文学極道 blog

文学極道の発起人・スタッフによるブログ

現代詩手帖6月号で

2008-06-18 (水) 15:03 by a-hirakawa

現代詩手帖6月号でみつとみさんの詩集『バード・シリーズ』新装版から「斜線ノ空」が取り上げられていました。
まだ読まれていない方はこの機会に是非。

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4月選考雑感(平川綾真智)

2008-06-06 (金) 15:19 by a-hirakawa

今月は特に勉強になりました。
ありがとうございます。

作品は(どのジャンルでもそうだと思うのですが)、自分の手から離れていってしまいます。
作品は作者と密接に対話を繰り返し作者のもとで生まれ育ちますが、発表した後は読み手とも対話をしていきますし、やがて自立してしまいます。
一つの対話方法で臨むと瞬時に膨大な内界を曝け出す性格を持った作品もあれば、様々な対話方法で臨むことにより緩やかに尽きない外界を届かせてくれる性格を持った作品もあります。
どんな作品であるにしても、作者よりも高い位置にいってくれればこんなに面白いことはないだろうと思います。

優良に選ばれた9作品は、どれもしっかりと自立していった作品なんだろうと思います。
ただし、どの作品ももっと高い位置にいく可能性を未だ孕んでいると思いますので、是非、今一度対話してみてください。
凪葉さんの「虹」 「無題」、如月さんの「春に流れる」、には構造の妙が足りなすぎる、エッジの立て方をもっと弁える必要があるのではという意見もありました。
如月さんの「春に流れる」は、推敲前「春」の段階では、次点佳作からも漏れたかもしれません(推敲後、点数も良くなり、入選へと推す声も増えました)。付記しておきます。

さて、次点佳作作品に関して触れていこうと思います。

2687 : [栞の代わりに挟まれる]  香瀬 ('08/04/04 16:24:41)
は、私は優良に達していると思いましたが、芯を維持できていない、「維持しない」という済し崩し的な狙いだったとしても、うまく機能しているようには感じられない、という理由から次点に留まりました。ただ、点数的にはとても高く、もう一息で飛び出してくるのではないか、など好意的な意見も多く寄せられていました。ゼロから書いてある深度と読み手との距離感が、全て人工で冷ややかな詩情と混在し、面白い作品だとは思います。もう少し芯をずらしまくって破壊を埋め込んでも良かったのかもしれません。完成はされているので、ここからどう動いていくのか、書き手への期待が高まります。詩人ではない芸術家は今後、どういう作品展開を見せていくのか、実に興味深いです。

2696 : 海とカンガルー  ミドリ ('08/04/12 17:18:43)
は、バランスなど全てが安易に思える、という理由から次点に留まりました。優良へと推す声もありました。ですが、もう一歩対話を進められる可能性を多く孕んでいるように感じます。

2700 : アネモネ  草野大悟 ('08/04/14 21:46:45)
は、単独の作品としては惜しいところがありすぎる、という理由から次点に留まりました。作者の作品をたくさん読んできてその人となりを知っていることを差し引いて読めば痛烈な情感がある、という意見もありました。作者は作品集にまとめた時に初めて到達出来る他の誰もが持っていない大切な位置を持っている方だとは思います。それは無くしてはいけないものだとは思います。

2717 : 宛先人不明  ぱぱぱ・ららら ('08/04/25 20:52:06)
は、斜に構えた仕様の先へと越えていく後一歩が欲しい、という理由から次点に留まりました。どうでも良い馬鹿さは素晴らしく、読み物として非常に興味深い作品ではあると感じました。次回を追ってみたい作家だ、という意見もありました。

2691 : 迷宮体  黒沢 ('08/04/07 23:45:38)
は、各連の一行目が大きく魅力を損ねていて、ありがちな内容へと引込む情感の重力が削がれている、という理由から次点に留まりました。前作までの魅力、重力が、ない、など様々な意見がありました。作品もレスも真摯なだけではなくクレバーな目配りを感じ、非常に近い将来、期待以上のところまで行ってくれる作者なのではないか、という書き手への意見も寄せられていました。

