼくの目を見た。おかしなこと言ったかい?特別なことじゃない。あの縄文杉ぼくなんだ。女の子は野菜スティックを齧りながら、またぼくを見た。変だと思うかい?あの縄文杉はぼくなんだ。

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4667 : 醜い兄の弟  破片 '10/08/31 13:10:58  [URL]

 乾いた音がして。人体の大半は水分でできているらしい。聞こえてきたのは液体をかき分けた時の粘りつく音ではなくて、ただ、物体と物体とが衝突したような単純で呆気のないものだったけれど。抉り込まれた眼球は、たぶん、眼窩の中で小さな気泡のように爆散した。その欠片はきっと落ちてこない。窩壁にへばりついたまま。収束部分をなくして、千切れ飛んだ視神経があの中にぶらさがり、裂かれた皮膚と筋肉の間から、間という間から、呻きが、息遣いが、しっかりと着地して、何度も着地して、広がっていく。
 
 愛する弟。この世の誰を失っても、おまえだけは失うまいと動くだろう。大丈夫、兄ちゃんがいるからな。けれどおまえは学校では喧嘩が強かった。それこそ幼い時はだれもかれもと喧嘩しては、おふくろと一緒に謝りに行っていたな。毎日のようだった。おふくろは仕事のぱりっとした服装のまま校長室に通ってた。面倒くさいと思っただろう。たかだか子供の喧嘩と思っていたろう。だから俺もおまえもおふくろも、晩飯の食卓に笑顔を見せたよな。部屋を飛び回る小さな蚊を追いかけて、一番最初におまえが取るんだ。いつも。
 少し遅い反抗期。同じころ既に自立しようとしている人間たちを知らない。おまえはおふくろやばあちゃんに罵詈を浴びせ、自分のことは省みない。それでいいと思う。俺もそうだったよ。ふっと直近の自分を振り返る瞬間があるはずだ。そしたらさ、おふくろやばあちゃんはもういないかも、しれないんだぜ。そうして知るんだ。だから、ねえ愛する弟。おまえは生きていくんだ。大丈夫、兄ちゃんがいるからな。

 自分の声すらも聞こえない空間で、ただ血糊だけが音を立てて零れ落ちる。吐息が声帯にひっかかるから、より狂おしい。自分が発する音は認識できない。ただ、夢中で、崩れ落ちる人間を見ていた。当然のことだが、救急車を要請した。ドラマや漫画では、咄嗟のことで言葉にすらならない、上手く伝わらない描写がよく描かれる。それを信じられないと馬鹿にして、俺は一、一、九、の後言った。
 たすけてください。おおけがなんです。まずいんです―――
 何度同じ説明をしたかわからない。通話口の向こうにいる相手はよほどのばかだ。それでも幾度も同じように説明していくと、回数を追うごとに向こうさんは事態を把握していった。一回でわかれよ、ばか。憎たらしいほどに落ち着いた声は、俺にこう呼びかけていたらしい。
 落ち着いて。まずは落ち着いて。場所はどこですか。深呼吸して。場所はわかりました。ではどのような―――

 友人だったはずの人間。よく会話をした。ラヴホテルでヤるのがいいのか、それともどちらかの宅でスるのがいいのか。俺とコンドームを交換した。頭が悪いと思う。その友人は俺を見るなり、何も言わなかった。
「重度の言語障害、事件前後の記憶障害。高次の脳障碍をきたしている」
 その時、きっと俺は死んだ。友人は何とか生きのびた。そのことで、俺は死んだ。

 未成年での今回の事件は社会的に秘匿された。小さな家庭裁判所で俺は茶番のような裁きを受けた。実刑もなにもない。今後思慮深く誠実に生きていくことを誓約させられたのみ。裁判官はおふくろの息子みたいな年齢の、若すぎるキャリアだった。見るからに頭のよさそうな、だからこそ、俺が死んだことをわかってくれているのかな。
 少し汗ばんだ肌、夏の入り口、強烈に死を匂わせて、のぼりきった気温がだんだんと抜けていく時間帯、俺の手に握られる赤の他人の弁護文面。目をつむれば、時間はいつでも巻き戻せる。事件が起きた瞬間の叫びは自覚できなくて、後で変わらず親しくしてくれた友人に告げられた。
 
「弟は。俺の弟。弟はどこ、弟を呼んでくれ」

 煙草を吸えるようになった俺は、一日に数えきれない溜息を白く、青く。この煙草をにじり消したら、呼吸をやめているかもしれない。
 西日が入る熱された部屋、少しずつ、近づいてこい。弟に気付かれないように。おふくろに悟られないように。せめておふくろより後にやってこい。卒倒しそうなほどの暑さで、千切れてしまえ、俺。醜く汚らしい俺を、明日へ運ぶな、夏。

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4663 : 林檎とみかん  たけのこ '10/08/30 04:43:57 *28

いつからだろう (いつから)

冷たいリンゴとみかんをテーブルに置いてみた 。(林檎とみかんを)