2710 : (むだい)、  緋維 ('08/04/22 11:57:29 *1)
は、二連目に致命的欠陥があるのではないか、という理由から次点に留まりました。それでも、どうとでも読み取れるこの作品は、そんなに悪くはないです。どうとでも読み取れるということに少し悲しさを感じた、すこし文体に磨きをかければ、優良作品まで行けそうなくらいに感じた、などの意見もありました。悪い意味で柔らかい作品なんだと思います。

2690 : 変身  殿岡秀秋 ('08/04/07 18:09:24)
は、いつもとは違う書き方でも惰性が見え隠れしている、という理由から次点に留まりました。構成に工夫がほしい、との意見もありました。ただし、ベクトルでの情感はそれなりに達しているとは感じます。

2693 : 建築  シンジロウ ('08/04/10 02:47:13)
は、作者の「本気」を作品に出し切れていないのではないか、作品が上手く生み出されていないのではないか、という理由から次点に留まりました。書きたいものを書いてそれがつまらなさの破壊の一端だったら、こんなに面白いことはありません。そういう意味では貴重な作品だと思うので、あまり現代詩の影響を受けずに、このままめちゃくちゃに進んでいって欲しいです。

2706 : ギニョール  一 ('08/04/17 05:38:23)
は、内容がありきたりで、衝撃性がなく、魅力を文章が突き抜けるだけのものがない、という理由から次点に留まりました。ですが、文章内の情、あるいは膜が微かに震えていて、そこが少量の良さを加味していることは実に興味深いです。もう少し整えて、あるいは乱しても良いのかもしれません。俳していっても良いのかもしれません。

" title="http://bungoku.jp/ebbs/20080417_335_2708p\">">bungoku.jp/ebbs/20080417_335_2708p"> 2708 : 笛を持つ警吏  殿岡秀秋 ('08/04/17 22:05:28)
は、膨らませ方にも素材の扱い方にも難点がある、という理由から次点に留まりました。器用、不器用では、この作品の良さを語れないのかもしれないけれども、欠けた部分がありすぎるのではないか、などの意見もありました。

2707 : (無題)  鈴木 ('08/04/17 18:49:21 *2)
は、作品も東京というイメージを結構よく捉えていて、読み物として肩の力を抜いてならそれなりの程度にはある、という理由から次点に留まりました。もう少し多くの読み手へ対話する作品だと魅力が爆発したように感じます。

2713 : 本当の蝶はこの世に四匹しかいない  右肩良久 ('08/04/24 02:28:43)
は、主題に振り回されている、という理由から次点に留まりました。作者は、集中力がないのか、後半にかけて、おろそかになっている傾向にあるので、そこにも気を付けて欲しいです。

2724 : (無題)  んなこたーない ('08/04/29 19:45:14)
は、比喩も古く、深度もない、という理由から次点に留まりました。ただ、悪くはない作品です。最終連はあまりに語が唐突で、客船で行く、から想起させていても、言葉の力が少し変に働いているので、そこを気を付けてベクトルからもう一歩進んでいっても良かったように感じます。

惜しくも選からは漏れましたが、その他、

2702 : 光、呼び覚ます場所  はるらん ('08/04/15 05:06:37)

2709 : お手玉  ポチ ('08/04/21 03:44:42)

2724 : (無題)  んなこたーない ('08/04/29 19:45:14)

2692 : あっかんべー  はるらん ('08/04/08 23:11:36 *1)

2683 : 唯の夢 その二  菊西夕座 ('08/04/01 00:39:24)

などが注目されていました。

以上です。

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2008年4月分月発表と2006・2007受賞者へのお願い

2008-05-19 (月) 19:54 by 文学極道スタッフ

2008年4月分月間優良作品・次点佳作発表になりました。
4月分月間優良作品・次点佳作

また、周知の通り2007年年間各賞が発表になっておりますが、
書籍化のため、受賞者の方々の了解と情報が必要です。

昨年はダーザインの不徳で書籍化が延期されましたが、
今年は2006年分とまとめて書籍化する予定です。

2006年、2007年の殿堂入り者、各賞受賞者、各賞次点、選考委員特別賞受賞者の方々は、
webmaster@bungoku.jp
宛てにご連絡ください。
掲載する作品を何にするか、書籍で公開してもいい受賞者の個人データ、
できた書籍を受賞者に送るための実際の住所氏名等の連絡が必要となります。
よろしくお願いいたします。

2006年の受賞者の方々については、全て情報を頂いておりながらダーザインのパソコンが壊れてデータを失ってしまいました。
申し訳ないです。今年からはそういうことが無いように、bungokuアドレスで連絡を取る等対処しております。
まだ連絡の無い方が複数おります。二度手間を掛けることになった方々には特に申し訳のないことですが、よろしくご連絡お願いいたします。

また、2006,2007の各章受賞者、次点、審査委員特別賞受賞者で、本に作品を載せる気が無いという人もその旨ご連絡ください。

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3月選考雑感(平川綾真智)

2008-05-03 (土) 16:25 by a-hirakawa

今回も勉強になりました。
ありがとうございます。

ただ選考の際、果肉と果汁の量が適切でない果実があまりに多く投稿されている感を覚えました。
実、がとても良い場合、摘み取るタイミングなどをもう少し考えるべきなのかな、と様々なことを考えさせられます。

優良に推挙された5作品はそのタイミングを上手く見極めていた作品なのかもしれません。
おめでとうございます。

さて、次点佳作作品に関して触れていこうと思います。

2675 : 四月の海  凪葉 ('08/03/25 07:42:23)
は、優良へと推す声もありました。が、2連目と最終連がおろそかになっていて、もっと先に行ける作品のはずなのにそこまで足を伸ばせていないという理由から、次点に留まりました。2月の作品、「無題 」は確実に先へと伸びていたので、その地点からかなり後退した無難な地点にある作品のように感じさせられたのかもしれません。3、4連の微かなのに確かな展開は面白いですね。

2638 : ココナッツマン!ワンダーランドの町を出る  ミドリ ('08/03/01 16:41:23)
は、私は優良に達していると思いましたが、軽さが災いしたのか次点に留まりました。久々に面白い作品だと感じましたし、とても良い素材、視点、書き方だとは思います。理屈抜きで楽しませてくれる地盤での魅力に、後一歩、欠けていたのかもしれません。

2666 : 夕暮れまで  鈴屋 ('08/03/18 22:33:57 *1)
は、限りなく優良に近い位置にある作品だと思います。点数もなかなかの高得点ではありました。良い眼は細胞まで見据えていて、それに振り回されてもいないのですが、3連と6連の色彩と肉感はもう少し作用した方が高まるように思え、「?」の連打は、読み手の感情を削っていくように思えます。そこが次点に留まらせたのかもしれません。ただ、間違いなく良い書き手ですし、それを見せつけてはいる作品だとは思います。

2671 : 「 犬雨。 」  PULL. ('08/03/20 19:26:35)
は、非常に丁寧な作品なのですが、文体が借り物くさく、勉強家ではあっても自身から出てくるものはほとんどないのではないか、と感じさせるものがあり、次点に留まりました。作者は毎回丁寧に作品を仕上げていて、今回は、読み進めたくなる跳躍が作品に響いていて、残響も逸れていません。しかし、何度も読み返したくなるような魅力に欠けているのかもしれません。PULL.さん独自の視点や文体が完成した時、その問題点は全て改善されるように感じます。

2637 : 沼地  殿岡秀秋 ('08/03/01 10:10:51)
は、作者が作品の細部を知り書き込めていないのではないか、という理由から次点に留まりました。内容、素材、作者の眼、全てが優良に達するだけのものがあるはずなので、微細な部分に気を付けて欲しく感じました。もっと素晴らしい作品のはずだと、どうしても思えてしまいます。

2649 : 桜色のトンネルで  はるらん ('08/03/04 04:59:50)
は、もっと五感を引き出していく色彩を描く筆が足りないのではないか、という理由から次点に留まりました。しかし、足りない部分はたくさんあるけれども、嗅ぎ入れてしまう作品です。