ぐるりと皮がある
(あった)
リンゴは固いしみかんは酸っぱい
固いのも酸っぱいのも勇気がいった 。(勇気が)

めんどくさいので食べるのをやめて寝転がる(った)
と、アラ 空には太った羊が浮かんでいる(浮かんでいた)
左様に祈るなぜかヤコブ(ヤコブかアサド)の節でも聴きたくなってきた。(なってくる)心地よい(なぜか))
(
夢のなかで鶏と豚が鳴いたような(気がして)気がした
(みる)食べ物はないかと 冷蔵庫を開けてみた。
鶏と豚はリンゴとみかんだとわかっていたそれは、わかっていた 。(わかって)

取り出してテーブルに置いてみる(みた)
林檎とみかんは腐っていた。(腐って)
食べられないモノはやっぱり(捨てなければ)、捨てなければならない
ぼくは勇気をだしてふたつをゴミ箱に投げ捨てた。 (勇気をだして)

山陰から東北をまわる
(海から山をまわった五感の旅は反社会的)【固いリンゴ腐ればやわらかい林檎/酸っぱいミカン少し腐れば甘いみかん】

(やっと)着替えたなら新しい林檎とみかんを買いに行く(新しく着替えたなら)
決心がついたのは それから秋だった 。 (決心がついたのは)ふたつとも (
) 。

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4679 : 表通りを歩きながら  空丸ゆらぎ '10/09/01 22:09:16

 
    下水処理場を通り過ぎ 
    火葬場に並ぶ列を見て 
    墓地で一服する
    清掃工場の煙突が空を指差している

      水に流され
      灰になる

ふらふら飛んできた紙飛行機がシャボン玉と衝突し 散髪屋の青白赤のくるくるが螺旋を昇り続け 銭湯の煙突に三日月が座り 川辺のベンチで忘れられた携帯電話がなっている
物語は始まらない

 郵便ポストに陽があたり始め
 野菜ジュースの向こう側で 時刻表通り電車が走る

   日々に寝床はあっても
   帰る場所などない。

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4686 : ねむれるもの  NORANEKO '10/09/03 03:34:07

群青世界に、黄土はふくよかに横たわる
子はいずこにかある/わが大いなるねむりの子は/黄金にたなびく、雲錦のさつまいもよ!/そなたこそ、わが呼吸/わが聖体なり

見よ、空が波紋をひろげている/きっと大いなるものが呼吸をしているのだ/霧のスコールのような恍惚が木霊し、降って来る/わが空洞はあたたかく、桃状の白熱球体で満たされる

自我[エゴ]が、ビイドロ色にとろけて、まあるく/それを口に含むと/いたのだ/大いなるやわらか/黄金のアザラシの子は/この世界のどこにでも、いたのだ

金の燃成のごとき赤を放つ黄昏/時が来た

天なる、大いなるものの閉ざされた掌は/打ち寄せる波のながれかたでひらかれた

わたしはしずかに、しずかに、ひらかれて/げんじつの岸辺

ほのかにかほるビイドロの余韻に/さいごのくちづけ/「あ、甘露」

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4688 : Pooh on the Hill。  田中宏輔 '10/09/06 00:12:57




Narrate refero.

私は語られたることを再び語る。

                    (『 ギリシア・ラテン引用語辭典』)

熊がかわいそうな人間を食うのなら、なおさら人間が熊を食ったっていいではないか。

                    (ペトロニウス『サテュリコン』66、国原吉之助訳 )

(これを殺しても殺人罪にならない)

                    (文藝春秋『大世界史14』)

またそれを言う。

                    (横溝正史『嵐の道化師』)

「いやんなっちゃう!」と、プーはいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)

「そうらね!」と、コブタはいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』5、石井桃子訳)

「あわれなり。」と、イーヨーはいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)

それでしゅ、それでしゅから、お願いに参ったでしゅ。

                    (泉 鏡花『貝の穴に河童のいる事』)

饂飩(うどん)の祟(たた)りである。

                    (泉 鏡花『眉かくしの霊』二)

それは迷惑です。

                    (泉 鏡花『山吹』第一場)

為様(しよう)がないねえ、

                    (泉 鏡花『高野聖』十九)

やっぱり、ぼくが、あんまりミツがすきだから、いけないの

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』1、石井桃子訳)

と、プーは、かなしそうにいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』4、石井桃子訳)

じぶんじゃ、どうにもならないんだ。

                    (A・A・ミルン『プー横丁にたった家』6、石井桃子訳)

あのブンブンて音には、なにかわけがあるぞ。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』1、石井桃子訳)

もちろん、あれだね、

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』7、石井桃子訳)

何だい?

                    (フィリップ・K・ディック『時は乱れて』12、山田和子訳)

変な声が聞えるんです。

                    (泉 鏡花『春昼後刻』三十一)

変かしら?