2664 : (無題)  fluke ('08/03/18 01:32:36)
は、勢いを押していきすぎる点があまり上手く作用していない、という理由から次点に留まりました。アップル連呼はあまりよろしく思えませんでしたが、つなぐ呼吸が抜群で、その点は実に面白かったです。

2653 : 朝の陀羅尼  いかいか ('08/03/08 00:37:16)
は、宗教的言葉、単語が境界をもつれさせているという理由から、次点に留まりました。内面はよく伝わります。悲しい、寂しい文章です。ただ、文化で戦が起こるほどの地盤の単語、それはもっと深めていって然るべきだと感じます。濃さの中から覗く作者が多くの単語を使いこなせていると思えませんでした。

2672 : マフラーは長すぎて  ピクルス ('08/03/20 23:48:27)
は、詩情はあるけれども橋渡しが欠けていて自己完結しすぎている印象を受ける、という理由から次点に留まりました。上手ではあるけれども、節制し過ぎで情感が足りない、という意見もありました。罅から雪崩れ込んで来るだけの美は存在していないように思え、良い果実なのに報われていないように思えます。

惜しくも選からは漏れましたが、その他、

2679 : 羊  榊 一威 ('08/03/29 15:49:58)

2640 : 千年地図の旅  まーろっく ('08/03/01 23:20:16)

2659 : ぼくになる  殿岡秀秋 ('08/03/13 06:15:46)  

2646 : 「 裂けるため、の眼の。 」  PULL. ('08/03/03 09:21:46)

2663 : 屍姦  ベイトマン ('08/03/17 23:53:29)

2680 : frog  田崎 ('08/03/29 23:43:35)

などが注目されていました。

以上です。

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続、総評。

07:23 by kemuri

一条「milk cow blues」

 一条という書き手は、わからない。一条氏について語れる書き手など一人もいない。それほど、氏の作品は強固に批評を拒む。着目すべきガジェットは巧妙に隠蔽されている、ないしは存在しない。意味性や外部との連なりはあと一歩で指先から滑り落ちていく。しかし、この書き手ほど解答不能の喜びを読者に与えてくれる書き手もいない。それは、抒情ではない。あるいは個人性でもない。なんだかわからない、答えようがない。しかし、それはどこにも接続されないテクスト、読者と無関係に荒野に立つ塔を意味するのではない、氏のテクストには入り口がある。どうぞ、立ち入りは自由ですよ、とこの作品は言う。そして、実際に我々はどこかに辿り着く、氏の作品が「いい作品だ」という答えだけは提示される、何かが掌の上に残っている。しかし、読者はその道程を踏破したにも関わらず、自らの感覚の根源が見つけられない。「鴎」「黒い豆」…この書き手に対して与えられた「殿堂入り」という称号は、言ってしまえば発起人の敗北宣言にすら近い。誰一人として、自分が歩いた道を説明出来ないのだから。一年目、ぼくは「創造大賞」を受賞させていただいた。しかし、ぼくはここに認めてしまって一向に構わない、真に一年目最も優れた書き手として表彰されるべきはこの書き手だったと、ケムリは思う。批評には、作品と自己その両方に対するディスクリプションが常に必要とされる。作品と自己は対置され、批評すべきは作品ではなく、あるいは自己ですらなく、自己―作品の間に交わされた交歓そのものだ。しかし、この書き手の作品に触れたとき、読者は気づく。私達は自らについてすら語りえない場所を持っている、この作品が言葉を交わしているのは、我々のどこかにある語り得ないブラックボックスそのものだ。「殿堂」という称号は、「棚上げ」のような意味を持ってしまうかもしれない、しかし同時に言えば批評の限界は今のところ、ここにあるのだ。一条氏という存在は、文学極道の喉に刺さったさかなの骨である。発起人はもちろん、この骨を抜こうとしている。氏の作品に見られるムラがさらに悪化するようなら、この称号からは落下するであろうし、また我々の批評力の向上にも期待していただきたい。今年は魚の骨を引っこ抜くことは出来なかった、だが来年は引っこ抜いてやる。これは、批評をする者にとって大いなる喜びであることを隠す必要はない。我々は、沈黙しない。待ち続け、挑み続ける。

さちこ(藤坂知子)「繋音」

 生命が去っていく、あなたが去っていく、深い森の底へ。この書き手の中で「生」と呼びえるものは「あなた」しかいない。バシュラール的な象徴的語彙、風の終わりとは即ち死を顕し、森の奥は人の知り得ない世界だ。彼は宙吊りにされている、圧倒的な死を与えられながらも、作中主体と死の森の間で僅かな猶予が与えられている。その猶予は音として表される。繋がれる音、それは掌に残った記憶の雫が乾いていくまでの、草に覆われていく(外部的な記憶―例えば彼は猫が好きできゅうりのピクルスが食べられなかった…そういった明晰なる歴史的事実に包まれていく)「彼」の身体が一本の道へと形作られていくまでの残滓。作中主体、「わたし」の中にほんの僅か残った彼の遺骸。人は、忘れていかなければならない。死人と向かい合ったままでは生きていけない、死人はいずれたった一つの道となる。それはもちろん、ぼくたちがいずれ歩かなければならない道程、即ち死(=森)への矢印なのだけれど、でもその道を前にしたときぼくたちはやはり、声を繋ぐことを選ぶのだろう。叫ぶべきものがなくても、掌に残った雫が全て乾いてしまっても、生きるならばぼくらは声を繋がなければならない。不恰好でも、唄にならなくとも、それでも声を上げなければならない。生命の音が途絶えた森の中で、歌わなければならない。示されている内容は切実であり、また共感も強く得られる、モチーフへの目の向け方も実に正しい。だが、この作品は象徴的語彙の形作る構造性に比して、描写に甘い点が多く観られることも最後に指摘させていただきたい。抽象性と具象性の入り混じりが、単なる空疎な行稼ぎ、「それっぽい語彙」の連なりに見えないこともない箇所がある。その部分に、一層の鍛錬を願いたい。もっとも、こういった作品は何らかの強い動機の上に成立している(リライトをするような、あるいは技術を問題点として取り上げるような性格のものではない)可能性が強いことも、同様に認めねばならないけれど。

最優秀レッサーミドリ

 レスというのは、報われない作業だ。真摯であればあるほど、作品に対しては厳しくなる。そして、「正当な批評」というものはきっと、この世のどこにも存在しない。強いて言えば、ぼくたちが属している世界の構造的な決定事項、つまり資本主義的批評―売れれば正義ということ―くらいが一面的には正しいのかもしれないけれど…。(なにせ、ぼくらはカネがなければ死ぬのから)でも、そんなのクソ食らえだ、そうじゃないか?
 もちろん、この批評を書いているぼくのように、賞賛すべき対象に対してのみレスをつけるのであれば、それはそれほど苦痛な作業ではない。それどころか、大いなる悦びですらありえる。しかし、誰かの作品―それは、時には作者の人間ともイコールであると考えられることすらある―について、なんらかの批判やアドバイスを行うということは極めて苦しいことだ。もちろん、ミドリ氏の批評に対して納得のいかない思いを抱えている人間も決して少なくはないだろう、なにを隠そうぼくもその一人である。ついでに言えば、ぼくの批評に対して同様の思いを抱えている人間はもっと多いはずだ。しかしぼくは役柄という仮面をかぶり、やるべきこととして批評をする。尻をムチで打たれて走る人間は、常に評価になど値しない。それがぼくだ。だが、ミドリ氏は違う、なんの強制性もない場所に立って、自らの語彙を他人に対して与え続けている。それも、感謝されるとは限らない、それどころか多くの場合に於いて反感を買うような場所で。言うまでもなく、批評を続ける人間は磨り減っていく、語るべき語彙が、あるいは動機がそんなにあるはずがないのだ、普通は。豊富な語彙で衒学自慢に陥ることなく、語りかけ続けるレッサー、ミドリ氏に。感謝を述べたい。またこの賞に関しては、敢えてその役柄だけを選び取り精力的にレスをつけ続けてくれたひふみ氏、実感的な言葉で日常のうちに、身体感覚と不可分の率直さでレスをつけてくれたCanopus(角田寿星) 氏、そして多くのレスを続けてくださっている諸氏に、ありったけの感謝を。