                    (リチャード・マシスン『縮みゆく人間』5、吉田誠一訳)

その声が堪(たま)らんでしゅ。

                    (泉 鏡花『貝の穴に河童のいる事』)

花だと思います。

                    (泉 鏡花『高野聖』十六)

花がなんだというのかね。

                    (ホラティウス『歌集』第三巻・八、鈴木一郎訳)

あの花はなんですか。

                    (泉 鏡花『海神別荘』)

ラザロはすでに四日も墓の中に置かれていた。

                    (ヨハネによる福音書一一・一七)

なぜ四日かかったか。

                    (横溝正史『憑(つ)かれた女』)

「四日ですか」

                    (フィリップ・K・ディック『アルファ系衛星の氏族たち』3、友枝康子訳)

神のみは、すべてのものを愛して、しかも、自分だけを愛している。

                    (シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』宇宙の意味、田辺 保訳)

誰もそのような愛を欲しがりはしないにしても、

                    (E・М・フォースター『モーリス』第一部・11、片岡しのぶ訳)

「こりゃまた、なんのこっちゃい。」と、イーヨーがいいました。

                    (A・A・ミルン『プー横丁にたった家』9、石井桃子訳)

何を言ってるんだか分らないわねえ。

                    (泉鏡花『春昼後刻』二十七)

と、カンガは、さも思案(しあん)しているような声でいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』7、石井桃子訳)

これらはことばである。

                    (オクタビオ・パス『白』鼓 直訳)

そこには現在があるだけだった。

                    (サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

すべてが現在なのだ。

                    (アゴタ・クリストフ『昨日』堀 茂樹訳)

記憶より現在を選べ

                    (ゲーテ『ほかの五つ』小牧健夫訳)

いったいぜんたい、なんのことなんだか、プーは、わけがわからなくなって、頭をかきました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)

「花は?」

                    (フロベール『感情教育』第一部・五、生島遼一訳)

「花は」

「Flora.」

たしかに「Flower.」とは云はなかつた。

                    (梶井基次郎『城のある町にて』手品と花火)

汝は花となるであろう。

                    (バルザック『セラフィタ』五、蛯原��夫訳)

花となり、香となるだろう。

                    (サバト『英雄たちと墓』第�孤堯Γ掘�安藤哲行訳)

それにしても、なぜいつもきまってあのことに立ちかえってしまうのでしょう……。

                    (モーリヤック『ホテルでのテレーズ』藤井史郎訳)

どこであれ、帰ってくるということはどこにも出かけなかったということだ。
            
                    (フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)

あれは白い花だった……(それとも黄色だったか?

                    (ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』3、野谷文昭訳)

「青い花ではなかったですか」

                    (ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)

見覚えました花ですが、私(わたし)はもう忘れました。

                    (泉 鏡花『海神別荘』)

真黄色(まつきいろ)な花の

                    (泉 鏡花『春昼後刻』三十三)

淡い青色の花だったが、

                    (ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)

「だれか、このなかへ、ミツをいれておいたな。」と、フクロがいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)

ぼくは、ばかだった、だまされてた。ぼくは、とっても頭のわるいクマなんだ。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』3、石井桃子訳)

「いやんなっちゃう!」と、プーはいいました。

                    (A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)

嫌になつちまふ!

                    (泉 鏡花『化銀杏』六)

単純な答えなどはない。

                    (アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・14、中田耕治訳)

私はもはや、私自身によってしか悩まされはしないだろう。

                    (ボードレール『夜半の一時に』三好達治訳)

「それが、問題(もんだい)なんだ。」と、ウサギはいいました。

                    (A・A・ミルン『プー横丁にたった家』7、石井桃子訳)

人間に恐ろしいのは未知の事柄だけだ。

                    (サン=テグジュペリ『人間の土地』二・2、堀口大學訳)

私は未知のものより、既知のものをおそれる。

                    (ヴァレリー『カイエ一九一〇』村松 剛訳)

私が話しているとき 何故あなたは気難しい顔をしているのですか?

                    (トム・ガン『イエスと母』中川 敏訳)

きらいだからさ。

                    (夏目漱石『こころ』上・八)

これは私についての話ではない。

                    (レイモンド・カーヴァー『サン・フランシスコで何をするの?』村上春樹訳)

どこかに石はないだろうか?

                    (ホラティウス『諷刺詩集』第二巻・七、鈴木一郎訳)

どうして石なんだ?

                    (フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し』11、汀 一弘訳)

石は硬く、動かない。

                    (サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

すべてのものにこの世の苦痛が混ざりあっている。

                    (フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』杉山晃・増田義郎訳)

石があった。

                    (テッド・チャン『バビロンの塔』浅倉久志訳)

石なの?

                    (フィリップ・K・ディック『宇宙の操り人形』第三章、仁賀克雄訳)

「花は?」

                    (フロベール『感情教育』第一部・五、生島遼一訳)

「花は」

「Flora.」

たしかに「Flower.」とは云はなかつた。
 
                    (梶井基次郎『城のある町にて』手品と花火)

またそれを言う。

                    (横溝正史『嵐の道化師』)

これで二度目だ。

                    (泉 鏡花『眉かくしの霊』二)

「きみ、気にいった?」

                    (A・A・ミルン『プー横丁にたった家』2、石井桃子訳)

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