最優秀抒情詩賞及び実存大賞次点
紅魚ピクルスいかいか葛西佑也、そして候補に名を連ねた書き手達。

  それぞれ本賞受賞に一歩及ばなかったものの、発起人の票を集めた書き手達。選考者によっては、それぞれの本賞における第一候補として名前を取り上げられている方ももちろんおられます。しかし、悩んだ末のことであると了承していただきたいのですが、ここに列挙された一級の書き手たちについて、ぼくは批評を書く資格がありません。ぼくは「推した側」に入っていないからです。この選評について、ぼくは正直に、本来の意味で「称える」あるいは「価値を語る」批評をしたいと思っています。であるからこそ、惜しくも次点に留まった皆様へ賞賛を贈る仕事は、ぼくがすべきではありません。選評を散々に遅らせた上、このような形は申し訳ないのですが、やはり「推した」発起人の方々がこの場で語るべきだと感じます。ぼくの口から語るべきことは、ここに列挙された書き手を強く推す発起人は確かに存在し、我々は長い期間を喧々諤々に争った、ということ。また、列挙するのみに留まってしまいますが、最優秀抒情詩賞の候補には夕美氏、実存大賞にはsoft_machine氏ためいき氏はらだまさる氏。新人賞にはレルン氏レモネード氏の名前が挙がっていたことを述べさせていただきます。上段に構えた物言いが自分の中では非常にムズ痒いのですが。より一層の躍進を心から望みます、良い作品を切磋琢磨する場であるためには、皆様の作品が必要です。来年は、今年度の受賞者から賞をムシりとってやってください。また、流離ジロウ氏「にじゅう年の熱帯の鳥」haniwa氏「よるにとぶふね」の二作は、賞の基準には及ばなかったものの、名前をここに記すべき作品であると選考の中で複数の発起人に語られていたことも付け加えさせていただきます。「にじゅうねんの熱帯の鳥」はぼく自身も大好きな作品です。このブログがあって、良かった。

吉井「れてて」

 最後になりましたが、ケムリ選。ええと、これだけは言わせてくれ。この書き手に対する評価が不当に低いとは思わないか。いや、俺は思うんですけどね。この書き手に対して、俺は批評なんかしたくないです。ここまで書き上げて、気がついたら夜が明けていたりもするし、ビールが五本空になり、オールド・グランダッドが一瓶空いてしまったわけなんですが。今日はこれからバイトだよどないしよう。そんなときに読む「れてて」はじんわりと心に染み入ってくる、なんだかわからないものが、じんわりと。うひぃふふほーういい天気だ、雨降ってますけど。言っちゃなんですが、ここまでつけた選評はぼくの全てをこめました、いささか拙いであろうし、誤字チェックも甘いですが、それでもこれはぼくの全てです。そういうわけで、本当に疲れました、灰皿がサボテンみたいなことになってるし。それでも、「れてて」は染み渡って来る、もう、それでいいんです。批評は出来ないししたくない、でもとにかく俺はこの書き手の書く文章が好きなんだ。それでいいじゃないかということでケムリ選。うひぃふふほーう疲れた。れ れて れてて、何度も読み返してください。ほら、何かが染み出して来ませんか?来るだろ?来るはずなんだよ!

さ。
さて。
さてて。
文学極道三年目、いささか遅れましたが総評は以上となります。いや、まだ不足があったり「あれ書き忘れてる」とか「この人忘れてる」とかの可能性もあるかもしれませんし、ぼく自身が大慌てで加筆する可能性もありますが。それでも、これをひとまず幕とさせてください、少なくともケムリの下手糞で長ったらしい語りはここで終わる予定です。でも、まだまだやります。まだ、きっとやれる筈です。そして、来年もこういった総評を、本来の意味での批評をぼくに書かせてください。その時を楽しみにしています。ぼくは、批評をするに足りる人間ではないかもしれない、いやきっと足りないだろう。でも、足る人間であろうと努力します。そして、必死で作品を読みます。それだけは、約束させてください。

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